解説

多価不飽和脂肪酸欠乏によって生じる代替的な代謝機構欠乏の観点から脂質栄養の重要性を明らかにする

Polyunsaturated Fatty Acid Deficiency Causes Alternative Metabolic System: Reveal the Important of Lipid Nutrition in Terms of Deficiency

Ikuyo Ichi

育代

お茶の水女子大学基幹研究院

Published: 2021-07-01

哺乳動物において,n-3系及びn-6系多価不飽和脂肪酸は食事からの摂取が必要な脂質である.哺乳動物でこれらの多価不飽和脂肪酸が欠乏すると,ミード酸(20: 3n-9)というn-9系の多価不飽和脂肪酸が内因的に産生される.さらに,脂肪酸不飽和酵素FADS2欠損マウスに多価不飽和脂肪酸欠乏食を与えると,シアドン酸(20: 35,11,14)という非メチレン介在型の多価不飽和脂肪酸が検出され,哺乳動物には代替的に多価不飽和脂肪酸を補う機構が存在する.また,多価不飽和脂肪酸の中でも炭素数と二重結合が多い高度不飽和脂肪酸が欠乏すると,肝臓では中性脂肪だけでなくコレステロールも蓄積し,脂肪肝がより悪化することが示唆された.

Key words: 多価不飽和脂肪酸; 必須脂肪酸欠乏; 脂肪酸代謝; 脂肪肝; リン脂質

哺乳動物における多価不飽和脂肪酸の代謝

脂肪酸は生体内の重要なエネルギー源であり,生体膜の主要な構成成分である.哺乳動物では,アセチルCoAから飽和脂肪酸のパルミチン酸(16 : 0),ステアリン酸(18 : 0)が生成され,Δ9不飽和化酵素(Stearoyl-CoA desaturase; SCD)によって一価不飽和脂肪酸のオレイン酸(18 : 1 n-9)が生成される.植物にはΔ12不飽和化酵素やΔ15不飽和化酵素が存在することから,オレイン酸からリノール酸(18 : 2 n-6)やα-リノレン酸(18 : 3 n-3)などの二重結合を2つ以上もつ多価不飽和脂肪酸(Polyunsaturated fatty acid; PUFA)を生成できる.一方,哺乳動物にはこれらの酵素が存在しないため,n-3系およびn-6系多価不飽和脂肪酸を生体内で作ることができない(1)1) J. G. Wallis, J. L. Watts & J. Browse: Trends Biochem. Sci., 27, 67 (2002)..そのため,これらの脂肪酸は必須脂肪酸と呼ばれ,食事からの摂取が必要である(図1図1■多価不飽和脂肪酸の代謝と生理作用).そして,哺乳動物は必須脂肪酸に対して脂肪酸不飽和化酵素FADS(Fatty acid desaturase)による二重結合の導入や脂肪酸伸長酵素ELOVL(Elongase of very long chain fatty acid)による炭素鎖の伸長を行い,アラキドン酸(20 : 4 n-6)やEPA(20 : 5 n-3),DHA(22 : 6 n-3)のような炭素数や不飽和度がさらに多い多価不飽和脂肪酸を産生できる.特に,炭素数20以上,二重結合3つ以上のPUFAは高度不飽和脂肪酸(Highly unsaturated fatty acid)と称される.

図1■多価不飽和脂肪酸の代謝と生理作用

多価不飽和脂肪酸は生体膜を構成しているリン脂質に多く存在し,ホスホリパーゼA2によって遊離の多価不飽和脂肪酸が切り出され,さまざまな機能を有する脂質メディエーターへ代謝され,生体の恒常性維持に重要な役割を果たしている(2)2) C. D. Funk: Science, 294, 1871 (2001).図1図1■多価不飽和脂肪酸の代謝と生理作用).遊離のアラキドン酸からはPGE2やTXA2,LTB4といった生理活性を有する脂質が生成される.PGE2やTXA2は血管拡張作用を有し,LTB4は好中球やマクロファージの遊走を活性化する.アラキドン酸と同じ炭素数であるEPAからはTXA3およびPGI3といったエイコサノイドが生成する.TXA3は血管収縮作用作用を有し,PGI3は血小板凝集抑制作用や血管拡張作用を有する.また,n-3系多価不飽和脂肪酸のEPAやDHAは炎症の収束作用を有する脂質メディエーターでもある(3)3) C. N. Serhan: Nature, 510, 92 (2014)..EPAからはレゾルビンEが産生され,DHAからはマレシンやレゾルビンD,プロテクチンなど抗炎症作用を有する代謝物が産生される.またEPAやDHAはそれ自身がアラキドン酸の代謝物と拮抗し,炎症性のエイコサノイドの産生を抑える作用もある.

リン脂質における不飽和脂肪酸は膜の流動性や柔軟性,膜タンパク質の局在や活性に影響を及ぼすことが知られている(4)4) A. A. Spector & M. A. Yorek: J. Lipid Res., 26, 1015 (1985).図1図1■多価不飽和脂肪酸の代謝と生理作用).飽和脂肪酸のリン脂質は密度の高い膜を形成するのに対し,折れ曲がり構造をもつ不飽和脂肪酸のリン脂質はルーズな膜を形成する.したがって,膜リン脂質の不飽和脂肪酸は疎水性部分が親水環境にさらされたpacking defectを形成しやすく,両親媒性のヘリックス構造もつ膜タンパク質の局在に影響を及ぼすことが示唆されている(5)5) B. Antonny: Annu. Rev. Biochem., 80, 101 (2011)..不飽和脂肪酸の中でも,多価不飽和脂肪酸が結合したリン脂質のpacking defectの深さは一価不飽和脂肪酸よりも浅いことから(6)6) M. Pinot, S. Vanni, S. Pagnotta, S. Lacas-Gervais, L. A. Payet, T. Ferreira, R. Gautier, B. Goud, B. Antonny & H. Barelli: Science, 345, 693 (2014).,タンパク質の構造の違いにより膜との結合性は異なる可能性がある.また,多価不飽和脂肪酸を含むリン脂質の膜の物理的性質を介した機能として,リン脂質のDHAが減少したマウスでは,精子形成におけるエンドサイトーシスの異常により精子形態に異常がみられ,雄性不妊をきたすことが報告されている(7)7) Y. Iizuka-Hishikawa, D. Hishikawa, J. Sasaki, K. Takubo, M. Goto, K. Nagata, H. Nakanishi, H. Shindou, T. Okamura, C. Ito et al.: J. Biol. Chem., 292, 12065 (2017).

多価不飽和脂肪酸欠乏時の脂肪酸代謝

多価不飽和脂肪酸欠乏を予防するには,リノール酸は最低でも総エネルギーの1%(8)8) H. F. Wiese, A. E. Hansen & D. J. D. Adam: J. Nutr., 66, 345 (1958).,できれば総エネルギーの3~4%は必要であると言われている(9)9) B. R. Bistrian: JPEN J. Parenter. Enteral Nutr., 27, 168 (2003)..α-リノレン酸の必要量はさらに少なく,総エネルギーの0.2~0.5%である(8, 9)8) H. F. Wiese, A. E. Hansen & D. J. D. Adam: J. Nutr., 66, 345 (1958).9) B. R. Bistrian: JPEN J. Parenter. Enteral Nutr., 27, 168 (2003)..したがって,過度な脂肪の制限がない限り多価不飽和脂肪酸欠乏になることはない.また,欠乏の症状として魚鱗癬といわれる皮膚障害や生殖機能異常,成長障害,視覚や認知機能の障害,脂肪肝などがある(10)10) W. K. Yamanaka, G. W. Clemans & M. L. Hutchinson: Prog. Lipid Res., 19, 187 (1980)..リノール酸は表皮に最も多い必須脂肪酸で,表皮のバリア構造に必要なセラミドを構成している脂肪酸でもある.多価不飽和脂肪酸欠乏食を与えられたマウスでは表皮のセラミド量が減少し,皮膚障害がみられることが報告されている(11)11) J. L. Melton, P. W. Wertz, D. C. Swartzendruber & D. T. Downing: Biochim. Biophys. Acta, 921, 191 (1987)..また,DHAは神経細胞の構造やシグナル伝達にかかわることで,神経保護作用を有することが示されている(12, 13)12) D. Cao, K. Kavela, J. Kim, H. S. Moon, S. B. Jin, D. Lovinger & H. Y. Kim: J. Neurochem., 111, 510 (2009).13) W. J. Lukiw, J. C. Cui, V. L. Marcheselli, M. Bodker, A. Botkjaer, K. Gotlinger, C. N. Serhan & N. G. Bazan: J. Clin. Invest., 115, 2774 (2005).

哺乳動物において食事由来の多価不飽和脂肪酸が欠乏すると,代替的な脂肪酸代謝の変化がみられ,生体内のオレイン酸(18 : 1 n-9)からミード酸(5,8,11-eicosatrienoic acid, 20 : 3 n-9)という内因性のn-9系多価不飽和脂肪酸が産生される(14)14) J. F. Mead & W. H. Slaton Jr.: J. Biol. Chem., 219, 705 (1956).図2図2■多価不飽和脂肪酸欠乏時の脂肪酸代謝).そして,血中におけるアラキドン酸とミード酸の比率は必須脂肪酸欠乏の臨床指標として用いられている(15)15) R. T. Holman: J. Nutr., 70, 405 (1960)..必須脂肪酸欠乏時のミード酸の機能の詳細は明確にはされていないが,ミード酸はアラキドン酸と同じΔ5位に二重結合があることから,ロイコトリエン様の代謝物が存在し抗炎症作用を有する可能性や(16)16) B. A. Jakschik, A. R. Morrison & H. Sprecher: J. Biol. Chem., 258, 12797 (1983).,ミード酸が乳がんのなどのがん組織で検出され,ヒト乳がん細胞株において増殖抑制作用を有すること(17)17) Y. Kinoshita, K. Yoshizawa, K. Hamazaki, Y. Emoto, T. Yuri, M. Yuki, N. Shikata, H. Kawashima & A. Tsubura: Oncol. Rep., 32, 1385 (2014).が報告されている.

図2■多価不飽和脂肪酸欠乏時の脂肪酸代謝

オレイン酸からミード酸の産生酵素はこれまで明確にされていなかったが,筆者らは多価不飽和脂肪酸欠乏の培養細胞を用いて脂肪酸不飽和化酵素(FADS1~3)と脂肪酸鎖伸長酵素(ELOVL1~7)の網羅的な遺伝子発現抑制を行い,オレイン酸からミード酸の産生酵素がFADS 1とFADS2, ELOVL5であることを明らかにした(18)18) I. Ichi, N. Kono, Y. Arita, S. Haga, K. Arisawa, M. Yamano, M. Nagase, Y. Fujiwara & H. Arai: Biochim. Biophys. Acta, 1841, 204 (2014).図2図2■多価不飽和脂肪酸欠乏時の脂肪酸代謝).これらの酵素は,n-6系PUFAのリノール酸からアラキドン酸,n-3系PUFAのα-リノレン酸からEPAが生成されるのと同じ酵素である.FADSの基質特異性はn-3系,n-6系,n-9系脂肪酸の順で高く,食事由来のPUFAが欠乏すると基質となるn-3系やn-6系PUFAが減少することで,FADSがn-9系脂肪酸のオレイン酸に活性を有し,ミード酸が産生されることが示唆されている.

脂肪酸伸長酵素ELOVL5はPUFAが十分に存在するとき,C18PUFAやC20PUFAに対する伸長活性を有することで,生体内のC18PUFAからC20PUFAの変換を担っている(19)19) Y. Ohno, S. Suto, M. Yamanaka, Y. Mizutani, S. Mitsutake, Y. Igarashi, T. Sassa & A. Kihara: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 18439 (2010)..一方,筆者らはPUFAが欠乏するとELOVL5が一価不飽和脂肪酸であるオレイン酸に対しても伸長活性を有することで,ミード酸が産生されることを報告している(18)18) I. Ichi, N. Kono, Y. Arita, S. Haga, K. Arisawa, M. Yamano, M. Nagase, Y. Fujiwara & H. Arai: Biochim. Biophys. Acta, 1841, 204 (2014)..そして,ELOVL5の18 : 1 n-9に対する伸長活性はリン酸化修飾を介した基質特異性の変化がかかわっている可能性を見いだしている.これは食事由来のPUFAが欠乏した際にミード酸を補うための新たな産生機構である可能性が示唆される.

高度不飽和脂肪酸欠乏時に生じる代替的な脂肪酸代謝

哺乳動物において食事由来の多価不飽和脂肪酸が欠乏すると,体内に存在するオレイン酸からミード酸が産生されるように,代替的に多価不飽和脂肪酸を補うような制御機構が存在している.FADS2は多価不飽和脂肪酸のΔ6位およびΔ8位に対する不飽和化活性を有する酵素であり(20)20) H. P. Cho, M. T. Nakamura & S. D. Clarke: J. Biol. Chem., 274, 471 (1999).,リノール酸やα-リノレン酸のようなC18PUFAからアラキドン酸やEPA, DHAのような≥C20PUFAへの代謝の律速段階を担っている.そして,FADS2欠損マウスにおいて食事からの≥C20PUFAの供給が絶たれると,リノール酸からシアドン酸(20 : 35,11,14; all-cis-5,11,14-trienoic acid)という多価不飽和脂肪酸が産生されることが報告されている(21)21) W. Stoffel, I. Hammels, B. Jenke, E. Binczek, I. Schmidt-Soltau, S. Brodesser & M. Thevis: EMBO Rep., 15, 110 (2013).図3図3■FADS2欠損マウスにおけるシアドン酸の産生).シアドン酸はリノール酸がELOVLによる炭素鎖の伸長とFADS1によるΔ5位の不飽和化を受けて合成されると考えられている.同じn-6系PUFAのアラキドン酸と比較すると,シアドン酸はFADS2により導入されるはずのΔ8位の不飽和結合を欠いた二重結合を3つもつn-6系の非メチレン介在型不飽和脂肪酸である.シアドン酸は通常哺乳動物において検出されず,植物のカヤの種子などに存在する脂肪酸で,粘菌やある種の海洋無脊椎動物に存在することが報告されている(22, 23)22) T. Rezanka: Phytochemistry, 33, 1441 (1993).23) G. Barnathan: Biochimie, 91, 671 (2009)..筆者らは,食事由来の多価不飽和脂肪酸の供給が絶たれたFADS2欠損マウスにおいてもシアドン酸が存在することを確認している.また,リン脂質におけるシアドン酸の分布を調べたところ,シアドン酸はホスファチジルエタノールアミン(Phosphatidylethanolamine; PE)やPIホスファチジルイノシトール(Phosphatidylinositol; PI)などのリン脂質に多く存在していた.これらのリン脂質ではアラキドン酸やDHA,ミード酸などの高度不飽和脂肪酸が比較的多く存在することから,シアドン酸はリン脂質において食事性および内因性の高度不飽和脂肪酸の代替的な作用を担っている可能性がある.

図3■FADS2欠損マウスにおけるシアドン酸の産生

高度不飽和脂肪酸欠乏が脂肪肝の病態に及ぼす影響

非アルコール性脂肪性肝疾患(Nonalcoholic fatty liver disease; NAFLD)は,過度な飲酒歴がなく,肝臓に中性脂肪やコレステロールが蓄積した状態から,線維化や炎症を伴うものまでが含まれ,肝疾患の死亡率増加の要因となっている(24)24) European Association for the Study of the Liver (EASL)European Association for the Study of Diabetes (EASD)European Association for the Study of Obesity (EASO): Obes. Facts, 9, 65 (2016)..脂肪肝そのものは比較的良性であると考えられるが,炎症や線維化を伴う非アルコール性脂肪肝炎(Nonalcoholic steato-hepatitis; NASH)へと進行するとさらなる肝障害の引き金となり,介入なしでは肝臓移植を余儀なくされる.NAFLD患者では,空腹時の肝臓中性脂肪の26%がde novo合成由来であり,健常者で観察される5%よりも高い数値となっていることから(25)25) A. M. Lottenberg, M-da S. Afonso, M. S. F. Lavrador, R. M. Machado & E. R. Nakandakare: J. Nutr. Biochem., 23, 1027 (2012).,脂質合成の増加はNAFLDの進展を促す要因として重要であると考えられる.NASH患者から採取した肝臓のトランスクリプトーム解析の結果では,NASHにおいて発現が上昇する遺伝子として,多価不飽和脂肪酸の不飽和化に関与するFADS1とFADS2が同定されており,FADSによる多価不飽和脂肪酸の不飽和化が肝障害の進行に関与している可能性が示唆されている(26)26) M. Vernekar, D. Amarapurkar, K. Joshi & R. Singhal: Meta Gene, 11, 152 (2017)..また,FADSのゲノム領域における一塩基多型(Single nucleotide polymorphism; SNP)のマイナーアレルを有する者は,血中のアラキドン酸やDHAなどの高度不飽和脂肪酸が低値である(27, 28)27) T. Tanaka, J. Shen, G. R. Abecasis, A. Kisialiou, J. M. Ordovas, J. M. Guralnik & L. Ferrucci: PLoS Genet., 5, e1000338 (2009).28) L. G. Gillingham, S. V. Harding, T. C. Rideout, N. Yurkova, S. C. Cunnane, P. K. Eck & P. J. Jones: Am. J. Clin. Nutr., 97, 195 (2012)..したがって,FADSを介した高度不飽和脂肪酸の産生がNAFLDのリスク軽減の役割を果たしている可能性が考えられる.さらに,NASH患者に対して多価不飽和脂肪酸を豊富に含む魚油を与える治療を行ったヒト臨床試験では,ALTやASTレベル,血中中性脂肪や総コレステロール量などのNASHパラメーターの改善が示されており,多価不飽和脂肪酸のNASHの治療における有効性が期待されている(29)29) Y. Li, L. Yang, K. Sha, T. Liu, L. Zhang & X. Liu: World J. Gastroenterol., 21, 7008 (2015)..多価不飽和脂肪酸がもたらす脂肪肝病態抑制の機序としては,SREBP-1c(Sterol regulatory element-binding protein-1c)およびChREBP(Carbohydrate-responsive element-binding protein)の抑制を介した脂肪酸合成の低下,PPARα(Peroxisome proliferated activated receptor α)の活性を介した脂肪酸分解の促進,炎症性サイトカインの産生抑制が挙げられている(30)30) P. Silva Figueiredo, A. Carla Inada, G. Marcelino, C. Maiara Lopes Cardozo, K. De Cássia Freitas, R. De Cássia Avellaneda Guimarães & P. Aiko Hiane: Nutrients, 9, 1158 (2017)..たとえば,脂肪肝を発症するレプチン欠乏ob/obマウスにEPAあるいは魚油を与えると,成熟型SREBP-1の減少と肝臓中性脂肪の低下が認められること(31)31) M. Sekiya, N. Yahagi, T. Matsuzaka, Y. Najima, M. Nakakuki, R. Nagai, S. Ishibashi, J. Osuga, N. Yamada & H. Shimano: Hepatology, 38, 1529 (2003).,高炭水化物食を与えて脂肪肝を誘導したマウスに,多価不飽和脂肪酸(リノール酸,EPA, DHAの混合物)を与えるとSREBP-1cおよびChREBPの活性抑制を伴って解糖系と脂質合成の低下が見られることが報告されている(32)32) R. Dentin, F. Benhamed, J. P. Pégorier, F. Foufelle, B. Viollet, S. Vaulont, J. Girard & C. Postic: J. Clin. Invest., 115, 2843 (2005).

これまで脂肪肝を発症した実験動物や患者に多価不飽和脂肪酸を供給した影響を検討した研究に比べると,欠乏した際の影響と分子機構に関する研究は非常に少ない.筆者らは,通常のマウスに多価不飽和脂肪酸欠乏食を与えるとリノール酸などのC18PUFAは著しく減少する一方で,高度不飽和脂肪酸の≥C20PUFAは比較的維持されていることを示している.すなわち,多価不飽和脂肪酸欠乏時にはFADSやELOVLを介した≥C20PUFAの産生が頑強に行われている可能性がある.このうち,FADS2による脂肪酸不飽和化はリノール酸やα-リノレン酸のようなC18PUFAからアラキドン酸やEPA, DHAのような≥C20PUFAへの代謝の律速段階を担っている(20)20) H. P. Cho, M. T. Nakamura & S. D. Clarke: J. Biol. Chem., 274, 471 (1999)..FADS2欠損マウスでは精子の減少と形態異常,運動能力の低下による生殖障害が生じ,DHAを添加した食餌を与えると正常マウスと同程度まで回復することが報告されている(33)33) M. Roqueta-Rivera, C. K. Stroud, W. M. Haschek, S. J. Akare, M. Segre, R. S. Brush & M. T. Nakamura: J. Lipid Res., 51, 360 (2009)..さらに,FADS2欠損マウスに≥C20PUFAをほとんど含まない大豆油を油脂源とする食餌を与えて飼育すると4カ月齢時点で潰瘍性皮膚炎,5カ月齢で腸潰瘍を発症し,アラキドン酸を添加した食餌を与えるとこれらの症状は見られなくなることから(34)34) C. K. Stroud, T. Y. Nara, M. Roqueta-Rivera, E. C. Radlowski, P. Lawrence, Y. Zhang, B. H. Cho, M. Segre, R. A. Hess, J. T. Brenna et al.: J. Lipid Res., 50, 1870 (2009).,高度不飽和脂肪酸の生体機能維持における重要性が示唆されている.

筆者らは,食事性および内因性の高度不飽和脂肪酸の欠乏が肝臓の脂肪蓄積に及ぼす影響を明らかにするため,FADS2の阻害剤や遺伝的欠損マウスに多価不飽和脂肪酸欠乏食を与え検討を行った.まず,多価不飽和脂肪酸欠乏食を与えたマウスにFADS2の阻害剤処理を行うと,肝臓のミード酸は半分程度減少し,肝臓において中性脂肪の蓄積が観察された(35)35) Y. Hayashi, A. Shimamura, T. Ishikawa, Y. Fujiwara & I. Ichi: Biochem. Biophys. Res. Commun., 496, 549 (2018)..また,FADS2欠損マウスに多価不飽和脂肪酸欠乏食を与えるとミード酸は全く検出されず,食事由来の高度不飽和脂肪酸も著しく減少した.そして,肝臓では中性脂肪だけでなく,コレステロールの顕著な蓄積が観察された(図4図4■高度不飽和脂肪酸欠乏による脂肪肝の要因).これまで,多価不飽和脂肪酸欠乏食を与えた通常のマウスにおいて肝臓のコレステロールが蓄積したという報告はなく,高度不飽和脂肪酸の著しい欠乏により肝臓のコレステロールも蓄積することが示唆された.その要因として,高度不飽和脂肪酸が欠乏すると肝臓において中性脂肪やコレステロールの合成が亢進すること,さらに肝臓から血中への脂質の移行を担うリポタンパク質であるVLDLの分泌障害が生じることがわかった(図4図4■高度不飽和脂肪酸欠乏による脂肪肝の要因).ヒトにおいて食事性のα-リノレン酸(18 : 3 n-3)からDHA(22 : 6 n-3)への変換は1%以下であることが報告されている(36)36) M. Plourde & S. C. Cunnane: Appl. Physiol. Nutr. Metab., 32, 619 (2007)..したがって,FADSのSNPをもつ高度不飽和脂肪酸の合成が正常に行われない可能性のあるヒトでは,肝臓への中性脂質の蓄積およびNAFLDの進行を予防するために,食事から十分な量の高度不飽和脂肪酸を供給する必要があると考えられる.本研究の成果が,脂質栄養の観点からNAFLDの予防および病態改善に対する食事療法に貢献できる研究成果となることを期待する.

図4■高度不飽和脂肪酸欠乏による脂肪肝の要因

おわりに

多くの脊椎動物は進化の過程でn-3系やn-6系多価不飽和脂肪酸を生体内で生成する能力を失った.そして,n-3系やn-6多価不飽和脂肪酸を生成できる植物や海藻などから補給することで,体内の多価不飽和脂肪酸を維持している.一方,哺乳動物では食事由来の多価不飽和脂肪酸が欠乏するとミード酸のような多価不飽和脂肪酸が生成される.また,FADS2欠損における多価不飽和脂肪酸欠乏時にはシアドン酸のような非メチレン介在型不飽和脂肪酸が新たに作られる.内因性の多価不飽和脂肪酸が食事由来の多価不飽和脂肪酸の機能をどの程度補えるかは不明であるが,哺乳動物において代替的に多価不飽和脂肪酸を補う制御機構が存在するという現象は興味深い.

低栄養は種々の疾患の憎悪因子であり,高齢化が進むわが国において重要な社会問題である.ヒトには食事から摂らなければならない必須の多価不飽和脂肪酸があるにもかかわらず,低栄養における脂質栄養の必要性は明確にされていない.低栄養においてタンパク質の栄養は重要視されているが,それだけでは低栄養の病態改善が見られない場合がある.食事由来の多価不飽和脂肪酸の生理作用に関する報告は数多くあるが,どのような多価不飽和脂肪酸が欠乏したときに低栄養の病態が悪化するかは明確にはされていない.また,ミード酸のような内因的に産生される多価不飽和脂肪酸が生体内でどのような作用を有するかも不明である.多価不飽和脂肪酸欠乏による低栄養の病態悪化とその制御機構が明らかになることで,欠乏という観点から脂質栄養の重要性を明らかにし,低栄養における病態改善の治療に貢献できる可能性が期待できる.

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