解説

維管束発生過程を再現して理解する植物における細胞運命決定機構

Understanding of Plant Vascular Development by Reconstitutive Approach: Mechanisms Underlying Cell Fate Determination in Plants

Yuki Kondo

近藤 侑貴

神戸大学大学院理学研究科生物学専攻

Published: 2021-05-01

植物の形づくりは,付加的に新しい器官を形成していくことで行われる.このような植物の発生は,近年の分子生物学・遺伝学の普及により,遺伝子のレベルで解き明かされてきた.さらにはそれらの遺伝子の関係性を明らかにし,紐づけることでネットワークとして形づくりの制御メカニズムの研究が進められてきている.それとは対照的に,これまでにわかってきた知見をもとに発生過程を再現し,理解を深めようというのが構成生物学的な観点である.本解説では,植物の物質輸送を担う重要な組織系・維管束について,その発生制御機構に迫る再構成アプローチについて紹介したい.

Key words: 維管束; 幹細胞; 組織培養系; 構成生物学; 運命操作

維管束の発生過程

植物は土壌から水・無機塩類を吸収し,また光合成により糖を合成することで成長する.水や糖など生命活動に必要な物質は,体中をはりめぐらされた維管束を介して全身に送り届けられる.維管束組織系は大別すると,物質輸送を担う木部組織,篩部組織とそれらを作り出す維管束分裂組織・形成層から成り立っている.形成層細胞は細胞分裂活性が高く,放射軸方向に木部組織,篩部組織の細胞をそれぞれ反対側に作り出すことで,植物の二次肥大成長を実現している.二次肥大成長の身近な例としては,樹木の切り株に見られる年輪が挙げられ,季節の移り変わりに伴う木部細胞の分化頻度および二次細胞壁の性質の変化に伴う1年ごとの模様が刻み込まれていく.このように,維管束組織系は,形成層組織における細胞分裂とそれらの木部・篩部組織への細胞分化を繰り返すことで継続的に作られる.

二次肥大成長における維管束発生の様式には,組織学的観察を基に1873年にSanioによって提唱された「uniseriate model」(Sanio, 1873)と1892年にRaatzによって提唱された「multiseriate model」(Raatz, 1892)の2つのモデルが想定されていた.「uniseriate model」は,木部細胞,篩部細胞の両方を生み出すことができる共通の始原細胞が形成層組織内に1列存在するというモデルである.一方で「multiseriate model」は,木部細胞のみを作り出す木部前駆細胞と篩部細胞のみを作りだす篩部前駆細胞がそれぞれ形成層内に存在するというモデルである(図1図1■維管束の発生過程のモデル).約150年もの間にわたるこれら2つのモデルの論争について,近年ようやくモデル植物シロイヌナズナを用いた細胞運命の系譜解析から,木部細胞・篩部細胞の両方を作り出せる始原細胞が形成層組織に存在するという「uniseriate model」モデルが支持される結果となった(1, 2)1) D. Shi, I. Lebovka, V. López-Salmerón, P. Sanchez & T. Greb: Development, 146, 171355 (2019).2) O. Smetana, R. Mäkilä, M. Lyu, A. Amiryousefi, F. Sánchez. Rodríguez, M. F. Wu, A. Solé-Gil, M. Leal. Gavarrón, R. Siligato, S. Miyashima et al.: Nature, 565, 485 (2019).図1図1■維管束の発生過程のモデル).以後,これらの始原細胞を維管束幹細胞と呼ぶ.また,木本植物であるポプラにおいても同様に,セクター解析を通して形成層組織の中に1細胞列の維管束幹細胞が存在することが確かめられた(3)3) G. Bossinger & A. V. Spokevicius: J. Exp. Bot., 69, 4339 (2018)..このように,最近になってようやく維管束幹細胞の存在が示唆されてきたものの,いまだそれらを規定する分子基盤についてはほとんど明らかとなっていない.維管束幹細胞は,維管束の細胞のみを生み出すことができる多分化能幹細胞(Multi-potent stem cell)であり,動物においては体性幹細胞や組織幹細胞に相当すると考えられる.しかしながら,動物の幹細胞とは異なり,維管束幹細胞は高い分裂活性を有し(1)1) D. Shi, I. Lebovka, V. López-Salmerón, P. Sanchez & T. Greb: Development, 146, 171355 (2019).,半永続的に維管束細胞を生み出し続けるという変わった性質をもつことから,今後,動物・植物間での幹細胞の共通点や相違点についての研究が進んでいくと思われる.

図1■維管束の発生過程のモデル

維管束幹細胞の分化多能性に関しても明らかになっていない部分は多い.木部細胞と篩部細胞は維管束幹細胞を隔て異なる方向に形成されるため,幹細胞の運命決定においては位置情報が重要であると考えられる.また,幹細胞は自己複製をし,分裂して生じた2つの娘細胞のうち一つを維管束幹細胞として,もう一つを木部・篩部系譜の細胞へとコミットさせる.このため,維管束幹細胞は一度に木部細胞と篩部細胞を作り出すことができず,作り分けを実現するうえでは,空間情報に加え時間情報の統合が運命制御において必要不可欠であると考えられる.これまでに樹脂切片を用いた観察,また最近では透明化処理を用いた深部イメージングなどからさまざまな維管束細胞の蛍光レポーターの解析は行われているが,固定サンプルを用いない生きたままでの維管束発生過程の時系列解析はほとんど例がない.こういった維管束幹細胞における細胞運命の解析が難しい理由として,維管束は植物体内の奥深くに埋め込まれており,発生過程の時系列解析が困難であるという点が挙げられる.この問題点を克服するため,維管束発生過程をシャーレの上で再現できる組織培養系VISUAL(Vascular cell Induction culture System Using Arabidopsis Leavesの略)が新たに開発された(4~6)4) Y. Kondo, T. Ito, H. Nakagami, Y. Hirakawa, M. Saito, T. Tamaki, K. Shirasu & H. Fukuda: Nat. Commun., 5, 3504 (2014).5) Y. Kondo, T. Fujita, M. Sugiyama & H. Fukuda: Mol. Plant, 8, 612 (2015).6) Y. Kondo, A. M. Nurani, C. Saito, Y. Ichihashi, M. Saito, K. Yamazaki, N. Mitsuda, M. Ohme-Takagi & H. Fukuda: Plant Cell, 28, 1250 (2016)..この解説においては,VISUALを中心に,維管束発生過程の再構成とそれを活用した細胞運命決定機構の研究について取り上げる.

木部分化系

維管束の木部組織は,管状要素(道管要素・仮道管要素),木部柔細胞,木部繊維細胞より構成される(図1図1■維管束の発生過程のモデル).なかでも水輸送を担う管状要素は,通水の圧に耐えるために頑丈な二次細胞壁を発達させると共に,側面から水輸送を行うための壁孔を形成する(図1図1■維管束の発生過程のモデル).このような管状要素の形態的な特徴をもとに,古くから細胞培養・組織培養系の確立が行われてきた.1980年,福田・駒嶺らにより,ヒャクニチソウ(Zinnia elegans)の葉から単離した葉肉細胞を用いた細胞の分化誘導系が確立された(7)7) H. Fukuda & A. Komamine: Plant Physiol., 65, 61 (1980).図2図2■管状要素のさまざまな分化誘導系).この系では,植物ホルモンであるオーキシンとサイトカイニンを含む培地で単離葉肉細胞を培養することにより,約40%の頻度で管状要素を誘導することができる.その後,ゲノム配列が解読されたモデル植物シロイヌナズナにおいても継代培養細胞を用いた管状要素分化系が開発された.培養細胞を2,4-D(オーキシン)に加え,Brassinolide(ブラシノステロイド),さらにはホウ酸を加えた培地で培養することで,効率よく管状要素分化を誘導することに成功している(8, 9)8) Y. Oda, T. Mimura & S. Hasezawa: Plant Physiol., 137, 1027 (2005).9) M. Kubo, M. Udagawa, N. Nishikubo, G. Horiguchi, M. Yamaguchi, J. Ito, T. Mimura, H. Fukuda & T. Demura: Genes Dev., 19, 1855 (2005)..また,Pesquetらはオーキシンがない状態でも継代できるシロイヌナズナ培養細胞を新規に樹立し,安定的な管状要素分化誘導に成功している(6)6) Y. Kondo, A. M. Nurani, C. Saito, Y. Ichihashi, M. Saito, K. Yamazaki, N. Mitsuda, M. Ohme-Takagi & H. Fukuda: Plant Cell, 28, 1250 (2016)..実際に,このような分化培養系を用いた経時的遺伝子発現解析から,管状要素分化を直接誘導できるマスター遺伝子としてNAC型転写因子であるVASCULAR-RELATED NAC DOMAIN(VND)転写因子ファミリーが発見された(9)9) M. Kubo, M. Udagawa, N. Nishikubo, G. Horiguchi, M. Yamaguchi, J. Ito, T. Mimura, H. Fukuda & T. Demura: Genes Dev., 19, 1855 (2005)..シロイヌナズナには,これらのVND転写因子ファミリーは7種類存在するが,なかでもVND6またはVND7を過剰発現させることで,培養細胞だけでなく,植物体においても異所的な管状要素分化を誘導できるようになった(11, 12)11) Y. Oda, Y. Iida, Y. Kondo & H. Fukuda: Curr. Biol., 20, 1197 (2010).12) M. Yamaguchi, N. Goué, H. Igarashi, M. Ohtani, Y. Nakano, J. C. Mortimer, N. Nishikubo, M. Kubo, Y. Katayama, K. Kakegawa et al.: Plant Physiol., 153, 906 (2010).図2図2■管状要素のさまざまな分化誘導系).これらの分化系は,管状要素分化に伴って起こる二次細胞壁形成そしてプログラム細胞死の分子生物学的研究に大いに貢献してきた.同様にNAC型転写因子をコードするSECONDARY WALL-ASSOCIATED NAC DOMAIN(SND)/ NAC SECONDARY WALL THICKENING PROMOTING(NST)遺伝子ファミリーが木部繊維細胞のマスター遺伝子として発見された(13)13) R. Zhong, T. Demura & Z. H. Ye: Plant Cell, 18, 3158 (2006)..これらの遺伝子を過剰発現することで,植物体や培養細胞でリグニンを蓄積した木部繊維様の細胞を誘導することができる.

図2■管状要素のさまざまな分化誘導系

シロイヌナズナ培養細胞だけではなく,近年では植物ホルモンや化合物を用いて木部細胞を誘導できる組織培養系がいくつか報告されている.植物の切り出した組織をもとに分化誘導できる組織培養系は,すでに確立された変異体やマーカーラインを出発材料として用いることができる.そのため,培養細胞を用いる誘導系と比べて,分子生物学・遺伝子学観点から細胞分化そして運命決定の仕組みを容易に解析することができる.その組織培養系の例として,化合物Bikininを用いた系であるVISUALが挙げられる.Bikininはタンパク質リン酸化酵素GLYCOGEN SYNTHASE KINASE 3(GSK3)を抑制する阻害剤であり(14)14) B. De. Rybel, D. Audenaert, G. Vert, W. Rozhon, J. Mayerhofer, F. Peelman, S. Coutuer, T. Denayer, L. Jansen, L. Nguyen et al.: Chem. Biol., 16, 594 (2009).,そのGSK3はTracheary element differentiation inhibitory factor(TDIF)と呼ばれる道管分化抑制ペプチドのシグナル伝達経路で機能することが知られている(4)4) Y. Kondo, T. Ito, H. Nakagami, Y. Hirakawa, M. Saito, T. Tamaki, K. Shirasu & H. Fukuda: Nat. Commun., 5, 3504 (2014)..VISUALにおいては,この阻害剤BikininをKinetin(サイトカイニン),2,4-D(オーキシン)と共にシロイヌナズナの芽生えに処理することで,子葉上に管状要素を3~4日間のうちに効率良く誘導することができる(5, 6)5) Y. Kondo, T. Fujita, M. Sugiyama & H. Fukuda: Mol. Plant, 8, 612 (2015).6) Y. Kondo, A. M. Nurani, C. Saito, Y. Ichihashi, M. Saito, K. Yamazaki, N. Mitsuda, M. Ohme-Takagi & H. Fukuda: Plant Cell, 28, 1250 (2016).図2図2■管状要素のさまざまな分化誘導系).遺伝子の発現変化を管状要素の誘導過程を時系列に沿って調べたところ,VISUALにおいては光合成を行う葉肉細胞がまず脱分化をした後,維管束幹細胞様の細胞へと分化転換し,最終的に管状要素へと分化することがわかった(5)5) Y. Kondo, T. Fujita, M. Sugiyama & H. Fukuda: Mol. Plant, 8, 612 (2015)..またTanらによって,KDB((Kinetin(サイトカイニン),2,4-D(オーキシン),Brassinolide(ブラシノステロイド))を含む培養液中でシロイヌナズナの芽生えを培養する方法も開発され,同様に子葉において異所的な管状要素が誘導できることが報告されている(15)15) T. T. Tan, H. Endo, R. Sano, T. Kurata, M. Yamaguchi, M. Ohtani & T. Demura: Plant Physiol., 176, 773 (2018).図2図2■管状要素のさまざまな分化誘導系).これら2つの組織培養系における分化転換過程には多くの部分で共通点が見られるが,管状要素分化に働くVND転写因子の種類が異なっており,管状要素分化過程には複数の経路が存在する可能性が新たに示唆されている(16)16) T. T. Tan, T. Demura & M. Ohtani: Plant Biotechnol., 36, 1 (2019)..そのため,組織培養系における経時トランスクリプトーム解析や変異体を用いた遺伝学解析を取り入れることで,維管束幹細胞から木部細胞への分化過程を特にマスター遺伝子であるVNDが機能する以前の事象を明らかにできると期待される.

篩部分化系

維管束の篩部組織は,運搬の通路となる篩要素と通路への積み込み・卸しを担う篩部伴細胞などから主に構成される(図1図1■維管束の発生過程のモデル).篩部組織は,光合成産物の転流だけでなく,植物ホルモンやRNAなどの運搬にもかかわる.篩要素は,管状要素とは異なり二次細胞壁肥厚や細胞死など明瞭な形態変化は伴わないが,その分化過程において細胞壁多糖であるカロースの蓄積,多数の篩孔をもつ「ふるい(篩)」状の篩板の形成,P-proteinの蓄積,Sieve elements reticulum(小胞体)やSieve element plastids(色素体)の形成などの細胞内構造の変化に加え,核を消失する脱核と呼ばれる現象が起こることが知られている(17)17) J. O. Heo, B. Blob & Y. Helariutta: Curr. Opin. Plant Biol., 35, 23 (2017)..これまで篩部細胞を異所的に作り出せる方法として,カルス塊において管状要素,篩要素の分化がしばしば見られることが報告されている.しかしながら管状要素研究で行われているような効率の良い分化誘導系は,篩要素についてはほとんど報告されておらず,篩部分化の研究は木部分化と比べて著しく後れをとっていた.興味深いことに,先ほど紹介したVISUALを用いた遺伝子発現解析から,VISUAL誘導過程において篩要素特異的遺伝子群が高発現していることが明らかとなった.実際に篩要素で蛍光タンパク質が発現するシロイヌナズナ形質転換植物体を用いた観察から,VISUALにより誘導した子葉においては管状要素だけでなく篩要素も人為的に誘導されていることが確認された(6)6) Y. Kondo, A. M. Nurani, C. Saito, Y. Ichihashi, M. Saito, K. Yamazaki, N. Mitsuda, M. Ohme-Takagi & H. Fukuda: Plant Cell, 28, 1250 (2016)..また,VISUALで誘導した篩要素は,カロースの蓄積,P-protein形成,Sieve elements reticulum形成や脱核など篩要素分化に伴うさまざまな細胞内構造や変化が観察された一方で,篩板の形成に関しては電子顕微鏡下では確認されておらず,通道組織としての機能まではもち合わせていないと考えられる.しかしながら,篩要素マーカーの蛍光を指標にした篩要素のセルソーティングによる単離解析から,人為的にVISUALで誘導した篩要素は,植物体の維管束にもともと存在する篩要素とかなり類似した遺伝子発現プロファイルをもつことが明らかとなった.植物体の維管束形成においては,MYB型転写因子であるALTERED PHLOEM DEVELOPMENT(APL)が篩部分化に中心的な働きをもつことが知られ,APL遺伝子の機能が欠損したapl変異体では篩要素分化が正常に起こらない(18)18) M. Bonke, S. Thitamadee, A. P. Mähönen, M. T. Hauser & Y. Helariutta: Nature, 426, 181 (2003)..VISUALの分化過程においてもAPLの発現が上昇し,apl変異体では篩要素分化が著しく阻害される(6)6) Y. Kondo, A. M. Nurani, C. Saito, Y. Ichihashi, M. Saito, K. Yamazaki, N. Mitsuda, M. Ohme-Takagi & H. Fukuda: Plant Cell, 28, 1250 (2016)..これらの結果は,少なくとも篩要素の発生,分化のプログラムはVISUALと生体内の維管束との間でかなり共通していることを示唆している.

異所的に篩要素を大量に誘導できるというVISUALの利点を活かし,最近では篩要素分化のさまざまな研究に活用され始めている.たとえば,根の篩要素の分化にかかわる遺伝子SUPPRESSOR OF MAX-LIKE4SMXL4)とSMXL5の二重変異体smxl4 smxl5では,VISUALにおいて篩要素の分化が抑制される一方で,管状要素の分化は阻害されないことが確認されている(19)19) E. S. Wallner, V. López-Salmerón, I. Belevich, G. Poschet, I. Jung, K. Grünwald, I. Sevilem, E. Jokitalo, R. Hell, Y. Helariutta et al.: Curr. Biol., 27, 1241 (2017)..ほかにもVISUALにおけるapl変異体と野生型との比較トランスクリプトーム解析(網羅的遺伝子発現解析)の結果やセルソーティングによる発現解析および時系列トランスクリプトームデータを統合することで,情報学的に早期分化遺伝子群と後期分化遺伝子群の2群にクラスタリングすることができ,それぞれが「篩要素の運命を決定づける遺伝子群」と「篩要素の機能を付与する遺伝子群」として働く可能性を明らかにした(6)6) Y. Kondo, A. M. Nurani, C. Saito, Y. Ichihashi, M. Saito, K. Yamazaki, N. Mitsuda, M. Ohme-Takagi & H. Fukuda: Plant Cell, 28, 1250 (2016)..また,VISUALで誘導された篩要素を含むプロテオーム解析から原生篩部で発現するOCTOPUS(OPS)と呼ばれる因子のリン酸化部位を特定したという報告もある(20)20) A. S. Breda, O. Hazak & C. S. Hardtke: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 114, E5721 (2017)..このようにVISUALを用いることで,これまで困難であった篩要素分化過程の遺伝子やタンパク質をターゲットにした大規模解析が可能となった.今後もVISUALを上手に活用することでいまだ謎の多い篩要素分化過程に関するさまざまな現象が明らかにされてくるのではないかと期待される.なお,VISUAL誘導系においては,篩要素と共に植物の篩部輸送を担う篩部伴細胞はほとんど誘導されない.篩部伴細胞の分化に関しては,つい最近VISUALを改変した新たな誘導法(VISUAL-CC)を確立したので後ほど詳しく解説する(篩部伴細胞分化系を参照).

VISUALを駆使した幹細胞の運命制御機構の解析

これまで述べてきたように分化誘導系VISUALを用いることで,維管束幹細胞から管状要素や篩要素を人為的に誘導できるようになり,さらにこの系に遺伝学解析を組み合わせることで幹細胞分化に重要な遺伝子を単離することが可能となった(図3図3■VISUAL分化誘導系とその活用例).VISUALの遺伝学的解析から,管状要素の分化が起こらない変異体bri1 ems suppressor 1bes1)が単離された(4, 6, 21)4) Y. Kondo, T. Ito, H. Nakagami, Y. Hirakawa, M. Saito, T. Tamaki, K. Shirasu & H. Fukuda: Nat. Commun., 5, 3504 (2014).6) Y. Kondo, A. M. Nurani, C. Saito, Y. Ichihashi, M. Saito, K. Yamazaki, N. Mitsuda, M. Ohme-Takagi & H. Fukuda: Plant Cell, 28, 1250 (2016).21) M. Saito, Y. Kondo & H. Fukuda: Plant Cell Physiol., 59, 590 (2018).bes1変異体では,VISUALにおいて維管束幹細胞の形成までは正常におこるものの,その先の管状要素そして篩要素の分化が阻害されることから,BES1は維管束幹細胞の分化を制御する重要なスイッチとして機能することが示唆された.BES1遺伝子はbHLH様の転写因子をコードしており,シロイヌナズナでは植物ホルモンであるブラシノステロイドシグナリングの転写因子として機能することが知られている(22)22) Y. Yin, D. Vafeados, Y. Tao, S. Yoshida, T. Asami & J. Chory: Cell, 120, 249 (2005)..BES1はリン酸化酵素GSK3によりリン酸化されることで,分解が促進される負の制御を受けることがわかっており,VISUALで用いられる阻害剤Bikininは,GSK3のリン酸化酵素活性を抑制することでBES1を安定化させ,維管束細胞分化を促進していることが明らかとなった.このGSK3–BES1モジュールは分化の抑制に働くTDIFシグナルと分化の促進に働くブラシノステロイドシグナルを統合しすることで,幹細胞分化のON/OFFの制御を実行していると考えられている(図4図4■VISUALを用いた幹細胞運命制御機構の解明).現在,さらなる遺伝学スクリーニングからbes1変異体のVISUALでの表現型を抑圧する変異体をいくつか単離することに成功し,維管束の幹細胞分化を制御するネットワークの解明に取り組んでいる.

図3■VISUAL分化誘導系とその活用例

図4■VISUALを用いた幹細胞運命制御機構の解明

このように維管束幹細胞の分化制御については少しずつ分子的な仕組みが明らかになってきたが,維管束幹細胞が木部組織の管状要素に分化するか,篩部組織の篩要素に分化するか,どのようにして運命を決めるかという点も発生生物学的に非常に興味深い問いである.教科書でよく目にする維管束断面の模式図のように特に双子葉植物の場合,木部組織と篩部組織は(前)形成層を隔てて反対側に作られる.葉においては,維管束内の向軸側(表側)と背軸側(裏側)のそれぞれに木部組織,篩部組織を発達させる.そこでVISUALにおいても位置情報が分化運命に重要な働きをもつのではないかと考え,それを検証した.分化誘導の起点となる子葉の葉肉細胞は,葉の向軸側と背軸側で異なる性質をもつ.葉の向軸側では,細胞が密に配置された柵状組織を形成しているのに対し,背軸側では,間隙を多く含む海綿状組織が分布している.VISUALにおいて,組織透明化の手法と共焦点レーザー顕微鏡を組み合わせて分化誘導サンプルの観察を行い,柵状組織と海綿状組織の葉肉細胞を区別して細胞分化運命を解析した.興味深いことに,柵状組織の葉肉細胞では主に管状要素が,海綿状組織の葉肉細胞では主に篩要素が分化している様子が観察され,葉の向軸・背軸の位置情報が維管束幹細胞の分化運命に関与していることが示唆された(23)23) A. M. Nurani, Y. Ozawa, T. Furuya, Y. Sakamoto, K. Ebine, S. Matsunaga, T. Ueda, H. Fukuda & Y. Kondo: Plant Cell Physiol., 61, 255 (2020).図3図3■VISUAL分化誘導系とその活用例).向・背軸の確立や維持を司る遺伝子制御ネットワークは,これまで盛んに研究が進められている.そこで,これらの関与についてVISUALを用いて遺伝学的に検証し,背軸側で発現するYABBY3(YAB3)という転写因子が,管状要素分化を抑制し,篩要素分化を促進していることが明らかとなった(23)23) A. M. Nurani, Y. Ozawa, T. Furuya, Y. Sakamoto, K. Ebine, S. Matsunaga, T. Ueda, H. Fukuda & Y. Kondo: Plant Cell Physiol., 61, 255 (2020)..変異体を用いた解析から生体内の維管束においてもYAB3は木部・篩部細胞への運命決定に関与することが確かめられ,位置情報の幹細胞運命制御における重要性が示唆された.今後,位置情報の下流でどのように幹細胞の運命が決定されるのか研究を進めていきたい.

篩部伴細胞分化系

篩部伴細胞は篩要素と隣接し,その間は物質の通り道として多数の分枝型原形質連絡が開通している(図1図1■維管束の発生過程のモデル).篩部伴細胞は脱核をした篩要素の生存を支えるだけでなく,篩部輸送における篩要素への物の積み込み・荷下ろしを担っている.また,最近では,外部環境の情報の統合組織として環境と発生をつなぐ重要な働きをもつことも明らかとなってきた(24)24) S. Otero & Y. Helariutta: J. Exp. Bot., 68, 71 (2017)..しかし,篩部伴細胞の重要な機能が示されてきた一方で,その形成過程は全く明らかにされていない.先述のとおり,VISUALにおいては維管束幹細胞から篩要素は作ることができるものの,篩部伴細胞を誘導することはできない.そこで,新たに篩部伴細胞の誘導系を確立するため,伴細胞の形成の頻度を簡易に評価できる形質転換植物(伴細胞で発現する遺伝子SUCROSE TRANSPORTER2SUC2)のプロモーターにヒカリコメツキムシの発光酵素EMELARD LUCIFERASEELUC)を融合させたコンストラクトをもつ植物)を用いて培養条件のスクリーニングを行った.通常のVISUALによって維管束幹細胞を誘導した後,光や温度,ホルモンの濃度などの条件を振った培地へと植物を移し替え,篩部伴細胞が効率的に誘導される条件を探索した.その結果,培地中のオーキシンやBikininの濃度を低下させることで,篩部伴細胞の分化誘導に成功し,この系をVISUAL-CC(CCはCompanion Cell,伴細胞の意)と名付けた(25)25) T. Tamaki, S. Oya, M. Naito, Y. Ozawa, T. Furuya, M. Saito, M. Sato, M. Wakazaki, K. Toyooka, H. Fukuda et al.: Commun. Biol., 3, 184 (2020)..興味深いことに,植物体内の維管束と同様に,篩部伴細胞は篩要素と隣接して形成され,その間には分枝型の原形質連絡が開通していることが見いだされた.トランスクリプトーム解析の結果からも,既知の伴細胞関連遺伝子の発現上昇が認められたことから,VISUAL-CCで誘導された伴細胞は植物が本来もつ伴細胞の性質と類似していると考えらえる.加えて,遺伝子発現の比較解析から,VISUAL-CCにおいては,篩部伴細胞と篩要素の割合が排他的であることが明らかとなった.実際に,Bikinin処理をした植物やGSK3遺伝子の機能欠損変異体では,生体内の篩部組織における伴細胞の比率が減少し,篩要素の比率が上昇した.また逆にGSK3の機能獲得型変異体では,伴細胞の比率が増加したことから,生体内の維管束においても篩部伴細胞と篩要素の運命がGSK3によってスイッチングされていることが明らかとなった(25)25) T. Tamaki, S. Oya, M. Naito, Y. Ozawa, T. Furuya, M. Saito, M. Sato, M. Wakazaki, K. Toyooka, H. Fukuda et al.: Commun. Biol., 3, 184 (2020)..この仕組みは,篩部組織における篩要素と伴細胞の比率を適切に保つうえで重要であると考えられる.しかしながら,管状要素や篩要素で明らかにされてきたようなマスター遺伝子の解明には至っていない.現状VISUAL-CCは伴細胞の分化誘導率が低いことから,篩部伴細胞の未知なる部分を解明するためには,分化系のさらなる改良が必要だろう.

今後の研究の展開

ここまでVISUALを中心に分化誘導系を用いた維管束の発生過程の研究例を紹介してきた.特に,管状要素に関してはこれまでさまざまな分化誘導系が開発され,それにより多くの重要な発見がもたらされてきたことから,今後,VISUALやVISUAL-CCなどの系が広く使われていくことで篩要素や篩部伴細胞などの研究が加速することが期待される.とりわけ,篩部伴細胞は外部環境と植物の形作りとを統御する重要な細胞である.また,篩部輸送を考えるうえでは,ソースとシンク器官における篩部伴細胞の違いなど機能的側面も調べていく必要があり,分化誘導系で得られたトランスクリプトームデータにはそれらのヒントが埋まっているだろう.ほかにも分化の誘導ができない維管束細胞がまだまだ残されている.たとえば,植物の機械的支持を担う木部繊維細胞,木部輸送や電気シグナルの伝播にも関与するとされる木部柔細胞,放射軸方向の輸送を担う放射柔細胞,そして湾曲した細胞壁と細胞膜をもち輸送に特化したトランスファー細胞などが挙げられる.篩部伴細胞をモデルケースとしてVISUALを改良し適切な条件で培養することでこれらユニークな維管束細胞の誘導が可能になり,それらの細胞機能や発生過程を明らかにできるかもしれない.

VISUALを活用することで維管束細胞に対するトランスクリプトームやプロテオームなどのオミクス解析が可能となってきた(図3図3■VISUAL分化誘導系とその活用例).さらにはVISUALにおける遺伝学解析から重要な因子を単離し,いくつかの例においてそれらが生体内の維管束形成においても機能をもつことが明らかとなってきた(図3図3■VISUAL分化誘導系とその活用例).このようなアプローチを構成生物学と呼び,発生過程の再構成を通して,通常の発生遺伝学とは異なる観点から重要な因子を洗い出すことができる.先述のようにVISUALでの解析から位置情報が維管束幹細胞運命の制御に重要であることを初めて明らかにした.しかしながら,維管束幹細胞が時間的にどのように木部・篩部細胞を作り分けているかは依然として大きな問題として残されている.最近,発光レポーターとそのシグナルをモニタリングできる発光顕微鏡を用いてVISUAL分化誘導過程の細胞運命の時空間ダイナミクスを捉えることに成功した.今後は,空間情報と時間情報による運命制御に加え,BES1近傍で働く幹細胞制御ネットワークを明らかにしていくことで,VISUALをツールとして維管束発生過程を包括的に理解できるようになるだろう.

Reference

1) D. Shi, I. Lebovka, V. López-Salmerón, P. Sanchez & T. Greb: Development, 146, 171355 (2019).

2) O. Smetana, R. Mäkilä, M. Lyu, A. Amiryousefi, F. Sánchez. Rodríguez, M. F. Wu, A. Solé-Gil, M. Leal. Gavarrón, R. Siligato, S. Miyashima et al.: Nature, 565, 485 (2019).

3) G. Bossinger & A. V. Spokevicius: J. Exp. Bot., 69, 4339 (2018).

4) Y. Kondo, T. Ito, H. Nakagami, Y. Hirakawa, M. Saito, T. Tamaki, K. Shirasu & H. Fukuda: Nat. Commun., 5, 3504 (2014).

5) Y. Kondo, T. Fujita, M. Sugiyama & H. Fukuda: Mol. Plant, 8, 612 (2015).

6) Y. Kondo, A. M. Nurani, C. Saito, Y. Ichihashi, M. Saito, K. Yamazaki, N. Mitsuda, M. Ohme-Takagi & H. Fukuda: Plant Cell, 28, 1250 (2016).

7) H. Fukuda & A. Komamine: Plant Physiol., 65, 61 (1980).

8) Y. Oda, T. Mimura & S. Hasezawa: Plant Physiol., 137, 1027 (2005).

9) M. Kubo, M. Udagawa, N. Nishikubo, G. Horiguchi, M. Yamaguchi, J. Ito, T. Mimura, H. Fukuda & T. Demura: Genes Dev., 19, 1855 (2005).

10) E. Pesquet, A. V. Korolev, G. Calder & C. W. Lloyd: Curr. Biol., 20, 744 (2010).

11) Y. Oda, Y. Iida, Y. Kondo & H. Fukuda: Curr. Biol., 20, 1197 (2010).

12) M. Yamaguchi, N. Goué, H. Igarashi, M. Ohtani, Y. Nakano, J. C. Mortimer, N. Nishikubo, M. Kubo, Y. Katayama, K. Kakegawa et al.: Plant Physiol., 153, 906 (2010).

13) R. Zhong, T. Demura & Z. H. Ye: Plant Cell, 18, 3158 (2006).

14) B. De. Rybel, D. Audenaert, G. Vert, W. Rozhon, J. Mayerhofer, F. Peelman, S. Coutuer, T. Denayer, L. Jansen, L. Nguyen et al.: Chem. Biol., 16, 594 (2009).

15) T. T. Tan, H. Endo, R. Sano, T. Kurata, M. Yamaguchi, M. Ohtani & T. Demura: Plant Physiol., 176, 773 (2018).

16) T. T. Tan, T. Demura & M. Ohtani: Plant Biotechnol., 36, 1 (2019).

17) J. O. Heo, B. Blob & Y. Helariutta: Curr. Opin. Plant Biol., 35, 23 (2017).

18) M. Bonke, S. Thitamadee, A. P. Mähönen, M. T. Hauser & Y. Helariutta: Nature, 426, 181 (2003).

19) E. S. Wallner, V. López-Salmerón, I. Belevich, G. Poschet, I. Jung, K. Grünwald, I. Sevilem, E. Jokitalo, R. Hell, Y. Helariutta et al.: Curr. Biol., 27, 1241 (2017).

20) A. S. Breda, O. Hazak & C. S. Hardtke: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 114, E5721 (2017).

21) M. Saito, Y. Kondo & H. Fukuda: Plant Cell Physiol., 59, 590 (2018).

22) Y. Yin, D. Vafeados, Y. Tao, S. Yoshida, T. Asami & J. Chory: Cell, 120, 249 (2005).

23) A. M. Nurani, Y. Ozawa, T. Furuya, Y. Sakamoto, K. Ebine, S. Matsunaga, T. Ueda, H. Fukuda & Y. Kondo: Plant Cell Physiol., 61, 255 (2020).

24) S. Otero & Y. Helariutta: J. Exp. Bot., 68, 71 (2017).

25) T. Tamaki, S. Oya, M. Naito, Y. Ozawa, T. Furuya, M. Saito, M. Sato, M. Wakazaki, K. Toyooka, H. Fukuda et al.: Commun. Biol., 3, 184 (2020).