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農工融合領域における研究から提案する新規プラスチックスの素材について細胞を用いた新規プラスチックス素材の提案

Akihito Nakanishi

中西 昭仁

東京工科大学応用生物学部生命機能応用研究室

Published: 2021-02-01

プラスチックスは熱や圧力で自由に成型できる可塑性素材の総称である.その可塑性は素材として多様な用途で利用され,たとえばポリエチレンは軟質シートや水道管に,ポリプロピレンは哺乳器具や自動車の部品に用いられている.また可塑性に加え,生産コストの低さ,多様な用途に耐えうる強度の与えやすさなどから,プラスチックスは社会において必要不可欠な素材である(1)1) R. Geyer, J. R. Jambeck & K. L. Law: Sci. Adv., 3, e1700782 (2017)..しかしながら,現在のところプラスチックスの99.6%が石油を原料に作製されていて,石油埋蔵量の有限性やCO2の大量放出を原因とする地球温暖化の促進など,今後も継続的に石油を原料とし続けるには問題がある.また,多くのプラスチックスは利用に耐える十分な物理的・力学的な強度から環境中で難分解性を示す場合があって,廃棄後マイクロ・ナノプラスチックスとして環境中に長期間残存し,陸・海の環境を汚染する問題を抱えている(2)2) A. Nakanishi, K. Iritani & Y. Sakihama: J. Nanotechnol. Nanomaterials, 1, 72 (2020)..これら石油の資源利用とプラスチックスの廃棄の問題を背景に,近年では炭素循環型の資源として利用可能な生分解性グリーンプラスチックスの開発が世界中で進んでいる.ただ,現在までにポリ乳酸をはじめ生物由来のプラスチックス原料の生産がさかんに試みられてきたが,原料成分の抽出や精製にコストがかかり石油資源を代替できるバイオ資源の供給には至っていない(2)2) A. Nakanishi, K. Iritani & Y. Sakihama: J. Nanotechnol. Nanomaterials, 1, 72 (2020)..石油資源の代替を可能にする循環型資源の創出に関してはパラダイムシフトが強く求められていることから,われわれは細胞を直接利用することで原料成分の抽出と精製を工程から除き生産コストを下げることを狙った,今までにないグリーンプラスチックスの作製を目指して研究を進めた.

緑藻Chlamydomonas reinhardtiiはCO2を炭素源に物質生産できる単細胞微生物である(3)3) L. T. Hang, K. Mori, Y. Tanaka, M. Morikawa & T. Toyama: Bioprocess Biosyst. Eng., 43, 971 (2020).C. reinhardtiiは一般的な陸生植物に比べて炭酸固定能が高く物質生産性が優れていることや,色素や油脂など付加価値のある化合物を生産できること,毒性に関する報告がないことなど,物質生産株として有利な性質を有している(3)3) L. T. Hang, K. Mori, Y. Tanaka, M. Morikawa & T. Toyama: Bioprocess Biosyst. Eng., 43, 971 (2020)..実際に,現在までにChlamydomonas属に油脂や炭水化物を生産させ燃料資源として利用しようとする試みがなされてきた(4)4) S. H. Ho, A. Nakanishi, Y. Kato, H. Yamasaki, J. S. Chang, N. Misawa, Y. Hirose, J. Minagawa, T. Hasunuma & A. Kondo: Sci. Rep., 7, 45471 (2017)..ただ,C. reinhardtiiの細胞壁は非常に堅牢であるため(5)5) H. J. Hwang, Y. T. Kim, N. S. Kang & J. W. Han: J. Mol. Microbiol. Biotechnol., 28, 169 (2018).,細胞内で作られた生産物を十分に抽出するにはビーズ破砕機等を用いた十分な細胞の破砕が必要であった.このように細胞内容物の抽出には不利に働く細胞壁の堅牢さも,構成物の支持体としては有利に働く可能性があった.さらに,C. reinhardtiiは単細胞緑藻であるため,型に沿って自由に配置させられる可能性もあった.そこでわれわれはC. reinhardtiiの細胞の素材としての硬さや配置の自由さを見込み,細胞そのものを支持体とするプラスチックス,つまり細胞プラスチックスを提案した.

C. reinhardtiiを支持体として用いる細胞プラスチックスは,C. reinhardtiiが単細胞であることから細胞同士を連結するための充填剤(フィラー)が必要であった.さまざまなフィラーが考えられる中で,まずは生命科学分野で汎用性のあるグリセロールとウシ血清アルブミン(BSA)を検討した(6)6) A. Nakanishi, K. Iritani, Y. Sakihama, N. Ozawa, A. Mochizuki & M. Watanabe: AMB Exp., 10, 112 (2020)..各種検討の結果,細胞をグリセロールとBSAのフィラーでつなぎ合わせた細胞レイヤーを構成できた.しかしながらこれだけでは物理的・力学的強度が乏しく,また親水性で撥水性を得られなかった.そこで,ごく少量の添加でも平面構造を維持して細胞レイヤーを面で支えることができる二次元ポリマーを補強材かつ撥水材として利用し,積層構造の構築を考えた.二次元ポリマーとは有機分子を配列させた後,外部刺激等により分子間を連結する二次元シート状の薄膜構造の物質である.二次元ポリマーを合成する反応場として,空気と水の界面(気液界面)が利用できることが知られている.細胞は水や空気により腐食されないので,細胞レイヤー上に添加した水の上で二次元ポリマーを合成し,乾燥により水を除去することで細胞レイヤー上に二次元ポリマーを皮膜することができると考えた.皮膜の検討の結果,二次元ポリマーで細胞レイヤーを覆った細胞プラスチックスを作製できた.さらに細胞プラスチックスの強度をさらに高めるため,二次元ポリマーで補強された細胞レイヤーを複数層重ねて層状構造を取るように作製した(1)1) R. Geyer, J. R. Jambeck & K. L. Law: Sci. Adv., 3, e1700782 (2017)..積層細胞プラスチックスはガラスシャーレを鋳型として成型され,最終的に自立できるプラスチックスとなり,初めて作製された細胞プラスチックスとなった.

細胞プラスチックスの作製に関して,研究はさらに進められた.グリセロールとBSAをフィラーに用い作製された細胞プラスチックスは,その作製工程において乾燥に時間がかかり,かつ積層化の操作が煩雑であった.またグリセロールは親水性の細胞と相互作用すると考えられるが,互いに強固な結合を形成できないので物理的・力学的な特性が低いことが想定された.事実,引張強度試験を通じて評価されたヤング率や降伏点は,他の汎用プラスチックスに比べて小さいことが明らかになった.そのため,フィラーだけで自立フィルムを作り得る十分な強度をもつ充填剤の利用が重要だと考えた.われわれは現在までにすでにさまざまなフィラーを評価してきており,各種フィラーを用いて作製された細胞プラスチックスに関しては,走査型電子顕微鏡を用いた構造の評価や,ヤング率や引張強度,10%質量減少温度,撥水性の評価を行ってきた.今のところ,既存のある有機ポリマーをC. reinhardtiiの細胞で50%代替しながらも,既存のポリエチレンやポリ塩化ビニルと同等かそれ以上の物理・力学特性を示す細胞プラスチックスの作製に成功しており,学術論文として投稿中である.

現在までに地球規模で人類の持続可能性を模索する動きが活発化されていて,国連により2030年までに達成すべき17の持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals; SDGs)が掲げられた.細胞プラスチックスは二酸化炭素を炭素源にして供給できる緑藻細胞を支持体としていているため炭素循環に寄与できることや,細胞が環境中で分解されやすいことを利点に持つと考えられるため,SDGsに対し,たとえば12.つくる責任つかう責任における目標の達成に寄与できる可能性がある.大規模な生産ではなく地産地消に適う規模での生産を行い,近い将来の社会実装を目指した研究を今後も続けていきたいと考えている.

Reference

1) R. Geyer, J. R. Jambeck & K. L. Law: Sci. Adv., 3, e1700782 (2017).

2) A. Nakanishi, K. Iritani & Y. Sakihama: J. Nanotechnol. Nanomaterials, 1, 72 (2020).

3) L. T. Hang, K. Mori, Y. Tanaka, M. Morikawa & T. Toyama: Bioprocess Biosyst. Eng., 43, 971 (2020).

4) S. H. Ho, A. Nakanishi, Y. Kato, H. Yamasaki, J. S. Chang, N. Misawa, Y. Hirose, J. Minagawa, T. Hasunuma & A. Kondo: Sci. Rep., 7, 45471 (2017).

5) H. J. Hwang, Y. T. Kim, N. S. Kang & J. W. Han: J. Mol. Microbiol. Biotechnol., 28, 169 (2018).

6) A. Nakanishi, K. Iritani, Y. Sakihama, N. Ozawa, A. Mochizuki & M. Watanabe: AMB Exp., 10, 112 (2020).