巻頭言

アメリカ野球に学ぶ日本の科学技術競争(Competition)と共創(Co-Creation)

Hiroshi Takagi

高木 博史

奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科バイオサイエンス領域

Published: 2021-09-01

大谷翔平選手(Los Angeles Angels)の勢いが止まらない.打者として本塁打・打点・長打率で上位に食い込み,投手部門でも防御率と奪三振率は素晴らしい(2021年6月現在).まさに現代のベーブ・ルースであり,漫画の世界でしか存在しない二刀流選手として,野球殿堂入りの可能性もある.「アメリカ野球」を愛する者として,大谷選手にはケガに気をつけて打者一本で本塁打王を目指してほしい.冒頭で野球の話題に触れたが,所属先で兼任している先端研究や産官学連携の推進部門長として,大谷選手のようなスーパー研究者の輩出には,日本の科学技術がアメリカ野球に学ぶことは多いと感じている.

第一に,科学技術の歴史を知り,伝えることが重要である.New York州Cooperstownにはアメリカ野球殿堂博物館(National Baseball Hall of Fame and Museum)があり,顕著な活躍をした選手,野球の発展に寄与した関係者の功績を称えている.日本の科学技術も多くのオリジナルな発見・発明によって世界に貢献してきたが,科学者の認知度は一般社会や若年層に決して高くない.たとえば,農芸化学会のような学術団体が積極的なアウトリーチによって(学会100周年記念事業など),科学技術の大切さと面白さを伝えていくべきである.

第二に,社会や地域が科学技術を育てることも大切である.アメリカにはメジャーリーグ以外に,マイナーリーグや独立リーグを含め300近くの球団があり(日本は45球団),特に地元の球団や選手には多額の寄付や球場での観戦,関連商品の購入など物心両面の支援を行っている.日本も将来の科学技術を担う博士人材に海外留学助成,テニュアトラック制など多様なポストの提供やキャリアパスの拡大,民間財団やクラウドファンディングによる研究費支援,シニア研究者やURAによるメンター制度などハード・ソフトの両面で環境整備を行うことで,若手研究者層の強化につなげてほしい.

第三に,健全な競争(Competition)は必要である.メジャーリーグは毎年1,200人がドラフトで入団できる熾烈な競争社会である(日本の10倍).ただし,すぐにメジャーでプレーする選手は少なく,長期的に個性・長所を伸ばす視点で育成する.一方,日本は「選択と集中」を高等教育機関に導入し,大学間の格差や機能分化の弊害を招いた.研究者(教職員)も数値目標や評価への対応に追われ,疲弊感が蔓延し,日本の大学の世界ランキングは低下している.日本は人材が宝である.筆者の経験からも科研費の審査・評価システムはおおむね良好に機能し,それらの検証や改革も常に試みている.研究者には科学作法を会得した上で,競争の中で他人の研究を否定ではなく,受け入れる心のゆとりが求められる.そのためには,研究に対する適切な評価と顕彰を行うべきである.

最後に,共創(Co-Creation)の概念である.Los Angeles Dodgersが始めた事業共創プログラム(ドジャース・アクセラレータ)では,球団の全データを投資対象として開示し,さまざまな提案を集め,オープンイノベーションにつなげている.科学技術における共創とは,研究コミュニティー以外に国内外,産官学,社会の多様なステークホルダーとの対話や協働を通して,学問分野に捉われず,社会科学的視点も取り入れた学際・融合研究を推進することで,SDGsやカーボンニュートラルなど世界的課題の解決に向けたイノベーションを創造するとともに,次世代の価値を創造するリーダー的人材を育成することであろう.日本の産官学には,グローバルな競争が激化する中,研究成果の社会還元,人材の流動化,外部資源の活用を意識したWin-Winの連携が必須である.

以上,独断と偏見ばかりであるが,イノベーション創出において研究者が大切にすべきことは,1)意欲・熱意,2)共同研究者との信頼関係,3)努力・幸運・感謝,4)アウトカム(論文化・実用化)に集約されると思っている.