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セルロースエタノール生産技術の動向いつになったら実現するのか?

Toru Jojima

城島

近畿大学農学部環境管理学科環境化学研究室

Published: 2021-08-01

2020年10月,菅首相は,温室効果ガスの排出量を2050年までに実質ゼロにする目標を示した.また,米国のバイデン大統領は,就任早々に温暖化対策の国際的枠組みである「パリ協定」に復帰する大統領令に署名した.こうしたニュースは,今まさに,地球温暖化対策に向けて世界が大きく動き出したことを示している.温暖化対策としては,太陽光や風力発電に注目が集まるが,自動車やジェット機等に使用される液体燃料の低炭素化も重要である.その手段の一つとして,バイオ燃料がある.現在,工業的に製造されるバイオ燃料としてはバイオエタノールとバイオディーゼルがあるが,持続可能性や食糧生産との競合,森林破壊など,少なからず負の側面も存在する.特に議論になったのは,トウモロコシからバイオエタノールを生産する場合の土地利用変化の扱いであり,バイオエタノールには温室効果ガス(GHG)の削減効果は無く,むしろ増やすのではとの見方もあった(1)1) T. Searchinger, R. Heimlich, R. A. Houghton, F. Dong, A. Elobeid, J. Fabiosa, S. Tokgoz, D. Hayes & T. Yu: Science, 319, 1238 (2008)..しかし,最近の研究では,土地利用変化に伴うGHG排出量はそれほど多くなく,GHG削減効果も一定程度あると考えられている(2)2) M. J. Scully, G. A. Norris, T. M. A. Falconi & D. L. MacIntosh: Environ. Res. Lett., 16, 043001 (2021)..いずれにせよ,こうしたバイオ燃料に関する批判を払しょくするものとして,非可食資源であるリグノセルロース系バイオマスから製造される“セルロースエタノール”が注目されるようになった.現在のバイオエタノールは,主にサトウキビジュースやコーンデンプンを原料として製造されているが,セルロースエタノールは,リグノセルロースを構成するセルロースとヘミセルロースを加水分解し,得られた単糖を発酵によりエタノールへ変換して製造される.この方法以外にも,熱化学変換によりエタノールを製造する方法などもあるが,今のところ上記の「糖化–発酵」というプロセスが主流となっている.

農芸化学の分野に長くおられる方には,十数年前にセルロースエタノールに関する研究プロジェクトや実証プラント建設が話題になったことを覚えておられる方も多いと思う.また,実際に世界各地で商業規模のセルロースエタノールプラントが建設されてきた.しかし,そうしたプラントの多くは,現在は稼働していないと言われている(3)3) M. Padella, A. O’Connell & M. Prussi: Appl. Sci. (Basel), 9, 4523 (2019)..では,セルロースエタノールは幻に終わってしまうのだろうか?

現在米国では,1.5世代のバイオエタノール生産が徐々に増えつつある.1.5世代のバイオエタノールとは,コーンデンプンからエタノールを製造する際に,トウモロコシ穀粒の表面を覆う果皮(コーンファイバーとも呼ばれる)を原料として製造されたエタノールのことである.果皮はヘミセルロースやセルロースを含み,トウモロコシ粒の約10 wt%を占めている.トウモロコシ果皮も原料とすることができれば,エタノール収率が13%ほど向上することもあると言われている(4)4) M. Gulati, K. Kohlmann, M. R. Ladisch, R. Hespell & R. J. Bothast: Bioresour. Technol., 58, 253 (1996)..トウモロコシ果皮の含有量から考えると,エタノール収率が13%も増加するのは多すぎると思われる方もおられると思う.これは,次のように説明される.すなわち,果皮には分離しがたいデンプンが一定量含まれており,果皮に含まれるセルロースとヘミセルロース(主としてグルクロノアラビノキシラン)を分解する過程でこうしたデンプンが遊離し,発酵の原料として利用できるようになるということだ.2014年には,米国環境保護局が果皮のセルロースから作られたエタノールを,セルロースエタノールとして承認している.リグノセルロースから生産されたエタノールは第2世代バイオエタノールと呼ばれるが,1.5世代バイオエタノールの場合は,原料の大部分はトウモロコシのデンプンであり,一部が果皮のセルロースになることから,こうした呼び名が与えられている.1.5世代バイオエタノールは,原料当たりのエタノール収量が増えることに加えて,副産物のコーンオイルの収量も増えることがわかっており,エタノール製造業者にとってメリットになっている.一方,トウモロコシ果皮を分解するために,前処理設備の追加や糖化酵素の投入が,新たなコスト負担として生じる.また技術的な課題として,発酵に用いる酵母は,果皮ヘミセルロースの主要構成糖であるキシロースとアラビノースからエタノールを作ることはできない.この課題を克服できれば,さらにエタノール収量が増えるが,この課題は次に述べる第2世代のバイオエタノールでの技術課題の一つにもなっている.

では,肝心の第2世代のバイオエタノール生産の状況を見てみよう.表1表1■世界のセルロースエタノール生産プラントに,世界の商業規模,もしくはそれに準じる規模のセルロースエタノール製造工場を示した.工場の稼働状態については,資料によって情報に差異があるため不正確ではあるが,多くの設備は稼働していないようである.筆者が調べた限りでは,稼働中と言われているセルロースエタノール製造工場は,小規模のものを除くとブラジルの2カ所とノルウェーの1カ所である.実際,2019年の米国でのバイオエタノール生産量から見ても,セルロースエタノールの割合は,バイオエタノール全体の0.1%にも満たない(5)5) EPA: RINs Generated Transactions, https://www.epa.gov/fuels-registration-reporting-and-compliance-help/rins-generated-transactions.このようにセルロースエタノールの生産量がなかなか増加しない背景には,高い製造コストが原因といわれており,なかでも糖化酵素の価格と,第1世代と比較して設備費用が高いという問題が指摘されている(3)3) M. Padella, A. O’Connell & M. Prussi: Appl. Sci. (Basel), 9, 4523 (2019)..こうした技術課題を解決するためには,ブレークスルーをもたらす革新技術の開発に期待が寄せられるが,今のところそうした技術は存在しない.であれば,小さな技術開発を積み重ねて,少しずつ技術を磨いていくしかない.筆者もこの分野の研究を行っており,コリネ型細菌を宿主としたエタノール生産株において,生産速度を向上させる代謝工学的手法を開発した(6)6) T. Jojima, T. Igari, R. Noburyu, A. Watanabe, M. Suda & M. Inui: Biotechnol. Biofuels, 14, 45 (2021)..この一つの技術で実用化できるわけではないが,こうした小さな前進を積み重ねることで,セルロースエタノールの実現や,ひいては発酵技術の発展にもつながると期待している.

表1■世界のセルロースエタノール生産プラント
企業名場所技術世代製産規模(キロトン)稼働状況
Edeniq米国1.5不明稼働
Quad County Corn Processors米国1.512稼働
Alliance Bio-Products (Ineos Bio)1米国224休止
Borregaard Industries ASノルウェー216稼働
GranBioブラジル262稼働
Henan Tianguan Group中国230休止
Longlive Bio-technology Co., Ltd.中国260休止
POET-DSM Advanced Biofuels米国275休止
Raízen Energiaブラジル236稼働
Seaboard Energy (Abengoa)1米国275休止
Verbio Vereinigte BioEnergie AG (DuPont)1米国283休止
Versalis (Beta Renewables)1イタリア240休止
1: カッコ内はプラント建設当時の企業名

Reference

1) T. Searchinger, R. Heimlich, R. A. Houghton, F. Dong, A. Elobeid, J. Fabiosa, S. Tokgoz, D. Hayes & T. Yu: Science, 319, 1238 (2008).

2) M. J. Scully, G. A. Norris, T. M. A. Falconi & D. L. MacIntosh: Environ. Res. Lett., 16, 043001 (2021).

3) M. Padella, A. O’Connell & M. Prussi: Appl. Sci. (Basel), 9, 4523 (2019).

4) M. Gulati, K. Kohlmann, M. R. Ladisch, R. Hespell & R. J. Bothast: Bioresour. Technol., 58, 253 (1996).

5) EPA: RINs Generated Transactions, https://www.epa.gov/fuels-registration-reporting-and-compliance-help/rins-generated-transactions

6) T. Jojima, T. Igari, R. Noburyu, A. Watanabe, M. Suda & M. Inui: Biotechnol. Biofuels, 14, 45 (2021).