解説

界面微生物工学微生物固定化・細胞表層工学から膜タンパク質利用技術まで

Interfacial Microbiology and Engineering: From Biofilm Engineering to Cell Surface Engineering

Katsutoshi Hori

克敏

東海国立大学機構名古屋大学大学院工学研究科生命分子工学専攻

Published: 2021-08-01

細菌,アーキア,酵母といった主要な微生物は単細胞生物であるため,細胞と外環境とを隔てる界面とは微生物細胞の表層である.そこで,微生物細胞表層の構造と機能,細胞とそれが接している外環境,特に細胞が接触しえる生物/非生物表面との相互作用について明らかにすることを目的とする学問分野を“界面微生物学”とするのなら,それを工学的に利用するための学理と方法論を扱う学問分野は“界面微生物工学”と言えよう.たとえば,バイオフィルムの工学利用,微生物固定化技術とその応用,細胞表層工学,膜タンパク質の利用などが界面微生物工学のテーマであろう.本稿では,界面微生物工学分野の最新動向を,筆者の研究を通して概観する.

Key words: 界面微生物工学; バイオフィルム; 微生物固定化; 細胞表層工学; 膜タンパク質

微生物の固定化とバイオフィルムの工学利用

バイオプロセスでは,精製酵素ではなくさまざまな酵素を含む微生物細胞自体が使用されることも多く,全細胞触媒と呼ばれる.全細胞触媒の利用効率を高めるため,微生物細胞の固定化は古くから研究,実用されてきた.全細胞触媒は酵素を内包・固定化した袋とも考えられるため,微生物細胞固定化技術は,袋ごと酵素を固定する技術ともいえる.袋と言っても微生物細胞は10 µm以下であり,生産物の分離の際には,遠心分離やフィルターろ過などによる細胞の分離回収操作が必要である.微生物細胞を固定化すれば,分離回収を省略でき,また触媒の反復使用や連続使用が容易になる.さらに,触媒濃度を上げることも容易になる.

微生物細胞固定化技術の多くは酵素の固定化技術と共通するが,酵素よりはずっと大きいので,その特性を活かした微生物特有の技術もある.従来の主要な微生物固定化技術は,①細胞表層分子の活性化による共有結合,②物理吸着,③包括法,④クロスリンキングによる細胞の凝集塊化である.これらの固定化法にはさまざまな問題点がある.たとえば,①では微生物細胞や表層タンパク質の失活や活性低下を招くことが多い.また,活性化に必要な化学品や工程などで,コストが嵩む.②については,一般に物理吸着力は弱く,固定化には不十分である.固定化に利用可能なほど強い物理吸着を示すのは,これまでのところ,一部の糸状菌に限られている.③の包括法は,アルギン酸などの高分子ゲルに細胞を閉じ込める方法であり,微生物の固定化に最もよく使われてきた方法である.しかし,ゲル内部における物質移動律速の問題は大きく,物質変換速度の大きな低下をもたらす.また,脆弱なゲルは撹拌などによって破壊されやすく,キレート作用をもつ物質により崩壊するゲルもある.一般に耐久性も高いとは言えず,ゲルからの細胞の漏出も時間とともに増大する.④には①と同じような問題がある.

近年,物理吸着の一方法として,バイオフィルム法が注目されている.バイオフィルムは,微生物が固体表面に付着し,extracellular polymeric substances(EPS)と呼ばれる細胞外高分子を分泌しながら形成するもので,身近な例では“ぬめり”とか“水垢”と呼ばれるものがある.医療現場や公衆衛生の分野では,薬剤耐性などを示す病原菌のバイオフィルムが問題になっているが,水処理の分野では生物膜法として古くから利用されてきた.近年は,水処理だけでなく,特定の微生物にバイオフィルムをつくらせ,化学物質の生産に利用しようという研究も行われている.自然固定化法,受動的固定化法などと呼ばれることもある(1~3)1) G. A. Junter & T. Jouenne: Biotechnol. Adv., 22, 633 (2004).2) R. Gross, B. Hauer, K. Otto & A. Schmid: Biotechnol. Bioeng., 98, 1123 (2007).3) K.-C. Cheng, A. Demirci & J. M. Catchmark: Appl. Microbiol. Biotechnol., 90, 921 (2011)..しかし,通常のバイオフィルムは無数の微生物種で構成される微生物コミュニティであるのに対し,物質生産で利用されるバイオフィルムについては,反応にかかわる微生物を1種類のみ含む純粋培養系,または一連の反応にかかわるせいぜい3, 4種ぐらいまでの数種からなる混合培養系である.よって,微生物生態学者が取り上げる一般的なバイオフィルムとは,だいぶ,趣も異なる.実際,一つの化学反応にバイオフィルムを利用するには,特定の反応を触媒する能力とバイオフィルム形成能力を併せ持つ微生物種をスクリーニングせねばならず,かなりの時間と労力を要する(2, 4)2) R. Gross, B. Hauer, K. Otto & A. Schmid: Biotechnol. Bioeng., 98, 1123 (2007).4) X. Z. Li, B. Hauer & B. Rosche: Appl. Microbiol. Biotechnol., 76, 1255 (2007)..また,バイオフィルム形成に長期間を有すること(1)1) G. A. Junter & T. Jouenne: Biotechnol. Adv., 22, 633 (2004).,細胞濃度と物質輸送律速のバランスをとって高活性を発揮する適切な厚みのバイオフィルムを維持することが非常に難しいことなど,現状のバイオフィルムリアクターにも,実用化に向けた課題は多い(2, 5, 6)2) R. Gross, B. Hauer, K. Otto & A. Schmid: Biotechnol. Bioeng., 98, 1123 (2007).5) B. Rosche, X. Z. Li, B. Hauer, A. Schmid & K. Buehler: Trends Biotechnol., 27, 636 (2009).6) B. Halan, K. Buehler & A. Schmid: Trends Biotechnol., 30, 453 (2012).

筆者らは,排ガス処理用バイオフィルムから単離されたベンゼン/トルエン酸化能力を有する高付着性細菌Acinetobacter sp. Tol 5株(7)7) K. Hori, S. Yamashita, S. Ishii, M. Kitagawa, Y. Tanji & H. Unno: J. Chem. Eng. Jpn., 34, 1120 (2001).について研究を進めてきた.Tol 5の付着が他の微生物のそれと特に異なる点は,①さまざまな表面へ付着できるという非特異性と②その強さ・親和性の高さと,③増殖を伴わなくても休止菌体細胞自体の付着能力が高いことなどである(8)8) M. Ishikawa, K. Shigemori, A. Suzuki & K. Hori: J. Biosci. Bioeng., 113, 719 (2012)..緑膿菌Pseudomonas aeruginosa PAO1のようなバイオフィルム形成細菌は,増殖を伴ってバイオフィルムを形成しながら表面に付着するが,休止菌体状態ではほとんど付着しない.Tol 5の休止菌体細胞は,疎水性のプラスチックから親水性のガラス,さらには金属表面までさまざまな種類の材料表面に付着することができる.筆者らは,他の微生物では報告例のないこのような付着特性をもたらす因子として,細菌細胞表層に存在する新規のバクテリオナノファイバーを発見し(図1図1■高付着性Acinetobacter属細菌Tol 5株の細胞の表層から生える周毛状のナノファイバー),それを構成する新しいタンパク質を同定した.このタンパク質は三量体型オートトランスポーターアドヘシン(TAA)ファミリーに属しており,筆者らはこれをAtaAと名付けた(9)9) M. Ishikawa, H. Nakatani & K. Hori: PLOS ONE, 7, e48830 (2012)..TAAはグラム陰性病原性細菌の接着因子として知られ,宿主細胞の表層分子やコラーゲン,フィブロネクチンなどのextracellular matrix(ECM)に接着する(10)10) D. Linke, T. Riess, I. B. Autenrieth, A. Lupas & V. A. Kempf: Trends Microbiol., 14, 264 (2006)..しかし,TAAの中でAtaAのみがさまざまな表面に対し非特異的で高い接着性を示す.

図1■高付着性Acinetobacter属細菌Tol 5株の細胞の表層から生える周毛状のナノファイバー

筆者らは,ataA遺伝子をTol 5とは異種の細菌に導入・発現させ,AtaAナノファイバーを細胞表層に形成させることで,有用なグラム陰性細菌を任意の担体の表面に直接固定化する,迅速で簡便な微生物固定化技術を創出した(11)11) 堀 克敏:微生物に対して非特異的付着性および凝集性を付与または増強する方法および遺伝子,特許第5261775号,2013..AtaAの非特異的接着性により,好みの担体を使用可能である(12)12) K. Hori, Y. Ohara, M. Ishikawa & H. Nakatani: Appl. Microbiol. Biotechnol., 99, 5025 (2015)..固定化により単位体積当たりの細胞濃度を高めることができる.具体的な応用事例を示すため,筆者らは同じAcinetobacter属細菌ではあるが,青色色素インディゴを生産する能力を有するフェノール分解菌ST-550にataA遺伝子を導入,発現させ,ポリウレタン製スポンジに固定した(13)13) M. Ishikawa, K. Shigemori & K. Hori: Biotechnol. Bioeng., 111, 16 (2014)..基質インドールを含むリン酸緩衝液にこのスポンジを入れるだけで色素が生産された.さらに,この新規で有効な固定化は,プロセス操作の簡便化に加えて,毒性基質に対する耐性の向上効果をもたらした.バイオフィルム中の微生物細胞は,懸濁状態に比べて,抗生物質やストレスに対して高い耐性を示すことが知られている.基質に対する耐性が向上したことで,基質の濃度を上げることができるようになったため,反応効率が飛躍的に向上した.AtaAによる新規微生物固定化法は,これまで主流であった包括固定法の欠点である物質輸送・ゲルの脆弱性・細胞の漏出・固定化操作の煩雑性といった諸問題を一気に解決した.AtaAによって固定化した細胞は連続反応や反復反応に使用可能である.筆者らは,水素生産菌であるEnterobacter aerogenesataA遺伝子を導入,発現させ,バイオ水素を連続生産させることにも成功している(14)14) H. Nakatani, N. Ding, Y. Ohara & K. Hori: Catalysts, 8, 159 (2018).

さらに筆者らは,AtaAによる細胞接着を阻害する因子をも見いだした.AtaA発現細胞の接着は,イオン強度の極度の低下(10 mM以下)により急激に低下し,純水中では付着性を完全に失う(15)15) S. Yoshimoto, Y. Ohara, H. Nakatani & K. Hori: Microb. Cell Fact., 16, 123 (2017)..また,一度AtaAにより材料表面に固定した微生物細胞を純水で洗浄するだけで剥離することができ,剥離した細胞は塩溶液中で再固定可能である.この現象を利用して,筆者らは世界で初めて,着脱可能な微生物固定化技術の発明に至った(16)16) 堀 克敏:微生物の固定化および脱離方法,特開2014-156736, 2014..これにより,担体と微生物細胞の両方の再利用が可能である.すでにわれわれは,その具体的な実施モデルを発表している(図2図2■着脱可能固定化技術による担体と微生物の再利用).従来の微生物固定化法では,着脱可能な微生物固定は不可能である.

図2■着脱可能固定化技術による担体と微生物の再利用

TAAとAtaAの構造と分泌機構

TAAのファイバー構造は線毛(ピリ)など代表的な細胞表層の線毛様タンパク質とは異なる構造で,1種類のポリペプチド鎖のアミノ(N)末端側がファイバーの先端を,カルボキシ(C)末端側が外膜結合部位をそれぞれ構成する.また,名称が示すように,ホモ三量体を形成する.分泌においては,グラム陰性細菌の細胞表層構造である内膜をSecシステムで通過後,ポリペプチド鎖のC末端側が外膜中にβバレル構造を形成し,さらに,3つのポリペプチド鎖のβバレルが三量体を形成し外膜に孔を形成する.その孔を通って,パッセンジャードメイン(PSD)と言われるN末端側の残りの部分が外膜を通過し細胞外に出る.近年,βバレル構造の形成にBam複合体と呼ばれる一連のタンパク質群や,ペリプラズムでのペプチド鎖の外膜への輸送やアンフォールディング状態の維持に関して,分子シャペロンが関与することが明らかになり,オートトランスポーターという名称は実体を表さなくなってきている.AtaAに関して言えば,筆者らはその分泌をアシストする新規のタンパク質TpgAを発見している(17)17) M. Ishikawa, S. Yoshimoto, A. Hayashi, J. Kanie & K. Hori: Mol. Microbiol., 101, 394 (2016)..膜結合部位と異なり,PSDは細菌の種類や株によって多様である.PSDは多くのTAAで保存されているさまざまな種類のドメイン構造が並んでおり,含まれるドメインの種類や数はTAAによってさまざまである.そのため,TAAを構成するポリペプチド鎖の長さも,数百から数千アミノ酸まで多様であり,その違いは,細胞表層に提示されるファイバー構造に反映される.通常,TAAの先端はヘッドと呼ばれるドメインで構成されており,ファイバーの他の部分に比べて膨らんだ形状をしている.AtaAのポリペプチド鎖は3,630残基からなり,TAAの中では最も巨大なグループに入る.多様なドメインからなるAtaAの一次構造の模式図を図3図3■AtaAの一次構造模式図に示す.AtaAのPSDは,ファイバー先端のN末側から,Nhead, Nstalk, Chead, Cstalkの4つの部位からなる(18)18) K. Koiwai, M. D. Hartmann, D. Linke, A. N. Lupas & K. Hori: J. Biol. Chem., 291, 3705 (2016)..このうち,Chead–Cstalk部位(ChCs)には接着部位が存在しないことが明らかとなっている.

図3■AtaAの一次構造模式図

細胞表層工学

細胞表層提示は,ペプチドやタンパク質といった機能性分子を,細胞表層につなぐアンカータンパク質と融合することによって達成される.アンカータンパク質の選択は,提示分子の機能発現の有効性に直接的に影響するので,表層提示技術における最重要ポイントである.その詳細については,筆者らによる別の総説論文を参照願いたい(19)19) H. Nakatani & K. Hori: Front. Chem. Sci. Eng., 11, 46 (2017)..大腸菌を含むグラム陰性細菌について簡単に述べると,表層提示に最もよく使用されてきたアンカータンパク質は,LPP-OmpA(20)20) J. A. Francisco, C. Stathopoulos, R. A. Warren, D. G. Kilburn & G. Georgiou: Biotechnology (N.Y.), 11, 491 (1993).,氷核タンパク質(INP)(21)21) H. C. Jung, J. M. Lebeault & J. G. Pan: Nat. Biotechnol., 16, 576 (1998).,単量体型オートトランスポーター(AT)(22)22) J. Maurer, J. Jose & T. F. Meyer: J. Bacteriol., 179, 794 (1997).である.LPP-OmpAは,大腸菌のリポタンパク質LPPのシグナルペプチドを,最もメジャーな大腸菌外膜タンパク質であるOmpAの一部(アミノ酸46~159部位)と融合することによって構築された.INPは,植物病原性のグラム陰性細菌に見られる外膜タンパク質である.ATはさまざまなグラム陰性細菌がもつ細胞表層タンパク質であり,TAAもその一種である.しかし,細胞表層提示には,もっぱら単量体型ATが使われてきた.単量体型ATも,TAAと同様に,細胞外への自己輸送と細胞表層へのアンカーリングを担う輸送(外膜結合)ドメインと,それによって細胞外に分泌提示されるPSDからなる.PSDの一部をほかの機能性分子に置換することにより,ATシステムをそのまま利用して表層提示を実現するものである.

ところで,細胞表層にはピリやEPS,糖鎖などさまざまな構造物が存在する.したがって,細胞表層提示にあたっては,これらの構造物が提示分子の機能発現の障害となり得るため,機能分子の細胞表層からの提示距離が,分子機能の有効性に大きく影響すると考えられる.また,細胞表層の電荷も,表層からの距離に応じて,提示分子の機能に影響しえる.しかしながら,細胞表層提示に関し,提示距離の影響を調べた事例は,FanらによるINPを使用した研究報告ぐらいしかない(23)23) L. H. Fan, N. Liu, M. R. Yu, S. T. Yang & H. L. Chen: Biotechnol. Bioeng., 108, 2853 (2011)..上述のINPは,外膜の結合にかかわる疎水性のN末ドメインと,細胞表層に提示される親水性のC末ドメイン,N末とC末のドメインに挟まれた反復ドメインからなる.Fanらは,この反復領域を利用して長さ可変のアンカータンパク質を調製した.しかし,INPの細胞表層での形態は不明で,細胞表層からの距離を測定することが不可能であるため,提示分子の細胞からの実際の距離と分子の機能との関係は明らかになっていない.

細胞表層提示において,機能性分子の細胞表層からの提示位置の重要性に着目した筆者らは,AtaAファイバーをアンカーに利用する“オン・ファイバーディスプレイ”という新奇の表層提示技術を開発した(24)24) H. Nakatani, J. Kanie & K. Hori: Biotechnol. Bioeng., 116, 239 (2019)..上述の通り,単量体型ATは細胞表層提示のアンカータンパク質として多用されてきたが,TAAをアンカータンパク質とした事例は,過去には皆無であった.筆者らが開発したオン・ファイバーディスプレイは,機能分子と細胞表層との距離が可変な世界発の細胞表層提示システムである.AtaAのドメイン構造に基づき,N末端側から削った短縮AtaAファイバーを設計し,タンパク質ファイバー先端付近にモデル機能分子としてHisタグを挿入した(図4図4■長さの異なるHisタグ融合AtaAファイバーの設計と機能分子の表層提示位置).その結果,Tol 5細胞上と大腸菌細胞上にHisタグを,表層から約50~250 nmの異なる距離で提示することに成功した.Hisタグによるニッケルセファロースビーズへの結合能は細胞表層からの距離に依存し,微生物細胞によって異なるが,ある距離以上離れると機能が有意に高まることが明らかとなった.細胞から離れた位置に分子を提示することで,微生物細胞の種類によって異なる表層構造などによる障害を回避することができる.

図4■長さの異なるHisタグ融合AtaAファイバーの設計と機能分子の表層提示位置

(A) Hisタグ融合AtaA全長(HisA)および2つのHisタグ融合N末端欠失AtaA誘導体(ΔNHisBおよびΔNHisC)の模式図.未成熟AtaAのシグナルペプチド,成熟AtaAのN末端領域,および挿入したSfiI/Hisタグのアミノ酸を含む融合タンパク質先端のアミノ酸配列も記載した.(B)得られたファイバー提示細胞.

AtaAの接着分子材料としての応用

上述の応用例では,AtaAナノファイバーを細胞から生やす.最近,筆者らは,AtaA分子から膜結合部と接着・凝集に関与しないChCs,さらに分泌に必要なシグナルペプチドを除いたNheadNstalk(NhNs)の組換えタンパク質を大腸菌に生産させることに成功した.興味深いことに,NhNsは接着と凝集を担う機能部位を含んでいるはずであるが,凝集性を失うことがわかった.微生物細胞上に存在するときは,AtaAファイバーからChCsを欠損させても凝集性を維持しているので,組換えタンパク質として細胞から切り離された状態で存在する場合は,細菌細胞上のNhNsとは異なる特性を示すと言える.NhNs組換えタンパク質は,表面への接着性は維持していたので,材料表面に単層吸着する特性を有していると考えられた.水中で,さまざまな材料に単層吸着できる特性は,接着分子として非常に魅力的である.そこで,AtaAを接着分子材料として応用する研究に着手した.

筆者らは,大腸菌細胞内に生合成させたAtaAファイバーとリポソームを化学結合させるリポソームデコレーション技術を開発した(25)25) K. Noba, M. Ishikawa, A. Uyeda, T. Watanabe, T. Hohsaka, S. Yoshimoto, T. Matsuura & K. Hori: J. Am. Chem. Soc., 141, 19058 (2019)..これは,外膜結合部位を切断したAtaAファイバーのC末側にSNAPタンパク質を融合し,これと共有結合するベンジルグアニン(BG)基を付加した脂質を取り込んだリポソーム(BG-リポソーム)と反応させるというものである(図5図5■AtaAファイバーデコレーションリポソームの調製,固定化と酵素反応の概念図).この目的のために,まずはAtaAファイバーの短縮とSNAPタンパク質の融合物の設計を行った.三量体化を促進するためのGCN4アダプター(26)26) B. Hernandez Alvarez, M. D. Hartmann, R. Albrecht, A. N. Lupas, K. Zeth & D. Linke: Protein Eng. Des. Sel., 21, 11 (2008).をNhNsのC側に付加し,さらにC末端にSNAPタンパク質を結合させた融合タンパク質を設計した.NhNsペプチドは三量体化するがSNAPタンパク質は単量体タンパク質のため,融合タンパク質(NhNs–SNAP)は,短縮AtaA三量体一分子に三分子のSNAPタンパク質が融合したキメラ体を形成する.CDスペクトル解析や動的光散乱(DLS)解析から,1 MDaほどになる融合タンパク質が目的の立体構造を有していることがわかった.大腸菌内で,これほど巨大で複雑な構造をもつ外来タンパク質の生産事例は,ほとんどないはずである.NhNs–SNAPを精製することなく,これを生産させた大腸菌細胞破砕物とBGリポソームを混合するだけという簡便な方法により,AtaAファイバーデコレーションリポソームを作製した.リポソームのAtaAファイバーデコレーションは,フローサイトメトリーにより確認された.また,DLS測定により,リポソーム粒子がAtaAファイバーで被覆された分だけ大きくなっていることも確認された.こうして,細菌細胞表層構造を模倣した人工細胞の創製に成功した.

図5■AtaAファイバーデコレーションリポソームの調製,固定化と酵素反応の概念図

次に,筆者らは,AtaAファイバーデコレーションリポソームが,ポリスチレン表面にもガラス表面にも付着可能であることを示した.さらに,このリポソームの内部に加水分解酵素を内包し,膜透過性の基質を投与し,固定化リポソームによる酵素反応を試みた.基質はAtaAで固定されたリポソーム内に取り込まれ,蛍光を発する加水分解産物の産生が検出された.このようにAtaAでデコレーションされた接着性リポソームは,さまざまな化学反応システムを内包した人工全細胞触媒として,新しいバイオテクノロジー技術を提供することになろう.実細胞と違って自己増殖することはないので,遺伝子組換え微生物の使用が困難な環境中での使用も可能であり,バイオレメディエーションなどへの応用も期待される.

筆者らは,AtaAのNheadを,機能性分子を材料表面に固定化するためのタグ分子として利用する技術についても構築した(27)27) 堀 克敏:接着タンパク質,特願2019-132488, 2019..上述の通り,AtaAはさまざまな材料表面に接着が可能であるため,特に表面加工・処理しなくても簡便に汎用材料を機能化できる.NhNs–SNAPと同様に,NheadにGCN4アダプターを付加し,C末端にSNAPタンパク質を結合させた融合タンパク質Nhead–SNAPを設計した.この融合タンパク質をガラス,ポリスチレン,チタン,polytetrafluoroethylene(PTFE)の表面に接着させた後,SNAPタンパク質の蛍光基質分子であるSNAP-Surface488と反応させた.リン酸緩衝液で洗浄後,緑色LEDを照射したところ,Nhead-SNAP融合タンパク質を添加したすべての材料においてのみ,蛍光が検出された.よって,Nheadを接着タグとしてSNAPタンパク質を各種材料に固定できることが示された.SNAPタンパク質にはBG基を介してさまざまな分子を結合させることできるので,簡便に汎用材料の表面を機能化できる.たとえば,上述の蛍光基質の代わりにBG基を付加した抗菌ペプチドを結合させることで,緑膿菌のバイオフィルム形成を抑制することができた.

おわりに

筆者らは,現在,AtaAの接着メカニズムの解明に向けて,ウェットの実験と計算の両方に取り組んでおり,近いうちに,接着機構の詳細を明らかにできるであろう.同時に筆者らは,AtaA分子を微生物の固定化,オン・ファイバー提示,接着分子材料等へ利用する応用研究を発展させ,界面微生物工学という新たな学問分野を確立することを目指して研究を進めている.本稿では紹介を見送ったが,筆者らは固定化微生物を利用した気相微生物反応という新たなバイオプロセスを発明し(28)28) 堀 克敏,チェンヤンユー:気相微生物反応,特願2020-71961, 2020.,地球温暖化ガスの固定や有用物質への変換における革新技術として注目され始めている.多方面に拡がりを見せつつある界面微生物工学の発展が楽しみである.

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