Kagaku to Seibutsu 59(5): 212-215 (2021)
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有機電解反応を利用した生体関連分子の合成戦略電子は“究極の試薬”
Published: 2021-05-01
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
天然に存在する生物活性分子の構造は,アルカロイド・テルペノイドといった低分子から糖鎖・ペプチド・核酸などの中分子まで多岐にわたり,その分子構造の多様性に追随するかのようにさまざまなアプローチから反応開発研究が進められている.特に,光や電気により駆動されるレドックス反応は古典的な有機合成反応では困難な特異な分子変換を達成できることから,近年盛んな研究活動が展開されている.本稿では,電気分解(有機電解合成)を用いた生体関連分子の合成に関して,最近の知見を取り入れながら紹介する.
電解質を溶解した導電性溶液に電極を挿入し一定の電圧を印加すると,陽極表面では電子を奪う酸化反応が,陰極表面では電子を与える還元反応が起こる.水の電気分解は馴染み深い現象であるが,水の代わりに有機化合物を用いた場合にも同様の酸化還元反応が起こり,ラジカルカチオン・ラジカルアニオンといった活性中間体を経由することでハロゲン化,カルボキシ化,クロスカップリングといった多彩な分子変換を実施することができる(1)1) J. Yoshida, K. Kataoka, R. Horcajada & A. Nagaki: Chem. Rev., 108, 2265 (2008)..また,基質の電子状態に応じて酸化/還元の位置選択性を出せる点も電解反応の魅力の一つである.欠点としては,反応の成否を左右するパラメータの多さ(溶媒,支持塩,電極素材など)がしばしば挙げられるが,見方を変えればこの自由度の高さこそが多様な反応・基質への適用可能性を担保しているとも考えられる.電解反応のスケールは電極の表面積に依存するため,白金等の高価な貴金属系電極を用いる系ではスケールアップが困難となるが,バッチスケールで最適化した条件をフロー電解系へと拡張することで,スケール面での課題を克服できる(2)2) H. Tateno, Y. Matsumura, K. Nakabayashi, H. Senboku & M. Atobe: RSC Advances, 5, 98721 (2015)..経済的コストや生物毒性が問題となる金属試薬を用いない電解反応は,環境調和型の合成プロセスとして魅力的であり,近年ではこれらの反応を鍵段階としてさまざまな生体関連分子の合成が達成されている.
野上らは,チオグリコシドの陽極酸化による活性化を鍵段階とした電解グリコシル化反応により,連続的な糖鎖合成反応系を構築している(3)3) K. Yano, T. Itoh & T. Nokami: Carbohydr. Res., 492, 108018 (2020). (図1図1■有機電解法を鍵反応とした生体関連分子の合成例中A).通常,チオグリコシドのアノマー位硫黄原子の活性化にはハロニウムイオン(N-ハロスクシンイミド由来)や銀塩(AgOTf, AgClO4)といったソフトなルイス酸が用いられるが,電解条件では通電による1電子酸化のみで活性種であるオキソカルベニウムイオンを生成し,グリコシルドナーとして利用することが可能である.また,糖部の保護基やフェニルチオ基上の置換基を変更し,硫黄原子の酸化電位を調節することでグリコシルドナーの反応性を緻密に制御できるため,電解条件においても糖化学の領域で用いられるArmed–Disarmed法と同様の合成アプローチを適用可能である.当該反応は分子間反応のみならず分子内反応にも有用であり,種々の環状糖鎖の合成にも応用されている.
Opatzらは,電解酸化により開始されるベンジルイソキノリン誘導体の位置選択的な分子内クロスカップリング反応を利用して,オピオイドアルカロイドであるオキシコドンの短工程合成を報告している(4)4) A. Lipp, M. Selt, D. Ferenc, D. Schollmeyer, S. R. Waldvogel & T. Opatz: Org. Lett., 21, 1828 (2019). (図1図1■有機電解法を鍵反応とした生体関連分子の合成例中B).電解反応では,官能基の電子的状態に応じた高い位置選択性が生じる.陽極酸化では基質の最も電子豊富な部位(HOMO;最高被占軌道)の電子が奪われることで求電子的なラジカルカチオン種を生成する一方,陰極還元では電子不足な部位(LUMO;最低空軌道)へ電子が注入され,求核的なラジカルアニオン種を生じる.本反応の場合,最も電子豊富なイソキノリン環の選択的な酸化と続くベンジル基の分子内求核攻撃により,縮環構造の構築を達成している.生合成経路においてもシトクロムP450により同様の酸化反応が触媒されることから,電子を試薬とする有機電解合成はバイオミメティックな方法論として位置づけられる.
Xuらは,電解酸化により発生したアミジルラジカルとアルケン/アルキン間の分子内環化カスケードを利用することで,種々の縮環アザインドール骨格の構築を達成している(5)5) Z. W. Hou, Z. Y. Mao, H. B. Zhao, Y. Y. Melcamu, X. Lu, J. Song & H. C. Xu: Angew. Chem. Int. Ed., 55, 9168 (2016). (図1図1■有機電解法を鍵反応とした生体関連分子の合成例中C).本反応系では,塩基性の系内で生じたアミドアニオンをフェロセンメディエーターにより1電子酸化している.アミジルラジカル種は,アニリン環の酸化およびN–H結合からの脱プロトンによっても発生しうるが,基質の直接酸化を介した場合には電極表面上における活性種の局所的濃度が上昇し,分子間N–N結合形成によるジアシルヒドラジンの生成なども競合しうるため,間接的に基質の酸化を行えるメディエーターの利用が望ましい.また,Xuらは本反応の応用として海産アルカロイドhinckdentine Aの全合成を報告している.
最近,われわれは1電子酸化により駆動されるN-ベンゾイルインドリン誘導体の分子内クロスカップリング反応およびインドール合成反応を開発し,縮環インドールアルカロイド類(ピロロフェナンスリドンアルカロイド類)の合成を報告した(6)6) K. Okamoto & K. Chiba: Org. Lett., 22, 3613 (2020). (図1図1■有機電解法を鍵反応とした生体関連分子の合成例中D).当該反応では非アニオン性の溶媒系としてニトロメタン–HFIP(1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノール)–過塩素酸リチウム系を用いることで,中間体である芳香族ラジカルカチオン種の求電子性を向上させ,分子内反応を促進することが鍵となっている.ここで,配位性溶媒としてアセトニトリルを用いて塩基共存下で通電を行うと,ラジカルカチオン種の溶媒和により分子内反応が抑制され,ベンジル位からの脱プロトンが支配的に進行する.生じたベンジルラジカル中間体はさらなる1電子酸化と脱プロトンによりインドール成績体を与える.いずれも従来法では化学量論量の金属試薬や酸化剤を必要としていた反応であり,中間体の性質に着目した論理的な反応場の設計が功を奏した一例であると言える.
一般の合成化学者には馴染みの薄い電解法は一見近寄りがたく思えるが,「電子豊富な箇所は酸化されやすく,電子不足な箇所は還元されやすい」ということを念頭におき,どのような活性種を経て,どのような後続反応が起こりうるかを考えればおおよその事柄について理解ができる.基質の電子状態に基づいて選択的な活性化を行える電解法は,多様な生理活性物質を取り扱う農芸化学分野においても強力な合成手段になりうると期待される.