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ケトン体(アセト酢酸)の受容体を介した脂質代謝アセト酢酸をリガンドとするGPCRsの発見

Akari Nishida

西田 朱里

東京農工大学大学院農学研究院

Junki Miyamoto

宮本 潤基

東京農工大学大学院農学研究院

Ikuo Kimura

木村 郁夫

東京農工大学大学院農学研究院

京都大学大学院生命科学研究科

Published: 2021-06-01

近年,食の欧米化に伴う過剰なエネルギー摂取によって,肥満症や代謝性疾患などの生活習慣病が増加の一途をたどっている.これら生活習慣病に対する治療法として,食事療法は最も基本的なアプローチであり,特に低炭水化物食,中鎖脂肪酸食などの食事や,断続的断食に代表される疑似絶食法などが注目を集めている.たとえば,近年のDiet Programによるメタ解析の結果から,低炭水化物食の摂取が肥満症患者の体重減少を促し,血糖値や血中LDLなどの肥満リスク因子の減少に寄与することが明らかにされ,断続的断食は脂質異常症やインスリン抵抗性の改善を通じて心疾患リスク因子の減少に寄与することが報告されている(1~3)1) B. C. Johnston, S. Kanters, K. Bandayrel, P. Wu, F. Naji, R. A. Siemieniuk, G. D. Ball, J. W. Busse, K. Thorlund, G. Guyatt et al.: JAMA, 312, 923 (2014).2) F. L. Santos, S. S. Esteves, A. da Costa Pereira, W. S. Jr. Yancy & J. P. Nunes: Obes. Rev., 13, 1048 (2012).3) S. D. Anton, K. Moehl, W. T. Donahoo, K. Marosi, S. A. Lee, A. G. Mainous III, C. Leeuwenburgh & M. P. Mattson: Obesity (Silver Spring), 26, 254 (2018)..このように食事療法は,その独自性から薬物治療とは異なる代替療法として,生活習慣病を改善する作用が期待されているものの,その詳細な分子機序は明らかとされていない.一方,最近の研究から,これら食事療法が効率的にケトン体の産生を促すことが明らかとなり,生体のエネルギー代謝調節における実質的な分子実体として,ケトン体が注目を集めている.

ケトン体は,βヒドロキシ酪酸,アセト酢酸,アセトンの総称であり,飢餓,絶食,低炭水化物食・ケトン食の摂取や長時間の運動などによってグルコースが不足すると,肝臓のミトコンドリアにおいてグルコースの代替エネルギー源として産生される.アセトンは速やかに呼気から排出される一方,βヒドロキシ酪酸とアセト酢酸は,水溶性であるため血中を通じて全身の臓器に運搬され,組織や細胞の維持に利用される.加えて,近年,βヒドロキシ酪酸とアセト酢酸が単なるエネルギー源として利用されるだけでなく,細胞膜上受容体であるGタンパク質共役型受容体(G protein coupled receptors; GPCRs)を介したシグナル分子として生体調節に関与することが報告され始めている.

図1■ケトン体をリガンドとするGPCRs

細胞膜上受容体の発見により,生体内物質の特異的な受容体が同定され,受容体を介したさまざまな生体調節機能が明らかになり始めている.グルコースの代替エネルギー源として捉えられていたケトン体においても,GPR109A, GPR41およびGPR43が各種ケトン体の受容体であることが同定され,その機能解析が進められている.GPR109AはGi/o共役型の受容体で,種々の免疫細胞,腸管上皮細胞および脂肪組織に多く発現する.ケトジェニック環境下おいて産生されたβヒドロキシ酪酸はGPR109Aの内因性リガンドとして機能し,脂肪細胞における脂肪分解を抑制することが報告されている(4)4) C. C. Blad, C. Tang & S. Offermanns: Nat. Rev. Drug Discov., 11, 603 (2012)..加えてわれわれは,ケトジェニック環境下において,βヒドロキシ酪酸が短鎖脂肪酸受容体であるGPR41の機能を抑制するという新たな分子機序を明らかにした.GPR41はGi/o共役型の受容体で交感神経節に高発現しており,食物繊維を基質とした腸内細菌代謝物である短鎖脂肪酸によって活性化される結果,交感神経活性や体温上昇を促しエネルギー代謝を調節する.一方,ケトジェニック環境下において増加したβヒドロキシ酪酸は,GPR41に対し抑制的に作用し,エネルギー消費を抑えることで,エネルギー恒常性維持に寄与することを明らかにした(5)5) I. Kimura, D. Inoue, T. Maeda, T. Hara, A. Ichimura, S. Miyauchi, M. Kobayashi, A. Hirasawa & G. Tsujimoto: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 8030 (2011)..今後,ケトジェニック環境におけるGPR109AやGPR41とβヒドロキシ酪酸の相互作用による,生体エネルギー代謝調節のより詳細な分子機序の解明が期待される.

もう一つのケトン体であるアセト酢酸にも,βヒドロキシ酪酸と同様,GPCRsを介した生理作用が期待されるが,アセト酢酸は生体内で速やかにアセトンに変換されるため,その機能について詳細な検討は行われていなかった.しかしながらわれわれは最近の研究で,アセト酢酸が短鎖脂肪酸受容体GPR43の新規内因性リガンドであることを見いだした(6)6) J. Miyamoto, R. Ohue-Kitano, H. Mukouyama, A. Nishida, K. Watanabe, M. Igarashi, J. Irie, G. Tsujimoto, N. Satoh-Asahara, H. Itoh et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 23813 (2019)..ケトジェニック環境下におけるGPR43はアセト酢酸を認識し,脂肪組織におけるリポタンパク質リパーゼ(lipoprotein lipase; LPL)の活性を高め,中性脂肪の分解および脂質の利用を促進する.実際,野生型マウスに対して,絶食,低炭水化物食や断続的断食による生体の栄養状態変化を誘導すると,血中アセト酢酸濃度の劇的な上昇に伴い,LPL活性の上昇と体重の減少が確認される.しかしながらGpr43遺伝子欠損マウスでは,血中アセト酢酸濃度は野生型と同程度まで上昇するにもかかわらず,LPL活性上昇および体重減少作用が減弱した.さらに低炭水化物食や断続的断食など,長期間の食事によって誘導されたケトジェニック環境下では,腸内細菌の構成が変化し,GPR43のリガンドである短鎖脂肪酸の産生量が,腸管において大きく減少する結果,腸管におけるLPL活性が低下することを見いだした.すなわちケトジェニック環境下では,血中のアセト酢酸を介することで脂肪組織などの末梢組織におけるGPR43が活性化されるが,腸管では栄養状態の変化に伴う短鎖脂肪酸の劇的な減少によりGPR43が抑制される.その結果,アセト酢酸-GPR43シグナルが全身でのLPL活性を促進することで脂質代謝・エネルギー利用を亢進する一方,腸管では抑制されることが示され,GPR43は生体の栄養環境に依存して,効率的なエネルギー利用を調節していることを明らかにした.

肥満や2型糖尿病などをはじめとした代謝性疾患が社会問題とされる今日,その治療および予防法の開発は急務である.「医食同源」の概念のとおり,近年の健康志向の高まりから,日々の食生活を通じて健康を目指すことの重要性が再認識され始めている.医療・臨床の現場においても,食事療法による疾患治療が進められるなか,ケトジェニックな環境が宿主の生体恒常性維持に密接に関与していることが,科学的根拠に基づいて明らかとされつつある.さらに,ケトン体に対する受容体の発見により,その生体恒常性維持作用は,代替エネルギー源としての作用のみならず,細胞膜上受容体によるシグナル伝達を介することで,生体にさまざまな有益な影響を与えることが示唆された.今後,ケトン食を利用した食事介入や栄養管理を介した先制医療や予防医学,さらにはケトン体受容体を標的とした代謝性疾患治療薬の開発につながる可能性が期待される.

Reference

1) B. C. Johnston, S. Kanters, K. Bandayrel, P. Wu, F. Naji, R. A. Siemieniuk, G. D. Ball, J. W. Busse, K. Thorlund, G. Guyatt et al.: JAMA, 312, 923 (2014).

2) F. L. Santos, S. S. Esteves, A. da Costa Pereira, W. S. Jr. Yancy & J. P. Nunes: Obes. Rev., 13, 1048 (2012).

3) S. D. Anton, K. Moehl, W. T. Donahoo, K. Marosi, S. A. Lee, A. G. Mainous III, C. Leeuwenburgh & M. P. Mattson: Obesity (Silver Spring), 26, 254 (2018).

4) C. C. Blad, C. Tang & S. Offermanns: Nat. Rev. Drug Discov., 11, 603 (2012).

5) I. Kimura, D. Inoue, T. Maeda, T. Hara, A. Ichimura, S. Miyauchi, M. Kobayashi, A. Hirasawa & G. Tsujimoto: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 8030 (2011).

6) J. Miyamoto, R. Ohue-Kitano, H. Mukouyama, A. Nishida, K. Watanabe, M. Igarashi, J. Irie, G. Tsujimoto, N. Satoh-Asahara, H. Itoh et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 23813 (2019).