今日の話題

食品機能性ペプチドとペプチド輸送担体世界初の脂質代謝改善ジペプチドFP(Phe-Pro)の作用機構

Arata Banno

坂野 新太

岐阜大学応用生物科学部

Satoshi Nagaoka

長岡

岐阜大学応用生物科学部

Published: 2021-08-01

プロトン駆動オリゴペプチドトランスポーター(POT)ファミリーを含むペプチド取り込みシステムは,すべての生物で保存されており,身体の各部位に局在し発現している.POTファミリーは,PepT1(Slc15a1),PepT2(Slc15a2),PHT2(Slc15a3),PHT1(Slc15a4),および(Slc15a5)(機能未知)の5種類のペプチドトランスポーターに分類されている.ペプチドトランスポーターは基質の多重特異性を特徴とし,一つのトランスポーターが8,400ものジ/トリペプチドと特定のペプチド様薬物を認識できる.これまでペプチドトランスポーターは,ジ/トリペプチドを取り込むという認識であったが,本稿ではペプチドトランスポーターが,メタボリックシンドロームや生体の恒常性を保つうえで重要な標的分子であるという新しい視点を紹介する.

PepT1は,主に腸と腎臓でのジ/トリペプチドの取り込みを仲介し,タンパク質消化後のジ/トリペプチド吸収に機能している.ゲノム分析の結果,PepT1が主に小腸でのジ/トリペプチド吸収に関与している(1)1) T. Terada & K. Inui: Biochem. Pharmacol., 73, 440 (2007).PepT1欠損マウスは,PepT1の生理学的意義を明確にするために作成された(2)2) Y. Hu, D. E. Smith, K. Ma, D. Jappar, W. Thomas & K. M. Hillgren: Mol. Pharm., 5, 1122 (2008).PepT1欠損マウスでは,ジペプチドGly-Sar(グリシル-サルコシン)の腸内取り込みと経口吸収を劇的に減少させる(3)3) B. Yang, Y. Hu & D. E. Smith: Drug Metab. Dispos., 41, 1867 (2013)..しかし,PepT1の基質になるための詳細な条件は不明である.

これまでのところ,in vivoで効果を発揮するジペプチドは,ペプチドトランスポーターを介して取り込まれると考えられる.たとえば,腸,肝臓,腎臓を保護する親水性のジペプチドJBP485(シクロトランス-4-L-ヒドロキシプロリル-L-セリン)は,PepT1を介して,インドメタシン誘発性腸損傷を軽減する(4)4) R. Shu, C. Wang, Q. Meng, Z. Liu, J. Wu, P. Sun, H. Sun, X. Ma, X. Huo & K. Liu: Biomed. Pharm., 111, 251 (2019)..また,JBP485とレスベラトロールとの併用は,PepT1の発現と機能が上方調節され,JBP485の生体内利用率の改善やインドメタシン誘発性腸損傷に対するJBP485の効果の増強に寄与する(4)4) R. Shu, C. Wang, Q. Meng, Z. Liu, J. Wu, P. Sun, H. Sun, X. Ma, X. Huo & K. Liu: Biomed. Pharm., 111, 251 (2019)..つまり,PepT1などのペプチドトランスポーターは,単にペプチドを取り込むトランスポーターとして認識されるだけでなく,薬物治療や生活習慣病の改善のためにも,より重要な標的分子として位置付けられる可能性を秘めている.

食品タンパク質由来のペプチドは,消化管で消化中のタンパク質の酵素分解や発酵などによって生成される.特に,ペプチドはアミノ酸よりも生体内での吸収効率が高いため,アミノ酸の効率的な供給源として認識されている(5)5) I. L. Craft, D. Geddes, C. W. Hyde, I. J. Wise & D. M. Matthews: Gut, 9, 425 (1968)..また,ペプチドは,その幅広い物理化学的特性のために,多種多様な酵素および受容体に結合することが知られており,生体の代謝および生理学的機能にさまざまな影響を及ぼす.動物実験や人間に有効な食品タンパク質由来ペプチドを見つけることが困難である理由としては,ペプチドには膨大な種類がある点,経口摂取したペプチドは消化酵素や腸内細菌によって分解される場合がある点,組織特異性のあるペプチド輸送担体(Slc15a1~5の5種類)の構造と機能が十分に解明されていない点などが挙げられる.

現在,動物実験で有効な食品タンパク質由来のコレステロール代謝改善ペプチドは,発見順に,IIAEK(乳),HIRL(乳),VAWWMY(大豆),VHVV(大豆),GEQQQPGM(米),FP(牛心臓),VSEE(卵白)の僅か7種類である.そのうちの3つは我々の研究室の発見である.今回は牛心臓由来のジペプチドFP(フェニルアラニン-プロリン)のコレステロール代謝改善作用の発見と,その作用がペプチド輸送担体(PepT1)欠損マウスでは消失することを紹介する.コレステロール代謝改善ジペプチドFPは,腸細胞膜ABCA1(コレステロール吸収輸送に関与する輸送担体)の発現を低下させることにより,コレステロール吸収を抑制することを発見した(6)6) A. Banno, J. Wang, K. Okada, R. Mori, M. Mijiti & S. Nagaoka: Sci. Rep., 9, 19416 (2019)..ABCA1は善玉コレステロール(HDLコレステロール)産生に関与するので,HDLコレステロールを低下させる可能性がある.しかし,驚くべきことに,ラットにFPを経口摂取させると,腸ABCA1の発現が低下すると同時に,血中で悪玉コレステロールと呼ばれる非HDLコレステロールは低下し,血中HDLコレステロールが増加した(6)6) A. Banno, J. Wang, K. Okada, R. Mori, M. Mijiti & S. Nagaoka: Sci. Rep., 9, 19416 (2019)..また,ABCA1欠損マウスではコレステロール吸収が低下することが報告されており(7)7) J. Iqbal, J. S. Parks & M. M. Hussain: J. Biol. Chem., 288, 30432 (2013).,コレステロール吸収抑制に対するFPの効果には,腸ABCA1発現の下方調節が関与している(6)6) A. Banno, J. Wang, K. Okada, R. Mori, M. Mijiti & S. Nagaoka: Sci. Rep., 9, 19416 (2019)..つまり,FPは従来にはない機構でコレステロール代謝改善作用を発揮することを解明した(6)6) A. Banno, J. Wang, K. Okada, R. Mori, M. Mijiti & S. Nagaoka: Sci. Rep., 9, 19416 (2019)..よって,FPはコレステロール代謝改善ペプチドの研究において,極めて有用なモデルジペプチドである.FPのようなジペプチドのコレステロール代謝改善作用に関与する最小構成単位ペプチドの研究は,ペプチド機能の本質的な理解(ペプチドが細胞内に入って働くか,細胞膜の未知ペプチド受容体などに結合して働くか)につながる.

FPはPepT1を介して,腸細胞に入ることができると考えられるため,FPは腸細胞に取り込まれた後に,未知の情報伝達経路を介して,コレステロール吸収に関与する腸ABCA1の遺伝子発現を低下させ,コレステロール代謝改善作用を発揮すると推測した(我々の仮説).そこで,我々はFPによるコレステロール代謝改善作用に,ジペプチドの腸輸送(吸収)を担うPepT1が関与するという仮説の検証(PepT1欠損マウスと野生型マウスを用いた解析)を実施した.その結果,野生型マウスでは,FP投与群は対照群と比較して,コレステロール吸収が低下し,血清や肝臓コレステロールおよび肝臓脂質が有意に減少した(6)6) A. Banno, J. Wang, K. Okada, R. Mori, M. Mijiti & S. Nagaoka: Sci. Rep., 9, 19416 (2019)..一方,大変興味深いことに,PepT1欠損マウスでは,FPの上述のコレステロール代謝改善作用が完全に消失した(6)6) A. Banno, J. Wang, K. Okada, R. Mori, M. Mijiti & S. Nagaoka: Sci. Rep., 9, 19416 (2019)..したがって,このPepT1欠損マウスと野生型マウスを用いた,新規脂質代謝改善ペプチドFPの解析結果より,腸ペプチド輸送担体(PepT1)を必須とする未知の腸コレステロール吸収調節系が存在することが示唆された(6)6) A. Banno, J. Wang, K. Okada, R. Mori, M. Mijiti & S. Nagaoka: Sci. Rep., 9, 19416 (2019)..これらのFPに関する知見はすべて世界初の成果である.また,本発見は従来単なるペプチドの輸送担体であると考えられてきたPepT1が,脂質異常症の予防改善のための重要な新規標的分子であることを示唆する.

今回,コレステロール代謝改善ペプチドFPが明らかにしたペプチド輸送担体との関連性に関する新知見は,コレステロール代謝改善ペプチド研究において,新しい幕開けの意味合いが強い.今後はPepT1が必須である未知の腸コレステロール吸収調節系を解明し,脂質代謝改善作用を発揮するペプチドに関する革新的探索評価技術の創成を目指したい.

Reference

1) T. Terada & K. Inui: Biochem. Pharmacol., 73, 440 (2007).

2) Y. Hu, D. E. Smith, K. Ma, D. Jappar, W. Thomas & K. M. Hillgren: Mol. Pharm., 5, 1122 (2008).

3) B. Yang, Y. Hu & D. E. Smith: Drug Metab. Dispos., 41, 1867 (2013).

4) R. Shu, C. Wang, Q. Meng, Z. Liu, J. Wu, P. Sun, H. Sun, X. Ma, X. Huo & K. Liu: Biomed. Pharm., 111, 251 (2019).

5) I. L. Craft, D. Geddes, C. W. Hyde, I. J. Wise & D. M. Matthews: Gut, 9, 425 (1968).

6) A. Banno, J. Wang, K. Okada, R. Mori, M. Mijiti & S. Nagaoka: Sci. Rep., 9, 19416 (2019).

7) J. Iqbal, J. S. Parks & M. M. Hussain: J. Biol. Chem., 288, 30432 (2013).