Kagaku to Seibutsu 59(7): 346-353 (2021)
セミナー室
ポリフェノールに関する疫学研究の現状と今後の展望多目的コホート研究におけるポリフェノール摂取と非感染性疾患との関連に焦点を置いて
Published: 2021-07-01
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
ポリフェノールという言葉が世にしれたのは,1992年に行われた研究より明らかとなった「フレンチパラドックス」という概念以降である.フランスではバターや肉などの動物性脂肪の摂取量が多いのにもかかわらず,心血管疾患による死亡率が低く,これは赤ワインによる健康影響ではないかという仮説が提唱された.しかし,赤ワインに含まれるレスベラトロールというポリフェノールを推定および定量化できるようになったのはごく最近であり,ようやくポリフェノールと非感染性疾患との関連を調べる疫学研究が進み始めたところである.本セミナー室では,これまでにわれわれの研究グループが日本人を対象として行った,ポリフェノール摂取と各非感染性疾患の関連について解説する.
ポリフェノールは,フェノール基を複数もつ化合物の総称であり,果物,野菜,豆類,緑茶,コーヒー,ココア,ワインなど,多くの植物由来の食品に含まれる(1)1) C. Manach, A. Scalbert, C. Morand, C. Remesy & L. Jimenez: Am. J. Clin. Nutr., 79, 727 (2004)..その数は500種類以上と言われており,フェノール酸,フラボノイド,リグナン,スチルベンの主に4つに分類される(1, 2)1) C. Manach, A. Scalbert, C. Morand, C. Remesy & L. Jimenez: Am. J. Clin. Nutr., 79, 727 (2004).2) R. Zamora-Ros: Am. J. Clin. Nutr., 104, 549 (2016)..ポリフェノールは,抗酸化作用,抗炎症作用などの機能性を有することから,がん(3, 4)3) I. Gardeazabal, A. Romanos-Nanclares, M. A. Martinez-Gonzalez, R. Sanchez-Bayona, F. Vitelli-Storelli, J. J. Gaforio et al.: Br. J. Nutr., 122, 542 (2019).4) Z. J. Wang, K. Ohnaka, M. Morita, K. Toyomura, S. Kono, T. Ueki, M. Tanaka, Y. Kakeji, Y. Maehara, T. Okamura et al.: World J. Gastroenterol., 19, 2683 (2013).,循環器疾患(5, 6)5) S. Adriouch, A. Lampure, A. Nechba, J. Baudry, K. Assmann, E. Kesse-Guyot, S. Hercberg, A. Scalbert, M. Touvier & L. Fezeu: Nutrients, 10, 1587 (2018).6) A. Tresserra-Rimbau, E. B. Rimm, A. Medina-Remon, M. A. Martinez-Gonzalez, R. de la Torre, D. Corella, J. Salas-Salvadó, E. Gómez-Gracia, J. Lapetra, F. Arós et al.; PREDIMED Study Investigators: Nutr. Metab. Cardiovasc. Dis., 24, 639 (2014).や認知症(7)7) S. Lefevre-Arbogast, D. Gaudout, J. Bensalem, L. Letenneur, J. F. Dartigues, B. P. Hejblum, C. Féart, C. Delcourt & C. Samieri: Neurology, 90, e1979 (2018).などの非感染性疾患を予防することが期待されている.実験的な検証では,フェーズIおよびフェーズIIの代謝反応と腸内細菌叢の働きにより生成される,ポリフェノール代謝物の生物学的機能についての報告が数多くなされている(8)8) S. V. Luca, I. Macovei, A. Bujor, A. Miron, K. Skalicka-Woźniak, A. C. Aprotosoaie & A. Trifan: Crit. Rev. Food Sci. Nutr., 60, 626 (2020)..一方で,ポリフェノール摂取量と非感染性疾患との関連を検討した疫学研究は数少なく,結果も一貫していないのが現状である.その理由として,ポリフェノール摂取量を推定するために不可欠であるデータベースの公表が近年までなされていなかったことが挙げられる.アメリカにおいては,農務省によるフラボノイドデータベース(9)9) USDA Database for the Flavonoid Content of Selected Foods: Available from: https://www.ars.usda.gov/ARSUserFiles/80400525/Data/Flav/Flav_R03-1.pdf, 2013の第3版が2014年に発表され,さらにヨーロッパでは,すべてのポリフェノールサブクラスを含むPhenol-Explorerのアップデート版(10)10) Phenol-Explorer: Database on Polyphenol content in foods: INRA, AFSSA, University of Alberta, the University of Barcelona, IARC and In Siliflo. Available from: http://phenol-explorer.eu/, 2015.が2015年に発表されており,ヨーロッパのみならず,世界中で研究に用いられている.一方,我が国においては,食品標準成分表に総ポリフェノール値が一部の食品で追加されたのは,七訂(2015年版)(11)11) Ministry of Education C: Sports, Science and Technology, the Government of Japan: Standard Tables of Food Composition in Japan. Tokyo, Japan 2015.からである.その後,2017年には,農研機構が総ポリフェノールを含む機能性成分表(12)12) Database of functional components found in foods: Available from: http://www.naro.affrc.go.jp/nfri-neo/contens/ffdb/ffdb.html, 2017を発表した.そこで,われわれの研究グループでは,疫学研究でポリフェノール摂取量を用いることを念頭に置き,本データベースを用いて多目的コホート研究で用いている食物摂取頻度調査票(FFQ)由来のポリフェノール摂取量の妥当性および再現性についての検討を行った.また,日本人におけるポリフェノールの主な摂取源の検討も併せて行った(13)13) N. Mori, N. Sawada, J. Ishihara, A. Kotemori, R. Takachi, U. Murai et al.: J. Nutr. Sci., (2021), accepted..
多目的コホート研究(Japan Public Health Center-based Prospective Study; JPHC研究)は,全国11地域,二戸(岩手),横手(秋田),佐久(長野),葛飾(東京),中部(沖縄),柏崎(新潟),上五島(長崎),宮古(沖縄),吹田(大阪),中央東(高知),水戸(茨城)地域に住む40~69歳の約14万人を対象に1990~1993年の間に開始されたコホート研究である.このうち,565人(コホート1: 215人,コホート2: 350人)を対象とし,農研機構(National Agriculture and Food Research Organization; NARO)のデータベース(全162食品)を用いて,28日間の食事記録よりポリフェノール摂取量を推定し,コホートおよび男女別にポリフェノールの主な摂取源を検討したところ,男女共通して,「非アルコール飲料」からの寄与が一番高く,ポリフェノール摂取量全体の50%前後を占めていた.次いで,男性では,「アルコール飲料」,「調味料・香辛料類」の順であった.一方,女性では,「調味料・香辛料類」,「果物類」の順であった.詳しい食品については,非アルコール飲料に含まれる「緑茶」からの寄与が最も高く,男女共通して全体の30%以上を占めていた.次いで,男性では,「ビール」,「醤油」の順であった.一方,女性では,「インスタントコーヒー」,「醤油」と続いていた(表1表1■JPHC妥当性研究におけるポリフェノールの主な摂取源).
このように,日本人中高年におけるポリフェノール摂取量は,摂取源に多少の男女差があるものの,緑茶からの摂取が大きく寄与していることが本研究より明らかとなった.加えて本研究では,JPHC研究の5年後調査で用いたFFQより推定した,ポリフェノール摂取量の妥当性(28日間の食事記録と比較)および再現性(1年後に実施したFFQとの比較)においても中等度の相関が確認できたことから,今後はポリフェノール摂取量と非感染性疾患との関連を検討していく予定である.
これまでわれわれの研究グループでは,ポリフェノール単体(血中カテキン,血中イソフラボン,イソフラボン摂取量等)を要因とした研究のみならず,ポリフェノールを豊富に含む食品と各種非感染性疾患との関連について数多く検討してきた.ここからは日本の大規模コホート研究の一つである,約14万人を対象とした,JPHC研究を基盤として行った研究結果を食品別に紹介する.
コーヒーはクロロゲン酸類を多く含み,小腸内でカフェ酸やフェルラ酸に変換され,体内に吸収される.一方,緑茶はエピガロカテキンガレート,エピガロカテキン,エピカテキンなどのフラボノイドを豊富に含む.JPHC研究では,ポリフェノール含有食品の中でも,コーヒーおよび緑茶摂取量を要因とした研究を数多く報告している(表2表2■JPHC研究におけるコーヒーおよび緑茶摂取における相対危険度).
2015年には,それぞれコーヒー摂取,緑茶摂取と全死亡リスクとの関連について検討を行った.コーヒーを1日3,4杯飲む群で,全く飲まない群と比較して死亡リスクが24%低く,死因別に検討しても心疾患死亡,脳血管疾患死亡,呼吸器疾患死亡において有意に死亡リスクが低下することを報告した(14)14) E. Saito, M. Inoue, N. Sawada, T. Shimazu, T. Yamaji, M. Iwasaki, S. Sasazuki, M. Noda, H. Iso & S. Tsugane: Am. J. Clin. Nutr., 101, 1029 (2015)..コーヒーに含まれるクロロゲン酸は血糖・血圧のコントロール作用および抗炎症作用を有し,加えてコーヒーに含まれるカフェインは気管支拡張作用を有することから,死亡リスク低下につながった可能性が考えられる.同様に,緑茶を1日5杯以上飲む群では,1日1杯未満であった群と比較し,男性で13%,女性で17%死亡リスクが低く,心疾患死亡,脳血管疾患死亡,呼吸器疾患死亡についても,有意なリスク低下が認められた(15)15) E. Saito, M. Inoue, N. Sawada, T. Shimazu, T. Yamaji, M. Iwasaki, S. Sasazuki, M. Noda, H. Iso, S. Tsugane et al.; JPHC Study Group: Ann. Epidemiol., 25, 512 (2015)..詳しいメカニズムについてはさらなる検討が必要であるものの,緑茶に含まれるカテキンは,血圧,血糖,脂質コントロール作用を有し,また,緑茶に含まれるカフェインは血管内皮の修復作用を有することから,死亡リスク低下につながったのではないかと考えられる.
2013年には,コーヒー摂取および緑茶摂取と循環器疾患リスクとの関連について検討を行った.コーヒーを1日1杯飲む群で飲まない群と比較し,16%循環器疾患リスクが低く,緑茶についても1日4杯飲む群で飲まない群と比較し,16%循環器疾患リスクが低かった(16)16) Y. Kokubo, H. Iso, I. Saito, K. Yamagishi, H. Yatsuya, J. Ishihara, M. Inoue & S. Tsugane: Stroke, 44, 1369 (2013)..また循環器疾患を種類別に見たところ,コーヒーを1日1杯飲む群で脳卒中および脳梗塞リスクが有意に低下していた.緑茶についても1日4杯飲む群で,脳卒中,脳梗塞,脳出血リスクの有意な低下が認められた.前述のとおり,コーヒーに含まれるクロロゲン酸には血糖値を改善する効果があることが報告されており,緑茶に含まれるカテキンの抗酸化作用,抗炎症作用などによる血管保護効果によって循環器疾患予防に有益に働いたと考えられる.さらに,われわれのグループでは,血中カテキンに焦点を絞り,脳卒中発症前の血液を用い,血中エピガロカテキンガレートを測定し,脳卒中発症リスクとの関連を検討したところ,男性の非喫煙者でのみ血中エピガロカテキンガレート濃度が一番高い群で脳卒中リスクの有意な低下が認められた(17)17) A. Ikeda, H. Iso, K. Yamagishi, M. Iwasaki, T. Yamaji, T. Miura, N. Sawada, M. Inoue & S. Tsugane; JPHC Study Group: Atherosclerosis, 277, 90 (2018)..一方で,虚血性心疾患リスクについては関連が認められなかったが,多くの対象者で血中カテキン濃度が検出下限値以下であったことなどの限界があり,さらなる検討が必要である.
また,JPHC研究では,コーヒー摂取による血糖コントロール作用などから糖尿病を予防することも報告しており,コーヒーを1日5杯以上飲む群でほとんど飲まない群と比べ,男性では18%,女性では60%のリスク低下を認めている(18)18) M. Kato, M. Noda, M. Inoue, T. Kadowaki & S. Tsugane; JPHC Study Group: Endocr. J., 56, 459 (2009)..
一方,コーヒーおよび緑茶摂取は,一部のがんを予防することもJPHC研究において明らかになってきている.2004年に発表した緑茶摂取と胃がんリスクとの関連を検討した研究では,女性において,緑茶を1日5杯以上飲む群で胃がんリスクが33%低く,特に胃の下部のがんでその傾向が強く認められた(19)19) S. Sasazuki, M. Inoue, T. Hanaoka, S. Yamamoto, T. Sobue & S. Tsugane: Cancer Causes Control, 15, 483 (2004)..この結果は日本におけるJPHC研究を含む6つのコホート研究を統合した解析結果(20)20) M. Inoue, S. Sasazuki, K. Wakai, T. Suzuki, K. Matsuo, T. Shimazu, I. Tsuji, K. Tanaka, T. Mizoue, C. Nagata et al.; Research Group for the Development and Evaluation of Cancer Prevention Strategies in Japan: Gut, 58, 1323 (2009).とも一致していた.その後,2008年に発表した,血中緑茶ポリフェノールと胃がんリスクを検討したコホート内症例対照研究において,女性で血中エピガロカテキンガレート濃度が一番高かった群で胃がんリスクの有意な減少が認められた(21)21) S. Sasazuki, M. Inoue, T. Miura, M. Iwasaki & S. Tsugane; Japan Public Health Center-based Prospective Study Group: Cancer Epidemiol. Biomarkers Prev., 17, 343 (2008)..より客観的な指標である血液を用いた研究においても,女性のみで緑茶ポリフェノールが胃がん予防に関与している可能性があることが明らかとなり,性差の理由として,男性で顕著である喫煙習慣が緑茶ポリフェノールの機能性を希薄化してしまっている可能性が考えられる.
次に,2007年に発表されたコーヒー摂取と大腸がんリスクとの関連を検討した研究(22)22) K. J. Lee, M. Inoue, T. Otani, M. Iwasaki, S. Sasazuki & S. Tsugane; JPHC Study Group: Int. J. Cancer, 121, 1312 (2007).において,1日3杯以上飲む女性で,大腸がん全体のリスクが約30%,浸潤がんでは約40%低くなる傾向が認められたが,いずれも有意な関連ではなかった.浸潤がんをさらに部位別に分けたところ,1日3杯以上飲む群で結腸がんリスクが56%低くなり,コーヒーを飲む量が多いほどリスクが低くなるという傾向が認められた.その後,2018年に発表されたJPHC研究を含む8つのコホート研究を統合したプール解析の結果(23)23) I. Kashino, S. Akter, T. Mizoue, N. Sawada, A. Kotemori, K. Matsuo, I. Oze, H. Ito, M. Naito, T. Nakayama et al.; Research Group for the Development and Evaluation of Cancer Prevention Strategies in Japan: Int. J. Cancer, 143, 307 (2018).においても,1日3杯以上飲む女性で結腸がんリスクが低くなることが明らかとなったが,JPHC研究単独での結果と同様に男性では関連は認めていない.がん予防のメカニズムについては,コーヒーポリフェノールなどの関与も考えられるが,現在のところは明らかになっていない.
コーヒー・緑茶摂取と肝がんリスクとの関連を調べた研究(24)24) M. Inoue, N. Kurahashi, M. Iwasaki, T. Shimazu, Y. Tanaka, M. Mizokami & S. Tsugane; Japan Public Health Center-Based Prospective Study Group: Cancer Epidemiol. Biomarkers Prev., 18, 1746 (2009).では,コーヒーにおいては,摂取量の多い群で肝がんリスクが減少する傾向が認められたが,緑茶では,そのような関連は認められなかった.コーヒーは,肝機能酵素活性の改善や肝疾患や肝硬変のリスクを低下させることが報告されており,肝細胞炎症を軽減することにより肝病変の悪化を抑制し,肝がんの予防につながったのではないかと考えられる.
その他のがんについてもコーヒー摂取によるリスク低下を報告しており,1日3杯以上飲む男性で飲まない群と比較し,膵臓がんリスクが40%低くなっており,1日3杯以上飲む女性では,週2日以下であった群と比較し,62%子宮体がんリスクが低下していた.膵臓がん予防につながったメカニズムは定かではないが,子宮体がんについては,コーヒー摂取がインスリンの分泌に影響を与えている可能性を報告した.一方,緑茶摂取により,閉経後の女性で甲状腺がん,男性・女性全体で胆道がん,男性では前立腺がんリスクが低くなっていたことも報告している.
大豆はイソフラボンと呼ばれる,エストロゲン様作用をもつポリフェノールを多く含むことから,乳がん,前立腺がん,循環器疾患などホルモン関連疾患を予防することが明らかになりつつある(25)25) S. Gómez-Zorita, M. González-Arceo, A. Fernández-Quintela, I. Eseberri, J. Trepiana & M. P. Portillo: Nutrients, 12, (2020)..加えて,大豆製品は日本人の食生活には欠かせない食品であることから,JPHC研究においても,大豆食品およびイソフラボンと非感染性疾患との関連について多くの検討を行ってきた.ここからはそれらの研究の結果について紹介する(表3表3■JPHC研究における大豆製品およびイソフラボンにおける相対危険度).
比較的最近の報告であるが,発酵大豆食品の摂取量が一番多かった群で,一番少ない群と比較し,男性で10%,女性では11%全死亡リスクが低くなっていた(26)26) R. Katagiri, N. Sawada, A. Goto, T. Yamaji, M. Iwasaki, M. Noda, H. Iso & S. Tsugane; Japan Public Health Center-based Prospective Study Group: BMJ, 368, m34 (2020)..この研究では,同時に総大豆食品と全死亡リスクについての検討も行ったが,このような傾向は見られなかった.また,死因別に検討したところ,男女共に,納豆の摂取が一番多かった群で循環器疾患死亡リスクが有意に低下していた.大豆にはイソフラボンの他にもタンパク質や食物繊維,ミネラルが含まれることから,血圧・体重・血中脂質の調整に有益な影響を与えた可能性が考えられる.加えて発酵大豆食品は,加工の過程で成分の消失が少ないことなどが関連しているのではないかと筆者らは考察している.
循環器疾患死亡リスクについては上記で述べたとおりであるが,JPHC研究では,2007年に行った大豆製品と脳梗塞および心筋梗塞リスクの関連についての検討では,発酵と非発酵に分けた解析は行っていなかった(27)27) Y. Kokubo, H. Iso, J. Ishihara, K. Okada, M. Inoue & S. Tsugane; JPHC Study Group: Circulation, 116, 2553 (2007)..その後,2020年に発表した比較的新しい研究では,発酵大豆食品と循環器疾患罹患リスクの関連について,研究結果を報告した(28)28) M. Nozue, T. Shimazu, H. Charvat, N. Mori, M. Mutoh, N. Sawada et al.: Eur. J. Clin. Nutr., (2020)..発酵大豆食品が一番多かった群で,一番少なかった群と比較し,20%循環器疾患リスクの低下が認められ,同様に,脳卒中リスクも18%低下していた.発酵大豆食品由来のイソフラボン摂取に限り,循環器疾患リスクを検討してみたところ,同様の結果が見られた.発酵大豆食品は,イソフラボンアグリコンを多く含むことから動脈硬化予防作用を有することが報告されており,循環器疾患の発症リスクを抑えられた可能性がある.しかしこのような負の関連が見られたのは女性のみであり,男性では関連は見られなかった.性差が見られた一因として,男性は女性と比べ,喫煙者や飲酒者の割合が高く,統計学的に調整を行っても,喫煙や飲酒による影響が残ってしまった可能性があるのではないかと考えられる.
大豆単体や大豆製品である,豆腐,油揚げ,納豆などに含まれるイソフラボンは,エストロゲン様作用をもつことから,ホルモン関連がん(肺がん,乳がん,前立腺がんなど)との関連が指摘されている.イソフラボンの化学構造がエストロゲンと類似しており,エストロゲン受容体にイソフラボンが結合することによって生じるメカニズムが有力であると考えられている.JPHC研究では,イソフラボン摂取量を要因とした検討のほか,血中イソフラボンを用いた検討も行ってきた.ポリフェノールの影響を検討するため,本項ではイソフラボンに焦点を絞って紹介する.
肺がんは喫煙の影響が極めて強いことが知られているが,女性においては生殖関連要因やホルモン剤使用との関連についても報告がなされており,イソフラボンの摂取によって肺がんリスクが低下するか否かについて検討を行った.期待していた結果は認められず,女性においてはイソフラボン摂取量と肺がんリスクとの間に関連は認められなかったものの,男性の非喫煙者において,イソフラボン摂取量が一番多かった群で,肺がんリスクが57%低下していた.しかし,喫煙の影響が強い喫煙者ではこの傾向は観察されなかった(29)29) T. Shimazu, M. Inoue, S. Sasazuki, M. Iwasaki, N. Sawada, T. Yamaji & S. Tsugane; Japan Public Health Center-based Prospective Study Group: Am. J. Clin. Nutr., 91, 722 (2010)..この研究を踏まえ,2011年には血中イソフラボン濃度と肺がんリスクについて,コホート内症例対照研究デザインを用いて検討を行った(30)30) T. Shimazu, M. Inoue, S. Sasazuki, M. Iwasaki, N. Sawada, T. Yamaji & S. Tsugane; JPHC Study Group: Cancer Epidemiol. Biomarkers Prev., 20, 419 (2011)..対象者全体で検討すると,総イソフラボン濃度と肺がんリスクとの間に関連は認められなかったが,採血から3年以内に肺がんになった人を除くと,ゲニステイン濃度が一番高い群で低かった群と比較し,肺がんリスクが低下する傾向が認められた.この結果について筆者らは,採血から比較的早い時期に診断された肺がん症例は,診断されてはいないものの肺がんを発症していたことにより食事などの生活習慣や栄養状態がすでに変化していた可能性があるのではないかと考察した.次に,2003年に発表した,イソフラボン摂取量と乳がんリスクの関連について検討した研究(31)31) S. Yamamoto, T. Sobue, M. Kobayashi, S. Sasaki & S. Tsugane; Japan Public Health Center-Based Prospective Study on Cancer Cardiovascular Diseases Group: J. Natl. Cancer Inst., 95, 906 (2003).では,イソフラボン摂取量が一番高かった群で一番少なかった群と比較し,54%乳がんリスクが低いことが確認された.この傾向は,閉経後女性に限ってみると,イソフラボン摂取量が高い群でより強い負の関連が認められた.その後,2008年に血中イソフラボン濃度と乳がんリスクの関連を検討したコホート内症例対照研究では,肺がんと同様,ゲニステイン濃度が一番高い群で66%乳がんリスクが低下することを報告した(32)32) M. Iwasaki, M. Inoue, T. Otani, S. Sasazuki, N. Kurahashi, T. Miura, S. Yamamoto & S. Tsugane; Japan Public Health Center-based prospective study group: J. Clin. Oncol., 26, 1677 (2008)..ゲニステインはダイゼインと比べ,エストロゲン受容体への結合力が強く,血中濃度が高く,半減期が長いことから,より強い関連が認められたと考えられる.このように,より客観性が高い生体試料を用いて検討を行うことで,腸内細菌の影響などを考慮することができる.一方,ゲニステイン摂取量と膵臓がんリスクの関連について検討した研究において,ゲニステインを一番多く摂取していた群で,膵臓がんリスクが43%上昇するという結果を報告している(33)33) Y. Yamagiwa, N. Sawada, T. Shimazu, T. Yamaji, A. Goto, R. Takachi, J. Ishihara, M. Iwasaki, M. Inoue & S. Tsugane; JPHC Study Group: Cancer Epidemiol. Biomarkers Prev., 29, 1214 (2020)..詳しいメカニズムはよくわかっていないが,これは欧米で行われた先行研究とは逆の結果であり,考えられる理由として観察期間の違い(欧米の研究は6~8.3年であり,本研究は約17年と長い)などが挙げられる.2007年にはイソフラボン摂取量と前立腺がんリスクについての検討も行っている(34)34) N. Kurahashi, M. Iwasaki, S. Sasazuki, T. Otani, M. Inoue & S. Tsugane; Japan Public Health Center-Based Prospective Study Group: Cancer Epidemiol. Biomarkers Prev., 16, 538 (2007)..イソフラボン摂取量が一番多い群で少ない群と比較し,限局性前立腺がんリスクが低く,この傾向は61歳以上の男性に限定すると,より強く見られた.イソフラボンのエストロゲン様作用により,血中テストステロンレベルを下げることが報告されているほか,発がんにかかわるチロシンキナーゼの作用や血管新生を阻害することも多くの実験的検証がなされている.2008年には,血中イソフラボン濃度と前立腺がんリスクの関連について,コホート内症例対照研究デザインを用いて検討したところ,ゲニステイン,イコール濃度が高い群において,限局前立腺がんリスクが低下することを明らかにした(35)35) N. Kurahashi, M. Iwasaki, M. Inoue, S. Sasazuki & S. Tsugane: J. Clin. Oncol., 26, 5923 (2008)..イコールは,腸内細菌によって産生されることから,摂取量の検討では評価しきれないため,生体試料を用いた検討のみで得られる知見である.一方,われわれの研究グループでは,2020年にイソフラボン摂取量が一番高い群で,前立腺がん死亡リスクが39%上昇するという結果を報告している(36)36) N. Sawada, M. Iwasaki, T. Yamaji, T. Shimazu, M. Inoue & S. Tsugane; Japan Public Health Center-based Prospective Study Group: Int. J. Epidemiol., 49, 1553 (2020)..これまではイソフラボンのもつエストロゲン様作用により,前立腺がんに予防的に作用すると考えられていた.しかし,進行した前立腺がんでは,エストロゲンの受容体が少なくなると報告されており,イソフラボンの作用が弱まったのではないかと考えられる.
2021年に発表した,フラボノイドを多く含む果物と脳卒中発症リスクとの関連を検討した研究では,女性において,フラボノイドが豊富な果物の摂取量が多い群で,脳卒中リスクが低くなることを報告した.フラボノイドによる抗酸化作用と抗炎症作用や,動脈硬化の抑制や血圧降下作用などが有益に働いた可能性が考えられる(37)37) Q. Gao, J. Y. Dong, R. Cui, I. Muraki, K. Yamagishi, N. Sawada, H. Iso & S. Tsugane; Japan Public Health Center-based Prospective Study Group: Br. J. Nutr., in press..また,JPHC研究では,フラボノイドを多く含む果物と心血管疾患との関連も検討しており,フラボノイドが豊富な果物,特に柑橘系果物の摂取量が多いほど心血管疾患リスクが低くなることを報告している(38)38) Y. Yang, J. Y. Dong, R. Cui, I. Muraki, K. Yamagishi, N. Sawada, H. Iso & S. Tsugane; Japan Public Health Center-based Prospective Study Group: Br. J. Nutr., 124, 952 (2020)..柑橘系の果物にはナリンゲニンやヘスペレチンなど柑橘類特有のフラボノイドが含まれるが,抗酸化性をもつビタミンCも多く含むため,相乗効果である可能性も考えられる.また,多目的コホート研究では,2017年にチョコレート摂取と脳卒中発症リスクについての検討も行っている.チョコレートはカカオポリフェノール(主にエピカテキン,カテキンとプロアントシアニジン)を多く含む.本研究では,チョコレートの摂取量が一番多かった女性で,摂取しなかった群と比較し,脳卒中発症リスクが16%低くなっていた(39)39) J. Y. Dong, H. Iso, K. Yamagishi, N. Sawada & S. Tsugane; Japan Public Health Center-based Prospective Study Group: Atherosclerosis, 260, 8 (2017)..この結果について筆者らは,カカオポリフェノールの摂取によって,一酸化窒素が血管壁で作られることにより,血管が拡張し,血圧低下に有益に働いたのではないかと考察している.
このように,われわれの研究グループでは,JPHC研究の基盤を活用し,ポリフェノール含有食品を中心に,非感染性疾患との関連について研究を進めてきた.今後は,ポリフェノール含有食品のみならず,妥当性が確認されたFFQ由来のポリフェノール摂取量と非感染性疾患との関連の検討を進めていく一方で,自己申告で推定したポリフェノール摂取量を用いることには限界もある.研究で用いるポリフェノールのデータベースの質に依存することに加え,一部のポリフェノールは消化の過程で構造が変化するほか,腸内細菌叢によってより低分子のフェノール酸などに代謝される(40)40) H. Ward, G. Chapelais, G. G. Kuhnle, R. Luben, K. T. Khaw & S. Bingham: Cancer Epidemiol. Biomarkers Prev., 17, 2891 (2008)..よって,より客観的な評価を行うためには,血液や尿などの生体試料を用いることが求められる.すでに紹介済みである,カテキンやイソフラボンについては,国内において血中濃度を測定するための方法が確立されており,結果として研究が進んだものの,その他のポリフェノールについては測定方法が確立されておらず,研究が進んでいない現状があった.そこで,われわれの研究グループでは,血中の35種類のポリフェノールを測定する基盤(41)41) D. Achaintre, A. Gicquiau, L. Li, S. Rinaldi & A. Scalbert: J. Chromatogr. A, 1558, 50 (2018).を世界に先駆けて確立した国際がん研究機関(IARC)と共同して,日本人における血中ポリフェノールと大腸がんリスクとの関連を調べる研究を進めているところである.観察研究にはさまざまな限界があり,摂取量の評価は系統誤差による問題が常に生じるが,生体試料を用い,分子疫学的な評価と併せて行うことで非感染性疾患との関連をより深く理解することができるのではないかとわれわれは考えている.
Reference
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2) R. Zamora-Ros: Am. J. Clin. Nutr., 104, 549 (2016).
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