Kagaku to Seibutsu 59(5): 233-240 (2021)
解説
抗ウイルス修飾ヌクレオシド新型コロナウイルスに効く優れた修飾ヌクレオシドの開発は可能か?
Anti-Viral Modified Nucleosides: Can We Develop Modified Nucleosides Highly Active against Coronavirus?
Published: 2021-05-01
新型コロナウイルス感染症(Covid-19)のパンデミックによって,私達は未来永劫続くであろう「ウイルスとの闘い」を再認識させられた.ウイルスの発見,特にRNAウイルスの発見は,分子生物学の基本概念である「セントラルドグマ」に修正を迫るなど生命科学に大きな衝撃を与え,2020年のノーベル医学生理学賞は「C型肝炎ウイルスの発見」に授与された.ウイルスの脅威に立ち向かうため,ワクチンや抗ウイルス薬の開発研究が盛んに行われている.抗ウイルス修飾ヌクレオシド薬は,ウイルスの核酸ポリメラーゼ(本解説ではDNAポリメラーゼとRNAポリメラーゼを合わせて核酸ポリメラーゼとします)を阻害するものであるから,すべてのウイルスに対して開発が可能と思われるが実際には難しい.本稿ではこれまでに「ウイルスとの闘い」で顕著な成果を上げている抗ウイルス修飾ヌクレオシド薬の特徴,および問題点などを有機化学的観点から捉え,現在最重要課題である新型コロナウイルスに対する優れた修飾ヌクレオシド薬開発の可能性について考える.本稿を読んで多くの研究者が抗ウイルス修飾ヌクレオシドの開発研究に関心をもってくれることを願っている.
Key words: 抗ウイルス修飾ヌクレオシド薬; 突然変異; 核酸ポリメラーゼ; 基質選択性; 新型コロナウイルス
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
ウイルスは,遺伝子である核酸の種類によって,DNAウイルスとRNAウイルスに大別される.ウィルスの遺伝子を複製するためには,ヒトおよびウィルスの核酸ポリメラーゼが使われる.ヒトの核酸ポリメラーゼは基質選択性が厳しくさらに校正機能を備えているため,複製ミスは1/108~10程度である.ウイルスの核酸ポリメラーゼは基質選択性が著しく甘くさらに校正機能を欠如している.
DNAウイルスには,宿主(ヒト)のDNAポリメラーゼを使いゲノムDNAを複製・増殖する,天然痘ウイルスや帯状疱疹ウイルス(VZV)がある.これらのウイルスは宿主(ヒト)のDNAポリメラーゼを使用するので変異しない.天然痘ウイルスは変異しないためワクチン(種痘)で絶滅した.
B型肝炎ウイルス(HBV)は,宿主(ヒト)のRNAポリメラーゼを利用してゲノムDNAからRNAを合成し,そのRNAからウイルスの逆転写酵素(RT)を用いてゲノムDNAを作り増殖する,とてもユニークなDNAウイルスである.HBVはウイルスの核酸ポリメラーゼ(RT)を使うので変異する.
RNAウイルスには,ウイルスのRNA依存RNAポリメラーゼを使ってゲノムRNAを複製・増殖するウイルスがある.コロナウイルス,インフルエンザウイルス,エボラウイルス,C型肝炎ウイルス(HCV),その他多くのウイルスがこれに属する.RNAウイルスはウイルスのゲノム複製に自身の核酸ポリメラーゼを用いるので突然変異を起こしやす,1/104の割合で変異する.
RNAウイルスであるレトロウイルスは,自身のRTを用いてゲノムRNAからDNAを生成する.そのDNAを宿主のDNAに組み込ませて安定した潜伏感染を形成する.そのDNAから宿主のRNAポリメラーゼを利用してウイルスのゲノムRNAを合成する.ヒト免疫不全ウイルス(HIV)はこれに属する.
特効薬にアシクロビル(acyclovir)(1)1) G. B. Elion, P. A. Furman, J. A. Fyfe, P. de Miranda, L. Beauchamp & H. J. Schaeffer: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 74, 5716 (1977).(図1図1■DNAウイルスに対する修飾ヌクレオシド薬)およびその類縁体がある.アシクロビルはその名のとおり非環状で,2′,3′-dideoxyguanosine類縁体と考えることができる.アシクロビルのOH基は宿主のキナーゼではリン酸化を受けないが,VZVのキナーゼでリン酸化されさらに宿主のリン酸化酵素でトリリン酸へと変換される.アシクロビル-トリリン酸は,宿主のDNAポリメラーゼによってグアノシン-トリリン酸と誤認され,ウイルスのDNAに取り込まれて抗ウイルス活性を示す.アシクロビルはヒトのキナーゼではリン酸化されないため,ウイルス非感染細胞には毒性(副作用)を示さない.
「修飾ヌクレオシド薬の毒性(副作用)は,修飾ヌクレオシドのトリリン酸がヒトの核酸ポリメラーゼによって基質として認識され,取り込まれるために生じる.」
ソリブジン(sorivudine)(2)2) H. Machida, M. Nishitani & N. Ashida: Microbiol. Immunol., 38, 109 (1994).(図1図1■DNAウイルスに対する修飾ヌクレオシド薬)は,帯状疱疹ウイルスへの活性がアシクロビルより約2,000–3,000倍強く,有効な治療方法がないEBウイルスにも効く非常に優れた修飾ヌクレオシド薬である.ソリブジンは5′-OH基が帯状疱疹ウイルスのキナーゼによってリン酸化されるため抗ウイルス活性を示すが,ヒトのキナーゼではリン酸化されないためウイルス非感染細胞には毒性(副作用)を示さない.ソリブジンは,アラビノフラノース構造をもつが2′-デオキシリボヌクレオシドとして認識され,DNAポリメラーゼを阻害する.しかし,ソリブジンは体内でホスホリラーゼによって糖と塩基間が切断され,5-ブロモビニルウラシルを遊離する(同時にソリブジンは失活する).5-ブロモウラシルは,毒性が高い抗がん剤である5-フルオロウラシル(5FU)(図1図1■DNAウイルスに対する修飾ヌクレオシド薬)を体内で分解し無毒化する酵素を阻害する.それを知らなかった医者が5FUで治療しているがん患者の帯状疱疹の治療にソリブジンを使用したため,分解されずに蓄積した5FUの毒性によって15人ものがん患者が死亡するという薬害事件が起きた(3, 4)3) T. Watanabe, K. Ogura & T. Nishiyama, 薬学雑誌,122, 527 (2002).4) R. B. Diasio: Br. J. Clin. Pharmacol., 46, 1 (1998).(ソリブジン事件).これは,ヌクレオシド薬のグリコシル結合は生体中で安定である必要性を示唆している.また,ヒトのキナーゼではリン酸化されないため抗ウイルス活性を示さない修飾ヌクレオシドが抗VZV活性をもつか否かを調べる必要性を示唆している.
HBV感染予防のため乳幼児に対するワクチン接種が行われているが,抗ウイルス薬としてはHIVのRT阻害薬が使われている.筆者が開発したHIVのRTに対して優れた活性を示す修飾ヌクレオシドEFdA(4′-位にエチニル基をもつ)(図3図3■抗HIV薬)は,HBVのRTには期待したほどの効果を示さなかった.しかし,後に4′-位にシアノ基をもつ2-デオキシヌクレオシドがHBVに非常に高い活性を示すことが見いだされた.これは,エチニル基は大き過ぎてHBVのRTが作る脂溶性ポケットにフィットしないが,より小さなシアノ基はフィットするためと考えられている(5)5) Y. Takamatsu, Y. Tanaka, S. Kohgo, S. Murakami, K. Singh, D. Das, D. J. Venzon, M. Amano, N. Higashi-Kuwata, M. Aoki et al.: Heopatology, 62, 1024 (2015)..すなわち,4′-C-cyanoentecavir(6)6) N. Higashi-Kuwata, S. Hayashi, D. Das, S. Kohgo, S. Murakami, S. Hattori, S. Imoto, D. J. Venzon, K. Singh, S. G. Sarafianos et al.: Antimicrob. Agents Chemother., 63, e02143 (2019).と4′-C-cyano-7-deaza-7-fluoro-2′-deoxyadenosine(7)7) S. Hayashi, N. Higashi-Kuwata, D. Das, K. Tomaya, K. Yamada, S. Murakami, D. J. Venzon, S. Hattori, M. Isogawa, S. G. Sarafianos et al.: Antiviral Res., 176, 104744 (2020).(図1図1■DNAウイルスに対する修飾ヌクレオシド薬)が高い抗HBV活性をもち,耐性ウイルスを出現させないと報告されている.
以上はDNAウイルスに対する修飾ヌクレオシド薬の例である.
RNAウイルスは変異するので治療薬の開発は難しいと考えられている.しかし,筆者は変異こそが抗ウイルス修飾ヌクレオシド薬の創製を可能とする鍵であると考えている.すなわち,変異とはウイルスが遺伝子を変えることである.遺伝子を変えるとは,ウイルスの核酸ポリメラーゼが設計された塩基をもつヌクレオシドの代わりに別の塩基をもつヌクレオシドを受け入れる(A:T, G:Cのペアリングを守らない)ことである.これは変異するウイルスの核酸ポリメラーゼの基質選択性が非常に甘いことを示している.一方ヒトの核酸ポリメラーゼでは複製ミスが非常に起きにくい.これはヒトの核酸ポリメラーゼの基質選択性が非常に厳格であることを示している.この違いを利用することによって,ウイルスの核酸ポリメラーゼには受け入れられてウイルスに効くが,ヒトの核酸ポリメラーゼは受け入れられずヒトには無害の修飾ヌクレオシドの開発が可能である.との考えに至った.
2020年のノーベル医学生理学賞が「C型肝炎ウイルスの発見」に授与された.このウイルスの発見がソフォスブビル(sofosbuvir)(図2図2■抗C型肝炎ウイルス薬)などの優れた治療薬の開発につながっている.筆者は,北大出身の渡辺恭一先生(8)8) J. Shi, J. Du, T. Ma, K. W. Pankiewicz, S. E. Patterson, P. M. Tharnish, T. R. McBrayer, L. J. Stuyver, M. J. Otto & C. K. Chu: Bioorg. Med. Chem., 13, 1641 (2005).(スローン・ケッタリングがん研究所で筆者を含め多くの研究者がお世話になった)がソフォスブビルのヌクレオシド部位を創製したことでノーベル賞を受賞されると思っていたが,すでに故人となられてしまったのでウイルスの発見者のみの受賞になったものと考えている.C型肝炎ウイルス(HCV)感染の治療には,従来インターフェロンとリバビリン(ribavirin)(図2図2■抗C型肝炎ウイルス薬)の混合薬が使われてきたが,長期投与による強い副作用を伴うことがあり治療上の大きな問題となっていた.ソフォスブビルの開発により,ソフォスブビルとリバビリンの混合薬,さらに,ソフォスブビルとプロテアーゼ阻害薬であるレジパスビルとの混合薬(現在「ハーボニー配合錠」として市販されている)で,副作用がほとんどなく治療効果が100%に近く,耐性ウイルスを出現させない素晴らしい治療法が開発された.
ソフォスブビルはHCVのRNAポリメラーゼ阻害薬である.C型肝炎ウイルスのRNAポリメラーゼを阻害する修飾ヌクレオシドとして2′-C-methyladenosine(9)9) S. S. Carroll, J. E. Tomassini, M. Bosserman, K. Getty, M. W. Stahlhut, A. B. Eldrup, B. Bhat, D. Hall, A. L. Simcoe, R. LaFemina et al.: J. Biol. Chem., 278, 11979 (2003).(図2図2■抗C型肝炎ウイルス薬)が知られていたが,ヒトのRNAポリメラーゼも阻害するので副作用が強く臨床薬には成りえなかった.これは「DNAおよびRNAを構成する天然ヌクレオシド(以下生理的ヌクレオシドと記す)の一ケ所が修飾されたヌクレオシドは活性が高いが,ヒトの核酸ポリメラーゼの基質にもなるため毒性が高く臨床薬には成り得ない」の一例である.ツベルシジン(tubercidine, 7-deazaadenosine)(図2図2■抗C型肝炎ウイルス薬)も一ケ所が修飾されたもので活性が高いが,毒性も高い抗生物質である.メルク社のOlsen博士らは2′-C-methyladenosineとツベルシジンのハイブリッドAとその修飾体Bを合成した.そして,Aは2′-C-methyladenosineより高い抗HCV活性をもち副作用が低いこと,さらにBはAより優れていることを見いだしていた(10)10) A. B. Eldrup, M. Prhavc, J. Brooks, B. Bhat, T. P. Prakash, Q. Song, S. Bera, N. Bhat, P. Dande, P. D. Cook et al.: J. Med. Chem., 47, 5284 (2004).(図2図2■抗C型肝炎ウイルス薬).これは生理的ヌクレオシドの二ケ所以上修飾すると毒性(副作用)が激減する! さらに活性が高くなる場合がある!! の一例である.
ソフォスブビルは2′-α-fluoro-2′-C-methyl-2′-deoxyuridine(図2図2■抗C型肝炎ウイルス薬)である.ヒトや細菌等の核酸ポリメラーゼは2′-α-F基をOH基として認識しないので,2′-α-fluoro-2′-deoxynucleosideは2′-deoxynucleosideとして扱われていた.しかし,C型肝炎ウイルスのRNAポリメラーゼは,ソフォスブビルを基質としているので,2′-α-F基をOH基として認識していることとなる.また,ソフォスブビルはヒトのRNAポリメラーゼを阻害しないので,ヒトのRNAポリメラーゼはF基をOH基として認識していないことになる.これはヒトとHCVとの相違点である.他のRNAウイルスも同様にF基をOH基として認識するか否かは,非常に興味深い.もしヒトのDNAポリメラーゼがソフォスブビルを2′-deoxynucleosideとして認識するのであれば,ソフォスブビルのDNAポリメラーゼの阻害による副作用が問題となりそうである.しかし,ソフォスブビルの塩基はウラシルであるため,DNAポリメラーゼの基質にはならない.それゆえ,ソフォスブビルは副作用が非常に低い.つまり,ソフォスブビルは2′-α-Fに対するヒトのRNAポリメラーゼとHCVのRNAポリメラーゼの認識の相違を利用した抗ウイルス薬と言える.そうであれば,以下の未知のヌクレオシド類4′-C-cyano-2′-fluoro-2′-deoxyuridine(I),4′-C-cyano-2′,7-difluoro-2′-deoxy-7-deazaadenosine(II),および4′-C-cyano-2,2′-difluoro-2′-deoxyadenosine(III)(図2図2■抗C型肝炎ウイルス薬)が,ヒトとウイルスに対してどのような生物活性を示すか興味深い.これらの5′-OH基がヒトのキナーゼでリン酸化されなければ,ソフォスブビルと同様にヌクレオチドプロドラッグとする必要がある.
HIVは,RTを使ってゲノムRNAからDNAを合成し,そのDNAを宿主(ヒト)のDNAに取り込ませ,ヒトのRNAポリメラーゼを使ってゲノムRNAを増殖するレトロウイルスである.ヒトのDNAに取り込まれたウイルスのDNAは取り除くことができないため,他のウイルスの感染治療と異なり,HIV感染の治療は抗HIV薬を一生服用しなければならない.それゆえ,副作用がより重大な問題となる.抗HIV薬としてRTを阻害する2′,3′-dideoxynucleoside(ddN)類が使われている.これは,ddN構造がRTのチェインターミネーターになるために必須であると考えられていたためである.しかしddN薬には容易に耐性HIVが出現することと副作用(DNAの塩基配列の決定法のSanger法からもわかるようにddNはDNAポリメラーゼのチェインターミネーターである)が問題である.筆者はddN薬に耐性HIVが出現する理由をRTがddNを生理的2′-deoxynucleoside(dN)と識別し,ddN薬をRTの活性中心に取り込まない能力を獲得することと考えた.ddNとdNの違いは3′-OH基をもつか否かであるので,RTは3′-OH基で両者を識別している.それゆえ,修飾ヌクレオシド薬に耐性HIVを出現させないためには,修飾ヌクレオシド薬がRTによってdNと識別されないよう3′-OH基をもたねばならないと考えた.さらに3′-OH基をもつ修飾ヌクレオシド薬をRTのチェインターミネーターとするためには,4′-位に置換基を導入すれば良いと考えた.その理由は4′-位に置換基を導入すると,3′-OH基は反応性が非常に低いネオペンチル型の二級OH基となるから,DNA鎖合成が止まると考えたからである.しかし,4′-位の置換基導入は5′-OH基をも反応性が低いネオペンチル型一級OH基とするので,5′-OH基がキナーゼでリン酸化されるか否かという問題が生じる.修飾ヌクレオシド薬の副作用は,修飾ヌクレオシドのトリリン酸がヒトの核酸ポリメラーゼによって基質として認識されて取り込まれるためであるので,ヒトの核酸ポリメラーゼの基質として認識されないようにするためには,生理的ヌクレオシドを二ケ所あるいはそれ以上修飾する必要があると考えた.さらに4′-位への置換基の導入はグリコシル結合の酸分解および酵素分解をし難くするので,4′-位置換修飾ヌクレオシドは生体中で安定となり活性が長時間持続すると考えた.これらの作業仮説に基づいて耐性HIVを出現させないRT阻害修飾ヌクレオシドとして4′-置換-2′-デオキシヌクレオシド(4′SdN)(図3図3■抗HIV薬)を設計し,その生物学的評価を行った.
4′-位に置換基をもつリボヌクレオシドは,5′-OH基がキナーゼでリン酸化されないため生物活性を示さなかった.また,4′-位に置換基をもつ2′,3′-dideoxy(dd)体と2′,3′-didehydrodideoxy(d4)体(11)11) K. Haraguchi, S. Takeda, H. Tanaka, T. Nitanda, M. Baba, G. E. Dutschman & Y.-C. Cheng: Bioorg. Med. Chem. Lett., 13, 3775 (2003).は,それぞれのdd体およびd4体より遥かに低い抗HIV活性を示した.その理由はこれらのネオペンチル型5′-OH基がキナーゼでリン酸化され難いためと推測した.しかし,幸運にも3′-OH基を有する4′SdNは,5′-OH基がキナーゼでリン酸化され,高い抗HIV活性を示した.しかし,天然塩基をもつ4′SdN(天然ヌクレオシドの一ケ所が修飾されたもの)は毒性も非常に高かった.試行錯誤を繰り返して最終的に2′-deoxyadenosineからEdAを経て,二ケ所を修飾した4′-C-ethynyl-2-fluoro-2′-deoxyadenosine(EFdA)を創製することができた(12~15)12) H. Ohrui: Chem. Rec., 6, 133 (2006).13) H. Ohrui: Proc. Jpn. Acad., Ser. B, Phys. Biol. Sci., 87, 53 (2011).14) H. Ohrui: Antivir. Antiretrovir., 6, 32 (2014).15) 大類 洋,化学と生物,12, 833 (2017).(図3図3■抗HIV薬).
EFdAは以下の非常に優れた特性をもつ.①耐性HIVを出現させない.②AZTの400倍以上,他の抗HIV薬と比較すると桁違いの高い抗HIV活性をもつ.③非常に毒性が低い.④長時間活性が持続する.⑤感染治療のみならず感染防御にも非常に有効である.EFdAが非常に高い抗HIV活性を示すのは,その4′-位のエチニル基がHIVのRTにある脂溶性ポケットに丁度入り込み,RTと強く結合するためである(16, 17)16) G. Yang, J. Wang, Y. Cheng, G. E. Dutschman, H. Tanaka, M. Baba & Y.-C. Cheng: Antimicrob. Agents Chemother., 52, 2035 (2008).17) E. Michailidis, B. Marchand, E. N. Kodama, K. Singh, M. Matuoka, K. A. Kirby, E. M. Ryan, A. M. Sawani, E. Nagy, N. Ashida et al.: J. Biol. Chem., 284, 35681 (2003)..米国メルク社はヤマサ醤油(株)とライセンス契約を結んで,2013年から臨床試験を行っており,EFdAはイスラトラビル(islatravir)と命名されて,HIV感染症の治療と予防に対するFDAの認可を待つ段階にある.感染予防に関してメルク社はビル&メリンダ・ゲイツ財団と共同でアフリカの女性を対象としたイスラトラビルのPrEP(曝露前予防薬)第3相試験を実施することを発表した(IMPOWER 22).本試験は,HIV感染を終結させ,HIVの撲滅を目指すものである.
新型コロナウイルス薬として注目を集めているアビガン(favipiravir),レムデシビル(remdesivir)およびモルヌピラビル(molnupiravir)について考察する.
アビガン(18)18) M. Kiso, K. Takahashi, Y. Sakai-Tagawa, K. Shinya, S. Sakabe, Q. M. Le, M. Ozawa, Y. Furuta & Y. Kawaoka: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 882 (2010).(図4図4■アビガン誘導体の設計戦略)は富山化学により新型インフルエンザ薬として開発されたものであるが,催奇性という重篤な副作用をもつ.富山化学によると,アビガンは体内で直接リボヌクレオチドに変換され,さらにトリリン酸となりウイルスのRNAポリメラーゼを阻害するとされている.アビガンのリボヌクレオシドを投与しても,キナーゼでリン酸化されないため活性を示さないこともわかっている(図4図4■アビガン誘導体の設計戦略).ヌクレオシドの副作用はトリリン酸がヒトの核酸ポリメラーゼによって取り込まれるため生じるものであり,これまで修飾ヌクレオシドによる催奇性は知られていない.それゆえ,アビガンヌクレオチドは催奇性には関係がなさそうである.アビガンの催奇性はヌクレオチドに変換される前のアビガンそのものによるものと考えられる.アビガンヌクレオシ(チ)ドはアビガン(芳香族化合物)が芳香性を失って作られるものであるから,アビガンヌクレオチドの酵素反応の平衡はアビガン側に大きく偏っていると思われる.アビガンを大量に服用する必要があるのはそのためと思われる.それゆえアビガンヌクレオチドプロドラッグ(図4図4■アビガン誘導体の設計戦略)は,催奇性という副作用がなく,高活性が期待できる化合物である.
レムデシビル(19)19) G. Wang, J. Wan, Y. Hu, X. Wu, M. Prhavc, N. Dyatkina, V. K. Rajwanshi, D. B. Smith, A. Jekle, A. Kinkade et al.: J. Med. Chem., 59, 4611 (2016).(図5図5■レムデシビルと設計誘導体)は,本来は抗エボラウイルス薬として開発されたものであり,現在抗コロナウイルス薬として認可されている唯一の薬である.C-ヌクレオシドであり,1′-位の置換基としてはCN基が一番良いようである.これはこのCN基がコロナウイルスのRNAポリメラーゼがもつ脂溶性のポケットにフィットする為とされている(20)20) D. Siegel, H. C. Hui, E. Doerffler, M. O. Clarke, K. Chun, L. Zhang, S. Neville, E. Carra, W. Lew, B. Ross et al.: J. Med. Chem., 60, 1648 (2017)..レムデシビルの報告されている副作用としては,肝機能障害,下痢,皮疹,腎機能障害などの頻度が高く,重篤な副作用として多臓器不全,敗血症性ショック,急性腎障害,低血圧が認められている.これらの副作用は致死性のエボラウイルスの感染治療には許されるであろうが,他のウイルス感染治療薬として使用するためには改良する必要があると思われる.修飾ヌクレオシドをさらに修飾すると副作用が低減され,活性が増強される例がある.それゆえ,レムデシビルをさらに修飾した4′-C-cyanoremdesibir(IV)が興味ある化合物である.さらに,4′-C-cyano-2′-deoxyremdesivir(V)と4′-C-cyano-2′-fluoro-2′-deoxyremdesivir(VI)も興味ある修飾ヌクレオシドである.この場合塩基上のF基は必ずしも必要ではない(図5図5■レムデシビルと設計誘導体).化合物IVはレムデシビルの副作用の低減と活性の増強を期待したものである.化合物VはHIVおよびHBVへの抗ウイルス活性を期待したものであり,化合物VIはHCVをはじめとするRNAウイルスに対する活性を期待したものである.化合物V, VIでは,ヌクレオシドがヒトキナーゼによってリン酸化される可能性がある.その場合はヌクレオチドプロドラッグ化する必要がない.
モルヌピラビル(MK-4482/EIDD-2801)(21)21) J. H. Beigel, K. M. Tomashek, L. E. Dodd, A. K. Mehta, B. S. Zingman, A. C. Kalil, E. Hohmann, H. Y. Chu, A. Luetkemeyer, S. Kline et al.; ACTT-1 Study Group Members: N. Engl. J. Med., 383, 1813 (2020).(図6図6■モルヌピラビルと設計誘導体)は,現在メルク社が臨床試験を実施している経口抗コロナウイルス薬候補である.モルヌピラビルはN4-hydroxycytidineのイソブチルエステル,シチジンの一ケ所が修飾されたもので,活性本体は5′-O-トリリン酸である.筆者の経験によれば,天然ヌクレオシドの一ケ所が修飾されたものは抗ウイルス活性が高いが副作用も強く,臨床薬には成りえないという可能性がある.それゆえ,筆者にはモルヌピラビルの副作用がどの程度であるかにとても興味がある.もしモルヌピラビルの副作用が強すぎて臨床薬にならなければ,この化合物にさらなる修飾を施して副作用を低減することが考えられる.それゆえ,化合物VII, VII, IX, Xの生物活性が興味深い.
アイデアは研究を行っている過程で生まれるものである.多くの研究者が抗コロナウイルス薬の開発研究に着手して,良いアイデアを得て一日も早く優れた抗コロナウイルス薬を開発することを願っている.
Reference
2) H. Machida, M. Nishitani & N. Ashida: Microbiol. Immunol., 38, 109 (1994).
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12) H. Ohrui: Chem. Rec., 6, 133 (2006).
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