解説

難分解性有機リン系難燃可塑剤の微生物分解代謝と無害化含塩素有機リン系難燃可塑剤による環境汚染の浄化に向けて

Microbial Degradation and Detoxification of Persistent Organophosphorus Flame Retardant Plasticizers: For Microbial Remediation of Chlorinated Organophosphorus Flame Retardant Plasticizers

Shouji Takahashi

高橋 祥司

長岡技術科学大学技学研究院生物機能工学専攻

Published: 2021-09-01

近年,プラスチックによる環境汚染が国際的に大きな問題となっているが,プラスチックに含まれる有機リン系難燃可塑剤による環境汚染も問題となっている.なかでも,塩素を含むリン酸トリス(2-クロロエチル)(TCEP)やリン酸トリス(1,3-ジクロロ-2-プロピル)(TDCPP)は,物理化学的に安定であり,神経毒性や発ガン性などの毒性を有する可能性が報告されたことから,ヒトを含む生態系への悪影響が懸念されている.そこで本稿では,Sphingomonad細菌における含塩素有機リン系難燃可塑剤の分解代謝機構と分解代謝にかかわる酵素に関する知見および複合微生物による無害化について紹介したい.

Key words: 含塩素有機リン系難燃可塑剤; 微生物分解; Sphingomonad細菌; ホスホエステラーゼ; 複合微生物

含塩素有機リン系難燃可塑剤

有機リン系化合物の多くはリン酸エステルやリン酸チオエステル構造を有しており,農薬,化学兵器,難燃剤や可塑剤などさまざまな用途で用いられている(1)1) B. K. Singh & A. Walker: FEMS Microbiol. Rev., 30, 428 (2006).図1図1■有機リン系化合物の種類と構造).有機リン系難燃可塑剤は,主にリン酸トリエステル化合物であり,塩素などのハロゲンを含むものと含まないものに大きく分けることができる.主な含塩素有機リン系難燃可塑剤にはTCEPやTDCPPがあり,主に家具,住宅や自動車などにおいて緩衝材や断熱材として用いられているポリウレタン樹脂に添加されている(2)2) G. L. Wei, D. Q. Li, M. N. Zhuo, Y. S. Liao, Z. Y. Xie, T. L. Guo, J. J. Li, S. Y. Zhang & Z. Q. Liang: Environ. Pollut., 196, 29 (2015).

図1■有機リン系化合物の種類と構造

近年,これら含塩素有機リン系難燃可塑剤が,世界中の大気,河川や湖沼などのさまざまな環境中に検出されている(2)2) G. L. Wei, D. Q. Li, M. N. Zhuo, Y. S. Liao, Z. Y. Xie, T. L. Guo, J. J. Li, S. Y. Zhang & Z. Q. Liang: Environ. Pollut., 196, 29 (2015)..特に,埋立処分場の侵出水には高い濃度で検出されており,日本の埋立処分場の侵出水では,0.11–87.4 µg/LのTCEPや0.2–6.18 µg/LのTDCPPが検出されている(3)3) Y. Kawagoshi, I. Fukunaga & H. Itoh: J. Mater. Cycles Waste Manag., 1, 53 (1999)..さらに,食品,魚類や鳥類など野生動物,ヒトの髪の毛,母乳や尿などからも検出されている(2, 4, 5)2) G. L. Wei, D. Q. Li, M. N. Zhuo, Y. S. Liao, Z. Y. Xie, T. L. Guo, J. J. Li, S. Y. Zhang & Z. Q. Liang: Environ. Pollut., 196, 29 (2015).4) J. Li, L. Zhao, R. J. Letcher, Y. Zhang, K. Jian, J. Zhang & G. Su: Environ. Int., 127, 35 (2019).5) Z. Chupeau, N. Bonvallot, F. Mercier, B. Le Bot, C. Chevrier & P. Glorennec: Int. J. Environ. Res. Public Health, 17, 6713 (2020)..しかしTCEPは,発がん性,神経毒性と生殖毒性を有する可能性や水生生物に対する毒性も報告されている(6)6) N. R. Maddela, K. Venkateswarlu & M. Megharaj: Environ. Sci. Process. Impacts, 22, 1809 (2020)..また,TDCPPに関しても,発がん性と遺伝毒性を有する可能性や水生動物に対する毒性が報告されている(7)7) C. Wang, H. Chen, H. Li, J. Yu, X. Wang & Y. Liu: Environ. Int., 143, 105946 (2020)..この様な状況から,これら含塩素有機リン系難燃可塑剤の環境汚染によるヒトを含む生態系への悪影響が懸念されている.

含塩素有機リン系難燃可塑剤の分解微生物

有機リン系農薬などの有機リン酸トリエステル化合物を分解する微生物の多くは細菌であり,Flavobacterium属やPseudomonas属を含むさまざまな細菌による分解が報告されている(1)1) B. K. Singh & A. Walker: FEMS Microbiol. Rev., 30, 428 (2006)..また,Aspergillus属などの真菌や藻類による分解も報告されている(1)1) B. K. Singh & A. Walker: FEMS Microbiol. Rev., 30, 428 (2006)..これら多くの微生物において,有機リン酸トリエステル化合物はリン源,窒素源,硫黄源や炭素源やエネルギー源として生育に利用されるが,一部の微生物では共代謝により分解される(1)1) B. K. Singh & A. Walker: FEMS Microbiol. Rev., 30, 428 (2006)..一方,筆者らが本研究を開始した当初,有機リン系難燃可塑剤を分解する微生物の報告はほとんどなく,微生物分解を極めて受けにくいと報告されていた(8)8) Y. Kawagoshi, S. Nakamura, T. Nishio & I. Fukunaga: J. Biosci. Bioeng., 98, 464 (2004).

そこで筆者らは,微生物を用いた含塩素有機リン系難燃可塑剤の分解除去技術を開発するため,TCEPとTDCPPをリン源として良好に生育する細菌を2株単離し,それぞれTCM1株とTDK1株と名付けた(9)9) S. Takahashi, I. Satake, I. Konuma, K. Kawashima, M. Kawasaki, S. Mori, J. Morino, J. Mori, H. Xu, K. Abe et al.: Appl. Environ. Microbiol., 76, 5292 (2010)..16S rRNA遺伝子配列の解析から,TCM1株とTDK1株はそれぞれSphingobium属とSphingomonas属に分類された.両株によるTCEPとTDCPP分解後の培養液には,それぞれ添加した量の3倍量の2-クロロエタノール(2-CE)と1,3-ジクロロ-2-プロパノール(1,3-DCP)の生成が観察されたことから,両株は3つのリン酸エステル結合を加水分解することでリンを獲得していると考えられた(図2図2■Sphingobium sp. TCM1株とSphingomonas sp. TDK1株におけるTCEP(A)とTDCPP(B)の推定分解代謝経路と分解代謝酵素).両株は,ほかの有機リン系難燃可塑剤である,リン酸トリクレジル(TCP),リン酸トリス(2,3-ジブロモプロピル)(TDBPP),リン酸トリフェニル(TPP)をリン源として良好に生育した.加えて,TCM1株はリン酸トリブチル(TBP),リン酸トリス(2-ブトキシエチル)(TBXP),リン酸トリエチル(TEP)やリン酸トリメチル(TMP)においても弱いながら生育した.このことから,特にTCM1株は多様な有機リン系難燃可塑剤を分解代謝できることがわかった.なお現在は,Pseudomonas属,Rhodococcus属やAlacaligenes属などさまざまな細菌によるTCEPやTDCPP分解が報告されている(10)10) J. Wang, I. Khokhar, C. Ren, X. Li, S. Fan, Y. Jia & Y. Yan: J. Hazard. Mater., 380, 120881 (2019).

図2■Sphingobium sp. TCM1株とSphingomonas sp. TDK1株におけるTCEP(A)とTDCPP(B)の推定分解代謝経路と分解代謝酵素

含塩素有機リン系難燃可塑剤の分解代謝酵素

微生物における有機リン酸トリエステル化合物の分解代謝は,主にホスホトリエステラーゼ(PTE),ホスホジエステラーゼ(PDE)とホスホモノエステラーゼ(PME)の3種類の加水分解酵素によるリン酸トリエステル結合の段階的な加水分解反応により行われると考えられている(1, 11)1) B. K. Singh & A. Walker: FEMS Microbiol. Rev., 30, 428 (2006).11) S. Y. McLoughlin, C. Jackson, J. W. Liu & D. L. Ollis: Appl. Environ. Microbiol., 70, 404 (2004).図2図2■Sphingobium sp. TCM1株とSphingomonas sp. TDK1株におけるTCEP(A)とTDCPP(B)の推定分解代謝経路と分解代謝酵素).

1. ホスホトリエステラーゼ

PTEは有機リン酸トリエステル化合物の初発分解酵素であり,リン酸トリエステル結合の1つを加水分解する(図2図2■Sphingobium sp. TCM1株とSphingomonas sp. TDK1株におけるTCEP(A)とTDCPP(B)の推定分解代謝経路と分解代謝酵素).有機リン系農薬の多くは,リン原子に結合した3つの置換基のうちの一つが脱離基(X)と呼ばれる芳香環などの大きな構造を有しており,この脱離基の遊離により,毒性が顕著に低下する(1)1) B. K. Singh & A. Walker: FEMS Microbiol. Rev., 30, 428 (2006).図1図1■有機リン系化合物の種類と構造).したがって,PTEは有機リン系農薬や化学兵器の毒性低減の観点において非常に重要な役割を担うことから,性質や構造が詳細に解析されている(12)12) P. Katyal, S. Chu & J. K. Montclare: Ann. N. Y. Acad. Sci. USA, 1480, 54 (2020)..細菌のPTEとして,Brevundimonas diminutaFlavobacterium属細菌のOPH(organophosphorus hydrolase),Rhizobium radiobacterのOPDA(organophosphohydrolase)やPseudomonas monteilliのHOCA(hydrolysis of caroxon)などが知られている(1)1) B. K. Singh & A. Walker: FEMS Microbiol. Rev., 30, 428 (2006)..ほとんどのPTEはZn2+やMn2+などの2価金属イオンを触媒活性に要求するが,HOCAは要求しないと考えられている(1)1) B. K. Singh & A. Walker: FEMS Microbiol. Rev., 30, 428 (2006).

筆者らは,TCM1株とTDK1株からTCEPとTDCPP分解活性を示すタンパク質を精製し,haloalkylphosphorus hydrolase(HAD)と名付けた(13)13) K. Abe, S. Yoshida, Y. Suzuki, J. Mori, Y. Doi, S. Takahashi & Y. Kera: Appl. Environ. Microbiol., 80, 5866 (2014)..HADによるTCEP分解反応では,リン酸ビス(2-クロロエチル)(BCEP)と2-CEの生成が,TDCPP分解反応ではリン酸ビス(1,3-ジクロロ-2-プロピル)(BDCP)と1,3-DCPの生成が確認できたことから,両HADがPTEであることがわかった(図2図2■Sphingobium sp. TCM1株とSphingomonas sp. TDK1株におけるTCEP(A)とTDCPP(B)の推定分解代謝経路と分解代謝酵素).両HADはほかの有機リン系難燃可塑剤であるTDBPP, TCPやTPPも分解することができ,さらにTCM1株由来のHAD(TCM-HAD)は有機リン系農薬であるパラオキソン,パラオキソンメチルやジクロルボスを分解した.このことから,特にTCM-HADは多様な有機リン化合物を分解できるPTEであることがわかった.

hadの遺伝子を単離したところ,両HADは非常に高いアミノ酸配列同一性(94%)を有していたが,既知のPTEには全く相同性を示さず,明確なモチーフも見いだされなかったことから,新規なPTEと考えられた(13)13) K. Abe, S. Yoshida, Y. Suzuki, J. Mori, Y. Doi, S. Takahashi & Y. Kera: Appl. Environ. Microbiol., 80, 5866 (2014)..米国の研究グループによりTCM-HADの結晶構造が解析され,7枚羽のβ-プロペラフォールドからなる構造を有していることが明らかにされた(14)14) M. F. Mabanglo, D. F. Xiang, A. N. Bigley & F. M. Raushel: Biochemistry, 55, 3963 (2016).図3A図3■TCM-HADとOPHの結晶構造と二核金属中心).この構造は,既知のPTEである(β/α)8バレル(TIMバレル)フォールドを有するOPHの構造とは全く異なっていたが(図3C図3■TCM-HADとOPHの結晶構造と二核金属中心),両者の金属中心は非常に類似していた(図3B, D図3■TCM-HADとOPHの結晶構造と二核金属中心).

図3■TCM-HADとOPHの結晶構造と二核金属中心

Sphingobium sp. TCM1株由来HAD(Sb-HAD)の結晶構造(PDB: 5HRM)(A)と二核金属中心(B)およびB. diminuta由来OPHの結晶構造(PDB: 1I0B)(C)と二核金属中心(D).矢印は基質の進入経路を示す.紫,橙と赤の球は,それぞれMn2+,Zn2+と水分子を示す.なお,OPHの活性部位に見られるLys169はカルボキシル化される14)14) M. F. Mabanglo, D. F. Xiang, A. N. Bigley & F. M. Raushel: Biochemistry, 55, 3963 (2016).

また,米国の同じ研究グループにより,TCM-HADの触媒反応メカニズムが明らかにされた(15)15) A. N. Bigley, D. F. Xiang, T. Narindoshvili, C. W. Burgert, A. C. Hengge & F. M. Raushel: Biochemistry, 58, 1246 (2019)..一般的に,PTEの触媒反応速度は脱離基のpKaに強く依存するが,TCM-HADの触媒活性は脱離基のpKaの影響をあまり受けない.この理由として,基質の結合様式がTCM-HADとOPHで異なること,TCM-HADにおいてはグルタミン酸残基(Glu407)が脱離基酸素をプロトン化できる位置に存在することが主な原因と考えられている(図3B, D図3■TCM-HADとOPHの結晶構造と二核金属中心, 図4図4■TCM-HADの推定反応触媒メカニズム).

図4■TCM-HADの推定反応触媒メカニズム

有機リン酸トリエステル化合物のホスホリル酸素(P=O)がβ金属に結合したのち,金属イオンを架橋している水酸化物イオンがリン原子を攻撃し,遷移状態が形成される.その後,水酸化物イオンのプロトンがGlu407を介して脱離基(X)の酸素に渡されることで脱離基が遊離する15)15) A. N. Bigley, D. F. Xiang, T. Narindoshvili, C. W. Burgert, A. C. Hengge & F. M. Raushel: Biochemistry, 58, 1246 (2019)..参考文献15を参考に作成.

2. ホスホジエステラーゼ

PDEはリン酸ジエステル結合の1つを加水分解する酵素であり,一般的に細胞内セカンドメッセンジャーであるcAMPやcGMPなどの環状ヌクレオチドのホスホジエステル結合を加水分解する環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ(cNPDE)がよく知られている(16)16) Y. H. Jeon, Y. S. Heo, C. M. Kim, Y. L. Hyun, T. G. Lee, S. Ro & J. M. Cho: Cell. Mol. Life Sci., 62, 1198 (2005)..また,後に述べるアルカリホスファターゼ(APase)の一部もPDE活性を有することが知られている(17)17) S. Takahashi, H. Katanuma, K. Abe & Y. Kera: Appl. Microbiol. Biotechnol., 101, 2153 (2017)..有機リン系農薬の分解代謝にかかわるPDEとして,Enterobacter aerogenesのグリセロホスホジエステラーゼ(GDPD)であるGpdQが知られている(18)18) C. J. Jackson, P. D. Carr, J. W. Liu, S. J. Watt, J. L. Beck & D. L. Ollis: J. Mol. Biol., 367, 1047 (2007)..興味深いことに,GpdQはリン酸ジエステル化合物に対して高い活性を示すが,リン酸モノエステル化合物やリン酸トリエステル化合物にも作用する.また,GDPDファミリーには属さず,紫色酸性ホスファターゼ(PAP)などの金属依存性ホスホエステラーゼファミリーに属する(18)18) C. J. Jackson, P. D. Carr, J. W. Liu, S. J. Watt, J. L. Beck & D. L. Ollis: J. Mol. Biol., 367, 1047 (2007).

筆者らは,TCM1株のPDEを取得するため,その菌体からPDE活性を有するタンパク質(Sb-PDE)を精製した(19)19) K. Abe, N. Mukai, Y. Morooka, T. Makino, K. Oshima, S. Takahashi & Y. Kera: Sci. Rep., 7, 2842 (2017).Sb-PDEはPME活性も有していたがPDE活性の4分の1程度であった.また,TDCPPのリン酸ジエステル体であるBDCPPを良好に分解したが,TCEPのリン酸ジエステル体であるBCEPや環状ヌクレオチドのcAMPやcGMPをほとんど分解しなかった.

Sb-pde遺伝子を単離したところ,その推定アミノ酸配列は既知のPDEとは相同性を示さず,PHP(polymerase and histidinol phosphatase)ドメインを有する多くの機能未知のタンパク質と相同性を示した(19)19) K. Abe, N. Mukai, Y. Morooka, T. Makino, K. Oshima, S. Takahashi & Y. Kera: Sci. Rep., 7, 2842 (2017)..PHPドメインは,L-ヒスチジン生合成経路のL-ヒスチジノールリン酸ホスファターゼ(HPP)や細菌のDNAポリメラーゼIIIのα-サブユニットやファミリーXに属するDNAポリメラーゼに見られる(20)20) L. Aravind & E. V. Koonin: Nucleic Acids Res., 26, 3746 (1998).Sb-PDEは,これらPHPドメインを有する既知の酵素と全く相同性を示さなかったことから,新規なPDEと考えられた.

3. ホスホモノエステラーゼ

PMEはリン酸モノエステル結合を加水分解する酵素の総称であり,代表的なPMEとしてAPaseが挙げられる.APaseは,PhoA, PhoD, PhoXとPhoKの4つのファミリーに分類される(21)21) S. Takahashi, Y. Morooka, T. Kumakura, K. Abe & Y. Kera: Appl. Microbiol. Biotechnol., 104, 1125 (2020)..いずれも補因子として金属イオンを有する分泌酵素であり,微生物では主にリン源を獲得する役割を担っている.PhoAは,細菌からヒトに至るさまざまな生物種に見いだされる典型的なAPaseであり,多様なリン酸モノエステル化合物に作用する(21)21) S. Takahashi, Y. Morooka, T. Kumakura, K. Abe & Y. Kera: Appl. Microbiol. Biotechnol., 104, 1125 (2020)..PhoXはα-やγ-プロテオバクテリア,シアノバクテリアやクラミドモナスなどに見いだされており,海洋性細菌の主要なAPaseとされている(22)22) M. Sebastian & J. W. Ammerman: ISME J., 3, 563 (2009)..PhoDは,土壌細菌の主要なAPaseとされ,PME活性に加えて高いPDE活性も有している(23, 24)23) S. A. Ragot, M. A. Kertesz & E. K. Bunemann: Appl. Environ. Microbiol., 81, 7281 (2015).24) F. Rodriguez, J. Lillington, S. Johnson, C. R. Timmel, S. M. Lea & B. C. Berks: J. Biol. Chem., 289, 30889 (2014)..PhoKはSphingomonad細菌に見いだされ,多様なリン酸モノエステル化合物を加水分解することができる(21)21) S. Takahashi, Y. Morooka, T. Kumakura, K. Abe & Y. Kera: Appl. Microbiol. Biotechnol., 104, 1125 (2020)..大腸菌はPhoAしか有していないが,ほかの多くの細菌は異なるファミリーに属するAPaseを複数有しており,多様な有機リン化合物からのリン源の獲得を可能にしていると考えられている(25)25) S. Takahashi, H. Katanuma, K. Abe & Y. Kera: Appl. Microbiol. Biotechnol., 101, 2153 (2017).

筆者らは,TCM1株ゲノム配列にAPaseを探索したところ,PhoAやPhoKと相同性を有するタンパク質遺伝子をそれぞれ一つ(Sb-phoA, Sb-phoK),PhoDと相同性を有するタンパク質遺伝子を2つ(Sb-phoD1, Sb-phoD2)見いだした(25)25) S. Takahashi, H. Katanuma, K. Abe & Y. Kera: Appl. Microbiol. Biotechnol., 101, 2153 (2017)..大腸菌で発現させたSb-phoASb-phoK遺伝子産物はAPase活性を有していたが,Sb-phoD1Sb-phoD2遺伝子発現産物は不溶性画分に発現されたためAPase活性を確認できなかった.TCEPをリン源とした培地において,Sb-phoD1遺伝子とSb-phoD2遺伝子破壊株は野性株と同等に生育したが,Sb-phoA遺伝子とSb-phoK遺伝子破壊株では生育の遅延が観察された.特に,Sb-phoK遺伝子破壊株において著しい生育遅延が観察された.このことから,TCEP分解代謝にSb-PhoAとSb-PhoKが関与し,特にSb-PhoKが主要な役割を担っていることがわかった.ほかのPhoKと同様に,Sb-PhoKはさまざまなリン酸モノエステル化合物に作用し,リン酸ジエステル化合物には作用しなかった(21)21) S. Takahashi, Y. Morooka, T. Kumakura, K. Abe & Y. Kera: Appl. Microbiol. Biotechnol., 104, 1125 (2020).

微生物の有機リン化合物の分解代謝にかかわる酵素の多くは,環境中の無機リン酸濃度により発現が転写レベルで制御されており,Phoレギュロンと呼ばれる(26)26) F. Santos-Beneit: Front. Microbiol., 6, 402 (2015)..無機リン酸欠乏条件下では,転写因子であるPhoBがPhoレギュロン遺伝子のプロモーターに存在するPhoボックスと呼ばれる配列に結合することで転写が誘導される(26)26) F. Santos-Beneit: Front. Microbiol., 6, 402 (2015)..そこで,Sb-phoK遺伝子の転写制御を解析したところ(25)25) S. Takahashi, H. Katanuma, K. Abe & Y. Kera: Appl. Microbiol. Biotechnol., 101, 2153 (2017).,低濃度のリン酸(20 µM)条件下では転写が誘導されたが,高濃度のリン酸(20 mM)条件下では誘導が観察されなかった.さらに,phoB遺伝子破壊株では低濃度のリン酸条件下でもSb-phoK遺伝子の誘導が観察されなかった.以上の結果から,Sb-PhoKはPhoレギュロンであることが明らかとなった.

複合微生物による含塩素有機リン系難燃可塑剤の無害化

前に述べたように,TCM1株やTDK1株によるTCEPとTDCPP分解代謝産物として2-CEと1,3-DCPの生成が観察されたが,これら分解代謝産物のさらなる分解は確認できなかった.実は,2-CEも安定であり,心毒性,変異原性や遺伝毒性などを有することが報告されている(27)27) National Toxicology Program: “Toxicology and carcinogenesis studies of 2-chloroethanol (ethylene chlorohydrin) (CAS No. 107-07-3) in F344/N rats and swiss CD-1 mice (dermal studies),” U.S Department of Health and Human Services, 1985..また,1,3-DCPも肝毒性,神経毒性,腎臓毒性,催奇形性や変異原性を有することが報告されている(28)28) National Toxicology Program: “1,3-Dichloro-2-propanol (CAS No. 96-23-1) Review of toxicological literature,” U.S Department of Health and Human Services, 2005..したがって,TCM1株やTDK1株を用いたTCEPやTDCPP分解では,生成する2-CEと1,3-DCPも同時に分解する必要がある.幸いなことに,塩素化アルコール類を分解する細菌がいくつか報告されている.そこで,筆者らはTCEPとTDCPPの両方に対して高い分解活性を示すTCM1株と塩素化アルコール分解能を有する細菌を組み合わせて用いた含塩素有機リン系難燃可塑剤の無害化を検討することにした.

1. TCEP無害化

現在までに,2-CE分解細菌としてXanthobacter autotrophicus GJ10株やP. stutzeri JJ株などが報告されている(29)29) J. A. Dijk, A. J. Stams, G. Schraa, H. Ballerstedt, J. A. de Bont & J. Gerritse: Appl. Microbiol. Biotechnol., 63, 68 (2003)..これらの細菌株の多くは1,2-ジクロロエタン(DCE)分解菌として単離されたが,中間代謝物として2-CEが生成するため,2-CEを分解代謝することできる.GJ10株において,2-CEはPQQ依存性アルコール脱水素酵素(Max)により2-クロロアセトアルデヒドに変換されたのち,NAD依存性のアルデヒド脱水素酵素(Ald)により2-クロロ酢酸に変換され,ハロ酸脱ハロゲン化酵素(DhlB)により脱塩素化されてグリコール酸となり資化される(30)30) D. B. Janssen, F. Pries, J. van der Ploeg, B. Kazemier, P. Terpstra & B. Witholt: J. Bacteriol., 171, 6791 (1989).図5A図5■2-CEと1,3-DCPの微生物分解代謝経路).そこで,TCM1株とGJ10株を組み合わせて用いたTCEPの無害化を試みた(31)31) S. Takahashi, K. Miura, K. Abe & Y. Kera: J. Biosci. Bioeng., 114, 306 (2012).

図5■2-CEと1,3-DCPの微生物分解代謝経路

X. autotrophicus GJ10株における2-クロロエタノール(2-CE)分解代謝経路(A)とA. radiobacter AD1株における1,3-ジクロロ-2-プロパノール(1,3-DCP)分解代謝経路(B).

複合微生物による化合物の分解代謝は,生育菌体を共存して用いる方法が最も簡単である.しかし,GJ10株の生育を支持するために培養液に無機リン酸を添加するとTCM1株によるTCEP分解が抑制されることから,TCM1株とGJ10株の生育菌体共存下でのTCEPの無害化は困難と考えた.そこで,TCM1株の休止菌体によるTCEP分解を検討したところ,30°C,pH 8.5の至適反応条件下,50 µM Co2+と菌体濁度OD600が1.0の休止菌体を含む反応液において,20 µM TCEPを2-CEに完全分解することができた.一方,GJ10株による2-CE分解代謝には補酵素要求性の酵素(Max, Ald)が関与することから,休止菌体を用いた2-CE分解は困難と考えた.そこで,GJ10株の生育菌体による2-CE分解を試みたところ,10 µM 2-CEが48時間以内に脱塩素化された.以上の結果をもとに,TCM1株休止菌体によるTCEP分解反応とGJ10株生育菌体による2-CE分解反応を連続して行ったところ,10 µM TCEPを52時間で無害化することができた.現在,筆者らは実際の利用により適したTCEP無害化技術を開発するため,無機リン酸の存在により分解活性が低下しないTCM1株の開発を進めている.大腸菌の高親和性リン酸輸送系(Pst系)変異株では,Phoレギュロンの構成的な発現が観察されていることから(32)32) N. H. Iglesias, T. F. Pereira, E. Yagil & B. Spira: J. Bacteriol., 197, 1378 (2015).,TCM1株のPst系変異株を取得することでより実用的な無害化技術の開発が可能になると期待される.

2. TDCPP無害化

現在までに,1,3-DCP分解菌としてArthrobacter sp. PY1株,A. erithii H10a株やAgrobacterium radiobacter AD1株などが報告されている(33)33) R. Yonetani, H. Ikatsu, C. Miyake-Nakayama, E. Fujiwara, Y. Maehara, S. Miyoshi, H. Matsuoka & S. Shinoda: J. Health Sci., 50, 605 (2004)..AD1株において,1,3-DCPはハロアルコール脱ハロゲン化酵素(HheC)によりエピクロロヒドリンに代謝されたのち,エポキシド加水分解酵素(EH)により3-クロロ-1,2-プロパンジオール(3-MCPD)となる.3-MCPDはHheCによりグリシドールに変換されたのち,EHによりグリセロールに変換されると考えられている(34)34) R. M. de Jong, J. J. Tiesinga, H. J. Rozeboom, K. H. Kalk, L. Tang, D. B. Janssen & B. W. Dijkstra: EMBO J., 22, 4933 (2003).図5B図5■2-CEと1,3-DCPの微生物分解代謝経路).PY1株は,化学プラントの土壌から1,3-DCPを炭素源として用いて単離され,高い1,3-DCP分解能力を有する(33)33) R. Yonetani, H. Ikatsu, C. Miyake-Nakayama, E. Fujiwara, Y. Maehara, S. Miyoshi, H. Matsuoka & S. Shinoda: J. Health Sci., 50, 605 (2004)..そこで,TCM1株とPY1株を組み合わせて用いたTDCPPの無害化を試みた(35)35) S. Takahashi, Y. Obana, S. Okada, K. Abe & Y. Kera: J. Biosci. Bioeng., 113, 79 (2012).

TCEPの場合と同様に,生育菌体の共存下でのTDCPPの無害化は困難と考えられた.一方,PY1株の1,3-DCP分解代謝にかかわる酵素は補酵素を必要としないと考えられたことから,両株の休止菌体を混合して用いたTDCPPの無害化を検討した.TCM1株休止菌体によるTDCPP分解反応の至適条件はTCEPの場合と同様であり,この至適条件においてTDCPPは2.48 µmol h−1・OD660−1の速度で分解された.一方,PY1株の休止菌体による1,3-DCP分解反応の至適温度とpHは,それぞれ35°Cと9.5であった.この条件下において,1,3-DCPは0.95 µmol h−1・OD660−1の速度で分解された.両菌株の休止菌体を菌体濁度OD660でそれぞれ0.05と4.0になるよう反応液に添加し,30°C,pH 9.0で反応させたところ,50 µM TDCPPを12時間で無害化することに成功した.

おわりに

本解説では,筆者らが主に行った含塩素有機リン系難燃可塑剤のSphingomonad細菌による分解代謝と複合微生物による無害化に関する研究成果を,類似の構造を有する有機リン系農薬の微生物分解代謝に関する知見を交えて解説した.有機リン系農薬の微生物分解や無害化については,その高い毒性から,古くから詳細に研究されており,多くの知見が蓄積されている.一方,有機リン系難燃剤の微生物分解については,その毒性が低いことから,ほとんど解析されてこなかった.しかし,含塩素有機リン系難燃可塑剤の環境汚染が報告され,無視できない潜在的な毒性が指摘されたことから,その微生物分解代謝に関する研究や分解処理技術の開発は非常に重要である.

含塩素有機リン系難燃可塑剤の微生物分解に関する研究から,分解に関与する酵素が同定され,分解代謝経路の全体像が明らかになってきた.特に,今まで見いだされていなかった新規な分解菌と初発分解酵素のPTEの発見は本研究を大きく進展させたといえる.しかし,微生物を用いた無害化技術の実用化には,さらなる一層の取り組みが必要である.今後,分解代謝酵素の機能や発現制御系の改良などを行うことで,微生物を用いた含塩素有機リン難燃可塑剤の無害化技術の実用化が加速することを期待したい.

Acknowledgments

本稿で取り上げた筆者らの研究は,山田良平名誉教授(長岡技術科学大学),解良芳夫名誉教授(長岡技術科学大学),阿部勝正助教(現函館高専准教授)との共同研究により行われました.本研究は,JSPS科研費(16310054, 20310039, 24310055, 16H02974)と財団法人クリタ水・環境科学振興財団の助成を受けたものです.

Reference

1) B. K. Singh & A. Walker: FEMS Microbiol. Rev., 30, 428 (2006).

2) G. L. Wei, D. Q. Li, M. N. Zhuo, Y. S. Liao, Z. Y. Xie, T. L. Guo, J. J. Li, S. Y. Zhang & Z. Q. Liang: Environ. Pollut., 196, 29 (2015).

3) Y. Kawagoshi, I. Fukunaga & H. Itoh: J. Mater. Cycles Waste Manag., 1, 53 (1999).

4) J. Li, L. Zhao, R. J. Letcher, Y. Zhang, K. Jian, J. Zhang & G. Su: Environ. Int., 127, 35 (2019).

5) Z. Chupeau, N. Bonvallot, F. Mercier, B. Le Bot, C. Chevrier & P. Glorennec: Int. J. Environ. Res. Public Health, 17, 6713 (2020).

6) N. R. Maddela, K. Venkateswarlu & M. Megharaj: Environ. Sci. Process. Impacts, 22, 1809 (2020).

7) C. Wang, H. Chen, H. Li, J. Yu, X. Wang & Y. Liu: Environ. Int., 143, 105946 (2020).

8) Y. Kawagoshi, S. Nakamura, T. Nishio & I. Fukunaga: J. Biosci. Bioeng., 98, 464 (2004).

9) S. Takahashi, I. Satake, I. Konuma, K. Kawashima, M. Kawasaki, S. Mori, J. Morino, J. Mori, H. Xu, K. Abe et al.: Appl. Environ. Microbiol., 76, 5292 (2010).

10) J. Wang, I. Khokhar, C. Ren, X. Li, S. Fan, Y. Jia & Y. Yan: J. Hazard. Mater., 380, 120881 (2019).

11) S. Y. McLoughlin, C. Jackson, J. W. Liu & D. L. Ollis: Appl. Environ. Microbiol., 70, 404 (2004).

12) P. Katyal, S. Chu & J. K. Montclare: Ann. N. Y. Acad. Sci. USA, 1480, 54 (2020).

13) K. Abe, S. Yoshida, Y. Suzuki, J. Mori, Y. Doi, S. Takahashi & Y. Kera: Appl. Environ. Microbiol., 80, 5866 (2014).

14) M. F. Mabanglo, D. F. Xiang, A. N. Bigley & F. M. Raushel: Biochemistry, 55, 3963 (2016).

15) A. N. Bigley, D. F. Xiang, T. Narindoshvili, C. W. Burgert, A. C. Hengge & F. M. Raushel: Biochemistry, 58, 1246 (2019).

16) Y. H. Jeon, Y. S. Heo, C. M. Kim, Y. L. Hyun, T. G. Lee, S. Ro & J. M. Cho: Cell. Mol. Life Sci., 62, 1198 (2005).

17) S. Takahashi, H. Katanuma, K. Abe & Y. Kera: Appl. Microbiol. Biotechnol., 101, 2153 (2017).

18) C. J. Jackson, P. D. Carr, J. W. Liu, S. J. Watt, J. L. Beck & D. L. Ollis: J. Mol. Biol., 367, 1047 (2007).

19) K. Abe, N. Mukai, Y. Morooka, T. Makino, K. Oshima, S. Takahashi & Y. Kera: Sci. Rep., 7, 2842 (2017).

20) L. Aravind & E. V. Koonin: Nucleic Acids Res., 26, 3746 (1998).

21) S. Takahashi, Y. Morooka, T. Kumakura, K. Abe & Y. Kera: Appl. Microbiol. Biotechnol., 104, 1125 (2020).

22) M. Sebastian & J. W. Ammerman: ISME J., 3, 563 (2009).

23) S. A. Ragot, M. A. Kertesz & E. K. Bunemann: Appl. Environ. Microbiol., 81, 7281 (2015).

24) F. Rodriguez, J. Lillington, S. Johnson, C. R. Timmel, S. M. Lea & B. C. Berks: J. Biol. Chem., 289, 30889 (2014).

25) S. Takahashi, H. Katanuma, K. Abe & Y. Kera: Appl. Microbiol. Biotechnol., 101, 2153 (2017).

26) F. Santos-Beneit: Front. Microbiol., 6, 402 (2015).

27) National Toxicology Program: “Toxicology and carcinogenesis studies of 2-chloroethanol (ethylene chlorohydrin) (CAS No. 107-07-3) in F344/N rats and swiss CD-1 mice (dermal studies),” U.S Department of Health and Human Services, 1985.

28) National Toxicology Program: “1,3-Dichloro-2-propanol (CAS No. 96-23-1) Review of toxicological literature,” U.S Department of Health and Human Services, 2005.

29) J. A. Dijk, A. J. Stams, G. Schraa, H. Ballerstedt, J. A. de Bont & J. Gerritse: Appl. Microbiol. Biotechnol., 63, 68 (2003).

30) D. B. Janssen, F. Pries, J. van der Ploeg, B. Kazemier, P. Terpstra & B. Witholt: J. Bacteriol., 171, 6791 (1989).

31) S. Takahashi, K. Miura, K. Abe & Y. Kera: J. Biosci. Bioeng., 114, 306 (2012).

32) N. H. Iglesias, T. F. Pereira, E. Yagil & B. Spira: J. Bacteriol., 197, 1378 (2015).

33) R. Yonetani, H. Ikatsu, C. Miyake-Nakayama, E. Fujiwara, Y. Maehara, S. Miyoshi, H. Matsuoka & S. Shinoda: J. Health Sci., 50, 605 (2004).

34) R. M. de Jong, J. J. Tiesinga, H. J. Rozeboom, K. H. Kalk, L. Tang, D. B. Janssen & B. W. Dijkstra: EMBO J., 22, 4933 (2003).

35) S. Takahashi, Y. Obana, S. Okada, K. Abe & Y. Kera: J. Biosci. Bioeng., 113, 79 (2012).