解説

アロイドとサイカドから切り拓く発熱植物の新たな世界発熱植物とは?—種類,特徴,発熱の基本原理から生理意義に至るまで—

The Expanding World of Heat-Producing Plants: Common and Distinguishing Features between Aroid and Cycad

Yasuko Ito-Inaba

稲葉 靖子

宮崎大学農学部

Miyabi Otsubo

大坪

宮崎大学農学部

Published: 2021-09-01

アロイド(Aroid)はサトイモ科,サイカド(Cycad)はソテツのことであり,被子植物のサトイモ科と裸子植物のソテツは,発熱植物の中で2大勢力を誇っている.サトイモ科植物は,発熱能力の高い種を多く含み,古くから発熱植物研究の主役であった.一方,ソテツは,発熱と昆虫との関係性が深く,発熱の基本メカニズムを知るうえでも近年注目されている.一般的に,花の温度を外気温に対して0.5°C以上上昇させる能力をもつ植物のことを『発熱植物』と呼び,花の発熱には植物の生殖機構に絡む重要な役割がある.本稿では,この2つの植物グループに焦点を当て,発熱植物の「いろは」から,花の発熱原理・生理的意義に至るまでを概説する.

Key words: 発熱; 生殖器官; 呼吸代謝; シアン耐性呼吸経路; 匂い

はじめに

発熱植物に関する最初の記録は,フランスの著名な博物学者ラマルクによる著書「フローラ・フランセ(1778)」の中にある.その中でラマルクは,アラム属のある種の植物(おそらくアラム・リリー)が発熱することを報告している.その約200年後,1972年にフィロデンドロン(1)1) K. A. Nagy, D. K. Odell & R. S. Seymour: Science, 178, 1195 (1972).,1974年にザゼンソウ(2)2) R. M. Knutson: Science, 186, 746 (1974).の発熱現象が相次いで報告され,1980年代後半から1990年代初頭にかけて,ブードゥー・リリーと呼ばれる発熱植物から,発熱に重要な役割をもつタンパク質としてシアン耐性呼吸酵素(alternative oxidase; AOX)が単離・同定された(3, 4)3) T. E. Elthon & L. McIntosh: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 84, 8399 (1987).4) D. M. Rhoads & L. McIntosh: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 88, 2122 (1991)..AOXはミトコンドリア膜上で余剰エネルギーの解消に役割をもつこと,タンパク質の発現量や活性が発熱する組織で高いことなどから,現在も発熱に重要なタンパク質と考えられている.アラム・リリー,フィロデンドロン,ザゼンソウ,ブードゥー・リリーは,いずれもサトイモ科の発熱植物であり,高い発熱能力をもつサトイモ科植物(aroid)は,発熱植物研究では重要な植物グループとなっている.

フィロデンドロンとザゼンソウにおける発熱現象の報告からやや遅れて,1987年に,アメリカの植物学者ウィリアム・タングが,裸子植物であるソテツ(ザミア科とソテツ科に含まれる植物の総称)の球果が発熱性を有することを見いだした(5)5) W. Tang: Bot. Gaz., 148, 165 (1987)..彼は,約40種のソテツの球果(雄花,雌花)の温度を測定して,数種のソテツで雄花の温度が外気温に対して10°C以上も上昇していることを報告している(5)5) W. Tang: Bot. Gaz., 148, 165 (1987)..本論文の中で高い発熱能力が見いだされたMacrozamia属ソテツについては,その後,アメリカの研究グループにより,発熱の概日性とそれによる昆虫との相利共生に関する報告(6)6) I. Terry, G. H. Walter, C. Moore, R. Roemer & C. Hull: Science, 318, 70 (2007).,発熱期の匂い物質生産における呼吸プロセスの重要性の立証(7)7) L. I. Terry, R. B. Roemer, D. T. Booth, C. J. Moore & G. H. Walter: Plant Cell Environ., 39, 1588 (2016).など,重要な研究が続々と報告された.筆者らの研究グループも,2019年に,それまで発熱能力が低いとされてきたCycas属ソテツ(Cycas revoluta)が,先のMacrozamiaソテツと同程度の発熱能力をもつことを明らかとし,発熱性ソテツの中では初めて,赤外線サーモグラフィーによる熱画像を捉えることにも成功した(8)8) Y. Ito-Inaba, M. Sato, M. P. Sato, Y. Kurayama, H. Yamamoto, M. Ohata, Y. Ogura, T. Hayashi, K. Toyooka & T. Inaba: Plant Physiol., 180, 743 (2019)..ソテツの発熱性に関する研究は緒に付いたばかりであるが,ソテツは種子植物の中では進化的に初期の形態をもち,発熱の基本的メカニズムを理解するうえで重要な植物種として注目されつつある.

同じ発熱植物とは言え,サトイモ科植物とソテツでは,発熱様式が大きく異なり,系統的にも離れている.一方で,双方の植物による発熱には,昆虫を利用した生殖活動に役割があり,発熱を支えるしくみの一部において類似した機構が見いだされている.本稿では,発熱植物を代表する2大グループであるソテツ(Cycad)とサトイモ科植物(Aroid)にフォーカスを当て,発熱植物の種類,発熱の基本原理,生理意義に至るまで,これまでの発熱植物研究を俯瞰する形で紹介する.

発熱植物の種類

一般的に,花の温度を外気温に対して0.5°C以上上昇させる能力をもつ植物のことを「発熱植物」と呼び,これまでに,少なくとも約90種の植物で発熱植物の報告がある.これまでに報告された発熱植物の数は,裸子植物が43種と被子植物が46種であり,裸子植物はすべてソテツ(ザミア科とソテツ科からなる)が占め,被子植物の大部分はサトイモ科植物が占めている(表1表1■発熱植物の分類と発熱能力(ΔTmax)の違いによる内訳).被子植物では,サトイモ科以外に,原始的双子葉類に含まれる植物(スイレン科,マツブサ科,モクレン科)が数種ずつと双子葉類に含まれる植物(ハス科,ラフレシア科)が各科で1種ずつ報告されている(表1表1■発熱植物の分類と発熱能力(ΔTmax)の違いによる内訳).

表1■発熱植物の分類と発熱能力(ΔTmax)の違いによる内訳
植物の分類花の体温と外気温の差の最大値(ΔTmax)が,以下の範囲にある植物種の数(個)合計(個)
0.5~5°C5~10°C10~20°C20°C~
裸子植物ソテツ目ザミア科17136036
ソテツ科42107
被子植物原始的双子葉類スイレン科01102
マツブサ科20002
モクレン科13004
単子葉類サトイモ科8915436
真正双子葉類ハス科00011
ラフレシア科01001
合計(個)322923589

植物の発熱能力を表す指標として,最も良く用いられるのは,花(球果,花序,付属体,花托を含む)の体温と外気温の差の最大値(ΔTmax値)である.表1表1■発熱植物の分類と発熱能力(ΔTmax)の違いによる内訳は,これまでに論文で報告された発熱植物について,各植物のΔTmax値を,0.5°C以上5°C未満,5°C以上10°C未満,10°C以上20°C未満,20°C以上に分け,各温度域にΔTmax値をもつ植物を各科ごとにまとめたものである.これを見ると,サトイモ科植物には,花の温度が外気温に対して10°C以上20°C未満の範囲で上昇する植物が15種,20°C以上上昇する植物が4種含まれており,発熱能力の高い植物が多く含まれることがわかる.また,表1表1■発熱植物の分類と発熱能力(ΔTmax)の違いによる内訳から,発熱植物は,裸子植物から被子植物に至る少なくとも8つの科で見いだされており,種子植物の中で,比較的原始的な性質をもつ植物を中心として分布が観られる.ただ,本表は,あくまで現時点で論文として報告されているデータに基づいて作成したものであり,実際の発熱能力が過小評価されている植物種は,この中にも多数存在すると思われる.一例として,筆者が研究対象とする発熱性ソテツC. revolutaは,以前の研究では雄花のΔTmax値が1.6°Cであったが,筆者らの研究によりΔTmax値が11.5°Cであることが判明した(8)8) Y. Ito-Inaba, M. Sato, M. P. Sato, Y. Kurayama, H. Yamamoto, M. Ohata, Y. Ogura, T. Hayashi, K. Toyooka & T. Inaba: Plant Physiol., 180, 743 (2019).C. revolutaの雌花においては,これまで発熱性は観察されなかったが,雌花にも発熱能力があり,ΔTmax値が8.3°Cであることが判明した(8)8) Y. Ito-Inaba, M. Sato, M. P. Sato, Y. Kurayama, H. Yamamoto, M. Ohata, Y. Ogura, T. Hayashi, K. Toyooka & T. Inaba: Plant Physiol., 180, 743 (2019).表2表2■発熱性の高いソテツ7種の特徴(ΔTmax≧10°C)).

表2■発熱性の高いソテツ7種の特徴(ΔTmax≧10°C)
科名学名花の体温と外気温の最大差(°C)保全状態主な生息域発熱期間
雄花雌花
ザミア科Encephalartos altensteinii10.7VU南アフリカ数日~数週間
E. bubalinus12.3NT東アフリカ
E. gratus11.26.7VU東アフリカ
Macrozamia lucida12.05.4LCオーストラリア
M. macleayi12.0LCオーストラリア
M. machinii12.04.6VUオーストラリア
ソテツ科Cycas revoluta11.58.3LC日本,中国
保全状態は,IUCNレッドリストカテゴリーの分類を示した.VU: 危急,NT: 準絶滅危惧,LC: 低危険種.

サトイモ科植物(aroid)とソテツ(cycad)における発熱の特徴

サトイモ科植物には,一つの花に雌しべと雄しべのどちらか一方を欠いた単性花を付けるものと,一つの花に雌しべと雄しべの両方を備えた両性花を付けるものがあり,発熱性をもつサトイモ科植物の多くは,単性花である(図1図1■サトイモ科植物の花序とソテツの球果表3表3■発熱性の高いサトイモ科植物6種の特徴(ΔTmax≧15°C)).単性花では,同一花序上に雄花と雌花が別々に位置しており,一般的に雌花が花序の基部に,雄花が雌花よりも上部に位置している(図1A図1■サトイモ科植物の花序とソテツの球果).また,雄花の上部に,付属体と呼ばれる器官を付けているものもある.一方で,発熱性をもつサトイモ科植物の中で,両性花を付けるものは,筆者らの研究するザゼンソウ属(Symplocarpus属)に限られている(図1B図1■サトイモ科植物の花序とソテツの球果).単性花を付けるサトイモ科植物の発熱は,一過的である場合が多く,付属体で一日,雄花で一日といったように,長くても3日程度で発熱が終息する.一方で,両性花を付けるザゼンソウ属の場合,発熱の持続性に特徴があり,米国ザゼンソウ(S. foetidus)およびアジアザゼンソウ(S. renifolius)のいずれにおいても,1~2週間に渡る長期的な発熱が観察されている(2, 9, 10)2) R. M. Knutson: Science, 186, 746 (1974).9) R. S. Seymour & A. J. Blaylock: J. Exp. Bot., 50, 1525 (1999).10) S. Uemura, K. Ohkawara, G. Kudo, N. Wada & S. Higashi: Am. J. Bot., 80, 635 (1993)..なお,ザゼンソウ(S. renifolius)の発熱諸特性については,筆者による他の文献を参照していただきたい(11,12)11) Y. Ito-Inaba, M. Sato, H. Masuko, Y. Hida, K. Toyooka, M. Watanabe & T. Inaba: J. Exp. Bot., 60, 3909 (2009).12)稲葉靖子:バイオサイエンスとインダストリー, 75, 223 (2017).