Kagaku to Seibutsu 59(5): 219-221 (2021)
今日の話題
植物におけるキノン化合物の認識機構寄生植物から学ぶ植物の免疫機構
Published: 2021-05-01
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
ベンゼン環から誘導され,2つのケトン構造をもつ環状有機化合物であるキノンは,ほぼすべての生物で生産される比較的ありふれた化合物である(1)1) R. H. Thomson: “Naturally Occurring Quinones IV,” Springer, (1996)..細菌や動物では,キノン化合物が情報伝達分子として機能することが知られており,その認識機構がよく研究されている.植物もビタミンK1であるフィロキノン等多くのキノン化合物を生産するが,細菌や動物に存在するキノン受容体遺伝子を植物がもっていないため,植物独自の認識機構の存在が予見されてきた.最近,植物のキノン化合物認識に必須な遺伝子が同定され,その生物学的意義が明らかにされた(2)2) A. Laohavisit, T. Wakatake, N. Ishihama, H. Mulvey, K. Takizawa, T. Suzuki & K. Shirasu: Nature, 587, 92 (2020)..
植物におけるキノン化合物認識の例として知られていたのは,ハマウツボ科の根寄生植物によるものである.たとえば,アフリカで猛威を振るうストライガなどのハマウツボ科の根寄生植物は,宿主植物の細胞壁に由来する2,6-ジメトキシ-1,4-ベンゾキノン(DMBQ)を認識し,吸器と呼ばれる寄生のための特殊な器官を分化させる(3)3) S. Yoshida, S. Cui, Y. Ichihashi & K. Shirasu: Annu. Rev. Plant Biol., 67, 643 (2016)..しかしながら,寄生植物の遺伝子情報や解析技術はまだ整備途上であるため,このキノン化合物認識機構の解明はなかなか進展しなかった.その中でブレイクスルーとなったのは,非寄生植物シロイヌナズナで,DMBQ応答が観察されたことである.DMBQ処理後のシロイヌナズナでは,吸器の形成は観察されないが,細胞内カルシウム濃度([Ca2+]cyt)が一過的に上昇したほか,真核生物に広く保存されたマイトジェン活性化タンパク質キナーゼ(MAPK)が活性化していた.この発見は,非寄生植物にもキノン化合物認識機構が存在すること,加えて,モデル生物シロイヌナズナで研究を進められることを意味した.
カルシウムインジケーターであるイクオリンを発現するシロイヌナズナの変異体プールから,DMBQ処理に応答した[Ca2+]cytの上昇を指標として正遺伝学的スクリーニングが行われ,11個のDMBQ非感受性変異体cannot respond to DMBQ 1(card1)が同定された.その後,変異体の全ゲノムシークエンス解析により,その原因遺伝子CARD1がロイシンリッチリピート受容体様キナーゼをコードすることが明らかとなった.CARD1遺伝子は陸上植物系統全体にわたって高度に保存されており,CARD1を介したキノン化合物認識が,植物普遍的な認識機構であることが示唆された.
card1変異体では,DMBQ処理に応答した[Ca2+]cytの上昇だけでなく,MAPKの活性化も消失しており,card1変異が広範なDMBQ応答に影響すると予想された.そこで,DMBQ処理後のシロイヌナズナにおいて,発現レベルの変動する遺伝子群を調べると,免疫,傷害および環境ストレス応答にかかわる遺伝子群が,DMBQ処理で誘導され,かつ,それらがCARD1依存的であることが明らかになった.これより,CARD1が植物免疫応答においても重要な役割をもつ可能性が考えられた.実際にcard1変異体では,植物病原細菌に対して抵抗性が低下した.また,DMBQ処理に応答して病原細菌の主要な侵入経路である気孔が閉鎖する一方で,card1変異体では閉鎖しないことも見いだされた.これらの結果より,CARD1は,病原菌感染時に自己または病原体由来のキノン化合物を認識し,防御関連遺伝子の発現誘導や気孔を閉鎖させることで,耐病性に貢献すると考えられる.
次にハマウツボ科のモデル寄生植物コシオガマを用いて,寄生植物のCARD1相同遺伝子(CARD-like protein; CADL)の役割が解析された.コシオガマで同定された3個のCADL遺伝子は,いずれも吸器形成の場である根で発現していた.また,蛍光カルシウムセンサー R-GECO1(4)4) N. F. Keinath, R. Waadt, R. Brugman, J. I. Schroeder, G. Grossmann, K. Schumacher & M. Krebs: Mol. Plant, 8, 1188 (2015).を用いた解析から,DMBQに応答した[Ca2+]cytの上昇が,シロイヌナズナでは根の先端部を含む広範な領域で観察されるのに対し,コシオガマでは根の分裂組織領域と伸長領域の境界でのみ観察されることが示された(図1図1■シロイヌナズナおよびコシオガマの根におけるDMBQに応答した細胞内Ca2+動態).この境界は,DMBQ処理により吸器形成が誘導される場所であり,ここでの局所的な[Ca2+]cytの上昇が,吸器形成のトリガーとなっている可能性が考えられる.また,シロイヌナズナ同様,コシオガマにおいてもDMBQ処理に応答してMAPKが活性化した.さらに,コシオガマあるいはストライガのCADL遺伝子が,シロイヌナズナcard1変異体の表現型を相補できたことから,寄生植物においてもキノン化合物が同様のメカニズムで認識されることが明らかとなった.この結果は,寄生植物の寄生機能が,非寄生植物の防御応答機構から進化した可能性を示す点で,たいへん興味深い.
a)蛍光カルシウムセンサー R-GECO1を発現するシロイヌナズナおよびコシオガマの根に10 µM DMBQを処理し,蛍光強度の変化を経時的に観察した.スケールバーはそれぞれ50 µm(シロイヌナズナ),100 µm(コシオガマ)を示す.b)根の表層部(左図白線部分)の細胞内Ca2+動態の時間変化をキモグラフで表した.
さらに驚くべきことにCARD1は,過酸化水素処理に対して非感受性のhydrogen-peroxide-induced Ca2+ increases 1(hpca1)変異体の原因遺伝子でもあった(5)5) F. Wu, Y. Chi, Z. Jiang, Y. Xu, L. Xie, F. Huang, D. Wan, J. Ni, F. Yuan, X. Wu et al.: Nature, 578, 577 (2020)..DMBQと過酸化水素は共に,酸化剤としての側面があるので,これらの認識にシステインチオール基の酸化修飾がかかわっているかも知れない.実際,CARD1/HPCA1のDMBQあるいは過酸化水素認識において,位置は異なるが,それぞれ細胞外領域中のシステイン残基が必須であることが示されている.CARD1/HPCA1が,いかにして異なる2種類のシグナル分子を認識するか,大いに興味がもたれるところである.
Reference
1) R. H. Thomson: “Naturally Occurring Quinones IV,” Springer, (1996).
3) S. Yoshida, S. Cui, Y. Ichihashi & K. Shirasu: Annu. Rev. Plant Biol., 67, 643 (2016).