Kagaku to Seibutsu 59(2): 104-107 (2021)
農芸化学@High School
ユーグレナと二枚貝による廃しょうゆの利用について
Published: 2021-02-01
各地にある醤油醸造業は,地域ごとに独特の味や風合いなどを生み出す地域の特色ある食文化を担っている.しかし塩分濃度が高いことに加え廃液の処理の問題により年々醤油醸造業は減少してきている.そこで,われわれは長年研究を行ってきた淡水性ユーグレナによる廃しょうゆ処理を試みた.ユーグレナの培養実験ならびに培養したユーグレナの二枚貝の育種実験等を行った.その結果,ユーグレナが高塩分濃度で培養可能であることを明らかにした.また,廃しょうゆ処理で必要となる希釈水量の削減にもつながることを見いだした.さらに,希釈した廃しょうゆで培養したユーグレナを餌として与える二段階処理実験では,醤油の色調が茶褐色からほとんど透明に脱色できるとともに,アサリの旨味成分が増加するなど想定外の成果も得られた.このような研究結果を活かすことで,廃しょうゆ処理の経費削減およびアサリなどの餌を目的としたユーグレナの新たな利用方法を見込める可能性がある.
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
醤油醸造業は各地にあり,地域の食文化を担ってきた.しかし,塩分濃度が高いことに加え消費性向や流通構造の変化等による需要の減少など,年々事業環境は厳しくなってきている.とりわけ,消費期限切れの醤油(以下「廃しょうゆ」という)は,豊富な栄養源と黒褐色の色調のため,そのままでは河川に放流できない.その処理は,主にワムシ等の好気性生物を用いた生物処理である活性汚泥法で行われている.しかしながら,廃しょうゆを希釈する水や汚泥(微生物塊)との接触のための曝気(エアレーション)が必要となるため,電力・希釈水などが経営の負担となっている.そこで,光合成能を持ちアミノ酸やビタミン等を産生する微細藻類のEuglena gracilis(以下「ユーグレナ」と称す)を廃しょうゆの処理に利用すれば,エアレーション用の電力量や希釈水量を削減し,醤油醸造業の経費削減を後押しできるのではないかと考えた.本研究では,ユーグレナによる廃しょうゆの処理に挑戦し,調理の要である醤油の醸造や発酵技術の保持に貢献することを目指した.また,増えたユーグレナをアサリ等の二枚貝の餌などに活用することで,アサリ等の育種による新たな食材の開発を通じて地域活性化へ貢献することも目的として研究に着手した(図1図1■研究概略図).
廃しょうゆでのユーグレナの培養のため,廃しょうゆを水で150倍に希釈して乾熱滅菌した綿栓付き試験管(18 cm×1 cmφ)に15 mLとり,これにユーグレナ培養液150 µL(8.5×104 cells/mL)を添加し,蛍光灯の光を連続照射した.本実験では,琵琶湖産(購入)のユーグレナを使用した.
ユーグレナ数の増加をトーマ氏血球計算盤と吸光度計(緑色(540 nm))で計測した.ユーグレナは堅調に増殖し,数の増加は吸光度と比例関係を示した(図2図2■ユーグレナ培養における増殖曲線と吸光度およびpHとの関係性).なお,培養中のコンタミネーション等の監視のため顕微鏡観察とpHを測定したが,コンタミネーション等は見受けられなかった.
培養したユーグレナの二枚貝の餌としての利用可能性を確認した.500 mLビーカーにアサリ(福岡市雁ノ巣,採取)とシジミ(島根県産,購入)を入れ,アサリでは塩分濃度2.0%,シジミでは塩分濃度0.75%になるように調整し,それらに培養したユーグレナ(150倍希釈の廃しょうゆであらかじめ培養したもの)を加えた.アサリおよびシジミは9日間以上生存した(なお解剖を行ったものは9日目に行っておりそれ以降も生存していた).ユーグレナを給餌してから数時間後の解剖で消化器官にユーグレナを確認しており,餌としての利用が可能であることが示唆された(図3a図3■ユーグレナの資化および塩分馴化).アサリではユーグレナの形状が残っているものがあったが色は完全に消失していた.シジミでは一部動いている様子が観察された.
廃しょうゆを150倍希釈した液の色(茶褐色)は,ユーグレナを培養することにより薄い白色となった.廃しょうゆで培養したユーグレナを使ったアサリおよびシジミの給餌実験では茶褐色の色調はさらに薄くなりほとんど透明になった.このことから廃しょうゆの処理にユーグレナおよびアサリ等の二枚貝による二段階処理が有効であることが分かった.
資化実験中にビーカーの底部に緑の塊があることに気付き,顕微鏡観察を行ったところユーグレナが活動していることを発見した.塩分濃度は2%を超えていることからユーグレナは塩分耐性を獲得(馴化)するのではと仮定し,種々の塩分濃度で培養実験を実施した.実験は,塩分濃度を0.25%刻みに0.25~3.0%となるように,食塩量を1,000倍希釈した廃しょうゆで調整した液を12種準備し,100 mL三角フラスコ(乾燥滅菌綿栓付き)に40 mLとり,ユーグレナ(廃しょうゆ150倍希釈液培養)を400 µL添加し,室温においた.また対比としてハプト藻用培養液(KW21)で培養したユーグレナ(1,000倍希釈液培養)を使いこちらは塩分濃度0.1%刻みに0.1~2.0%で同様な実験を行った.その結果,廃しょうゆでは培養開始から9日目で塩分濃度2.0%までユーグレナの増殖と運動性を確認できた.KW21では培養開始から19日目で塩分濃度0.9%まで増殖と運動性を確認できた.ユーグレナは廃しょうゆで培養すると高い塩濃度に馴化することがわかった(図3b図3■ユーグレナの資化および塩分馴化).
希釈水削減のためには希釈率が小さいほど有効であるので,廃しょうゆの150倍希釈液(塩分濃度約0.087%)と30倍希釈液(塩分濃度約0.43%)でのユーグレナの増殖速度の比較実験を滅菌試験管で実施した.その結果,両者の増殖日数の差は僅差であり,30倍希釈液での培養が可能であることが示され,希釈水を80%削減できることがわかった.
本研究は,産業分野での利用につなげることが目的である.ユーグレナとアサリの2段階の処理で希釈された廃しょうゆ液が脱色されることをビーカーを使った試験(バッチ試験)では確認できたが,それが連続的に起こるか否かを明らかにするため,アサリに人工海水とユーグレナを連続的に与える小型装置を新たに作成し,検証を行った.
(1)アサリ槽の塩分濃度を3%に保持するように人工海水(塩分濃度4.5%)と廃しょうゆ150倍希釈液(塩分濃度約0.087%)で培養したユーグレナを混合し,その混合液をアサリに給餌した.その結果,アサリの生存が確認され,排水は透明になった.本組合せは排水の問題はないが新たに資材として「塩」を調達する必要性が出てきた.
(2)人工海水(塩分濃度3%)と廃しょうゆ30倍希釈液(塩分濃度約0.43%)で培養したユーグレナを別々にアサリ槽に滴下,ユーグレナを給餌したところ,アサリが6日間生存していることが確認できた.なお,排水はユーグレナ培養液の色調(赤褐色)の影響で褐色を呈しており,また,廃しょうゆ30倍希釈培養液および排液は少し不快な臭気が認められた.廃しょうゆ30倍希釈液でのユーグレナの培養は3週間と長期間を要し,希釈水の削減はできるが臭気および排水の問題が新たに発生し,現実的ではなかった.
(3)人工海水(3.0%)と廃しょうゆ60倍希釈液(塩分濃度約0.22%)で培養したユーグレナを用いて(1)と同様に実験を行った.ユーグレナの増殖にかかる日数は,廃しょうゆ150倍希釈液で培養した結果と比べて1~2日程度長くなったが,臭気もなく,ユーグレナは活発に動いていたため問題がなかった.実験の排液は,臭気は少なく,色調も薄い褐色程度であった.
6.の(2)の連続処理後のアサリの成分の変化を調べるため,処理を行わなかったアサリと6日間培養後のアサリのアミノ酸を高速液体クロマトグラフ(HPLC)法を用いて測定した.殻長をそろえたアサリをすりつぶし,遠心分離を行い上澄み液と沈殿物に分け,沈殿物は乾燥させ粉末状にし,それぞれ加水分解を行った後,成分分析を行った.その結果,沈殿物では変化が見られなかったが,上澄み液ではユーグレナを給餌したアサリは給餌なしのアサリと比べて,アラニンが約2倍,グルタミン酸が約3倍となっていた.アラニンおよびグルタミン酸はうまみ成分として広く知られており,ユーグレナを給餌したアサリはうまみ成分が増加することがわかった.(図3c図3■ユーグレナの資化および塩分馴化)
①ユーグレナと二枚貝のアサリ(またはシジミ)を組み合わせた方法で廃しょうゆは適切に処理できることがわかった.
②ユーグレナを与えたアサリの旨味成分(グルタミン酸およびアラニン)が増加したことからアサリの味の改良にユーグレナが活用できることがわかった.沿岸部ではアサリ,内陸部ではシジミの育種に研究の成果が活用できる可能性がある.廃しょうゆはユーグレナの増殖に使え,さらに,培養したユーグレナはアサリ等の二枚貝の餌として利用できることがわかった.ユーグレナとアサリを組み合わせると廃しょうゆ特有の茶褐色は脱色でき排水できる.
③廃しょうゆの処理において,ユーグレナの導入はエアレーションが不要なため,曝気用の電力削減が期待できる.また,廃しょうゆで培養したユーグレナは塩分耐性を獲得し,高い塩分濃度(60倍希釈:塩分濃度約0.22%)で培養でき,希釈水の大幅な削減が期待でき醤油醸造業の経費削減に貢献できる.
本研究により,廃しょうゆの従来の処理法である活性汚泥処理法に比べて曝気用電力量と希釈水量を削減できることから,改良点は残されているものの,醤油醸造業の経費削減に基づく事業環境の改善に寄与でき,調理の要となる醤油が育む地域の個性豊かな食文化の継承につながるものと考えている.また,ユーグレナがアサリやシジミの餌として利用できたことから,これらの育種業の拡大にも期待が持たれる.本研究ではユーグレナ増殖時のpHの挙動や高塩分濃度での培養液の赤褐色化や臭気が問題となったが,これらの原因を解明できれば,より実用性の高い廃しょうゆ処理システムの構築が可能になるかもしれない.また,ユーグレナ(60倍希釈液培養)でのアサリの連続育種では,アサリの資化速度,ユーグレナの添加量ならびに育種槽の塩分濃度の調整が困難を極めた.そこで実機では,小型の遠心分離やフィルタープレス等でユーグレナの密度を上げて添加するといった工夫を新たに加えることで管理が容易となり,ユーグレナ,アサリ,海水の添加条件の最適化が飛躍的に進むものと考えている.
Acknowledgments
本研究は本校の数年に及ぶ研究の最終研究(連続育種)の結果である.本研究の遂行にあたり,ユーグレナの培養については福岡工業大学工学部生命環境化学科の天田 啓准教授に,アサリの旨味成分(アミノ酸)分析については三田 肇教授にご指導いただきましたこと紙面を借りて御礼申し上げます.また,設備の利用に関し福岡工業大学工学部生命環境化学科,大学関係者のご理解をいただきましたこと併せて御礼申し上げます.
Note
本研究は,日本農芸化学会2020年度大会(福岡)における「ジュニア農芸化学会」(発表は新型コロナウイルス感染症対策のため中止)に応募された研究のうち,本誌編集委員会が優れた研究として選定した6題の発表のうちの一つです.