農芸化学@High School

空中胞子DNA検出によるキノコの判別と生育域調査

杉山 賢大

静岡県立掛川西高等学校自然科学部

Published: 2021-03-01

本研究では,空気中に飛散しているキノコの胞子由来のDNAを検出することでキノコの生育域と種の特定を行うことを目的にした.独自に開発した簡易的な空中微粒子採取装置を用いて胞子を収集し,PCR法によってDNAを検出することにした.はじめにシイタケの子実体のDNA増幅を行い,胞子由来のDNAを検出できるのか検証したところ,良好な結果が得られた.次に野外調査を行った.静岡県の山麓の空気中に飛散している胞子由来DNAを分析した結果,マツタケと推定できる胞子由来のDNAを検出することに成功した.さらに採取装置の設置地点周辺にて実際にマツタケを発見できたことから,自然界に生育するキノコの種の特定が簡便に行えることがわかった.静岡県ではこれまでマツタケの生育を確認できていなかったが,県内でマツタケの生育を確認できたことは本研究での新たな発見である.

本研究の目的

本校では環境DNAを用いて,生物の生育域の特定を目的とし,研究を行っている.そこで,本研究では,空気中に飛散しているキノコの胞子を検出することによって,キノコの生育域と種の特定を行うことを目的にした.昨年度本校で独自に開発した簡易的な空中微粒子採取装置を用いて,胞子を収穫し,PCR法によってDNAを検出することにした.

本研究の研究方法(1~5)

1. シイタケおよび他種キノコからのDNA増幅

市販されている静岡県産シイタケ・シメジ・エリンギ・ヒラタケ・マッシュルーム・マイタケ・エノキ・キクラゲ,そして中国産マツタケの9種類のキノコの子実体を用いてDNA増幅方法の確立を行った.まずこれらの子実体の内部(図1a図1■DNA増幅方法の確立と空気中からのDNA検出方法)を切り取り,DNA抽出試薬としてUniversAll Extraction BufferIIを25 µL加え,95°Cで加熱し,5°Cで遠心分離を行った.この上澄み液をDNA抽出液とした.

図1■DNA増幅方法の確立と空気中からのDNA検出方法

a. 子実体内部の切り取り,b. PCR法によるDNA増幅温度サイクル,c. 使用したプライマーセット,d. 空中微粒子採取装置の写真と仕組み.

DNA抽出液1 µLにDNAポリメラーゼとしてKOD One® PCR Master Mix 25 µL,滅菌蒸留水22 µL,プライマー2 µLを加えて図1b図1■DNA増幅方法の確立と空気中からのDNA検出方法の温度サイクルでPCR法によるDNA増幅を行った.今回PCR法に使用したプライマーを図1c図1■DNA増幅方法の確立と空気中からのDNA検出方法に示す.なお,プライマーについては,国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所の宮崎和弘先生に情報を提供して頂いた.このプライマーはIGS1領域を増幅するもので,シイタケの品種識別に使われており,シイタケの安定したDNA増幅が確認されているため,使用することとした.

その後3%アガロースゲルを用いた電気泳動法によりDNA増幅の確認を行った.

2. 空気中からのDNA検出

空中微粒子採取装置は先行研究で作製したものを使用した.写真と仕組みを図1d図1■DNA増幅方法の確立と空気中からのDNA検出方法に示す.装置内のポンプによってストローを通じて空気中の微粒子をボトル内に吸い込む.ボトル内にはDNAの16時間以上の保持が確認されているオスバン溶液が入っており,ここに空気中に浮遊・飛散している微粒子を溶かし込む仕組みとなっている.なお,使用するボトルやストローは使い捨てである.

この装置を用いて空気中から胞子が検出可能かを調べるため,静岡県島田市のシイタケ農園内に空中微粒子採取装置を設置し,16時間稼働させた.採取は2019年6月7日17時から6月8日9時まで行った.その後,微粒子を含んだオスバン溶液50 µLを試料とし,1の方法でDNA増幅を行った.なお,採取装置は農園内の菌床が置いてある棚に設置した.

3. キノコ栽培実験による胞子検出範囲の検証

胞子が検出されるときのキノコの生育状態と,本校で用いる方法の検出感度の把握のために,本校で菌床栽培しているシイタケを,閉め切った教室内に1日置き,その後同教室に採取装置を1日設置し,胞子由来のDNAが検出できるか確認した.これを2週間ごとに行い,キノコの状態と胞子検出の確認をした.

4. 野外調査

今回の調査方法でマツタケ(Tricholoma matsutake(S.Ito et Imai)Sing.)の新たな生育域を特定することを目的とし,野外調査を行うこととした.マツタケの生育が確認されている,山梨県南都留郡鳴沢村の山内2地点と,マツタケの生育が確認されていない静岡県西部の山Aの10地点,山Bの4地点の計16地点で空中微粒子採取装置を16時間設置した.

山梨県南都留郡鳴沢村はマツタケの生育が確認されており,実際に装置を設置した際にマツタケを発見した.そのため,試料に加えて,発見したマツタケの子実体からもDNAを検出することにした.

静岡県の山の場所の詳細については,今回ご協力いただいた山主さんの意向の元伏せさせてもらう.静岡県では,マツタケの生育域について公表されていないが,地元の人から過去の目撃情報を得られたため,調査することにした.マツタケは樹齢20から30年になるアカマツから発生し,アカマツとは共生関係である.腐植質の少ない乾燥した土壌を好み,菌糸体の生育最適温度は22から25°C,日本では8月末から11月下旬に発生する.そこで私たちは生育条件を満たす範囲に絞り調査を行った.

本研究の結果

1. シイタケおよび他種キノコからのDNA増幅

シイタケの子実体の電気泳動結果を図2a図2■シイタケおよび他種キノコからのDNA増幅結果と胞子検出範囲の検証に示す.目的の増幅長である1,000 bpのバンドが確認でき,今回のDNA増幅方法は有効であることがわかった.

図2■シイタケおよび他種キノコからのDNA増幅結果と胞子検出範囲の検証

a. シイタケの子実体から増幅されたPCR産物の電気泳動結果,b. 8種類のキノコの子実体から増幅されたPCR産物の電気泳動結果,c. シイタケ農園の空気中から採取した試料の電気泳動結果,d. 教室内(190 m3)で栽培中の空気を試料とした電気泳動結果.

次にシイタケ以外の8種類のキノコの子実体の電気泳動結果を図2b図2■シイタケおよび他種キノコからのDNA増幅結果と胞子検出範囲の検証に示す.キノコの種類によって,バンドの位置がそれぞれ異なることが確認できた.これは今回使用したプライマーがキノコの種によって,異なる増幅長をもつことを示している.キノコの種類ごとのDNA増幅長を表1表1■キノコの種類ごとのDNA増幅長にまとめた.

表1■キノコの種類ごとのDNA増幅長
キノコの種類DNA増幅幅(bp)
シイタケ約1,000
キクラゲ約850
エノキ約800
マイタケ700~750
マッシュルーム約600
ヒラタケ約600
エリンギ約600
シメジ約500
マツタケ約400

2. 空気中からのDNA検出

シイタケ農園の空気中から採取した試料の電気泳動結果を図2c図2■シイタケおよび他種キノコからのDNA増幅結果と胞子検出範囲の検証に示す.シイタケの特異的な増幅長である1,000 bp前後のバンドが確認できた.このことから,空気中から胞子由来DNAは検出が可能であることを示すことができた.

3. キノコ栽培実験による胞子検出範囲の検証

栽培中のシイタケを教室内に置き,その空気を試料とした電気泳動結果を図2d図2■シイタケおよび他種キノコからのDNA増幅結果と胞子検出範囲の検証に示す.栽培を始めて2週間の子実体の放出する胞子を空気中から検出することができた.また,今回空気を採取した教室の広さは約190 m3であったため,キノコが子実体を形成し始めた段階で,この範囲の空気中から胞子由来DNAは検出可能であることがわかった.

4. 野外調査

山梨の電気泳動結果を図3a図3■野外調査結果に示す.子実体からは400 bpのDNA増幅長が確認できたが,空気中試料からはマツタケの増幅長とは異なる500と800 bpのDNA増幅長のみ確認できた.このことから,シメジとエノキまたはキクラゲに近い種のキノコが生育していることが考えられる.

図3■野外調査結果

a. 採取したマツタケの子実体(左写真)ならびに空気中から増幅されたPCR産物の電気泳動結果,b. 空気中から増幅されたPCR産物の電気泳動結果,ならびに発見したマツタケ(右写真).マツタケのDNA増幅長だと思われる400 bpのバンドの位置を矢印で示す.

マツタケの胞子が検出されなかったことについて,前日までの降雨の影響が考えられた.一方,他のキノコの胞子は検出されたことから,野外調査では風などの気象条件だけでなく,胞子量や飛散範囲がキノコの種によって異なることが考えられる.

次に,静岡県西部の山A・Bの電気泳動結果を図3b図3■野外調査結果に示す.A・Bどちらの山でもマツタケのDNA増幅長である400 bpのDNA増幅長が確認できた.さらに,装置設置の後,生育するキノコの調査を目視で行ったところ,山Bの採取地点周辺でマツタケを発見した.山Bでは目視での発見と胞子検出結果が一致したことから,今回の調査方法はマツタケにも有効であると考えられる.また,山BではDNA検出を利用した本研究の調査方法によって,マツタケの新たな生育場所を発見することができた.

本研究の意義と展望

私たちが確立した調査方法は,空気中から単に胞子を採取するのではなく,キノコのDNAを採取・検出することによって,生育するキノコの種や生育範囲の特定まで簡易的に行うことにつながる.

今回使用したプライマーがキノコの種によって特異的なDNA増幅長を示したことから,増幅領域内に,種ごとに増幅長の差を生じさせる塩基配列があることが考えられる.今後はシーケンス解析や制限酵素による切断の有無を確認し,この部位に見られる塩基配列の特徴を把握していきたい.また,空気中から検出されたDNAの増幅長を種の判断に用いているが,検出したDNAの領域について特定し,有効性を確認していく.

マツタケの生育域調査では,静岡県では目視による生育域調査の結果とDNA検出結果が一致した.一方,山梨県では子実体は確認できたが胞子は検出されなかった.この原因として,山梨県ではマツタケの胞子飛散量の少なさや前日までの降雨の影響等が考えられた.

マツタケの胞子由来DNAを野外にて検出できたことから,今後はマツタケ以外にもトリュフなどの希少なキノコの生育域特定を目指していく.また,今回の調査方法について胞子検出範囲やキノコの成長過程の関係性について調査を進め,より簡易的で実用可能な方法へと発展させていく.さらに,宿主となる動植物に寄生する菌類のDNAを検出することで,宿主の生育範囲の特定にも応用していく.

Note

本研究は,日本農芸化学会2020年度大会(福岡)における「ジュニア農芸化学会」(発表は新型コロナウイルス感染症対策のため中止)に応募された研究のうち,本誌編集委員会が優れた研究として選定した6題の発表のうちの一つです.

Reference

1) 宜寿次盛生:林産試だより,2014(3), 4 (2014).

2) 藤田 徹,藤田博美:「胞子採取法の改良の検討」,京都府林業試験場

3) 猪俣 衛:北日本病原中研録,1980(31), 98 (1980).

4) 静岡県立掛川西高等学校:空中環境DNAを使った鳥類調査方法の確立.(2018年度の本校の研究)

5) 宮崎和弘:「IGS1領域の塩基配列データを利用したシイタケ品種の識別について」,平成24年度森林総合研究所九州支所年報,24 (2012).