Kagaku to Seibutsu 59(7): 314-316 (2021)
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ビタミンCの直接作用による潰瘍性大腸炎モデルラットへの改善効果ビタミンCによる潰瘍性大腸炎の改善
Published: 2021-07-01
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・背景
近頃,指定難病である潰瘍性大腸炎(Ulcerative Colitis; UC)の患者数が生活習慣や社会環境の変化に伴い,急速に増加している(1)1) R. Banerjee, P. Pal, J. W. Yan Mak & S. C. Ng: Lancet, 5, 1076 (2020)..特に,男女とも20歳代で好発する.しかしながら,UC発症の原因はいまだ不明であり,治療法も確立されていない.UCが長期的に持続すると,大腸がん発症の危険性が高くなる(1)1) R. Banerjee, P. Pal, J. W. Yan Mak & S. C. Ng: Lancet, 5, 1076 (2020)..主症状としては,慢性的に持続する発熱や体重減少,腹痛,圧痛,下痢,軟便,粘血便の出現である(1)1) R. Banerjee, P. Pal, J. W. Yan Mak & S. C. Ng: Lancet, 5, 1076 (2020)..
傷害部位である大腸には白血球の一種である好中球が集まり膿瘍形成を特徴とする炎症を引き起こす(1)1) R. Banerjee, P. Pal, J. W. Yan Mak & S. C. Ng: Lancet, 5, 1076 (2020)..さらに,遊走された好中球から大量の活性酸素種(Reactive Oxygen Species; ROS)*1*1 活性酸素種(ROS)は非常に細胞障害が強力である.が生成され,これが続発的な炎症を引き起こす要因となっている(2)2) G. Zhu & X. Chen: Gut, 56, 453 (2017)..このような特徴を示すUCは再燃(発症)・緩解(治癒)が慢性的に繰り返されることによって,生活の質(Quality of Life; QOL)の低下が引き起こされる.そのためにUCの発症予防および症状改善が大きな課題となっている(2)2) G. Zhu & X. Chen: Gut, 56, 453 (2017)..
現在ではUC治療には5-アミノサリチル酸(5-aminosalicylic acid; 5-ASA)製剤が用いられている.しかしながら,5-ASAを利用した製剤の多量かつ長期的な服用は,心筋炎,間質性肺炎,激しい嘔吐などの深刻な副作用を生じるために,副作用が少なく効果的なUC治療薬の研究が世界中で活発に行われている(2)2) G. Zhu & X. Chen: Gut, 56, 453 (2017)..また,わが国の前首相がUCにより辞職されたことは記憶に新しいできごとである.
・何故ビタミンCなのか
ビタミンC(Vitamin C; VC)が炎症において直接的な抗炎症作用を有する.VCはヒトが体内で生成できない必須栄養素であり,天然に存在する抗酸化物質として世界中でよく知られている(3)3) M. Koizumi, Y. Kondo, A. Isaka, A. Ishigami & E. Suzuki: Nutr. Res., 36, 1379 (2016)..VCはスーパーオキシドなどのROSのスカベンジャー(捕捉剤)であり,抗酸化作用を有することが報告されている(3)3) M. Koizumi, Y. Kondo, A. Isaka, A. Ishigami & E. Suzuki: Nutr. Res., 36, 1379 (2016)..このようなVCの効果によって,炎症部位において好中球由来のROSに起因する組織損傷を抑制し,さらに続発的な炎症を抑制する.一方で,VCは免疫機能調整にも密接に関係しており,炎症性細胞*2*2 炎症性細胞とは炎症に関連する細胞である好中球やマクロファージ由来の炎症性メディエーター*3*3 炎症性メディエーターとは炎症に関連する化学物質およびサイトカイン産生を調節することにより炎症を抑制する(3)3) M. Koizumi, Y. Kondo, A. Isaka, A. Ishigami & E. Suzuki: Nutr. Res., 36, 1379 (2016)..さらに,VCは直接的に線維芽細胞*4*4 線維芽細胞は,コラーゲン繊維などを産生する細胞を刺激し,増殖分化を促進させ,コラーゲンを早期に合成させ,創傷治癒を促進させる(3)3) M. Koizumi, Y. Kondo, A. Isaka, A. Ishigami & E. Suzuki: Nutr. Res., 36, 1379 (2016)..また,VCは形成したコラーゲンによる創傷治癒の三次構造を安定させ,瘢痕形成の維持に働き,炎症を早期に抑制する(3)3) M. Koizumi, Y. Kondo, A. Isaka, A. Ishigami & E. Suzuki: Nutr. Res., 36, 1379 (2016)..しかしながら,VCは経口摂取すると小腸で吸収されるため,UC実験的モデルラットを使った実験では,VCが大腸の傷害部位に届かず,改善効果を有しないことがわれわれの研究で示された.また,大腸の傷害部位へ届かすための大量のVC経口摂取は,消化器のpHを変化させるために消化管への負担が大きい.そのために,われわれはUC実験的モデルにVC溶液を直接届けるためにVC溶液を注腸する必要があると考えた.
・UCモデルについて
ラット(オス;6週齢)にデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)溶液を用いて実験群(UC群)を作製した.5-アミノサリチル酸(5-ASA)またはVCの注腸を行った群をそれぞれ5-ASA群,VC群,DSS溶液の代わりに飲料水を用いた群をControl群とした.各群のラットに対して炎症評価,治癒評価および臨床症状評価(血便,便の状態,体重減少,直腸部位での出血)を行った.炎症評価には,好酸球および好中球の計数,Cyclooxygenase(COX)-2タンパク質発現量の測定を行い,治癒評価には,線維芽細胞の計数,大腸粘膜上皮の再生(再生上皮)した長さの測定を行った.
・炎症評価
DSSにより大腸上皮細胞が壊死し,腸内細菌などが粘膜下層へと侵入する.侵入した細菌や壊死細胞は腸管マクロファージにより貪食され,その部位へと好酸球を誘導する(図1図1■Vitamin C注腸によるUC大腸組織における好酸球と好中球の抑制効果).誘導された好酸球はさらに,好中球を損傷部位へ遊走・活性化し炎症を引き起こす(4)4) R. Weiskirchen, S. Weiskirchen & F. Tacke: Mol. Aspects Med., 65, 2 (2019)..誘導された好酸球や好中球は,ROSや抗菌タンパク質を放出し,細菌などの無毒化に働く.好酸球や好中球は最終的にアポトーシスを起こし,マクロファージによって消失することで炎症反応が消失する.しかしUCでは,特異的に好中球が傷害部位に残り,炎症を継続することで創傷治癒を阻害し,傷害部位で膿を形成して炎症の長期化を引き起こす(3)3) M. Koizumi, Y. Kondo, A. Isaka, A. Ishigami & E. Suzuki: Nutr. Res., 36, 1379 (2016)..しかし,VCは腸管マクロファージの活性化や好中球の遊走*5*5 遊走とは引き寄せることである.および活性化を抑制し,好中球のアポトーシス誘導によって好中球数を急速に減少させる(図1図1■Vitamin C注腸によるUC大腸組織における好酸球と好中球の抑制効果).一方で,人体で炎症が引き起こされると,マクロファージ,好中球や傷害された組織等がCOX-2を発現し,疼痛を引き起こすプロスタグランジンE2(PGE2)などを産生する(5)5) G. J. Kotwal & S. Chien: Probl Cell Differ., 62, 353 (2017)..また,VCは,COX-2を阻害することで疼痛や炎症が軽減できることが報告されている(5)5) G. J. Kotwal & S. Chien: Probl Cell Differ., 62, 353 (2017)..VC注腸が,COX-2発現を抑制したことから,VCが好中球からのROSに対して,連鎖的な反応を防ぎ,炎症反応を抑制したのではないかと考えられた.
・治癒評価
治癒過程において,線維芽細胞からの瘢痕形成が十分に行われた後に,組織の損傷部を被覆するように再生上皮*6*6 再生上皮とは大腸粘膜組織は,再生能力があり,傷害された大腸粘膜細胞が再生すること.の形成が開始される(6)6) C. D’Aniello, F. Cermola, E. J. Patriarca & G. Minchiotti: Stem Cells Int., 2017, 8936156 (2017)..VC群の再生上皮の有意な伸長が観察(図2図2■Vitamin C注腸によるUC大腸組織における治癒促進効果)されたことから,VC溶液の注腸は傷害を受けた大腸組織に対して,粘膜治癒を促進させ,UC群,5-ASA群よりも早く上皮細胞の遊走を刺激し,再生上皮を早期から形成したことが示された.
傷害により生じた損傷部は線維芽細胞より合成されたコラーゲンにより修復される(6)6) C. D’Aniello, F. Cermola, E. J. Patriarca & G. Minchiotti: Stem Cells Int., 2017, 8936156 (2017)..線維芽細胞は,損傷部に遊走され,活性化,増殖する(6)6) C. D’Aniello, F. Cermola, E. J. Patriarca & G. Minchiotti: Stem Cells Int., 2017, 8936156 (2017)..活性化された線維芽細胞はコラーゲンを合成することで,大腸組織の損傷部において組織修復を開始して瘢痕形成が行われる(6)6) C. D’Aniello, F. Cermola, E. J. Patriarca & G. Minchiotti: Stem Cells Int., 2017, 8936156 (2017)..また,VC群では,再生上皮の伸長が観察(図2図2■Vitamin C注腸によるUC大腸組織における治癒促進効果)されたことから,VCによって炎症が抑制,線維芽細胞の増殖分化を活性化させ,コラーゲン合成を促進したと考えられた.
・臨床症状評価
VCを傷害の受けた大腸組織へ直接届かせることは,傷害部位にて抗炎症作用およびコラーゲン合成の活性化による粘膜治癒促進作用といった効果から,臨床評価*7*7 臨床評価とは病気による症状に数値をつけて評価することの改善が示された.今回ここには示さなかったが,VCの経口投与による改善効果は見られなかった.
・まとめ
VCの注腸によって好酸球や好中球といった炎症性細胞の遊走・活性化を抑制することで組織傷害および持続的な炎症を抑制し,COX-2を介してPGE2などによる疼痛を抑制することが示唆された.加えて,VC溶液の注腸は傷害を受けた大腸組織に対して,粘膜治癒を促進させ,再生上皮を早期から形成したことが示された.VC溶液を大腸傷害部位に対して,直接届かせることにより,抗炎症作用や粘膜治癒の促進作用といった改善効果に寄与し,ヒトへの応用が期待できる.
Reference
1) R. Banerjee, P. Pal, J. W. Yan Mak & S. C. Ng: Lancet, 5, 1076 (2020).
2) G. Zhu & X. Chen: Gut, 56, 453 (2017).
3) M. Koizumi, Y. Kondo, A. Isaka, A. Ishigami & E. Suzuki: Nutr. Res., 36, 1379 (2016).
4) R. Weiskirchen, S. Weiskirchen & F. Tacke: Mol. Aspects Med., 65, 2 (2019).
5) G. J. Kotwal & S. Chien: Probl Cell Differ., 62, 353 (2017).
6) C. D’Aniello, F. Cermola, E. J. Patriarca & G. Minchiotti: Stem Cells Int., 2017, 8936156 (2017).
*1 *1 活性酸素種(ROS)は非常に細胞障害が強力である.
*2 *2 炎症性細胞とは炎症に関連する細胞
*3 *3 炎症性メディエーターとは炎症に関連する化学物質
*4 *4 線維芽細胞は,コラーゲン繊維などを産生する細胞
*5 *5 遊走とは引き寄せることである.
*6 *6 再生上皮とは大腸粘膜組織は,再生能力があり,傷害された大腸粘膜細胞が再生すること.
*7 *7 臨床評価とは病気による症状に数値をつけて評価すること