解説

植物ポリアミンの代謝と機能その普遍性,多様性と特異性

Metabolism and Function of Plant Polyamines: One of the Most Versatile Compounds in Plant Cells

Taku Takahashi

高橋

岡山大学大学院自然科学研究科

Hiroyasu Motose

本瀬 宏康

岡山大学大学院自然科学研究科

Published: 2021-06-01

ポリアミンはアミノ基(–NH2)が2つ以上結合した脂肪族炭化水素化合物の総称で,生き物がもつ代表的なポリアミンとして,ジアミンのプトレシン,トリアミンのスペルミジン,テトラアミンのスペルミンがよく知られる.植物のポリアミンについては,生理学的な知見が数多く蓄積しているが,近年,シロイヌナズナを用いた分子遺伝学の隆盛により,研究も飛躍的に進展し,ストレス応答における働きやスペルミンの構造異性体であるサーモスペルミンの維管束木部分化に対する抑制作用など,興味深い生理機能が明らかになってきた.その最新知見について概説する.

Key words: ストレス応答; 維管束; RNA翻訳; ポリアミン酸化酵素; サーモスペルミン

はじめに

ポリアミンは,生き物を問わず概して細胞増殖の盛んな組織に見いだされる(1)1) 五十嵐一衛:“神秘の生命物質–ポリアミン”,共立出版,1993, p. 112..単純な構造のカチオンとしてさまざまなアニオンと相互作用し,特にRNAのリン酸基との親和性が高く,その構造安定化やRNA翻訳に寄与していると考えられている.極限環境にいる細菌からは長鎖や分枝鎖ポリアミンが多種類見つかり,ポリアミンの宝庫と言われるが,高温や強酸など,過酷な条件下でのタンパク質の合成や活性維持に重要であることが示唆される.スペルミジンは,真核生物において必須のmRNA翻訳開始因子eIF5Aがハイプシン修飾される際,基質として欠かせない.スペルミンは,内向き整流性カリウムチャネルのブロッカーとして,動物の心筋の活動電位の制御に深くかかわる.がん患者の血中ではポリアミン濃度が上昇し,尿のアセチル化ポリアミン排出量が高まることから,がんの早期発見を目指した検出法の開発が進められている.そのほか,ポリアミンの最新の研究動向や知見については,日本ポリアミン学会のウェブサイト(http://pa.umin.jp/)で公開されている学会誌で知ることができる.

ポリアミンの生合成

生体内にある最も単純な構造のジアミンの一つであるプトレシン(1,4-ジアミノブタン)は,アルギニンの脱炭酸からアグマチンのイミノ加水分解を経てN-カルバモイルプトレシンのアミド加水分解に至る3段階の反応,または遊離アミノ酸のオルニチンの脱炭酸化反応により生成される(図1図1■植物におけるポリアミンの生合成とその関連経路).後者を触媒するオルニチンデカルボキシラーゼ(ODC)は,動物や菌類ではポリアミン合成の律速酵素で,ODC活性を阻害するアンチザイムが存在する.高濃度のポリアミンに応じてアンチザイムのmRNA翻訳にフレームシフトが生じ,活性型のアンチザイムが誘導的に合成される仕組みが知られる(2)2) S. Matsufuji, T. Matsufuji, Y. Miyazaki, Y. Murakami, J. F. Atkins, R. F. Gesteland & S. Hayashi: Cell, 80, 51 (1995)..シロイヌナズナにはODCの遺伝子がない一方,葉緑体局在型のアルギニンデカルボキシラーゼ(ADC)をコードする遺伝子が2つあり,ADC経路を欠く動物,菌類とは対照的である.ADC1の発現が構成的であるのに対して,ADC2は乾燥や傷害ストレスによって誘導的に発現する(3)3) K. Urano, T. Hobo & K. Shinozaki: FEBS Lett., 579, 1557 (2005)..加えてアルギニンはミトコンドリアのアルギナーゼによりオルニチンと尿素に分解され,動物同様,シトルリンと合わせて尿素回路を構成していると見なされている.シロイヌナズナのアルギナーゼARGAH2は葉緑体に局在し,アグマチンから直接プトレシンを生成するアグマチナーゼ活性も併せもっていることが示され,プトレシン生合成の第3経路として提唱されている(4)4) J. Patel, M. Ariyaratne, S. Ahmed, L. Ge, V. Phuntumart, A. Kalinoski & P. F. Morris: Plant Sci., 262, 62 (2017).

図1■植物におけるポリアミンの生合成とその関連経路

リジン~カダベリン経路は省略した.酵素名の略号ほか詳しくは本文参照.合成の鍵となるアミノプロピル基を丸で囲んで示す.

カダベリン(1,5-ジアミノペンタン)はリジンの脱炭酸化によって生成されるが,植物界に普遍的に存在するかどうかは確かでない.マメ科植物ではキノリチジンアルカロイドの合成基質になる.1,3-ジアミノプロパンは,後述のポリアミン代謝の分解産物である.

スペルミジンは,プトレシンにアミノプロピル基が付加して生成され,さらにスペルミンとサーモスペルミンはスペルミジンの一端にアミノプロピル基が付加してできる.すなわち,これらの合成酵素はアミノプロピル基転移酵素である.アミノプロピル基は,脱炭酸S-アデノシルメチオニンから供給されるので,S-アデノシルメチオニンデカルボキシラーゼ(SAMDCまたはAdoMetDCと呼ばれる)はポリアミンの生合成に必須である.

スペルミン合成酵素(SPMS)は祖先的なスペルミジン合成酵素(SPDS)から,動物,菌類,植物でそれぞれ独立に分子進化したと推測されている(5)5) E. G. Minguet, F. Vera-Sirera, A. Marina, J. Carbonell & M. A. Blázquez: Mol. Biol. Evol., 25, 2119 (2008)..種子植物にはSPMS遺伝子があるが,コケやシダ植物からは見つかっていない.しかし,藻類からもスペルミンが検出されることから,植物界でも複数回の分子進化または喪失があったと思われる.

サーモスペルミンは,スペルミンの構造異性体として真正細菌の高度好熱菌Thermus thermophilusから最初に見つかり,後にシロイヌナズナの矮性変異acaulis5acl5)の原因遺伝子ACL5がサーモスペルミン合成酵素(TSPMS)をコードしていることが突き止められた(6)6) A. Takano, J.-I. Kakehi & T. Takahashi: Plant Cell Physiol., 53, 606 (2012)..サーモスペルミンは,狩人バチの神経毒に共有結合している例を除き,動物や菌類には検出されていないが,植物では普遍的に存在する.ACL5相同遺伝子はシダ,コケ,緑藻から,卵菌や珪藻を含むストラメノパイルにもあり,細菌から植物の祖先に水平伝播された可能性が示唆されている.一部の細菌がもつ長鎖ポリアミンは,サーモスペルミンを含めアミノプロピル基の連続付加反応で生じるが,仲介するアミノプロピル基転移酵素の遺伝子とACL5との共通性や進化的な起源の解明が待たれる.

スペルミジン,スペルミン,サーモスペルミン各合成酵素は細胞質にある.シロイヌナズナでは,SPDSとSPMSがヘテロ2量体を形成し,さらに巨大なタンパク複合体に組み込まれていることが示されている(7)7) M. Panicot, E. G. Minguet, A. Ferrando, R. Alcázar, M. A. Blázquez, J. Carbonell, T. Altabella, C. Koncz & A. F. Tiburcio: Plant Cell, 14, 2539 (2002)..TSPMSはタルウマゴヤシから結晶化され,ホモ4量体であることが示された(8)8) B. Sekula & Z. Dauter: Biochem. J., 475, 787 (2018).

ポリアミンの細胞内恒常性の維持

ポリアミンは細胞内に多量に存在し,数~数十mMに達するとも言われる.シロイヌナズナでは,スペルミジンは20–70 nmol/g生重量で10 μM前後,プトレシンやスペルミンは5–20 nmol/g生重量で数μMと算出されている(9)9) Y. Naka, K. Watanabe, G. H. Sagor, M. Niitsu, M. A. Pillai, T. Kusano & Y. Takahashi: Plant Physiol. Biochem., 48, 527 (2010)..これら,3つのポリアミンはあらゆる組織に存在するが,前述のADCのように遺伝子発現がストレス応答性を示すものもあり,ストレス条件や分裂組織ではより高濃度に蓄積する.サーモスペルミンは維管束で限定的に作られ,植物体全体の含量は,スペルミンの数~十分の1である.いずれも,分解より生合成に恒常性の鍵となる調節機構が見つかっている.

スペルミジンやスペルミンの合成については,アミノプロピル基の供給にかかわるSAMDC/AdoMetDCのmRNA翻訳制御が知られている.シロイヌナズナには,SAMDC遺伝子が4つあり,SAMDC1のmRNA 5′リーダー領域には,種を超えて保存された2つの短いペプチドコード領域(upstream open-reading frame略してuORF)が重複して存在する.uORFは主たるタンパク質コード領域の翻訳抑制にかかわる例が多数知られる.SAMDC1 mRNAの場合,通常は先行するuORFから翻訳されるが,短すぎるために酵素コード領域から翻訳が再開されるのに対し,細胞内ポリアミン濃度が高まると2番目のやや長いuORFに翻訳がシフトし,その翻訳終結時にリボソーム停滞が起きて酵素タンパク質の合成が回避される(10)10) C. Hanfrey, K. A. Elliott, M. Franceschetti, M. J. Mayer, C. Illingworth & A. J. Michael: J. Biol. Chem., 280, 39229 (2005)..ポリアミンとmRNAとリボソームの相互作用の詳細は不明であるが,酵素量を遺伝子の転写ではなく,複数のuORFを介した翻訳過程で調節するユニークな仕組みである.

サーモスペルミンの合成は,シロイヌナズナにおいてTSPMSをコードするACL5遺伝子の発現が外的なサーモスペルミンにより低下し,負のフィードバック制御が示されている(6)6) A. Takano, J.-I. Kakehi & T. Takahashi: Plant Cell Physiol., 53, 606 (2012)..詳しくは後述する.SAMDC4の発現もサーモスペルミンによって負に制御され,ACL5同様,維管束に特異的であることから,サーモスペルミン合成に必要なアミノプロピル基の供給に特化したSAMDC遺伝子と考えられる.

ポリアミンの分解とその意義

ポリアミンの分解は,チロシンから変換されたトパキノンをペプチド内に補因子として含む銅イオン依存性アミンオキシダーゼ(CuAO)と,FADを補因子としてもつポリアミンオキシダーゼ(PAO)が触媒する(11)11) P. Tavladoraki, A. Cona & R. Angelini: Front. Plant Sci., 7, 824 (2016).図2図2■植物におけるポリアミンの分解経路).前者は主にプトレシンやカダベリンを基質とし,ジアミンオキシダーゼ(DAO)とも呼ばれる.プトレシンは過酸化水素,アンモニアと4-アミノブタナールに代謝される.シロイヌナズナには8個遺伝子があり,酵素は細胞外分泌やペルオキシゾーム局在が示されている.スペルミジン分解活性が認められた酵素もある.

図2■植物におけるポリアミンの分解経路

PAOには逆変換型と末端分解型があり,逆変換ではスペルミン,スペルミジンはそれぞれスペルミジン,プトレシンと過酸化水素,3-アミノプロパナールに代謝される.シロイヌナズナのPAO遺伝子は5つあり,いずれも逆変換型をコードする.PAO1, PAO5は細胞質に存在する一方,スペルミジンを分解するPAO2, PAO3とスペルミンを分解するPAO4はペルオキシゾームに局在する.PAO5はサーモスペルミンを分解し,その遺伝子発現は合成にかかわるACL5同様,維管束に特異的である.いずれのPAO遺伝子も外的なポリアミンに対する発現の応答性は認められないが,PAO2, PAO3のmRNAには種を超えて保存されたuORFが存在し,翻訳レベルでの調節が示唆される.PAO2の欠損変異体は高濃度のスペルミジン存在下で種子発芽が阻害される(12)12) Y. Takahashi, T. Uemura & Y. Teshima: Biochem. Biophys. Res. Commun., 516, 1248 (2019).

末端分解型は細胞外に分泌され,スペルミンはN-(3-アミノプロピル)-4-アミノブタナール,スペルミジンは4-アミノブタナールにそれぞれ分解され,同時にジアミノプロパンと過酸化水素が生成される.イネには7つのPAO遺伝子があり,PAO2, PAO6, PAO7は末端分解型をコードしている.筆者らは,イネのPAO2, PAO6の発現が外的なスペルミンに応答して,劇的に増加することを確認した(13)13) M. Miyamoto, S. Shimao, W. Tong, H. Motose & T. Takahashi: Plants, 8, 269 (2019)..しかし,細胞外のPAOやCuAOの存在意義はポリアミン量の調節というより,生成する過酸化水素やアルデヒドによる生体防御である可能性がある.それらの遺伝子の多くは傷害ストレスやジャスモン酸によって発現が高まることから,傷口から流出したポリアミンを分解して身を守る生存戦略が想定される.また,細胞外の過酸化水素は,ペルオキシダーゼの働きを介して細胞壁の架橋やリグニン化に貢献する.細胞壁修飾あるいは修復への関与は,シロイヌナズナやダイズのCuAO,トウモロコシのPAOなどで報告がある(11)11) P. Tavladoraki, A. Cona & R. Angelini: Front. Plant Sci., 7, 824 (2016)..イネのPAO7は,葯のリグニン合成に働くことが示唆されている(14)14) T. Liu, D. W. Kim, M. Niitsu, S. Maeda, M. Watanabe, Y. Kamio, T. Berberich & T. Kusano: Plant Cell Physiol., 55, 1110 (2014)..シロイヌナズナを含め,一部の真正双子葉類は細胞外分泌型PAOを欠いているが,分子進化の研究によると,シロイヌナズナの逆変換型PAO1は末端分解型酵素の分泌シグナルと一部のペプチドを失って生じたと考えられている(15)15) C. D. Bordenave, C. G. Mendoza, J. F. J. Bremont, A. Garriz & A. A. Rodriguez: BMC Evol. Biol., 19, 28 (2019).

ポリアミンの分解で生じる4-アミノブタナールや4-アミノプロパナールは,ペルオキシゾームや葉緑体に局在するアミノアルデヒド脱水素酵素により,γ-アミノ酪酸(GABA),β-アラニンにそれぞれ変換される.β-アラニンはCoAの前駆体であり,また植物のストレス防御への関与も示され,ポリアミンはその供給源として注目されつつある(16)16) A. Parthasarathy, M. A. Savka & A. O. Hudson: Front. Plant Sci., 10, 921 (2019)..細胞外のアミノブタナールの代謝は,詳しく追跡されていない.

カチオンとして働くプトレシン

個々のポリアミンの機能については,その外的添加処理や生合成遺伝子の過剰発現の影響を調べた生理学的研究が,さまざまな植物について多数報告されている.プトレシンは,葉への噴霧による乾燥耐性の向上,種子の吸水時投与による発芽率の向上,高塩条件下の根への投与によるナトリウムイオン蓄積量の低下など,概して乾燥や塩などのストレス応答における重要性が多く指摘されている(17)17) R. Alcázar, M. Bueno & A. F. Tiburcio: Cells, 9, 2373 (2020)..ただし,スペルミジンへの変換が常に伴うこと,外的な添加では細胞外で分解される影響があることから,プトレシン自体の役割に関する生理的実験の解釈は注意が必要である.先述のシロイヌナズナのストレス応答性ADC2の欠損変異は塩耐性が低下するが,スペルミジン含量には影響せず,プトレシンの外的供給で耐性の回復が認められる(18)18) K. Urano, Y. Yoshiba, T. Nanjo, T. Ito, K. Yamaguchi-Shinozaki & K. Shinozaki: Biochem. Biophys. Res. Commun., 313, 369 (2004)..一方,カリウムイオンが欠乏すると,プトレシンのみ劇的に蓄積してくることが多くの植物で知られる.小分子2価カチオンという性質上,細胞内では他の1価または2価カチオンの代替効果を発揮してカチオンバランス,浸透圧調節,pH調節に働いている可能性がある.

ナス科を中心に一部の植物は,SPDSから分子進化により獲得したプトレシンN-メチル基転移酵素(PMT)を有し,プトレシンを基質としてピリジンアルカロイド(タバコ属のニコチン)やトロパンアルカロイド(ヒヨス属のヒヨスチアミン)を合成する(19)19) T. Hashimoto, T. Shoji, T. Mihara, H. Oguri, K. Tamaki, K. Suzuki & Y. Yamada: Plant Mol. Biol., 37, 25 (1998).

生存に必須なスペルミジン

スペルミジンは,デオキシハイプシン合成酵素(DHS)の基質としてアミノブチル基を供給する.DHSは翻訳開始因子eIF5A前駆体のリジン残基K50にアミノブチル基を付加してデオキシハイプシン化する.その後デオキシハイプシンは水酸化されてハイプシンになるが,ハイプシン修飾をもつ活性型eIF5Aは,最近では翻訳の開始よりも伸長に必須と言われる.

植物に対する外的な影響では,スペルミジンやスペルミンに花芽形成の促進,切り花の老化遅延,果実の品質改善など実用的効果が報告されている(20)20) R. Alcázar, A. M. Fortes & A. F. Tiburcio: Front. Plant Sci., 11, 120 (2020)..また,スペルミジン投与で塩や低温ストレスによる退緑や発芽阻害が軽減される例や,活性酸素やマロンジアルデヒドの生成が抑えられる例がトマトやキュウリ等で示されている.これらの生理活性はプトレシンやスペルミンとも重複することが予想される.スペルミジンやスペルミンは,一酸化窒素の蓄積を誘導して病原微生物に対する防御応答を発動する可能性も指摘されている.しかし,植物の一酸化窒素の生成機構には不明な点が多く,ポリアミンとの相関についても解析の余地が多く残されている(21)21) J. Astier, I. Gross & J. Durner: J. Exp. Bot., 69, 3401 (2018).

ムラサキ科,キク科などの植物はピロリジジンアルカロイドを合成する.その前駆分子であるホモスペルミジンは,ホモスペルミジン合成酵素(HSS)により,スペルミジンから供給されるアミノブチル基がプトレシンに付加して生成される.上述のDHSが複数の植物で独立に分子進化してHSSになったと推測されている(22)22) E. Kaltenegger, E. Eich & D. Ober: Plant Cell, 25, 1213 (2013).

ストレス応答に働くスペルミン

大腸菌はSPMSを有しておらず,酵母では欠損しても正常に増殖する.哺乳類ではX染色体上に遺伝子があり,変異は重篤な成長不全や神経疾患,短命,不稔をもたらす.シロイヌナズナのSPMS遺伝子欠損変異体は正常に成長する.TSPMSも欠損したspms acl5二重変異体は,acl5による矮性表現型と乾燥,塩ストレスに対して高い感受性を示す.すなわち,テトラアミン自体は生存に不可欠ではない.筆者らは,塩ストレスについてさらに調べた結果,spms変異体は高カリウム感受性を示す一方,acl5変異体はカリウムとナトリウムの両方に感受性を示した.ソラマメの孔辺細胞では,スペルミンがカリウムイオンの流入を阻害し,膨圧の低下と気孔の閉鎖を維持する役割を果たすことが示されている.spms変異体のストレス感受性の原因として,細胞内カリウム濃度の調節機能低下の可能性がある.また,シロイヌナズナのSPMS遺伝子はアブシシン酸に応答して発現が増加する.spms変異体は高温ストレスにも弱いが,スペルミンまたはサーモスペルミンの外的供給により,正常なレベルの耐性を回復する.また,サーモスペルミンを分解するPAO5の欠損変異体は,サーモスペルミンを過剰に蓄積するが,乾燥および高温ストレス耐性が野生型以上に高まる.したがってこれらのストレス応答におけるスペルミンの機能は,サーモスペルミンによって代替可能であることが示唆される(23)23) 篠原志桜里,本瀬宏康,高橋 卓:ポリアミン,5, 41 (2018).

プトレシンを含め,ポリアミンのストレス防御応答への関与は,ほかに低酸素,重金属による酸化などの非生物ストレスに加え,糸状菌やシュードモナス細菌などの生物ストレスに対しても低減する効果をもつ物質として,多くの報告がある(24)24) H. S. Seifi & B. J. Shelp: Front. Plant Sci., 10, 117 (2019)..タバコモザイクウィルスに感染した葉の細胞間隙ではスペルミンが劇的に蓄積し,スペルミンに病原関連タンパクの遺伝子発現を誘導し,抵抗性を促進する効果のあることが示されている.

木部分化を抑制するサーモスペルミン

サーモスペルミンは,維管束植物では木部分化の抑制に働く(6)6) A. Takano, J.-I. Kakehi & T. Takahashi: Plant Cell Physiol., 53, 606 (2012)..シロイヌナズナにおいてTSPMSをコードするACL5遺伝子の欠損変異体は,木部道管や繊維細胞が過剰に分化し,矮性を示す.前述のカリウムとナトリウムの両方のイオンに対する高感受性は,過剰な道管による物理的な摂取過多にも一因があると推定される.草丈の伸長は,変異体の茎頂へのサーモスペルミンの添加である程度回復する.野生型を高濃度(0.1mM)のサーモスペルミンを含む寒天培地で育てると,根は伸長するが木部分化が抑制され,芽生えの成長が著しく阻害される.木部に接する内鞘細胞から発生する側根の形成もなくなる.これらの効果は,アミノプロピル基が3つ連結したノルスペルミン(N-C3-N-C3-N-C3-N)でも認められ,サーモスペルミンとノルスペルミンに共通し,スペルミンにはないアミノプロピル基のタンデム構造が作用に重要であると考えられる.ただし,トリアミンのノルスペルミジン(N-C3-N-C3-N)では効果がない.ノルスペルミジンやノルスペルミンは一部の藻類や種子植物に検出されるが,生合成や機能はまだ解析されていない.

ACL5遺伝子の発現はオーキシンで誘導される.維管束形成のマスター転写因子であるオーキシン応答因子MP/ARF5が標的制御転写因子TMO5およびT5L1の遺伝子発現を誘導し,これらと木部前駆細胞の増殖,維持に重要な鍵因子LHWのbHLH型タンパク質ヘテロ2量体がACL5の発現を直接制御している.LHW-TMO5またはT5L1ヘテロ2量体は後述のSACL3遺伝子の発現も誘導し,その翻訳産物もbHLHタンパクとしてLHWとヘテロ2量体を作るため,競合阻害によりACL5SACL3の発現が負にフィードバック制御される(図3図3■シロイヌナズナの木部形成におけるサーモスペルミンの機能).

図3■シロイヌナズナの木部形成におけるサーモスペルミンの機能

オーキシンは転写因子を介して木部分化を誘導する一方,サーモスペルミンの合成と経路の負のフィードバック因子として働くSACL3の合成を促す.サーモスペルミンはSAC51の翻訳を促進し,SAC51は同じファミリーのSACL3同様,フィードバック抑制に働く.

筆者らは,acl5変異体の矮性表現型がサーモスペルミンなしで回復する,一連のサプレッサー変異体sacを単離し,サーモスペルミンの作用機構の研究を行ってきた.SACL3を含むSAC51ファミリーは,sac51-d優性変異から見つかったbHLHタンパクをコードする遺伝子群で,mRNAの5′リーダー領域に50アミノ酸前後をコードするやや長いuORFが保存されている.sac51-dはuORFにナンセンス変異があり,主コード領域の翻訳が増加する.サーモスペルミンには,uORFの主ORFに対する翻訳抑制効果を打ち消す働きがある.さらに,sac52-d, sac53-d, sac56-d変異の原因遺伝子は,それぞれリボソームタンパクのRLP10, RACK1, RPL4をコードし,いずれの変異もサーモスペルミンなしでSAC51のmRNA翻訳を促進する.sac57-dの原因遺伝子はSACL3で,uORFにアミノ酸置換がある.いずれも,機能獲得型の優性または半優性変異である.すなわち,オーキシンで誘導される維管束木部の増殖,分化をSAC51ファミリーの翻訳促進を介してサーモスペルミンが負にフィードバック制御していると解釈できる(25)25) 高橋 卓,本瀬宏康:遺伝,70, 356 (2016).SAC51SACL3の二重欠損変異体は,成長は正常ながら,ACL5の高発現,サーモスペルミンの高蓄積,サーモスペルミン非感受性を示す.SAC51ファミリーにはほかにSACL1SACL2があるが,サーモスペルミンによる翻訳促進が明確に認められるのはSAC51SACL1で,応答性の違いや個々のbHLHタンパクの機能については詳しい解析が必要である.最大の謎は作用機作であるが,この分子の進化的な起源や上述のポリアミンの作用を考えると,既知の植物ホルモンのように受容体タンパクを介して働くより,リボソームRNAと相互作用して,主コード領域の翻訳を導く,あるいはmRNAの5′リーダーと作用してリボスイッチのように働く可能性が高い.進化の過程で木部分化の抑制に機能が特化した点も謎である.ストレス応答におけるサーモスペルミンの関与を示す報告もいくつかあるが,その機能はスペルミンなどに代替可能と思われる(23)23) 篠原志桜里,本瀬宏康,高橋 卓:ポリアミン,5, 41 (2018).

ポリアミン化合物の多様性

植物のポリアミンは単体として存在する以外に,p-クマル酸やフェルラ酸などの桂皮酸誘導体と結合して,ヒドロキシ桂皮酸アミド(HCAA)として存在する.シロイヌナズナのスペルミジン-2-シナポイル転移酵素(SDT)とスペルミジン-2-クマル酸転移酵素(SCT)は登熟胚や根端,スペルミジン–ヒドロキシ桂皮酸転移酵素(SHT)は葯で,それぞれ遺伝子の発現が検出される.花粉のポリアミンは多くがHCAAに含まれ,花粉発芽や稔性への関与が示唆される.ポリアミン前駆体のアグマチンやプトレシンを含むHCAAは病原菌感染で蓄積する.HCAAは,病原に対する防御やフェノール化合物の解毒,ポリアミンの貯蔵に働くと考えられている(26)26) D. R. Zeiss, L. A. Piater & I. A. Dubery: Trends Plant Sci., 26, 184 (2021).

特定のタンパク質のグルタミン残基にポリアミンを結合する酵素として,トランスグルタミナーゼ(TGase)がある.動物のTGaseはタンパク質のグルタミン残基とリジン残基の架橋酵素としてよく知られる.植物では,細胞内外,各オルガネラに活性があり,老化や細胞死,傷害ストレスなどによる活性の増加が報告されている(27)27) I. Aloisi, G. Cai, D. Serafini-Fracassini & S. Del Duca: Amino Acids, 48, 2467 (2016)..リンゴでは,花粉発芽時にポリアミンがチューブリンやアクチンと結合し,花粉管伸長への関与が示唆されている.植物のTGase遺伝子として,シロイヌナズナのPNG1Pが報告されている.そのトマトのホモログの欠損変異は光合成活性の低下,過剰発現は上昇をもたらし,ポリアミンがTGaseを介してカルビン回路の酵素の活性調節にかかわる可能性が示された.TGaseの遺伝子は多くが未同定であり,今後の研究の進展が待たれる.

ポリアミンの輸送

ポリアミンの膜輸送体については,シロイヌナズナのパラコート(メチルビオロゲン)耐性系統から単離された原因遺伝子RMV1が,細胞膜に局在するパラコート/ポリアミンの取り込み輸送体をコードすることが示された(28)28) M. Fujita & K. Shinozaki: Plant Cell Physiol., 55, 855 (2014)..プロトンとの共輸送体で,動物のL型アミノ酸輸送体(LAT)ファミリーとも相同性が高く,AtLAT1とも命名されている.シロイヌナズナのRMV1過剰発現植物は,ポリアミン感受性が高まる.一方,酵母の輸送変異に対する相補実験から,イネおよびシロイヌナズナの遺伝子がPUT(polyamine uptake transporter)として複数,単離された.いずれもLATファミリーの輸送体をコードし,AtPUT3RMV1/AtLAT1である.AtPUT1は小胞体,ATPUT2はゴルジ体への局在が示された.葉緑体での生合成や機能,ペルオキシゾームでの代謝を考えると,さらに輸送体が見つかる可能性がある.ポリアミンの機能制御に細胞間あるいは細胞内輸送がどれほど寄与しているかは,まだ研究が進んでいない.

ポリアミンの合成と分解の阻害剤

プトレシンの合成阻害剤として,ODCに対してオルニチンのアナログであるジフルオロメチルオルニチン(DFMO),ADCに対してアルギニンのアナログであるジフルオロメチルアルギニン(DFMA)がある.ただし,DFMAはアルギナーゼ存在下ではDFMOになる.SAMDC/AdoMetDCの競合阻害剤として,メチルグリオキサル-ビス-グアニルヒドラゾン(MGBG),SPDSとSPMSの競合阻害剤として,シクロヘキシルアミン(CHA)がある.一方,PAOに対してはヒドロキシエチルヒドラジン(HEH)が阻害剤として知られる.阻害剤には効果の特異性の問題が常にあり,最近は変異体の研究が進んで,あまり生理学的な研究には用いられていない.しかし,生化学的な研究やさらなる特異性の高い阻害剤の開発における有効性は高い.

筆者らはサーモスペルミン合成阻害剤として,ザイレミン(xylemin)を開発した(25)25) 高橋 卓,本瀬宏康:遺伝,70, 356 (2016)..名前の由来は木部(ザイレム)を誘導する効果による.ザイレミンはスペルミジンの類縁体で,アミノプロピル基末端のアミノ基を欠いたプロピルプトレシンである.TSPMSのスペルミジン結合部位にザイレミンが競合的に結合する.ザイレミンをシロイヌナズナに投与すると,サーモスペルミンの内生量が低下し,木部分化が促進される.オーキシンと同時投与すると木部分化がさらに促進され,特に維管束周辺の葉肉細胞が道管細胞に分化する.この効果は,タバコやヒャクニチソウなどでも再現された.木部分化を遺伝子操作なしで促進できる生理活性物質としての可能性がある.さらに,さまざまなザイレミン類縁体を化学合成し,ザイレミンのアルキル基を五員環に置換したシクロペンチル(CP)-ザイレミンに,木部分化は促進するが側根形成は促進しない,すなわち弱いザイレミン活性を見いだした(29)29) H. Takamura, H. Motose, T. Otsu, S. Shinohara, R. Kouno, I. Kadota & T. Takahashi: Eur. J. Org. Chem., 18, 2745 (2020)..今後,ザイレミンやその類縁体と他の植物ホルモンを組み合わせることにより,植物の成長をコントロールする基盤技術の開発や,木質バイオマスの増産につながることが期待される.

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