解説

デザイナー・ソイル技術の誕生土壌をゼロから創製する

Birth of Designer Soil Technology: Creation of Soil from Scratch

Makoto Shinohara

篠原

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構

Published: 2021-03-01

農耕が始まって1万年,食糧生産を支え続けた土壌.足下のありふれた存在である土壌.しかし土壌を人工製造する技術はなく,土壌を改善する「土づくり」では,堆肥を入れて耕すほかは,ミミズなどの土壌生物の成り行きに任せるしかなく,10年もの歳月が必要とされた.土壌の物理性,化学性,生物性をデザインすることは困難だった.それは,土壌微生物を土壌以外の媒体に移植し,活動させる技術がなかったから.しかしついに,非土壌媒体に微生物を移植し,活動させる「土壌化」の技術が誕生した.私たちの食を支える「土壌」を創出する技術は,農業を基礎から創りかえるポテンシャルをもつ.

Key words: 創出土壌; 有機質肥料活用型養液栽培; 並行複式無機化法; 硝酸化成; エレメンタル土壌微生物

人類は土壌を造れない

FAOの報告によると,食糧の98.8%は土耕栽培(土壌で育てる栽培)で生産されている(1)1) FAO: 2018 FAO Statistical Databases. Food and Agriculture Organization of the United Nations (FAO). http://apps.fao.org/ (2018)..植物工場が話題だが,私たちの食糧は,大地に根を張った植物で支えられている.

その植物を育む土壌は,足下にある日常的なものだ.砂漠でない限り,土壌は当然の存在だ.しかしこれほど身近な土壌なのに,人類は創出する技術をもたなかった.土壌は,ある特殊な機能を備える.その機能が欠落したら,陸上は腐敗物で満ちあふれ,植物は枯死し,多くの生物が絶滅するだろう.

土壌以外の場所に生ごみなどの有機物を置いてみよう.コンクリートや人工樹脂など非土壌の上では,有機物は腐敗するだろう(2)2) 宮田尚稔,池田英男:“養液土耕と液肥・培地管理”,博友社,2005, p. 119..腐敗した場所に植物を植えれば,根は強い傷害を受け,育たない.土壌が備える特殊な機能,それは「有機物を分解し植物に好適な無機養分を供給する機能」(無機養分生成能)だ.

月や火星に移住する計画があるが,月や火星にはレゴリス(岩石が細かく砕けた鉱物)はあっても「土壌」はない.生ゴミや糞便などの有機物を鋤き込んでも,腐敗するだけで,植物を植えても根が傷害を受け,ひどい場合は枯れてしまうだろう.今のところ,無機養分生成能を備えた土壌のある星は,地球だけだ.

土と土壌は定義が異なる

土と土壌はほぼ同義の言葉として使われているが,厳密には定義が異なる(3)3) 久馬一剛:“土とは何だろうか?”,京都大学学術出版会,2005..土は,レゴリスのように微生物が生息しない鉱物質の集まりも含まれる,広い概念だ.他方,土壌には多様な微生物が生息し,無機養分生成能を示す.

実は地球上においても,無機養分生成能を備えるのは自然土壌だけだ.バーミキュライトやロックウールなどの人工培土が土の代わりに使われるが,こうした非土壌媒体に生ごみなどの有機物を加えても,腐敗するだけ.土壌を土壌たらしめている機能は無機養分生成能だといってよいだろう.

なぜ非土壌媒体では有機物が腐敗し,土壌では無機養分に分解され,植物が育つのだろう.腐敗と無機養分生成を分かつものは何だろうか.それは硝酸化成だ.

土壌中では,有機物(有機態窒素)の分解は2段階で進む(4)4) 久馬一剛:“新土壌学”,朝倉書店,1984..アンモニア化成(有機物からアンモニアを生成)と硝酸化成(アンモニアから硝酸を生成)だ.しかし非土壌媒体では1段階目のアンモニア化成しか進まない.このため,硝酸が生成しない(5)5) 篠原 信:土と微生物,72, 22 (2018).図1図1■土壌の分解と腐敗の違い).

図1■土壌の分解と腐敗の違い

土壌中では有機物はアンモニア化成と硝酸化成の2段階で進行する.非土壌ではアンモニア化成までしか進まない.

多くの植物は好硝酸性植物で,硝酸を利用できないと健全に育たない(6)6) G. S. Puritch & A. V. Barker: Plant Physiol., 42, 1229 (1967)..硝酸化成は農業生産上,決定的に重要な機能だ.

ならば硝酸化成を担う微生物を非土壌媒体に接種すればよさそうなものだ.実際それを試そうと,硝酸化成を担う硝化菌を接種した研究が行われた.しかし硝化菌は奇妙なことに,有機物が大量に存在すると不活性化する(7)7) M. Shinohara, C. Aoyama, K. Fujiwara, A. Watanabe, H. Ohmori, Y. Uehara & M. Takano: Soil Sci. Plant Nutr., 57, 190 (2011)..この奇妙な性質のために,硝化菌は非常に難培養とされ,世界最大の菌株保存機関であるAmerican Type Culture Collection(ATC C)にすら,2006年時点で分譲可能な硝化菌は22菌株に過ぎなかった(8)8) 高橋令二,佐藤一朗,徳山龍明:化学と生物,44, 439 (2006).

有機質肥料活用型養液栽培技術の開発

土壌以外の媒体では有機物は腐ってしまい,植物は育たない.このことは,養液栽培(水耕栽培)でも課題となっていた.養液栽培は1860年代にSachsが無機養分を水に溶解し植物を育てることに成功したことから始まった(9)9) J. B. Jones Jr.: J. Plant Nutr., 5, 1003 (1982)..しかし,養液栽培で有機物を肥料として用いることはできなかった.

NASAケネディ宇宙センターは90年代に7年間にわたり,養液栽培での有機質肥料の利用を試みた(10)10) G. R. Stutte: Life Support Biosph. Sci., 3, 67 (1996)..しかし硝化菌が有機物の暴露で不活性化する問題を解決できなかった(11)11) J. L. Garland, M. P. Alazraki, C. F. Atkinson & B. W. Finger: Acta Hortic., 469, 71 (1998).

筆者は,「日本酒の醸造に似ているな」と,妙なアナロジーを感じていた.日本酒はデンプンから糖,糖からエタノールを生成する2段階の分解を行う(12)12) 布川弥太郎,合瀬健一:日本醸造協会雑誌,71, 645 (1976)..他方,「酒が酢になる」,3段階目の酢酸発酵は進まないようにしなければならない(13)13) 古川壮一,平山 悟,深瀬 栄,荻原博和,森永 康:生物工学,89, 478 (2011).

実は,有機態窒素の分解も,アンモニア化成と硝酸化成に加えて,脱窒(硝酸を窒素ガスに変換する反応)という3段階目の分解が進むことで知られる.具体的には,下水処理だ(14)14) 岩井重久:環境技術,11, 136 (1982)..しかし脱窒が起きれば,植物の重要な養分である硝酸が失われてしまう.3段階目の脱窒は止めつつ,2段階の反応は進めたいという点でも,酒造りと似ているように思った.

過去の研究はなぜ硝酸化成が不活性化したのか.そのほとんどは反応槽をアンモニア化成槽と硝酸化成槽に分け,有機物をアンモニア化成槽でなるべく分解することで硝化菌へのダメージを減らそうとしていたが,残存する有機物がダメージを与えるのを避けられなかった(15)15) R. F. Strayer, B. W. Finger & M. P. Alazraki: Adv. Space Res., 20, 2009 (1997)..しかし自然土壌では,有機物が大量に存在しても硝化菌は活動している.もしかしたら,硝化菌はほかの微生物と共存すれば有機物の暴露に耐えられるのではないか.また,有機物がごく少量ならば硝化菌も暴露に耐えられるのではないか.

以上の仮説に基づいて検討した結果,以下の3つの注意点を守ることで,水中でもアンモニア化成,硝酸化成を同時並行的に進めることに成功した(7)7) M. Shinohara, C. Aoyama, K. Fujiwara, A. Watanabe, H. Ohmori, Y. Uehara & M. Takano: Soil Sci. Plant Nutr., 57, 190 (2011).図2図2■水中におけるアンモニア化成および硝酸化成の並行反応).

図2■水中におけるアンモニア化成および硝酸化成の並行反応

有機物の添加量を1 g/L以下に抑えることで硝化菌へのダメージを減らすと,やがて発生するアンモニア(NH4)をエネルギー源として硝化菌が活動し始め,硝酸(NO3)を生成する.硝酸が生成する段階では有機物(organic compounds)はほぼ分解され,脱窒菌のエネルギーとなるものがなく,脱窒が抑制される.

この方法は,日本酒醸造法の並行複式発酵法(糖化,エタノール醗酵を同時並行する方法)をもじって,並行複式無機化法と呼んでいる.

しかもこの方法だと,脱窒を抑えることができる.脱窒菌は,エネルギー源となる有機物と,酸素源となる硝酸の二つの条件がそろうと活性化する.ところが図2に示したように,有機物を添加した分解初期は硝酸がなく,硝酸を生成するころには有機物が残っていない.これにより,脱窒が活性化する条件を回避した並行複式無機化法が確立できた.

この培養液で養液栽培を行うと,培養液に有機物を加えながらの栽培が可能となる.本栽培技術は有機質肥料活用型養液栽培と呼ばれ,全国に普及しつつある.今後は海外にも普及を進めるべく,活動中だ.

根部病害抑止効果

本栽培技術は,難防除とされる青枯病やフザリウム病などの根部病害を抑止する効果が高い(16)16) K. Fujiwara, Y. Iida, N. Someya, M. Takano, J. Ohnishi, F. Terami & M. Shinohara: J. Phytopathol., 164, 853 (2016)..これは,根面に形成されるバイオフィルム(微生物群集構造)が根を保護し,病原菌の侵入や増殖を抑えるためと考えられる.カビの病原菌である病原性フザリウムは,厚膜胞子を形成し増殖を停止する(17)17) K. Fujiwara, C. Aoyama, M. Takano & M. Shinohara: J. Gen. Plant Pathol., 78, 217 (2012)..厚膜胞子は,厳しい環境を生き抜くための耐久体として知られており,本栽培技術の培養液は,病原性フザリウムにとって生存の厳しい環境になっているようだ.

細菌である青枯病菌は,耕水に接種して8日後には検出限界以下にまで減少する(17)17) K. Fujiwara, C. Aoyama, M. Takano & M. Shinohara: J. Gen. Plant Pathol., 78, 217 (2012)..本栽培技術の培養液からは抗菌作用のある物質は認められず,微生物生態系がこれら病原菌に直接作用しているようだが,詳細を検討中である.

病原性大腸菌O157,サルモネラ菌を本栽培技術の培養液に接種すると速やかに減少し,6日後には検出限界以下となった(18)18) 篠原 信,藤原和樹,佐藤達夫,高野雅夫,小川 順,森川信也,三好博子,種村竜太,桝田泰宏,中村謙治,仲谷端人:野菜茶業研究所 成果情報(2013)..これら人畜病原菌についても,本栽培技術の培養液は棲息しづらい環境にあるらしい.

デザイナー・ソイル

ここで冒頭の話に戻る.「水は非土壌媒体の一つ.ならば,他の非土壌媒体も土壌化できるかもしれない」.検討の結果,鉱物質(バーミキュライトやパーライト,ロックウール等)や人工樹脂(ポリウレタンやポリエチレン等)などの多孔質担体に並行複式無機化法で培養した微生物を固定化すると,土壌と同様,無機養分生成能を示すことが明らかとなった(図3図3■土壌化した非土壌媒体でのコマツナ生育実験).

図3■土壌化した非土壌媒体でのコマツナ生育実験

土壌化したロックウール(写真上)の3つのカラムは,水100 mLと鰹煮汁0.1 gを毎日加えたところ,コマツナが健全に生育した.土壌化処理を行わないロックウール(写真下)では,鰹煮汁が腐敗したことによる異臭が発生し,コマツナの生育は悪化し,枯死する株もあった.

無機養分生成能を付与した多孔質担体は自然土壌と同様,有機物を肥料として加えながら植物を栽培することができる.いわば,土壌創出技術が誕生したことになる.土壌創出技術は「土壌のデザイン」という,これまでにない技術体系を生み出す可能性がある.

栽培に適した土壌には団粒構造がある(19)19) 徳本家康,取出伸夫,井上光弘:水文・水資源学会誌,18,401 (2005)..団粒は,微生物が分泌した粘着物質やミミズなどの微小動物の作用により,土壌鉱物が大小さまざまな団子状態になったものを指す.団粒が豊かな土壌は,水はけのよさと水もちのよさという,一見矛盾した性質を示す.大雨が降っても速やかに水が引き,土壌深くに酸素が供給される.逆に雨が降らなくても,団粒内部から水分が供給される(4)4) 久馬一剛:“新土壌学”,朝倉書店,1984..団粒がない土は,雨が降ると水びたしで根が酸欠となり,根腐れを起こす.好天が続くと土が乾ききってしまい,植物が枯れてしまう.「土づくり」は,いわば団粒の形成を目指す作業といってよい.しかし団粒形成は土壌生物の成り行きまかせのため,10年かかると言われる.

だが土壌創出技術なら,団粒に似た物理性や化学性を備えた多孔質体にデザインすることが可能だ.ポアサイズを自在にコントロールし,水はけや水もちをデザインし,イオン交換能なども付与したデザイナー・ソイルともいうべき土壌を創出することが可能となる.

この技術は,熱帯の砂漠化防止に役立つかもしれない.熱帯雨林を伐採するとスコールと呼ばれる激しい雨が土壌を流亡させ,微生物相の貧弱な砂礫となり,無機養分生成能が失われるため,緑化が困難となる(20)20) 小林繁男:研究ジャーナル,13,12 (1990).

しかし,たとえばセラミックや人工樹脂の多孔質マットに無機養分生成能を付与すれば,スコールでも流亡せず,緑化が容易な土壌を製造できる可能性がある.

テラ・フォーミング

テラフォーミングとは,月や火星といった地球外天体を,人類や生物が生息できる環境に変える技術群を指す言葉だ(21)21) 澤辺智雄,宍戸雅宏,吉永郁生:日本微生物生態学会誌,23,73 (2008)..テラフォーミングの実現には,月や火星のレゴリスに無機養分生成能を付与し,有機物の分解と生成の循環が成立しなければならない(22)22) H. Wada: Biol. Sci. Space, 21, 135 (2007)..本技術は,レゴリスを土壌化し,植物の生育を可能にする重要な技術となる.

ただ,月や火星には地磁気がなく,太陽風が大気を吹き飛ばしてしまうので,植物が作った酸素を失わないよう,閉鎖空間にしないといけないだろうが.

有機由来の無機肥料

無機養分だけで構成された無機肥料は,天然鉱物のものを例外として,ほとんどが化成肥料(化学的に合成された肥料)だ.しかし化成肥料の合成には大量のエネルギーが必要とされ,アンモニア製造だけで全人類の年間消費エネルギーの1%以上を使用するといわれる(23)23) 島 隆則:化学と教育,62, 350 (2014)..有機物を原料に無機肥料を製造しようにも,これまでの技術では硝酸を生成できず,腐敗液ができるだけだった.筆者の開発した,無機養分生成能を付与した多孔質担体に有機物を加え,翌日水で洗浄すると,硝酸や無機リン酸などを含んだ無機肥料を回収できる(24)24) 望月龍也,篠原 信,鈴木康夫:http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/press/laboratory/vegetea/028228.html (2012)..製造効率の向上が課題だが,吸収の良い無機肥料を有機物から製造でき,農業現場にも役立つ技術になると思われる.

超軽量土壌

自然土壌は鉱物が主なので,かなり重量となる(25)25) 川尻美智子,美園 繁:日本土壌肥料学雑誌,32, 71 (1961)..しかしポリウレタンなど人工樹脂を土壌化したなら,非常に軽量な創出土壌が得られる(26)26) 篠原 信:野菜茶業研究所ニュース,54, 2 (2015)..屋上緑化は自然土壌だと重過ぎて天井が抜けるが,超軽量土壌なら,屋上緑化が可能な建造物は増えるだろう.

高層マンションだと,ベランダで野菜の栽培を楽しもうにも,土壌が重いと運ぶのがたいへん.そうした場合にも,軽量な創出土壌は便利だろう.

土壌の「腑分け」

足元の土壌を一つまみ.次に,1 cm離れた場所の土壌を一つまみ.比較したら,土壌鉱物や土壌微生物の構成は大きく異なるだろう.

これまでの土壌微生物の研究では,100 g程度の土壌を採取し,よく混ぜて平均化したものを分析してきた.しかしそれでは,鉱物種ごとに形成される微生物生態系を解析することは困難となる(27)27) 竹内絵美,内田真理子,小野里奈,野村暢彦,中島敏明,内山裕夫:環境バイオテクノロジー学会誌,10,115 (2010)..土壌鉱物には長石や雲母,石英など,多種多様なものが含まれており,鉱物種が微生物生態系に影響を与えている可能性がある.しかし,そうしたものを個別に解析することは困難だった.

しかし土壌創製技術なら,モンモリロナイトやカオリナイト,バーミキュライトといった土壌鉱物ごとに無機養分生成能を付与し,それぞれの鉱物種が微生物生態系に与える影響を調べることも可能となるだろう.複雑怪奇でとらえどころがないように見えた土壌を,解析的に研究を進めることが本技術の登場により可能になるかもしれない.

エレメンタル土壌微生物

土壌に生息する微生物は,「無数」という表現がよく用いられる.研究によっては,1011 cells/gにものぼる微生物が生息するという(28)28) 横山和成:化学と生物,54, 623 (2016)..土壌創出技術により,多孔質担体の種類や加工により,「物理性」や「化学性」をデザインする技術は生まれたといえるが,「生物性」のデザインは可能だろうか.

並行複式無機化法による培養液をメタゲノム解析したところ,含まれる微生物は1万種以上にのぼると推定された.DGGE法による解析では10種前後の微生物が主要なようだが,こうも多様では,生物性のデザインはおぼつかない.

筆者らのグループは,無機養分生成能を最小限の微生物種で再現できないか検討した.その結果,わずか3菌株で無機養分生成能を再現できることが明らかとなった(29)29) 篠原 信,吉田賢啓,岡田若子,宇佐美晶子,サクンタラサイジャイ,安藤晃規,宮本憲二,加藤康夫,小川 順,高野雅夫:日本農芸化学会大会講演要旨集,p. 1216 (2018).Delftia属細菌と硝化菌2菌株(アンモニア酸化菌Nitrosomonas sp.と亜硝酸酸化菌Nitrobacter sp.)の計3菌株の共培養で無機養分生成能を再現できる.筆者らは,無機養分生成能を再現する最小単位の微生物の構成を「エレメンタル土壌微生物」と呼んで,研究を進めている.

エレメンタル土壌微生物だけでは植物の生育はやや遅れるため,今後は植物の生育を促す微生物(30)30) A. Beneduzi, A. Ambrosini & L. M. P. Passaglia: Genet. Mol. Biol., 35(4) (suppl), 1044 (2012).と組み合わせるなど,微生物構成を改変することで植物の生育を改善できるか,今後の検討が必要である.

土壌の物理性,化学性,生物性のすべてをデザインする技術が,これで出そろったことになる.植物の生産性を最大化する土壌とはどんなデザインか.その研究がこれからスタートすることになる.

根の研究

「ものごとの土台」「問題の根本」と言うように,「土」と「根」は農業生産上,極めて重要な研究対象だ.ところが根は土壌に埋没し,観察のために根を引っこ抜くと構造が破壊され,埋め戻しても元のように根は機能しない.根と微生物の相互作用をリアルタイムで研究したくても,そもそもサンプル採取が困難だ.

有機質肥料活用型養液栽培は,根と微生物の相互作用を観察するのが非常に容易だ(31)31) 篠原 信:土と微生物,72, 22 (2018)..定植パネルを持ち上げるだけで,根のサンプル採取も容易だ.

興味深いことに,同じ培養液にコマツナ,イネ,トマトを定植し,根表面の微生物相を調べると,2週間で大きく変化する(32)32) K. Fujiwara, Y. Iida, T. Iwai, C. Aoyama, R. Inukai, A. Ando, J. Ogawa, J. Ohnishi, F. Terami, M. Takano et al.: MicrobiologyOpen, 2, 997 (2013)..植物種によって,根に定着可能な微生物が選抜されるものと思われる.

本栽培技術の特徴的な現象として,水中根に根毛が発達する(図4図4■水中根における根毛の発達).化成肥料による養液栽培では,水没した水中根には根毛が発達しない(33)33) Y. Nakano, S. Watanabe, K. Okano & J. Tatsumi: J. Jpn. Soc. Hortic. Sci., 71, 683 (2002)..これは,微生物が根毛の発生誘導に関与している可能性を示唆する.

図4■水中根における根毛の発達

化成肥料で栽培したトマトの水中根(左)には根毛の発達が認められない.有機質肥料活用型養液栽培で栽培した水中根には根毛が叢生し,その表面にバイオフィルムが発達する.

腸内細菌で奇妙なアナロジーがある.無菌マウスの腸には腸絨毛がみられないが,微生物を与えると,腸絨毛が発達するという(34)34) 後藤真生:化学と生物,38, 248 (2000)..根毛や腸絨毛という,全く別の生物の突起物が,微生物の有無で消長が見られるというアナロジーは興味深い.根毛や腸絨毛は,微生物と相互作用をするための組織である可能性がある.

おわりに

本稿で紹介した土壌創出技術は,土壌の物理性,化学性,生物性を自在にデザインし,望みの土壌を速成製造する技術に発展する可能性を秘めている.

しかし,土壌というカオス(渾沌)を「解体」して本当によいのだろうか.中国の古典「荘子」(応帝王篇)には,渾沌に目鼻口をつけたら死んでしまった,という比喩がある.人間の浅知恵で,土壌という渾沌に目鼻をつけてよいのだろうか.

筆者が子どもの頃,盲腸は不要,切除すればよい,と言われていた.しかし現在は,腸内細菌叢の維持に重要な役割を果たす器官とされている(35)35) K. Masahata, E. Umemoto, H. Kayama, M. Kotani, S. Nakamura, T. Kurakawa, J. Kikuta, K. Gotoh, D. Motooka, S. Sato et al.: Nat. Commun., 5, 3704 (2014)..無用と切り捨てたものが,実は重要だったと後で気が付くことがある.

本稿では土壌微生物を再構成する手法を紹介したが,人間に不都合だと単純に考えて排除する微生物があってよいものか,慎重に考える必要がある.

本研究は,土壌を全部創りかえるという粗暴さより,科学の俎上に載りきっているとは言えない有機農業に,科学的解明を進める点で役立ててもらったほうがよいかもしれない.有機農業は経験主義的な要素が強く,なぜその手法が有効なのか,十分なエビデンスを提供することが難しい.土壌創出技術は,解析的,要素還元的なアプローチから,そうした技術にエビデンスを提供することができるかもしれない.

土壌創出技術は,農耕が始まって以来のものとなる.しかし,土壌という渾沌を渾沌のまま扱い,食糧を供給してきたこれまでの農業技術の実績を軽視してはなるまい.そうした技術の蓄積のうえに,新たな何かしらの技術的要素を積み上げられたらと思う.しかしそれはわずかな人数の研究者だけでは足りない.本研究はおそらく,非常にすそ野の広い研究分野となるだろう.多くの研究者の参画とご協力をお願いしたい.

Reference

1) FAO: 2018 FAO Statistical Databases. Food and Agriculture Organization of the United Nations (FAO). http://apps.fao.org/ (2018).

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31) 篠原 信:土と微生物,72, 22 (2018).

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34) 後藤真生:化学と生物,38, 248 (2000).

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