特別寄稿

幼虫の頭部をもつ国蝶オオムラサキその驚愕の形態の謎を追う

Shogo Matsumoto

松本 正吾

日本農芸化学会フェロー

Published: 2021-04-01

発端 —幼虫の頭部をもつアカボシゴマダラ

2013年8月半ばの猛暑のある日,私は従姉のつれ合いで同好の士でもある松野重治氏(東京都調布市在住)から,アカボシゴマダラの異常型を採集したとの手紙を受け取った.同封されていた標本の写真は,一見してすぐにわかる幼虫の頭を付けた奇妙なアカボシゴマダラであった.松野氏の手紙には「7月12日の早朝,自宅付近をウォーキングしていたところ,翅をバタつかせながら路上を歩き回る本種を発見し回収すると,頭部のみ終齢幼虫の形態を残した異常型であった.当地は広大な雑木林をもつ国立天文台に近い農地・植木畑が残る住宅地で,アカボシゴマダラは数年前より見られるようになった」と記されていた.

松野氏と私は親族関係にあり都内の比較的近距離のところに居住していたものの,お互いに顔を合わせるのはもっぱら冠婚葬祭の場であって,それまでに一度も趣味の話をしたことがなかった.そこで,アカボシゴマダラのことで思いがけず手紙を頂いたことを受け,一度私のコレクションを見ながら蝶談義でもしませんか? と松野氏に提案したところ,11月になってそれが実現する運びとなった.そして当日,全く予期せぬことに,松野氏は例の“幼虫の頭部をもつアカボシゴマダラ”の標本を持参され,その管理を私に委託したいとの意向を示され,結局,その珍奇なアカボシゴマダラは私が預かることになった.

松野氏の標本を改めて眺めると,管理の不手際から翅や胴体の一部にかじられた痕跡があったものの,それは紛れもなく“幼虫の頭部をもつアカボシゴマダラ”であり,頭部以外は全く正常な雄成虫であった(図1図1■松野重治氏が採集した“幼虫の頭部をもつアカボシゴマダラ”).

図1■松野重治氏が採集した“幼虫の頭部をもつアカボシゴマダラ”

挿入画像は正常な成虫.

松野氏から手紙を頂いたとき,私はかつて「細胞工学」(秀潤社)のコラムで似たようなゴマダラチョウの描画を見たことを思い出した.「細胞工学」とは分子生物学関連の学術誌で,2012年まで私が勤めていた理化学研究所(理研,和光市)の研究室で定期購読していたものであるが,2005年に鈴木 理氏(産業技術総合研究所)が「分子医学の光と影:昆虫の変態と第三帝国」と題したコラム(1)1) 鈴木 理:細胞工学,24, 994 (2005).に生きた姿の“幼虫の頭部をもつゴマダラチョウ”を描画として載せていたため,強く印象に残っていたのである(図2図2■A: 細胞工学のコラム1)に掲載された“幼虫の頭部をもつゴマダラチョウ”(細胞工学より転載)コマダラチョウとあるのはゴマダラチョウの誤り.B: 正常な近縁種アカボシゴマダラ).しかし松野氏の“幼虫の頭部をもつアカボシゴマダラ”について,当時は何らかの形で報文として発表すべきだろうと思いつつも,この件は次第に私の意識の下から薄れていった.

図2■A: 細胞工学のコラム1)に掲載された“幼虫の頭部をもつゴマダラチョウ”(細胞工学より転載)コマダラチョウとあるのはゴマダラチョウの誤り.B: 正常な近縁種アカボシゴマダラ

幼虫の頭部をもつオオムラサキ類 —これまでの記録

中国武漢に端を発した新型コロナウイルスは,2020年,またたく間に世界を席巻した.日本においても2月のダイヤモンド・プリンセス号での集団感染以来,国内での感染拡大に伴う自粛要請や緊急事態宣言は庶民の生活にも多大な影響を及ぼし,引退してのほほんと第二の人生を楽しんでいた私もいきおい外出自粛の巣ごもり生活を余儀なくされるようになった.そんな状況のなかで私が思いついたのは,現役時代に集めた大量の論文のコピーと書籍類の断捨離であった.そして,その過程で私は再びあの「細胞工学」のコラムに遭遇し,同時に松野氏のアカボシゴマダラのことも思い出したのだった.

改めてそのコラムに目を通すと,“幼虫の頭部をもつゴマダラチョウ”は「ホルモンあるいはレセプターの正常な機能が損なわれた結果,頭だけが幼虫のままで変態していない」と説明されていた.「本当にそうだろうか?」思わずそう感じた瞬間,かつて理研でカイコの神経ホルモンとそのレセプターを介した細胞内シグナル伝達を解析してきた私のなかの知的好奇心が無意識にくすぐられた…真偽はともかく,この一文から突如として私に“その成り立ちのメカニズム”を知りたいという感情が芽生えた.「そもそも,幼虫の頭部をもつ個体がどのような原因とプロセスを経て出現したのだろうか?」方向性の見えないコロナ禍の日本でこの疑問に対する“解”を探すこと,それは,それまで漫然と第二の人生をむさぼっていた私に突然向けられた課題であった.

では,“幼虫の頭部をもつゴマダラチョウ”に類する報告はこれまでにどれくらいあるのだろうか? まずはこの点から明らかにしようと,身近にある図鑑や書籍類を調べた結果,以下の3つの記述が見つかった.

これらの記述に加え,山梨県の北杜市オオムラサキセンターで“幼虫の頭部をもつオオムラサキ”の標本が展示されていることがわかった(図3図3■A: 北杜市オオムラサキセンターで展示されている“幼虫の頭部をもつオオムラサキ”.B: 正常なオオムラサキ(上:雄,下:雌)).細胞工学のコラムを含め,以上が私の得た幼虫頭部をもつ異常個体に関する情報のすべてであった.横山・若林図鑑によるとゴマダラチョウ,オオムラサキ以外にも数種の蝶や蛾で類似の異常個体の記録があるようであったが,他の図鑑類でこれに関連した記載は見つけられなかった.結局,複数の記録のあるゴマダラチョウ,オオムラサキに加えて松野氏のアカボシゴマダラも考慮すると,幼虫頭部をもつ成虫は生態や形態,生活様式の似かよったこれら3種のオオムラサキ類では時として起こりうる共通した異形であるように思われた.

図3■A: 北杜市オオムラサキセンターで展示されている“幼虫の頭部をもつオオムラサキ”.B: 正常なオオムラサキ(上:雄,下:雌)

幼虫の頭部をもつオオムラサキ ー川田光政氏の驚愕の写真

では,幼虫の頭部をもつオオムラサキ類はどのような原因とプロセスを経て出現したのだろうか? この謎を解くためには,まず,そのような異常個体が辿った幼虫期以降の成育プロセスを知ることが必要不可欠である.そこで私が着目したのは,栗田氏の生態写真集で紹介されていた“幼虫の頭部をもつオオムラサキ”であった.この個体は,川田氏が採卵飼育した2化個体群から出現したとのことなので,川田氏に実体験をお聞きすれば,その成育プロセスについての具体的な証言が得られるはずだと思われた.

あいにく私は川田氏とは面識がなかったが,原色図鑑「サハリンの蝶」(北海道新聞社)の著者としての川田光政氏を認識していたので,同じくその著者である朝日純一氏にお願いしてご紹介頂き,以降,札幌の川田氏とメールでやりとりすることが可能となった.そこで,川田氏に私の興味と疑問を直接投げかけたところ,早速,栗田本「オオムラサキ」に引用されていた報文(2)2) 川田光政:jezoensis, 26, 177 (1999).とともに,飼育中に撮影された“驚愕の写真”が添付ファイルで送られてきた(図4図4■川田光政氏が飼育した“幼虫の頭部をもつオオムラサキ”).それはまさしく私の想像を超えた嘘のようなナマの幼虫頭部をもつ蛹とあたかもマントを着けた覆面プロレスラーのような成虫の画像であった.

図4■川田光政氏が飼育した“幼虫の頭部をもつオオムラサキ”

A: 蛹,B: 成虫

では,この“幼虫の頭部をもつオオムラサキ”はどのような原因とプロセスを経て出現したのだろうか? 私は川田氏から“驚愕の写真”を受け取る前に,その成り立ちとして次の3つの仮説を立てていた.

これらのうち,③の仮説は,蛹のステージでも幼虫の頭部をもっていたことが川田氏の画像から示されたため,却下された.では,“幼虫の頭部をもつオオムラサキ”は,①脱皮不全説,あるいは②生理的な変調による変態異常説,で説明できるのであろうか?

脱皮不全説

川田氏の画像から示された“幼虫の頭部をもつ蛹”は,その後,北杜市オオムラサキセンターでもモノクロ写真として保存されていることがわかった.では,これらは蛹化の際,通常なら離脱するはずの幼虫頭殻が何らかの理由で離脱せず,最終的には蛹化と羽化という2回の変態脱皮を経ても頭部に残り続けたのだろうか? そこで,この点を検証する目的で,YouTubeにアップされている正常な蛹化と羽化の動画をチェックしてみた.

まず,オオムラサキおよび同じ垂蛹で獣神サンダー・ライガーを思わせる特異な幼虫頭殻をもつフタオチョウの蛹化の瞬間(3, 4)3) Insectech: オオムラサキの蛹化,https://www.youtube.com/watch?v=4XzeqGrxzrs. (2015)4) 宮城秋乃:フタオチョウの蛹化,https://www.youtube.com/watch?v=3ML9Lx7zPbM&pbjreload=101. (2016)を見ると,どちらもまず胸部背面が裂け,その後,頭殻は胸腹部皮膚(クチクラ)と一体となって腹側を通って尾端側へと手繰られ,最終的に頭殻と胸腹部皮膚は分離することなく尾端から脱落することがわかった.では,垂蛹以外の蛹ではどうだろうか? そこで,帯蛹のナミアゲハおよび繭の中でフリーな状態で蛹となるカイコガの蛹化(5, 6)5) 高嶋清明:アゲハ蛹化,https://www.youtube.com/watch?v=eh79To7mIx4. (2011)6) Gujodotcom: 蚕の一生蛹化,https://www.youtube.com/watch?v=YOdaO3kxIsE. (2010)も調べてみると,これらの種でもやはり最初に胸部背面が裂け,その後,頭殻–胸腹部皮膚が一体となって尾端から離脱する一連の動作はオオムラサキやフタオチョウと同じであった.ちなみに,変態を伴わない幼虫脱皮もオオムラサキ,ナミアゲハで調べてみると(7, 8)7) Akame yago: オオムラサキ幼虫の脱皮,https://www.youtube.com/watch?v=BE2MlzIDZb8. (2016)8) 高嶋清明:アゲハ幼虫の脱皮,https://www.youtube.com/watch?v=udIiDl6pn4A. (2017),面白いことに蛹化脱皮とは異なり,両種とも胸腹部の皮膚が尾端側へと手繰られる過程で,頭殻が胸腹部クチクラから分離し,ポロリと脱落することがわかった.

結局,YouTube動画から判断すると,蛹化脱皮では種によらず,幼虫頭殻は胸腹部皮膚と分離することなく尾端から脱ぎ捨てられる.したがって,蛹化脱皮時に突発的な事由で幼虫頭殻が胸腹部クチクラから引きちぎられない限り,川田氏の蛹(図4A図4■川田光政氏が飼育した“幼虫の頭部をもつオオムラサキ”)のように頭殻が蛹の頭部に残されることは無理なように思われた.さらに,オオムラサキの羽化時の動画(9)9) MrSamaraw: 国蝶オオムラサキ雄の羽化,https://www.youtube.com/watch?v=_rd1lupNrUQ. (2017)を見ると,最初に頭胸部の前面の蛹殻が破れ,ハッチが開くようにして成虫の頭部と長い触角が現れてくる.この様子を見る限り,大きな複眼や長い触角をもつ成虫頭部が遺留された幼虫頭殻の中にはみ出ることなく,スッポリと収まることは物理的に不可能であると思われた.

生理的な変調による変態異常説

では,“幼虫の頭部をもつオオムラサキ”は,生理的な変調から脱皮・変態にかかわるホルモンやそのシグナル伝達系に異常をきたし,結果的に頭部だけが変態し損なって幼虫頭部の脱皮を繰り返したのだろうか? この仮説は大いに魅力的で,細胞工学のコラムでも著者の鈴木氏が「ホルモンあるいはレセプターの正常な機能が損なわれた結果,頭だけが幼虫のままで変態していない」と説明していたものである(図2図2■A: 細胞工学のコラム1)に掲載された“幼虫の頭部をもつゴマダラチョウ”(細胞工学より転載)コマダラチョウとあるのはゴマダラチョウの誤り.B: 正常な近縁種アカボシゴマダラ).しかし,この記述を裏付ける資料の有無を鈴木氏に直接お尋ねしたところ,回答はノーであった.そこで,改めて川田氏のオオムラサキに着目し,“幼虫の頭部をもつオオムラサキ”が出現した飼育記録から生理状態の解析を試みた.川田氏の報文(2)2) 川田光政:jezoensis, 26, 177 (1999).および川田氏からの証言を要約すると,以下のとおりである.

1999年7月,夕張郡栗山町にてオオムラサキ1♀を採集し採卵したところ,200卵以上が得られ,これらを飼育した結果,100頭以上が第2化として羽化した.羽化した2化個体には5齢蛹化と6齢蛹化の2グループがあり,5齢蛹化した個体数は全体の約2/3を占めた.幼虫頭部を付けた個体は5齢蛹化個体群から3頭出現し,すべて雄であったが,羽化後いずれも翅は伸展しなかった.報文の中で川田氏は,多数の2化が出現した要因として同年夏の高温多湿の気候と飼育環境での夜間照明の影響と考察している.

通常,化性(年何世代繰り返すか)と眠性(何回幼虫脱皮して終齢になるか)は種に応じて決まっており,日本のオオムラサキは年1化で幼虫休眠し,関東以北では4齢で休眠(越冬)したのち,翌年6齢で終齢幼虫となって蛹化する.しかし,川田氏の“幼虫の頭部をもつオオムラサキ”は休眠ステージをスキップして同年秋に羽化した2化個体で,早熟変態した5齢蛹化でもあるため,通常の化性・眠性から外れており,しかも,自然界で稀な異常個体が3頭も出現している.化性と眠性が内分泌支配下にあることを考慮すると,この3頭に共通した生理的な変調が原因となって“幼虫の頭部をもつオオムラサキ”が出現したように私には思えた.

では,生理的な変調とは具体的にどういうことだろうか? 昆虫の眠性と深くかかわる脱皮・変態は,内分泌学的には,まず脳から前胸腺刺激ホルモン(PTTH)が分泌され(図5図5■昆虫の脱皮・変態のホルモン支配(クラシカル・スキーム)),前胸腺が刺激されると第二のホルモン,脱皮ホルモン(エクジステロイド)が合成・分泌される(10)10) 石井象二郎:“昆虫生理学”,培風館,1982, p. 5..エクジステロイドは虫体の諸組織に作用して脱皮・変態過程の進行を指令する.この時,別の頭部内分泌器官であるアラタ体が分泌する第三のホルモン,幼若ホルモン(JH)が一緒に作用すると,新たな皮膚や組織のstatus quo(現状維持)が指令され,変態を伴わない幼虫脱皮が繰り返される.一方,このときにJHが作用しないと,蛹化や羽化といった変態が誘導される.以上の図式は1930年代以降多くの昆虫で検証され,昆虫変態のホルモン支配に関するクラシカル・スキームと呼ばれ,今日なお昆虫変態の根幹の生理機構となっている(11)11) 石崎宏矩:“サナギから蛾へ”,名古屋大学出版会,2006, p. 44.

図5■昆虫の脱皮・変態のホルモン支配(クラシカル・スキーム)

右上の挿入図は,幼虫頭胸部の内分泌器官を示す(小倉信夫氏原図).

その後,幼虫が蛹へと変態する過程の内分泌機構の詳細は,数多くの日本人研究者が留学した米国シアトル・ワシントン大学のRiddiford研究室でタバコスズメガを用いて解析された.すなわち,終齢幼虫の体重が臨界値以上に達すると血中JH濃度が急激に減少し,このとき少量のエクジステロイドが分泌されると,皮膚・組織は蛹への変態の決定(コミットメント)がなされ,その後,大量のエクジステロイドにさらされることで皮膚・組織は蛹へと分化する.結局,終齢幼虫では血中JH濃度の低下が蛹変態への引き金となり,4齢(終齢前齢)幼虫では血中JH濃度が高く保たれるため,次の脱皮では現状維持で幼虫脱皮を繰り返す.したがって,もし4齢初期にJH分泌器官のアラタ体を外科的に摘出して人為的に血中JH濃度を低下させると,早熟変態が誘起される(12)12) K. Kiguchi & L. M. Riddiford: J. Insect Physiol., 24, 673 (1978).

さて,川田氏の“幼虫頭部をもつオオムラサキ”は,5齢幼虫が6齢へと幼虫脱皮せず,早熟変態して蛹となった.この事実は,何らかの理由で当該幼虫の血中JH濃度が低下したため,早熟変態を余儀なくされたものと考えられる.アラタ体におけるJHの生合成はさまざまな生体因子により複雑に制御されているが,栄養状態によっても影響を受け,飢餓や低栄養状態でJH生合成の低下がもたらされることが知られている(13)13) 金児 雄,比留間潔:蚕糸・昆虫バイオテック,85, 117 (2016)..したがって,休眠ステージをスキップした当該幼虫では,本来とは違った晩夏の食餌・栄養状態で成育した影響でJH生合成が低下して,早熟蛹となったのかもしれない.

一方,化性の決定に深くかかわる休眠の生理機構はどのようなものだろうか? かつてニカメイガの休眠生理を解析していた深谷昌次氏と三橋淳氏(農林省農業技術研究所)は,休眠幼虫では脳–前胸腺系の内分泌器官は不活性であるが,アラタ体は強い活性を維持していることを見いだした.そこで,脳や前胸腺の移植,結紮(頭部や胸腹部を糸で縛って血中ホルモンの移動を阻止すること)などの実験形態学的手法を駆使し,休眠幼虫ではアラタ体ホルモン(=JH)が脳の活性を抑制することで幼虫休眠を維持することを明らかにした(14)14) 深谷昌次,三橋 淳:応用動物昆虫学会誌,1, 145 (1957).

このニカメイガの幼虫休眠の制御機構をオオムラサキ幼虫の休眠にそのまま当てはめることは危険であるが,オオムラサキの幼虫休眠にはJHの関与を示唆する特徴的な現象がある.それは,休眠に入る際に見られる越冬幼虫の体色変化である(図6図6■褐色のオオムラサキ越冬幼虫(川田光政氏原図)).脱皮を伴わないこの体色変化は真皮細胞に褐色色素が蓄積されることで引き起こされ,その色素は小山内 実氏(東京都老人研究所)によりオンモクロム系色素のキサントマチンと同定されている(15)15) M. Osanai: Hoppe Seylers Z. Physiol. Chem., 347 (Jahresband), 145 (1966)..JHが真皮細胞のキサントマチン蓄積を制御・促進することはよく知られており,木口憲爾氏(信州大学名誉教授)はカイコで,比留間 潔氏(弘前大学名誉教授)はヨトウガ幼虫でそのJH支配を証明した(16, 17)16) 木口憲爾,藤巻忠彦:蚕糸研究,124, 88 (1982).17) K. Hiruma, S. Matsumoto, A. Isogai & A. Suzuki: J. Comp. Physiol. B, 154, 13 (1984)..川田氏のオオムラサキでは2化の5齢および6齢蛹化の非休眠幼虫のほかに通常の休眠(越冬)幼虫も同時に生じており,さらに,休眠幼虫の中から5齢で体色変化したジャンボ越冬幼虫まで出現している(図6図6■褐色のオオムラサキ越冬幼虫(川田光政氏原図)).このような多様な発育形態の出現からその生理状態を推察すると,微妙な成育環境の狭間で2化幼虫の一部ではJHレベルが微妙に変調し,その結果として“幼虫の頭部をもつオオムラサキ”が生み出されたように思われた.

図6■褐色のオオムラサキ越冬幼虫(川田光政氏原図)

下:通常の4齢幼虫,上:5齢のジャンボ越冬幼虫,挿入画像は体色変化前の緑色幼虫.

では,このような眠性や化性にかかわるJHレベルでの変調と頭部だけが変態しなかった事実とはどう結びつくのだろうか? ニカメイガの幼虫休眠を調べていた深谷氏らは,活性化した前胸腺を休眠幼虫に移植すると正常な蛹化が起こらず,プロセテリーを生ずることを見いだした(18)18) 深谷昌次,三橋 淳:応用動物昆虫学会誌,2, 223 (1958)..プロセテリーとは昆虫の異常形態で,触角をもつカイコのように成虫形質が早期に現れることを言い,反対に,幼虫形質が残った蛹のように幼若形質が現れること(幼形成熟)をメタセテリーと呼ぶ(19)19) 伊藤智夫,小林勝利:化学の領域選書2 “昆虫ホルモン,”南江堂,1971, p. 78..木口氏らは,脱皮24時間後のカイコガ4齢(終齢前齢)幼虫からアラタ体を摘出し,直後にさまざまな濃度のJH活性をもつJH誘導体を投与するとその濃度上昇に応じてメタセテリーとプロセテリーが生じることから,脱皮の際の幼虫および蛹の皮膚の分化とその形質の発現は,体内のJHレベルに対応した一連の生理反応として理解できると結論づけている(16)16) 木口憲爾,藤巻忠彦:蚕糸研究,124, 88 (1982)..では,“幼虫の頭部をもつオオムラサキ”はJHレベルの変調から生じたメタセテリーと言えないだろうか?

早速,この考えを昆虫生理学の専門家である木口氏にぶつけたところ,残念ながら答えはノーだった.木口氏によると「プロセテリーやメタセテリーは,幼虫にコミットされた細胞と蛹にコミットされた細胞が混在して生じるものであり,コミットメントが細胞単位で決まることを考えると,頭部の細胞のすべてが幼虫のままコミットされ,その他の細胞がすべて蛹や成虫へとコミットされるというのは考え難い」とのことであった.

驚きの新事実 —幼虫の頭部をもつカラスアゲハ

2020年5月,新型コロナウイルスによる巣ごもり生活のなかで始まった“幼虫の頭部をもつオオムラサキ”の謎解きは,いくつかの仮説を立て,それらの妥当性を検証することで進めてきた.滅多に見られないこの異常形態の謎は実験科学的に検証することが難しいため,記録や報告を手がかりに推測するしか手立てはないように思われた.そうしたなかで遭遇した川田氏の詳細な飼育記録と貴重な証拠写真は,数多くの手がかりと重要なヒントを与えてくれた.

上述したように,仮説①脱皮不全説については,蛹化時に幼虫頭殻が胸腹部クチクラから引きちぎられるほどの事件が起こらないかぎり川田氏の写真のような蛹になることはなく,単なる脱皮不全説では説明がつかないように思われた.一方,仮説②生理的な変調による変態異常説については,化性および眠性の2つ側面から掘り下げて考察し,「JHレベルに変調をきたした結果,頭部が蛹化後にメタセテリーとして幼虫形態となった」との考えに至った.私は昆虫生理学の専門家ではないため,この考えの妥当性を客観的に評価して頂くために木口氏にご意見を伺ったところ,メタセテリー説は否定されたものの,JHレベルに変調があったと推理した思考プロセスについては木口氏も認めるところであった.では,JHレベルの変調が,どういう仕組みで“頭部だけの変態異常”を引き起こしたのだろうか? それが私の次なる課題であった.

そんななかで事件は起こった.私は,木口氏の何気ない「完全変態する昆虫には鱗翅目のほかに鞘翅目,膜翅目,双翅目などの昆虫がいますが,これらの昆虫では幼虫の頭をもつ成虫は知られていないのでしょうか?」との質問に答えようとネット検索をしていた.

まず,「頭が幼虫」で検索したところ,クワガタ(鞘翅目)に関する新聞記事がみつかった.写真入りで載ったこの記事は,清水敏夫氏(千葉県立農業大学校)の飼育中に頭だけ幼虫という奇妙な姿をした雄のトカラノコギリクワガタが羽化したというものだった(千葉日報,2018年8月14日付).次に,何気なく「幼虫の頭をつけた」と入力したところ,思いがけず日本鱗翅学会誌「蝶と蛾」の報文がヒットした.それは50年以上昔に青森市の佐藤博氏が投稿した「幼虫の頭をつけたカラスアゲハの蛹とその成虫」という報文(20)20) 佐藤 博:蝶と蛾,19, 32 (1968).であったが,そこには成虫頭部の仰天の写真と驚くべき新事実・証言が綴られていた.思わず私は,川田氏の“驚愕の写真”を見たとき以上の,ひっくり返るほどの衝撃を受けたのだった.佐藤氏の報文を要約すると以下のとおりである.

「1967年8月に十和田酸ヶ湯温泉で採集したカラスアゲハより約100卵採卵し,そのうちの20卵を飼育したところ,最初に蛹化した2頭はいずれも蛹の頭に幼虫の頭がついていた.幼虫の頭は蛹にしっかり連結して中身もつまっているようであった.他の幼虫もその後すべて蛹化したが,異常な蛹はなかった.幼虫の頭をつけた蛹は正常な蛹よりも遅れて羽化したが,成虫もやはり幼虫の頭をつけたままだった.翅が伸びると,盛んに脚を動かして幼虫の頭をとろうとするので,手伝ってやろうとピンセット,虫ピン,ペンチを使って幼虫の頭を剥がすと,わけなく剥ぐことができたが,幼虫の口に当たる部分と成虫の口吻のつけ根がしっかり連結しており,ペンチを使用したのでその部分も剥がしてしまった.幼虫の頭の下には複眼が発達していたが,その形はまるで変なものである.触角は正常の成虫のそれとはおよそかけはなれたもので,コガネムシの触角を思わせる.これは幼虫の頭殻で抑えつけられていたためであろう.とにかくこのチョウは飛ぶことができず,地面をいざっているだけであった.」この本文とともに,「幼虫の頭をつけた蛹」と「幼虫の頭をとりはずした成虫頭部」の画像が示されていた.

脱皮不全説,ふたたび —結論は?

衝撃の“幼虫の頭部をもつカラスアゲハ”の著者である佐藤氏は,現在も青森市に在住しておられたが,肝心のカラスアゲハについては「52年の年月のフィルターは手ごわいものです」とのことで,報文以上のことはお聞きできなかった.しかし,佐藤氏の「頭部を剥ぐと幼虫頭部の下にはれっきとした成虫の頭部ができており,発達した複眼と幼虫の頭殻で抑えつけられた触角があった」との証言は,オオムラサキでの仮説①の脱皮不全説を支持するには十分だった.ただ,オオムラサキやフタオチョウの蛹化の動画を思い返すと,私はまだすんなりと仮説①の脱皮不全説だけを受け入れることは違うと感じていた.

蛹化脱皮では,幼虫の頭殻は決して胸腹部皮膚とは分離せず,必ず尾端から脱ぎ捨てられる.したがって,幼虫頭殻が胸腹部クチクラから引きちぎられるほどの事件に遭遇しない限り“幼虫の頭部をもつ蛹”となることは不可能である.私は“脱皮不全説”ではいつもこのことが気になっていた.結局,たとえこの謎解きの結論が“脱皮不全”であったとしても,この点がはっきりしないかぎり納得いかない…そんな思いで佐藤氏の報文を読み返すと,「幼虫の頭を剥がそうとしたが,幼虫の口に当たる部分と成虫の口吻のつけ根がしっかり連結しており…」とある.これがどういう状態なのかは明確ではないが,少なくともこの証言には,謎解き最後の疑問への重大なヒントが隠れているように私には思えた.

もし,蛹化脱皮のときすでに幼虫頭殻の口器部分が蛹となる皮膚組織としっかり連結していたのなら,幼虫頭殻が引きちぎられて蛹に遺留されることは十分考えられる.木口氏によると,「幼虫頭部には眼・触角・口器などの成虫原基があり,これらは蛹への変態の際に大きく形態変化する」.また,アラタ体の摘出実験で蛹コミットメントを調べると,「カイコ4齢(終齢前齢)幼虫ではアラタ体摘出後の時間経過に応じて,絹糸腺中部,成虫原基,胸腹部の表皮細胞が順次コミットされ,これらの器官・組織でいろいろな程度の異常(幼虫–蛹の中間形)を生じ,またタバコスズメガ終齢幼虫でも口吻の異常化したアダルトイド(偽成虫)を生じた」という.これらの実験形態学的な結果を考慮すると,JHレベルでの変調が原因で蛹化時に口器で形態異常が起きることは十分考えられる.そうであれば,今回の謎解きの正解は,単なる“脱皮不全”ではなく,“JHレベルでの変調が誘導した脱皮不全”ではないだろうか?

では,蛹化時に幼虫頭殻と異常化した蛹の口器部分がしっかり連結する可能性はあるのだろうか? そこで私が考えたのは,脱皮の際に旧クチクラが剥離する過程—アポリシス(apolysis)—で何らかのトラブルがあったのではないか? ということだった.

昆虫の脱皮現象は,古いクチクラを脱ぎ捨てる行為を最終過程とする一連の複雑な過程の連続で構成されており,昆虫生理学ではこの全過程を総合してmoltingと呼び,皮を脱ぐ行為そのものをecdysisと呼んで区別する(21)21) 石崎宏矩:化学と生物,13, 49 (1975)..アポリシスとはmoltingの開始に起こるイベントで,「表皮の真皮細胞に密着していたクチクラが遊離して,両者の間に空隙が生じること」と定義される.私は,アポリシスとは生化学的には「脱皮液の分解酵素が旧クチクラを分解することで剥離が起こるプロセス」であり,口器部分でのアポリシスの不具合から旧クチクラと新しい皮膚組織が癒着したのではないかと推理したのだが,これは私の全くの早とちりであった.

木口氏によると「まずアポリシスで古いクチクラが真皮組織から分離し,続いて脱皮液の分泌と新たなエピクチクラの形成が真皮細胞で始まる.分離した旧クチクラの大部分はキチナーゼやプロテアーゼを含む脱皮液により分解される一方で真皮細胞では新クチクラの形成が完了し,続いて脱皮液の吸収が始まる.そして脱皮行動を促す羽化ホルモンが分泌されると,胸部背面の旧クチクラが割れて脱皮が始まるが,旧クチクラは脱皮液で湿っているため脱皮がスムーズに進行する」.この過程を考えると,癒着のような形で頭殻が係留されるとは考え難く,別のつながりで係留を余儀なくされたように思われた.

そうした中で,木口氏はJHレベルでの変調説に同意しつつ,物理的な繋がりによる幼虫頭殻の遺留の仕組みを新たに提起した.その仕組みとは,「蛹化に伴う形態変化の際,JHレベルの変調から頭部の成虫原基(眼・触角・口器など)が形態異常を起こし,これらの本来あるべき相互の位置関係が変化して幼虫頭殻が物理的に係留され,その後の脱皮の収縮運動で頭胸部間がちぎれて頭殻のみが蛹に遺留された」というものである.この新たな“JHレベルでの変調に起因した脱皮不全説”は“幼虫頭部をもつオオムラサキ”誕生までの一連の流れを無理なく説明しており,私としても納得のいくものであった.かくして,最初の疑問「そもそも,幼虫の頭部をもつ個体がどのような原因とプロセスを経て出現したのだろうか?」はようやく結論が得られたものと感じられた.

思いがけぬコロナ禍の中で始まった“幼虫の頭部をもつオオムラサキ”の謎解きは巣ごもり生活で時間を持てあまし気味の私にとって恰好のテーマとなった.それは,ミステリー小説を読む過程で犯人を推理するような,ある種のワクワク感を伴うものであった.残念ながら,その結論は,私が期待した「(胸腹部とは別に)頭部だけが幼虫脱皮を繰り返す」との魅力的な仮説②ではなかったものの,ひとまず“JHに起因した生理的な変調がもたらした脱皮不全”という結論が得られたことは大きな収穫であった.

最後に,今回の謎解きを通して読者の皆様に昆虫学あるいは昆虫研究の面白さを感じて頂けたら,それは筆者にとって望外の喜びである.2020年師走現在,いまだに先の見えないコロナ禍にあるが,早期の収束を願いつつ筆を置くことにする.

Acknowledgments

本稿の謎解きは,元北海道昆虫同好会会長・川田光政氏の貴重な記録と証言なくしては成り立たないもので,氏との出会いは何ものにも代え難いものでした.川田氏のさまざまなご厚意とご協力に厚く御礼申し上げます.また,木口憲爾氏には専門的な立場から,本稿の昆虫生理学についての記述等全般を監修していただくとともに,推理にも加わっていただきました.本謎解きにおける木口氏との議論は何ものにも代え難く,ここに厚く御礼申し上げます.さらに,本謎解きのきっかけをいただきました松野重治氏,さまざまな形でご協力いただきました朝日純一氏,鈴木 理氏,佐藤 博氏,比留間 潔氏,北杜市オオムラサキセンターに深く感謝いたします.

Reference

1) 鈴木 理:細胞工学,24, 994 (2005).

2) 川田光政:jezoensis, 26, 177 (1999).

3) Insectech: オオムラサキの蛹化,https://www.youtube.com/watch?v=4XzeqGrxzrs. (2015)

4) 宮城秋乃:フタオチョウの蛹化,https://www.youtube.com/watch?v=3ML9Lx7zPbM&pbjreload=101. (2016)

5) 高嶋清明:アゲハ蛹化,https://www.youtube.com/watch?v=eh79To7mIx4. (2011)

6) Gujodotcom: 蚕の一生蛹化,https://www.youtube.com/watch?v=YOdaO3kxIsE. (2010)

7) Akame yago: オオムラサキ幼虫の脱皮,https://www.youtube.com/watch?v=BE2MlzIDZb8. (2016)

8) 高嶋清明:アゲハ幼虫の脱皮,https://www.youtube.com/watch?v=udIiDl6pn4A. (2017)

9) MrSamaraw: 国蝶オオムラサキ雄の羽化,https://www.youtube.com/watch?v=_rd1lupNrUQ. (2017)

10) 石井象二郎:“昆虫生理学”,培風館,1982, p. 5.

11) 石崎宏矩:“サナギから蛾へ”,名古屋大学出版会,2006, p. 44.

12) K. Kiguchi & L. M. Riddiford: J. Insect Physiol., 24, 673 (1978).

13) 金児 雄,比留間潔:蚕糸・昆虫バイオテック,85, 117 (2016).

14) 深谷昌次,三橋 淳:応用動物昆虫学会誌,1, 145 (1957).

15) M. Osanai: Hoppe Seylers Z. Physiol. Chem., 347 (Jahresband), 145 (1966).

16) 木口憲爾,藤巻忠彦:蚕糸研究,124, 88 (1982).

17) K. Hiruma, S. Matsumoto, A. Isogai & A. Suzuki: J. Comp. Physiol. B, 154, 13 (1984).

18) 深谷昌次,三橋 淳:応用動物昆虫学会誌,2, 223 (1958).

19) 伊藤智夫,小林勝利:化学の領域選書2 “昆虫ホルモン,”南江堂,1971, p. 78.

20) 佐藤 博:蝶と蛾,19, 32 (1968).

21) 石崎宏矩:化学と生物,13, 49 (1975).