Kagaku to Seibutsu 59(6): 272-274 (2021)
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超好熱性サチライシンをモデルにみるタンパク質フォールディングの高温環境適応戦略Tk-subtilisinと3つの挿入配列
Published: 2021-06-01
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
超好熱菌は至適生育温度が80°Cを超える微生物の総称で,海底の熱水噴出孔や陸上温泉から単離される.これらの微生物が生産するタンパク質は極限環境で機能するために天然構造が高度に安定化されており,代表的な例ではPyrococcus horikoshii由来CutA1の熱変性温度は150°Cに近いことが報告されている.超好熱菌タンパク質のアミノ酸組成は常温菌タンパク質と比較して高温で不安定な極性アミノ酸が減少し,反対にGluやArg, Valなどのアミノ酸の割合が増加する傾向が見られる.上記のCutA1の例では多数のイオンペア形成が構造安定性に重要であることが示されており,ほかにも疎水性相互作用の増加や,構造表面ループの短鎖化,オリゴマーの形成などその構造安定化戦略はさまざまである.一方で,安定な天然構造に至るには適切なポリペプチド鎖の折り畳み(フォールディング)が必要だが,エントロピーが増大する高温環境でのフォールディングは困難を極める.しかしながら,タンパク質フォールディングを高温環境に適応させる分子機構は,構造安定化機構に対してよく知られていないのが現状である.
筆者らはこれまで,超好熱菌Thermococcus kodakarensis KOD1株が分泌するサチライシン様セリンプロテアーゼTk-subtilisin(TKS)をモデルに,高温環境でフォールディングするための機構について研究を進め,いくつかの知見を導出してきた.枯草菌などの常温菌由来サチライシンのフォールディングにはN末端プロペプチドのシャペロン機能が必要だが,TKSではプロペプチド(TKpro)ではなく,カルシウムがフォールディングに必須である(1)1) M. Pulido, K. Saito, S. Tanaka, Y. Koga, M. Morikawa, K. Takano & S. Kanaya: Appl. Environ. Microbiol., 72, 4154 (2006)..TKSのX線結晶構造では,TKproが切断される前の構造に6個ものカルシウム結合が見られる(図1図1■TKS不活性変異体のX線結晶構造).TKSは超好熱菌サチライシンに特徴的な3つの挿入配列(IS1, IS2, IS3)を有しており,特にIS2はカルシウム結合モチーフDx[DN]xDGを含み,4つのカルシウム(Ca2~5)と結合するカルシウム結合ループを形成する(2)2) S. Tanaka, K. Saito, H. Chon, H. Matsumura, Y. Koga, K. Takano & S. Kanaya: J. Biol. Chem., 282, 8246 (2007)..IS2はサチライシンのフォールディングコアを構成するαβα substructure領域のちょうど中間あたりに挿入されており,カルシウムと結合するとループ構造が安定化されてコア構造形成を促進する.IS2欠損変異体はカルシウム存在下でもフォールディングは起こらず,カルシウム非結合状態と同じモルテングロビュール様構造を取っていた.また,IS2への点変異によりカルシウム結合親和性が低下した変異体ではフォールディング速度が顕著に低下した.したがって,IS2はTKSのフォールディングにおいてカルシウム依存的に働く新規のシャペロンループであると考えられる(3)3) Y. Takeuchi, S. Tanaka, H. Matsumura, Y. Koga, K. Takano & S. Kanaya: Biochemistry, 48, 10637 (2009)..宿主の生育環境が海水中であることを鑑みると,IS2は細胞外に分泌されて初めてカルシウムと結合し,シャペロンとしての機能を発揮するのであろう.常温菌サチライシンではプロペプチドがIS2に代わる役割を果たしており,αβα substructureの片方のヘリックス表面の酸性アミノ酸と水素結合を作ることでコア構造形成を促進する.TKproも同様の相互作用をTKSとの間に形成し,IS2によるフォールディングをさらに促進する(4)4) S. Tanaka, H. Matsumura, Y. Koga, K. Takano & S. Kanaya: J. Mol. Biol., 394, 306 (2009)..これらからTKSは高温環境でフォールディングするために2種類の分子内シャペロンを利用することがわかる.
活性中心に対して正面図(上)と背面図(下)を示す.TKS(緑色)に存在する3つの挿入配列について,IS1を青色,IS2を紫色,IS3を橙色で,また,フォールディングのコア構造となるαβα substructureを薄橙色で,それぞれ示す.3つの触媒残基(Asp115, His153, Ser324(本構造ではAlaで置換))とCa1サイトのGln84の側鎖を黄色のスティックで,結合する6個のカルシウム(Ca1~6)をシアン色の球体で示す.フォールディング完了後,TkproとIS1の間の自己切断(Autoprocessing)は矢印で示した部位で行われる.
次に,IS1はTkproのC末端とTKSのN末端の間にリンカーループを形成している(図1図1■TKS不活性変異体のX線結晶構造).IS1欠損変異体はプロペプチド切断(Autoprocessing)前の構造が野生型に対して著しく不安定化しており,高温でフォールディングを試みてもほとんど成熟体が得られなかった.しかし,Autoprocessing後にはその構造は野生型と同程度まで安定化した(5)5) R. Uehara, S. Tanaka, K. Takano, Y. Koga & S. Kanaya: Extremophiles, 16, 841 (2012)..これは,構造安定化に必須なCa1サイトが,IS1欠損変異体ではAutoprocessing前に形成できないことに起因する.Ca1に配位するGln84は,Autoprocessing前にはCa1サイトから遠く離れた活性中心に位置しており,結果,Ca1サイトを形成することはできない.Autoprocessingによって新たに生じたN末端とともにGln84は活性中心から解放され,Ca1に結合できる位置まで移動し,このCa1サイト形成に伴ってフォールディングが完了する.IS1をもたない常温菌由来サチライシンにもCa1サイトが保存されており,Autoprocessing前の構造は極めて不安定であることが報告されている.他方,TKSの野生型ではIS1が活性部位とCa1サイトの間の距離をリンカーとして埋めているおかげで,Autoprocessing前にもかかわらずGln84はすでにCa1サイトに位置しており,そのため,Autoprocessingを待つことなくフォールディングを完了することができる(図1図1■TKS不活性変異体のX線結晶構造).同様に,常温菌サチライシンにIS1を移植するとAutoprocessing前のCa1サイトの形成と構造安定化が見られる(6)6) R. Uehara, C. Angkawidjaja, Y. Koga & S. Kanaya: Biochemistry, 52, 9080 (2013)..したがって,IS1はAutoprocessing前の不安定な構造を回避させ,高温環境下でのフォールディング効率を高める.ひとたびAutoprocessingが起こるとIS1は不要となり,成熟体TKSのIS1は大部分が自身の活性により切除される.
もう一つの挿入配列であるIS3は,唯一カルシウムの結合とは関与せず,2つのαヘリックスをつなぐヘアピン構造を形成する(図1図1■TKS不活性変異体のX線結晶構造).IS3欠損変異体をカルシウム存在下でフォールディングさせると,コア構造を形成しながらも末端部位が折り畳まれていない中間体でフォールディングが停止していた(7)7) R. Uehara, N. Dan, H. Amesaka, T. Yoshizawa, Y. Koga, S. Kanaya, K. Takano, H. Matsumura & S. Tanaka: FEBS Lett., 595, 452 (2021)..このことは,IS3にコア構造から末端部位へフォールディングを伝播する役割があることを示唆する.IS3にはループ内水素結合を形成するAsp356が存在する.D356A変異体は野生型と比較してフォールディング速度が極端に低下していた.一方で,立体構造や熱安定性は野生型とほぼ同じであり,Asp356を介したIS3ループ内の相互作用はフォールディングの過程においてのみ重要であった.D356A変異体のフォールディング効率は高温下で特に低く,IS3を介したフォールディングの伝搬は高温環境で効率的にフォールディングするために必要な機構であると考えられる.
本稿ではTKSの3つの挿入配列が高温環境におけるフォールディングに果たす役割について解説した(図2図2■高温環境下でのTKSのフォールディング機構).これらの挿入配列は多くの超好熱菌サチライシンに保存されており,宿主が生育する高温環境に適応するための共通戦略として獲得されたと推察される.面白いことに,これらの挿入配列は他の構造領域に依存することなく独立して機能することが可能であり,タンパク質の機能を設計するうえでも有用な知見を与える.たとえば,IS1の移植によりAutoprocessing前の構造が安定化した常温菌サチライシンは,大腸菌発現の際に収量が大幅に増加する.より多くの挿入配列が見つかれば,特定の配列・構造を選ばずに機能を付与するようなプロテイングラフティングが可能になるかもしれない.今後の挿入配列の研究がタンパク質工学に新たなツールをもたらすことが期待される.
超好熱菌T. kodakarensisで生合成されたTKS前駆体はN末端のシグナルペプチド(黄土色)を介して細胞外へ分泌される.TKpro(赤色の楕円)は独立した構造を保ち,TKSはIS2にカルシウム(水色の球体,番号はCa1~7の各カルシウム結合部位に対応する)が結合することでコア構造(肌色の球体)を形成する.その後,IS3がフォールディングを末端部位まで伝播するとともに,IS1がCa1サイトの形成を補助することでTKSは天然構造(緑色の球体)を形成してフォールディングを完了する.TKpro–IS1の間のペプチド結合は自己切断(Autoprocessing)を受け,解離したTKproを分解することでTKSが成熟化する.