Kagaku to Seibutsu 59(3): 144-150 (2021)
解説
デザイナー・ソイル技術の誕生土壌をゼロから創製する
Birth of Designer Soil Technology: Creation of Soil from Scratch
Published: 2021-03-01
農耕が始まって1万年,食糧生産を支え続けた土壌.足下のありふれた存在である土壌.しかし土壌を人工製造する技術はなく,土壌を改善する「土づくり」では,堆肥を入れて耕すほかは,ミミズなどの土壌生物の成り行きに任せるしかなく,10年もの歳月が必要とされた.土壌の物理性,化学性,生物性をデザインすることは困難だった.それは,土壌微生物を土壌以外の媒体に移植し,活動させる技術がなかったから.しかしついに,非土壌媒体に微生物を移植し,活動させる「土壌化」の技術が誕生した.私たちの食を支える「土壌」を創出する技術は,農業を基礎から創りかえるポテンシャルをもつ.
Key words: 創出土壌; 有機質肥料活用型養液栽培; 並行複式無機化法; 硝酸化成; エレメンタル土壌微生物
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
FAOの報告によると,食糧の98.8%は土耕栽培(土壌で育てる栽培)で生産されている(1)1) FAO: 2018 FAO Statistical Databases. Food and Agriculture Organization of the United Nations (FAO). http://apps.fao.org/ (2018)..植物工場が話題だが,私たちの食糧は,大地に根を張った植物で支えられている.
その植物を育む土壌は,足下にある日常的なものだ.砂漠でない限り,土壌は当然の存在だ.しかしこれほど身近な土壌なのに,人類は創出する技術をもたなかった.土壌は,ある特殊な機能を備える.その機能が欠落したら,陸上は腐敗物で満ちあふれ,植物は枯死し,多くの生物が絶滅するだろう.
土壌以外の場所に生ごみなどの有機物を置いてみよう.コンクリートや人工樹脂など非土壌の上では,有機物は腐敗するだろう(2)2) 宮田尚稔,池田英男:“養液土耕と液肥・培地管理”,博友社,2005, p. 119..腐敗した場所に植物を植えれば,根は強い傷害を受け,育たない.土壌が備える特殊な機能,それは「有機物を分解し植物に好適な無機養分を供給する機能」(無機養分生成能)だ.
月や火星に移住する計画があるが,月や火星にはレゴリス(岩石が細かく砕けた鉱物)はあっても「土壌」はない.生ゴミや糞便などの有機物を鋤き込んでも,腐敗するだけで,植物を植えても根が傷害を受け,ひどい場合は枯れてしまうだろう.今のところ,無機養分生成能を備えた土壌のある星は,地球だけだ.
土と土壌はほぼ同義の言葉として使われているが,厳密には定義が異なる(3)3) 久馬一剛:“土とは何だろうか?”,京都大学学術出版会,2005..土は,レゴリスのように微生物が生息しない鉱物質の集まりも含まれる,広い概念だ.他方,土壌には多様な微生物が生息し,無機養分生成能を示す.
実は地球上においても,無機養分生成能を備えるのは自然土壌だけだ.バーミキュライトやロックウールなどの人工培土が土の代わりに使われるが,こうした非土壌媒体に生ごみなどの有機物を加えても,腐敗するだけ.土壌を土壌たらしめている機能は無機養分生成能だといってよいだろう.
なぜ非土壌媒体では有機物が腐敗し,土壌では無機養分に分解され,植物が育つのだろう.腐敗と無機養分生成を分かつものは何だろうか.それは硝酸化成だ.
土壌中では,有機物(有機態窒素)の分解は2段階で進む(4)4) 久馬一剛:“新土壌学”,朝倉書店,1984..アンモニア化成(有機物からアンモニアを生成)と硝酸化成(アンモニアから硝酸を生成)だ.しかし非土壌媒体では1段階目のアンモニア化成しか進まない.このため,硝酸が生成しない(5)5) 篠原 信:土と微生物,72, 22 (2018).(図1図1■土壌の分解と腐敗の違い).
多くの植物は好硝酸性植物で,硝酸を利用できないと健全に育たない(6)6) G. S. Puritch & A. V. Barker: Plant Physiol., 42, 1229 (1967)..硝酸化成は農業生産上,決定的に重要な機能だ.
ならば硝酸化成を担う微生物を非土壌媒体に接種すればよさそうなものだ.実際それを試そうと,硝酸化成を担う硝化菌を接種した研究が行われた.しかし硝化菌は奇妙なことに,有機物が大量に存在すると不活性化する(7)7) M. Shinohara, C. Aoyama, K. Fujiwara, A. Watanabe, H. Ohmori, Y. Uehara & M. Takano: Soil Sci. Plant Nutr., 57, 190 (2011)..この奇妙な性質のために,硝化菌は非常に難培養とされ,世界最大の菌株保存機関であるAmerican Type Culture Collection(ATC C)にすら,2006年時点で分譲可能な硝化菌は22菌株に過ぎなかった(8)8) 高橋令二,佐藤一朗,徳山龍明:化学と生物,44, 439 (2006)..
土壌以外の媒体では有機物は腐ってしまい,植物は育たない.このことは,養液栽培(水耕栽培)でも課題となっていた.養液栽培は1860年代にSachsが無機養分を水に溶解し植物を育てることに成功したことから始まった(9)9) J. B. Jones Jr.: J. Plant Nutr., 5, 1003 (1982)..しかし,養液栽培で有機物を肥料として用いることはできなかった.
NASAケネディ宇宙センターは90年代に7年間にわたり,養液栽培での有機質肥料の利用を試みた(10)10) G. R. Stutte: Life Support Biosph. Sci., 3, 67 (1996)..しかし硝化菌が有機物の暴露で不活性化する問題を解決できなかった(11)11) J. L. Garland, M. P. Alazraki, C. F. Atkinson & B. W. Finger: Acta Hortic., 469, 71 (1998)..
筆者は,「日本酒の醸造に似ているな」と,妙なアナロジーを感じていた.日本酒はデンプンから糖,糖からエタノールを生成する2段階の分解を行う(12)12) 布川弥太郎,合瀬健一:日本醸造協会雑誌,71, 645 (1976)..他方,「酒が酢になる」,3段階目の酢酸発酵は進まないようにしなければならない(13)13) 古川壮一,平山 悟,深瀬 栄,荻原博和,森永 康:生物工学,89, 478 (2011)..
実は,有機態窒素の分解も,アンモニア化成と硝酸化成に加えて,脱窒(硝酸を窒素ガスに変換する反応)という3段階目の分解が進むことで知られる.具体的には,下水処理だ(14)14) 岩井重久:環境技術,11, 136 (1982)..しかし脱窒が起きれば,植物の重要な養分である硝酸が失われてしまう.3段階目の脱窒は止めつつ,2段階の反応は進めたいという点でも,酒造りと似ているように思った.
過去の研究はなぜ硝酸化成が不活性化したのか.そのほとんどは反応槽をアンモニア化成槽と硝酸化成槽に分け,有機物をアンモニア化成槽でなるべく分解することで硝化菌へのダメージを減らそうとしていたが,残存する有機物がダメージを与えるのを避けられなかった(15)15) R. F. Strayer, B. W. Finger & M. P. Alazraki: Adv. Space Res., 20, 2009 (1997)..しかし自然土壌では,有機物が大量に存在しても硝化菌は活動している.もしかしたら,硝化菌はほかの微生物と共存すれば有機物の暴露に耐えられるのではないか.また,有機物がごく少量ならば硝化菌も暴露に耐えられるのではないか.
以上の仮説に基づいて検討した結果,以下の3つの注意点を守ることで,水中でもアンモニア化成,硝酸化成を同時並行的に進めることに成功した(7)7) M. Shinohara, C. Aoyama, K. Fujiwara, A. Watanabe, H. Ohmori, Y. Uehara & M. Takano: Soil Sci. Plant Nutr., 57, 190 (2011).(図2図2■水中におけるアンモニア化成および硝酸化成の並行反応).
図2■水中におけるアンモニア化成および硝酸化成の並行反応
有機物の添加量を1 g/L以下に抑えることで硝化菌へのダメージを減らすと,やがて発生するアンモニア(NH4+)をエネルギー源として硝化菌が活動し始め,硝酸(NO3−)を生成する.硝酸が生成する段階では有機物(organic compounds)はほぼ分解され,脱窒菌のエネルギーとなるものがなく,脱窒が抑制される.
この方法は,日本酒醸造法の並行複式発酵法(糖化,エタノール醗酵を同時並行する方法)をもじって,並行複式無機化法と呼んでいる.
しかもこの方法だと,脱窒を抑えることができる.脱窒菌は,エネルギー源となる有機物と,酸素源となる硝酸の二つの条件がそろうと活性化する.ところが図2に示したように,有機物を添加した分解初期は硝酸がなく,硝酸を生成するころには有機物が残っていない.これにより,脱窒が活性化する条件を回避した並行複式無機化法が確立できた.
この培養液で養液栽培を行うと,培養液に有機物を加えながらの栽培が可能となる.本栽培技術は有機質肥料活用型養液栽培と呼ばれ,全国に普及しつつある.今後は海外にも普及を進めるべく,活動中だ.
本栽培技術は,難防除とされる青枯病やフザリウム病などの根部病害を抑止する効果が高い(16)16) K. Fujiwara, Y. Iida, N. Someya, M. Takano, J. Ohnishi, F. Terami & M. Shinohara: J. Phytopathol., 164, 853 (2016)..これは,根面に形成されるバイオフィルム(微生物群集構造)が根を保護し,病原菌の侵入や増殖を抑えるためと考えられる.カビの病原菌である病原性フザリウムは,厚膜胞子を形成し増殖を停止する(17)17) K. Fujiwara, C. Aoyama, M. Takano & M. Shinohara: J. Gen. Plant Pathol., 78, 217 (2012)..厚膜胞子は,厳しい環境を生き抜くための耐久体として知られており,本栽培技術の培養液は,病原性フザリウムにとって生存の厳しい環境になっているようだ.
細菌である青枯病菌は,耕水に接種して8日後には検出限界以下にまで減少する(17)17) K. Fujiwara, C. Aoyama, M. Takano & M. Shinohara: J. Gen. Plant Pathol., 78, 217 (2012)..本栽培技術の培養液からは抗菌作用のある物質は認められず,微生物生態系がこれら病原菌に直接作用しているようだが,詳細を検討中である.
病原性大腸菌O157,サルモネラ菌を本栽培技術の培養液に接種すると速やかに減少し,6日後には検出限界以下となった(18)18) 篠原 信,藤原和樹,佐藤達夫,高野雅夫,小川 順,森川信也,三好博子,種村竜太,桝田泰宏,中村謙治,仲谷端人:野菜茶業研究所 成果情報(2013)..これら人畜病原菌についても,本栽培技術の培養液は棲息しづらい環境にあるらしい.
ここで冒頭の話に戻る.「水は非土壌媒体の一つ.ならば,他の非土壌媒体も土壌化できるかもしれない」.検討の結果,鉱物質(バーミキュライトやパーライト,ロックウール等)や人工樹脂(ポリウレタンやポリエチレン等)などの多孔質担体に並行複式無機化法で培養した微生物を固定化すると,土壌と同様,無機養分生成能を示すことが明らかとなった(図3図3■土壌化した非土壌媒体でのコマツナ生育実験).