解説

ウイルス感染抵抗性における腸内細菌叢の役割腸内細菌とインフルエンザ

Role of Microbiota in Antiviral Protection: Microbiota and Influenza

Minami Nagai

長井 みなみ

東京大学医科学研究所感染症国際研究センターウイルス学分野

Takeshi Ichinohe

一戸 猛志

東京大学医科学研究所感染症国際研究センターウイルス学分野

Published: 2021-03-01

インフルエンザはインフルエンザウイルスによって引き起こされる急性の呼吸器感染症である.A型インフルエンザウイルスは,オルソミクソウイルス科に属するウイルスでエンベロープをもつ.ウイルス粒子中にはゲノムとして8本のマイナス鎖一本鎖RNAが存在し(3)3) T. Noda, H. Sagara, A. Yen, A. Takada, H. Kida, R. H. Cheng & Y. Kawaoka: Nature, 439, 490 (2006).,ウイルス粒子表面には主要な防御抗原となるヘマグルチニン(HA)やノイラミニダーゼ(NA)がある(図1図1■インフルエンザウイルス).インフルエンザウイルスは,感染者の咳やくしゃみによって生じるウイルスを含む飛沫が周囲の人に飛び散るか(飛沫感染),ウイルスが付着したドアノブや電車の吊革などに手を触れて,その手で鼻などに触ることによって感染が起こる(接触感染).

Key words: インフルエンザ; 腸内細菌叢; 自然免疫; 獲得免疫; ワクチン

図1■インフルエンザウイルス

インフルエンザウイルス認識機構と獲得免疫応答の制御機構

ウイルスが細胞に感染すると,細胞はウイルスの侵入を感知して,病原体に非特異的な自然免疫応答を開始する.インフルエンザウイルスは,少なくとも3つの自然免疫受容体によって認識されている(図2図2■インフルエンザウイルス感染に対する自然免疫応答).Toll-like receptor 7(TLR7)はエンドゾーム内でインフルエンザウイルスのゲノムRNAを認識する(4, 5)4) S. S. Diebold, T. Kaisho, H. Hemmi, S. Akira & C. Reis e Sousa: Science, 303, 1529 (2004).5) J. M. Lund, L. Alexopoulou, A. Sato, M. Karow, N. C. Adams, N. W. Gale, A. Iwasaki & R. A. Flavell: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 5598 (2004).図2図2■インフルエンザウイルス感染に対する自然免疫応答).細胞質中のRIG-Iは,ウイルスのゲノムRNAを認識する(6~8)6) J. Rehwinkel & C. Reis e Sousa: Science, 327, 284 (2010).7) M. Yoneyama, M. Kikuchi, T. Natsukawa, N. Shinobu, T. Imaizumi, M. Miyagishi, K. Taira, S. Akira & T. Fujita: Nat. Immunol., 5, 730 (2004).8) H. Kato, S. Sato, M. Yoneyama, M. Yamamoto, S. Uematsu, K. Matsui, T. Tsujimura, K. Takeda, T. Fujita, O. Takeuchi et al.: Immunity, 23, 19 (2005).図2図2■インフルエンザウイルス感染に対する自然免疫応答).これとは対照的に,インフルエンザウイルスRNAはNLRP3を活性化しない(9)9) T. Ichinohe, I. K. Pang & A. Iwasaki: Nat. Immunol., 11, 404 (2010)..インフルエンザウイルスによるNLRP3 inflammasomeの活性化には,インフルエンザウイルスM2タンパク質のHチャネル活性が必要である.M2タンパク質は,トランスゴルジ内のHを細胞質中へ流出させてNLRP3 inflammasomeを活性化させている(9)9) T. Ichinohe, I. K. Pang & A. Iwasaki: Nat. Immunol., 11, 404 (2010).図2図2■インフルエンザウイルス感染に対する自然免疫応答).弱酸性のトランスゴルジ内のpHをM2タンパク質が中和することは,インフルエンザウイルスHAタンパク質の正しい立体構造を保つため(感染性のあるウイルス粒子を産生するため)に必要である.このことは宿主側が,効率的なウイルスの増殖に必要なウイルス側の戦略を逆手にとり,宿主のウイルス認識機構に利用している可能性を示唆している.ほかにも,ピコルナウイルス科の脳心筋炎ウイルス(EMCV),ポリオウイルス,エンテロウイルス71型,ヒトライノウイルスの2Bタンパク質がNLRP3 inflammasomeを活性化させること(10, 11)10) M. Ito, Y. Yanagi & T. Ichinohe: PLOS Pathog., 8, e1002857 (2012).11) K. Triantafilou, S. Kar, F. J. van Kuppeveld & M. Triantafilou: Am. J. Respir. Cell Mol. Biol., 49, 923 (2013).,RSウイルス(respiratory syncytial virus)のSHタンパク質がIL-1βの産生を促進させることが報告されており(12)12) K. Triantafilou, S. Kar, E. Vakakis, S. Kotecha & M. Triantafilou: Thorax, 68, 66 (2013).,このようなviroporin(ウイルスがコードするイオンチャネルタンパク質)は,RNAウイルスがNLRP3 inflammasomeを活性化させるメカニズムの一つであると考えられていた(13)13) I. Y. Chen & T. Ichinohe: Trends Microbiol., 23, 55 (2015)..しかしその後の研究により,インフルエンザウイルスやEMCVがもつviroporinは細胞質中への酸化型ミトコンドリアDNAを放出し,NLRP3 inflammasomeのみならず細胞内の外来DNAを認識するAIM2 inflammasomeおよびSTING依存的なインターフェロン応答を引き起こしていることが明らかとなった(14, 15)14) M. Moriyama, T. Koshiba & T. Ichinohe: Nat. Commun., 10, 4624 (2019).15) M. Moriyama, M. Nagai, Y. Maruzuru, T. Koshiba, Y. Kawaguchi & T. Ichinohe: iScience, 23, 101270 (2020).図2図2■インフルエンザウイルス感染に対する自然免疫応答).

図2■インフルエンザウイルス感染に対する自然免疫応答

マウスにインフルエンザウイルスを感染させた場合,肺でのinflammasomesの活性化とIL-1βの産生は,インフルエンザウイルス特異的なB細胞,T細胞応答の誘導に必要である(16)16) T. Ichinohe, H. K. Lee, Y. Ogura, R. Flavell & A. Iwasaki: J. Exp. Med., 206, 79 (2009)..しかしインフルエンザウイルス特異的な免疫応答の誘導には,ASCやcaspase-1が必要であったが,NLRP3は必要でなかった(16)16) T. Ichinohe, H. K. Lee, Y. Ogura, R. Flavell & A. Iwasaki: J. Exp. Med., 206, 79 (2009)..最近の研究では,マウスにインフルエンザウイルスを感染させた場合にAIM2 inflammasome依存的にIL-1βが産生されることがわかっている(17, 18)17) S. A. Schattgen, G. Gao, E. A. Kurt-Jones & K. A. Fitzgerald: J. Immunol., 196, 29 (2016).18) H. Zhang, J. Luo, J. F. Alcorn, K. Chen, S. Fan, J. Pilewski, A. Liu, W. Chen, J. K. Kolls & J. Wang: J. Immunol., 198, 4383 (2017)..このことは上述したとおり,インフルエンザウイルスがNLRP3 inflammasomeだけでなく,AIM2 inflammasome依存的なIL-1βを誘導していることとも一致しており(15)15) M. Moriyama, M. Nagai, Y. Maruzuru, T. Koshiba, Y. Kawaguchi & T. Ichinohe: iScience, 23, 101270 (2020).,これらのことからインフルエンザウイルス感染後の獲得免疫応答の誘導には,NLRP3とAIM2 inflammasomeのそれぞれが重複した役割を担っていると考えられる.インフルエンザウイルスに感染後,肺でinflammasomesが活性化(IL-1βが産生)されると,抗原を捕捉した樹状細胞(dendritic cells; DCs)が効率よく所属リンパ節(mediastinal lymph node)へ遊走する(19)19) T. Ichinohe, I. K. Pang, Y. Kumamoto, D. R. Peaper, J. H. Ho, T. S. Murray & A. Iwasaki: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 5354 (2011)..感染細胞周囲にいるDCs(bystander DCs)上のIL-1シグナルが,インフルエンザウイルス特異的なCTL応答に必須である(20)20) I. K. Pang, T. Ichinohe & A. Iwasaki: Nat. Immunol., 14, 246 (2013).

このようにinflammasomesの活性化による感染局所の炎症反応とIL-1シグナルが,インフルエンザウイルス特異的な免疫応答の誘導に必要であるが,インフルエンザウイルスにはNLRP3 inflammasomeの活性化を抑制する戦略がある.インフルエンザウイルスによるNLRP3 inflammasomeの活性化には,NLRP3が連結したミトコンドリア(ミトコンドリアの膜電位)外膜上のmitofusin 2やMAVSと相互作用することが必要であるが(21, 22)21) N. Subramanian, K. Natarajan, M. R. Clatworthy, Z. Wang & R. N. Germain: Cell, 153, 348 (2013).22) T. Ichinohe, T. Yamazaki, T. Koshiba & Y. Yanagi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 17963 (2013).,インフルエンザウイルスPB1-F2タンパク質は,ミトコンドリア外膜上のTom40チャネルにより膜間スペースへ輸送され,ミトコンドリアの膜電位を低下(連結したミトコンドリアを断片化)させることにより,NLRP3 inflammasomeの活性化を抑制していた(図2図2■インフルエンザウイルス感染に対する自然免疫応答(23)23) T. Yoshizumi, T. Ichinohe, O. Sasaki, H. Otera, S. Kawabata, K. Mihara & T. Koshiba: Nat. Commun., 5, 4713 (2014)..また最近の研究から,インフルエンザウイルスのNS1タンパク質は,NLRP3と相互作用することにより,NLRP3とASCのスペック形成(NLRP3 inflammasomeの活性化)を抑制していることが明らかになっている(24)24) M. Moriyama, I. Y. Chen, A. Kawaguchi, T. Koshiba, K. Nagata, H. Takeyama, H. Hasegawa & T. Ichinohe: J. Virol., 90, 4105 (2016).図2図2■インフルエンザウイルス感染に対する自然免疫応答).

腸内細菌叢によるインフルエンザウイルス特異的免疫応答の制御

腸内細菌が腸管上皮細胞の再生や腸管関連リンパ組織の発達,制御性T細胞(Treg)やTh17細胞の分化に必要であることはよく知られていたが,腸内細菌がほかの粘膜面での免疫応答,たとえば上気道粘膜におけるインフルエンザウイルス特異的な免疫応答に影響を与えているかはわかっていなかった.マウスに4種類(アンピシリン,ネオマイシン,バンコマイシン,メトロニダゾール)の抗生物質を含む飲み水を4週間与えると(Abxマウスとする),腸や上気道の常在菌の数が減るだけでなく常在菌の割合も大きく変化した(19)19) T. Ichinohe, I. K. Pang, Y. Kumamoto, D. R. Peaper, J. H. Ho, T. S. Murray & A. Iwasaki: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 5354 (2011).図3図3■インフルエンザウイルス特異的な免疫応答の誘導における腸内細菌叢の役割).Abxマウスに非致死量(10 pfu/マウス)のインフルエンザウイルスを肺まで感染させると,感染10日~2週間後のウイルス特異的な粘膜免疫応答(鼻腔洗浄液中のウイルス特異的なIgAや全身のウイルス特異的なIgG, CD4T, CD8T細胞応答)が減弱していた(図3図3■インフルエンザウイルス特異的な免疫応答の誘導における腸内細菌叢の役割).その結果,感染9日目の肺胞洗浄液中のウイルス量が,通常の水を飲んでいたマウス(水マウスとする)と比較して,Abxマウスでは有意に高くなっていた(図3図3■インフルエンザウイルス特異的な免疫応答の誘導における腸内細菌叢の役割).インフルエンザウイルス感染後の肺でのIL-1βの産生と樹状細胞上のIL-1受容体シグナルは,インフルエンザウイルス特異的な免疫応答の誘導に必要であるが(16, 20)16) T. Ichinohe, H. K. Lee, Y. Ogura, R. Flavell & A. Iwasaki: J. Exp. Med., 206, 79 (2009).20) I. K. Pang, T. Ichinohe & A. Iwasaki: Nat. Immunol., 14, 246 (2013).図4図4■腸内細菌叢がインフルエンザワクチン効果に与える影響),Abxマウスでは,肺実質中の未成熟型IL-1β(pro-IL-1β)の量が少なくなっており,結果としてウイルス感染後の肺胞洗浄液中のIL-1βの量が低下しているため,ウイルス特異的な免疫応答が減弱したと考えられた.ネオマイシンを単独で与えた場合,Abxマウスと同様の免疫応答の低下が認められたことや,Abxマウスにインフルエンザウイルスを感染させると同時に直腸からLPSを投与するとウイルス特異的な免疫応答が回復したことから,ネオマイシン感受性の腸内細菌が重要であることが示唆された(図4図4■腸内細菌叢がインフルエンザワクチン効果に与える影響).

図3■インフルエンザウイルス特異的な免疫応答の誘導における腸内細菌叢の役割

図4■腸内細菌叢がインフルエンザワクチン効果に与える影響

同様にAbtらは上気道のインフルエンザウイルス感染モデルだけでなく,リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス(Lymphocytic Choriomeningitis Virus; LCMV)を用いた全身の感染のモデルでも,LCMVに特異的な免疫応答(血清中の抗体価やCD8T細胞応答)の低下と,それに伴う脾臓のウイルス量の増加が認められることを示している(25)25) M. C. Abt, L. C. Osborne, L. A. Monticelli, T. A. Doering, T. Alenghat, G. F. Sonnenberg, M. A. Paley, M. Antenus, K. L. Williams, J. Erikson et al.: Immunity, 37, 158 (2012).図4図4■腸内細菌叢がインフルエンザワクチン効果に与える影響).またOhらは,無菌マウスや抗生物質処理マウスに三価インフルエンザHAワクチンを皮下接種すると,SPF(specific pathogen free)マウスと比較してワクチン特異的な血清中のIgG抗体価が低下すること,無菌マウスや抗生物質マウスにフラジェリンがある細菌を戻すとTLR5依存的にワクチン特異的な血清中のIgG抗体価が回復することを示している(26)26) J. Z. Oh, R. Ravindran, B. Chassaing, F. A. Carvalho, M. S. Maddur, M. Bower, P. Hakimpour, K. P. Gill, H. I. Nakaya, F. Yarovinsky et al.: Immunity, 41, 478 (2014).図4図4■腸内細菌叢がインフルエンザワクチン効果に与える影響).これらのことは腸内細菌叢が腸内環境だけでなく,距離的に遠く離れた肺でのインフルエンザウイルス特異的な免疫応答や全身の免疫応答にも深く関与していることを示している.実際にどのような腸内細菌が,肺でのインフルエンザウイルス特異的な免疫応答の誘導に役立っているかを明らかにするには今後のさらなる研究が必要である.

ウイルス感染抵抗性における常在菌の役割

1. 腸内細菌叢とインフルエンザウイルス

腸内細菌は食物繊維を餌として酪酸,酢酸,プロピオン酸などの短鎖脂肪酸を産生し,これらが腸管粘膜の免疫系の恒常性維持に非常に重要な役割を果たしていることが知られている(27)27) Y. Furusawa, Y. Obata, S. Fukuda, T. A. Endo, G. Nakato, D. Takahashi, Y. Nakanishi, C. Uetake, K. Kato, T. Kato et al.: Nature, 504, 446 (2013)..最近の研究では,これらの短鎖脂肪酸が腸管の免疫細胞だけでなく,インフルエンザウイルス感染に対する上気道のウイルス特異的な免疫応答にも作用していることが明らかとなってきた.食物繊維を多く含む餌を食べさせたマウスと,通常の餌を食べさせたマウスにそれぞれインフルエンザウイルスを感染させると,食物繊維を多く含む餌を食べたグループの方がインフルエンザウイルス感染後の生存率が有意に高くなることがわかった(28)28) A. Trompette, E. S. Gollwitzer, C. Pattaroni, I. C. Lopez-Mejia, E. Riva, J. Pernot, N. Ubags, L. Fajas, L. P. Nicod & B. J. Marsland: Immunity, 48, 992 (2018)..また,通常の餌を食べさせたマウスでは肺組織の破壊や赤血球の集積も見られ肺炎が疑われたが,食物繊維を多く含む餌を食べさせたマウスでは肺組織へのダメージが軽減されていた.しかし両者で,肺で増殖したウイルス量に有意な差は認められなかったため,インフルエンザウイルスの増殖量そのものによる肺組織へのダメージがウイルス感染後のマウスの生存率に影響を及ぼしているとは結論づけられなかった.そこで好中球の肺組織への浸潤を調べてみると,ウイルス感染5日後の肺に遊走する好中球数が食物繊維を多く含む餌を食べさせたグループに比べて通常の餌を食べさせたグループで多いことがわかった.また,インフルエンザウイルスを感染させたあと好中球に特異的な抗体(anti-Ly6G)で好中球を生体内から除去するとインフルエンザウイルス感染後のマウスの生存率が改善することもわかった.そのため,好中球の過剰な集積による肺組織へのダメージが,インフルエンザウイルス感染後の重症化や生存率低下の原因になっている可能性が示唆された.さらに,短鎖脂肪酸である酪酸を含んだ水を2週間与えたマウスは,食物繊維を多く含む餌を食べさせたマウスと同様にインフルエンザウイルスに対する生存率が有意に高くなり,肺に遊走する好中球数が減少することから,酪酸がインフルエンザウイルス感染後の重症化の抑制に重要な役割を果たしていると考えられた.さらに,酪酸やプロピオン酸受容体であるFFAR3(Free Fatty Acid Receptor 3)を欠損させたマウスに食物繊維を多く含む餌を食べさせ,インフルエンザウイルスを感染させると,肺に遊走してきた好中球数は通常の餌を与えられたグループと変わらなかったことから,FFAR3への刺激が好中球の肺への遊走を抑制していることが示唆された(28)28) A. Trompette, E. S. Gollwitzer, C. Pattaroni, I. C. Lopez-Mejia, E. Riva, J. Pernot, N. Ubags, L. Fajas, L. P. Nicod & B. J. Marsland: Immunity, 48, 992 (2018).

また米国ワシントン大学の研究チームは,ある特定の腸内細菌由来代謝産物がインターフェロン応答を亢進させることによりインフルエンザウイルスに対する抵抗力を高めているのではないか?という仮説を立て,84個の腸内細菌由来代謝産物のスクリーニングを行った.するとインターフェロン応答を亢進させる腸内細菌由来代謝産物として,植物性ポリフェノールであるフラボノイドの分解産物DAT(desaminotyrosine)を同定することに成功した.さらに,抗生物質処理により腸内細菌叢を除去したマウスにDATを含ませた飲み水を1週間与え,インフルエンザウイルスを感染させると,DATを含まない飲み水を与えられたコントロール群と比較してインフルエンザウイルス感染後の生存率が有意に高くなることがわかった(29)29) A. L. Steed, G. P. Christophi, G. E. Kaiko, L. Sun, V. M. Goodwin, U. Jain, E. Esaulova, M. N. Artyomov, D. J. Morales, M. J. Holtzman et al.: Science, 357, 498 (2017)..また,IFN-α/β受容体欠損(Ifnar−/−)マウスにDATを投与してもインフルエンザウイルス感染後の生存率が改善しなかったことから,腸内細菌由来代謝産物であるDATがI型インターフェロン依存的にインフルエンザウイルスに対する抵抗性を高めていることが明らかとなった.さらに,3種類のヒト腸内細菌のスクリーニングを行うことにより,効率よくフラボノイドをDATに代謝するヒト腸内細菌としてClostridium orbiscindensを同定した(29)29) A. L. Steed, G. P. Christophi, G. E. Kaiko, L. Sun, V. M. Goodwin, U. Jain, E. Esaulova, M. N. Artyomov, D. J. Morales, M. J. Holtzman et al.: Science, 357, 498 (2017)..抗生物質処理により腸内細菌叢を除去したマウスに,同定したヒト腸内細菌Clostridium orbiscindensを経口投与しインフルエンザウイルスを感染させると,DATを投与した際と同様に,コントロール群と比較してインフルエンザウイルス感染後の生存率が有意に高くなった.このことから,ヒト腸内細菌Clostridium orbiscindens由来代謝産物であるDATがインターフェロン応答を亢進させ,インフルエンザウイルス感染防御に重要な役割を果たしていることが明らかとなった.

2. 膣粘膜常在菌とヘルペスウイルス

単純ヘルペスウイルス2型(Herpes simplex virus 2; HSV-2)は,ヘルペスウイルス科,アルファヘルペスウイルス亜科,シンプレックスウイルス属に属するウイルスで,正20面体のカプシドがエンベロープに包まれており,カプシド内には線状の2本鎖DNAをゲノムとして持つDNAウイルスである.HSV-2は性器ヘルペスの原因ウイルスで,神経節に潜伏感染して過労やストレスなどで免疫力が低下することで再発を繰り返す(30)30) Y. Kawaguchi: Uirusu, 68, 115 (2019)..またHSV-2は,HIV-1などのほかの性感染症(sexually transmitted diseases)のリスクを増大させる.

ヒトの細菌性膣疾患(bacterial vaginosis)とHSV-2感染の関係については,いくつかの報告があるが(31)31) N. Nagot, A. Ouedraogo, M. C. Defer, R. Vallo, P. Mayaud & P. Van de Perre: Sex. Transm. Infect., 83, 365 (2007).,膣内常在菌がHSV-2に対する粘膜免疫応答に与える影響については知られていなかった.最近の研究から,膣内で常在菌のバランスが崩れること(dysbiosisと呼ぶ)により,HSV-2感染に対する抵抗性が低くなることがわかった(32)32) J. E. Oh, B. C. Kim, D. H. Chang, M. Kwon, S. Y. Lee, D. Kang, J. Y. Kim, I. Hwang, J. W. Yu, S. Nakae et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, E762 (2016)..マウスに5種類(アンピシリン,ネオマイシン,バンコマイシン,ゲンタマイシン,メトロニダゾール)の抗生物質を含む飲み水を4週間与えると(Abxマウスとする),膣内の常在菌の数が減るだけでなく常在菌の割合も大きく変化した.AbxマウスにHSV-2を膣に感染させると,通常の水を飲んでいたマウス(水マウスとする)と比較して,感染5~6日目の膣内のウイルス量が有意に高くなり,ウイルス感染後の生存率が低下した.しかし感染局所におけるI型インターフェロンや炎症性サイトカインの産生,所属リンパ節におけるウイルス特異的なCD4T, CD8T細胞応答は,Abxマウスと水マウスで有意な違いは認めれなかった.しかしAbxマウスの膣内ではIL-33のレベルが有意に高くなっていた.HSV-2感染に対する防御免疫にはIFN-γを産生するCD4T, CD8T細胞の膣粘膜局所への遊走が必須であるが(33, 34)33) Y. Nakanishi, B. Lu, C. Gerard & A. Iwasaki: Nature, 462, 510 (2009).34) H. Shin & A. Iwasaki: Nature, 491, 463 (2012).,dysbiosisにより誘導されるIL-33はこのエフェクターT細胞の膣粘膜への遊走を抑制していた(図1図1■インフルエンザウイルス).Abxマウスの膣内では常在菌のバランスが崩れることにより,膣内で増えたセラチア属(Serratia plymuthica, Serratia quinivorans)やシュードモナス属(Pseudomonas extremorientails)の細菌がパパインなどのシステインプロテーゼを分泌することにより膣上皮細胞からIL-33を誘導していると考えられているが,IL-33がエフェクターT細胞の遊走を抑制するメカニズムについてはいまだに不明である(32)32) J. E. Oh, B. C. Kim, D. H. Chang, M. Kwon, S. Y. Lee, D. Kang, J. Y. Kim, I. Hwang, J. W. Yu, S. Nakae et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, E762 (2016).

おわりに

本稿ではインフルエンザウイルスを中心に,宿主のインフルエンザウイルス認識機構および,腸内細菌叢によるにウイルス特異的な獲得免疫応答の制御機構について紹介した.今後はこれらの知見をもとに,新型コロナウイルスに対する有効な経鼻ワクチンの開発や,新型コロナウイルス感染症の重症化メカニズムについて研究を推進する必要がある.

Reference

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