Kagaku to Seibutsu 59(7): 320-332 (2021)
解説
明らかになってきた光合成のしくみ—C3植物での例を中心に—活性酸素(ROS)生成抑制のための巧妙な分子メカニズムを備えたC3型光合成の進化
How Photosynthesis is Carried Out?: The Well-Established Molecular Mechanism to Suppress the Production of Reactive Oxygen Species
Published: 2021-07-01
光合成は,光エネルギーを化学エネルギーに変換し,大気中の二酸化炭素(CO2)を有機化合物へ固定し,糖を生成する反応である.しかし,光エネルギーを化学エネルギーへ変換する光合成電子伝達反応は,常に活性酸素種(ROS)生成の危険性を伴う.ROSは,光合成器官に酸化傷害を与えることで,光合成活性ならびに生育を大きく低下させる.近年,植物は光合成電子伝達反応におけるROS生成を抑制するメカニズム—P700酸化システム—を備えていることが明らかとなってきた.本稿では,C3植物において“P700酸化”を担う分子メカニズムについて紹介する.
Key words: 酸化障害; 光合成電子伝達反応; 活性酸素; 光呼吸; P700酸化
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
現在,地球の大気には約21%の酸素(O2)が含まれている.ヒトを含む好気性生物が生存していくなかで,生体エネルギーであるATP生合成の際の呼吸における電子受容体として,また細胞内のさまざまな反応の基質として,O2は必須である.単にO2と言うと,大気中のO2のうち99%以上を占める三重項酸素分子(3O2)を指すが,この三重項酸素分子は他の分子と比べ少し変わった性質をもつ.2つ以上の原子同士が結合する際には,原子同士の電子軌道が組み合わさり,分子が生成する際に新たな電子軌道が生み出され,それぞれの原子がもつ電子はこれらに再分配される.生体分子を含む多くの分子では,最高被占軌道(HOMO: Highest Occupied Molecular Orbital)において不対電子をもたないように電子が分配される一重項状態が最も安定な状態である.しかしながら,O2分子では電子の数や結合への関与の影響により,2つの不対電子をもつ状態(三重項状態)をとることで電子運動範囲が拡大し,一重項であるよりも安定になる(図1図1■三重項酸素分子(3O2)の電子軌道と,活性酸素種(ROS)生成の概要図).したがって,それぞれの軌道のいずれかに電子を受け入れようとする高い求電性を示しながらも,そのためのエネルギーを要するために,一重項状態の生体分子を無作為に酸化する可能性は低い(1)1) 浅田浩二:化学と生物,37, 251 (1999)..
今でこそ大気中に豊富に存在するO2であるが,およそ30億年前の地球には現在の約100分の1のO2しか存在していなかった(2)2) L. R. Kump: Nature, 451, 277 (2008)..当時の光合成生物は,有機酸や硫化水素などを電子供与体とし,光合成反応を行っていた.しかし,地球上に無尽蔵に存在する水を電子供与体とし,副産物としてO2を発生する光合成を行うシアノバクテリア(ラン藻)の誕生以降,地球上のO2濃度は徐々に上昇していき,O2を利用することでそれまでの20倍近くのエネルギーを呼吸により得ることができる好気性細菌が進化していった.後にシアノバクテリアや好気性細菌は真核生物に共生し,それぞれ葉緑体・ミトコンドリアとして,その後の生物の進化に大きく寄与した.このように,O2発生型の光合成様式の誕生とそれによる大気へのO2の供給は,地球史から見ても重要な出来事であった.
しかし,光合成反応を考えるうえで“O2を発生する光合成”は,リスクの大きいものであったと言える.先ほど述べたように,O2は安全かつ好都合な性質をもち合わせている一方で,危険な側面ももち合わせる.三重項酸素は,一重項の分子とは容易に反応しないものの,不対電子を一つ有する(二重項)ラジカル分子に付加しペルオキシド(–OO–あるいは–OOH),さらに,酸化還元電位の低い化合物により一電子還元され,スーパーオキシドラジカル(O2−)となる.O2−は,自発的不均化反応により過酸化水素(H2O2)となり,さらにH2O2はフェントン反応により最も反応性が高いヒドロキシラジカル(・OH)を生成する.これらO2−, H2O2, ・OHは,三重項酸素と比べ高エネルギー状態であるために高い反応性を示し,DNAやタンパク質,脂質といった生体内分子を無作為に酸化することから,“活性酸素種 (ROS: Reactive Oxygen Species)”と呼称される(図1図1■三重項酸素分子(3O2)の電子軌道と,活性酸素種(ROS)生成の概要図).
光合成電子伝達反応では,太陽光のエネルギーを吸収し,水分子を酸化することにより“電子”を抽出し,CO2同化のための化学エネルギー化合物を生成する(詳細は後述する).そこでは,電子伝達体の酸化還元電位の差を利用して電子を伝達する反応が進行する.光エネルギーを吸収する2つの光化学系タンパク質複合体内の電子伝達体の酸化還元電位はおよそ−1,200~−600 mVであり,(3)3) R. E. Blankenship & R. C. Prince: Trends Biochem. Sci., 10, 382 (1985). O2からO2−が生成する際の酸化還元電位(およそ−300 mV)を下回る.つまり,酸化還元電位の低い電子伝達体が還元状態で蓄積する状況では,容易にO2が一電子還元され,ROSであるO2−が生成する(4)4) S. Khorobrykh, V. Havurinne, H. Mattila & E. Tyystjärvi: Plants, 9, 91 (2020)..このように,光合成電子伝達反応は常に,ROSによる酸化障害のリスクが高いといえる.しかしながら,私たちの身の回りで健康に生育している植物や作物を見ていると,ROSによる酸化障害を回避するメカニズムを進化の過程で獲得し,今日まで生きぬいてきたことが容易に想像できる.
以降の項では,まず,酸素発生型光合成を行うC3植物の“光合成のしくみ”を説明したのち,実際に光合成電子伝達系でO2が還元されROSが生成すること,そしてその蓄積が酸化障害を与えることを紹介する.つまり,O2発生型光合成生物は予想どおり非常に危険な状況を伴いながら光合成の営みを行っていることを示す.一方で植物はROS生成そのものを抑制できるシステム“P700酸化システム”を有していることを概観する.さらに,最新の研究から明らかになったC3植物における“光合成のしくみ”が“P700酸化誘導のメカニズム”を解明するカギとなったことを紹介する.本稿では,これまで未解明であった“P700酸化”の全容を紹介し,C3植物での安全な光合成の進行を達成するための制御メカニズム,またそれらと進化の繋がりや今後の展望について紹介したいと思う.
まずは酸素発生型光合成の概要を記す(図2図2■C3植物における,酸素発生型光合成の概要図).光合成は,葉緑体チラコイド膜上で行われる光合成電子伝達反応と,それにより生成された化学エネルギーを用いて糖生成のための初期代謝物質を生成する反応系に大別される.後者の反応としては,カルビン・ベンソン・バッシャム回路(CBB回路)によるCO2同化と,CBB回路およびC2サイクルによる光呼吸代謝系があり,いずれもCBB回路の過程で,糖類を生成するためのトリオースリン酸(TP)を抽出し,細胞質へ輸送する.
まずは光合成電子伝達反応の概要を説明する.葉緑体内のチラコイド膜には,光合成電子伝達反応にかかわるタンパク質が存在している.光合成電子伝達反応の始まりは,光化学系II(PSII)で吸収された太陽光のエネルギーによる,反応中心クロロフィルP680の光励起である.PSIIに存在する多数のクロロフィル分子は光エネルギーにより励起され,連鎖的に反応中心クロロフィルに光エネルギーを集め,P680をP680*へ励起する.P680*は高い還元力を有し,PSII内の電子伝達体を還元したのち,酸化型となる(P680+).生成したP680+は,PSIIのMnクラスターを介して水を酸素分子(O2)とプロトン(H+)へ酸化し,基底状態に戻る.
P680から生じた電子は,PSII内の電子伝達体を介してプラストキノン(PQ)を還元する.PQが還元される際,ストロマ側のH+が付加され,還元型PQ(PQH2)が生成する.このように,P680は光酸化還元サイクルをするなかで,水を酸化し,PQを還元している.その後,PQH2は,シトクロム(Cyt)b6f複合体により酸化され,このときチラコイド膜内膜(ルーメン)へH+が放出される.PQH2の酸化による電子伝達とH+の取り込みは,Qサイクルという特殊な電子伝達方式(後述)により行われ,1電子に対して2H+がルーメン側に取り込まれる.水の光酸化とQサイクルによりチラコイド膜ルーメンに供給されたH+は,ストロマ-ルーメン間でのH+濃度勾配(ΔpH)を生み出す.ΔpHによるエネルギーを利用し,チラコイド膜に存在するATP合成酵素によりATP合成が行われる.Cyt b6f複合体は,続けてプラストシアニン(PC)へ電子を伝達する.ここまで,H+の取り込みによるATP合成のために電子を伝達してきたが,電子の伝達は酸化還元電位の差を利用し,還元力の高いものから低いものへと行われる.すなわち伝達の過程で還元力が少しずつ減少していき,PCではNADP+を最終産物であるNADPHへ還元するための還元力が失われている.そこで,もう一つの光化学系である光化学系I(PSI)において再度光エネルギーを吸収するとともに高い還元力をもつ物質を生成する.PSIでもPSII同様,その反応中心クロロフィルP700が光酸化還元サイクルをとることで,電子を伝達する.基底状態のP700は,光エネルギーを受け取って励起され,励起P700(P700*)はPSI内の電子伝達体に電子を渡したのち酸化型(P700+)となり,PCからの電子を受け取って基底状態へ戻る.P700*から放出された電子は,次いでフェレドキシン(Fd)へと伝えられ,Fd-NADPレダクターゼ(FNR)を介してNADPHを生成する.光合成電子伝達反応では以上の一連の反応により,CO2同化および光呼吸を駆動するための化学エネルギーであるATP, NADPHおよび還元型Fdを生成する.
一方CO2同化は,CBB回路の初発反応であるリブロース-1,5-ビスリン酸(RuBP)カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ(Ribulose-1,5-bisphospate carboxylase/oxygenase; Rubisco)によるRuBPのカルボキシル化に始まる.CBB回路の代謝中間体であるRuBPは,Rubiscoのカルボキシラーゼ反応よりCO2を付加され,2分子の3-ホスホグリセリン酸(PGA)へと変換される.そしてPGAからRuBPを再生産する際に,電子伝達系で生成されたATPおよびNADPHが利用される.
一方で,大気条件下(40 Pa CO2/2 kPa O2)では,RubiscoはRuBPのカルボキシラーゼ反応と同時に,RuBPのオキシゲナーゼ反応を競合的に触媒する.RuBPのオキシゲナーゼ反応では,1分子のPGAと1分子の2-ホスホグリコール酸(2-PG)が生成する.この2-PGはCBB回路に直接利用できないために,ペルオキシソームやミトコンドリアを通じたC2サイクルにより,PGAとして再生産することで“炭素源”を回収する.このC2サイクルでは,光合成電子伝達反応により生成した還元型のFdやATPが利用され,2-PGの一部の炭素はCO2として放出されるが,再度Rubiscoによるカルボキシラーゼ反応により,PGAへと固定される.この一連の反応系はO2を吸収しCO2を放出するため,“光呼吸”と呼称される.本稿では,光呼吸とは独立して機能する,CBB回路によるCO2同化反応系を“CO2同化”,Rubiscoのオキシゲナーゼ反応を初発としたC2サイクルによるPGAの再生産,およびC2サイクルの副産物であるCO2を捕捉し,Rubiscoのカルボキシラーゼ反応によって同化する反応を総じて“光呼吸”と定義する.前述のとおり,Rubiscoのカルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ反応は互いに競合しており,CO2/O2分圧比に依存してこれらの反応比が決定される.植物種によるが,イネやコムギなどのC3植物では,大気条件(CO2 40 Pa, O2 21 kPa)でのカルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ反応はおよそ3 : 1の割合で同時進行している.すなわち,21 kPa O2の大気条件下では,CO2同化と光呼吸が同時に進行する.
酸素発生型光合成の概要は上に示したとおりであるが,その詳細なモデルに関しては現在も盛んに議論が行われており,まだその全容は明らかになっていない部分が多い.しかしながら,われわれは,光合成電子伝達反応とCO2同化/光呼吸が“密なカップリング”による強固な関係を築いていることを,明らかにすることができた(5, 6)5) C. Miyake: Antioxidants, 9, 230 (2020).6) R. Furutani, K. Ifuku, Y. Suzuki, K. Noguchi, G. Shimakawa, S. Wada, A. Makino, T. Sohtome & C. Miyake: Adv. Bot. Res., 96, 151 (2020)..以下では,コムギやシロイヌナズナ,ヒマワリ,タバコなどの主要なC3植物において観測されてきた,“密なカップリング”の下光合成が機能していることを示す実験事実を紹介する(図3図3■C3植物における,光合成のしくみの概念図).
a~fは,これまで得られた実験事実に基づいて作成した各光合成パラメーターの関係を示した概要図.gは,a~fの関係を等式で表したものと,各要素をモデル図に当てはめて示したものである.Furutani et al.: 2020(6)6) R. Furutani, K. Ifuku, Y. Suzuki, K. Noguchi, G. Shimakawa, S. Wada, A. Makino, T. Sohtome & C. Miyake: Adv. Bot. Res., 96, 151 (2020).およびMiyake: 2020(5)5) C. Miyake: Antioxidants, 9, 230 (2020).より改編.
大気条件下において,クロロフィル蛍光解析から求めたPSIIでの電子伝達速度(Jf)と,ガス交換解析から見積もられた,CO2同化/光呼吸による電子の消費速度(Jg)は原点を通る正の直線関係にある(7~10)7) B. Genty, J. Harbinson, J. M. Briantais & N. R. Baker: Photosynth. Res., 25, 249 (1990).8) J. Ghashghaie & G. Cornic: J. Plant Physiol., 143, 643 (1994).9) S. A. Ruuska, M. R. Badger, T. J. Andrews & S. von Caemmerer: J. Exp. Bot., 51(suppl_1), 357 (2000).10) S. M. Driever & N. R. Baker: Plant Cell Environ., 34, 837 (2011)..
これは,光合成電子伝達系により供給されるほぼすべての電子がCO2同化/光呼吸を駆動し,逆にCO2同化/光呼吸がPSIIの電子伝達反応を駆動していることを意味する.PSIIにおける電子伝達反応速度と,ATP合成酵素によるH+の利用速度(vH+)は原点を通る正の直線関係にある(11–14)11) A. Kanazawa & D. M. Kramer: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99, 12789 (2002).12) T. J. Avenson, J. A. Cruz & D. M. Kramer: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 5530 (2004).13) T. J. Avenson, J. A. Cruz, A. Kanazawa & D. M. Kramer: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 9709 (2005).14) A. Kanazawa, E. Ostendorf, K. Kohzuka, D. Hoh, D. D. Strand, M. Sato-Cruz, L. Savage, J. A. Cruz, N. Fisher, J. E. Froehlich et al.: Front. Plant Sci, 8, 719 (2017)..
kH+は光合成電子伝達反応に伴う水の光酸化およびQサイクルによるチラコイド膜ルーメンへのH+の蓄積における見かけの速度定数,gH+はATP合成酵素によるATP生成の見かけの速度定数であるH+コンダクタンス,そしてpmf(proton motive force)は強光下ではΔpHを反映する.光合成電子伝達反応によるストロマからチラコイド膜ルーメンへのH+の取り込み速度(=kH+×Jf)と,ATP合成酵素によるH+の消費速度(=vH+=gH+×pmf)が等しいということは,CO2同化/光呼吸によるH+の消費速度が,光合成電子伝達反応によるストロマからルーメンへのH+取り込み速度と等しいことを示唆する.実際に,CO2同化/光呼吸の両反応によるH+の消費速度(JgH+)と,ATP合成酵素によるH+流出速度(vH+)は原点を通る正の直線関係にある(15)15) T. Sejima, H. Hanawa, G. Shimakawa, D. Takagi, Y. Suzuki, H. Fukayama, A. Makino & C. Miyake: Physiol. Plant., 156, 227 (2016)..
JgH+は,ATP合成のためのADPの再生産速度と見ることもできる.すなわち,CO2同化と光呼吸によるATP消費効率が,ATP生成速度を決めているということであり,逆もまたしかりである.等式[2],[4]より
という関係が成り立つ.これは,光合成電子伝達反応によるストロマからルーメンへのH+の取り込みが最終的なH+の消費速度を決定しており,逆もまたしかりということである.CO2同化および光呼吸による電子の消費速度(Jg)とH+の消費速度(JgH+)は原点を通る直線関係にある(15~17)15) T. Sejima, H. Hanawa, G. Shimakawa, D. Takagi, Y. Suzuki, H. Fukayama, A. Makino & C. Miyake: Physiol. Plant., 156, 227 (2016).16) A. N. Tikhonov: Plant Physiol. Biochem., 81, 163 (2014).17) S. Wada, Y. Suzuki & C. Miyake: Plants, 9, 319 (2020)..
kJgは見かけの速度定数である.実際にJgH+とJgの商から求めるkJgは,大気条件におけるCO2飽和点と補償点の間で5~10%ほどの差があるが,ここでは定数として取り扱うこととする.この等式は,CO2同化および光呼吸による電子の消費速度が,これらによるH+の消費速度を決定しており,逆もまたしかりということである.PSIIでの電子伝達速度と,Fdの酸化還元速度は原点を通る正の直線関係にある(18)18) K. Kadota, R. Furutani, A. Makino, Y. Suzuki, S. Wada & C. Miyake: Plants, 8, 152 (2019)..
kFdは還元型Fd(Fd−)の酸化反応における,見かけの速度定数である.等式[8]および[9]は,Fdの酸化還元反応速度が,PSIIでの電子伝達速度により決まることを示す.また等式[1]から,CO2同化/光呼吸が,Fdの酸化還元速度を決定していることを示している.PSIIでの電子伝達活性とクロロフィル蛍光解析によって見積もられるPQプールの還元状態(1-qLというパラメータで評価する)は,負の線型関係にある(19, 20)19) G. Shimakawa & C. Miyake: Plant Direct, 2, e00073 (2018).20) G. Shimakawa, K. Shaku & C. Miyake: Front. Microbiol., 9, 886 (2018)..
kqLは還元型PQの酸化反応における見かけの速度定数である.すなわち,還元型PQの酸化反応速度がPSIIの電子伝達速度を決定するということを示すと同時に,kqLを制御することで,PSIIでの電子伝達が調節されうることを示す.ここまでの等式を整理すると以下のような関係が得られる(図3g図3■C3植物における,光合成のしくみの概念図).
光合成電子伝達反応での電子およびH+の生成と,CO2同化/光呼吸による電子およびH+の消費は,ほぼ完全な相互依存関係にある.すなわち,光エネルギーを吸収する光合成電子伝達反応と,酵素反応によるCO2同化/光呼吸は,“密にカップル”して進行していることを示し,電子とH+のいずれに対してもJf(=Jg)を介して一つの等式に落とし込むことができる.この“密なカップル”がゆえに,一つの要素がストレスや制御により変化すれば,その他すべての要素にも影響を及ぼす.このことは,CO2同化/光呼吸の抑制が光合成電子伝達反応の滞りに直結することを示している.光合成電子伝達反応が滞ることは,酸化還元電位の低い電子伝達体が還元状態で保たれることを意味し,O2と反応することによるROS生成の可能性が大きく上昇する.次の項では,光合成電子伝達系でのROS生成メカニズムに関して説明する.前章で説明したとおり,光合成電子伝達反応とCO2同化/光呼吸はATP, NADPHそしてFdを通じた密接な関係にある.吸収した光エネルギーにより生成したATP, NADPHおよび還元型FdがすべてCO2同化や光呼吸の代謝により消費されるよう,これらの活性を光合成電子伝達反応の活性より十分大きく保つことができれば,無駄のない安全な光合成が進行する.しかしながら,常に変化していく野外環境においては,そのような理想的な光合成は不可能に近い.実際に,ガス交換解析によりCO2同化速度を測定すると,その速度は太陽光の4分の1から2分の1程度の光強度のもとで飽和してしまい,日中の晴れ間などでは植物に過剰な光エネルギーが供給されていることがわかる(21)21) K. Asada: Annu. Rev. Plant Physiol. Plant Mol. Biol., 50, 601 (1999)..また,乾燥条件では,蒸散を通じた植物体内の水の損失を防ぐために気孔を閉じる.しかし,気孔を閉じることは同時に,生葉へのCO2の取り込みが抑制されることになり,結果的にCO2同化の効率は低下してしまう(22, 23)22) J. Flexas & H. Medrano: Ann. Bot., 89, 183 (2002).23) D. W. Lawlor & W. Tezara: Ann. Bot., 103, 561 (2009)..高/低温ストレスにおいては,CO2同化や光呼吸代謝に関与する酵素群の活性が変化し,これらの反応系による光エネルギー利用効率の低下が生じる(24)24) R. F. Sage & D. S. Kubien: Plant Cell Environ., 30, 1086 (2007)..
これらの環境ストレスに共通するのが,光合成電子伝達系に供給される光エネルギーに対して,CO2同化および光呼吸による光エネルギー利用効率が低くなってしまうという点である.前章で紹介したとおり,光合成電子伝達反応とCO2同化/光呼吸は密にカップルして進行する.すなわち,CO2同化/光呼吸による光エネルギー利用効率の低下は同時に,光合成電子伝達反応の滞りによる,光合成電子伝達系への電子の蓄積の可能性が高まることを意味する.
では光合成電子伝達系に電子が蓄積することはどのような意味をもつのか.近年,われわれは光合成電子伝達系への電子の蓄積がもたらす影響を実験的に観測することに成功した(25)25) T. Sejima, D. Takagi, H. Fukayama, A. Makino & C. Miyake: Plant Cell Physiol., 55, 1184 (2014)..そのなかで用いられたのが,Sejimaらによって開発されたrSP(repetitive short-pulse)法である.rSP法では,暗順応させた葉に,暗黒下においてCBB回路の活性化が生じないほどの短い飽和光パルス(SP: Saturated pulse, 300 ms, 10,000–20,000 µmol photons m−2 s−1)を10秒おきに照射する.SP照射直後,P700光酸化還元サイクルが駆動し,一過的にP700+が蓄積する.しかしながら,PSIIから際限なく電子が伝達される.一方で,PSIからの電子を利用するCBB回路は,暗黒下で駆動しないため,PSI内に電子が蓄積し,P700+は減少していきやがて励起型のP700*が蓄積する(図4a図4■PSIにおける活性酸素生成メカニズムの概念図).rSP処理を施した葉では,処理時間に応じてPSIの最大電子伝達活性が大きく低下した.この方法によるPSI失活は,ROS生成の基質となるO2を大気の1/10に下げた2 kPa O2環境下で緩和される.すなわち,電子伝達系における電子の蓄積は,ROSの生成によるPSI失活を引き起こしうるということを強く示唆した.また,rSP処理により一度PSIを失活させてしまうと,処理後のCO2同化速度が低下したことから,PSIの失活は生育にも大きく影響することが示唆された(25)25) T. Sejima, D. Takagi, H. Fukayama, A. Makino & C. Miyake: Plant Cell Physiol., 55, 1184 (2014)..
(a)暗所下での飽和光パルス(SP)照射時の,P700+の変化.Sejima et al.: 2014(25)25) T. Sejima, D. Takagi, H. Fukayama, A. Makino & C. Miyake: Plant Cell Physiol., 55, 1184 (2014).より改編.(b)SP照射中のROS生成メカニズムの概念図.
CO2同化や光呼吸によるPSIで生成した電子の消費が行われない状況で,PSIIから電子が供給され続けると,PSI内の電子伝達体(A0, A1, FX, FA/FB)やFdが還元状態となる.これらの電子伝達体は,酸化還元電位が低く,O2をO2−へと還元してしまう(4, 26~28)4) S. Khorobrykh, V. Havurinne, H. Mattila & E. Tyystjärvi: Plants, 9, 91 (2020).26) M. Takahashi & K. Asada: Plant Cell Physiol., 23, 1457 (1982).27) M. Takahashi & K. Asada: Arch. Biochem. Biophys., 226, 558 (1983).28) D. A. Cherepanov, G. E. Milanovsky, A. A. Petrova, A. N. Tikhonov & A. Y. Semenov: Biochemistry (Mosc.), 82, 1249 (2017)..このO2−は自発的不均化によりH2O2となり(メーラー反応),またH2O2が,遊離あるいはタンパク質に結合するFe2+やCu2+などと反応する(フェントン反応)ことにより,・OHが生成する(図1, 4b図1■三重項酸素分子(3O2)の電子軌道と,活性酸素種(ROS)生成の概要図図4■PSIにおける活性酸素生成メカニズムの概念図).これらのROSによりPSIは酸化的に失活し,CO2同化能や生育に多大な被害が生じる(25, 29, 30)25) T. Sejima, D. Takagi, H. Fukayama, A. Makino & C. Miyake: Plant Cell Physiol., 55, 1184 (2014).29) K. Sonoike: Physiol. Plant., 142, 56 (2011).30) M. Zivcak, M. Brestic, K. Kunderllikova, O. Sytar & S. I. Allkahverdiev: Photosynth. Res., 126, 449 (2015)..
野外環境において常に存在するさまざまな環境ストレスは,CO2同化能を抑制し,光合成電子伝達系に電子が蓄積する危険性を高める.しかしながら,窓の外を覗くと多くの植物が活き活きと生育する姿が目に入る.昨今の気候変動や夏場の強い太陽光,雨が降らない日が暫く続いたところで植物は健康に生きている.このことは,植物が電子の蓄積によるROSの生成を防ぐための,頑健な防御システムを備えていることを示す.
われわれはこれまで,PSIの反応中心クロロフィルP700が酸化されることによるROS生成抑制メカニズムを見いだし,独自の“P700酸化ワールド”を展開してきた.Sejima et al. 2014(25)25) T. Sejima, D. Takagi, H. Fukayama, A. Makino & C. Miyake: Plant Cell Physiol., 55, 1184 (2014).では,光合成を駆動する作用光(Actinic light; AL)の照射によりP700酸化を誘導した状態でrSP照射処理を行っても,PSIの光阻害がほとんど起こらないことを示した.また,強光・乾燥などの環境ストレス条件下では共通して,P700の酸化が観測される(31~36)31) J. Harbinson & C. L. Hedley: Plant Physiol., 103, 649 (1993).32) C. Klughammer & U. Schreiber: Planta, 192, 261 (1994).33) R. B. Peterson: Plant Physiol., 105, 349 (1994).34) A. J. Golding & G. N. Johnson: Planta, 218, 107 (2003).35) A. J. Golding, P. Joliot & G. N. Johnson: Biochimica et Biophysica Acta (BBA)-Bioenergetics, 1706, 105 (2005).36) C. Miyake, M. Miyata, Y. Shinzaki & K.-I. Tomizawa: Plant Cell Physiol., 46, 629 (2005)..これらの事実は,ストレス応答としてのP700酸化とPSI光保護の頑健な関係を示唆する.
ではP700が酸化されることにどういう意味があるのか.酸素発生型光合成の概要の項で述べたように,P700はPSI内で図3図3■C3植物における,光合成のしくみの概念図のような光酸化還元サイクルを行っており,基底型(P700)・励起型(P700*)・酸化型(P700+)の三態のいずれかで存在する(図3図3■C3植物における,光合成のしくみの概念図).暗黒下でのrSP照射処理の例では,CBB回路による電子の消費が起こらないために,SP照射中のP700光酸化還元サイクルの律速点はP700*→P700+の反応となっており,SP照射の間P700*が蓄積した(図4a図4■PSIにおける活性酸素生成メカニズムの概念図).同様に定常光下においてP700が酸化することを考えると,P700酸化還元サイクルの律速点はP700+→P700となる.すなわち,P700光酸化還元サイクルの律速点がP700+→P700になるような制御が機能すれば,P700*の蓄積は抑えられ,ROS発生の場であるPSIでの電子の蓄積は解消される(図5a図5■PSIにおける活性酸素種生成の抑制メカニズムの概念図).これがP700酸化の本質である.
(a)PSIでのROS生成を抑制するP700酸化システムとその誘導メカニズムの概念図.(b)RISE(Reduction-induced suppression of electron flow)による,電子伝達制御メカニズムの概念図.
P700*→P700の反応速度を決定するのは,CO2同化および光呼吸による電子利用効率である.一方,P700+→P700の反応速度を決定するのはPSIIからの電子伝達速度である.反応の律速点を後者に遷移させ,P700酸化を誘導するためには,CO2同化や光呼吸による電子の利用効率の低下と同時に,PSIIからの電子伝達反応をそれ以上に抑制する必要がある.PSIへ流入する電子を制御するメカニズムとして,現在,以下の2つが知られている.
一つはチラコイド膜ルーメンの酸性化(≅ ΔpH形成促進)による制御である(16, 37, 38)16) A. N. Tikhonov: Plant Physiol. Biochem., 81, 163 (2014).37) N. R. Baker, J. Harbinson & D. M. Kramer: Plant Cell Environ., 30, 1107 (2007).38) M. Suorsa, S. Järvi, M. Grieco, M. Nurmi, M. Pietrzykowska, M. Rantala, S. Kangasjärvi, V. Paakkarinen, M. Tikkanen, S. Jansson et al.: Plant Cell, 24, 2934 (2012)..電子伝達反応に伴うストロマからルーメンへのH+の取り込みとCO2同化/光呼吸によるH+の消費の比が変化することにより,チラコイド膜ルーメンにH+が蓄積する(ΔpHの形成が促進される)と,PSIIにおける非光学的消光(NPQ)が誘導され,PSIIで吸収したエネルギーを安全に熱エネルギーとして放散する.このことにより,光合成電子伝達系への光エネルギーの分配を削減する.またルーメンの酸性化により,還元型PQのCyt b6f複合体による酸化反応活性の低下,つまり光合成電子伝達活性が低下する.ΔpHの形成はこれらを通じてPSIへ流入する電子を抑制し,P700の酸化に寄与する.
もう一つは,PQの過還元化により誘導されるPQ–Cyt b6f複合体間での電子伝達効率の抑制(RISE: Reduction-Induced Suppression of Electron flow)である(20, 39, 40)20) G. Shimakawa, K. Shaku & C. Miyake: Front. Microbiol., 9, 886 (2018).39) K. Shaku, G. Shimakawa, M. Hashiguchi & C. Miyake: Plant Cell Physiol., 57, 1443 (2016). 40) L. A. Malone, M. S. Proctor, A. Hitchcock, C. N. Hunter & M. P. Johnson: Biochimica et Biophysica Acta (BBA)-Bioenergetics, 1862, 148380 (2021).(図5b図5■PSIにおける活性酸素種生成の抑制メカニズムの概念図).還元型のPQ(PQH2)からCyt b6f複合体への電子伝達はQサイクルという特殊な様式によって行われる.これは,PQH2から放出された2つの電子のうち,一つはPCに,もう一つはCyt b6内の2つのヘムbL, bHを介して酸化型のPQに戻され,再度PQH2を生成するという反応様式である.PQプールが過還元状態となると,このQサイクルの基質となる酸化型のPQが減少する.その結果としてQサイクルの反応効率全体が抑制され,PQ以降の電子伝達反応が抑制されることにより,P700酸化に寄与する.
上記の2つのメカニズムを介して,主にCyt b6f複合体において,PSIへと流れ込む電子が絞り込まれる.その結果としてP700が酸化し,PSIのアクセプター側の過還元状態を回避している.しかしながら,CO2同化/光呼吸による光エネルギー利用効率が低下していないにもかかわらず,光合成電子伝達反応を抑制するメカニズムが働くと,単に光合成全体の効率が低下してしまう.したがって,環境ストレスによるCO2同化や光呼吸の活性低下に“伴って”,上記の光合成電子伝達反応の抑制メカニズムが誘導されるようなしくみになっていなければならない.
PSI光阻害が観測される条件というのは,共通してCBB回路の活性化がほとんど起きていなかった.すなわち,上記に示した光合成電子伝達反応における制御には,CO2同化/光呼吸をはじめとする電子の消費反応との相互作用が必要不可欠であるということを示唆する.
P700酸化をもたらすには,主にCyt b6f複合体での電子伝達の絞り込みが必要であり,それにはΔpHの誘導とPQの過還元化によるRISEの機能が必要であることは前章で述べたとおりであるが,ではどのようにしてΔpHおよびRISEが誘導されるのか.近年のわれわれの研究では,ΔpHやRISEの誘導に光呼吸が関与することを明らかにしてきた.
光呼吸は,O2発生型光合成の項でも述べたように,光合成電子伝達系で生成した化学エネルギー(Fd−, NADPH, ATP)および一度固定した炭素源を消費する反応であり,その生理的意義は不明な点が多かった.光呼吸がPSIIの保護に必要であるという報告があるが,光呼吸がどのように光合成電子伝達系に干渉するのかに関する詳しいメカニズムは明らかではなかった.
Sejima et al., 2016(15)15) T. Sejima, H. Hanawa, G. Shimakawa, D. Takagi, Y. Suzuki, H. Fukayama, A. Makino & C. Miyake: Physiol. Plant., 156, 227 (2016).; Hanawa et al., 2017(41)41) H. Hanawa, K. Ishizaki, K. Nohira, D. Takagi, G. Shimakawa, T. Sejima, K. Shaku, A. Makino & C. Miyake: Physiol. Plant., 161, 138 (2017).では,植物体周囲のCO2分圧が低下し,CO2同化が抑制されるような条件において,光呼吸が大きなエレクトロン・プロトロン・シンクとして機能し,PSIIでの電子伝達速度が保たれるという現象を見いだした.すなわち,Rubiscoのカルボキシラーゼ反応が抑制されると同時にRuBPオキシゲナーゼ反応が加速し,光呼吸が光合成電子伝達反応を駆動することにより,Jgを維持する.また,Wada et al., 2020(17)17) S. Wada, Y. Suzuki & C. Miyake: Plants, 9, 319 (2020).では,光呼吸が機能することで,Jgの低下に対してgH+をより大きく低下させ,ΔpH形成を促進することを明らかにした(等式6).ここまでの研究により,乾燥ストレスなどによりCO2同化が抑制されるような状況では,光呼吸がΔpH形成を通じたP700酸化に大きく寄与していることが明らかとなった.このことは,先の等式の関係から理解することができる(図6a, a′図6■環境ストレス下でのΔpHによるP700酸化誘導メカニズムと,RISEによるP700酸化誘導メカニズム).
CO2同化が,ある光強度下での最大活性を示している時(上図)に対し,環境ストレスなどにより抑制された際の光合成反応の変化を示す等式と概要図.(a), (a′)乾燥ストレスなど,CO2同化のみが抑制された際のP700酸化誘導メカニズム.(b), (b′)低温ストレスなど,CO2同化に加えて光呼吸も抑制された際の,P700酸化誘導メカニズム.
一方RISEは,主に光呼吸とCO2同化速度を同時に抑制する条件において,その機能が観測される.こちらについても,光呼吸同様にそのメカニズムを以下に示す(図6b, b′図6■環境ストレス下でのΔpHによるP700酸化誘導メカニズムと,RISEによるP700酸化誘導メカニズム).
光呼吸の役割を考えると,RISEはCO2同化/光呼吸による最大光エネルギー利用能力を超えるような強光や,これら両方の活性が抑制されるような低温条件や栄養障害,水没などのストレス条件で機能することが予想される.
これらのメカニズムに共通するのが,CO2同化/光呼吸による光エネルギー利用効率が低下した際に,光合成電子伝達反応をそれ以上に抑制し,光合成電子伝達反応主体の光合成反応を行うよう調節するということである.これは先にも述べたように,電子伝達系のエネルギーを余すことなくCO2同化/光呼吸で利用するという理想に近い光合成のあり方であり,安全な光合成の本質である.実際に,光合成電子伝達反応の最終産物であるNADPH生成のための電子供与体となるFdの酸化還元状態を測定すると,CO2同化が抑制された際にも,変わらず高い酸化状態で維持される.光合成電子伝達系と,CO2同化/光呼吸による反応だけという,教科書的とも言えるシンプルなモデルの中に,非常に巧妙で,なおかつ頑健なシステムが盛り込まれている.
先述のように,さまざまな実験事実に基づき,C3植物における“光合成のしくみ”が明らかとなってきた.しかしここまで紹介してきた観測事実のほとんどは,人為的に植物体周囲のCO2分圧を下げる,あるいは光強度を変動させるなどの実験的操作に対する応答として得られたものであり,本稿に示したモデルはそれらに基づくものである.したがって,常に変化し続ける野外環境での光合成電子伝達活性,CO2同化,光呼吸がこの“光合成のしくみ”とおりの動きをするかどうかはわからない.そこでFurutani et al., 2020(42)42) R. Furutani, A. Makino, Y. Suzuki, S. Wada, G. Shimakawa & C. Miyake: Plants, 9, 1761 (2020).では,イネにおいて観測される内在的なCO2同化速度の変動の中で,光合成反応がどのように応答するのかの検証実験が行われた(図7図7■イネのCO2同化速度の変動下における電子伝達反応の応答の概要図).
(a)光呼吸が機能する大気条件(21 kPa O2)での結果の概要図.(b)光呼吸がほとんど機能しない低酸素条件(2 kPa O2)での結果の概要図.Furutani et al., 2020(42)42) R. Furutani, A. Makino, Y. Suzuki, S. Wada, G. Shimakawa & C. Miyake: Plants, 9, 1761 (2020).の結果を元に作成.
イネでは,一定の光環境下においても気孔の不安定な開閉によりRubiscoへのCO2供給が安定せず,内在的な生理応答として,CO2同化速度が変動する現象が観測される.光呼吸は,このCO2同化速度の変動に対し,CO2同化速度の低下を埋め合わせるように反応速度を上昇させ,PSIIでの電子伝達速度(=Jg)を維持していることが明らかになった.また,CO2同化に対する光呼吸の相対活性が上昇するにつれ,ΔpH形成が促進され,P700酸化が生じることが明らかとなった.一方,光呼吸が大きく抑制される低酸素条件(2 kPa O2)では,CO2同化速度とPSIIでの電子伝達速度がほぼ等しい値で変動したにもかかわらず,P700酸化レベルは比較的維持された.このP700酸化抑制が緩和されるフェーズでは,PQの還元状態が高く維持されていたことから,RISEの機能が観測された.これらの結果は,すべて本稿で紹介した光合成モデルにより説明することができ,ここまで紹介してきた光合成モデルとROS生成抑制のための分子メカニズムが,植物のもつ内在的な生理現象の中で機能することが初めて示された.また,Furutani et al. 2020(42)42) R. Furutani, A. Makino, Y. Suzuki, S. Wada, G. Shimakawa & C. Miyake: Plants, 9, 1761 (2020).で取り上げた,一定の光環境下での内在的なCO2同化速度の変動現象は,気孔開度の変動により生じることが同研究内で明らかとなったが,一定の光環境下における気孔開度の変動は多くの植物種において報告がなされている(43~45)43) H. D. Barrs: Annu. Rev. Plant Physiol., 22, 223 (1971).44) M. A. Rose & M. A. Rose: HortScience, 29, 693 (1994).45) R. A. Marenco, K. Siebke, G. D. Farquhar & M. C. Ball: Funct. Plant Biol., 33, 1103 (2006)..また,気孔の不安定な開閉は,道管や仮道管内に空気が充満することで生じる一時的なエンボリズム(塞栓症)との関係が示唆されており(45)45) R. A. Marenco, K. Siebke, G. D. Farquhar & M. C. Ball: Funct. Plant Biol., 33, 1103 (2006).,容易に野外環境で生じることが予想される.すなわち光呼吸は環境ストレス条件下だけでなく,植物が普遍的にもつ内在的な生理現象の中でも重要な働きを担っている.C3植物が安全に光合成を行ううえで,光呼吸は環境ストレスの有無によらず必須であると言えるであろう.
ここまで,主にC3植物で見いだされてきた光合成モデルに関して紹介してきた.では,C3植物以外のO2発生型光合成生物ではどうであろうか? 進化的にC3植物よりも前の光合成生物であるシアノバクテリアから緑藻類,コケ類,シダ類および裸子植物までにはFLV(Flavodiiron protein)というタンパク質が広く保存されている.FLVにはClass AからClass Eまでの分類があるが,ここではClass Cに分類され,基本構造のドメインに加えNAD(P)H; Flavin oxidoreductase-like domainをもつものをFLVと呼称することとする(46)46) A. Wasserfallen, S. Ragettli, Y. Jouanneau & T. Leisinger: Eur. J. Biochem., 254, 325 (1998)..FLVは,FdあるいはNADPHを電子供与体とし,O2を水に還元する.すなわち,光合成電子伝達系の電子を消費するエレクトロン シンクとして機能する.また,FLVは電子伝達系で生成するATP(=チラコイド膜ルーメンのH+)を消費しない反応であるため,ΔpHの形成を通じたP700酸化に大きく寄与する(47, 48)47) R. Hayashi, G. Shimakawa, K. Shaku, S. Shimizu, S. Akimoto, H. Yamamoto, K. Amako, T. Sugimoto, M. Tamoi, A. Makino et al.: Biosci. Biotechnol. Biochem., 78, 384 (2014).48) G. Shimakawa, K. Shaku, A. Nishi, R. Hayashi, H. Yamamoto, K. Sakamoto, A. Makino & C. Miyake: Plant Physiol., 167, 472 (2015)..実際に,FLVを欠損させたシアノバクテリア(Synechococcus sp. PCC 7002)ではP700酸化をほとんど行うことができず,生育が大きく阻害される(49)49) G. Shimakawa, K. Shaku & C. Miyake: Plant Physiol., 172, 1443 (2016)..シアノバクテリアでは生育に大きな影響を及ぼすFLVであるが,現在,陸上で最も栄えている被子植物には,FLVは存在しない.すなわち,進化の過程で,植物はFLVを捨てたのだ.FLVはO2に対する親和性が非常に高く,非常に低いO2濃度においてその活性が飽和してしまう.植物の進化の中で,RubiscoによるCO2同化や光合成電子伝達反応の能力の向上に伴い,最大活性の低いFLVによる還元力消費能力を上昇させるには,FLVを増やすほかなく,さらなる窒素/炭素投資が必要となる.また,Rubiscoの活性の向上に伴う光呼吸の発達により,これまで示してきたとおり,環境要因や内在的要因によるCO2同化効率の低下に対する,光呼吸による頑健な光合成電子伝達制御メカニズムが確立されたことで,FLVの必要性は薄れていったと考える.Hanawa et al., 2016(41)41) H. Hanawa, K. Ishizaki, K. Nohira, D. Takagi, G. Shimakawa, T. Sejima, K. Shaku, A. Makino & C. Miyake: Physiol. Plant., 161, 138 (2017).では,最初の陸上植物であるコケにおいても光呼吸が十分に機能し,シダ植物,裸子植物,被子植物(ここではC3植物)において,光呼吸の活性が増大している事実は,光合成生物の陸上化と同時期に光呼吸がメインのP700酸化誘導メカニズムとして要求されてきたと考察している.しかしながら,コケ植物が陸上進出を果たしたとされる4億7500万年前には,CO2濃度が現在の大気レベルの15倍近く存在していたとされている(50)50) 門屋辰太郎,渡邉吉康,関根康人,田辺英一:日本惑星科学会誌,22(4), 234 (2013)..CO2濃度が現在の0.04%(40 Pa)に近づいたのはおよそ3億年前で,この頃に裸子植物が誕生したとされている.前述のとおり,RubiscoにおけるCO2同化/光呼吸反応比はRubisco周辺のCO2/O2分圧比で決定される.すなわち,この当時CO2濃度が大幅に絞られる(過度な乾燥ストレスなど)以外には,光呼吸がほとんど機能しなかったことが予想される.そのような環境下で,強光などのストレスに対しP700酸化に寄与していたのは,やはりRISEやFLVであったと予想される.このことが,コケから裸子に至るまでの多くの陸上植物種においてFLVが保存されている理由の一つであると考えられる.
本稿では,最新の研究成果から明らかとなってきた光合成モデルを紹介してきた.しかしながら,このモデルがすべての現象を包括しているわけではない.むしろ,測定技術の進歩や新たな測定法の開発により,今後このモデルに当てはまらない,例外的な現象が観測されてくるであろう.しかしそれは憂えることではなく,この営みを通じて光合成反応の真の姿が見えてくると考える.また,本稿ではC3植物における光合成モデルを紹介してきたが,他の植物種を含めいまだ不明な点も多い.今後,さらなる光合成研究の発展により,多様な光合成の姿やその進化について明らかになっていくことを期待したい.
Acknowledgments
本総説で紹介したわれわれの研究は,JST CREST(グラント番号;JPMJCR15O3,三宅親弘)の助成を受けています.この場を借りて,深く御礼申し上げます.また,今回の解説の執筆に機会を与えてくださいました日本農芸化学会殿,執筆にあたり助言をいただきました東北大学 牧野周名誉教授,岩手大学 鈴木雄二准教授,京都大学 伊福健太郎教授ならびに東京薬科大学 野口航教授,およびご査読いただきました先生方に,厚く御礼申し上げます.
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