Kagaku to Seibutsu 59(8): 369-376 (2021)
解説
ケミカルゲノミクスで明らかにするメダカの冬季うつ様行動の分子基盤冬季うつ病の理解と克服にむけて
Understanding Molecular Basis of Winter Depression-Like Behavior of Medaka Fish by Chemical Genomics Approach: Towards Understanding and Overcoming the Winter Depression
Published: 2021-08-01
冬季うつ病は日照時間の短い冬に,気分の落ち込みや社会性の低下などの抑うつ症状が現れる季節性の精神疾患である.欧米の高緯度地域では罹患率が人口の約10%とされ,社会問題になっているが,発症機序は不明である.うつ病は統合失調症や双極性障害に比べて遺伝率が低く,環境因子とともに多数の遺伝子が関与しているため,従来の順遺伝学や逆遺伝学を用いたアプローチには限界があった.近年,精神疾患のモデル動物としてゼブラフィッシュやメダカなどの小型魚類が注目を集めているが,メダカにケミカルゲノミクスのアプローチを適用することで,冬季のうつ様行動を制御する分子機構が明らかになってきたので紹介する.
Key words: 冬季うつ病; ケミカルゲノミクス; セラストロール; NRF2抗酸化経路; メダカ
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
私たちが普段から肌で感じているように,熱帯以外の地域では,季節によって日照時間(日長)や気温,降水量などの外部環境が変化する.このような地域に棲息する動物は環境の季節変化に応じて生理機能や行動を変化させることで,生存や繁殖を有利に進めることができる.特定の季節にのみ繁殖活動を行う「季節繁殖」は動物の季節応答の代表例である.出産や育仔には大きなコストを必要とするため,動物は食料が豊富に得られる春から夏に出産や産卵を行う.たとえば,妊娠や孵卵期間の短いハムスターやウズラ,メダカは昼の時間が長くなる春から夏に活発に繁殖活動を行うため「長日繁殖動物」と呼ばれる.一方,妊娠期間が約半年のヤギやアカゲザルは秋から冬に交尾を行うため「短日繁殖動物」と呼ばれる.一般的にラットはヒトと同様,どの季節でも繁殖が可能な「周年繁殖動物」と考えられている.しかし,カロリー制限したラットは繁殖活動に明瞭な季節性が現れる.また,北海道のように冬が厳しい地域で短日繁殖するヤギを,冬がそれほど厳しくない東京に連れてくると年間を通して繁殖するようになる.以上のことから動物の季節応答は,限られた資源を最大限に活用するためにほとんどの動物が潜在的にもつ適応機構と考えられている(1)1) Y. Nakane & T. Yoshimura: Annu. Rev. Anim. Biosci., 7, 173 (2019)..
照明や空調により年中快適な環境で生活でき,飽食の時代となった現代社会においては,われわれの生活から季節感が薄らいでいるが,われわれヒトの気分や免疫機能・代謝などの生理機能も季節の影響を受けて変化する.また感染症や心疾患・肺がんなどの病気の発症率にも季節の偏りがあり,多くが冬季に重症化する(2)2) T. J. Stevenson, M. E. Visser, W. Arnold, P. Barrett, S. Biello, A. Dawson, D. L. Denlinger, D. Dominoni, F. J. Ebling, S. Elton et al.: Proc. Biol. Sci., 282, 20151453 (2015)..季節性感情障害(seasonal affective disorder; SAD)は特定の季節にのみ,抑うつ症状などの気分の変調が現れる精神疾患で,冬に現れることが多いため「冬季うつ病(winter depression)」とも呼ばれる.冬季うつ病の主な症状には倦怠感や不安感の増加,活力や社会性・性欲の低下,体内時計の乱れ(概日リズム障害),過眠や過食などがあげられる(3, 4)3) N. E. Rosenthal, D. A. Sack, J. C. Gillin, A. J. Lewy, F. K. Goodwin, Y. Davenport, P. S. Mueller, D. A. Newsome & T. A. Wehr: Arch. Gen. Psychiatry, 41, 72 (1984).4) A. Wirz-Justice: Gen. Comp. Endocrinol., 258, 244 (2018).(図1図1■冬季うつ病の概観).これらは季節繁殖や冬眠などの動物の季節応答の表現型と類似点が多いため,冬季うつ病は季節繁殖や冬眠の名残だと古くから指摘されてきた(4)4) A. Wirz-Justice: Gen. Comp. Endocrinol., 258, 244 (2018)..
冬季うつ病をもたらす主要な環境要因は秋から冬における日長や日照時間の減少だと考えられている(3)3) N. E. Rosenthal, D. A. Sack, J. C. Gillin, A. J. Lewy, F. K. Goodwin, Y. Davenport, P. S. Mueller, D. A. Newsome & T. A. Wehr: Arch. Gen. Psychiatry, 41, 72 (1984)..実際,日長の変化が小さい低緯度地域においては冬季うつ病の発症率は1%以下であるが,欧米などの高緯度地域における罹患率は人口の約10%だと推算されている.日本においても,冬の日照時間が短い北海道や秋田県では冬季うつ病の発症率が高いことが知られる(5)5) M. Okawa, S. Shirakawa, M. Uchiyama, M. Oguri, M. Kohsaka, K. Mishima, K. Sakamoto, H. Inoue, K. Kamei & K. Takahashi: Acta Psychiatr. Scand., 94, 211 (1996)..冬季うつ病は自殺の原因ともなりえることから社会問題となっているが,その発症機序は未解明である.
現在,冬季うつ病の治療には冬の日照時間の減少を人工的に補う「高照度光療法」が広く用いられている(3)3) N. E. Rosenthal, D. A. Sack, J. C. Gillin, A. J. Lewy, F. K. Goodwin, Y. Davenport, P. S. Mueller, D. A. Newsome & T. A. Wehr: Arch. Gen. Psychiatry, 41, 72 (1984)..しかし,高照度光療法では,まぶしい光源の前に長時間拘束されるうえに,頭痛や焦燥感を覚えるなどの副作用があるほか,中断すると抑うつ症状が再発する可能性が高いことが危惧されている.一方,汎用される抗うつ薬の選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の冬季うつ病への有効性は低いとされている.そのため,冬季うつ病の発症機序の解明と,高照度光療法に代わる新たな治療法や治療薬の開発が期待されている.
統合失調症や双極性障害などの精神疾患の遺伝率は約80%と言われているが,うつ病の遺伝率は約40%である.つまり,うつ病は複数の遺伝要因に加えて環境要因が大きく寄与する複雑な多因子疾患なのである(6)6) P. F. Sullivan, A. Agrawal, C. M. Bulik, O. A. Andreassen, A. D. Børglum, G. Breen, S. Cichon, H. J. Edenberg, S. V. Faraone, J. Gelernte et al.: Am. J. Psychiatry, 175, 15 (2018)..そのため,特定の表現型を示す個体の遺伝解析から原因遺伝子を同定する「順遺伝学(forward genetics)」や,遺伝子改変技術などを用いて特定の遺伝子の機能を操作し表現型の違いを明らかにする「逆遺伝学(reverse genetics)」などのアプローチでは,多数の遺伝子が関与するうつ病の分子機構の解明は困難であると考えられた.
われわれはこの局面を打開するには,化合物とゲノミクスを駆使するケミカルゲノミクス(chemical genomics)のアプローチが有効と考えた.高等な脊椎動物では多くの遺伝子にパラログが存在するため,単一遺伝子の機能阻害・亢進では表現型が現れず,二重,三重変異体などの複数遺伝子の機能阻害・亢進でようやく表現型の違いが顕在化することも珍しくない.一方,化合物を使った機能阻害・亢進においては,類似の構造をもつ複数のタンパク質に作用することが多いため,同じファミリーのタンパク質の機能を一網打尽に阻害・亢進することも可能なため,順遺伝学,逆遺伝学では見落としていた遺伝子(群)を同定できる可能性がある.創薬の分野では選択性の低い化合物(dirty drug)は好まれない傾向にあるが,われわれは選択性が低いことを逆手にとって,ケミカルゲノミクスのアプローチから迫ることにした.
汎用されるショウジョウバエ,マウスなどのモデル動物が生物学の発展に大きく貢献してきたことに疑いの余地はないが,これらのモデル動物は長年の遺伝学,育種学の歴史の中でヒトの手が加わった「人工的な生き物」であり,すべての生命現象の解明に万能なわけではない.たとえば,動物の季節適応を例にあげると,ショウジョウバエやマウスの季節応答は不明瞭であり,季節適応の解明において最適なモデルとは言えない.マウスは約100年にわたる育種学の結果,数多くの近交系系統が樹立され,さまざまな研究に用いられているが,育種の過程で産子数の多い個体が選抜された.その結果,代表的なC57BL系統を含むほとんどの近交系マウスが,季節を感知して繁殖活動を抑制するメラトニンの合成酵素に突然変異を有しており,季節の変化に応答できなくなっている(7)7) S. Ebihara, T. Marks, D. J. Hudson & M. Menaker: Science, 231, 491 (1986)..そのためわれわれの研究室ではユニークな季節応答を示すさまざまな動物種にスポットライトを当てて研究を行ってきた.たとえば,渡り鳥としても知られるウズラ(Coturnix japonica)は空を飛ぶため,繁殖しない短日条件下では,体重を軽くするために生殖腺を著しく退縮させている.一方,長日条件に移すとたった2週間で生殖腺重量を100倍以上も発達させ,なんと,生殖腺は脳よりも大きくなるのである.われわれの研究室ではこのように洗練された季節応答を示すウズラに機能ゲノミクス(functional genomics)を適用することで,「春告げホルモン」や季節繁殖を制御する鍵遺伝子などを同定してきた(8, 9)8) T. Yoshimura, S. Yasuo, M. Watanabe, M. Iigo, T. Yamamura, K. Hirunagi & S. Ebihara: Nature, 426, 178 (2003).9) N. Nakao, H. Ono, T. Yamamura, T. Anraku, T. Takagi, K. Higashi, S. Yasuo, Y. Katou, S. Kageyama, Y. Uno et al.: Nature, 452, 317 (2008)..またその後の研究で,ウズラで明らかになった仕組みがその他のさまざまな脊椎動物に普遍的にあてはまることも証明してきた(10, 11)10) H. Ono, Y. Hoshino, S. Yasuo, M. Watanabe, Y. Nakane, A. Murai, S. Ebihara, H. W. Korf & T. Yoshimura: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 18238 (2008).11) Y. Nakane, K. Ikegami, M. Iigo, H. Ono, K. Takeda, D. Takahashi, M. Uesaka, M. Kimijima, R. Hashimoto, N. Arai et al.: Nat. Commun., 4, 2108 (2013)..つまり,生命の謎に迫るには,着目する現象が顕著に観察される生物種を研究対象に選択することが近道なのである.高速シーケンサーやゲノム編集技術が進歩した今日においては,非モデル生物が活躍する機会がますます増えている.
原因遺伝子,標的分子が既知の場合は,標的ベースのスクリーニング(target-based screening)による創薬が可能であるが,うつ病のように多因子が関与する複雑な精神疾患を理解するには,動物個体を用いた表現型スクリーニング(phenotypic screening)が有効である.個体を用いた表現型スクリーニングには,マウスやショウジョウバエが使われることが多いが,マウスは比較的高価でスループットを稼ぐのが容易ではない.また,ショウジョウバエは安価で小さいため,スループットを稼げるが,無脊椎動物であり複雑な精神疾患のモデルとなり得るか疑問が残る.それらに比して,ゼブラフィッシュやメダカなどの小型魚類は脊椎動物であり,マウスよりも安価で小さくスループットが稼げる.もちろんヒトと魚は大きく異なるが,興味深いことに,神経伝達物質やその受容体,さらにはそれらを標的とした薬剤の効果においてヒトとの高い相同性が認められることから,近年小型魚類が精神疾患のモデル動物として注目を集めており,欧米のメガファーマでも利用されている(12, 13)12) A. V. Kalueff, A. M. Stewart & R. Gerlai: Trends Pharmacol. Sci., 35, 63 (2014).13) C. A. MacRae & R. T. Peterson: Nat. Rev. Drug Discov., 14, 721 (2015)..一般的にはゼブラフィッシュが使われることが多いが,ゼブラフィッシュは熱帯を原産とするため,明瞭な季節応答性が見られない.一方,ゼブラフィッシュと比べ,メダカ(Oryzias latipes)は日本各地の水田などに棲息し,日本人には馴染み深い動物であるが,われわれは従来の研究で,繁殖活動の他,色覚やストレス応答などの生理機能や行動に明瞭な季節応答があることを見いだしていた(14, 15)14) T. Shimmura, T. Nakayama, A. Shinomiya, S. Fukamachi, M. Yasugi, E. Watanabe, T. Shimo, T. Senga, T. Nishimura, M. Tanaka et al.: Nat. Commun., 8, 412 (2017).15) T. Nakayama, T. Shimmura, A. Shinomiya, K. Okimura, Y. Takehana, Y. Furukawa, T. Shimo, T. Senga, M. Nakatsukasa, T. Nishimura et al.: Nat. Ecol. Evol., 3, 845 (2019)..また,冬の環境で飼育したメダカは冬季うつ病に似た表現型を示すことを見つけていた.たとえば,活力の低下は冬季うつ病の特徴であるが,冬の環境で飼育したメダカは夏の環境に比べて活動量が低下する.さらに,興味深いことに,冬季うつ病患者においては眼の光応答性が冬に低下することが報告されており,これが冬季うつ病のリスクファクターとも言われているが,メダカにおいても冬に眼の光感受性が低下することを明らかにした(14)14) T. Shimmura, T. Nakayama, A. Shinomiya, S. Fukamachi, M. Yasugi, E. Watanabe, T. Shimo, T. Senga, T. Nishimura, M. Tanaka et al.: Nat. Commun., 8, 412 (2017)..以上の特徴を踏まえて,われわれは冬季うつ病の仕組みの解明を目指して,明瞭な季節応答を示すメダカに着目して研究することにした.
夏の長日温暖条件と冬の短日低温条件で飼育したメダカを用いて,いくつかの行動実験を実施した(16)16) T. Nakayama, K. Okimura, J. Shen, Y. J. Guh, T. K. Tamai, A. Shimada, S. Minou, Y. Okushi, T. Shimmura, Y. Furukawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 9594 (2020).(図2図2■メダカの不安様行動と社会性を評価する行動試験).見慣れない新奇な水槽に入れられた魚はしばらく水槽の底で身を潜めるが,この時間が長いと不安が強いと解釈される(新奇水槽試験).冬の条件で飼育されたメダカは夏の条件に比べて,水槽の底での滞在時間が長くなることがわかった.また,明るいエリアと暗いエリアを設けた水槽に入れたときは,不安が強いと外敵に見つかりにくい暗いエリアに長く滞在することが知られている(明暗水槽試験).そこで明暗水槽試験を実施したところ,冬条件のメダカは夏条件よりも暗いエリアの滞在時間が長く,新奇水槽試験と同様に不安が強いと評価された.
左図の明暗水槽試験で不安様行動を評価できる.冬条件のメダカは暗いエリアに滞在する時間が長い不安様行動を示す.右図の3部屋式社会性試験で社会性を評価できる.夏の条件では中央の部屋の試験個体は他個体に関心を示し,好きエリアに滞在するが,冬条件のメダカは他個体に関心を示さない.
3部屋式社会性試験は動物の社会性を評価する行動試験である(図2図2■メダカの不安様行動と社会性を評価する行動試験).透明な仕切りで3部屋に区切られた水槽の中央の部屋に観察対象の個体を入れ,残りの部屋の一方にだけ他個体を入れる.すると中央の部屋の観察個体は他個体の入った部屋の近くのエリア(好きエリア)に滞在する「社会性行動」が観察される.しかし,冬条件のメダカは「好きエリア」での滞在時間が夏条件に比べて短かった.「メダカの学校」といわれるように,メダカは社会性を示す動物として知られているが,この行動実験から,冬の環境下では社会性が低下していることが明らかになった.
冬における不安感の増加や社会性の低下はヒトの冬季うつ病の特徴である(3, 4)3) N. E. Rosenthal, D. A. Sack, J. C. Gillin, A. J. Lewy, F. K. Goodwin, Y. Davenport, P. S. Mueller, D. A. Newsome & T. A. Wehr: Arch. Gen. Psychiatry, 41, 72 (1984).4) A. Wirz-Justice: Gen. Comp. Endocrinol., 258, 244 (2018)..うつ病はストレスを含めた厳しい環境を乗り切る適応機構であることを考えると,メダカで観察された冬季の社会性の低下や不安様行動などの表現型からメダカが冬季うつ病のモデルとなりうると考えた.
うつ病は複雑な多因子疾患であり,後述するようにさまざまな仮説が提案されているが理解が進んでいない.そのため既存の知見に基づく仮説駆動型のアプローチ(hypothesis-driven approach)には限界があり,発見駆動型のアプローチ(discovery-driven approach)が有効であると考えられた.そこで仕組みの全容を理解するためにマルチオミクスの網羅的な解析を行うことにした.
まずメタボローム解析で脳の代謝物の季節変化を検討した.冬条件と夏条件にそれぞれ暴露したメダカの脳を用いてキャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析(CE-TOFMS)によるメタボローム解析を実施し,水溶性イオン代謝物の季節変化を調べた(16)16) T. Nakayama, K. Okimura, J. Shen, Y. J. Guh, T. K. Tamai, A. Shimada, S. Minou, Y. Okushi, T. Shimmura, Y. Furukawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 9594 (2020)..その結果,ヒトのうつ病と関連が指摘されているセロトニンやグルタミン酸などの神経伝達物質や抗酸化物質のグルタチオンなど,68個の代謝物がメダカの脳で変化していることが明らかになった(図3図3■メダカの脳内分子の季節変動).選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が抗うつ作用を示すことから,セロトニンはうつ病に寄与していると考えられてきた(セロトニン仮説)(17)17) Andrews, A. Bharwani, K. R. Lee, M. Fox & J. A. Thomson Jr.: Neurosci. Biobehav. Rev., 51, 164 (2015)..またNMDA型グルタミン酸受容体に作用するケタミンは即効性のある抗うつ薬として注目されている(18)18) Y. Yang, Y. Cui, K. Sang, Y. Dong, Z. Ni, S. Ma & H. Hu: Nature, 554, 317 (2018)..さらに近年,酸化ストレスとうつ病の関係が指摘されている(19, 20)19) A. H. Mille & C. L. Raison: Nat. Rev. Immunol., 16, 22 (2016).20) E. S. Wohleb, T. Franklin, M. Iwata & R. S. Duman: Nat. Rev. Neurosci., 17, 497 (2016)..このように,ヒトのうつ病に関与する複数の代謝物が冬と夏のメダカの脳で変動することが明らかになったことから,改めてメダカは冬季うつ病のモデルとして妥当であると考えられた.
次にわれわれは脳における遺伝子発現の季節変化を網羅的に調べるためにトランスクリプトーム解析を実施した(16)16) T. Nakayama, K. Okimura, J. Shen, Y. J. Guh, T. K. Tamai, A. Shimada, S. Minou, Y. Okushi, T. Shimmura, Y. Furukawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 9594 (2020)..その結果,3,000個以上の転写産物量が夏と冬の間で変化することが明らかになった.
冬季うつ病の症状の一つに約24時間のリズムを刻む概日リズムの障害が知られており,これが冬季うつ病発症の一因と考えられてきた(概日リズム仮説)(3, 4)3) N. E. Rosenthal, D. A. Sack, J. C. Gillin, A. J. Lewy, F. K. Goodwin, Y. Davenport, P. S. Mueller, D. A. Newsome & T. A. Wehr: Arch. Gen. Psychiatry, 41, 72 (1984).4) A. Wirz-Justice: Gen. Comp. Endocrinol., 258, 244 (2018)..睡眠・覚醒,体温,ホルモン分泌など,細胞レベルから個体レベルまで,さまざまな生理機能に概日リズムが認められるが,この概日リズムは「時計遺伝子」と総称される一連の遺伝子の転写翻訳フィードバックループによって制御されている(21)21) J. S. Takahashi: Nat. Rev. Genet., 18, 164 (2017)..ヒトの冬季うつ病患者の遺伝解析で,時計遺伝子のPER, CRY, BMAL, CLOCKなどに多型が見つかっており,時計遺伝子と冬季うつ病の関連が指摘されていた(22)22) C. Garbazza & F. Benedetti: Front. Endocrinol., 9, 481 (2018)..メダカのトランスクリプトーム解析の結果,冬条件のメダカでは,時計遺伝子の発現リズムが不明瞭になっており,冬季うつ病患者同様,概日リズムが冬季に乱れていることが示唆された(16)16) T. Nakayama, K. Okimura, J. Shen, Y. J. Guh, T. K. Tamai, A. Shimada, S. Minou, Y. Okushi, T. Shimmura, Y. Furukawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 9594 (2020).(図3図3■メダカの脳内分子の季節変動).
次に発現変動していた遺伝子群について夏と冬で活性が変化する情報伝達経路を探索するために,カノニカルパスウェイ解析を実施したところ,うつ病との関連が広く知られているグルココルチコイド受容体シグナル伝達経路やエストロゲン受容体シグナル伝達経路を見いだした(16)16) T. Nakayama, K. Okimura, J. Shen, Y. J. Guh, T. K. Tamai, A. Shimada, S. Minou, Y. Okushi, T. Shimmura, Y. Furukawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 9594 (2020)..ストレスを受けると視床下部–下垂体–副腎(hypothalamus–pituitary–adrenal: HPA)軸が活性化し,グルココルチコイドの分泌が亢進するが,HPA軸の異常はうつ病を含めたさまざまな精神疾患との関連が報告されている(23)23) C. M. Pariante & S. L. Lightman: Trends Neurosci., 31, 464 (2008)..また閉経後の女性だけでなく,男性においてもエストロゲンが抗うつ作用をもつことが知られている(24)24) Y. Xu, L. Ma, W. Jiang, Y. Li, G. Wang & R. Li: Front. Cell. Neurosci., 11, 344 (2017)..さらにこれらの情報伝達経路のほかにも,炎症反応を担うインターロイキンに関連する遺伝子群や,炎症の原因となる酸化ストレスに関連するNRF2抗酸化経路の活性が冬と夏の間で変わることが明らかになった(16)16) T. Nakayama, K. Okimura, J. Shen, Y. J. Guh, T. K. Tamai, A. Shimada, S. Minou, Y. Okushi, T. Shimmura, Y. Furukawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 9594 (2020).(図3図3■メダカの脳内分子の季節変動).この結果はメタボローム解析で検出した抗酸化物質のグルタチオン量の季節変化の結果とも一致する.近年,炎症反応はアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患だけでなく,うつ病を含めた精神疾患の病態や発症に関与することが指摘されている(うつ病炎症仮説)(19, 20)19) A. H. Mille & C. L. Raison: Nat. Rev. Immunol., 16, 22 (2016).20) E. S. Wohleb, T. Franklin, M. Iwata & R. S. Duman: Nat. Rev. Neurosci., 17, 497 (2016)..炎症性サイトカイン刺激は活性酸素種の増加を介して神経細胞の障害を誘導すると考えられている.この神経細胞障害によって神経細胞の樹状突起スパインの密度が減少する(19)19) A. H. Mille & C. L. Raison: Nat. Rev. Immunol., 16, 22 (2016)..樹状突起スパインはシナプス後部の棘状構造であり,シナプス後電位や活動電位の発生に関与する.うつ病患者においては海馬の樹状突起スパインの密度の低下が報告されているが,冬条件のメダカにおいても海馬相同領域の樹状突起スパイン密度が低くなることが確認された(16)16) T. Nakayama, K. Okimura, J. Shen, Y. J. Guh, T. K. Tamai, A. Shimada, S. Minou, Y. Okushi, T. Shimmura, Y. Furukawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 9594 (2020)..
メタボローム解析とトランスクリプトーム解析を通じて,夏条件と冬条件のメダカの脳の間でさまざまな違いが明らかとなり,ヒトのうつ病との共通点が多数あぶりだされたが,その中のどれが決定的な役割を果たしているかはわからなかった.そこで化合物スクリーニングによって重要な因子を絞り込むことにした.ただし,表現型スクリーニングでヒット化合物が見つかったとしても,化合物のターゲット同定は容易ではない.一般的には細胞ベースアッセイであってもターゲット同定は容易ではないので,動物個体を用いた表現型スクリーニングにターゲット未知の化合物を用いることは無謀と思われた.そのため,この研究ではターゲットが既知で,安全性も確認されている既存薬ライブラリーを用いた既存薬再開発(drug repositioning)のアプローチを採用することにした.
われわれは冬の環境で飼育したメダカの水槽に既存薬を投薬し,24時間後に3部屋式社会性試験を使って,冬季の社会性の低下を改善する既存薬を探索した.生化学実験とは異なり,動物の行動実験は結果がばらつきやすく,再現性を確認することが極めて重要なので,二人の実験者が独立して実験を実施し,どちらが実施しても再現性を確認できる化合物を探索した.その結果,たいへん幸運なことに,百数十個の既存薬の中から再現性良く社会性を改善するセラストロールを見いだすことに成功した(16)16) T. Nakayama, K. Okimura, J. Shen, Y. J. Guh, T. K. Tamai, A. Shimada, S. Minou, Y. Okushi, T. Shimmura, Y. Furukawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 9594 (2020).(図4図4■化合物スクリーニングによって見つかったセラストロール).セラストロールは中国伝統医薬「雷公藤」の成分の五環トリテルペノイドで,抗がん作用や抗肥満作用,抗炎症作用などが知られていたが,中枢神経系への効果は知られていなかった.文献を調べてみると,セラストロールにはさまざまな標的タンパク質があることがわかったが,そのうちの一つにカノニカルパスウェイ解析で見いだしていたNRF2(NF-E2-related factor 2)があった(25)25) W. Y. Seo, A. R. Goh, S. M. Ju, H. Y. Song, D. J. Kwon, J. G. Jun, B. C. Kim, S. Y. Choi & J. Park: Biochem. Biophys. Res. Commun., 407, 535 (2011)..活性酸素種の刺激を受けた細胞ではNRF2が活性化し,タンパク質修復や抗酸化物質産生にかかわる遺伝子群の転写を促進することで酸化ストレスを減らし炎症を抑える.NRF2に制御される抗酸化物質の一つにグルタチオンがあるが,本研究のメタボローム解析で見いだしたグルタチオンが夏に高いという結果とも一致していた.炎症はうつ病発症の一因と指摘されているが,Nrf2欠損マウスがうつ様行動を示すことが報告されていることも注目に値する(26)26) M. D. Martín-de-Saavedra, J. Budni, M. P. Cunha, V. Gómez-Rangel, S. Lorrio, L. Del Barrio, I. Lastres-Becker, E. Parada, R. M. Tordera, A. L. Rodrigues et al.: Psychoneuroendocrinology, 38, 2010 (2013)..
前述したように多くの化合物は類似したさまざまなタンパク質に作用するため,仮説の検証実験が不可欠である.セラストロールも例外ではなく多数のターゲットをもつことが知られているため,まずセラストロールとは化学構造の異なるNRF2アクチベーターのフマル酸ジメチルにおいても冬季の社会性を改善できることを確認した.さらにCRISPR/Cas9法を用いてNRF2遺伝子の変異メダカを作出し,3部屋式社会性行動テストを実施した結果,NRF2遺伝子変異メダカは野生型に比べて「好きエリア」における滞在時間が短くなることがわかった(16)16) T. Nakayama, K. Okimura, J. Shen, Y. J. Guh, T. K. Tamai, A. Shimada, S. Minou, Y. Okushi, T. Shimmura, Y. Furukawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 9594 (2020)..以上の結果から,冬条件のメダカにおけるNRF2抗酸化経路の活性の低下が冬季うつ様行動を惹起すること,さらにセラストロールがNRF2抗酸化経路を活性化することで冬季うつ様行動を改善していることが示唆された(図4図4■化合物スクリーニングによって見つかったセラストロール).
さて,NRF2が夏に働くことが重要であることがわかったが,メダカの脳のどこで働いているのだろう? in situ hybridization法により,NRF2の発現部位を調べたところ,夏の条件下でNRF2は手綱核(habenula)で発現していることを見いだした(16)16) T. Nakayama, K. Okimura, J. Shen, Y. J. Guh, T. K. Tamai, A. Shimada, S. Minou, Y. Okushi, T. Shimmura, Y. Furukawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 9594 (2020)..手綱核は魚類から哺乳類まで保存されている神経核である.また抗うつ薬のケタミンの作用部位という報告もあることから,うつ病への関与が指摘されているのは興味深い(18)18) Y. Yang, Y. Cui, K. Sang, Y. Dong, Z. Ni, S. Ma & H. Hu: Nature, 554, 317 (2018)..
今回,われわれは明瞭な季節応答を示すメダカにケミカルゲノミクスのアプローチを適用することで,メダカの冬季うつ様行動にNRF2抗酸化経路が関与することを明らかにした.外部環境が厳しいときはあまり動き回らず,じっと厳しい時期をやり過ごしたほうが良いので,メダカの冬季のうつ様行動は厳しい環境を乗り切る適応戦略と言える.同様に,ヒトの冬季うつ病や大うつ病(major depression)も厳冬期の屋外の自然環境や,激しいストレス状態を回避する適応機構と考えることができる.しかし臨床の精神科医から,「うつのメダカってどんな顔をしているの?」などと聞かれることがある.実際,われわれも10年前までは魚類で複雑な精神疾患が理解できるのか? と懐疑的だった.しかし,最近の睡眠研究の飛躍的な進歩を考えると,魚の気分が季節によって変わっていても良いのではないかと思う.20年ほど前にショウジョウバエが睡眠するという論文が出たときは,多くの研究者が懐疑的であった(27)27) J. C. Hendricks, S. M. Finn, K. A. Panckeri, J. Chavkin, J. A. Williams, A. Sehgal & A. I. Pack: Neuron, 25, 129 (2000)..しかし最近の研究で,マウスで発見された睡眠遺伝子がショウジョウバエや線虫にもあり,睡眠様行動を制御していることが明らかになったため(28)28) H. Funato, C. Miyoshi, T. Fujiyama, T. Kanda, M. Sato, Z. Wang, J. Ma, S. Nakane, J. Tomita, A. Ikkyu et al.: Nature, 539, 378 (2016).,今日ではショウジョウバエの「睡眠」は市民権を得ているように見受けられる.とは言っても,われわれヒトは魚ではないことは明白な事実である.ヒトを理解したいなら,やはり霊長類で研究をすることが重要である.現在われわれは,アカゲザルをモデルとして脳を含む全身のさまざまな組織の生理機能が季節によってどのように変化しているかを網羅的に解析している.この研究を通して,近い将来,ヒトを含む霊長類の季節適応戦略の分子機構が明らかになることが期待される.
Reference
1) Y. Nakane & T. Yoshimura: Annu. Rev. Anim. Biosci., 7, 173 (2019).
2) T. J. Stevenson, M. E. Visser, W. Arnold, P. Barrett, S. Biello, A. Dawson, D. L. Denlinger, D. Dominoni, F. J. Ebling, S. Elton et al.: Proc. Biol. Sci., 282, 20151453 (2015).
4) A. Wirz-Justice: Gen. Comp. Endocrinol., 258, 244 (2018).
7) S. Ebihara, T. Marks, D. J. Hudson & M. Menaker: Science, 231, 491 (1986).
12) A. V. Kalueff, A. M. Stewart & R. Gerlai: Trends Pharmacol. Sci., 35, 63 (2014).
13) C. A. MacRae & R. T. Peterson: Nat. Rev. Drug Discov., 14, 721 (2015).
18) Y. Yang, Y. Cui, K. Sang, Y. Dong, Z. Ni, S. Ma & H. Hu: Nature, 554, 317 (2018).
19) A. H. Mille & C. L. Raison: Nat. Rev. Immunol., 16, 22 (2016).
20) E. S. Wohleb, T. Franklin, M. Iwata & R. S. Duman: Nat. Rev. Neurosci., 17, 497 (2016).
21) J. S. Takahashi: Nat. Rev. Genet., 18, 164 (2017).
22) C. Garbazza & F. Benedetti: Front. Endocrinol., 9, 481 (2018).
23) C. M. Pariante & S. L. Lightman: Trends Neurosci., 31, 464 (2008).
24) Y. Xu, L. Ma, W. Jiang, Y. Li, G. Wang & R. Li: Front. Cell. Neurosci., 11, 344 (2017).