Kagaku to Seibutsu 59(4): 191-196 (2021)
バイオサイエンススコープ
北海道の農業高校におけるナチュラルチーズの製造技術の標準化と地域産業との連携乳製品に関する持続的な地域に根ざした研究活動
Published: 2021-04-01
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
北海道の農業高校のナチュラルチーズ製造の歴史は1979年(昭和54年)の生乳の計画生産(1)1) 一般社団法人 中央酪農会議:“中央酪農会議50年の足跡”,三友社,2012, p. 4, L29–32.国策がきっかけとなり,いくつかの農業高校で研究が始まった.
研究の基盤となった農業クラブ活動(昭和23年の学制転換期に全国組織で農業高校の教育の中の指導性・社会性・科学性をはぐくむ教育プログラムの一つ)は,プロジェクト学習(現在は科目課題研究で農業以外の教科でも展開している課題解決学習法の一つで,アメリカのマサチューセッツ州の農業学校で作られた学習法)の一環として科学的な研究が進められた.
最初に研究を開始したのは,生乳の生産地の一つである東藻琴村(現大空町)の北海道東藻琴高等学校においては,ナチュラルチーズを生産し,食紅で色を付け廃棄している生乳を無駄にしないというコンセプトのもと,当時の指導教員・生徒の取り組みで開発がはじめられた.
1980年代には町村立高校の前記の東藻琴高校,あるいは士幌高校でナチュラルチーズの生産販売が行われ,農業クラブでの発表や,上記高校の食品加工指導経験教員の転勤などで,少しずつ全道の農業高校に技術が伝えられてきた.しかし,当時の農業高校は生産学科(後継者育成,作物や家畜の生産・管理),あるいは関連産業学科(関連産業従事者育成,林業や土木工学)が中心であり,食品加工はクローズアップされていなかった.
1990年代には食品加工の重要性が高まり北海道農業高校で,食品製造・食品科学の分野を学習する学科を設置,農業高校の学校農場としての機能を果たすようになってきた.
私が乳製品を学ぶきっかけとなったのは,1989年,軽種馬の産地で有名な新ひだか町(当時は静内町)北海道静内農業高等学校畜産科で高校3年間を過ごしたなかで,乳牛を中心とした畜産教育の一環として学習をしたことである.授業で食品加工品を生産・販売するような施設こそなかったが,食品加工室は存在し,そこで農業クラブの研究班活動を指導してくださった二木浩志教諭(現北海道帯広農業高等学校長,2020年夏甲子園出場とNHK連続テレビ小説「なつぞら」の主人公の出身校モデルとなった学校)より,ゴーダチーズの製造を教授していただいた.さらにその後,共通の師となる酪農学園大学教授である故安藤功一先生に師事し,ナチュラルチーズの研究に取り組むことになった.1995年にはデンマーク王国での1年間の酪農研修をし,酪農王国デンマークの先進的な酪農経営・生産理念・乳製品の生産現場を学んだ.大学に復学しチーズに関する研究を続けたが,農業高校に務めナチュラルチーズの技術の普及をし,技術者を育てたいという志しもあり北海道教員採用試験にのぞんだ.
北海道ニセコ高等学校での講師兼通年舎監を1年経験した後,教員採用試験に合格し1998年に母校である北海道静内農業高等学校に赴任した.静内農高では農業科に所属し乳製品を指導することはなかったが4年後,希望がかない北海道のチーズ製造指導のパイオニアである北海道士幌高等学校に赴任することができた.士幌高校ではすでにゴーダチーズ・カマンベールチーズの製造・販売が行われており,既存の製造工程の工程時間,pH,酸度,衛生管理等の工程改善を行い,新加工室の設立の準備をした.新加工施設の「士幌町食品加工研修センター」は高校の授業と町民等の研修を行う施設で,高校生の指導・研究の拠点として,あるいは地域住民の研修の場として現在も稼働している(図1図1■士幌高校における硬質チーズの製造授業).既存のチーズのほかに2005年の欧州のチーズ原産国による連絡会議であるコミテ・プレミエ・フロマージュin十勝の開催準備や,同連絡会議でのコンテストでのチェダーチーズ銅賞受賞(2)2) https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/eu/report/country/japan/profile27.html,一般社団法人中央酪農会議主催の第5回All Japanナチュラルチーズコンテスト優秀賞のチェダーチーズの開発(3)3) https://www.dairy.co.jp/cheesecontes/index12.htmlと土地の理を十分に活かした,チーズ工房との交流・製品開発を行い地域産業に貢献した.2006年にはスイスのFribourgで行われた1956年より行われているInternational Centre for Agricultural Education(CIEA)セミナーに2006年の日本代表として参加した.その際にスイスの伝統的なエメンタールチーズ・グリュイエールチーズの製造現場を見学し,原産地の製造方法,基本的な熟成温度・熟成相対湿度確認ができ,両チーズの見識を深めることができた(図2図2■スイスでの研修・チーズの製造現場).