Kagaku to Seibutsu 59(3): 130-136 (2021)
解説
ウイルス感染抵抗性における腸内細菌叢の役割腸内細菌とインフルエンザ
Role of Microbiota in Antiviral Protection: Microbiota and Influenza
Published: 2021-03-01
インフルエンザはインフルエンザウイルスによって引き起こされる急性の呼吸器感染症である.A型インフルエンザウイルスは,オルソミクソウイルス科に属するウイルスでエンベロープをもつ.ウイルス粒子中にはゲノムとして8本のマイナス鎖一本鎖RNAが存在し(3)3) T. Noda, H. Sagara, A. Yen, A. Takada, H. Kida, R. H. Cheng & Y. Kawaoka: Nature, 439, 490 (2006).,ウイルス粒子表面には主要な防御抗原となるヘマグルチニン(HA)やノイラミニダーゼ(NA)がある(図1図1■インフルエンザウイルス).インフルエンザウイルスは,感染者の咳やくしゃみによって生じるウイルスを含む飛沫が周囲の人に飛び散るか(飛沫感染),ウイルスが付着したドアノブや電車の吊革などに手を触れて,その手で鼻などに触ることによって感染が起こる(接触感染).
Key words: インフルエンザ; 腸内細菌叢; 自然免疫; 獲得免疫; ワクチン
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ウイルスが細胞に感染すると,細胞はウイルスの侵入を感知して,病原体に非特異的な自然免疫応答を開始する.インフルエンザウイルスは,少なくとも3つの自然免疫受容体によって認識されている(図2図2■インフルエンザウイルス感染に対する自然免疫応答).Toll-like receptor 7(TLR7)はエンドゾーム内でインフルエンザウイルスのゲノムRNAを認識する(4, 5)4) S. S. Diebold, T. Kaisho, H. Hemmi, S. Akira & C. Reis e Sousa: Science, 303, 1529 (2004).5) J. M. Lund, L. Alexopoulou, A. Sato, M. Karow, N. C. Adams, N. W. Gale, A. Iwasaki & R. A. Flavell: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 5598 (2004).(図2図2■インフルエンザウイルス感染に対する自然免疫応答).細胞質中のRIG-Iは,ウイルスのゲノムRNAを認識する(6~8)6) J. Rehwinkel & C. Reis e Sousa: Science, 327, 284 (2010).7) M. Yoneyama, M. Kikuchi, T. Natsukawa, N. Shinobu, T. Imaizumi, M. Miyagishi, K. Taira, S. Akira & T. Fujita: Nat. Immunol., 5, 730 (2004).8) H. Kato, S. Sato, M. Yoneyama, M. Yamamoto, S. Uematsu, K. Matsui, T. Tsujimura, K. Takeda, T. Fujita, O. Takeuchi et al.: Immunity, 23, 19 (2005).(図2図2■インフルエンザウイルス感染に対する自然免疫応答).これとは対照的に,インフルエンザウイルスRNAはNLRP3を活性化しない(9)9) T. Ichinohe, I. K. Pang & A. Iwasaki: Nat. Immunol., 11, 404 (2010)..インフルエンザウイルスによるNLRP3 inflammasomeの活性化には,インフルエンザウイルスM2タンパク質のH+チャネル活性が必要である.M2タンパク質は,トランスゴルジ内のH+を細胞質中へ流出させてNLRP3 inflammasomeを活性化させている(9)9) T. Ichinohe, I. K. Pang & A. Iwasaki: Nat. Immunol., 11, 404 (2010).(図2図2■インフルエンザウイルス感染に対する自然免疫応答).弱酸性のトランスゴルジ内のpHをM2タンパク質が中和することは,インフルエンザウイルスHAタンパク質の正しい立体構造を保つため(感染性のあるウイルス粒子を産生するため)に必要である.このことは宿主側が,効率的なウイルスの増殖に必要なウイルス側の戦略を逆手にとり,宿主のウイルス認識機構に利用している可能性を示唆している.ほかにも,ピコルナウイルス科の脳心筋炎ウイルス(EMCV),ポリオウイルス,エンテロウイルス71型,ヒトライノウイルスの2Bタンパク質がNLRP3 inflammasomeを活性化させること(10, 11)10) M. Ito, Y. Yanagi & T. Ichinohe: PLOS Pathog., 8, e1002857 (2012).11) K. Triantafilou, S. Kar, F. J. van Kuppeveld & M. Triantafilou: Am. J. Respir. Cell Mol. Biol., 49, 923 (2013).,RSウイルス(respiratory syncytial virus)のSHタンパク質がIL-1βの産生を促進させることが報告されており(12)12) K. Triantafilou, S. Kar, E. Vakakis, S. Kotecha & M. Triantafilou: Thorax, 68, 66 (2013).,このようなviroporin(ウイルスがコードするイオンチャネルタンパク質)は,RNAウイルスがNLRP3 inflammasomeを活性化させるメカニズムの一つであると考えられていた(13)13) I. Y. Chen & T. Ichinohe: Trends Microbiol., 23, 55 (2015)..しかしその後の研究により,インフルエンザウイルスやEMCVがもつviroporinは細胞質中への酸化型ミトコンドリアDNAを放出し,NLRP3 inflammasomeのみならず細胞内の外来DNAを認識するAIM2 inflammasomeおよびSTING依存的なインターフェロン応答を引き起こしていることが明らかとなった(14, 15)14) M. Moriyama, T. Koshiba & T. Ichinohe: Nat. Commun., 10, 4624 (2019).15) M. Moriyama, M. Nagai, Y. Maruzuru, T. Koshiba, Y. Kawaguchi & T. Ichinohe: iScience, 23, 101270 (2020).(図2図2■インフルエンザウイルス感染に対する自然免疫応答).
マウスにインフルエンザウイルスを感染させた場合,肺でのinflammasomesの活性化とIL-1βの産生は,インフルエンザウイルス特異的なB細胞,T細胞応答の誘導に必要である(16)16) T. Ichinohe, H. K. Lee, Y. Ogura, R. Flavell & A. Iwasaki: J. Exp. Med., 206, 79 (2009)..しかしインフルエンザウイルス特異的な免疫応答の誘導には,ASCやcaspase-1が必要であったが,NLRP3は必要でなかった(16)16) T. Ichinohe, H. K. Lee, Y. Ogura, R. Flavell & A. Iwasaki: J. Exp. Med., 206, 79 (2009)..最近の研究では,マウスにインフルエンザウイルスを感染させた場合にAIM2 inflammasome依存的にIL-1βが産生されることがわかっている(17, 18)17) S. A. Schattgen, G. Gao, E. A. Kurt-Jones & K. A. Fitzgerald: J. Immunol., 196, 29 (2016).18) H. Zhang, J. Luo, J. F. Alcorn, K. Chen, S. Fan, J. Pilewski, A. Liu, W. Chen, J. K. Kolls & J. Wang: J. Immunol., 198, 4383 (2017)..このことは上述したとおり,インフルエンザウイルスがNLRP3 inflammasomeだけでなく,AIM2 inflammasome依存的なIL-1βを誘導していることとも一致しており(15)15) M. Moriyama, M. Nagai, Y. Maruzuru, T. Koshiba, Y. Kawaguchi & T. Ichinohe: iScience, 23, 101270 (2020).,これらのことからインフルエンザウイルス感染後の獲得免疫応答の誘導には,NLRP3とAIM2 inflammasomeのそれぞれが重複した役割を担っていると考えられる.インフルエンザウイルスに感染後,肺でinflammasomesが活性化(IL-1βが産生)されると,抗原を捕捉した樹状細胞(dendritic cells; DCs)が効率よく所属リンパ節(mediastinal lymph node)へ遊走する(19)19) T. Ichinohe, I. K. Pang, Y. Kumamoto, D. R. Peaper, J. H. Ho, T. S. Murray & A. Iwasaki: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 5354 (2011)..感染細胞周囲にいるDCs(bystander DCs)上のIL-1シグナルが,インフルエンザウイルス特異的なCTL応答に必須である(20)20) I. K. Pang, T. Ichinohe & A. Iwasaki: Nat. Immunol., 14, 246 (2013)..
このようにinflammasomesの活性化による感染局所の炎症反応とIL-1シグナルが,インフルエンザウイルス特異的な免疫応答の誘導に必要であるが,インフルエンザウイルスにはNLRP3 inflammasomeの活性化を抑制する戦略がある.インフルエンザウイルスによるNLRP3 inflammasomeの活性化には,NLRP3が連結したミトコンドリア(ミトコンドリアの膜電位)外膜上のmitofusin 2やMAVSと相互作用することが必要であるが(21, 22)21) N. Subramanian, K. Natarajan, M. R. Clatworthy, Z. Wang & R. N. Germain: Cell, 153, 348 (2013).22) T. Ichinohe, T. Yamazaki, T. Koshiba & Y. Yanagi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 17963 (2013).,インフルエンザウイルスPB1-F2タンパク質は,ミトコンドリア外膜上のTom40チャネルにより膜間スペースへ輸送され,ミトコンドリアの膜電位を低下(連結したミトコンドリアを断片化)させることにより,NLRP3 inflammasomeの活性化を抑制していた(図2図2■インフルエンザウイルス感染に対する自然免疫応答)(23)23) T. Yoshizumi, T. Ichinohe, O. Sasaki, H. Otera, S. Kawabata, K. Mihara & T. Koshiba: Nat. Commun., 5, 4713 (2014)..また最近の研究から,インフルエンザウイルスのNS1タンパク質は,NLRP3と相互作用することにより,NLRP3とASCのスペック形成(NLRP3 inflammasomeの活性化)を抑制していることが明らかになっている(24)24) M. Moriyama, I. Y. Chen, A. Kawaguchi, T. Koshiba, K. Nagata, H. Takeyama, H. Hasegawa & T. Ichinohe: J. Virol., 90, 4105 (2016).(図2図2■インフルエンザウイルス感染に対する自然免疫応答).
腸内細菌が腸管上皮細胞の再生や腸管関連リンパ組織の発達,制御性T細胞(Treg)やTh17細胞の分化に必要であることはよく知られていたが,腸内細菌がほかの粘膜面での免疫応答,たとえば上気道粘膜におけるインフルエンザウイルス特異的な免疫応答に影響を与えているかはわかっていなかった.マウスに4種類(アンピシリン,ネオマイシン,バンコマイシン,メトロニダゾール)の抗生物質を含む飲み水を4週間与えると(Abxマウスとする),腸や上気道の常在菌の数が減るだけでなく常在菌の割合も大きく変化した(19)19) T. Ichinohe, I. K. Pang, Y. Kumamoto, D. R. Peaper, J. H. Ho, T. S. Murray & A. Iwasaki: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 5354 (2011).(図3図3■インフルエンザウイルス特異的な免疫応答の誘導における腸内細菌叢の役割).Abxマウスに非致死量(10 pfu/マウス)のインフルエンザウイルスを肺まで感染させると,感染10日~2週間後のウイルス特異的な粘膜免疫応答(鼻腔洗浄液中のウイルス特異的なIgAや全身のウイルス特異的なIgG, CD4T, CD8T細胞応答)が減弱していた(図3図3■インフルエンザウイルス特異的な免疫応答の誘導における腸内細菌叢の役割).その結果,感染9日目の肺胞洗浄液中のウイルス量が,通常の水を飲んでいたマウス(水マウスとする)と比較して,Abxマウスでは有意に高くなっていた(図3図3■インフルエンザウイルス特異的な免疫応答の誘導における腸内細菌叢の役割).インフルエンザウイルス感染後の肺でのIL-1βの産生と樹状細胞上のIL-1受容体シグナルは,インフルエンザウイルス特異的な免疫応答の誘導に必要であるが(16, 20)16) T. Ichinohe, H. K. Lee, Y. Ogura, R. Flavell & A. Iwasaki: J. Exp. Med., 206, 79 (2009).20) I. K. Pang, T. Ichinohe & A. Iwasaki: Nat. Immunol., 14, 246 (2013).(図4図4■腸内細菌叢がインフルエンザワクチン効果に与える影響),Abxマウスでは,肺実質中の未成熟型IL-1β(pro-IL-1β)の量が少なくなっており,結果としてウイルス感染後の肺胞洗浄液中のIL-1βの量が低下しているため,ウイルス特異的な免疫応答が減弱したと考えられた.ネオマイシンを単独で与えた場合,Abxマウスと同様の免疫応答の低下が認められたことや,Abxマウスにインフルエンザウイルスを感染させると同時に直腸からLPSを投与するとウイルス特異的な免疫応答が回復したことから,ネオマイシン感受性の腸内細菌が重要であることが示唆された(図4図4■腸内細菌叢がインフルエンザワクチン効果に与える影響).