Kagaku to Seibutsu 59(7): 360 (2021)
書評
西田洋巳(著)『生物進化と細胞外DNA―微生物創生への挑戦』(丸善プラネット,2020年)
Published: 2021-07-01
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
小学校の国語の課題か何かだったか,クラスメートで執筆をリレーする物語作りが楽しかったことを覚えている.前の人から受け継いだストーリーに,自由に続きを書き足して次の人に送る.そうして出来上がる一つの物語は,まさに奇想天外摩訶不思議,次々起こる予想外の出来事に,読み手は心を奪われる.話はつながっていながらも,先の展開が読めないところが面白い.新著『生物進化と細胞外DNA 微生物創生への挑戦』は,いわばそのサイエンス・ノンフィクション版だ.
著者の西田洋巳氏は,東大農学部・農芸化学科の出身.卒業後,当時の応用微生物研究所・第三研究部(分類・保存部門)に進学した.そこから同氏による微生物多様性と進化の系譜に思いを馳せたロマンの旅が始まる.本書には,西田氏が後に歩むことになる変化に富んだ研究遍歴と,そこで育まれた独自の概念形成の道のりが縮図となって表れている.
今や,高校生物の教科書前半ですべての生徒が学ぶDNA(デオキシリボ核酸)は,遺伝子の物質名だ.それが世代の間で正確に受け継がれることで,さまざまな生き物がそれぞれの個性を維持しつつ連綿と命をつなぐ.この遺伝物質は,動植物など高等生物の細胞中では膜の中にしまわれており,核と呼ばれる.そして細胞が分裂するとき,それに先立ってDNAポリメラーゼをはじめとする精巧な分子装置によって極めて正確に複製される.そうしてできる2つの同じ遺伝子セットは,分裂と同時に2つの細胞に等しく分配される.
この,先祖伝来・門外不出の生命の設計図DNAに「細胞外」なる形容詞を冠する本書のタイトルは,遺伝子の役割を理解する読者には驚きをもって迎えられるかもしれない.細胞内で正確にコピーされ受け渡される必要のあるDNAが細胞の外にあるとは如何なることか.しかし,本書前半で解説されるように,DNAは思いのほか動的なのである.多様な生物を生みだした進化の過程で起きた設計図の書き換え(DNA配列の変化)には,複製時のエラーと同時に,他の生物に由来するDNAの取り込みが少なからずかかわっている.
そうしたDNAの新常識から出発するや,西田氏が操縦するコースターは,→日本酒→富山湾の水→巨大バクテリア→マイクロインジェクションと,次々に予期せぬ展開をくぐり抜けて進む.調べたら確かに環境中に漂うさまざまなDNAが見つかったので,ならば今度はそれをバクテリアの細胞に無理矢理入れたらどうなるか見てやろう,そのためにはバクテリアの細胞を,といった具合である.読み手としては,本書に知識を求めるよりは,著者と一緒に冒険者の目線で研究の展開を楽しみたい.真理を追求する科学者の旅路はかくも自由で挑戦的であって良いのか,農芸化学はこんなところにも息づいているのか,そう実感させてくれる一冊である.
本書は専門外の読者を意識して執筆されているが,慣れない方々の理解を助けるために,巻末に補足説明が設けられている.そこに目を通したうえで出発するのもよい.