Kagaku to Seibutsu 59(9): 418-425 (2021)
解説
シアル酸含有糖鎖の合成と機能理解脂質ラフト研究への応用
Syntheses of Sialic Acid-Containing Glycans and Their Biological Significances: Applications to the Study of Lipid Rafts
Published: 2021-09-01
生物の細胞の表面は,多種多様な糖鎖で覆われている.なかでも,シアル酸という特殊な糖を含んでいる糖鎖(シアロ糖鎖)は,生命の維持に不可欠なあらゆるコミュニケーションを担う生体分子として注目されてきた.しかしながら,研究に必要なシアロ糖鎖は天然に微量にしか存在しないため,いかにして試料を入手するかが長年の課題であった.本稿ではシアロ糖鎖を化学合成により効率的につくる研究と,細胞膜構成分子としてのシアロ糖鎖の機能研究に関して,筆者らの研究を中心に解説させていただく.
Key words: シアル酸; 糖鎖; 糖脂質; 脂質ラフト; 1分子イメージング
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
生物の細胞の表面は「糖鎖」と呼ばれる分子で覆われている(図1図1■細胞上の糖鎖の機能).糖鎖は糖脂質および糖タンパク質として細胞と外界の境界である細胞膜上に存在し,細胞内外の情報交換や物質の授受といった生命活動の維持に不可欠な事柄に深くかかわっている.そのため,核酸(ヌクレオシドの鎖)とタンパク質(アミノ酸の鎖)に続いて糖鎖(糖の鎖)は「第三の生命鎖」と呼ばれている.しかし,核酸やタンパク質と比較すると,糖鎖の機能研究は遅れており,現在も機能のわからない糖鎖が多くある.その主な要因は,天然に存在する糖鎖が極めて多様であり,かつ微量であるため,個々の糖鎖の入手が難しいところにある.糖鎖を遺伝子工学的に増幅することは難しいため,有機化学的手法や化学酵素的手法による糖鎖の精密合成が必要とされてきた.糖鎖のなかには,人類の脅威である感染や疾患と密接にかかわるものも多く見いだされているため,糖鎖の研究はこれらに対する創薬・治療開発にもつながると期待されている.
糖の一種であるシアル酸は,1位にカルボキシル基を有する酸性九炭糖であり,5位のアミノ基はアセチル基やグリコリル基などで多様に修飾されている(図1図1■細胞上の糖鎖の機能).このようにカルボキシル基とアミノ基の両方を有する特殊な化学構造に起因し,シアル酸を含有する糖鎖(シアロ糖鎖)は,細胞の接着,増殖,分化などの重要な生命現象に他の糖鎖とは異なる形で関与している.一方で,感染においては,宿主のシアロ糖鎖を狙って結合する細菌・ウイルス(インフルエンザウイルスなど)が見いだされているため,感染機構の研究ならびに創薬研究のターゲットとしてもシアロ糖鎖の重要性は非常に高い.したがって,研究試料の供給が必要とされてきたが,シアロ糖鎖は化学合成の難易度が非常に高いため,とりわけ入手の難しい糖鎖であった.より簡便かつ迅速にシアロ糖鎖を合成するためには,糖鎖合成化学における50年来の課題であった,シアル酸と糖鎖のグリコシド化反応を克服する必要があった(1)1) A. M. Vibhute, N. Komura, H.-N. Tanaka, A. Imamura & H. Ando: Chem. Rec., 21, 1 (2021)..
天然に存在するシアル酸は,一つの例外(CMP-シアル酸)を除いて,α-グリコシド結合により糖鎖に結合している.しかしながら,化学合成においては,これまで,シアル酸のα結合とβ結合の完全なつくり分けが困難であった.シアル酸と糖鎖のグリコシド結合は,シアル酸供与体から生じるオキソカルベニウムイオンと糖受容体の水酸基の反応により形成される(図2A図2■シアル酸のα-グリコシド化の課題と従来法の例).この際,望むα結合を得るためには,糖の水酸基の求核攻撃をα側へ方向づける仕組みが必要であるが,シアル酸は他の多くの糖とは異なり,アノマー炭素の隣接位(3位)がデオキシ構造であるため,立体制御の常法である隣接基効果を適用することが難しい.加えて,シアル酸のオキソカルベニウムイオン中間体は1位のカルボキシル基により不安定化されるため,副反応の1,2-脱離が競合することもα結合形成を妨げる大きな問題であった(1)1) A. M. Vibhute, N. Komura, H.-N. Tanaka, A. Imamura & H. Ando: Chem. Rec., 21, 1 (2021)..これらの課題を解決するため,現在までにあらゆる魅力的なα-シアリル化法が編み出されてきた(1)1) A. M. Vibhute, N. Komura, H.-N. Tanaka, A. Imamura & H. Ando: Chem. Rec., 21, 1 (2021)..筆者らの研究室では,アセトニトリルの配位効果を利用したα結合の選択的合成法を初めて報告している(2)2) O. Kanie, M. Kiso & A. Hasegawa: J. Carbohydr. Chem., 7, 501 (1988).(図2B図2■シアル酸のα-グリコシド化の課題と従来法の例).この手法は,アノマー効果により,オキソカルベニウムイオンのβ面にアセトニトリルが配位した後,糖受容体の水酸基とSN2様の反応をすることで,α結合を優先的に与えていると考えられる.さらに,用いるシアル酸供与体の化学修飾(脱離基,5位アミノ基など)により,立体選択性や収率が大幅に向上することも示された(1)1) A. M. Vibhute, N. Komura, H.-N. Tanaka, A. Imamura & H. Ando: Chem. Rec., 21, 1 (2021)..ニトリル溶媒を反応溶媒として用いるという簡便さにより,この手法は現在もシアロ糖鎖合成に広く取り入れられている.一方で,溶媒に依存しない手法も精力的に研究されてきた.たとえば,アノマー位の隣接位である3位炭素のエクアトリアル位へ補助基として求核性の置換基(OH, SPh, SePhなど)を導入すると,生成するオキソカルベニウムイオンのβ面を補助基が遮蔽するため,SN2様の反応でα結合を与えることが報告されている(3, 4)3) K. Okamoto, T. Kondo & T. Goto: Tetrahedron Lett., 27, 5233 (1986).4) Y. Ito, M. Numata, M. Sugimoto & T. Ogawa: J. Am. Chem. Soc., 111, 8508 (1989).(図2C図2■シアル酸のα-グリコシド化の課題と従来法の例).この手法は,非常に優れた立体選択性を示すが,補助基の導入と除去の工程が必要となる.同じくアノマー位の隣接位である1位のカルボキシル基に対して補助基を導入する手法も見いだされている(1)1) A. M. Vibhute, N. Komura, H.-N. Tanaka, A. Imamura & H. Ando: Chem. Rec., 21, 1 (2021).(図2C図2■シアル酸のα-グリコシド化の課題と従来法の例).一方で,これらとは異なるアプローチとして高橋,田中らによって開発された4,5-オキサゾリジノン供与体は,幅広い基質に対して極めて高いα選択性を示すことが証明されており,従来は不可能であったα(2, 8)結合のポリシアル酸(8量体)の合成も本手法の応用によって初めて達成されている(5, 6)5) H. Tanaka, Y. Nishiura & T. Takahashi: J. Am. Chem. Soc., 128, 7124 (2006).6) R. Koinuma, K. Tohda, T. Aoyagi & H. Tanaka: Chem. Commun. (Camb.), 56, 12981 (2020).(図2C図2■シアル酸のα-グリコシド化の課題と従来法の例).
しかしながら,上述のような優れた手法であっても,β結合が生成する可能性は完全には排除されていない.精製において,極性の近い立体異性体を分離することは困難であることが多いため,β-グリコシドの生成はシアロ糖鎖合成において致命的な問題になりうる.この課題を解決するため,新たなシアリル化法の探索と改良が続けられてきた.
筆者らは,新たなアプローチとして,結合形成を望まないβ面を完全に塞ぐことを発想した.α結合のシアル酸は,1位カルボキシル基と5位アミノ基がβ側に配向する1,4-cis配置の関係にある.これらをβ側で架橋することで,生成する橋頭位オキソカルベニウムイオンのβ側が架橋部で完全に遮蔽されるため,結果として生成物はα-グリコシドに限定されると考えた(図3図3■筆者らが開発したα-グリコシド化法).
そこで,橋頭位アノマー炭素のカチオン生成はBredt則により不利であると考えられたため,まずはanti-Bredtなカチオンの生成を許容する架橋部の鎖長を検討した.環サイズの異なる二環性シアル酸供与体(12~17員環)をそれぞれ合成し,実際にグリコシド化反応に供した結果,13~17員環を与える架橋部を有するシアル酸供与体においてグリコシドの生成を確認した.この際,いずれの鎖長においても得られたグリコシドは狙いどおりα結合のみであったことから,本研究の原理が正しいことが証明された.次に収率を見ると,架橋部の鎖長によって大きく異なっており,16員環の二環性シアル酸供与体がα-グリコシドを最も高い収率で与えていた.これより鎖長が短いと,強い環歪みにより二環性シアル酸供与体が活性化されにくくなり,一方で鎖長が長くなるにつれて,1,2-脱離の副反応が進行しやすい傾向が見受けられた.さらに,架橋部末端を2,2-dichloroethoxycarbonylにすることで,16員環の二環性シアル酸供与体の反応性が大幅に向上したことから,これを最適なデザインと判断した(図3図3■筆者らが開発したα-グリコシド化法).グリコシド化反応後,シアル酸のアミノ基と架橋部をつなぐカーバメート結合は,亜鉛と酢酸を用いた温和な条件で開裂できるため,天然に見られる多様なシアル酸5位アミノ基修飾体への展開も可能になった.筆者らは,本手法を用いれば,天然に存在するあらゆるシアロ糖鎖の合成が可能であることを証明し,従前は最難関であったガングリオシド,シアル酸多量体の合成も達成した.さらに,天然のシアル酸のように酸素原子を介した結合(O-グリコシド結合)のみならず,炭素原子を介した結合(C-グリコシド結合)の合成も示した.C-グリコシド結合は生体内での代謝安定性が優れているため,創薬研究への応用も期待できる.以上により,筆者らは実用的で応用範囲の広いシアロ糖鎖合成法を確立した(7)7) N. Komura, K. Kato, T. Udagawa, S. Asano, H.-N. Tanaka, A. Imamura, H. Ishida, M. Kiso & H. Ando: Science, 364, 677 (2019)..シアル酸のグリコシド化反応の立体制御は,シアロ糖鎖の自動合成における課題でもあったため,本手法の応用によるさらなる合成の簡便化と迅速化が期待される.
細胞膜の構成成分の一つであるガングリオシドは,シアル酸を構造中に含むスフィンゴ糖脂質の総称である.細胞膜上では,疎水性の脂質(セラミド)を膜中に,親水性の糖鎖を膜外に向ける形で存在している.これまでに糖鎖の構造の異なる100種類以上のガングリオシドが報告されており,糖鎖の母格構造に基づいて,ガングリオ系,ラクト系,ネオラクト系,グロボ系などに大きく分類されている.ガングリオシドは,特に脳神経系に豊富に存在しており,神経突起の伸長やシナプス形成など,神経機能の恒常性維持に不可欠であることが知られている(8)8) R. L. Schnaar: J. Mol. Biol., 428, 3325 (2016)..一方で,がん細胞上には特定のガングリオシドが高発現していることから,これらを腫瘍マーカーとしてがんの早期診断に利用する研究や,がんワクチン療法などへの応用研究が期待されている.
細胞膜上でシグナル伝達が行われる際に,ガングリオシドは大きく分けて2つの働きをすると考えられる.一つは,受容体タンパク質に結合して直接的にシグナルを制御する働きであり,もう一つは,他のシグナル分子を集めてシグナル伝達の場である「脂質ラフト」を提供する働きである(図4図4■ガングリオシドが形成する脂質ラフト).細胞膜上で起きる多くのシグナル伝達には脂質ラフトの介在が必要と考えられており,脂質ラフトの異常はがんや糖尿病などの疾患に関与することも示唆されている(8)8) R. L. Schnaar: J. Mol. Biol., 428, 3325 (2016)..脂質ラフトは20年以上も前から脚光を浴びてきたが,意外にも,その構造や大きさといった実体はこれまで明らかにされていなかった.
さかのぼると,1972年,SingerとNicolsonは,細胞膜の動的概念として,流動モザイクモデルを提唱した(9)9) S. J. Singer & G. L. Nicolson: Science, 175, 720 (1972)..これにより,細胞膜は両親媒性の脂質分子が流動的な脂質二重膜を形成しており,そのなかを膜タンパク質が自由拡散するという考え方が広まった.しかし,その後の研究で,脂質分子も不均一に存在し,ドメイン構造をとることがわかってきた.1997年,Simonsらは新たな概念としてラフト仮説を提唱し,細胞膜上には脂質分子(ガングリオシドやコレステロール)に富む特殊な膜領域が安定して存在し,そこへさまざまなシグナル分子が濃縮されると考えた(10)10) K. Simons & E. Ikonen: Nature, 387, 569 (1997)..近年では,これとは異なる捉え方として,外部刺激に応じて短寿命のドメインがオンデマンドで形成されるという新たな概念も提唱されている(11, 12)11) K. G. N. Suzuki, T. K. Fujiwara, F. Sanematsu, R. Iino, M. Edidin & A. Kusumi: J. Cell Biol., 177, 717 (2007).12) K. G. N. Suzuki, T. K. Fujiwara, M. Edidin & A. Kusumi: J. Cell Biol., 177, 731 (2007)..当初,脂質ラフトの直径は数µm以上と考えられていたが,近年では数nm程度の非常に小さな構造体であることが示唆されている.このように細胞膜上のドメインの概念は大きな変遷を遂げてきており,現在も統一見解が得られていない.このような状況が20年以上も続いている理由は,脂質ラフトそのものを可視化して観察することが至難であったためと考えられる.近年になって,膜分子の観察技術が飛躍的に進んだことにより,脂質ラフトの挙動の一端が漸く示されるようになった.特に,1分子イメージング技術により,脂質ラフトにかかわる膜タンパク質1分子の動き,分布,他の膜分子との相互作用などが手に取るようにわかってきた(13)13) K. G. N. Suzuki, R. S. Kasai, K. M. Hirosawa, Y. L. Nemoto, M. Ishibashi, Y. Miwa, T. K. Fujiwara & A. Kusumi: Nat. Chem. Biol., 8, 774 (2012)..
1分子イメージングで脂質ラフトを見るためには,主要なラフト構成成分である膜タンパク質とガングリオシドの可視化が必要である.ところが,膜タンパク質よりもずっと構造の小さいガングリオシドに対して,機能を損なうことなくラベルを付けることは決して容易ではなかった.従来法では,たとえば,蛍光ラベル化したガングリオシド結合性タンパク質(コレラ毒素等)を用いて細胞膜上のガングリオシドを可視化する間接的なラベル化法が汎用されてきた.この手法は簡便性が大きな利点であるが,タンパク質が多価であることによりガングリオシドの架橋を招き,その局在や挙動を変える恐れがあることがわかってきた(14, 15)14) D. J. Chinnapen, W. T. Hsieh, Y. M. te Weischer, D. E. Saslowsky, L. Kaoutzani, E. Brandsma, L. D’Auria, H. Park, J. S. Wagmer, K. R. Drake et al.: Dev. Cell, 23, 573 (2012).15) A. T. Hammond, F. A. Heberte, T. Baumgart, D. Holowka, D. Baird & G. W. Geigenson: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 6320 (2005)..抗体で標識する免疫蛍光染色においても,膜上のガングリオシドの化学固定ができないことが原因で,同様の問題が起きている(16)16) K. A. K. Tanaka, K. G. N. Suzuki, Y. M. Shirai, S. T. Shibutani, M. S. Miyahara, H. Tsuboi, M. Yahara, A. Yoshimura, S. Mayor, T. K. Fujiwara et al.: Nat. Methods, 7, 865 (2010)..この問題の解決策として,急速凍結法で細胞膜上の脂質分子を完全に固定化した後にラベル化する方法も開発されている(17)17) A. Fujita, J. Cheng, M. Hirakawa, K. Furukawa, S. Kusunoki & T. Fujimoto: Mol. Biol. Cell, 18, 2112 (2007)..一方で,直接的なラベル化法として,天然から抽出したガングリオシドのアミド基などを化学的・酵素的方法により加工して,蛍光ラベルを付ける手法もしばしばとられている(18)18) K. G. N. Suzuki, H. Ando, N. Komura, T. K. Fujiwara, M. Kiso & A. Kusumi: Biochim. Biophys. Acta, 1861, 2494 (2017)..しかしながら,調製された蛍光ガングリオシドは,多くの場合,純度や構造,そして機能が十分に確認されないまま利用されてきた.以上のような状況から,天然のガングリオシドと同様に振舞う優れた蛍光プローブの開発が望まれてきた.
そこで,筆者らは,化学合成による新たな蛍光ガングリオシドの開発に挑戦した.ガングリオシドの機能を保つために,ラフト形成に必須であるセラミド,タンパク質との相互作用に重要な官能基(カルボキシル基やアミド基)には手を加えず,糖鎖の水酸基をラベル化の位置とした新しいデザインを考案した.そこで,標的水酸基をアミノ基で置換した後,蛍光ラベルをアミド化により導入する合成法をとることにした.ガングリオシドを化学合成するためには,シアル酸のグリコシド化反応に加えて,糖鎖とセラミドの結合形成が解決すべき課題であった.セラミドは長鎖アルキルの立体障害,高い凝集性,反応点である水酸基とアミド基の水素結合形成により糖鎖との結合形成が難しい.筆者らの研究室では,グルコシルセラミドカセット(GlcCer)と,N-Trocシアリルガラクトース(N-Troc NeuGal)を開発し,難易度の高い結合を序盤で確実に構築する合成法を確立していた(19, 20)19) A. Imamura, H. Ando, H. Ishida & M. Kiso: J. Org. Chem., 74, 3009 (2009).20) H. Tamai, H. Ando, H.-N. Tanaka, R. Hosoda-Yabe, T. Yabe, H. Ishida & M. Kiso: Angew. Chem. Int. Ed., 50, 2330 (2011)..これに基づいた合成法により,蛍光ラベルの種類や結合位置が異なる種々の蛍光ガングリオシドプローブ(GM1, GM3など)の合成を達成した(21~25)21) N. Komura, K. G. N. Suzuki, H. Ando, M. Konishi, M. Koikeda, A. Imamura, R. Chadda, T. K. Fujiwara, H. Tsuboi, R. Sheng et al.: Nat. Chem. Biol., 12, 402 (2016).22) N. Komura, K. G. N. Suzuki, H. Ando, M. Konishi, A. Imamura, H. Ishida, A. Kusumi & M. Kiso: Methods Enzymol., 597, 239 (2017).23) M. Koikeda, H.-N. Tanaka, A. Imamura, H. Ishida, M. Kiso & H. Ando: J. Carbohydr. Chem., 38, 509 (2019).24) S. Asano, R. Pal, H.-N. Tanaka, A. Imamura, H. Ishida, K. G. N. Suzuki & H. Ando: Int. J. Mol. Sci., 20, 6187 (2019).25) M. Konishi, N. Komura, Y. Hirose, Y. Suganuma, H.-N. Tanaka, A. Imamura, H. Ishida, K. G. N. Suzuki & H. Ando: J. Org. Chem., 85, 15998 (2020)..
合成した蛍光ガングリオシドの細胞膜上での機能を楠見(沖縄科学技術大学院大学),鈴木(岐阜大学・iGCORE)らとの共同研究により調べた.ラフト構成分子としての機能を保持しているか否かを評価する実験を行った結果,意外なことに,脂質に近いガラクトースの6位をラベル化した蛍光プローブや,脂質部分をラベル化した既存のプローブは,脂質ラフトへの親和性を完全に失っていることがわかった.これは,セラミドのラフト形成能を近傍の蛍光ラベルが阻害しているためと考えられる.同様に,疎水性の蛍光ラベル(ATTO647Nなど)を糖鎖に導入した場合もラフト分配性を損なっていた.一方で,糖鎖の末端の水酸基(シアル酸9位など)に糖鎖と同様に親水性の高い蛍光ラベル(ATTO594, ATTO488など)が結合したものは,天然のガングリオシドと性質の非常に近似した優れた蛍光プローブであることが証明された.以上より,蛍光ラベルの結合位置や親疎水性の違いでプローブの物理化学的性質が大きく異なることを初めて示した.この結果を分子設計の指針として,筆者らはこれまでに有用な蛍光ガングリオシドプローブ(GalNAc-GD1a, GD3, GQ1bなど)を拡張してきた(21~25)21) N. Komura, K. G. N. Suzuki, H. Ando, M. Konishi, M. Koikeda, A. Imamura, R. Chadda, T. K. Fujiwara, H. Tsuboi, R. Sheng et al.: Nat. Chem. Biol., 12, 402 (2016).22) N. Komura, K. G. N. Suzuki, H. Ando, M. Konishi, A. Imamura, H. Ishida, A. Kusumi & M. Kiso: Methods Enzymol., 597, 239 (2017).23) M. Koikeda, H.-N. Tanaka, A. Imamura, H. Ishida, M. Kiso & H. Ando: J. Carbohydr. Chem., 38, 509 (2019).24) S. Asano, R. Pal, H.-N. Tanaka, A. Imamura, H. Ishida, K. G. N. Suzuki & H. Ando: Int. J. Mol. Sci., 20, 6187 (2019).25) M. Konishi, N. Komura, Y. Hirose, Y. Suganuma, H.-N. Tanaka, A. Imamura, H. Ishida, K. G. N. Suzuki & H. Ando: J. Org. Chem., 85, 15998 (2020)..
次に,生細胞上での1分子イメージングを行った結果,脂質ラフトの主要な成分であるGPIアンカー型受容体(CD59)の会合体とガングリオシドが短時間(約100 ms)の脂質ラフト形成と分散を繰り返す現象を初めて捉えた(図5図5■脂質ラフトの1分子イメージング).この結果は,脂質ラフトが安定して存在するという従前の概念とは異なり,近年提唱されているように,短寿命で動的な性質であることを示唆する.さらに,ガングリオシドとCD59の会合はコレステロール依存的であり,ガングリオシドは高い会合状態のCD59により高い親和性を示すといった詳細な情報も得られてきた(21, 22)21) N. Komura, K. G. N. Suzuki, H. Ando, M. Konishi, M. Koikeda, A. Imamura, R. Chadda, T. K. Fujiwara, H. Tsuboi, R. Sheng et al.: Nat. Chem. Biol., 12, 402 (2016).22) N. Komura, K. G. N. Suzuki, H. Ando, M. Konishi, A. Imamura, H. Ishida, A. Kusumi & M. Kiso: Methods Enzymol., 597, 239 (2017)..以上により,筆者らは1分子イメージングを可能とする蛍光ガングリオシドの開発によって,脂質ラフトの詳細な観察を実現することができた(21, 22)21) N. Komura, K. G. N. Suzuki, H. Ando, M. Konishi, M. Koikeda, A. Imamura, R. Chadda, T. K. Fujiwara, H. Tsuboi, R. Sheng et al.: Nat. Chem. Biol., 12, 402 (2016).22) N. Komura, K. G. N. Suzuki, H. Ando, M. Konishi, A. Imamura, H. Ishida, A. Kusumi & M. Kiso: Methods Enzymol., 597, 239 (2017)..
脂質ラフトについてさらに理解を深める為には,その構造(組成)を調べる必要がある.1分子イメージングにより,脂質ラフトが動的で不安定な構造体であることが示唆されたため,このような特殊な性質のドメイン解析技術が求められる.これまでに,ガングリオシドの親和性分子を調べる常法として,共免疫沈降法が利用されてきた.また,最近開発されたEMARS(Enzyme-Mediated Activation of Radical Sources)法は,ラジカルを産生する西洋わさびペルオキシダーゼ(HRP)を標的ガングリオシド上に固定化し,これにラジカルで活性化する親和性タグ等を作用させることで,ガングリオシド近傍(約300 nm以内)にある膜分子の特定を可能にしている(26)26) N. Kotani, J. Gu, T. Isaji, K. Udaka, N. Taniguchi & K. Honke: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 7405 (2008)..
筆者らは,畑中らが開発した光アフィニティービオチン化法(27)27) M. Hashimoto & Y. Hatanaka: Bioorg. Med. Chem. Lett., 18, 650 (2008).を取り入れ,ガングリオシドプローブで脂質ラフトの構造を調べることを発想した.光アフィニティービオチン化法は光で活性化する光架橋基(ベンゾフェノン,フェニルアジド,ジアジリンなど)と釣り上げのためのビオチンを導入した分子を用いてその親和性分子を同定する手法である.脂質ラフトは凝集した膜環境にあるため,このような分子捕捉性のプローブを用いれば,脂質ラフトを構成する膜タンパク質等を効率的に同定できると期待した(図6図6■光架橋反応による親和性分子の捕捉).
そこで,蛍光ガングリオシドの機能評価の結果を踏まえて,光架橋基(Trifluoromethylphenyl diazirine基)を同様にシアル酸9位へ導入した糖鎖修飾型ガングリオシド(GM3およびGM1)を化学合成した.これらに親和性タグや蛍光ラベルを導入することで,架橋分子の同定や1分子イメージングへの応用が期待できる分子プローブを開発した(28)28) N. Komura, A. Yamazaki, A. Imamura, H. Ishida, M. Kiso & H. Ando: Trends Carbohydr. Res., 9, 1 (2017)..同様にして,脂肪酸の末端にジアジリン基を導入した脂質修飾型のプローブも合成した.今後,これらのプローブを用いたケミカルバイオロジー研究により,脂質ラフトの構造解析技術の開発に取り組みたいと考えている.
シアロ糖鎖はこれまでも大きな注目を集めてきたが,入手の困難さに研究が阻まれてきた.シアロ糖鎖の化学合成がさらに簡便化・迅速化すれば,シアロ糖鎖の機能研究と応用研究が今後ますます進展すると期待できる.さらに,細胞上のシグナル伝達の場である脂質ラフトの実体がイメージング技術等により徐々に明らかになってきている.今後は,ドメインの形成と機能に関する多くの謎について理解を深める必要がある.
Acknowledgments
本稿で紹介した研究を遂行するにあたり,多大なるご指導とご支援を賜りました岐阜大学の木曽真先生,石田秀治先生,安藤弘宗先生に心より厚く御礼申し上げます.日頃よりご助言とご指導をいただきました,今村彰宏先生,田中秀則先生に御礼申し上げます.そして,シアル酸のグリコシド化反応の開発にご協力いただきました岐阜大学工学部の宇田川太郎先生,蛍光ガングリオシド開発で多大なお力添えをいただきました沖縄科学技術大学院大学の楠見明弘先生(前京都大学iCeMSならび再生医科学研究所),岐阜大学・iGCOREの鈴木健一先生(前京都大学iCeMS)に深く感謝申し上げます.最後に,本稿を作成するにあたり多大な貢献をしていただいた生理活性物質学研究室のスタッフならびに学生の皆さんに深謝いたします.
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