プロダクトイノベーション

くらげで地球環境改善をはかる土壌改良材「くらげチップ」で森林再生

Junichi Matsumoto

松本 淳一

マルトモ株式会社

Mikiharu Doi

土居 幹治

マルトモ株式会社

Yukiyoshi Teramoto

寺本 行芳

鹿児島大学農学部

Tsugio Ezaki

江﨑 次夫

元愛媛大学農学部(愛媛大学名誉教授)

Published: 2021-02-01

研究の背景

地球温暖化現象に伴い,世界的に異常豪雨,乾燥および山火事などの自然災害が頻発している.この温暖化現象を軽減させる方法の一つが,減少している森林の再生である.産業革命前は地球の陸地面積約130億haのうち約半分が森林であったが,今や4分の1近くまで減少している.森林減少の主要因は森林の農地や放牧地への転用,その後の過耕作,過放牧である.森林再生において重要なのは,これらの地域での森林造成である.

森林造成にとって大切なことは,環境に負荷をかけずに苗木を活着させ成長を促進する有機質資材の開発である.苗木の活着には第一に水分が,その後の成長には水分と栄養分が必要である.現在,水分を多量に保持可能な人工資材は数多くあるが,これらは非分解性であり,長期間にわたり過剰な影響を及ぼし続ける可能性がある.また,土壌を活性化させるため,どのようにして有機質肥料を継続して供給し続けるか,という課題も残る.このため,江﨑は運搬しやすく水分や栄養分を同時に供給可能な素材の研究を続け,この目的にかなう資源がクラゲ(1)1) 江﨑次夫,河野修一,枝重有祐,車 斗松,全 槿雨:日本緑化工学会誌,34, 95(2008).であることを明らかにした.

クラゲの90%以上は水分であるが,吸水・保水性に優れるコラーゲンを多く含み,乾燥させると窒素,リン酸やカリウムなどの無機質の含有量も高くなる.天然素材で生分解性であり,環境への負荷も少ないことから,森林再生の切り札になる可能性が考えられた.次に問題となるのは,クラゲをどのようにして森林再生に活用するかという具体的な方法である.当時,マルトモでは食用クラゲの生産を手がけるとともに,その端材や日本海で異常発生したエチゼンクラゲの有効利用を研究課題としていた.このような流れのなかで江﨑とマルトモは,平成18年(2006年)から共同でエチゼンクラゲや食用クラゲを活用した森林や緑の再生に必要な緑化資材の開発に着手した.開発にはマルトモのクラゲ加工に関する技術が生かされ,その結果,開発されたのが土壌改良材「くらげチップ」(以下,「くらげチップ」/特許第5105463号,商標登録第5707459号)である.ここでは,「くらげチップ」の開発から現地施用に至るまでの概要と今後の方向性を紹介する.

土壌改良材「くらげチップ」の開発

エチゼンクラゲ(Nemopilema, nomural Kishinouye)や食用のヒゼンクラゲ(Rhopilema hisphidum Vanhoffen),ビゼンクラゲ(Rhopilema esculenta Kishinouye),ホワイトクラゲ(Lobonema mayeri Light)を塩とミョウバンを用いた浸透圧法でタンパク質変性させながら脱水する.脱水後,塩とミョウバンを水洗し,長さ2 cm程度に切断して60°Cの熱風で約24時間乾燥させて「くらげチップ」とした(図1図1■くらげチップ).

図1■くらげチップ

「くらげチップ」の水分保持能力および含有成分

「くらげチップ」50 gは徐々に水分を吸水し24時間で350~400 mLの蒸留水を吸収した.これだけの吸水力があれば森林や緑の再生には十分である.表1表1■エチゼンクラゲなどの成分に実験に使用した各クラゲ資材の成分を示した.

表1■エチゼンクラゲなどの成分
種類N(%)P2O5(%)K2O(%)
エチゼンクラゲ10.04.270.18
食用クラゲ12.03.430.08
ミズクラゲ10.03.500.05
米ぬか2.014.175.57
化成肥料5~155~155~15
注:くらげチップ(エチゼンクラゲ+食用クラゲ)食用クラゲ(ビゼンくらげ+ヒゼンクラゲ)

エチゼンクラゲや食用クラゲ(ヒゼンクラゲ,ビゼンクラゲおよびホワイトクラゲ)は,表1表1■エチゼンクラゲなどの成分に示したようにいずれも化成肥料に近い栄養成分を含んでいる.

「くらげチップ」の施用量の決定

現地実験での施用量決定のため,江﨑と寺本は,まず,木本植物で乾燥に強く,西日本の街路樹として広く利用されているドングリ類のアラカシ(Quercus glauca Thunb.)を小型ポットに植えて予備実験を1年間行った(図2図2■アラカシを用いた生育実験(植栽7カ月の状況)).「くらげチップ」を供試土(市販されている赤玉土)5 L全体に,0, 50, 100, 150, 200, 250 g混ぜ,直径10 cm,高さ20 cmのビニールポットに充填し,育苗しておいた1年生のアラカシを植栽し1年間成長経過を観察・測定した.最後に苗長,根元直径,葉数,枯損率および土壌水分(定期的に測定)を測定した(表2表2■アラカシを用いた施用量の実験結果).ポット数は,それぞれ100個で反復数は5回,ポット総数は3,000個である.その結果,すべての測定項目で100 g/5 Lが他の配合区に対して,t検定0.1%レベルで有意差を示した.このことから,100 g/5 Lを施用の標準量とした.

図2■アラカシを用いた生育実験(植栽7カ月の状況)

表2■アラカシを用いた施用量の実験結果
試験区123456
くらげチップ配合量0 g/5 L (0 g/L)50 g/5 L (10 g/L)100 g/5 L (20 g/L)150 g/5 L (30 g/L)200 g/5 L (40 g/L)250 g/5 L (50 g/L)
苗長(cm)7.48.319.218.617.82週間後に全て枯死
根本直径(mm)3.744.94.44
葉数(枚)7.19.414.212.912.7
枯損率(%)201154482100
土壌水分(%)8.112.422.235.447.455.4

大型ポットを用いた施用実験

次に,大型ポットによる実験を実施した.供試土5 L全体に,「くらげチップ」100 gを混ぜたものを,ポット(1/2000aのワグナルポット,内径256 mm)に充填し,クロマツ(Pinus thunbergii Parlat.)2年生苗木とチガヤ(Imperata cylindrica L.)(2)2) 江﨑次夫:“実践環境緑化工学”,晴耕雨読,2009, p.98.の根茎を植え付けて1年間観察した.クロマツは,海岸砂丘地で旺盛な成長を示し海岸防災林の主林木であること,チガヤは,全国の河川堤防の優占種で,強酸性ならびに強アルカリ性土壌や海岸砂地の乾燥地でも旺盛な成長を示すことから乾燥地や荒廃地の緑化材料として有望視されており,この2種を選択した.ポット数は,それぞれ5個で反復数は3回である.図3図3■大型ポットを用いたクロマツの生育実験(植栽後1年経過後)に示したように,クロマツの苗長および根元直径は,対照区に対してt検定の結果,0.1%レベルで有意差を示した.また,チガヤも草丈,地上部乾物重量および成立本数において,対照区に対して0.1%レベルで有意差を示した.これらの結果から,大型ポット試験においても「くらげチップ」の有効性と適応量が確認された.

図3■大型ポットを用いたクロマツの生育実験(植栽後1年経過後)

現地での実証実験

ポットを用いた2段階での実験結果を踏まえ,現地実証実験地として,将来の乾燥地域や荒廃地での活用を前提に,国内の劣悪な環境地域を選んだ(2)2) 江﨑次夫:“実践環境緑化工学”,晴耕雨読,2009, p.98..その場所は,冬期,北西の季節風が我が国で最も強く吹く山形県の庄内砂丘地(砂地,クロマツ植栽),鹿児島県桜島の火山性荒廃地(火山灰地,クロマツ植栽)(図4図4■桜島野尻川上流右岸の火山性荒廃地での実験(中央部分,クロマツ)),桜島シラス台地(シラス土,クヌギ(Quercusacutissima Carruth.)植栽),愛媛県四国中央市の山腹崩壊跡地(基岩は和泉砂岩,ヒノキ(Chamaecyparis obtusa S. et Z.)植栽),愛媛県今治市の大三島大規模山火事跡地(基岩は花崗岩,ヒノキおよびネズミモチ(Ligustrum japonicum Tunb.)植栽),今治市の笠間山大規模山火事跡地(基岩は花崗岩,アカマツ(Pinus densiflora Sieb. et Zucc.),コナラ(Quercus serrata Thunb.),ヤマザクラ(Prunus jamasakura Sieb et Koidz.)およびクヌギ植栽),松山市粟井河原の海岸砂地(基岩は砂地,クロマツ植栽)および松山市大浦の海岸砂地(基岩は砂地,クロマツ植栽)である.また,国外として近隣のインドネシア・バリ島バトゥール火山周辺荒廃地(基岩は火山岩,現地産のユーカリ類(Eucalyptus spp.) を植栽)ならびに韓国東海岸の海岸砂丘地(基岩は砂地,クロマツを植栽)選定した.

図4■桜島野尻川上流右岸の火山性荒廃地での実験(中央部分,クロマツ)

現地での実証実験での植栽の際には,直径約15 m,深さ30 cm程度の穴を掘って植え付けた(コンテナ苗木が主体).この穴の用量が約5.3 Lとなる.標準の施用量は100 g/5 Lであるので,この植穴に「くらげチップ」100 gを入れて土壌と混ぜ合わせた後に,苗木を植栽した.

これまでの成果

1. 苗木の活着率の向上

苗木の活着率は,これまでの10箇所の試験地で3.9%~50.0%向上した.最低の3.9%を示したのは,インドネシアのバリ島試験地であった.この試験地では,前年まで裸苗木を使用しており活着率は半分以下であった.「くらげチップ」を用いた実験開始の年からは,ポット苗を使用した関係で全体的に活着率が向上しており,施用区と無施用区との差が少なかったと判断している.

活着率が大きく向上したのは,大三島山火事跡地である.ネズミモチの無施用区で40%であったものが,施用区では90%まで向上した.

2. 効果の持続期間

愛媛県今治市の笠松山山火事跡地試験地に植栽されたアカマツ,コナラ,ヤマザクラおよびクヌギの樹高に対する施用効果率(3)3) 河野修一,江﨑次夫,寺本行芳,松本淳一,土居幹治,全 槿雨,金 錫宇:日本緑化工学会誌,45, 168(2019).((施用区の樹高–対照区の樹高/対照区の樹高)×100)の経年変化図によれば,樹種によって植栽後の根毛の発達スピードが異なるため有効期間に差が生じるものの,おおよそ効果が10年に及ぶことが読み取れる(図5図5■笠松山山火事跡地での10年間の樹高の伸長率).愛媛県四国中央市の山腹崩壊跡地で行ったヒノキの樹高に対する施用効果も,ほぼ10年間で消失した(4)4) 江﨑次夫,河野修一,村上尚哉,上野太祐,兵藤充祥,大野 博,松本淳一,土居幹治,藤島哲郎:日本緑化工学会誌,37, 152(2011)..松山市北条のクロマツを用いた海岸防災林造成地では,施用効果期間が約5年で消失した.前2者と比較し,松山市北条での効果期間が短かったのは,前2者の土壌がBc型土壌(弱乾性褐色森林土,緩い傾斜で幅の広い安定した尾根や台地の肩部などに多く見られる)であるのに対し,後者は海岸で砂壌土であったため,くらげチップが分解された後の養分の保持能力に差が生じたと考えられる.

図5■笠松山山火事跡地での10年間の樹高の伸長率

3. 下刈り経費の削減

わが国では,一般的に森林造成の際,植栽後7年程度は下刈りが実施されている.愛媛県内でも同様で,植栽当年が1回刈り,2~5年目までが2回刈り,6と7年目は1回刈りである.山腹崩壊跡地の四国中央市で実験を行っているヒノキ植栽地域の下刈り終了の目安とされている平均樹高は3 m程度で,その年数も7年程度である.対照区の7年経過後の平均樹高は,3.43 mであった.一方,施用区では5年経過後に平均樹高は3.33 mに達した.このことは,「くらげチップ」を施用することによって,下刈り作業が2年程度短縮されることを意味している.山村では林業従事者の高齢化と人手不足のため,下刈りが遅れ気味である.この2年間のもつ意義は非常に大きい.

まとめ

「くらげチップ」は,施用時には降雨によって得られた水分を吸収・保持する効果により,苗木や周辺土壌に水分を供給して活着に貢献する(図6図6■「くらげチップ」の施用効果,効果1).半年から1年程度かけて徐々に土壌微生物により分解され,その土壌の物理性や化学性を改善し,苗木の樹高や根元直径などの成長を促進する(図6図6■「くらげチップ」の施用効果,効果2).ここに示した厳しい環境下での実験結果は,そのことを実証している.「くらげチップ」の施用効果の持続期間は海岸砂地で5年程度,そのほかの火山性荒廃地や山火事跡地などで10年程度であった.今後は,これら荒廃地での再施用時期の検討も進める.

図6■「くらげチップ」の施用効果

課題

「くらげチップ」施用の効果は,これまでの10年間における現地実験から確実に認められるが,幅広く普及させるにはコストも重要である.現在の価格は,一般的な土壌改良材や肥料などと比べるとやや高い.造林地での下刈り経費や労働量の削減を加味すると現在の価格でも十分に利用可能であるが,一般的な緑化事業での展開や世界規模での利用を進めるには低価格化が必要である.そのため,原材料のエチゼンクラゲ,ホワイトクラゲ,ビゼンクラゲおよびヒゼンクラゲなどの代替として,日本近海で分布が見られる小型のミズクラゲの利用を考えている.すでにミズクラゲを用いた「ミズくらげチップ」でも,これまでの木本植物のアラカシおよび草本植物のミズナ(Brassica rapa L. var. laciniifolia)を用いた実験で「くらげチップ」と同様の効果が得られている.

このミズクラゲは,特に夏場,火力発電所の冷却水の取水口等に多く集まり,出力を低下させている.そこで,現在,このミズクラゲを電力会社と共同で利用することによる低価格化を検討している.また,表1表1■エチゼンクラゲなどの成分に示したように,くらげチップは,カリウム含量が化成肥料に比べるとやや少ない.これらを補ってより高品質の「くらげチップ」を製造するため,表1表1■エチゼンクラゲなどの成分に示している米ぬかを特殊な方法で混ぜ合わせる方法も検討している.米ぬかは,精米の際に必ず発生するものであり,農村の活性化にも貢献できると考えている.

これからも「くらげチップ」の普及と機能や品質の効率化を一層はかりながら,環境改善に向かって研究を進展させたい.

今後の展開(方向)

前述したように,低価格化と機能や品質の効率化をはかりながら,海外での実験に取り組む予定である.寒冷地のモンゴルの砂漠地とアラブ首長国連邦UAEの砂漠地周辺である.UAEでは5年前から実験を開始する予定あったが,治安悪化により中断を余儀なくされている.加えて,現在は,新型ウイルスによるコロナ感染症の状況下,出入国が制限されており厳しい状況ではあるが,国内での準備を万全とし,その日に備えている.

なお,乾燥地での森林造成や緑化には蒸発量が降雨量よりも多くなるため,可溶性塩類を含む地下水が毛管現象によって地上に上昇し,水分が蒸発したあと,周辺に塩類が集積する塩類集積の課題が残されている.この課題については,くらげチップとトウモロコシの芯(生分解性)を活用した「くらげシート」によって土壌中に不均質層を作り,毛管現象を遮断することで解決できる.

おわりに

地球温暖化現象が顕在化してきており,その弊害が地球規模でわれわれに襲いかかっている.そのために早急な対策が必要である.第一段階として温室効果ガスの大幅な削減と地球の陸地面積約130億haの約3分の1を占める砂漠などの乾燥地域の緑化が急務である.われわれの開発した「くらげチップ」はこの両者に対して,大いに貢献できると考えており,さらに研究を進展させて地球環境の改善,向上に努めていきたい.

Reference

1) 江﨑次夫,河野修一,枝重有祐,車 斗松,全 槿雨:日本緑化工学会誌,34, 95(2008).

2) 江﨑次夫:“実践環境緑化工学”,晴耕雨読,2009, p.98.

3) 河野修一,江﨑次夫,寺本行芳,松本淳一,土居幹治,全 槿雨,金 錫宇:日本緑化工学会誌,45, 168(2019).

4) 江﨑次夫,河野修一,村上尚哉,上野太祐,兵藤充祥,大野 博,松本淳一,土居幹治,藤島哲郎:日本緑化工学会誌,37, 152(2011).