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“木に化ける”仕組み~リグニン前駆物質の輸送メカニズム~植物細胞壁木化メカニズムの謎に迫る

Taku Tsuyama

津山

宮崎大学農学部森林緑地環境科学科森林植物細胞学分野

Published: 2021-02-01

リグニンligninは木材のおよそ15~35%程度を占める,主要な樹木細胞壁成分の一つである.ラテン語で木材を表すlignumを由来とし,「木質素」とも呼ばれる.リグニンが細胞壁に沈着することを「木化(もっか,lignification)」と呼び,“木に化ける”ように木を木たらしめるためのさまざまな役割を果たす.

木化の役割の一つ目が樹体支持や姿勢の制御である.巨大な樹体もリグニンがなければ支えられない.2つ目が病害虫および紫外線からの防御である.リグニンはH, G, S核に分類される3種類の芳香核をもったモノマーが複雑に結合し,分解されにくい構造をもつ.木が長生き,長持ちする要因の一つである.3つ目が効率的な水分通道への寄与である.木材からリグニンを除くと紙ができるが,紙のストローでは水を吸うことは難しい.疎水性が高いリグニンがセルロースやヘミセルロースといった細胞壁多糖の間を埋めることで,地中深くから地上高くまで水を吸い上げることが可能になっている.

実は樹木だけでなく,リグニンはすべての維管束植物の支持組織や通水組織に含まれ,上に示したような機能を発揮している.身近な維管束植物も“木に化ける”ことで,さまざまな陸上環境における生育が可能になっているのである.

維管束植物の生存に不可欠なリグニンの生合成は,モノマーであるリグニン前駆物質の細胞内における生合成から始まり,細胞壁での重合により完成する.その過程でリグニン前駆物質は細胞内から細胞壁へ輸送される必要がある.これまでリグニン前駆物質の生合成および重合に関する研究は多数なされてきたが,リグニン前駆物質の輸送に関する研究は近年報告され始めたばかりである.

リグニン前駆物質のうち,最終的な重合に関与する主要な分子はモノリグノールと呼ばれる.モノリグノールの輸送は,細胞外への低分子の輸送を担うことが知られるABC(ATP結合カセット)トランスポーターが行うと想定されてきた.実際シロイヌナズナロゼット葉において,ABC様トランスポーターがモノリグノールおよびモノリグノール配糖体を輸送することが示された.モノリグノールは細胞膜を横切り(図1図1■リグニン生合成におけるリグニン前駆物質の挙動中Aの経路),モノリグノール配糖体は液胞膜を横切る(図1図1■リグニン生合成におけるリグニン前駆物質の挙動中Bの経路)ことが示唆された(1)1) Y. C. Miao & C. J. Liu: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 22728 (2010)..しかし葉の大部分は木化しないため,この輸送活性は通常の木化過程に関与していない可能性がある.またシロイヌナズナにおいて,p-クマリルアルコールがABCトランスポーターであるAtABCG29により細胞膜を横切り細胞壁へ輸送されることが示唆されている(図1図1■リグニン生合成におけるリグニン前駆物質の挙動中Aの経路)(2)2) S. Alejandro, Y. Lee, T. Tohge, D. Sudre, S. Osorio, J. Park, L. Bovet, Y. Lee, N. Geldner, A. R. Fernie et al.: Curr. Biol., 22, 1207 (2012).p-クマリルアルコールはモノリグノールだが,ほとんどの植物においてごくわずかしか含まれていないH核リグニンの前駆物質である.主要な構造であるG核またはS核リグニン前駆物質のトランスポーターは,いまだ同定されていない.

図1■リグニン生合成におけるリグニン前駆物質の挙動

リグニン前駆物質は細胞内で生合成され,細胞壁へ輸送されて重合し,リグニンとなる.これまでの知見からリグニン前駆物質の輸送にはいくつかの経路が考えられる.A, モノリグノールなどが細胞膜を横切る:B, モノリグノール配糖体が液胞に輸送される:C, モノリグノール配糖体が細胞内小胞に輸送され,細胞壁へ小胞輸送される.

リグニン前駆物質は分子量が小さく比較的疎水性も高いため,受動拡散により脂質二重膜を横切る可能性も検討されてきた(3)3) E. Boija, A. Lundquist, K. Edwards & G. Johansson: Anal. Biochem., 364, 145 (2007)..ごく最近のモデル計算では,モノリグノールを含むリグニン前駆物質は受動拡散が可能である一方,モノリグノール配糖体やカルボン酸塩はトランスポーターを必要とすることが示唆されている(4)4) J. V. Vermaas, R. A. Dixon, F. Chen, S. D. Mansfield, W. Boerjan, J. Ralph, M. F. Crowley & G. T. Beckham: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 23117 (2019)..しかしこれまで植物の生体膜を用いた生化学実験では,モノリグノールなどの受動拡散は見られていない.

モノリグノール配糖体が樹木に含まれていることは昔から知られており,リグニン前駆物質の貯蔵および輸送形態と考えられてきた.特にG核モノリグノールの配糖体であるコニフェリンは,針葉樹の分化中木部に大量に含まれていることが知られている.分化中木部のコニフェリンは木化の進行に伴い急激に減少することや,放射標識をしたモノリグノール配糖体を分化中木部に与えると標識は細胞壁に現れることから,モノリグノール配糖体は木化に関与すると考えられる(5)5) 福島和彦,船田 良,杉山淳司,高部圭司,梅澤俊明,山本浩之:“第2版 木質の形成”,海青社,2011, pp. 351–353.

木化組織におけるリグニン前駆物質の輸送メカニズムを解明するために樹木分化中木部を用いたところ,さまざまな樹種でATP依存的なコニフェリン輸送活性が存在することが明らかとなった.針葉樹,広葉樹どちらにおいてもコニフェリン輸送にはABCトランスポーターではなくV-ATPaseとH濃度勾配が関与し,細胞膜ではなく細胞内膜系の関与が示唆されている(図1図1■リグニン生合成におけるリグニン前駆物質の挙動中B, Cの経路)(6)6) T. Tsuyama, R. Kawai, N. Shitan, T. Matoh, J. Sugiyama, A. Yoshinaga, K. Takabe, M. Fujita & K. Yazaki: Plant Physiol., 162, 918 (2013)..さらに最近,H核モノリグノールの配糖体であるp-グルコクマリルアルコールの輸送も針葉樹および広葉樹に存在し,やはりV-ATPaseとH濃度勾配,および細胞内膜系が関与することが示唆されている(7)7) T. Tsuyama, Y. Matsushita, K. Fukushima, K. Takabe, K. Yazaki & I. Kamei: Sci. Rep., 9, 8900 (2019)..モノリグノール配糖体であるコニフェリンおよびp-グルコクマリルアルコールのV-ATPaseとH濃度勾配が関与する輸送は,幅広い植物種に保存されていると考えられる.

モノリグノール配糖体をモノリグノールに変換するβ-グルコシダーゼはマツ(8)8) A. L. Samuels, K. H. Rensing, C. J. Douglas, S. D. Mansfield, D. P. Dharmawardhana & B. E. Ellis: Planta, 216, 72 (2002).やポプラ(9)9) T. Tsuyama & K. Takabe: J. Wood Sci., 61, 438 (2015).では細胞壁に局在することが示されている.モノリグノール配糖体は何らかのメカニズムで細胞壁に供給され,木化に用いられる可能性がある.細胞死に伴い液胞中のモノリグノール配糖体が細胞壁に到達することは容易に考えられる.しかし,針葉樹分化中木部におけるコニフェリンの減少や木化は,まだ細胞が生きている二次壁形成中に進行する.分化中木部におけるコニフェリン輸送にはV-ATPaseとH濃度勾配が関与するが,V-ATPaseは液胞だけでなく,ERやゴルジ体,その他の細胞内膜系にも広く存在することが知られている.コニフェリンは細胞内小胞に輸送され,エキソサイトーシスにより細胞壁に供給されているのかもしれない(図1中Cの経路)(6, 9)6) T. Tsuyama, R. Kawai, N. Shitan, T. Matoh, J. Sugiyama, A. Yoshinaga, K. Takabe, M. Fujita & K. Yazaki: Plant Physiol., 162, 918 (2013).9) T. Tsuyama & K. Takabe: J. Wood Sci., 61, 438 (2015).

以上のように,リグニン前駆物質の輸送に関して少しずつ知見が得られてきている.特にモノリグノール配糖体であるコニフェリンとp-グルコクマリルアルコールのV-ATPaseおよびH濃度勾配依存的な輸送は,さまざまな樹木の木化組織に保存されているようである.しかしそれらの生理的意義などは未解明である.今後トランスポーター本体が明らかになることで,すべての維管束植物の生存に不可欠な木化の全体像が明らかになってくると期待される.

Reference

1) Y. C. Miao & C. J. Liu: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 22728 (2010).

2) S. Alejandro, Y. Lee, T. Tohge, D. Sudre, S. Osorio, J. Park, L. Bovet, Y. Lee, N. Geldner, A. R. Fernie et al.: Curr. Biol., 22, 1207 (2012).

3) E. Boija, A. Lundquist, K. Edwards & G. Johansson: Anal. Biochem., 364, 145 (2007).

4) J. V. Vermaas, R. A. Dixon, F. Chen, S. D. Mansfield, W. Boerjan, J. Ralph, M. F. Crowley & G. T. Beckham: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 23117 (2019).

5) 福島和彦,船田 良,杉山淳司,高部圭司,梅澤俊明,山本浩之:“第2版 木質の形成”,海青社,2011, pp. 351–353.

6) T. Tsuyama, R. Kawai, N. Shitan, T. Matoh, J. Sugiyama, A. Yoshinaga, K. Takabe, M. Fujita & K. Yazaki: Plant Physiol., 162, 918 (2013).

7) T. Tsuyama, Y. Matsushita, K. Fukushima, K. Takabe, K. Yazaki & I. Kamei: Sci. Rep., 9, 8900 (2019).

8) A. L. Samuels, K. H. Rensing, C. J. Douglas, S. D. Mansfield, D. P. Dharmawardhana & B. E. Ellis: Planta, 216, 72 (2002).

9) T. Tsuyama & K. Takabe: J. Wood Sci., 61, 438 (2015).