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酒造用原料米の吸水における水浸裂傷の影響画像解析による可視化およびモデルによる定量評価

Taisuke Kodo

高堂 泰輔

黄桜株式会社研究所

Published: 2021-06-01

近年,清酒業界において消費者からのニーズの高まりに応じ,高品質で華やかな香りを有する吟醸酒の製造量が増加傾向にある(1)1) 国税局:清酒の製造状況等について(平成30酒造年度分),https://www.nta.go.jp/taxes/sake/shiori-gaikyo/seizojokyo/2018/pdf/001.pdf, 2020.吟醸酒の製造に用いられる白米は,水を通しにくい糠層の大半が精米工程で除去されていることで吸水速度が速いという性質があり,吸水特性の把握を目的としたさまざまな研究がこれまで実施されてきた.たとえば,米粒の中心部に心白と呼ばれる構造を持つ酒造好適米の吸水では,浸漬開始一定時間経過後に吸水速度が上昇することを特徴とするS字型の曲線をたどることが水間から報告されている(2)2) 水間智哉:醸協,104(5), 322 (2009)..心白は,米粒中心部のデンプン粒の充填が疎になった構造であり,透過光を散乱することで白濁した外観特徴として現れるが,心白部位では吸水時に水分拡散が急速におこることから,酒造好適米には食用米と異なる吸水特性が生じる.また,吸水速度上昇の要因の一つとして,吸水中に米が割れる現象(水浸裂傷)が挙げられる.この現象は食用米においての先行研究例も多く,裂傷粒が増加すると,テクスチャーの低下により,食味に悪影響を与えることが源川らから報告されている(3)3) 源川拓磨,内野敏剛,田中史彦,濱中大介,冨澤秀生:農機誌,71(3), 78 (2009)..特に酒造好適米においては,心白の存在により白米粒の物理的強度が大幅に低下しており,水浸裂傷が発生しやすい状態となっている.水浸裂傷が発生した場合,1)白米の表面積を増加させ吸水制御が困難になる,2)蒸米の粘着性が増大し外側が硬く内側が軟らかい理想の物性を損なってしまう,3)発酵中の溶解速度の異常を引き起こす,などのさまざまな問題が起こる.以上のことから,吸水中の水浸裂傷の発生は最小限に抑えることが重要である.

水浸裂傷の発生要因の一つとして,白米の腹側と背側の吸水膨張率差が挙げられる.浸漬前後の白米の画像について腹側と背側の面積を計測し,その変化率を求めることで膨張率が算出されるが,水浸裂傷が発生した粒においては浸漬開始約2分で腹側と背側に約9.0%の膨張率差が発生し最大となることが,佐藤らによって明らかとなった(4)4) 佐藤稔英,中山繁喜,米倉裕一,平野高広,山口佑子,遠山 良:醸協,106(2), 103 (2011)..一方で,水浸裂傷未発生粒は浸漬開始約2分で膨張率差が最大に達するものの,水浸裂傷発生粒より約4.7%低い結果となった.吸水の方向性については,腹側から先行して吸水が始まることが確認されている.心白をもたない「ひとめぼれ」においても,精米歩合40%まで精米することによって腹側から吸水する傾向となり,水浸裂傷発生の要因は心白の存在に限らず,高度精白による白米の腹側と背側の強度差の発生を含めた複合要因であることが推察された.浸漬には基本的に10°C前後の冷水を用いるが,僅かな水温の違いによって吸水速度が変化することが知られている.また,浸漬前に湿度調整によって白米水分を増加させることで,吸水速度が低下することも明らかとなっている.水浸裂傷との関連性について,15°Cの水温では5°Cの場合と比較して,水浸裂傷発生粒が最大で27%増加し,高温浸漬において水浸裂傷が発生しやすいことが報告されている.これは吸水速度の上昇のため腹側と背側の膨張率差が急激に起こり,水浸裂傷が発生しやすい状態になったためと推察された.白米水分の影響としては,11~13%の範囲で水浸裂傷の発生率は最大となり,10%以下,または14%以上で水浸裂傷の発生が抑えられることが明らかとなっている.白米は含水率と強度に負の相関があることが報告されており,このことから,白米水分10%以下では腹側背側の応力差に耐えることのできる強度を有していると考えられる.反対に,白米水分が高い状態では,強度が低い代わりに吸水速度が低下することで腹側–背側の急激な膨張率差が起こりにくい.このように白米水分が強度と吸水速度の双方と相関することから,水浸裂傷が発生しやすい白米水分条件が11~13%という特定の範囲に定まると推察された.

白米水分や浸漬水温などの要因以外に,品種が有する固有の吸水特性が存在することが知られている.たとえば,京都府独自に栽培されている酒造好適米の「祝」は吸水速度が速いことから,吸水率のコントロールが難しいことが知られている.反対に,「山田錦」や「五百万石」といった多くの蔵で使用されている酒造好適米品種については比較的吸水が緩やかである.これらの差についても水浸裂傷がその一因であることが推察されるが,最近の研究により,吸水過程を連続画像として取得することで,画像解析とモデルフィッティングから定量的な比較を行うことが可能となってきている.高堂らは定量比較のために,1)水浸裂傷は白米という限られた体積の中で発生するため上限値が存在し,発生量が上限値に近づくと発生速度が低下する,2)吸水によって水浸裂傷が発生し,その水浸裂傷が吸水を加速させるという過程は連鎖的であることから,水浸裂傷の発生量に応じて発生速度が増加する,という2点の仮定を導入することで,水浸裂傷長の総和(以下,総裂傷長)の時間変化は生体個体数変化の数理モデルであるロジスティック関数で回帰できるとの推論を立て,モデルの作成を行った(水浸裂傷増加モデル)(5)5) 高堂泰輔,西村隆雄,藤原久志,北岡篤士,若井芳則:醸協,114(11), 697 (2019).図1図1■水浸裂傷増加モデルの適用).その結果,いずれの品種においても非常に高い精度で回帰が可能であることがわかり,最大総裂傷長Kおよび総裂傷長増加速度rの2つのパラメータを用いることで品種間差の定量評価が可能となった.定量評価の結果,酒造好適米のルーツと言われる「雄町」は水浸裂傷の発生が多く,「山田錦」のような改良品種では水浸裂傷発生が低減されていることが明らかとなり,品種改良の過程で酒造適性に志向した結果,水浸裂傷発生が抑制された系統が選択されてきたのではないかと考えられた.また,蒸米について動的粘弾性測定および酵素消化液による消化性試験を実施したところ,Kが大きい品種では蒸米が軟らかくなる傾向があり,rが大きい品種では糖分にかかわる消化性成分が多く溶出される傾向にあった.以上のことから,酒造好適米のもつ醸造特性の一部は,各品種の心白サイズや白米強度の違いによる水浸裂傷発生程度の差に起因するものであると推察された.

図1■水浸裂傷増加モデルの適用

白米の吸水現象を米粒内での非定常水分拡散であると仮定した場合,時間に対する吸水率変化は√型の曲線となることが報告されており,モデルを使用することで食用米の吸水率変化に高い精度で適合することが,佐藤らから報告されている(6)6) 佐藤はるか,田中史彦,内野敏剛,ペレズジョナサン,源川拓磨:農機誌,73(5), 313 (2011)..しかし,先述のとおり,酒造好適米の吸水曲線はS字型の傾向をとることから,既存モデルへの適合精度は低い.本モデルはパラメータとして米粒を球体と模した場合の半径が含まれるが,水浸裂傷が発生した場合,米粒は時間経過とともに分割され,表面積増加に伴って吸水が加速されると考えられる.そこで高堂らは,既存のモデルにおける球相当半径を水浸裂傷の時間変化の関数に置換することで,適合精度の向上を実現した(Crack-ABSモデル)(7)7) 高堂泰輔,藤原久志,若井芳則,冨田晴雄,中嶋理奈,宮藤 章:令和2年度日本醸造学会大会一般講演要旨(2020).図2図2■Crack-ABSモデルによる適合精度改善).ここから,酒造好適米の吸水パターンには各試料のもつ水浸裂傷発生パターンが大きな影響を与えていることが推察された.また,水分拡散のパラメータである拡散係数Dは水浸裂傷増加モデルにおける曲線形状の傾向を示すパラメータと相関関係にあることもわかり,水浸裂傷発生の連鎖発生と水分拡散速度がリンクしていることが予想された.

図2■Crack-ABSモデルによる適合精度改善

以上に示した内容から,酒造好適米における水浸裂傷の発生は浸漬米,蒸米,もろみの物理的,化学的特性を変化させることで,最終産物である清酒の特徴に大きな影響をあたえることが推察される.これらを踏まえ,今後の品種改良等においては水浸裂傷の発生程度を酒造適性の指標の一つとして活用することが望ましいと考えられる.今回は白米水分や浸漬水温との関連性や品種間差についての研究事例を紹介したが,米の特性は生育期間の気象条件によって大きく異なることから,気象変動の激しい昨今の状況においては,年次間差が大きいことも想定される.安定した清酒製造を実施するために原料米の特性把握は必要不可欠であり,水浸裂傷を含めた原料処理の知見を十分に蓄積していくことで,清酒のさらなる品質向上を目指すことが大きな課題であると言える.

Reference

1) 国税局:清酒の製造状況等について(平成30酒造年度分),https://www.nta.go.jp/taxes/sake/shiori-gaikyo/seizojokyo/2018/pdf/001.pdf, 2020

2) 水間智哉:醸協,104(5), 322 (2009).

3) 源川拓磨,内野敏剛,田中史彦,濱中大介,冨澤秀生:農機誌,71(3), 78 (2009).

4) 佐藤稔英,中山繁喜,米倉裕一,平野高広,山口佑子,遠山 良:醸協,106(2), 103 (2011).

5) 高堂泰輔,西村隆雄,藤原久志,北岡篤士,若井芳則:醸協,114(11), 697 (2019).

6) 佐藤はるか,田中史彦,内野敏剛,ペレズジョナサン,源川拓磨:農機誌,73(5), 313 (2011).

7) 高堂泰輔,藤原久志,若井芳則,冨田晴雄,中嶋理奈,宮藤 章:令和2年度日本醸造学会大会一般講演要旨(2020).