解説

異物代謝酵素発現酵母を用いた代謝物合成法の開発医薬品および機能性食品開発における代謝研究への活用

Biosynthesis of Xenobiotic Metabolites in Engineered Yeast: Application of Metabolic Engineering for Study on Xenobiotic Metabolism in Drug and Food Factor Researches

Miyu Nishikawa

西川 美宇

富山県立大学生物・医薬品工学研究センター

Shinichi Ikushiro

生城 真一

富山県立大学生物・医薬品工学研究センター

Toshiyuki Sakaki

利之

富山県立大学生物・医薬品工学研究センター

Published: 2021-02-01

医薬品のみならず,われわれが機能性食品として活用しているポリフェノールなどの非栄養性化学物質が体内で有効性を示すためには,吸収,分布,代謝,排泄過程からなる体内動態が良好であることが求められる.しかしこれらの外来性化学物質は生体にとって異物であり,生体内の異物代謝酵素による化学構造の変化に伴い活性や動態特性も変化する.そのため医薬品や機能性食品開発においては代謝解析や代謝物の機能性・安全性評価が要求されるが,代謝物標準品の市販品入手はしばしば困難であり代謝研究の障壁となっている.本稿では,各研究分野における異物代謝研究の動向と異物代謝酵素発現酵母の活用事例を紹介する.

Key words: 異物代謝; 抱合代謝物; 代謝工学; 機能性食品開発; 医薬品開発

動物における異物代謝と代謝研究の課題

われわれが「有効成分」として活用しているポリフェノールなどの機能性食品や医薬品の成分は,本来生体にとっては栄養素以外の「異物」である.われわれは日常的にさまざまな非栄養性化学物質を摂取しており,それらは環境汚染物質や農薬など意図せずに摂取する物質から,意図的に摂取する医薬品や機能性食品成分まで多岐にわたる.生体はこれらの外来性化学物質に対し,異物代謝(もしくは薬物代謝)と呼ばれる防御システムを備えている.たとえば,外界と接する消化管や呼吸器系などの上皮組織や消化管からの吸収成分が門脈経由で流入する肝臓などでは,異物(薬物)代謝酵素と呼ばれる一連の酵素群が発現し,親化合物の化学構造を変化させることで異物を速やかな体外排泄へと導く.異物代謝は酸化,還元,加水分解などにより極性基の生成もしくは導入を行う第I相反応と,第I相反応で生じた代謝物中の水酸基やアミノ基などに高極性物質を付加する第II相反応に大別され,第II相反応は抱合反応とも呼ばれている.代表的な第I相酵素としてシトクロムP450(P450),第II相酵素にUDP-グルクロン酸転移酵素(UDP-glucuronosyltransferase; UGT),硫酸転移酵素(sulfotransferase; SULT)などが挙げられる(図1図1■ヒト体内における異物代謝機構).これらの酵素の多くは多種多様な構造の化合物の代謝に対応するために遺伝子ファミリーを形成するとともに,酵素分子種間においては低い基質特異性を示し基質が重複する場合もある.極性の低い化合物は第I相および第II相反応により極性を増して体外へ排泄されやすくなるため,異物代謝は活性低減および排泄促進のための解毒機構であると考えられてきた.一方で近年,多くの発がん性物質は第I相代謝によって発がん性を獲得することや,薬学および機能性食品分野における代謝物自体の毒性や機能性が注目されており,これらの外来性化学物質の作用メカニズムを解明するうえで代謝研究は不可欠なアプローチとなっている(図1図1■ヒト体内における異物代謝機構).

図1■ヒト体内における異物代謝機構

医薬品や一部の機能性食品成分,その他毒性化学物質などは生体内の異物代謝により極性を増すことで体外への排泄が促進される.

しかしながら,代謝研究においては代謝物標準品の入手が研究のボトルネックとなっている.特にUGTによる代謝産物であるグルクロン酸抱合体の化学合成については,位置および立体選択性などの構造複雑性により親化合物とは全く異なる合成ルートの開発が求められ,全合成が困難である場合が多い.組換え異物代謝酵素を用いたin vitro酵素合成は,親化合物を出発物質として位置および立体選択的な代謝物合成が可能であるが,高価な補酵素を添加する必要があるためスケールアップ合成はコスト的に困難である.またヒトや動物などの尿や胆汁から代謝物を単離する方法は,量的な問題から非現実的である(図2図2■異物代謝酵素により生成される代謝物合成法の比較).代謝物入手の課題は医薬品分野と予算規模が大きく異なる機能性食品や毒性学などの分野で特に深刻化し,代謝研究を大きく妨げる要因となっている.

図2■異物代謝酵素により生成される代謝物合成法の比較

既存のin vitro酵素合成法では高価な補酵素の添加が必要であるが,異物代謝酵素発現酵母による生合成法では酵母菌体内の補酵素供給系を利用した代謝物合成が可能である.

異物代謝酵素発現酵母による代謝物合成法の確立

既存の代謝物合成法の課題を解決するために,筆者らのグループは酵母を宿主とした異物代謝酵素発現系を構築し,組換え酵素を単離せずに酵母菌体をそのまま酵素源として用いることで従来のin vitro酵素合成法の欠点を克服した(図2図2■異物代謝酵素により生成される代謝物合成法の比較).組換え代謝酵素を用いたin vitro酵素合成法では,組換え酵素が含まれる画分を宿主細胞から単離して反応に用いるため,代謝物を合成するために高価な補酵素の添加が必要となる.そこで筆者らは,組換え代謝酵素を発現している生きた酵母菌体内で代謝物合成反応を行わせることで,菌体内の補酵素供給系を利用した代謝物合成法の確立を目指すこととした.榊らは1985年に出芽酵母Saccharomyces cerevisiae AH22株を宿主としてP450を(1, 2)1) H. Murakami, Y. Yabusaki, T. Sakaki, M. Shibata & H. Ohkawa: DNA, 6, 189 (1987).2) T. Sakaki, M. Shibata, Y. Yabusaki, H. Murakami & H. Ohkawa: DNA Cell Biol., 9, 603 (1990).,1987年にNAPDH-P450還元酵素を発現させることに成功し(3)3) T. Sakaki, S. Kominami, S. Takemori, H. Ohkawa, M. Akiyoshi-Shibata & Y. Yabusaki: Biochemistry, 33, 4933 (1994).,第I相反応を担うヒト由来P450分子種発現酵母を用いてさまざまな医薬品の代謝解析をすることが可能になった.異物代謝型P450やUGTは小胞体膜結合型の酵素であり小胞体をもたない大腸菌での機能的発現が困難であるため,小胞体膜を有する酵母は異物代謝酵素発現に適した宿主であった.また生城らは組換え酵母菌体を用いたグルクロン酸抱合体の合成を可能にするために,代表的な第II相酵素であるUGTとその補酵素であるUDP-グルクロン酸合成供給系を酵母内に同時構築した(4)4) S. Ikushiro, M. Nishikawa, Y. Masuyama, T. Shouji, M. Fujii, M. Hamada, N. Nakajima, M. Finel, K. Yasuda, M. Kamakura & T. Sakaki: Mol. Pharm., 13, 2274 (2016).図2図2■異物代謝酵素により生成される代謝物合成法の比較).宿主であるSaccharomyces cerevisiae AH22はUDP-グルクロン酸合成に必要な遺伝子であるUDP-glucose dehydrogenase(UGDH)をもたない.そこでUGTとUGDHを酵母に同時発現させたところ,組換え酵母菌体におけるUDP-グルクロン酸の産生が認められ,さらに組換え酵母菌体懸濁液に基質を添加するだけで代謝物であるグルクロン酸抱合体の合成が可能となった(4)4) S. Ikushiro, M. Nishikawa, Y. Masuyama, T. Shouji, M. Fujii, M. Hamada, N. Nakajima, M. Finel, K. Yasuda, M. Kamakura & T. Sakaki: Mol. Pharm., 13, 2274 (2016).図2図2■異物代謝酵素により生成される代謝物合成法の比較).また西川らは,第II相酵素であるSULTの酵母発現系を構築することで補酵素の添加を必要としない硫酸抱合体合成法を確立した(5)5) M. Nishikawa, Y. Masuyama, N. Nunome, K. Yasuda, T. Sakaki & S. Ikushiro: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 723 (2018)..SULTの補酵素である活性硫酸(3′-phosphoadenosine-5′-phosphosulfate; PAPS)は特に高額な試薬であり酵素合成の障壁となっているが,幸いにして宿主であるS. cerevisiae AH22株では内在性のPAPS合成経路が備わっている(6, 7)6) U. Schriek & J. D. Schwenn: Arch. Microbiol., 145, 32 (1986).7) S. Karamohamed, J. Nilsson, K. Nourizad, M. Ronaghi, B. Pettersson & P. Nyrén: Protein Expr. Purif., 15, 381 (1999)..本酵母株にSULTを単独発現させることで代謝物である硫酸抱合体を得ることに成功した(5)5) M. Nishikawa, Y. Masuyama, N. Nunome, K. Yasuda, T. Sakaki & S. Ikushiro: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 723 (2018).

筆者らが構築した異物代謝酵素発現系による代謝物合成の利点を以下に述べる.酵母内では導入した異物代謝酵素が恒常的に発現するため,大腸菌発現系のような精密な培養コントロールによる発現誘導を必要としない.また代謝物合成は培養条件下ではなく,あらかじめ組換え菌体を大量培養して回収・凍結保存したものを必要量用いるため合成ロット間差を低減できる.異物代謝酵素はしばしば基質化合物(0.1 mmol/L程度)およびその代謝物による酵素活性阻害が起こることが知られておりこれが酵素合成法による収量の障壁となるが,われわれの確立した合成法では基質濃度をおおむね0.5~1 mmol/L程度に維持しても高い酵素活性を示した.これは単純に,組換え菌体を用いたバイオコンバージョン法では細胞外の基質化合物が少しずつ細胞壁を透過するため,菌体内の基質濃度が上昇しすぎないことに起因すると推察される.実際に,本法における抱合代謝物の生産効率は数十~数百mg/Lを示した.基質化合物の酵母細胞壁透過効率が低い場合や基質化合物が菌体に対して毒性を示す場合は代謝活性を得ることが難しいが,これまでに多くの医薬品や食品成分に対する代謝活性を確認している.

異物代謝酵素発現酵母を用いた代謝予測

前述のとおり,多くの異物代謝酵素はさまざまな構造の化合物の代謝に対応するために遺伝子ファミリーを形成している.異物代謝酵素は内在性生理活性物質の生合成や不活化機構としての側面も有するため一概に分類することは難しいが,ヒトにおいてこれまでに同定されている異物代謝酵素の遺伝子数は,内在性生理活性物質の代謝にかかわるものも含めてP450では57種,UGTは19種,SULTは13種である(8~10)8) 大村恒雄,石村 巽,藤井義明:“P450の分子生物学 第2版”,講談社,2009, p. 276.10) Z. Riches, E. L. Stanley, J. C. Bloomer & M. W. Coughtrie: Drug Metab. Dispos., 37, 2255 (2009)..また前臨床における代謝研究はヒト由来の酵素を用いたin vitro試験だけでなく,種々の実験動物を用いたin vivo試験が行われるため動物由来代謝酵素発現系の充実は代謝研究の進展に大きく寄与する.筆者らはP450, UGTおよびSULTについてヒトおよび動物由来の幅広い酵素ライブラリーを取り揃えており,これらの分子種バラエティが代謝予測から代謝物大量合成までさまざまな研究ステージに応じたソリューション提供を可能にしている.

たとえば医薬品成分のミコフェノール酸はフェノール性水酸基とカルボキシル基の2カ所がUGTによる代謝標的部位となり,カルボキシル基が抱合されたアシルグルクロン酸抱合は毒性リスクが懸念される代謝物である(図3図3■ミコフェノール酸(MPA)の位置選択的グルクロン酸抱合体合成).酵素分子種間における代謝の位置選択性を調べるために,ヒトおよび動物由来UGTによる代謝スクリーニングを実施した.その結果,ヒトUGT1A9はフェノール性水酸基に,ラットUGT2B1はカルボキシル基に高い選択性を示すことがわかった(図3図3■ミコフェノール酸(MPA)の位置選択的グルクロン酸抱合体合成).ラットUGT2B1はほかのカルボン酸含有薬物に対しても高いグルクロン酸抱合活性を有していた.また,機能性食品成分であるレスベラトロールは3位および4′位のフェノール性水酸基がUGTおよびSULTの代謝標的部位となる.筆者らの有するヒトUGTおよびSULTの酵素ライブラリーを用いてレスベラトロールの代謝スクリーニングを行ったところ,UGTではUGT1A1, 1A7, 1A8, 1A9および1A10における代謝活性が認められ,1A1, 1A7および1A8は3位に高い選択性を示した.SULT代謝スクリーニングではSULT1ファミリーが代謝活性を示し,SULT1E1が3位および4′位の双方に同程度の選択性を示した一方,SULT1A1, 1A3, 1B1,および1C4は3位に高い選択性を示した(図4図4■ヒトUGT1ファミリーおよびSULTによるレスベラトロール代謝の位置選択性).小スケールで代謝反応を実施する代謝予測試験では従来のin vitro酵素試験法が採用されてきた.In vitro酵素試験法は詳細なキネティクス解析が可能であるという利点があるが,筆者らの構築した遺伝子組換え酵母菌体を用いた代謝試験は補酵素の添加を必要としない初期の代謝スクリーニングとして有用であるとともに,市販品では入手困難な動物由来酵素分子種の代謝活性評価も可能である.

図3■ミコフェノール酸(MPA)の位置選択的グルクロン酸抱合体合成

参考文献4より引用,改変.ヒトUGT1A9はエーテル型グルクロン酸抱合体(EG)を,ラットUGT2B1はアシルグルクロン酸抱合体(AG)を選択的に合成した.

図4■ヒトUGT1ファミリーおよびSULTによるレスベラトロール代謝の位置選択性

一部参考文献5より引用,改変.#, not detected by HPLC-UV (306 nm).

異物代謝酵素発現酵母を用いた代謝物合成とその活用

異物代謝酵素発現酵母を用いた代謝活性スクリーニングの結果は,代謝物のスケールアップ合成にも活用することが可能である.代謝活性や位置選択性を考慮して最適分子種を選定し,目的代謝物合成の効率化を図っている.以下に各研究分野における代謝研究の動向と当該技術のアプリケーション例を示す.

1. 創薬における薬物動態研究および安全性評価

医薬品開発においては候補化合物の代謝動態が薬効に重要なポイントとなる.高い薬理活性を示す化合物であっても,異物(薬物)代謝によって速やかな活性の低減や血中濃度の低下が起こりやすい化合物の場合は,代謝を受けにくい化学構造の修飾が必要となる.また親化合物から生じる代謝物に薬理作用や毒性作用が認められる場合は,代謝物を用いた薬効および安全性評価が必要となる.そのため医薬品開発では開発初期の積極的な代謝動態研究により,動態不良や代謝毒性に起因する開発中止リスクを低減させる努力を行ってきた.1990年代までは開発中止に至る原因の約40%が動態特性不良によるものであったが,2000年以降は動態不良に起因する開発中止割合は著しく低下している(11)11) I. Kola & J. Landis: Nat. Rev. Drug Discov., 3, 711 (2004)..また2004年の時点では世界で販売されているトップ200の医薬品のうち,代謝により排泄されるものは約72%を占め,そのうち約70%がP450による代謝であったが(12)12) J. A. Williams, R. Hyland, B. C. Jones, D. A. Smith, S. Hurst, T. C. Goosen, V. Peterkin, J. R. Koup & S. E. Ball: Drug Metab. Dispos., 32, 1201 (2004).,2000年頃から肝臓の異物代謝型P450含有画分を用いたハイスループット代謝スクリーニングが行われるようになり,P450による代謝を受けにくい候補化合物が選択されるようになった(13, 14)13) 須藤正樹,渡邉修造,稲垣泰介:化学と生物,46, 859 (2008).14) 横井 毅,織田進吾:化学と生物,55, 412 (2017)..その結果,P450以外の異物代謝酵素による代謝が問題となる場合が顕在化し(15)15) M. A. Cerny: Drug Metab. Dispos., 44, 1246 (2016).,non-P450酵素による代謝スクリーニングは後発的に進展している.非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs)に代表されるカルボン酸構造を有する薬物は,UGT代謝によって化学的に不安定なアシルグルクロン酸抱合体を生じ,生体高分子との共有結合による副作用リスクが懸念されている.これらの事態を受けて2008年には米国食品医薬品局(FDA)からアシルグルクロン酸抱合体の毒性評価に関するガイダンスを示しており,カルボン酸含有薬物については本ガイダンスに基づいた安全性評価が要求されている(16)16) U.S. Department of Health and Human Services: Food and Drug Administration: Safety Testing of Drug Metabolites, Guidance for Industry https://www.fda.gov/downloads/Drugs/.../Guidances/ucm079266.pdf (2008)..この場合には親化合物のみならず代謝物を用いたリスク評価が必要となるため,グラムスケールの代謝物が必要となる可能性もある.

筆者らは,代謝スクリーニングで明らかになったラットUGT2B1のカルボキシル基選択性を利用して複数のカルボン酸含有薬物からアシルグルクロン酸抱合体を合成することに成功した(4)4) S. Ikushiro, M. Nishikawa, Y. Masuyama, T. Shouji, M. Fujii, M. Hamada, N. Nakajima, M. Finel, K. Yasuda, M. Kamakura & T. Sakaki: Mol. Pharm., 13, 2274 (2016)..アシルグルクロン酸抱合体は化学的に不安定な化合物であるため酵素合成後の単離精製における課題は化学合成と共通し今後改良の余地があるが,ジクロフェナックなど複数の医薬品由来のアシルグルクロン酸抱合体を合成しNMRによる構造決定に至っている(4)4) S. Ikushiro, M. Nishikawa, Y. Masuyama, T. Shouji, M. Fujii, M. Hamada, N. Nakajima, M. Finel, K. Yasuda, M. Kamakura & T. Sakaki: Mol. Pharm., 13, 2274 (2016)..またnon-P450第II相酵素としてフラビンモノオキシゲナーゼ(flavin-monooxygenase; FMO)の酵母発現系も構築している(17)17) Y. Masuyama, M. Nishikawa, K. Yasuda, T. Sakaki & S. Ikushiro: Drug Metab. Pharmacokinet., 35, 274 (2020).

2. 食品成分の複雑な代謝様式の解明と代謝物の機能性評価

化学構造上第II相の抱合反応を受けやすい食品成分であるポリフェノールの研究分野においても,詳細な代謝解析による体内動態が解明されつつある.ポリフェノールはUGTのほかにSULTやカテコール-O-メチル基転移酵素(catechol-O-methyltransferase; COMT)による複雑な代謝を受ける.すなわちこれらの成分はすでにさまざまな健康作用が報告されているにもかかわらず,血中ではその多くが抱合代謝物として存在していることになり,これまで見過ごされていた抱合代謝物の機能性に注目が集まっている.たとえば,ケルセチンやレスベラトロールは生体内で速やかにUGTやSULTによる代謝を受け,グルクロン酸抱合体や硫酸抱合体などの代謝物となるが(18)18) B. Wu, K. Kulkarni, S. Basu, S. Zhang & M. Hu: J. Pharm. Sci., 100, 3655 (2011).,これらの代謝物が排泄形態としてではなく体内輸送形態として機能し,炎症部位などで局所的に加水分解を受けてアグリコンを供与することで生理作用を示すことが報告されている(1919) J. Terao, K. Murota & Y. Kawai: Food Funct., 2, 11 (2011)., 20)20) A. Ishisaka, K. Kawabata, S. Miki, Y. Shiba, S. Minekawa, T. Nishikawa, R. Mukai, J. Terao & Y. Kawai: PLOS ONE, 8, e80843 (2013).

ポリフェノールはしばしば代謝物の位置異性体を生じるため,特に酵素合成法の利点が活用される.われわれはUGTおよびSULT発現酵母を用いてケルセチン(21~23)21) T. Nakamura, C. Kinjo, Y. Nakamura, Y. Kato, M. Nishikawa, M. Hamada, N. Nakajima, S. Ikushiro & K. Murota: Arch. Biochem. Biophys., 645, 126 (2018).23) S. Tanaka, A. Trakooncharoenvit, M. Nishikawa, S. Ikushiro & H. Hara: J. Agric. Food Chem., 67, 4240 (2019).やセサミン(24)24) K. Yasuda, K. Okamoto, S. Ueno, K. Itoh, M. Nishikawa, S. Ikushiro & T. Sakaki: Drug Metab. Pharmacokinet., 34, 134 (2019).,マヌカハニー中の機能性成分であるメチルシリング酸(25, 26)25) A. Ishisaka, S. Ikushiro, M. Takeuchi, Y. Araki, M. Juri, Y. Yoshiki, Y. Kawai, T. Niwa, N. Kitamoto, T. Sakaki et al.: Mol. Nutr. Food Res., 61, 201700122 (2017).26) Y. Kato, M. Kawai, S. Kawai, Y. Okano, N. Rokkaku, A. Ishisaka, K. Murota, T. Nakamura, Y. Nakamura & S. Ikushiro: J. Agric. Food Chem., 67, 10853 (2019).などさまざまな機能性食品因子の代謝物を合成し,これらの食品因子の複雑な代謝様式を解明してきた(27)27) 生城真一,増山優香,西川美宇,安田佳織,榊 利之.日本ポリフェノール学会雑誌,9, 13 (2020).表1表1■異物代謝酵素発現酵母を用いて合成した機能性食品因子由来代謝物).今後は異物代謝酵素発現酵母を用いて生体内の主要代謝物合成し,代謝物の機能性評価に活用していきたいと考えている.

表1■異物代謝酵素発現酵母を用いて合成した機能性食品因子由来代謝物
化合物代謝物抱合化部位酵素源
生物種分子種
ケルセチングルクロン酸抱合体7ヒトUGT1A9
3ラットUGT2B1
4′ヒトUGT1A10
3′ヒトUGT1A1
イソラムネチングルクロン酸抱合体7ヒトUGT1A1
3ヒトUGT1A9
4′ヒトUGT1A1
セサミンモノカテコール硫酸抱合体3ヒトSULT1A3
4ヒトSULT1E1
メチルシリング酸グルクロン酸抱合体フェノール性水酸基ヒトUGT1A7
硫酸抱合体フェノール性水酸基ヒトSULT1A3
参考文献27より引用,一部改変.

3. 環境汚染物質のバイオモニタリングへの活用

近年毒性学分野における異物代謝についても注目が集まっている.内分かく乱化学物質や残留農薬,および穀類などの農産物に発生するカビ毒もまた生体内で異物代謝を受け,抱合代謝物に変換されて体外へ排泄される.そのためヒトや家畜,および環境生物の汚染状況を把握するためのバイオモニタリングでは尿や血液などの生体試料を用いて,代謝物を含む対象汚染物質の暴露量を測定する必要があるが,これらの代謝物もまた市販標準品の入手が困難である.そのため現在は脱抱合酵素を用いた加水分解処理により抱合代謝物から未変化体を得ることで試料中の汚染物質総濃度を算出する間接測定法が採用されている.しかし間接測定法は不完全な酵素消化などにより暴露量が過小評価されるリスクがあり(28)28) A. Vidal, N. Bouzaghnane, S. De Saeger & M. De Boevre: Toxins (Basel), 12, 139 (2020).,代謝物標準品を用いた直接測定法の開発が望まれる.現在はカビ毒由来化合物の代謝物合成を試みており,バイオモニタリングにおける直接測定法の確立が期待される.

おわりに

今後,創薬や機能性食品研究および毒性学などの種々の分野において,異物代謝研究は一層進展することが予想される.医薬品開発では初期段階でのin vitro代謝スクリーニングや開発段階における代謝物の安全性評価が行われているが,機能性食品分野においても近年の特定保健用食品制度や機能性表示食品制度の施行を受けて代謝研究の重要性が高まっており,機能性食品の作用メカニズム解明において代謝研究は不可欠なアプローチとなりつつある.また毒性学分野においても従来の間接測定法に替わるバイオモニタリング法確立のための代謝物ニーズが高まっている.

今回紹介したのはヒトおよび動物由来異物代謝酵素の代謝研究への活用であるが,植物もまたポリフェノールなどの内在性二次代謝産物やカビ毒などの不活化機構としての糖転移酵素をもち,現在これらの酵素の産業応用を試みている.また動物体内における植物由来ポリフェノールやカビ毒の吸収動態は,植物体内や動物の腸内細菌による代謝を含めると極めて複雑であり,今後は食物-腸内細菌叢-摂取者連関における包括的な代謝動態についても今後の研究進展が期待される.筆者らの構築した異物代謝物合成技術がこれらの代謝動態研究発展の一助となれば幸いである.

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