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光合成細菌—酸素を出さない光合成—

新井 博之

東京大学

Published: 2021-04-01

まずサブタイトルが秀逸である.光合成細菌とは,まさに「酸素を出さない光合成」を行うバクテリアのことを指す.ニック・レーンはその著書の中で,「生命とは,電子が身を落ち着ける場所を探し求める活動にほかならない」と述べている.光合成も,光で駆動する電子の流れとして捉えることができる.本書では,電子移動に伴う光エネルギー変換系を光合成として扱い,なかでも酸素非発生型の光合成を行う原核生物を「光合成細菌」と定義している.つまり,植物と同様の酸素発生型の光合成を行うシアノバクテリア(ラン藻)や,ロドプシンタイプのプロトンポンプを用いてエネルギー変換を行う生物は含まれない.光合成細菌については一般的な微生物学の教科書でも一定の紙面が割かれているが,系統分類的にも代謝的にも多様性があるため,あまり体系的には捉えにくい印象がある.しかし,光合成細菌は水素生産や環境浄化への利用や農業資材として古くから研究されている.近年では,好気条件で光合成装置を発現する好気性光合成細菌が,海洋表層での優占種であることが報告されており,生態学的にも重要であることが示されている.また,多くの光合成細菌は好気呼吸だけでなく,硝酸などを用いる嫌気呼吸でも生育することができ,呼吸と光合成に共通する電子移動に伴う生体エネルギー変換機構の進化を探るうえで重要な生物である.

本書は,光合成細菌について体系的にまとめた日本語の成書としては,おそらく1984年に出版された「光合成細菌」(学会出版センター)以来のものであり,両書を比較してみると,この分野の著しい研究の進展を実感できる.第1章から第3章では,光合成と光合成細菌の概要の説明から始まり,光合成細菌の種類と系統分類についての歴史的な経緯から,生態や単離,培養法がまとめられており,実際に光合成細菌を実験材料として扱ううえでたいへん参考になる.第4章では反応中心と光合成電子伝達系について,第5章では炭素,窒素,硫黄の各物質代謝系について,第6章では光合成色素や脂質,キノンについて,種類毎に体系的にまとめられており,共通する特徴と多様性について理解が整理される構成となっている.特に,光合成反応や物質代謝については,電子の流れを中心に解説されているところに好感がもてた.第7章と第8章では,タンパク質の立体構造に基づく光捕集のメカニズムや,光合成遺伝子の発現制御について,最新の研究成果が紹介されている.第9章では光合成の進化に関する考察,第10章では光合成細菌の実際の応用例について述べられている.

本書は大学院生レベルを対象として書かれているが,初心者から光合成細菌を扱う専門の研究者まで,幅広い読者層に対応した内容となっており,これを読めば光合成細菌に関する大概のことは理解できる構成となっている.光合成細菌は,5-アミノレブリン酸(ALA)やコエンザイムQ-10,カロテノイドなど,有用物質の生産菌としても応用可能性が高く,農芸化学分野の研究者には特にお薦めしたい.本書を嚆矢としてこの分野に参入する研究者が増えることを願う.