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新型コロナ禍の医食同源感染予防におけるビタミンCの多機能性

Hideo Yamasaki

山崎 秀雄

琉球大学理学部海洋自然科学科

Published: 2021-04-01

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,かぜ(風邪症候群)や,2002年に発生したSARS(重症急性呼吸器症候群),2012年のMERS(中東呼吸器症候群)と同じベータコロナウイルス感染症である.ウイルスを含んだ飛沫やエアロゾルによる経気道感染が,主な感染ルートとして考えられている.マスクの着用やソーシャル・ディスタンスの確保,十分な換気措置は,鼻から侵入してくるウイルスの感染リスクを下げることができる.

空気中には,新型コロナウイルス以外にも,さまざまな微生物や花粉,PM2.5のような有害粒子が含まれている.われわれは,多段階の生体防御システムを駆使して,呼吸の際に侵入してくる多種多様な異物を無害化している.鼻や喉の細胞からは,「活性窒素」の一酸化窒素(NO)ガスが放出され,侵入者を化学的に不活化している(図1図1■コロナウイルスの経口感染).異物が肺にまで達した場合でも,白血球がつくる次亜塩素酸(活性酸素)によって,異物の化学構造を無差別的に破壊してしまう.この第一次防衛システムである「自然免疫」が過剰に働いた場合,自身の肺や臓器までも活性酸素で損傷・破壊してしまうことがある.過剰免疫応答の一つとして知られる「サイトカインストーム」は,COVID-19の重症化および多臓器不全の原因だと考えられている(1)1) N. Vabret, G. J. Britton, C. Gruber, S. Hegde, J. Kim, M. Kuksin, R. Levantovsky, L. Malle, A. Moreira, M. D. Park et al.: Immunity, 52, 910 (2020).

図1■コロナウイルスの経口感染

新型コロナウイルス感染症は,ウイルスが細胞のACE2受容体に結合することから始まる.小腸は,ACE2の高発現臓器である(中央図).胃液は経口的に侵入してきたウイルスに対する第一次防衛ラインとして働く.風邪病原体のヒトコロナウイルスもMERSコロナウイルスも空腹時の胃液では完全に死滅するが,摂食時の胃液では感染力は全く落ちていない(右図).飲酒・飲食時には,胃の防衛機能が低下するため,新型コロナウイルスの小腸への到達を許し,経口感染経路が成立する可能性がある.上気道でも胃でも,抗ウイルス作用を示す一酸化窒素(NO)ガスが生成される.Vabret el al.1)1) N. Vabret, G. J. Britton, C. Gruber, S. Hegde, J. Kim, M. Kuksin, R. Levantovsky, L. Malle, A. Moreira, M. D. Park et al.: Immunity, 52, 910 (2020).およびZhou et al.2)2) J. Zhou, C. Li, G. Zhao, H. Chu, D. Wang, H. H.-N. Yan, V. K.-M. Poon, L. Wen, B. H.-Y. Wong, X. Zhao et al.: Sci. Adv., 3, eaao4966 (2017).を基に作図.

COVID-19は,コロナウイルス表面の突起構造(スパイクタンパク質)が,ヒト細胞表面のACE2(アンジオテンシン変換酵素2)に結合することから感染が始まる(1)1) N. Vabret, G. J. Britton, C. Gruber, S. Hegde, J. Kim, M. Kuksin, R. Levantovsky, L. Malle, A. Moreira, M. D. Park et al.: Immunity, 52, 910 (2020)..ACE2は肺だけでなく,心臓や腎臓,精巣,血管などのさまざまな臓器細胞で発現している(図1図1■コロナウイルスの経口感染).消化管でも発現しており,小腸はACE2高発現部位の一つである(1)1) N. Vabret, G. J. Britton, C. Gruber, S. Hegde, J. Kim, M. Kuksin, R. Levantovsky, L. Malle, A. Moreira, M. D. Park et al.: Immunity, 52, 910 (2020).

一般に,口から侵入したコロナウイルスは胃酸で死滅してしまうため,小腸まで達して感染・増殖することはないと考えられている.Zhouら(2017)は,風邪病原体の一つであるヒトコロナウイルス(hCoV-229E)とMERSコロナウイルス(MERS-CoV)とを比較し,胃液と腸液に対する耐性能を調べている(2)2) J. Zhou, C. Li, G. Zhao, H. Chu, D. Wang, H. H.-N. Yan, V. K.-M. Poon, L. Wen, B. H.-Y. Wong, X. Zhao et al.: Sci. Adv., 3, eaao4966 (2017)..どちらも,空腹時の胃液(pH 2)によって殺菌されるものの,摂食時の胃液中(pH 5)での感染力は落ちていなかった(図1図1■コロナウイルスの経口感染).空腹時の胃液と同様に,腸液にもヒトコロナウイルスに対する殺菌効果が認められた.一方,MERSコロナウイルスは腸液に対して耐性を示し,120分後も感染力が3割程度維持されていた(2)2) J. Zhou, C. Li, G. Zhao, H. Chu, D. Wang, H. H.-N. Yan, V. K.-M. Poon, L. Wen, B. H.-Y. Wong, X. Zhao et al.: Sci. Adv., 3, eaao4966 (2017)..腸管ウイルスとして知られているエンテロウイルスV71は,予想どおり,胃液および腸液のどちらに対しても高い耐性を示していた(2)2) J. Zhou, C. Li, G. Zhao, H. Chu, D. Wang, H. H.-N. Yan, V. K.-M. Poon, L. Wen, B. H.-Y. Wong, X. Zhao et al.: Sci. Adv., 3, eaao4966 (2017)..Zhouらは,ウイルスの消化液耐性能が経口感染を許し,MERS感染拡大の要因になったのではないかと述べている.

SARSやMERSの感染ルートは,今も学術的には決着していない.経気道感染(飛沫感染・空気感染)が主な感染ルートだと考えられているが,ウイルスの感染・増殖が小腸で起きていたことも指摘されており,経口感染の存在も示唆されている.COVID-19でも,下痢や嘔吐,腹痛等の消化器疾患の症状が認められ,患者の便からはウイルスRNAが検出されている(3)3) S. H. Wong, R. N. S. Lui & J. J. Y. Sung: J. Gastro. Hepatol., 35, 744 (2020)..今現在,新型コロナウイルスでは,便から口へ至る感染(糞口感染)を示す明確な証拠は得られていない.しかし,症状のない保菌者(不顕性患者)が感染を拡大させている現状を考えると,糞口感染経路を無視できる状況にはないと思われる(4)4) G. D. Bhowmick, D. Dhar, D. Nath, M. M. Ghangrekar, R. Banerjee, S. Das & J. Chatterjee: NPJ Clean Water, 3, 32 (2020)..SARS感染爆発の中心地となった香港のアモイ・ガーデンズでは,高層マンションの上下方向で急速な感染拡大が起きており,トイレの下水に含まれていたウイルスが原因だと考えられている(3)3) S. H. Wong, R. N. S. Lui & J. J. Y. Sung: J. Gastro. Hepatol., 35, 744 (2020)..SARSの症状が回復しても,1カ月程度は便からウイルスRNAが検出さたとの報告もあることから(3)3) S. H. Wong, R. N. S. Lui & J. J. Y. Sung: J. Gastro. Hepatol., 35, 744 (2020).,糞口・経口感染の予防はCOVID-19でも重要だと思われる(4)4) G. D. Bhowmick, D. Dhar, D. Nath, M. M. Ghangrekar, R. Banerjee, S. Das & J. Chatterjee: NPJ Clean Water, 3, 32 (2020).

Zhouらの研究は,COVID-19経口感染予防における胃酸の働きを示唆している.胃酸は,胃の細胞から放出されるプロトン(H)によって維持される.アルコールは,胃細胞のプロトンポンプ(H, K-ATPase)活性を阻害するため(5)5) S. Kopic, S. Corradini, S. Sidani, M. Murek, A. Vardanyan, M. Föller, M. Ritter & J. P. Geibel: Cell. Physiol. Biochem., 25, 195 (2010).,飲酒時にはさらにpHの上昇が起きることが考えられる.また,胃薬にはプロトンポンプを阻害するものもあり,薬の服用によってコロナウイルスの感染リスクが上昇する可能性も示唆されている(2)2) J. Zhou, C. Li, G. Zhao, H. Chu, D. Wang, H. H.-N. Yan, V. K.-M. Poon, L. Wen, B. H.-Y. Wong, X. Zhao et al.: Sci. Adv., 3, eaao4966 (2017)..散在しているジグソーパズルをつなげてみると,酒を伴う飲食,共用トイレ・手洗い場の使用,胃機能の低下が,新型コロナウイルス経口感染のハイリスク条件であることが見えてくる.

胃細胞からは,プロトンのほかにビタミンC(アスコルビン酸)が分泌されている.胃液のビタミンC濃度は,血中よりも高い.胃液に含まれるビタミンCの生理的機能については,「活性酸素」毒性を低下させる「抗酸化機能」以外は明確になっていない.疫学的研究では,胃液ビタミンCに胃潰瘍や胃がんの発症を抑える効果があることが指摘されている.

ビタミンCは,唾液に含まれる亜硝酸塩(NO2)を還元して一酸化窒素(NO)を発生させる(6)6) H. Yamasaki: Nitric Oxide, 103, 29 (2020)..呼吸器では,NOは酵素的に合成されるが,胃液ではビタミンC,プロトン,唾液の組み合わせで,抗ウイルス活性のあるNOを化学的に発生させることができる(6)6) H. Yamasaki: Nitric Oxide, 103, 29 (2020)..含硫化合物(イオウ化合物)は,亜硝酸塩依存性の化学的NO生成を促進する.野菜にはさまざまな種類の含硫化合物が含まれており,健康維持にかかわる機能性が報告されているものも多い.ダイコンやワサビの辛味成分であるイソチオシアネートも含硫化合物である.理屈のうえでは,ビタミンCと硝酸塩が豊富で,イソチオシアネートが含まれるアブラナ科の葉野菜(チンゲンサイ,小松菜,ハクサイ,キャベツ,ブロッコリー等)を食べれば,抗ウイルス活性のあるNOが胃液に発生し,新型コロナウイルスの経口感染リスクを下げることができると考えられる.

COVID-19は「症候群」であり,原因と結果が単純な1対1関係にはならない.症候群と呼ばれる病気の進行過程では,細胞内の活性酸素,活性窒素,活性硫黄のバランスの崩壊が共通して見られる(7)7) Y. Sakihama & H. Yamasaki: “Phytochemical Antioxidants: Past, Present and Future”, In Antioxidants, ed. by V. Y. Waisundara, IntechOpen, 2021, https://www.intechopen.com/online-first/phytochemical-antioxidants-past-present-and-future..ビタミンCは,これらの活性分子種の制御に重要な働きをもっている.ヒトはビタミンCも硝酸塩(亜硝酸塩)も合成できないので,毎日の食事から摂取する必要がある.東アジアでは,欧米に見られるようなCOVID-19の感染爆発が起きていない.理由を説明するさまざまな仮説が提唱されているが,食生活の違いも要因の一つとして考えられる(6)6) H. Yamasaki: Nitric Oxide, 103, 29 (2020)..経口感染予防の観点からは,炭水化物,糖,動物性脂質が多いファーストフードよりも,野菜,ビタミンC,機能性成分が多い東アジアの伝統料理のほうが理にかなっている.野菜食に発がん予防効果や生活習慣病の改善効果があることは,数多くの疫学的研究で示唆されている.感染予防と健康維持のために,新型コロナ禍の医食同源を考えてみては如何だろうか.

Reference

1) N. Vabret, G. J. Britton, C. Gruber, S. Hegde, J. Kim, M. Kuksin, R. Levantovsky, L. Malle, A. Moreira, M. D. Park et al.: Immunity, 52, 910 (2020).

2) J. Zhou, C. Li, G. Zhao, H. Chu, D. Wang, H. H.-N. Yan, V. K.-M. Poon, L. Wen, B. H.-Y. Wong, X. Zhao et al.: Sci. Adv., 3, eaao4966 (2017).

3) S. H. Wong, R. N. S. Lui & J. J. Y. Sung: J. Gastro. Hepatol., 35, 744 (2020).

4) G. D. Bhowmick, D. Dhar, D. Nath, M. M. Ghangrekar, R. Banerjee, S. Das & J. Chatterjee: NPJ Clean Water, 3, 32 (2020).

5) S. Kopic, S. Corradini, S. Sidani, M. Murek, A. Vardanyan, M. Föller, M. Ritter & J. P. Geibel: Cell. Physiol. Biochem., 25, 195 (2010).

6) H. Yamasaki: Nitric Oxide, 103, 29 (2020).

7) Y. Sakihama & H. Yamasaki: “Phytochemical Antioxidants: Past, Present and Future”, In Antioxidants, ed. by V. Y. Waisundara, IntechOpen, 2021, https://www.intechopen.com/online-first/phytochemical-antioxidants-past-present-and-future.