プロダクトイノベーション

京都酵母による日本酒新製品開発ランクからスタイル重視の製品開発へ

Kiyoo Hirooka

廣岡 青央

地方独立行政法人京都市産業技術研究所

Tamami Kiyono

清野 珠美

地方独立行政法人京都市産業技術研究所

Published: 2021-07-01

はじめに

地方独立行政法人京都市産業技術研究所(以下,京都市産技研という)では日本酒製造に利用する酵母を1960年代から京都市内を中心とした日本酒製造業者に分譲してきた.当初,安定した日本酒醸造のために,きょうかい6号および7号酵母からそれぞれ選抜した1号および2号酵母の分譲を開始した.それらの酵母は主に普通酒製造に利用されてきており,最近では2号酵母から選抜した泡なし株である2号泡なし株を中心に分譲している.

一方,日本酒を取り巻く環境としては,1973年をピークに日本酒の製造量は減少へと転じるとともに,地酒ブームが到来,1943年にできた品質の格付け制度である級別制度が1992年には廃止され,果実様の香り(吟醸香)が特徴である吟醸酒ブームが到来した.このような状況の中,京都市内中小企業から,吟醸香の香気成分の一つであるカプロン酸エチルの生成能の向上した京都独自の酵母の開発が求められていた.2003年に産業技術総合研究所の遺伝子解析技術と京都市産技研のタンパク質解析技術(1)1) 廣岡青央:日本醸造協会誌,106, 572 (2011).を活用して新規酵母を選抜し,佐々木酒造(株)で新規酵母の試験製造を実施した.その結果,カプロン酸エチルを高生産し,さらには発酵能も高い酵母を実用化することができた.この酵母を「京の琴」という名称で,2004年から市内酒造会社に向けて分譲を開始した.現在主に吟醸酒製造に利用され,製造された清酒は香味のバランスのとれた製品として販売されている.

「京の琴」の開発ののち,もう一つの代表的な吟醸香である酢酸イソアミル高生産酵母開発を進めた.酢酸イソアミルは酵母のアルコールアセチルトランスフェラーゼ(AATase)によりアセチルCo-Aとイソアミルアルコールから合成される.京都市産技研では,大阪市立大学の田中俊雄教授(現 都市健康・スポーツ研究センター客員教授)が生理活性に関する研究を進めていたファルネソールのアナログである1-ファルネシルピリジニウム(図1図1■ファルネソール及び1-ファルネシルピリジニウム(FPy)の化学構造, FPy)に着目し,AATase活性の上昇した酢酸イソアミル高生産酵母の開発を進めた.FPyの酵母に対する作用について解析を進めた結果,FPyが酵母の酢酸イソアミル生成を阻害することが判明した.その結果をもとに,FPy耐性株の取得を行い,それらの酵母の香気生成能の分析を行ったところ,FPy耐性株が酢酸イソアミル等のエステル類を高生産する酵母であることが判明した.さらにはFPy耐性株ではAATase活性が上昇しており,これが酢酸イソアミルを高生産する原因の一つであると考えられた(2)2) K. Hirooka, Y. Yamamoto, N. Tsutsui & T. Tanaka: J. Biosci. Bioeng., 99, 125 (2005)..京都市産技研ではその選抜技術により,2007年に酢酸イソアミル高生産酵母「京の華」を開発した.「京の華」はバナナ様の香気生成に優れ,有機酸生成量も高い酵母であることから,「京の琴」とは異なるタイプの個性的な商品開発に利用されている.

図1■ファルネソール及び1-ファルネシルピリジニウム(FPy)の化学構造

さらに京都市産技研では2014年から,保有する酵母の管理技術および呑み方提案ができる新規酵母の開発(課題名:清酒酵母性能評価システムの開発)を進めた.本研究開発では特に日本酒の「呑み方の提案」という観点から,日本酒の味に着目して新規酵母の開発を進めた(3)3) 廣岡青央,清野珠美,高阪千尋:京都市産業技術研究所研究報告,5, 26 (2015).

日本酒の味に影響を与える成分である有機酸のうち,コハク酸はうまみやコクに影響を与えるとされ,一方,リンゴ酸は爽やかな酸味を呈すると言われている.日本酒中のコハク酸とリンゴ酸は発酵中に酵母が生成するものがほとんどであることから,酵母の有機酸生成に着目して新規酵母開発を進めた.その結果,コハク酸の生成量の多い酵母とリンゴ酸の生成量の多い酵母をそれぞれ京都市産技研の保有株から選抜し,実用化することに成功した.リンゴ酸の生成量の多い酵母を冷酒に向く酵母として「京の咲」,コハク酸の生成量の多い酵母を燗酒に向く酵母として「京の珀」と名付けてそれぞれ分譲している.

引き続き,冷酒に向く大吟醸用酵母として,リンゴ酸の比率が高くカプロン酸エチル生成能のすぐれた酵母の選抜を試み,カプロン酸エチル生成の優れた「京の琴」から,リンゴ酸生成比率の高い株(1-16株)を取得することができた.しかし1-16株は「京の琴」よりもカプロン酸エチル生成能がやや低かったため,1-16株から,カプロン酸エチル生成量が増加する,脂肪酸生合成の阻害剤であるセルレニン耐性を指標に香気生成能の向上している株の選抜を試みた.その結果,香気生成能は「京の琴」と同等でリンゴ酸比率の高い1-16-17株を選抜することができた(4)4) 廣岡青央,清野珠美:京都市産業技術研究所研究報告,8, 86 (2018)..この酵母は,果実様の香り高く甘酸っぱい味わいがまるで「初恋」を思わせることから,「京の恋(こい)」と名付け2020年から分譲を開始している.

このように京都市産技研では,酵母が生成する香味成分に着目して,さまざまな酒質の日本酒製造に利用できる酵母を開発しており(表1表1■5つの京都酵母の特徴),これらの酵母を「京都酵母」と名付け,ロゴを作成し(図2図2■京都酵母のロゴ),京都の日本酒のブランド化を目指している.本稿では,京都市産技研が目指す,酵母の開発を通じた日本酒の多様性の付与と新たな価値の創出の方向性について紹介する.

表1■5つの京都酵母の特徴
実用化年酵母名称特徴
2004年京の琴(こと)カプロン酸エチル高生産株
2007年京の華(はな)酢酸イソアミル高生産株
2014年京の咲(さく)リンゴ酸高生産株(冷酒用酵母)
2017年京の珀(はく)コハク酸高生産株(燗酒用酵母)
2019年京の恋(こい)エステル類,リンゴ酸高生産株

図2■京都酵母のロゴ

「京都酵母」が目指すコンセプト~ランクからスタイルへ~

日本酒と同じ醸造酒であるワインは,原料ブドウの生産地や醸造所,生産法,使用品種などによって格付けされており,格付けの高いワインほど質が良いものであると認知され,ブランド化されている.

一方,日本酒の格付けの一つの方向性として,官能評価の審査による「一級」や「二級」といった級別制度が廃止された後は原料米の精米歩合に主眼をおいて,「大吟醸」や「吟醸」,「本醸造」等の名称による製法品質表示基準に基づき日本酒の品質に関する情報が消費者に提供されている.「純米」や「吟醸」等の表示にあたっては,精米歩合の表示が義務付けられ,消費者はそれらの情報をもとに日本酒の品質を評価する傾向にあり,それを受けて日本酒製造業者からは精米歩合1桁台の日本酒が登場するなど,精米歩合というスペック重視の過当な「精米歩合競争」と言える状況にまで至っている.そのため,品質以上に精米歩合が重視され,付加価値を高めるための過剰な原料費の高騰を招いている現状がある.この精米歩合競争に終止符を打ち,新しい日本酒の価値を模索する動きが始まっている.

京都市産技研では,過当な競争となっている精米歩合に依存せず,新たな日本酒のブランド価値を創出することで課題の解決を図るため,「京都酵母」に焦点をあてたブランド化を進めている.京都市産技研が保有する,香気成分や有機酸の生成に特徴のある酵母等,呑み方提案のできる「京都酵母」から製造される多様な日本酒製造により,精米歩合の違いによるランク付けではない,香味の「スタイル」により新たな日本酒の価値創出を目指している.

「京都酵母」による製品開発

「京の琴」を使用した日本酒は果実様の吟醸香とともに,日本酒らしいコクを有する特徴を有している.「京の琴」の開発時に試験製造を実施した佐々木酒造(株)では現在でも多くの製品で「京の琴」を使用している.一例として,「聚楽第純米吟醸」(図3図3■「京都酵母」を使用した日本酒)や「西陣特別純米」等があげられる.「京の琴」は市内の多くの蔵元でも積極的に製品開発に利用されている.(株)北川本家の「富翁純米大吟醸山田錦49」,招德酒造(株)「純米大吟醸花洛」,玉乃光酒造(株)の「純米大吟醸祝100%京の琴」などがあげられる.同じ酵母を使用していることから,果実様の香りが高く味のしっかりしているという基本的な香味のスタイルは似ているが,井水や原料米,蔵元の違いで酒質は異なり,蔵元による違いを是非飲み比べていただきたい.

図3■「京都酵母」を使用した日本酒

(左:「京の琴」を使用した「聚楽第 純米吟醸」 右:「京の華」を使用した「都鶴 純米吟醸」)

「京の華」については,2007年に都鶴酒造(株)で初めて実用化された.その結果,バナナ様の香りである酢酸イソアミルを高生産するとともに,酸度が高くなる傾向にあることがわかった.都鶴酒造(株)では当初生酒として「酢酸イソアミルの力」という製品と火入れした製品として「夢先(ゆめのむこう)」(どちらも現在は終売)を開発した.現在では都鶴純米吟醸に使用されている(図3図3■「京都酵母」を使用した日本酒).「京の華」を使用した製品開発では,2019年に大阪市立大学と(株)増田德兵衞商店を京都市産技研の知恵産業融合センターがマッチングし,大阪市立大学の学生企画のもと市大の酒「月の桂」を開発してクラウドファンディングを活用し,大学発の日本酒として販売した(図4図4■「京の華」を使用した大阪市立大学の日本酒).現在は「月朧ろ」という銘柄で大阪市立大学の酒として販売されている(図4図4■「京の華」を使用した大阪市立大学の日本酒).

図4■「京の華」を使用した大阪市立大学の日本酒

(左:「月の桂」 右:「月朧ろ」)

「京の咲」は,2015年に田んぼと酒蔵のあるまちづくり推進事業組合(構成:京都中央農業協同組合,伏見酒造組合,京都市洛南土地改良区/事務局:京都市産業観光局東部農業振興センター)が中心となり,伏見の農家が育てた酒造好適米の祝を,(株)山本本家が使用し日本酒を製造する事業で始めて実用化した.香りは上品で,味はリンゴ酸の爽快な酸味を感じる製品となった.現在は「神聖京都府産祝純米吟醸無濾過生原酒」が,蔵元限定で販売されている(図5図5■「京都酵母」を使用した日本酒).

図5■「京都酵母」を使用した日本酒

(左:「京の咲」を使用した「神聖 京都府産祝純米吟醸無濾過生原酒」 右:「京の珀」を使用した「英勲本醸造京の珀」)

「京の珀」については,齊藤酒造(株)にて本醸造規格の日本酒製造で初めて実用化した.その結果,コハク酸の比率の高い日本酒が製造でき,燗酒に向く日本酒「英勲本醸造京の珀」(図5図5■「京都酵母」を使用した日本酒)として発売されている(5)5) 山口吾往子:燗にしてから本領発揮!京都市産業技術研究所が開発した“燗酒向け”の酵母「京の珀」の魅力を徹底解説,https://jp.sake-times.com/think/study/sake_g_kyonohaku-eikun, 2018.

「京の恋」については,2019年に羽田酒造(有)の協力を得て,パイロットスケールでの製造を行ったところ,芳醇な吟醸香と白ワインのようなすっきりした酸味が特徴の日本酒となり,2020年には,本格的に製造を開始し,「初日の出純米大吟醸無濾過生原酒」として販売されている(図6図6■「京の恋」を使用した日本酒).現在では,招德酒造(株)や(株)山本本家などで「京の恋」を使用した製品が商品化されており,さらには,京都府の酒造米である「京の輝き」を使用し,黄桜(株)で製造されている京都府立大学の酒の「なからぎ」のリニューアルにあわせて「京の恋」が新たに採用され,製品化されている(図6図6■「京の恋」を使用した日本酒).

図6■「京の恋」を使用した日本酒

(左:「初日の出純米大吟醸無濾過生原酒」 右:京都府立大学の酒「なからぎ」)

2019年からは,新たな取組として,ワイン等で用いられる「アッサンブラージュ」技術を活用した製品開発を進めた.この技術は,いわゆるブレンドすることによる,品質の向上と,付加価値の向上を目指すことであるが,「京都酵母」という視点から,2種類の違う酵母からできた日本酒を最適な比率で「アッサンブラージュ」することで,単独の酵母使用では生み出せない新たな香味や味わいの複雑性を有する製品を開発することとした.(株)増田德兵衞商店で,原料米等が同じ条件で「京の華」と「京の恋」の日本酒を製造し,それらの成分分析と官能評価を京都市産技研が担い,それぞれの日本酒の良い部分を味わうことができるブレンド比を算出し,「京の華」:「京の恋」=2 : 8の比率で「アッサンブラージュ」した製品を開発した.この製品については当初より,京都市産技研のデザインチームが製品のコンセプトを検討,製品のパッケージ全体のデザイン等に反映させながら,「京の恋」単独の製品である「月の桂The Branché」と「京の恋」と「京の華」をブレンドした製品である「月の桂The Assemblage」をそれぞれ製品化した(6)6) 山口吾往子:京都産の新酵母とブレンド技術で造る新たな日本酒の味わい─増田德兵衞商店と京都市産業技術研究所のチャレンジに迫る,https://jp.sake-times.com/knowledge/description/sake_g_kyoto-yeast, 2020.図7図7■京都酵母とブレンド技術により開発した新製品).

図7■京都酵母とブレンド技術により開発した新製品

(左:月の桂The Branché 右:月の桂The Assemblage)

2020年には,国税庁の令和2年度日本産酒類のブランド化推進事業の支援を受け,「京都酵母」を使用した製品の海外での嗜好調査を進めるとともに,新たに京都市内の蔵元9社で,試作事業を実施した.海外に向けた新たなチャレンジとして,「京都酵母」を使用し,京都府産米を使用した,低アルコールや発泡性,酸味に特徴のある,またはアッサンブラージュした日本酒を各蔵元で新たに開発して(図8図8■「京都酵母」を使用して海外向けに試作した製品),アンケート調査を実施した.

図8■「京都酵母」を使用して海外向けに試作した製品

このように京都市産技研では,さまざまな酒質に対応できる酵母開発とともに,それらの酵母を活用した新たな製品開発を支援し,「京都酵母」のブランド力向上に向けた取り組みを実施ししている.

京都酵母の認知向上の取組と今後の展開

京都市産技研では「酵母と香味の関係に関する情報」を十分に消費者に浸透させ,「京都酵母」の特徴をたのしんでもらうため,「京都酵母」の認知向上のためのプロモーションを実施している.産技研が保有する「京都酵母」の特徴や,それらの酵母により製造された特徴ある日本酒について,SNSを通じた情報発信を行い(図9図9■「京都酵母」を紹介するSNSサイト),酵母の役割やその特徴,日本酒品質への影響などを消費者に訴えかけ,「京都酵母」のブランド力の向上を目指している.ぜひ,SNSのサイトをご覧いただき,「京都酵母」により造られた日本酒をお試しいただきたい.

図9■「京都酵母」を紹介するSNSサイト

Reference

1) 廣岡青央:日本醸造協会誌,106, 572 (2011).

2) K. Hirooka, Y. Yamamoto, N. Tsutsui & T. Tanaka: J. Biosci. Bioeng., 99, 125 (2005).

3) 廣岡青央,清野珠美,高阪千尋:京都市産業技術研究所研究報告,5, 26 (2015).

4) 廣岡青央,清野珠美:京都市産業技術研究所研究報告,8, 86 (2018).

5) 山口吾往子:燗にしてから本領発揮!京都市産業技術研究所が開発した“燗酒向け”の酵母「京の珀」の魅力を徹底解説,https://jp.sake-times.com/think/study/sake_g_kyonohaku-eikun, 2018.

6) 山口吾往子:京都産の新酵母とブレンド技術で造る新たな日本酒の味わい─増田德兵衞商店と京都市産業技術研究所のチャレンジに迫る,https://jp.sake-times.com/knowledge/description/sake_g_kyoto-yeast, 2020.