セミナー室

食事由来ポリフェノールの機能性研究の展望と社会実装化ポリフェノールの摂取目安量の策定へ向けて

Junji Terao

寺尾 純二

甲南女子大学医療栄養学部医療栄養学科

Naomi Osakabe

越阪部 奈緒美

芝浦工業大学システム理工学部生命科学科

Published: 2021-05-01

はじめに

2019年11月28日~12月1日に神戸市で開催された第9回ポリフェノールと健康国際会議(International Conference on Polyphenols and Health; ICPH2019)の会期中に,日本側の開催実行委員会が提唱してICPHに所縁のある国内外の主要なポリフェノール研究者が集まり,“Initiative of polyphenols turning to indispensable 7th nutrients”の小委員会がもたれた.この小委員会の目的は,ポリフェノールのデータベースの拡大と国際標準化および食事摂取基準策定をめざすことを共通認識するものであり,最初のICPH開催から16年が過ぎて,この間の研究成果を本格的に社会実装(7番目の栄養素に相当する食品因子であることの消費者の理解と社会への普及)するための道筋を議論することであった.本セミナー室シリーズは,「ポリフェノールと健康」に関心をもつ読者にこの小委員会開催に至る研究の動向を伝えることを目的として,各分野の専門家がまとめたものである.

1990年代後半から食事由来ポリフェノールの疾患予防に関する研究が急速に活発化し,健康増進におけるポリフェノール摂取効果への期待が高まったことを背景に,国際的な情報交換の場としてフランス国立農学研究所(INRA: Institut National de la recherche agronomique)のAugustin Scalbertが提唱し,2003年11月18~21日フランスVichyで開催した会議がICPHのスタートである(1)1) A. Scalbert, I. T. Johnson & M. Saltmarsh: Am. J. Clin. Nutr., 81, 215 (2015)..植物ポリフェノールの科学と応用に関する国際会議は欧州を中心にInternational Conference on Polyphenols(ICP)がすでに1972年から開催されていたが,ICPHは健康や疾患予防に特化した国際会議として2003年以降世界の各地で隔年開催されてきた.この間,ポリフェノールの研究対象は心血管疾患やがんの予防だけではなく,骨粗鬆症,神経変性疾患,認知機能低下の予防や筋萎縮抑制・抗アレルギーなどさまざまな領域に広がっている(2)2) D. Del Rio, A. Rodriguez-Mateos, J. P. E. Spencer, M. Tognolini, G. Borges & A. Crozier: Antioxid. Redox Signal., 18, 1818 (2013).

1985年から現在(2020年12月31日)に至る期間に「Polyphenol & Health」および「Food & Polyphenol & Health」の検索項目でPubMedに掲載された年度別の科学論文数を図1図1■「ポリフェノールと健康」に関する年度別発表論文数の変化に示した(3)3) Pub Med https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov 2020年12月31日.第1回ICPHが開催された2003年頃から,ポリフェノールと健康に関する研究成果が加速度的に発表されてきたことが一目瞭然であり,得られた成果を社会実装化する,すなわちポリフェノールの食事摂取基準を策定すべき時期に来ているようにみえる.しかしビタミンやミネラルとは異なり,ポリフェノールは単一の物質ではなく,複雑に化学構造が異なる化合物群の集合体であり,およそ8,000種類が植物界に存在する.それぞれの化合物により作用機構とその効果は異なり,また個々の食品によりポリフェノール種類の分布が大きく異なるため,地域や食習慣によりポリフェノール化合物の摂取パターンは変化する(4)4) A. E. Cullen, A. Centner, R. Deitado, J. Fernandez & G. Salazar: Nutrients, 12, 2069 (2020)..したがって,ポリフェノール摂取量とその健康効果を正しく評価するためには国際間で適用可能な信頼できるデータベースの構築が必須である.

図1■「ポリフェノールと健康」に関する年度別発表論文数の変化

ポリフェノールと健康に関する研究の歴史

ポリフェノールとは,植物が産生する二次代謝産物(成長には直接関与しないが,置かれた環境下での生存に必要である)のうちで,フェノール性の水酸基を複数含む化合物である.食品成分としてのポリフェノールは渋味や苦味ばかりでなく消化酵素を阻害することから,除去すべき成分であると食品学では講義されてきた.ポリフェノールは重合ポリフェノール類(加水分解型タンニン類:ガロタンニンやエラジタンニン,縮合型タンニン類:プロアントシアニジン)と単量ポリフェノール類(フェノールカルボン酸誘導体,フラボノイド類,リグナン類,スチルベン類など)に大別される(図2図2■植物性食品に存在するポリフェノール類の分類と化合物の例).1936年,Szent Györgyiらによってポリフェノールの生理機能性が初めて報告され,ビタミンPと命名された(5)5) A. Bentsáth, S. T. Rusznyák & A. Szent-Györgyi: Nature, 138, 798 (1936)..すなわち,柑橘に含まれるフラバノン型フラボノイドが,ヒト毛細血管の抵抗性低下や血管透過性亢進を抑えて血管を保護することが示された.これは,ビタミンCの発見によりSzent Györgyiがノーベル医学生理学賞を受賞する前年のことである.しかし,ポリフェノール類には欠乏症が見られないことから,ビタミンPとしての概念は栄養学者たちにより否定されたため,その後は薬理作用に関する研究が専ら進展した.食品成分としてのポリフェノールと健康との関係が再び注目されるきっかけとなったのは,1990年代に赤ワインブームを招いた“フレンチパラドックス”仮説である.1993年に発表されたポリフェノール摂取と健康に関する最初の本格的な疫学調査(Zutphen Elderly Study)(6)6) M. G. Hertog, E. J. Feskens, P. C. Hollman, M. B. Katan & D. Kromhout: Lancet, 342, 1007 (1993).は,日常摂取するフラボノイドが高齢者における虚血性心疾患死亡リスクを低減することを示唆した.この発表は食品成分の生理機能性を追求する研究者たちが俄然注目するところとなり,ポリフェノール摂取と疾患に関する疫学調査が次々に実施され,その健康効果が期待されるようになった(7)7) G. Williamson & C. Manach: Am. J. Clin. Nutr., 81 (Suppl.), 243S (2005).

図2■植物性食品に存在するポリフェノール類の分類と化合物の例

さて,ポリフェノールの健康効果を実証し社会実装化するためには,ヒトにおける作用機構の解明が必須である.1985年に発表された,「生体内の酸化促進物質(prooxidants)と抗酸化物質(antioxidants)の均衡が酸化物質側に傾いた酸化ストレス状態がさまざまな疾患に関与する生体障害をもたらすという疾病の“酸化ストレス学説”は,慢性疾患や老化の原因を説明する有力な仮説となった.そのため,ビタミンCやビタミンEばかりでなく食事由来ポリフェノールの生体内抗酸化剤としての役割が,医学生理学研究者達の注目を集めることになった.しかし,抗酸化ビタミンであるビタミンCやビタミンEに比べてポリフェノールは生体内での存在量が極めて少ないこと,ポリフェノールはビタミンではなく生体異物であり,吸収されにくく,さらにその一部が吸収されても解毒代謝酵素系により抗酸化活性を失った抱合体代謝物として速やかに尿中に排泄されることが明らかになった.したがって,活性酸素種を直接捕捉消去するという意味での従来の抗酸化剤としてのポリフェノールの役割は否定されるようになった(8)8) P. C. Hollman, A. Cassidy, B. Comte, M. Heinonen, M. Richelle, E. Richling, M. Serafini, A. Scalbert, H. Sies & S. Vidry: J. Nutr., 141, 989s (2011)..そこで,ポリフェノール研究の中心は,ポリフェノールが作用するための特異的な標的分子の発見に移っていった.その先駆けは,エストロゲン受容体に対する大豆イソフラボンのアゴニスト・アンタゴニスト作用であるが,Tachibanaら(9)9) H. Tachibana, K. Koga, Y. Fujimura & K. Yamada: Nat. Struct. Mol. Biol., 11, 380 (2004).の67-kDaラミニン受容体への緑茶カテキンの特異的結合の発見を契機として,ポリフェノールの生体内標的分子の候補タンパク質が次々に発見された(10)10) A. Murakami & K. Ohnishi: Food Funct., 34, 462 (2012)..その多くは,細胞内シグナル伝達にかかわる転写因子やリン酸化酵素である.同時期に,酸化ストレスの定義は「細胞内のレドックスシグナル伝達系を混乱・制御あるいは細胞障害をもたらすprooxidantsとantioxidants間の不均衡」と書き換えられた(11)11) H. Sies & D. P. Jones: “Oxidative stress. In: Encyclopedia of stress” (Fink G ed.), pp. 45–48, 248 Elsevier, San Diego (2007).細胞内がprooxidants側へ変化して,レドックスシグナル伝達経路によりレドックス感受性転写因子(Nrf-2, FoXO, NFkBなど)が活性化されると,細胞はadaptation(適応),tolerable stress(許容ストレス)さらにapoptosis, necrosis(損傷およびその除去)の状態へと変化する.そこで,酸化ストレスの視点からみた細胞内ポリフェノールの役割は,レドックスシグナル伝達経路に介在するリン酸化酵素や転写因子を標的分子として,細胞をadaptationやtolerable stressの方向に調整する因子(tuning factor)であると説明できるようになった(12)12) 寺尾純二:日本栄養食糧学会誌,68, 3 (2015).

ポリフェノールの機能性研究の分岐点

代表的なフラボノール型フラボノイドであるケルセチンやケルセチンを豊富に含むタマネギ摂取が心血管系の機能維持に働くことが,いくつかのヒトの介入試験で確認されている(13)13) J. Terao: Biochem. Pharmacol., 139, 15 (2017)..しかし,ヒトでの機能発現を説明するメカニズムは明確ではなかった.前述したように,血流中に存在するフラボノイドはほとんどが親水性の抱合体代謝物として存在するため,血管細胞内には取り込まれにくく,取り込まれたとしても標的タンパク質との結合性は低下する.したがって,生体内でのケルセチンの機能発現と代謝変換には矛盾がある(“ケルセチンパラドックス”).すなわち,ケルセチンを含むフラボノイドやフェノールカルボン酸など単量ポリフェノールの一部は小腸上皮細胞から吸収されるが,同時に進行する抱合体への解毒代謝反応はポリフェノール機能の不活性化プロセスでもある.しかし筆者らは,ヒト血流中に存在するケルセチン抱合体代謝物は脱抱合したアグリコンとして抗炎症作用を発揮すること,さらに炎症過程で活性化したマクロファージが脱抱合酵素であるβ-グルクロニダーゼを細胞外に放出し,抱合体代謝物から活性型アグリコンを産生することを明らかにした(14, 15)14) Y. Kawai, T. Nishikawa, T. Shiba, S. Saito, K. Murota, N. Shibata, M. Kobayashi, M. Kanayama, K. Uchida & J. Terao: J. Biol. Chem., 283, 9424 (2008).15) J. Terao, K. Murota & Y. Kawai: Food Funct., 2, 11 (2011).図3図3■ケルセチンの脱抱合反応の生理的意義).この発見は,炎症過程においてケルセチン代謝物が合目的的に脱抱合反応することでその機能が顕在化することを示唆するものであり,さらにはフラボノイドの抱合体への代謝変換とその機能性発現との矛盾を解決する鍵となる.これがポリフェノール研究の一つ目の分岐点であると筆者らは考えており,脱抱合化反応に基づいた機能発現を支持する研究報告が蓄積しつつある.

図3■ケルセチンの脱抱合反応の生理的意義

一方で,小腸上皮から吸収されるポリフェノールは摂取量のごく一部であり,多くは消化管を通過して糞中に排泄される.特に,重合ポリフェノール(タンニン類)は,その分子量が大きいために小腸上皮細胞からはほとんど吸収されない.ポリフェノールのヒトでの健康効果を評価するうえで,「吸収されにくい」にもかかわらず「明らかな機能性を示す」という矛盾(“ポリフェノールパラドックス”)は血中代謝物の脱抱合反応では説明できず,大きな謎として残されてきた.相当量の重合ポリフェノールをヒトは毎日摂取するにもかかわらず,吸収されない重合ポリフェノールの研究は,消化管に分泌されるリパーゼやアミラーゼなど消化酵素の阻害による体脂肪や血糖値調節機能などに限定されていた.しかし最近では,ヒトの健康における消化管の重要性が新しい視点から注目されるようになった.そこで,消化管を標的臓器として再評価することが,ポリフェノール研究の2つ目の分岐点になりつつある.

ポリフェノール研究の現在

前述したように,ポリフェノールは,口腔および上部消化管を通過し,そのほとんどが下部消化管に移行し排泄される.一般に,固形の食事を摂取した場合,胃および小腸の通過時間はそれぞれ約2.5~3時間であり,大腸に到達した後に約30~40時間かけて糞便として排出される(16)16) M. Proano, M. Camilleri, S. F. Phillips, M. L. Brown & G. M. Thomforde: Am. J. Physiol., 258, G856 (1990)..ポリフェノールの日常的な長期摂取は心血管系疾患リスクを低下させるが,単回摂取の数時間後には,すでに血管内皮機能・耐糖能の増進といった末梢臓器への作用だけでなく,脳血流量の増加や作業記憶の改善などの脳機能への作用が認められる(17)17) N. Osakabe & J. Terao: Nutr. Rev., 76, 174 (2018)..これらの事実は,慢性・急性の両面からポリフェノールの機能性を検証する必要があることを示している.

慢性的な効果は,ポリフェノールの摂取による消化管の微生物叢(マイクロバイオーム)の変化に起因すると推測される(18)18) K. Kawabata, Y. Yoshioka & J. Terao: Molecules, 24, 244 (2019)..2000年以降に飛躍的に進展した次世代シーケンサー技術により,ヒトマイクロバイオームはFirmicutes, Bacteroidetes, Actinobacteria, Proteobacteriaの4つの門で占められており,国や地域によってその比率は大きく異なることが明らかとなった(19)19) S. Nishijima, W. Suda, K. Oshima, S. W. Kim, Y. Hirose, H. Morita & M. Hattori: DNA Res., 23, 125 (2016)..日本人の健常成人ではFirmicutesが約70~80%,Bacteroidetesが約5~10%,Actinobacteriaが約10~15%程度,Proteobacteriaが数%であり,加齢に伴ってFirmicutesが減少することが報告されている(20)20) T. Odamaki, K. Kato, H. Sugahara, N. Hashikura, S. Takahashi, J. Z. Xiao, F. Abe & R. Osawa: BMC Microbiol., 16, 90 (2016)..このような占有率の変化はディスバイオーシスと呼ばれ,炎症性腸疾患・関節リウマチ・アレルギー・消化器がんや,神経・精神疾患,メタボリックシンドロームなどのさまざまな疾患と関連することが示されている.特にFirmicuteBacteroidetesの比(F/B比)は肥満・心疾患・II型糖尿病との相関性が高いことが明らかである(21, 22)21) R. E. Ley, J. Turnbaugh, S. Klein & J. I. Gordon: Nature, 444, 1022 (2006).22) D. E. Roopchand, R. N. Carmody, P. Kuhn, K. Moskal, P. Rojas-Silva, P. J. Turnbaugh & I. Raskin: Diabetes, 64, 2847 (2015)..一方,フラボノイドの一種であるフラバン3-オール(カテキン)およびその重合体である縮合型タンニン(プロアントシアニジン)を豊富に含むチョコレートや赤ワインの摂取により,F/B比が低下し,有用菌として知られるLactobacillusBifidobacteriumが増加することが報告されている(23)23) T. A. F. Corrêa, M. M. Rogero, N. M. Aymoto-Hassimotto & F. M. Lajolo: Front. Nutr., 6, 188 (2019)..このような腸内細菌叢の変化は,ポリフェノールの物理化学的特性であるタンパク質との非特異的な結合能に基づくと考えられている.すなわち,ある種の細菌の細胞膜や酵素タンパク質に対してポリフェノールが相互作用することにより,細胞膜や細胞内の機能障害をもたらすことでこれらの菌の増殖が抑制されることが原因となり,二次的に有用菌の増殖を促すという仮説である(図4図4■ポリフェノール摂取による腸内環境改善仮説).

図4■ポリフェノール摂取による腸内環境改善仮説

また,大腸にはポリフェノールを分解する酵素を有する常在菌が存在する.これらの酵素により,環構造の開裂,水酸基のメチル化,脱水酸基,加水分解などの反応が起こり,その結果としてフェノール酸やバレロラクトンなどの分解物,また少量ではあるが短鎖脂肪酸(酢酸,プロピオン酸,酪酸)などの発酵産物が生成され,これらが大腸から生体内に吸収されて生理活性を発現することが示唆されている(24)24) L. Valdés, A. Cuervo, N. Salazar, P. Ruas-Madiedo, M. Gueimonde & S. González: Food Funct., 6, 2424 (2015).図4図4■ポリフェノール摂取による腸内環境改善仮説).

ポリフェノールは苦味や渋味を呈することから,食品加工の現場ではマスキング技術の開発が先行した.その一方で,単量体であるフラボノイドやフェノールカルボン酸は,口腔から上部消化管に発現する苦味受容体(taste receptor type-2; TAS2R)によって認識されることが明らかになった.ヒトでは25種類存在するTAS2Rのうち,TAS2R5, TAS2R7, TAS2R14, TAS2R39, TAS2R125などのサブタイプが,ポリフェノールを受容し,その刺激を“苦味”として大脳皮質にある味覚野に伝達されると考えられている(25)25) E. Tarragon & J. J. Moreno: Biochem. Pharmacol., 178, 114086 (2020)..また最近では,ポリフェノールがTAS2Rを介して,グレリン,コレシストキニン,GLP-1などの消化管ホルモンの分泌を促し,血糖値や食欲の制御にかかわっていることも示されている.しかしながら,それぞれのTAS2Rサブクラスが単独で化合物を認識するのか,いくつかの組み合わせによって認識するのかについては不明である.また,フラバン3-オール重合体であるプロアントシアニジンなどの重合ポリフェノールは苦味よりも強い渋味を呈する.生体における渋味の受容機構は全く解明されていないが,重合ポリフェノールは,タンパク質との相互作用により口腔内(消化管内)のタンパク質を変性させ,痛みや触覚に近い感覚を誘起することが推測されている(26)26) S. Soares, E. Brandão, C. Guerreiro, S. Soares, N. Mateus & V. Freitas: Molecules, 25, 2590 (2020)..筆者らは,渋味を有する重合ポリフェノール類(渋味成分)を実験動物に経口投与した直後から,血圧・心拍数が一過的に上昇し,骨格筋血流量が断続的に増加することを観察した.また同時に熱産生やエネルギー代謝が亢進することもみとめた.これらの作用は,アドレナリン受容体ブロッカーによってキャンセルされたことから,渋味成分の摂食刺激は交感神経活動を亢進することが示唆された(17)17) N. Osakabe & J. Terao: Nutr. Rev., 76, 174 (2018)..交感神経活動の亢進は,ストレス負荷時に起こることがよく知られている.そこで視床下部・室傍核における神経活動マーカーとストレスホルモンシグナルを観察したところ,これらの顕著な上昇が確認され,渋味が生体にとってストレッサーとなることが明らかになった(27)27) Y. Fujii, K. Suzuki, Y. Hasegawa, F. Nanba, T. Toda, T. Adachi, S. Taira & N. Osakabe: Neurosci. Lett., 682, 106 (2018)..さらに消化管感覚神経を除去したモデル動物においては,渋味成分は循環・代謝系に対して影響を及ぼさないことから,作用発現には感覚神経が関与することが示唆された.以上をまとめると,渋味成分は,①口腔を含む上部消化管感覚神経によって瞬時に認識され,②その刺激が中枢神経系に伝達され,脳が活性化すること,③この刺激は脳幹を発火させ,脳幹を起始点とする交感神経活動を亢進し,④循環刺激やエネルギー代謝促進などの末梢組織に対する有用な作用を発揮することがわかった(図5図5■ポリフェノールの感覚特性による消化管-脳軸を介した生理作用発現仮説).近年,脳機能に対するポリフェノールの作用に関心が高まっているが,摂取数十分後に発現する脳血流量の増加を伴う作業記憶の改善については,口腔を含む消化管上部における「味」を介した作用であると推察される.このように,現在までの研究結果から,慢性・急性いずれの作用においても,ポリフェノールの標的臓器は消化管であり,消化管から全身に張り巡らされた免疫・神経・内分泌ネットワークと連関して,生体恒常性の維持増進に寄与すると考えられる.

図5■ポリフェノールの感覚特性による消化管-脳軸を介した生理作用発現仮説

ポリフェノール研究の社会実装に関する今後の展望

前述したように,現在までに8,000種以上のポリフェノールが同定されており,食品成分の中でもその多様性は群を抜いている.また,ポリフェノールの主な標的臓器は消化管であると考えられるが,その作用は化合物によって異なる.たとえば,消化管に存在するさまざまな常在菌の増殖に対してレスベラトロールなどのスチルベン,クロロゲン酸などのケイ皮酸,フラボノイド類,クマリンなどに分類される35種類のポリフェノールの影響を検証した研究では,一定の傾向は全く観察されなかった(28)28) L. Bouarab-Chibane, V. Forquet, P. Lantéri, Y. Clément, L. Léonard-Akkari, N. Oulahal, P. Degraeve & C. Bordes: Front. Microbiol., 10, 829 (2019)..また筆者らは,機能性食品成分として用いられているポリフェノール類の交感神経活動亢進作用を比較したところ(29)29) N. Aruga, M. Toriigahara, M. Shibata, T. Ishii, T. Nakayama & N. Osakabe: J. Funct. Foods, 10, 355 (2014).,その作用は渋味を呈する重合ポリフェノールで強く,苦味や呈味を示さないフェノール酸やフラボノイドでは,ほとんど活性が認められなかった.さらに重合ポリフェノールの一つであるBタイププロシアニジンの活性強度はその重合度に依存しなかった(30)30) R. Koizumi, T. Fushimi, Y. Sato, Y. Fujii, H. Sato & N. Osakabe: Free Radic. Res., 22, 1 (2020)..したがって,ポリフェノールの立体構造と宿主(細菌または生体)側のタンパク質との相互作用には特異性があるのではないかと考えられる(31)31) S. Soares, E. Brandão, C. Guerreiro, S. Soares, N. Mateus & V. de Freitas: Molecules, 25, 2590 (2020)..すなわち,標的タンパク質と多座配位するポリフェノール間の相補性とコンフォメーションの柔軟性が相互作用の重要な因子であると示唆される.また消化管における環境因子である温度,媒体(消化液),pHなどがこの相互作用に大きく影響することから,化合物ごと,標的タンパク質ごとに同一条件で検証したデータを統合して解析し,議論を進める必要があるだろう.

おわりに

どちらも非常に多様性に富むポリフェノールと生体・細菌の標的タンパク質間の消化管における相互作用が,作用発現メカニズムを解明する鍵であることが明らかになるにつれて,これまでの研究成果をデータベース化する要望が高まってきた.現在,植物性食品に含まれるポリフェノールのデータベースとしては2つが知られている.一つ目はフランス国立農学研究所(INRA)が運営するデータベースPolyphenol Explorer(http://phenol-explorer.eu/)であり,400を超える食品中の500種類のポリフェノールの35,000を超える含有値およびその代謝物プロファイルが公開されている.もう一つは,米国農務省のデータベース(USDA Database for the Flavonoid Content of Selected Foods; https://www.ars.usda.gov/ARSUserFiles/80400525/Data/Flav/Flav3.3.pdf)であるが,こちらは対象をフラボノイドに特化したものである.両者とも主に欧米の研究データが収載されており,アジアの植物性食品や食習慣を網羅するものではない.1995年に浜松で開催された「国際フードファクター会議:International Conference on Food Factors; ICoFF」以降,ポリフェノール研究において世界をリードしてきた日本が中心となり,特にアジアの食生活に基づいたポリフェノールのデータベース(食品中の含有量・代謝物プロファイル・またそれぞれの化合物の標的タンパク質との相互作用など)を構築すること,またこれを活用して疫学調査や介入試験を計画・実施あるいは再解析することによって,“Evidence-based polyphenol intake”をめざすことは,我が国が掲げる目標である「健康長寿社会の実現」に大きく貢献すると考える.

Reference

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