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エピゲノム記憶によって誘導される訓練免疫多様な病原体による自然免疫記憶

Keisuke Yoshida

吉田 圭介

理化学研究所・バイオリソース研究センター

Published: 2021-03-01

高等真核生物には,自然免疫系と獲得免疫系の2種類の免疫系が備わっている.マクロファージ・好中球などの自然免疫系の細胞は,細菌やウィルスが共通してもつ構成成分を認識することで,体内に侵入した病原体を即座に捕捉し,対応する.たとえば,マクロファージの細胞表面に発現しているTLR4受容体は,グラム陰性菌の細胞壁に存在するLPS(リポ多糖)を認識することで,すべてのグラム陰性菌に対して,非特異的に反応することができる.マクロファージは,病原体の断片を抗原として提示するとともに,炎症性サイトカインを放出し,獲得免疫系であるT細胞・B細胞を活性化させる.これら獲得免疫系の細胞は,受容体や抗体を通じて特異的に病原体を認識し,排除する.病原体の排除後においても,特定の病原体を認識する長寿命のメモリーT細胞・メモリーB細胞が生存することで,同じ病原体の二度目の感染時に迅速に対応できる.

以上が,非常に簡単ではあるが,免疫記憶の流れである.このように,自然免疫系と獲得免疫系の主な違いは,“構成する細胞種”,“病原体反応の迅速さ”,そして“免疫記憶の有無”である.B細胞は,突然変異を能動的に引き起こすことによって,タンパク質の元となるDNA配列を書き換え,病原体を認識する抗体を産生することができる(体細胞超突然変異).つまりB細胞は,病原体をDNA配列上に記憶している.一方で,自然免疫系の細胞には,DNA配列を組み換える仕組みは存在しないため,免疫記憶をもたないだろう,と長らく考えられていた.しかし,それを覆す現象がいくつか報告されている.たとえば,昆虫には自然免疫系しか存在しないが,ハエに病原体を感染させると,二度目の感染に抵抗性を示す(1)1) J. Rodrigues, F. A. Brayner, L. C. Alves, R. Dixit & C. Barillas-Mury: Science, 329, 1353 (2010)..また,B細胞・T細胞を欠損させたマウスについても,二度目の感染時に抵抗性が亢進することが報告されている(2)2) J. Quintin, S. Saeed, J. H. A. Martens, E. J. Giamarellos-Bourboulis, D. C. Ifrim, C. Logie, L. Jacobs, T. Jansen, B. J. Kullberg, C. Wijmenga et al.: Cell Host Microbe, 12, 223 (2012)..さらに,最近になって,DNA配列に依らない遺伝子発現制御メカニズムとして,エピゲノム(ヒストンやDNAの化学修飾の状態)というものがわかってきた.

そこでわれわれは,エピゲノムの変化が維持されることで,自然免疫系にも免疫記憶に似たメカニズムが存在するのではないかと推測し,実験を開始した.まず,自然免疫系の活性化状態が記憶されるのか調べるため,マウスにLPSを投与し,3週間後にマクロファージの発現変化を調べた.すると,PBS投与のコントロール群と比較して,一連の炎症関連遺伝子の発現量が亢進していた(3)3) K. Yoshida, T. Maekawa, Y. Zhu, C. Renard-Guillet, B. Chatton, K. Inoue, T. Uchiyama, K. Ishibashi, T. Yamada, N. Ohno et al.: Nat. Immunol., 16, 1034 (2015)..このことは,一度活性化した遺伝子の発現状態が,長期にわたって維持されていることを示している.また,エピゲノム状態を調べてみると,LPS投与後では,遺伝子発現の抑制にかかわるヒストンH3K9のジメチル化修飾(H3K9me2)のレベルが減少しており,3週間後においても減少が維持されていた.実際に,LPS投与3週間後のマウスに黄色ブドウ球菌を感染させると,コントロール群と比較して,菌抵抗性が観察された.黄色ブドウ球菌はLPSを発現しないため,これは細菌への抵抗性が非特異的に亢進したものと考えられた.

この分子メカニズムを明らかにするため,ストレス応答的にエピゲノム状態を制御する転写因子ATF7に着目した.ATF7は,非刺激状態だと染色体に結合し,H3K9me2のヒストンメチル化酵素を運ぶことで,遺伝子の活性化状態を抑制する.一方で,細胞にストレスが加わると,リン酸化されることで染色体上から遊離するという性質をもっている.これによってH3K9me2レベルが減少し,結合していた遺伝子の転写が活性化する(図1図1■ATF7によるエピゲノム記憶を介した訓練免疫のメカニズム).実際にマクロファージにおいて,染色体上の結合領域をゲノムワイドに解析すると,ATF7は炎症関連遺伝子のプロモーター領域に結合していた.ATF7によるエピゲノム変化が自然免疫系の記憶に関係しているか調べるため,ATF7のノックアウトマウスを用いて上記のLPS投与実験を行った.すると,このマウスでは,炎症関連遺伝子の活性化状態の記憶が観察されなかった.このことは,LPS投与によって誘導される自然免疫系の活性化状態の維持には,ATF7によるエピゲノム変化が関係していることを示している.エピゲノム変化を介した自然免疫細胞の活性化状態の維持については,マクロファージ以外にも,骨髄性単球やNK細胞でも観察されており,最近になって,訓練免疫(自然免疫記憶)として認識されてきている(4)4) M. G. Netea, L. A. Joosten, E. Latz, K. H. Mills, G. Natoli, H. G. Stunnenberg, L. A. O’Neill & R. J. Xavier: Science, 352, aaf1098 (2016).

図1■ATF7によるエピゲノム記憶を介した訓練免疫のメカニズム

非感染状態では,ATF7は炎症関連遺伝子のプロモーター領域に結合し,抑制エピゲノム修飾であるH3K9me2を加えることで,遺伝子の活性化を抑制している(図左).細胞が感染ストレスを受けると,ATF7はリン酸化されることで,染色体上から遊離する.これによりH3K9me2レベルが減少するとともに,転写活性化因子によって,標的遺伝子が活性化する(図中).このエピゲノム変化は,感染ストレスがなくなった後も,長期にわたって維持される(図右).

また,投与する免疫系活性化物質によって,活性化が記憶される遺伝子は異なっており,これは,リガンドの種類によって活性化する下流のパスウェイ・転写因子が異なるためだと考えられる(図2図2■免疫系活性化物質の種類による,活性化が維持される遺伝子の違い).LPS投与によって活性化する遺伝子群は,ATF7ノックアウトマウスで活性化される遺伝子群と重複しており,LPSによる訓練免疫は,ATF7依存的なエピゲノム変化で制御されていることを示している.一方で,β-グルカンによって誘導される訓練免疫には,mTORパスウェイを通じたエピゲノム変化によって制御されていることが報告されている(5)5) S. C. Cheng, J. Quintin, R. A. Cramer, K. M. Shepardson, S. Saeed, V. Kumar, E. J. Giamarellos-Bourboulis, J. H. Martens, N. A. Rao, A. Aghajanirefah et al.: Science, 345, 1250684 (2014)..訓練免疫は,病原体抵抗性だけでなく,神経変性症の進行にも関与していることが報告されており(6)6) A. C. Wendeln, K. Degenhardt, L. Kaurani, M. Gertig, T. Ulas, G. Jain, J. Wagner, L. M. Häsler, K. Wild, A. Skodras et al.: Nature, 556, 332 (2018).,自然免疫系の恒常的活性化という観点から,さまざまな生命現象の仕組みが明らかになってきている.

図2■免疫系活性化物質の種類による,活性化が維持される遺伝子の違い

それぞれの免疫活性化物質をマウスに投与し,3週間後にマクロファージの遺伝子発現状態を解析した.発現レベルをヒートマップで示している.各リガンドの受容体は以下の通りである;Tlr4(LPS), Tlr2(ペプチドグリカン),Tlr7(イミキモド),Dectin1(β-グルカン).未処理の野生型とATF7ノックアウトマウスからマクロファージを回収し,発現状態を同様に示した.

訓練免疫が注目されている最近のトピックスとして,新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の症状軽減に関係しているのではないか,という可能性が示唆されている(7)7) S. J. C. F. M. Moorlag, R. C. Deuren, C. H. Werkhoven, M. Jaeger, P. Debisarun, E. Taks, V. P. Mourits, V. A. C. M. Koeken, L. C. J. Bree, T. Doesschate et al.: Cell Rep. Med., 1, 100073 (2020)..BCG(弱毒性の結核菌)投与によって,非特異的な訓練免疫が誘導されることで,新型コロナウィルスに対しても耐性ができるのではないか,という仮説である.過去の疫学調査から,BCG接種によって低出生体重児の死亡率(結核菌以外の感染症による死亡も含む)が低下するという報告がある(8)8) P. Aaby, A. Roth, H. Ravn, B. M. Napirna, A. Rodrigues, I. M. Lisse, L. Stensballe, B. R. Diness, K. R. Lausch, N. Lund et al.: J. Infect. Dis., 204, 245 (2011)..本邦の調査でも,ツベルクリン反応陰性の高齢者では,陽性者よりも肺炎の死亡率が高いことが報告されている(9)9) K. Nakayama, M. Monm, T. Fukushima, T. Ohrui & H. Sasaki: Thorax, 55, 867 (2000)..BCGはTLR2/4下流のパスウェイを活性化させるが(10)10) K. A. Heldwein & M. J. Fenton: Microbes Infect., 9, 937 (2002).,少なくともマウスのLPS投与では,ウィルス耐性に関与するケモカインCxcl9やCxcl10の発現量の亢進が,投与後3週間から少なくとも3カ月まで維持されていた(図2図2■免疫系活性化物質の種類による,活性化が維持される遺伝子の違い).実際にヒトの場合,ワクチン投与によって,どの程度の期間,訓練免疫が維持されるか,どのような種類のウィルスの予防・症状軽減に関係するのか,今後の解析を待つ必要があるだろう.

Reference

1) J. Rodrigues, F. A. Brayner, L. C. Alves, R. Dixit & C. Barillas-Mury: Science, 329, 1353 (2010).

2) J. Quintin, S. Saeed, J. H. A. Martens, E. J. Giamarellos-Bourboulis, D. C. Ifrim, C. Logie, L. Jacobs, T. Jansen, B. J. Kullberg, C. Wijmenga et al.: Cell Host Microbe, 12, 223 (2012).

3) K. Yoshida, T. Maekawa, Y. Zhu, C. Renard-Guillet, B. Chatton, K. Inoue, T. Uchiyama, K. Ishibashi, T. Yamada, N. Ohno et al.: Nat. Immunol., 16, 1034 (2015).

4) M. G. Netea, L. A. Joosten, E. Latz, K. H. Mills, G. Natoli, H. G. Stunnenberg, L. A. O’Neill & R. J. Xavier: Science, 352, aaf1098 (2016).

5) S. C. Cheng, J. Quintin, R. A. Cramer, K. M. Shepardson, S. Saeed, V. Kumar, E. J. Giamarellos-Bourboulis, J. H. Martens, N. A. Rao, A. Aghajanirefah et al.: Science, 345, 1250684 (2014).

6) A. C. Wendeln, K. Degenhardt, L. Kaurani, M. Gertig, T. Ulas, G. Jain, J. Wagner, L. M. Häsler, K. Wild, A. Skodras et al.: Nature, 556, 332 (2018).

7) S. J. C. F. M. Moorlag, R. C. Deuren, C. H. Werkhoven, M. Jaeger, P. Debisarun, E. Taks, V. P. Mourits, V. A. C. M. Koeken, L. C. J. Bree, T. Doesschate et al.: Cell Rep. Med., 1, 100073 (2020).

8) P. Aaby, A. Roth, H. Ravn, B. M. Napirna, A. Rodrigues, I. M. Lisse, L. Stensballe, B. R. Diness, K. R. Lausch, N. Lund et al.: J. Infect. Dis., 204, 245 (2011).

9) K. Nakayama, M. Monm, T. Fukushima, T. Ohrui & H. Sasaki: Thorax, 55, 867 (2000).

10) K. A. Heldwein & M. J. Fenton: Microbes Infect., 9, 937 (2002).