Kagaku to Seibutsu 59(2): 56-58 (2021)
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下等植物で初めて見つかった防御物質の生合成遺伝子クラスター陸上植物のアレロパシー物質モミラクトンは収斂進化の賜物
Published: 2021-02-01
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
イネの籾殻から単離されたモミラクトンは,生物活性を保持したジテルペン型の二次代謝産物である.これまで主要成分としてモミラクトンAとBが知られていたが,最近ではモミラクトンC, Eなどの微量成分も見つかっている.モミラクトンには,イネ病害いもちなど糸状菌に対する顕著な抗菌活性があることから,イネの耐病性発揮に役立っていると考えられている.文献的には,一部の細菌に対する抗菌活性が報告されているが,筆者らの研究で試したいくつかの細菌に対しては,強い抗菌活性を示していない.また,イネの根からは根圏土壌中にモミラクトンが放出されていて,アレロパシー物質として周辺の植物の生育を抑える役割も知られている.さらに,動物細胞に対する細胞増殖の抑制も報告されており,モミラクトンは微生物,植物,動物と,幅広い生物種に対する生物活性をもつ天然化合物である.モミラクトンにこのような広い生物活性がある理由は今のところ不明であり,筆者らは,現在そのメカニズム解明を進めている.モミラクトンは籾殻に多く含まれる天然の生物活性素材であるので,さまざまな用途で利用できる可能性が期待される.
モミラクトンAの生合成経路については,その大枠がイネで解明された.モミラクトン生産に必要となる酵素遺伝子の機能が解明されると共に,イネのゲノム情報がオープンになると,これらの遺伝子がイネの染色体上でクラスターを形成していることがわかった.ここで言う遺伝子クラスターとは,異なるタイプの酵素遺伝子が染色体上で近傍に集まった構造をとり,しかも,ある特定の化合物(ここではモミラクトンA)の生産のために働くような機能的遺伝子クラスターである.イネ属ではゲノム構造がかなり異なるいくつかの野生イネでも,この遺伝子クラスター構造が認められた(1)1) K. Miyamoto, M. Fujita, M. R. Shenton, S. Akashi, C. Sugawara, A. Sakai, K. Horie, M. Hasegawa, H. Kawaide, W. Mitsuhashi et al.: Plant J., 87, 293 (2016)..このことは,モミラクトン生合成遺伝子クラスターが,人による育種の過程で作られた訳ではないことを示している.イネ以外では,水田雑草のイヌビエでもモミラクトン遺伝子クラスターが発見されており,モミラクトン生合成遺伝子はなぜか植物の染色体上でクラスターを形成する特徴をもっていることがわかってきた(2)2) L. Guo, J. Qiu, C. Ye, G. Jin, L. Mao, H. Zhang, X. Yang, Q. Peng, Y. Wang, L. Jia et al.: Nat. Commun., 8, 1031 (2017)..さて,このモミラクトンであるが,イネ科の植物のみが生産するのだろうか? 実は,下等植物の蘚類ハイゴケにおいても,モミラクトンが生産されることが知られていた.
蘚類ハイゴケCalohypnum plumifome(以前はHypnum plumaeforme)は,日本を含むアジア地域に生息する,何処にでもいるコケである.日本ではなじみの深い盆栽にも利用され,ホームセンターなどでも入手可能だ.ハイゴケの周辺には他のコケ類が生えないことから,モミラクトンのアレロパシー効果を利用して自らの生育を有利にしているものと考えられる.このハイゴケのモミラクトン生合成経路については全く未解明であったが,モミラクトン生産が誘導される塩化銅処理後のRNA-seq解析によって,モミラクトンの骨格となるピマラジエンの合成酵素遺伝子HpDTC1(CpDTC1)が単離できた(3)3) K. Okada, H. Kawaide, K. Miyamoto, S. Miyazaki, R. Kainuma, H. Kimura, K. Fujiwara, M. Natsume, H. Nojiri, M. Nakajima et al.: Sci. Rep., 6, 25316 (2016)..イネでのピマラジエン合成には,OsCPS4とOsKSL4という2種の環化酵素が働くが,ハイゴケではこの2つの酵素が融合し二機能性をもった酵素HpDTC1が単独で働いていた.このHpDTC1/CpDTC1遺伝子の単離を足がかりとして,そのほかのモミラクトンA生合成遺伝子群が存在するのかどうかについても探査の手を広げた.RNA-seqの結果は,塩化銅ストレス誘導性を示すシトクロムP450酸化酵素(P450)遺伝子(CpCYP970A14, CpCYP964A1)やイネのモミラクトンA合成酵素OsMASとよく似た配列をもつ遺伝子(CpMAS)の存在を示した.しかし,それらの遺伝子機能や染色体上の位置は不明だった.そこで,まずはハイゴケのゲノムシーケンスを読み解くことから進め,これらの遺伝子たちがクラスターを形成しているかどうかを確かめることにした.すると,まず始めに塩化銅誘導性P450遺伝子の一つであるCpCYP970A14が,CpMAS遺伝子の近傍約50 kb圏内に座乗することがわかった.また,HpDTC1の周辺には他の種類の誘導性P450遺伝子CpCYP964A1が存在していた.その後,さらなるゲノムシーケンスの努力を重ね,ついにこれらの2つの島(コンティグと呼ぶ)に見いだされて来た4つの遺伝子が,ハイゴケの染色体上の約150 kbの領域にCpMAS-CpCYP970A14-CpDTC1-CpCYP964A1の並びでクラスター化し存在することの証明に成功した.
このハイゴケクラスターがモミラクトン合成にかかわることを証明するため,大腸菌,酵母,ベンサミアナタバコとあらゆる発現系を駆使して酵素活性の同定を進めた.大腸菌組換え酵素として得たCpMASは,明白なモミラクトンA合成活性を示した.次に,酵母においてCYP970A14を発現させるとピマラジエンの19位炭素を酸化してピマラジエン酸を合成した.また,CYP964A1はピマラジエンの3位炭素を水酸化する活性を示した.これらの2種のP450を,ピマラジエン合成酵素遺伝子であるCpDTC1と共にベンサミアナタバコに導入してみると,驚いたことにこの3つの遺伝子でモミラクトンAの生産が認められた.CpMASも加えると,さらにモミラクトンA生産量は増加するが,必須ではなかった.この結果からは,以下のことが推察できる.ピマラジエンからモミラクトンAの前駆体であるピマラジエノライドまでの変換には,最低,3カ所の酸化が起こる必要があるので,この2つのP450が共存すると第3の酸化反応が進行し,CpMASの基質であるピマラジエノライドが合成される.CpMASの触媒する酵素活性は,植物に数多く存在する同じファミリーの脱水素酵素によって相補されるので,ピマラジエノライドが生体内で合成されれば,モミラクトンAまで代謝されることは説明できる.2つのP450の詳細な触媒機能については,今後追及する必要があるが,ベンサミアナタバコでの結果は,異種植物でモミラクトンAの合成に成功した初めての例となった(4)4) L. Mao, H. Kawaide, T. Higuchi, M. Chen, K. Miyamoto, Y. Hirata, H. Kimura, S. Miyazaki, M. Teruya, K. Fujiwara et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 12472 (2020)..
かくして,下等植物のハイゴケにおいても,モミラクトンA生合成遺伝子がクラスターとなっていることが証明された(図1図1■モミラクトンAおよびその生合成中間体の構造と3種の植物で見いだされた生合成遺伝子クラスター).モミラクトン生合成植物はすべて生合成遺伝子をクラスター化して保持していることは,晴れて証明できた訳だが,ではなぜクラスターになっているのか? という疑問にはまだ答えられない.現段階で言えることは,これらの3種の遺伝子クラスターは,染色体上の遺伝子配置などから考えて,収斂進化によって独立して構成されたものであろうと言うことである.そこから,このモミラクトン生合成経路は植物自身にとって危険なパスウエイであり,生合成経路が中断すると毒性の高い中間体が蓄積し生育に不都合なため,ゲノム上に分散して遺伝子を保持するよりも遺伝子クラスター化することで,完全な形で次世代に生合成経路を継承できる点で有利ではないかと言うことが推測できる.
これまでに,ハイゴケ,イヌビエ,イネの3つの植物から見いだされたモミラクトン生合成遺伝子クラスターは,それらに含まれる遺伝子の配置や種類が異なることから,それぞれが独立して構成されたものと考えられる(上図).しかし,どの遺伝子クラスターにも,前駆体であるジテルペン炭化水素のピマラジエンとそのオライド体,そしてモミラクトンA(下図)の合成に必要な遺伝子が存在している.
実際,テルペンの生合成遺伝子クラスターの遺伝子を欠損すると,生育が悪化したり,擬似病斑が発生したりと,あたかも植物体に害をおよぼす中間体が蓄積しているような現象が認められるケースがある(5)5) Z. Ye, K. Nakagawa, M. Natsume, H. Nojiri, H. Kawaide & K. Okada: Biosci. Biotechnol. Biochem., 82, 1021 (2018)..現存する3つのモミラクトン生産植物は,モミラクトンを保持することの優位性と生合成経路が傷つくリスクとを抱えつつ,進化し現代に生き続けているのだと思われる.ここではモミラクトンBの生合成について触れなかったが,実はモミラクトン生合成の最終ステップであるその点も,まだ未解明なのである.遺伝子クラスターをもつモミラクトンAまでの生合成経路と未知のモミラクトンB合成ステップで機能する遺伝子群の関係性についても,今後,明らかにされることを期待したい.
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