Kagaku to Seibutsu 59(9): 426-434 (2021)
解説
アロイドとサイカドから切り拓く発熱植物の新たな世界発熱植物とは?—種類,特徴,発熱の基本原理から生理意義に至るまで—
The Expanding World of Heat-Producing Plants: Common and Distinguishing Features between Aroid and Cycad
Published: 2021-09-01
アロイド(Aroid)はサトイモ科,サイカド(Cycad)はソテツのことであり,被子植物のサトイモ科と裸子植物のソテツは,発熱植物の中で2大勢力を誇っている.サトイモ科植物は,発熱能力の高い種を多く含み,古くから発熱植物研究の主役であった.一方,ソテツは,発熱と昆虫との関係性が深く,発熱の基本メカニズムを知るうえでも近年注目されている.一般的に,花の温度を外気温に対して0.5°C以上上昇させる能力をもつ植物のことを『発熱植物』と呼び,花の発熱には植物の生殖機構に絡む重要な役割がある.本稿では,この2つの植物グループに焦点を当て,発熱植物の「いろは」から,花の発熱原理・生理的意義に至るまでを概説する.
Key words: 発熱; 生殖器官; 呼吸代謝; シアン耐性呼吸経路; 匂い
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
発熱植物に関する最初の記録は,フランスの著名な博物学者ラマルクによる著書「フローラ・フランセ(1778)」の中にある.その中でラマルクは,アラム属のある種の植物(おそらくアラム・リリー)が発熱することを報告している.その約200年後,1972年にフィロデンドロン(1)1) K. A. Nagy, D. K. Odell & R. S. Seymour: Science, 178, 1195 (1972).,1974年にザゼンソウ(2)2) R. M. Knutson: Science, 186, 746 (1974).の発熱現象が相次いで報告され,1980年代後半から1990年代初頭にかけて,ブードゥー・リリーと呼ばれる発熱植物から,発熱に重要な役割をもつタンパク質としてシアン耐性呼吸酵素(alternative oxidase; AOX)が単離・同定された(3, 4)3) T. E. Elthon & L. McIntosh: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 84, 8399 (1987).4) D. M. Rhoads & L. McIntosh: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 88, 2122 (1991)..AOXはミトコンドリア膜上で余剰エネルギーの解消に役割をもつこと,タンパク質の発現量や活性が発熱する組織で高いことなどから,現在も発熱に重要なタンパク質と考えられている.アラム・リリー,フィロデンドロン,ザゼンソウ,ブードゥー・リリーは,いずれもサトイモ科の発熱植物であり,高い発熱能力をもつサトイモ科植物(aroid)は,発熱植物研究では重要な植物グループとなっている.
フィロデンドロンとザゼンソウにおける発熱現象の報告からやや遅れて,1987年に,アメリカの植物学者ウィリアム・タングが,裸子植物であるソテツ(ザミア科とソテツ科に含まれる植物の総称)の球果が発熱性を有することを見いだした(5)5) W. Tang: Bot. Gaz., 148, 165 (1987)..彼は,約40種のソテツの球果(雄花,雌花)の温度を測定して,数種のソテツで雄花の温度が外気温に対して10°C以上も上昇していることを報告している(5)5) W. Tang: Bot. Gaz., 148, 165 (1987)..本論文の中で高い発熱能力が見いだされたMacrozamia属ソテツについては,その後,アメリカの研究グループにより,発熱の概日性とそれによる昆虫との相利共生に関する報告(6)6) I. Terry, G. H. Walter, C. Moore, R. Roemer & C. Hull: Science, 318, 70 (2007).,発熱期の匂い物質生産における呼吸プロセスの重要性の立証(7)7) L. I. Terry, R. B. Roemer, D. T. Booth, C. J. Moore & G. H. Walter: Plant Cell Environ., 39, 1588 (2016).など,重要な研究が続々と報告された.筆者らの研究グループも,2019年に,それまで発熱能力が低いとされてきたCycas属ソテツ(Cycas revoluta)が,先のMacrozamiaソテツと同程度の発熱能力をもつことを明らかとし,発熱性ソテツの中では初めて,赤外線サーモグラフィーによる熱画像を捉えることにも成功した(8)8) Y. Ito-Inaba, M. Sato, M. P. Sato, Y. Kurayama, H. Yamamoto, M. Ohata, Y. Ogura, T. Hayashi, K. Toyooka & T. Inaba: Plant Physiol., 180, 743 (2019)..ソテツの発熱性に関する研究は緒に付いたばかりであるが,ソテツは種子植物の中では進化的に初期の形態をもち,発熱の基本的メカニズムを理解するうえで重要な植物種として注目されつつある.
同じ発熱植物とは言え,サトイモ科植物とソテツでは,発熱様式が大きく異なり,系統的にも離れている.一方で,双方の植物による発熱には,昆虫を利用した生殖活動に役割があり,発熱を支えるしくみの一部において類似した機構が見いだされている.本稿では,発熱植物を代表する2大グループであるソテツ(Cycad)とサトイモ科植物(Aroid)にフォーカスを当て,発熱植物の種類,発熱の基本原理,生理意義に至るまで,これまでの発熱植物研究を俯瞰する形で紹介する.
一般的に,花の温度を外気温に対して0.5°C以上上昇させる能力をもつ植物のことを「発熱植物」と呼び,これまでに,少なくとも約90種の植物で発熱植物の報告がある.これまでに報告された発熱植物の数は,裸子植物が43種と被子植物が46種であり,裸子植物はすべてソテツ(ザミア科とソテツ科からなる)が占め,被子植物の大部分はサトイモ科植物が占めている(表1表1■発熱植物の分類と発熱能力(ΔTmax)の違いによる内訳).被子植物では,サトイモ科以外に,原始的双子葉類に含まれる植物(スイレン科,マツブサ科,モクレン科)が数種ずつと双子葉類に含まれる植物(ハス科,ラフレシア科)が各科で1種ずつ報告されている(表1表1■発熱植物の分類と発熱能力(ΔTmax)の違いによる内訳).
植物の分類 | 花の体温と外気温の差の最大値(ΔTmax)が,以下の範囲にある植物種の数(個) | 合計(個) | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
0.5~5°C | 5~10°C | 10~20°C | 20°C~ | ||||
裸子植物 | ソテツ目 | ザミア科 | 17 | 13 | 6 | 0 | 36 |
ソテツ科 | 4 | 2 | 1 | 0 | 7 | ||
被子植物 | 原始的双子葉類 | スイレン科 | 0 | 1 | 1 | 0 | 2 |
マツブサ科 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | ||
モクレン科 | 1 | 3 | 0 | 0 | 4 | ||
単子葉類 | サトイモ科 | 8 | 9 | 15 | 4 | 36 | |
真正双子葉類 | ハス科 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | |
ラフレシア科 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | ||
合計(個) | 32 | 29 | 23 | 5 | 89 |
植物の発熱能力を表す指標として,最も良く用いられるのは,花(球果,花序,付属体,花托を含む)の体温と外気温の差の最大値(ΔTmax値)である.表1表1■発熱植物の分類と発熱能力(ΔTmax)の違いによる内訳は,これまでに論文で報告された発熱植物について,各植物のΔTmax値を,0.5°C以上5°C未満,5°C以上10°C未満,10°C以上20°C未満,20°C以上に分け,各温度域にΔTmax値をもつ植物を各科ごとにまとめたものである.これを見ると,サトイモ科植物には,花の温度が外気温に対して10°C以上20°C未満の範囲で上昇する植物が15種,20°C以上上昇する植物が4種含まれており,発熱能力の高い植物が多く含まれることがわかる.また,表1表1■発熱植物の分類と発熱能力(ΔTmax)の違いによる内訳から,発熱植物は,裸子植物から被子植物に至る少なくとも8つの科で見いだされており,種子植物の中で,比較的原始的な性質をもつ植物を中心として分布が観られる.ただ,本表は,あくまで現時点で論文として報告されているデータに基づいて作成したものであり,実際の発熱能力が過小評価されている植物種は,この中にも多数存在すると思われる.一例として,筆者が研究対象とする発熱性ソテツC. revolutaは,以前の研究では雄花のΔTmax値が1.6°Cであったが,筆者らの研究によりΔTmax値が11.5°Cであることが判明した(8)8) Y. Ito-Inaba, M. Sato, M. P. Sato, Y. Kurayama, H. Yamamoto, M. Ohata, Y. Ogura, T. Hayashi, K. Toyooka & T. Inaba: Plant Physiol., 180, 743 (2019)..C. revolutaの雌花においては,これまで発熱性は観察されなかったが,雌花にも発熱能力があり,ΔTmax値が8.3°Cであることが判明した(8)8) Y. Ito-Inaba, M. Sato, M. P. Sato, Y. Kurayama, H. Yamamoto, M. Ohata, Y. Ogura, T. Hayashi, K. Toyooka & T. Inaba: Plant Physiol., 180, 743 (2019).(表2表2■発熱性の高いソテツ7種の特徴(ΔTmax≧10°C)).
科名 | 学名 | 花の体温と外気温の最大差(°C) | 保全状態 | 主な生息域 | 発熱期間 | |
---|---|---|---|---|---|---|
雄花 | 雌花 | |||||
ザミア科 | Encephalartos altensteinii | 10.7 | — | VU | 南アフリカ | 数日~数週間 |
E. bubalinus | 12.3 | — | NT | 東アフリカ | ||
E. gratus | 11.2 | 6.7 | VU | 東アフリカ | ||
Macrozamia lucida | 12.0 | 5.4 | LC | オーストラリア | ||
M. macleayi | 12.0 | — | LC | オーストラリア | ||
M. machinii | 12.0 | 4.6 | VU | オーストラリア | ||
ソテツ科 | Cycas revoluta | 11.5 | 8.3 | LC | 日本,中国 | |
保全状態は,IUCNレッドリストカテゴリーの分類を示した.VU: 危急,NT: 準絶滅危惧,LC: 低危険種. |
サトイモ科植物には,一つの花に雌しべと雄しべのどちらか一方を欠いた単性花を付けるものと,一つの花に雌しべと雄しべの両方を備えた両性花を付けるものがあり,発熱性をもつサトイモ科植物の多くは,単性花である(図1図1■サトイモ科植物の花序とソテツの球果,表3表3■発熱性の高いサトイモ科植物6種の特徴(ΔTmax≧15°C)).単性花では,同一花序上に雄花と雌花が別々に位置しており,一般的に雌花が花序の基部に,雄花が雌花よりも上部に位置している(図1A図1■サトイモ科植物の花序とソテツの球果).また,雄花の上部に,付属体と呼ばれる器官を付けているものもある.一方で,発熱性をもつサトイモ科植物の中で,両性花を付けるものは,筆者らの研究するザゼンソウ属(Symplocarpus属)に限られている(図1B図1■サトイモ科植物の花序とソテツの球果).単性花を付けるサトイモ科植物の発熱は,一過的である場合が多く,付属体で一日,雄花で一日といったように,長くても3日程度で発熱が終息する.一方で,両性花を付けるザゼンソウ属の場合,発熱の持続性に特徴があり,米国ザゼンソウ(S. foetidus)およびアジアザゼンソウ(S. renifolius)のいずれにおいても,1~2週間に渡る長期的な発熱が観察されている(2, 9, 10)2) R. M. Knutson: Science, 186, 746 (1974).9) R. S. Seymour & A. J. Blaylock: J. Exp. Bot., 50, 1525 (1999).10) S. Uemura, K. Ohkawara, G. Kudo, N. Wada & S. Higashi: Am. J. Bot., 80, 635 (1993)..なお,ザゼンソウ(S. renifolius)の発熱諸特性については,筆者による他の文献を参照していただきたい(11,12)11) Y. Ito-Inaba, M. Sato, H. Masuko, Y. Hida, K. Toyooka, M. Watanabe & T. Inaba: J. Exp. Bot., 60, 3909 (2009).12)稲葉靖子:バイオサイエンスとインダストリー, 75, 223 (2017)..
A. 単性花(クワズイモ).上から,付属体,雄花,雌花の順.雌花は苞のくびれの下の苞内部にあり,苞に包まれている.B. 両性花(ザゼンソウ).C. ソテツC. revolutaの雄花(左),雄花の小胞子葉(右).D. ソテツC. revolutaの雌花(左),雌花の大胞子葉(右).
学名(和名) | 主な発熱部位a | 花の特徴 | 主な生息域/気候 | 花の体温と外気温の最大差(°C) | 発熱期間 |
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Alocasia macrorrhizos (インドクワズイモ) | 付属体 | 単性花 | 南アジア/熱帯 | 21.4 | 1–3日 |
Colocasia gigantean (ハスイモ) | 花序(雄部位) | 東南アジア/熱帯 | 16.6 | ||
Homalomena pendula | 花序(雄部位) | 東南アジア/熱帯 | 15.4 | ||
Philodendron selloum (ヒトデカズラ) | 花序(雄部位) | 北南米/熱帯,亜熱帯 | 21.8 | ||
Symplocarpus foetidus (米国ザゼンソウ) | 花序 | 両性花 | 米国東部(寒冷地) | 25.6 | 1–2週間 |
S. renifolius (アジアザゼンソウ) | 花序 | 東アジア(寒冷地) | 23.6 | ||
a組織の体温と外気温の差が15°C以上の部位のみを示した.たとえば,インドクワズイモでは花序(雄部位)も発熱するが,ΔTmaxが15°C未満であるため本表からは除いている. |
雌雄異株であるソテツでは,雄株に雄花,雌株に雌花が付き,被子植物で見られる花弁様組織として,雄花では小胞子葉,雌花では大胞子葉と呼ばれる組織がある(図1C, D図1■サトイモ科植物の花序とソテツの球果).発熱の主要な部位は雄花であり,雌花の発熱は微弱かあるいは発熱が観測されていないケースもある(表2表2■発熱性の高いソテツ7種の特徴(ΔTmax≧10°C)).カロリメーターを用いた先行研究から,雄花の小胞子葉が発熱部位であることが推定され(13)13) H. Skubatz, W. Tang & B. J. D. Meeuse: J. Exp. Bot., 44, 489 (1993).,筆者らの研究からも,小胞子葉には,被子植物の発熱組織と類似した特徴が観られることから,ソテツ雄花の発熱組織は,小胞子葉であることにほぼ間違いはないと思われる.雌花については研究例が乏しいが,雄花の発熱組織が小胞子葉であることを考慮すると,雌花の発熱組織は大胞子葉であると予想される.ソテツにおける発熱の特徴は,数日から数週間にわたり,毎日,発熱が観察されることである.こうした特徴は,これまでに,Encephalartos villosus(14)14) T. N. Suinyuy, J. S. Donaldson & S. D. Johnson: Ann. Bot., 112, 891 (2013).,Macrozamia属の2種(M. lucida, M. machinii)(15, 16)15) I. Terry, C. J. Moore, G. H. Walter, P. I. Forster, R. B. Roemer, J. D. Donaldson & P. J. Machin: Plant Syst. Evol., 243, 233 (2004).16) R. S. Seymour, I. Terry & R. B. Roemer: Funct. Ecol., 18, 925 (2004).,そして筆者らが研究するC. revoluta(8)8) Y. Ito-Inaba, M. Sato, M. P. Sato, Y. Kurayama, H. Yamamoto, M. Ohata, Y. Ogura, T. Hayashi, K. Toyooka & T. Inaba: Plant Physiol., 180, 743 (2019).で観察されている.
熱は移動する性質をもち,花の発熱や保温能力に影響を与える要素は,数多く存在する.当然ながら,花の大きさ,形態,外部環境なども関係してくるが,ここでは,3大要素(呼吸速度,熱伝導性,AOXキャパシティ)に絞って概説する.
呼吸(糖代謝)経路は,生体内において代謝の中心に位置しており,糖代謝の主要なプロセス(解糖系,クエン酸回路,電子伝達系)が活発に動くと,それに付随する一連の反応も自ずと活発に動く.呼吸を介した熱生産(代謝的熱産生)は,動物の褐色脂肪組織BATでもみられる普遍的な発熱機構であり,植物においても,花の「発熱」は「呼吸」という普遍的な現象に支えられている.ここでの呼吸速度とは,CO2排出速度のことを指し,実際に,1 µmol CO2 s−1=0.47 Wという単純な式により,呼吸速度から発熱率が算出されている例もある(17)17) R. S. Seymour: Plant Cell Environ., 33, 1474 (2010).(なお,O2消費速度を計測した場合には,呼吸商(respiratory quotient; RQ)からCO2排出速度への換算が可能である).本式から,呼吸をしている花はすべて発熱していることがわかり,当然ながら,表1表1■発熱植物の分類と発熱能力(ΔTmax)の違いによる内訳に含まれない一般の植物でも,花の呼吸速度から発熱率を算出することは可能である.発熱植物の中でも,呼吸速度は植物により異なるが,発熱植物とそれ以外の植物では,呼吸速度がさらに大きく異なり,この呼吸速度の違いが,発熱植物とそれ以外の植物を区別する指標の一つとなっている(図2A図2■花の発熱能力と体温上昇能力との違い).ただ,発熱組織の呼吸速度がいかに亢進されているのかは,議論の尽きない部分であり,筆者らも現在精力的に研究を進めている.また,「呼吸」には,生体内の数多くのプロセス(物質変換,物質移動)が関与するが,一連のプロセスの中の一体どこで主たる熱が産生されるのか,あるいは個々のプロセス(自由エネルギー変化が負の値になるような化学反応)で生じた小さな熱の総和が大きな熱となって検出されているのかはいまだに不明である.近年,細胞内温度イメージング技術の進歩により,細胞内の温度変化をオルガネラレベルで検出できるようになってきており,一連の呼吸経路の中のどのプロセスで主たる熱が産生されるのかの解明を期待したい.
上記で述べたように,呼吸速度が大きいほど,大きな熱量を産生することができる.しかしながら,花の発熱能力と体温上昇は必ずしも比例関係にあるわけではなく,発熱能力が高くても,花の体温がそれほど上昇しないケースもある(17)17) R. S. Seymour: Plant Cell Environ., 33, 1474 (2010).(図2B図2■花の発熱能力と体温上昇能力との違い).特に,仏炎苞から突き出た付属体をもつ植物(Amorphophallus, Sauromatum, Dracunculus等)の場合,付属体から産生された熱は速やかに外部に放散される傾向にある.したがって,たとえば,ブードゥー・リリー(Sauromattum guttatum)の付属体では,速い呼吸速度(2.17 µmol s−1)により発熱率(1.02 W)も大きいが,熱伝導率(510 mW °C−1)が高いため,ΔTmax値は僅か2.0°Cと低い.一方で,ハス(Nelumbo nucifera)の花(正確には,花托部分)では,呼吸速度(2.10 µmol s−1)と発熱率(0.99 W)はブードゥー・リリーの付属体と同程度であるが,熱伝導率(49.4 mW °C−1)が低いため,ΔTmax値は高く,20.0°Cにもなる.このように,花の構造が,熱を逃がさない,あるいは逃がしにくい構造になっているかが,花の体温上昇を決定する大きな要因となっている.
植物ミトコンドリアには2つの電子伝達経路(呼吸鎖)があり,一つは,動物にも存在するシトクロム経路(COX経路),もう一つが,シアン耐性呼吸経路(AOX経路)である(図3図3■AOXを起点とした一次代謝の活発化と熱生産).なお,COXキャパシティあるいはAOXキャパシティとは,COX経路或いはAOX経路を流れる電子フローを確保するための能力のことである.COX経路は,呼吸鎖のデフォルト経路とも言われ,エネルギー源であるATPを効率的に作り出す過程に寄与する.これに対してAOX経路は,特定の成長ステージ或いは環境の変化を受けて活性化するバイパス経路であり,末端酸化酵素であるAOXの働きにより,ミトコンドリアの膜電位(ΔΨ)とATPの産生効率が一時的に低下する.これを受けた細胞は,細胞やミトコンドリアの恒常性を維持しようと一次代謝が活発になり,一連の呼吸プロセスが活性化される.近年,これら一連の過程で熱が生産されているのではないかと考えられるようになってきており(7)7) L. I. Terry, R. B. Roemer, D. T. Booth, C. J. Moore & G. H. Walter: Plant Cell Environ., 39, 1588 (2016).,筆者らもこの考えを支持している.これまでに,Phillodendron等,数多くのサトイモ科発熱植物でAOXキャパシティやAOXタンパク質の発現量が発熱組織で高いことが報告されている.また筆者らの研究でも,熱産生能力をもたない近縁種ミズバショウとの比較により,花序におけるAOXの働きはザゼンソウの方がより活発であることが判明した(18)18) Y. Ito-Inaba, Y. Hida & T. Inaba: Planta, 231, 121 (2009)..そして,裸子植物ソテツにおいても,発熱組織である小胞子葉は,発熱性をもたない小胞子のうに比べてAOXキャパシティが高いことが明らかとなった(8)8) Y. Ito-Inaba, M. Sato, M. P. Sato, Y. Kurayama, H. Yamamoto, M. Ohata, Y. Ogura, T. Hayashi, K. Toyooka & T. Inaba: Plant Physiol., 180, 743 (2019)..このように,裸子植物から被子植物までを含む複数植物の発熱組織で,シアン耐性呼吸経路の働きが活発であることが報告されており,このようなAOXの働きが発熱植物における呼吸速度の亢進に寄与していると考えることができる.
AOXが働くと,一時的に膜電位(ΔΨ)とATP量が下がる.これを受けた細胞は,恒常性維持のため一次代謝を活発化して,これに伴い,匂い成分の合成も促されると考えられている.ただし,AOXを介した機構には不明な点も多い(図中の赤字・赤矢印部分).
しかし一方で,AOXを介した熱産生モデルは,余剰エネルギーの解消やエネルギー浪費のプロセスが熱を生むという考え方に基づいたものであり,発熱との因果関係には依然として不明な点が多い.AOX単独の異所的発現実験でも,細胞呼吸の活性化や細胞が熱産生に至った例は報告がない.また,発熱植物に含まれない数多くの一般植物において,AOXは,余剰な電子の滞留を避け,活性酸素の発生を抑える働きがあるため,広く植物の環境ストレス応答分野において研究が展開されている.したがって,発熱植物においても,一般の植物と同様に,組織が熱によるダメージを回避するためにAOXの働きを活発化している可能性は十分にあり,植物におけるAOXと発熱との因果関係については,今後の検討課題と考えている.
本項では,「匂いの合成・飛散」と「昆虫の誘引,昆虫との相互作用」に項目を分け,近年,パラダイムシフトが起きている花の発熱の生理的意義に関して,概説する.
花が匂いを出すためには,2つの重要なステップが必要である.一つは匂い成分を作る「合成」,もう一つは匂い成分を気化する「飛散」である.発熱の生理的意義として最もポピュラーなのは,発熱により揮発性の匂い成分を効果的に飛散させて,遠くにいる訪花昆虫を誘引するというものであるが,最近,花の発熱(=活発な呼吸)は,匂い物質の生産そのものにも関与する可能性が指摘されている(7)7) L. I. Terry, R. B. Roemer, D. T. Booth, C. J. Moore & G. H. Walter: Plant Cell Environ., 39, 1588 (2016).(図3図3■AOXを起点とした一次代謝の活発化と熱生産).
花の匂い成分の合成は,まず,解糖系やTCA回路などの植物普遍的な呼吸代謝経路で一次代謝物が合成された後,植物種特異的な二次代謝経路を経て,さまざまな香気成分が合成される.合成された匂い成分は,細胞膜や細胞壁を通って植物体外へと飛散する.すでに述べたように,発熱植物の多くは,花の呼吸代謝の活発な働きにより発熱を誘導する.これらの植物では,呼吸代謝を活発にすることで匂いの前駆物質の合成を促し,さらに発熱により花の体温を上昇させることで匂い成分の効果的飛散を可能にすると考えられるようになってきている(7)7) L. I. Terry, R. B. Roemer, D. T. Booth, C. J. Moore & G. H. Walter: Plant Cell Environ., 39, 1588 (2016)..発熱植物の花の匂いも,一般の植物の花の香りと同様に,芳香族化合物,テルペノイド,脂肪族化合物など,さまざまな揮発性有機化合物(volatile organic compound; VOC)の混合物からなり,サトイモ科植物(19~23)19) M. C. Stensmyr, I. Urru, I. Collu, M. Celander, B. S. Hansson & A. M. Angioy: Nature, 420, 625 (2002).20) M. Shirasu, K. Fujioka, S. Kakishima, S. Nagai, Y. Tomizawa, H. Tsukaya, J. Murata, Y. Manome & K. Touhara: Biosci. Biotechnol. Biochem., 74, 2550 (2010).21) G. C. Kite & W. L. A. Hetterscheid: Phytochemistry, 142, 126 (2017).22) G. Marotz-Clausen, S. Jürschik, R. Fuchs, I. Schäffler, P. Sulzer, M. Gibernau & S. Dötterl: Phytochemistry, 154, 77 (2018).23) S. Oguri, K. Sakamaki, H. Sakamoto & K. Kubota: Phytochem. Anal., 30, 139 (2019).とソテツ(6, 24, 25)6) I. Terry, G. H. Walter, C. Moore, R. Roemer & C. Hull: Science, 318, 70 (2007).24) H. Azuma & M. Kono: J. Plant Res., 119, 671 (2006).25) S. Salzman, D. Crook, J. D. Crall, R. Hopkins & N. E. Pierce: Sci. Adv., 6, eaay6169 (2020).で,多数のVOCが同定されている.先に述べたように,発熱植物ではAOXの働きが活発であり,AOXを起点とした一次代謝経路の活発化が,発熱誘導に加えて,匂い成分の生合成に必要な多数の前駆体合成を促進するのではないかと考えられている.
サトイモ科の発熱植物では,発熱によりVOCを効果的に飛散させてポリネーターを誘引するというのが,最もポピュラーな発熱の生理的意義として知られている.実際に,フィロデンドロン属(26)26) M. E. Vincent, S. Indrani, M. L. Allison, J. K. Amanda, C. Anna, A. M. David & A. G. Monica: Int. J. Plant Sci., 171, 749 (2010).,デッドホース(27)27) A. M. Angioy, M. C. Stensmyr, I. Urru, M. Puliafito, I. Collu & B. S. Hansson: Proc. Biol. Sci., 271(Suppl. 3), S13 (2004).,クワズイモ(28)28) M. Yafuso: Environ. Entomol., 22, 601 (1993).などで,発熱期の花序に,甲虫やハエが付着している様子が報告されている.なかでもクワズイモは,ポリネーターであるハエに,交尾,産卵,採餌,そして幼虫の生息場所を提供しており(29)29) 篠永 哲,嶌 洪:“ハエ学 多様な生活と謎を探る”,東海大学出版会,2001, p. 64,クワズイモによる発熱が,こうした昆虫との相利共生関係にいかなる効果をもつのかは興味がもたれる.また,Homalomena属のH. megalophyllaとH. pendulaでは,熱生産と匂い成分の放出,そしてハエの誘引がほぼ同調しており,興味深い(30)30) T. Shi, J. M. Toda, T. K. Takano, M. Yafuso, A. Suwito, Y. S. Wong, S. Q. Shang & J. J. Gao: Eur. J. Entomol., 116, 341 (2019)..花の発熱には,匂い成分の効果的飛散のほかに,発熱期の花序で昆虫が暖を取りエネルギーの浪費を回避しているのではないかという報告もあり(31)31) R. S. Seymour, C. R. White & M. Gibernau: Nature, 426, 243 (2003).,サトイモ科植物による発熱の生理的意義に関する研究は,現在も精力的に進められている.
一方で,雌雄異株であるソテツは,体温の上下動により匂いの強弱を調節し,訪花昆虫が強い匂いを嫌い弱い匂いを好むという性質を利用して,雄花から雌花へ花粉を運ばせるという巧みな生殖戦略をとることが知られている(図4図4■Push–Pull Pollinationモデル: Push–Pull Pollinationモデル)(6, 25)6) I. Terry, G. H. Walter, C. Moore, R. Roemer & C. Hull: Science, 318, 70 (2007).25) S. Salzman, D. Crook, J. D. Crall, R. Hopkins & N. E. Pierce: Sci. Adv., 6, eaay6169 (2020)..視覚やケミカルなフローラルシグナルの中で,昆虫を追い出す性質をもつものはほかにない.また,同じ物質が濃度の違いにより誘引と反発の両方に作用するのも,本戦略の大きな特徴である.M. lucidaでは,雄花は日中強い発熱により強い匂いを出し,これに対して夜間は弱い発熱により弱い匂いを出す.一方で,雌花の発熱は一日を通して雄花に比べて弱いため,雌花は常に弱い発熱により弱い匂いを出す.興味深いことに,M. lucidaの訪花昆虫であるアザミウマ(Cycadothrips chadwicki)は,強い匂いを忌避物質として認識して,弱い匂いを誘引物質として認識する.つまり,開花期の雄花は,夜間,弱い匂いによりアザミウマを誘引して,日中,強い匂いによりアザミウマを追い出すことができる.その後,雄花の花粉を身体に付けたアザミウマが雌花を訪花することで,雄花から雌花へと花粉が運ばれることになる.そして一般的に,ソテツの雄花は昆虫にエサと飼育場所を提供するが,雌花はエサも飼育場所も提供しないため,雌花へ到着したアザミウマは,やがて別の場所へと飛び立っていく.これまでに,M. lucida, Zamia furfuraceaの各ソテツが,M. lucidaはアザミウマ(C. chadwicki)に対して,Z. furfuraceaはゾウムシ(Rhopalotria furfuracea)に対して,本モデルによる生殖戦略をとることが報告されている(6, 25)6) I. Terry, G. H. Walter, C. Moore, R. Roemer & C. Hull: Science, 318, 70 (2007).25) S. Salzman, D. Crook, J. D. Crall, R. Hopkins & N. E. Pierce: Sci. Adv., 6, eaay6169 (2020)..しかしながら,別のソテツE. villosusでは,本モデルが適用できないという報告もあり(14)14) T. N. Suinyuy, J. S. Donaldson & S. D. Johnson: Ann. Bot., 112, 891 (2013).,本モデルが広範なソテツの生殖戦略であるかどうかは議論の最中である.
発熱植物の2大勢力とも言えるサトイモ科植物(aroid)とソテツ(cycad)であるが,分子・オルガネラレベルでの研究は,サトイモ科植物の方が圧倒的に進んでいた.しかしながら,最近筆者らは,日本に自生するソテツ(C. revoluta)を用いて,被子植物の発熱に関係するとされてきたAOXやミトコンドリアに関する実験系の構築を行い,サトイモ科植物と遜色ない研究を展開することができるようになってきた(8)8) Y. Ito-Inaba, M. Sato, M. P. Sato, Y. Kurayama, H. Yamamoto, M. Ohata, Y. Ogura, T. Hayashi, K. Toyooka & T. Inaba: Plant Physiol., 180, 743 (2019)..C. revolutaは,広範な地域に安定的に個体群が生息しており,現時点で絶滅のリスクはない.また本種は,十分な発熱能力と頑健性を兼ね備えており,花も大きいため,生化学や形態学の研究にも適した材料である.一方のサトイモ科植物は,たとえば,ザゼンソウとミズバショウなど,近縁属種間で発熱能力の異なる種の存在がある程度明確にされており(18)18) Y. Ito-Inaba, Y. Hida & T. Inaba: Planta, 231, 121 (2009).,こうした植物を用いた比較研究は,今後植物の発熱を支える原理を解明するうえで主流となるであろう.発熱植物は,生息環境や開花時期が一年の中で限られている場合も多く,複数の植物を上手く組み合わせて研究を展開した方が,時間を有効に使え,研究の幅を広げることもできると考えている.
本稿では触れなかったが,AOXともう一つ,植物の発熱にかかわる分子として有名なのがサリチル酸である.サリチル酸は,ブードゥー・リリーにおいて発熱を誘導する物質「カロリゲン」として1987年(32)32) I. Raskin, A. Ehmann, W. R. Melander & B. J. Meeuse: Science, 237, 1601 (1987).と1989年(33)33) I. Raskin, I. M. Turner & W. R. Melander: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 86, 2214 (1989).に報告され,サリチル酸は低濃度ではミトコンドリアの脱共役を引き起こすことも明らかとされた(34)34) C. Norman, K. A. Howell, A. H. Millar, J. M. Whelan & D. A. Day: Plant Physiol., 134, 492 (2004)..しかしながら,ブードゥー・リリー以外のほかの植物において,サリチル酸がカロリゲンとして作用したという報告はいまだない.現在,筆者らは,ソテツとザゼンソウの双方においてde novo RNA-seqの解析を進めており,興味深い分子を多数見いだしている.並行して,最近われわれは,発熱植物から取り出した遺伝子をモデル植物に導入して,機能解析を行い得ることを示した(35)35) Y. Ito-Inaba, H. Masuko-Suzuki, H. Maekawa, M. Watanabe & T. Inaba: Sci. Rep., 6, 29440 (2016)..さらに,当該遺伝子を,酵母や,発熱植物から単離した細胞に導入して,機能解析を行う実験系も確立しつつある.今後は,得られた候補分子の中から,発熱誘導にかかわる真の遺伝子を同定することがわれわれの研究目標の一つであり,研究を粘り強く続けていきたいと考えている.
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