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カフェインコーヒーと茶の機能性と新たな展望

Yoichi Fukushima

福島 洋一

ネスレ日本株式会社 ウエルネスコミュニケーション室

Published: 2021-04-01

カフェインは,栄養成分以外の単一分子としては最大の摂取量を誇る化学物質の一つである.コーヒー1杯には約80 mg,煎茶と抹茶1杯にはそれぞれ約30 mg,約50 mgのカフェインが含まれる.日本人はカフェインを1日平均262 mg摂取し,その由来はほぼコーヒーと緑茶が二分するという報告があるが(1)1) M. Yamada, S. Sasaki, K. Murakami, Y. Takahashi, H. Okubo, N. Hirota, A. Notsu, H. Todoriki, A. Miura, M. Fukui et al.: Public Health Nutr., 13, 663 (2010).,この量はイギリスやフランスよりも多く,ドイツや北欧と肩を並べる(2)2) EFSA Panel on Dietetic Products, Nutrition and Allergies (NDA): EFSA J., 13, 4102 (2015)..コーヒー豆を産するコーヒーノキ(Coffea arabicaなど)はエチオピア原産,茶葉を産するチャノキ(Cammellia sinensis)は中国原産で,それぞれの植物は並行進化の末にカフェインを産生する能力を獲得し,人類は洋の東西で医薬としてこれらを用いることを発明した.16世紀の日本では抹茶を喫する文化が,17世紀の欧州ではコーヒーハウスと呼ばれる集いの場が生まれ,世界貿易の主力商品となっていった.現在では多くの国でコーヒーや茶を日に数杯飲む喫茶習慣が成立している.

カフェインは易吸収性で,摂取後約30分で血流に入り,血中の半減期は約4時間といわれる(3)3) B. B. Fredholm, K. Bättig, J. Holmén, A. Nehlig & E. E. Zvartau: Pharmacol. Rev., 51, 83 (1999)..血液脳関門を通過して脳にも到達,肝臓で薬物代謝を受けて尿中に排泄される(3)3) B. B. Fredholm, K. Bättig, J. Holmén, A. Nehlig & E. E. Zvartau: Pharmacol. Rev., 51, 83 (1999)..カフェインは睡眠物質としても知られるアデノシンのアンタゴニストとして作用し,アデノシンの神経活動の鎮静化を抑制,いわゆる覚醒作用を発揮する.そして,交感神経を刺激,副腎髄質でのアドレナリンの分泌などを促し抗ストレス応答や異化応答を誘導,心拍数,心拍出量,血圧,血糖値などの一過性の上昇,脂肪燃焼,胃酸・消化液分泌促進,気管支拡張や利尿作用を生じる(3)3) B. B. Fredholm, K. Bättig, J. Holmén, A. Nehlig & E. E. Zvartau: Pharmacol. Rev., 51, 83 (1999)..高用量の摂取における効果は,筋収縮力増加にもつながるホスホジエステラーゼ阻害によるcAMPの保持やカルシウムの細胞内利用の促進作用にもよるが,コーヒーや茶による低用量(単回で3 mg/kg体重程度)の摂取における効果は,アデノシンとの拮抗作用によるものと考えられている(4)4) D. H. Pesta, S. S. Angadi, M. Burtscher & C. K. Roberts: Nutr. Metab. (Lond.), 10, 71 (2013).

カフェインは倦怠感や眠気抑制などの効能をもつ医薬品としても登録されている(5)5) 厚生労働省:「日本局方」ホームページ,https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000066530.html.その配合量は一般的にコーヒー1杯に含まれるカフェイン量以下であり,コーヒーを数杯摂取すればこうした医薬品の用量を超えた量が日常的に摂取できることになる.食品の安全性は食経験により担保される.コーヒーや茶は食経験が豊富な食品であり,世界中で多くの疫学調査が実施され,1日400 mg(コーヒーで5杯程度),また急性で200 mgまでのカフェイン摂取は特に安全性に問題はないという見解が,欧州食品安全機関(EFSA)等より出されている(2)2) EFSA Panel on Dietetic Products, Nutrition and Allergies (NDA): EFSA J., 13, 4102 (2015).

日本の特定保健用食品制度の誕生から約20年遅れてスタートした欧州のヘルスクレーム制度は,より厳しい科学的根拠を求めているが,EFSAは2011年にカフェイン75 mg(コーヒー1杯程度)の急性摂取は認知機能のひとつである注意力の向上に役立つことを認めている(6)6) EFSA Panel on Dietetic Products, Nutrition and Allergies (NDA): EFSA J., 9, 2054 (2011)..筆者らは最新の研究も含めた系統的レビューおよびメタ分析を実施し,反応時間を指標とした介入研究28報告の解析により,カフェインによる注意力の有意な改善効果を確認した(7)7) 福島洋一,栗原 久:日本ポリフェノール学会誌,9, 39 (2020)..残念ながらこの結果をもとに行った機能性表示食品の届出は行政の食薬区分の壁に阻まれ,受理されることはなかった.EFSAはまたカフェインの運動持久力の向上と運動時の主観的労作の低減についてヘルスクレームを認めている(6)6) EFSA Panel on Dietetic Products, Nutrition and Allergies (NDA): EFSA J., 9, 2054 (2011)..カフェインは2004年以降ドーピング禁止薬物の指定から外れ,国際オリンピック委員会によるコンセンサスステートメントにおいては,クレアチンなどと共に効果について強いエビデンスがある数少ないサプリメントとして登場している(8)8) R. J. Maughan, L. M. Burke, J. Dvorak, D. E. Larson-Meyer, P. Peeling, S. M. Phillips, E. S. Rawson, N. P. Walsh, I. Garthe, H. Geyer et al.: Br. J. Sports Med., 52, 439 (2018)..日常の食生活で摂取可能であり低用量で明らかな効果が発現するカフェインについて,国際機関が出した答えは注視に値するといえよう.

カフェインを含むコーヒーと茶は,ともにポリフェノールが豊富であるという共通点をもつ.適度な量(3–5杯程度)のコーヒーの継続的摂取は,総死亡リスク,脳卒中をはじめとする循環器疾患,2型糖尿病,肝臓がんなどのリスクの低下と関連するという前向きコホート研究のメタ分析報告がある(7)7) 福島洋一,栗原 久:日本ポリフェノール学会誌,9, 39 (2020)..これらの疾患リスクについてはカフェインレスコーヒーでもほぼ同様の結果が得られることから,コーヒーから多量に摂取しているポリフェノールの寄与が大きいと考えられる.茶についても,総死亡リスク,循環器疾患のリスク低下との関連で同様の結果が得られている(9)9) M. Yi, X. Wu, W. Zhuang, L. Xia, Y. Chen, R. Zhao, Q. Wan, L. Du & Y. Zhou: Mol. Nutr. Food Res., 63, e1900389 (2019)..一方,コーヒーで報告されるパーキンソン病,皮膚がん,うつや自殺リスクの低下との関連は,カフェインの寄与が大きいと考えられている(7)7) 福島洋一,栗原 久:日本ポリフェノール学会誌,9, 39 (2020)..コーヒーの摂取量はカフェインを代謝するシトクロムP450の発現に関係する遺伝子等の多型による影響を受けることが知られるようになり(10)10) H. Nakagawa-Senda, T. Hachiya, A. Shimizu, S. Hosono, I. Oze, M. Watanabe, K. Matsuo, H. Ito, M. Hara, Y. Nishida et al.: Sci. Rep., 8, 1493 (2018).,遺伝子多型を考慮した解析も始まっている(11)11) E. Loftfield, M. C. Cornelis, N. Caporaso, K. Yu, R. Sinha & N. Freedman: JAMA Intern. Med., 178, 1086 (2018)..少なくともカフェインの覚醒作用や気分の高揚といった急性作用に対する期待は,コーヒーや茶の飲用を後押しし,共存するポリフェノールを多量に長期間摂取させる喫茶習慣を支えてきたといえる(図1図1■カフェイン摂取を通じたコーヒー飲用の健康効果).

図1■カフェイン摂取を通じたコーヒー飲用の健康効果

健康は身体的,精神的,そして社会的に良好な状態であるとWHO憲章は述べている(12)12) M. Habersack & G. Luschin: BMC Med. Ethics, 14, 24 (2013)..手頃な1杯のコーヒーや茶は,カフェインの力によって脳を覚醒させ注意力を向上させる.効果を実感できる神経刺激物質でありながら,適度な摂取において高い安全性を有する.そして喫茶習慣を通じて多量に摂取され,共存するポリフェノールによる効果も相まって,人々の活動的な生活を支え,ヒトの精神的,身体的,そして社会的な健康のために役立っている.カフェインは医食同源を形にした類い稀なる機能性成分といえるかもしれない.

Reference

1) M. Yamada, S. Sasaki, K. Murakami, Y. Takahashi, H. Okubo, N. Hirota, A. Notsu, H. Todoriki, A. Miura, M. Fukui et al.: Public Health Nutr., 13, 663 (2010).

2) EFSA Panel on Dietetic Products, Nutrition and Allergies (NDA): EFSA J., 13, 4102 (2015).

3) B. B. Fredholm, K. Bättig, J. Holmén, A. Nehlig & E. E. Zvartau: Pharmacol. Rev., 51, 83 (1999).

4) D. H. Pesta, S. S. Angadi, M. Burtscher & C. K. Roberts: Nutr. Metab. (Lond.), 10, 71 (2013).

5) 厚生労働省:「日本局方」ホームページ,https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000066530.html

6) EFSA Panel on Dietetic Products, Nutrition and Allergies (NDA): EFSA J., 9, 2054 (2011).

7) 福島洋一,栗原 久:日本ポリフェノール学会誌,9, 39 (2020).

8) R. J. Maughan, L. M. Burke, J. Dvorak, D. E. Larson-Meyer, P. Peeling, S. M. Phillips, E. S. Rawson, N. P. Walsh, I. Garthe, H. Geyer et al.: Br. J. Sports Med., 52, 439 (2018).

9) M. Yi, X. Wu, W. Zhuang, L. Xia, Y. Chen, R. Zhao, Q. Wan, L. Du & Y. Zhou: Mol. Nutr. Food Res., 63, e1900389 (2019).

10) H. Nakagawa-Senda, T. Hachiya, A. Shimizu, S. Hosono, I. Oze, M. Watanabe, K. Matsuo, H. Ito, M. Hara, Y. Nishida et al.: Sci. Rep., 8, 1493 (2018).

11) E. Loftfield, M. C. Cornelis, N. Caporaso, K. Yu, R. Sinha & N. Freedman: JAMA Intern. Med., 178, 1086 (2018).

12) M. Habersack & G. Luschin: BMC Med. Ethics, 14, 24 (2013).