解説

白麹菌のクエン酸高生産機構クエン酸生産能力の鍵をにぎる輸送体

Citric Acid Production by the White Koji Fungus: Transporters Play a Key Role in the Citric Acid Production

Taiki Futagami

二神 泰基

鹿児島大学農学部附属焼酎・発酵学教育研究センター醸造微生物学部門

Chihiro Kadooka

門岡 千尋

筑波大学生命環境系

Masatoshi Goto

後藤 正利

佐賀大学農学部生物資源科学科生命機能科学コース応用微生物学分野

Hisanori Tamaki

玉置 尚徳

鹿児島大学農学部附属焼酎・発酵学教育研究センター醸造微生物学部門

Published: 2021-05-01

清酒,味噌,醤油などの製造には一般的に黄麹菌が用いられるが,焼酎の製造には白麹菌あるいは黒麹菌が主に用いられる.焼酎造りに用いられる麹菌は,穀類原料の糖化のほかにクエン酸を高分泌生産して雑菌汚染を防ぐ役割を有している.クエン酸の分泌機構については長年不明であったが,近年,クエン酸輸送体についての研究が進展した.見いだされたクエン酸輸送体を黄麹菌にて発現させるとクエン酸の高分泌生産能力を獲得することから,本輸送体がクエン酸の排出において中心的役割を担っていると考えられる.本稿では,白麹菌において見いだされたクエン酸輸送体による排出プロセスの重要性について解説したい.

Key words: 白麹菌; 焼酎; クエン酸; クエン酸輸送体

はじめに

麹とは,米や大麦などの穀類やそれを削って出る副産物などに糸状菌を生育させたものである.焼酎用の麹造りには主に黒麹菌Aspergillus luchuensisとそのアルビノ変異体である白麹菌Aspergillus luchuensis mut. kawachiiが使用され,一部で黄麹菌Aspergillus oryzaeも使用されている(コラム参照)(1)1) 二神泰基,玉置尚徳,後藤正利,髙峯和則:生物工学会誌,97, 82 (2019)..酒造りにおける麹菌の代表的な役割は,アミラーゼ等の酵素を供給して原料に含まれるデンプンを酵母が資化できるグルコースに分解することである.白麹菌と黒麹菌では,この性質に加えてクエン酸の高生産が含まれる.クエン酸は,もろみのpHを下げて雑菌増殖による腐造を防ぐため,安定した焼酎製造を可能にするのである.

爽やかな酸味を呈するクエン酸には食品添加物をはじめとするさまざまな用途があり,年間およそ200万トンがAspergillus nigerによる発酵法で工業生産されている(2)2) M. G. Steiger, A. Rassinger, D. Mattanovich & M. Sauer: Metab. Eng., 52, 224 (2019).A. luchuensisである黒麹菌と白麹菌はA. nigerと共にAspergillus属のNigri節に分類され,クエン酸を高生産する性質は共通している.これらの糸状菌がクエン酸を高生産するメカニズムは,クエン酸発酵に使用されるA. nigerにおいてさまざまな角度から研究がなされており,高生産をもたらす環境要因や代謝系などに関する多くの知見が集積している(3)3) L. Karaffa & C. P. Kubicek: Appl. Microbiol. Biotechnol., 61, 189 (2003)..その中でTCA回路の中間代謝物としてミトコンドリアでつくられるクエン酸が,細胞質,続いて細胞外へと効率よく排出されることが指摘されていた.一般的に発酵生産における排出プロセスは,目的物質の回収を容易にすることをはじめ,細胞内に蓄積して生産に関与する酵素の活性を阻害したり,細胞毒性を発揮することを防いだりすることで生産性を上げると言われており,輸送体に関する知見は広く発酵産業に役立つと期待される.そこで,われわれは白麹菌のクエン酸輸送体について解析することとした.

ミトコンドリアのクエン酸輸送体

ミトコンドリアの有機酸輸送体は出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeでよく研究されており,クエン酸輸送体としてクエン酸–リンゴ酸交換輸送体Ctp1とリンゴ酸–オキソグルタル酸交換輸送体Yhm2が知られている.それらのホモログは,白麹菌にも存在しており,それぞれCtpAとYhmAとして解析を行った(4, 5)4) C. Kadooka, K. Izumitsu, M. Onoue, K. Okutsu, Y. Yoshizaki, K. Takamine, M. Goto, H. Tamaki & T. Futagami: Appl. Environ. Microbiol., 85, e03136 (2019).5) 二神泰基,門岡千尋:バイオサイエンスとインダストリー,78, 213 (2020)..白麹菌からCtpAとYhmAを精製し,プロテオリポソームを調製した後,14C標識クエン酸を用いて輸送活性を測定した.その結果,CtpAはクエン酸とリンゴ酸を,YhmAはクエン酸とオキソグルタル酸を,それぞれ交換輸送することを確認した(図1図1■白麹菌におけるクエン酸の排出プロセス).また,YhmAはクエン酸とリンゴ酸の交換輸送も行う可能性が示唆された.

図1■白麹菌におけるクエン酸の排出プロセス

なお,出芽酵母のCTP1のホモログは真菌からマウスやヒトなどの高等動物まで広く保存されているのに対し,YHM2のホモログはAspergillus属を含む真菌や一部の原生生物に特徴的である.また,Aspergillus属が分類される子嚢菌門のチャワンタケ亜門のゲノムでは,YHM2のホモログはクエン酸合成酵素遺伝子の隣に保存されている(図2図2■白麹菌におけるクエン酸合成酵素遺伝子の周辺構造).どちらもクエン酸に関連することから進化の過程でクラスター化した可能性が考えられる.その中に,RNA結合タンパク質をコードするnrdAも保存されている.NrdAは出芽酵母のNrd1および分裂酵母Schizosaccharomyces pombeのSeb1のホモログであり,酵母ではRNA polymerase IIによるmRNAへの転写の終結にかかわっている.白麹菌においてもNrdAは同様の機能をもつことが予想されるが,クエン酸との関連性についてはいまだ不明である.

図2■白麹菌におけるクエン酸合成酵素遺伝子の周辺構造

ミトコンドリアから細胞質へクエン酸を輸送する意義

白麹菌においてctpA遺伝子とyhmA遺伝子をそれぞれ単独破壊すると,ctpA破壊株では細胞内,yhmA破壊株では細胞内外のクエン酸濃度が有意に減少した(4)4) C. Kadooka, K. Izumitsu, M. Onoue, K. Okutsu, Y. Yoshizaki, K. Takamine, M. Goto, H. Tamaki & T. Futagami: Appl. Environ. Microbiol., 85, e03136 (2019)..これは,CtpAとYhmAによるミトコンドリアから細胞質へのクエン酸の輸送が,最終的に細胞膜のクエン酸輸送体によって細胞外に排出されるクエン酸の量に影響したためと考えられる.しかし,細胞質に輸送されたクエン酸のすべてが細胞外へ分泌されるわけではなく,一部はATPクエン酸リアーゼによりアセチルCoAに変換されたり,細胞質のアコニターゼとイソクエン酸デヒドロゲナーゼによってイソクエン酸,オキソグルタル酸へ変換されたりする(図1図1■白麹菌におけるクエン酸の排出プロセス).

白麹菌においてctpAyhmAの二重破壊株の構築を試みたが,取得することができなかった.そこで,Tet-Onシステムを用いてyhmA遺伝子破壊株を背景とするctpAのコンディショナル発現株を構築した.本株においてctpAの発現を抑制すると,グルコースを炭素源とする培地では菌糸の伸長が極端に抑制され合成致死性を示した(図3図3■白麹菌の生育と細胞内アセチルCoA濃度).ただし,この培地に酢酸を加えると生育できるようになった.酢酸はアセチルCoAシンターゼによってアセチルCoAに変換されるため,ctpAyhmAの二重破壊がグルコース培地で合成致死性を示すのは,細胞質にクエン酸が輸送されないことでアセチルCoAをつくれないためだと考えられた(図1図1■白麹菌におけるクエン酸の排出プロセス).実際,酢酸添加培地で生育させた二重破壊株では細胞内のアセチルCoA濃度が回復することが示された.アセチルCoAは,脂質やアミノ酸,二次代謝産物などのさまざまな物質の合成に必須の重要な化合物である.ミトコンドリアマトリックス内でTCA回路を回さずに,クエン酸輸送体を利用してクエン酸を細胞質に輸送する意義は,代謝に必要なアセチルCoAを作り出すことにある.

図3■白麹菌の生育と細胞内アセチルCoA濃度

細胞膜のクエン酸輸送体

筆者らは白麹菌の細胞膜においてクエン酸を菌体外に排出する輸送体の同定を目的として,麹造りのクエン酸生産促進時において遺伝子発現が上昇する機能未知輸送体を探索していたが,いずれもクエン酸生産との関連は見いだせていなかった.同じ時期に,A. nigerの2つの研究グループから細胞膜のクエン酸輸送体としてCexA(Citrate exporter protein A)が報告された.CexAは,既知のクエン酸輸送体とほとんど相同性が認められない.しかしOdoniらは,既知のクエン酸輸送体と遠縁のホモログを,隠れマルコフモデルを用いた相同性検索によりリストアップし,その中からCexAを見いだした(6)6) D. I. Odoni, M. Vazquez-Vilar, M. P. van Gaal, T. Schonewille, V. A. P. Martins Dos Santos, J. A. Tamayo-Ramos, M. Suarez-Diez & P. J. Schaap: FEMS Microbiol. Lett., 366, fnz071 (2019)..また,Steigerらはイタコン酸の構造がクエン酸に類似していることに着目し真菌Ustilago maydisで見つかっていたイタコン酸輸送体Itp1のホモログからCexAを見いだした(2)2) M. G. Steiger, A. Rassinger, D. Mattanovich & M. Sauer: Metab. Eng., 52, 224 (2019)..Odoniらはいち早くその成果をプレプリント(査読前論文)としてbioRxivで公開したため,その情報をもとにわれわれも白麹菌においてクエン酸輸送体CexAの解析を始めた.

白麹菌においてcexA遺伝子を破壊すると菌体外のクエン酸濃度が劇的に低下したことから,CexAは細胞質から細胞外にクエン酸を排出する主要な輸送体と考えられた(7)7) C. Kadooka, E. Nakamura, K. Mori, K. Okutsu, Y. Yoshizaki, K. Takamine, M. Goto, H. Tamaki & T. Futagami: Appl. Environ. Microbiol., 86, e01950 (2020)..また,cexAを過剰発現させるとさらにクエン酸生産量が増えたため,CexAによる排出はクエン酸生産の律速要因の一つであると考えられた.さらに,筆者らは麹菌間のクエン酸生産能力の違いに興味があったため,黄麹菌において白麹菌のcexAをα-アミラーゼ遺伝子amyBの強力なプロモーターを用いて発現させたところ,白麹菌と同程度のクエン酸生産能力が認められた(8)8) E. Nakamura, C. Kadooka, K. Okutsu, Y. Yoshizaki, K. Takamine, M. Goto, H. Tamaki & T. Futagami: J. Biosci. Bioeng., 131, 68 (2021).図4図4■白麹菌と黄麹菌の細胞膜局在クエン酸輸送体遺伝子).筆者らは多少の向上は予想していたが,白麹菌並みのクエン酸生産能力の獲得までは考えていなかったため,CexAのみによるクエン酸分泌制御の結果に驚いた.

図4■白麹菌と黄麹菌の細胞膜局在クエン酸輸送体遺伝子

黄麹菌で白麹菌のクエン酸輸送体CexAを発現させるとクエン酸を高分泌するようになる.培地にはpH指示薬としてメチルレッドを添加しており,CexA発現株のコロニーは周囲のpHが下がるため赤いハローを作る.

興味深いことに,もともとクエン酸を高生産しない黄麹菌のゲノムにもcexAのホモログは2つ存在しており,cexAcexBとして解析を行った(8)8) E. Nakamura, C. Kadooka, K. Okutsu, Y. Yoshizaki, K. Takamine, M. Goto, H. Tamaki & T. Futagami: J. Biosci. Bioeng., 131, 68 (2021)..麹菌のゲノムデータベースであるCAoGD(Comprehensive Aspergillus oryzae Genome Database)に登録されているトランスクリプトームデータを見る限り,いずれも発現レベルは低いと考えられた.そこでこれらの遺伝子をamyBプロモーターで高発現させたところ,白麹菌の半分程度のクエン酸分泌生産能力を付与できることがわかった.このことから,黄麹菌にはある程度のクエン酸を分泌生産する潜在能力があることが示された.

このようにクエン酸を高生産するようになった黄麹菌で焼酎を造ると新しい酒質の焼酎ができるのではと興味がもたれるところである.しかし残念なことに,クエン酸を高生産する黄麹菌では,麹にとってもっとも重要な酵素であるα-アミラーゼ活性が極端に減少していた.この原因については白麹菌と黄麹菌のもつα-アミラーゼの違いに起因すると考えられる.白麹菌はクエン酸を生産し周囲の環境を酸性にすることから,中性pHではたらくα-アミラーゼに加えて耐酸性のα-アミラーゼを生産する.一方,黄麹菌は耐酸性のα-アミラーゼをもっていないので,自身で作り出されたクエン酸によってα-アミラーゼ活性が低下する.

クエン酸生産のエピジェネティックな制御

A. nigerは菌体の増殖速度が低下する培養後期にクエン酸を高生産することから,その細胞外でのクエン酸高生産は二次代謝によるものであると言われている.焼酎用の麹造りにおいても,白麹菌がクエン酸の高生産をはじめるのは培養の後期にあたる.この現象を支持するように,クエン酸生産を制御する因子として推定メチルトランスフェラーゼLaeAが同定された(7, 9)7) C. Kadooka, E. Nakamura, K. Mori, K. Okutsu, Y. Yoshizaki, K. Takamine, M. Goto, H. Tamaki & T. Futagami: Appl. Environ. Microbiol., 86, e01950 (2020).9) J. Niu, M. Arentshorst, P. D. Nair, Z. Dai, S. E. Baker, J. C. Frisvad, K. F. Nielsen, P. J. Punt & A. F. Ram: G3 (Bethesda), 6, 193 (2015)..LaeAは,モデル糸状菌Aspergillus nidulansにおいて二次代謝を制御するマスターレギュレーターとして発見され(10)10) J. W. Bok & N. P. Keller: Eukaryot. Cell, 3, 527 (2004).,その他にも多くの糸状菌でさまざまな現象を制御することが知られている.

A. nigerと白麹菌においてlaeA遺伝子を破壊するとクエン酸の生産性が劇的に低下する(7, 9)7) C. Kadooka, E. Nakamura, K. Mori, K. Okutsu, Y. Yoshizaki, K. Takamine, M. Goto, H. Tamaki & T. Futagami: Appl. Environ. Microbiol., 86, e01950 (2020).9) J. Niu, M. Arentshorst, P. D. Nair, Z. Dai, S. E. Baker, J. C. Frisvad, K. F. Nielsen, P. J. Punt & A. F. Ram: G3 (Bethesda), 6, 193 (2015)..われわれは白麹菌のLaeAがクエン酸生産を制御する原因を調べるために,laeA破壊による遺伝子発現変動をCAGE(Cap Analysis of Gene Expression)法で解析した(7)7) C. Kadooka, E. Nakamura, K. Mori, K. Okutsu, Y. Yoshizaki, K. Takamine, M. Goto, H. Tamaki & T. Futagami: Appl. Environ. Microbiol., 86, e01950 (2020)..CAGE法とはmRNAの5′末端に付加されるキャップ構造を利用してmRNAの5′末端を集めシーケンスする方法である.その結果,細胞膜局在型クエン酸輸送体をコードするcexA遺伝子の発現が顕著に低下していることがわかった.そこで,laeA破壊株とcexA破壊株において,グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子のプロモーターでcexAを恒常的に発現させたところ,両株においてクエン酸生産能が同程度に回復した.このことから,cexAの発現低下がlaeA破壊株におけるクエン酸低生産の主要な原因であることが明らかになった.

LaeAの詳細な機能はまだ不明であるが,ヒストンのメチル化修飾を介した遺伝子発現調節にかかわると推定されている(図5図5■細胞膜局在クエン酸輸送体遺伝子cexAの発現制御).そこで,抗メチル化ヒストン抗体を用いたクロマチン免疫沈降と定量PCRによりcexAのプロモーター領域に結合するヒストンの状態を調べた(7)7) C. Kadooka, E. Nakamura, K. Mori, K. Okutsu, Y. Yoshizaki, K. Takamine, M. Goto, H. Tamaki & T. Futagami: Appl. Environ. Microbiol., 86, e01950 (2020)..その結果,laeA破壊株のcexAプロモーター領域はユークロマチン(ヒストンとDNAの巻き付きがゆるんで転写が活性化されている状態)の指標となるヒストンH3K4me3(4番目のリジンがトリメチル化されたヒストンH3)の占有率が減少しており,ヘテロクロマチン(ヒストンとDNAが強く相互作用して転写が不活性化されている状態)の指標となるヒストンH3K9me3(9番目のリジンがトリメチル化されたヒストンH3)の占有率が増加していた.以上の結果より,LaeAは,直接的か間接的かは不明ではあるが,cexAプロモーター領域のクロマチンの開閉状態にかかわることで,白麹菌のクエン酸生産を制御することが明らかになった.

図5■細胞膜局在クエン酸輸送体遺伝子cexAの発現制御

麹造りにおけるクエン酸輸送体の発現

白麹菌あるいは黒麹菌を用いて焼酎用の麹造りを行う際は,前半は温度を上げることで高アミラーゼ活性を引き出し,後半は温度を下げることでクエン酸生産を促進する(図6A図6■麹造りの温度管理(A)と遺伝子発現の変化(B)の実線).なお,黄麹菌で麹を造る場合はそもそもクエン酸を高生産しないため,後半に温度を下げる操作は行わない(図6A図6■麹造りの温度管理(A)と遺伝子発現の変化(B)の点線).この温度管理とクエン酸輸送体はどのように関係しているのだろうか?

図6■麹造りの温度管理(A)と遺伝子発現の変化(B)

まず,これまでにトランスクリプトーム解析により,温度を下げると解糖系から分岐するトレハロース合成経路,グリセロール合成経路,ペントースリン酸経路の遺伝子発現が減少することがわかっていた(11, 12)11) T. Futagami, K. Mori, S. Wada, H. Ida, Y. Kajiwara, H. Takashita, K. Tashiro, O. Yamada, T. Omori, S. Kuhara et al.: Appl. Environ. Microbiol., 81, 1353 (2015).12) 二神泰基,後藤正利:バイオサイエンスとインダストリー,74, 402 (2016).図6B図6■麹造りの温度管理(A)と遺伝子発現の変化(B)).このことから,温度低下によりTCA回路へのカーボンフローが増強されるためにクエン酸生産が促進されると考えられる.この温度低下時に発現が上昇する遺伝子には,ミトコンドリア局在型クエン酸輸送体をコードするctpAyhmAが含まれており,これらは温度低下によってクエン酸生産が促進される現象に関与していると思われる.一方,細胞膜局在型クエン酸輸送体をコードするcexAの発現量は温度に依存せず,常に高いレベルであった.このことから,麹造りという固体培養の条件にはもともとクエン酸を高生産する条件が整っていると考えられる.麹造りで行われる後半の温度低下の工程は,クエン酸生産を促進するというよりも,クエン酸生産の抑制を解除すると捉えたほうがよいだろう.

おわりに

本稿では,白麹菌のミトコンドリア局在型クエン酸輸送体CtpA, YhmA,および細胞膜局在型クエン酸輸送体CexAについて解説した.ctpAyhmAの二重破壊が合成致死性を示すことやcexAの破壊で菌体外へのクエン酸分泌がほぼなくなることから,これらが細胞外にクエン酸排出を担う主要な輸送体であると言ってよいだろう.

CtpAとYhmAによりミトコンドリアから細胞質に排出されるクエン酸には,細胞質でアセチルCoAの生産に使用されるという重要な生理的役割があることが示され,その知見はアセチルCoAを必要とする脂質やポリケチドなどの二次代謝物の生産への利用が期待される.また,麹菌におけるCexAの発現レベルはクエン酸生産能力と相関しており,細胞質から細胞外への排出が極めて重要であることを示している.今後,さまざまな輸送体に着目した糸状菌の育種が発展していくと期待される.

Acknowledgments

共同研究者の皆様に感謝いたします.本研究は,JSPS科研費(16K07672, 18K05394, 19K05773),(公財)米盛誠心育成会,(公財)発酵研究所,(公財)野田産業科学研究所の助成を受けて実施したものです.

Reference

1) 二神泰基,玉置尚徳,後藤正利,髙峯和則:生物工学会誌,97, 82 (2019).

2) M. G. Steiger, A. Rassinger, D. Mattanovich & M. Sauer: Metab. Eng., 52, 224 (2019).

3) L. Karaffa & C. P. Kubicek: Appl. Microbiol. Biotechnol., 61, 189 (2003).

4) C. Kadooka, K. Izumitsu, M. Onoue, K. Okutsu, Y. Yoshizaki, K. Takamine, M. Goto, H. Tamaki & T. Futagami: Appl. Environ. Microbiol., 85, e03136 (2019).

5) 二神泰基,門岡千尋:バイオサイエンスとインダストリー,78, 213 (2020).

6) D. I. Odoni, M. Vazquez-Vilar, M. P. van Gaal, T. Schonewille, V. A. P. Martins Dos Santos, J. A. Tamayo-Ramos, M. Suarez-Diez & P. J. Schaap: FEMS Microbiol. Lett., 366, fnz071 (2019).

7) C. Kadooka, E. Nakamura, K. Mori, K. Okutsu, Y. Yoshizaki, K. Takamine, M. Goto, H. Tamaki & T. Futagami: Appl. Environ. Microbiol., 86, e01950 (2020).

8) E. Nakamura, C. Kadooka, K. Okutsu, Y. Yoshizaki, K. Takamine, M. Goto, H. Tamaki & T. Futagami: J. Biosci. Bioeng., 131, 68 (2021).

9) J. Niu, M. Arentshorst, P. D. Nair, Z. Dai, S. E. Baker, J. C. Frisvad, K. F. Nielsen, P. J. Punt & A. F. Ram: G3 (Bethesda), 6, 193 (2015).

10) J. W. Bok & N. P. Keller: Eukaryot. Cell, 3, 527 (2004).

11) T. Futagami, K. Mori, S. Wada, H. Ida, Y. Kajiwara, H. Takashita, K. Tashiro, O. Yamada, T. Omori, S. Kuhara et al.: Appl. Environ. Microbiol., 81, 1353 (2015).

12) 二神泰基,後藤正利:バイオサイエンスとインダストリー,74, 402 (2016).