解説

ダイズL-メチオニン代謝制御の新しい因子の発見L-メチオニンγ-リアーゼがL-メチオニン過剰蓄積を防ぐ

Discovery of a New Factor Regulating L-Methionine Metabolism in Soybean: L-Methionine γ-Lyase Prevents Over-Accumulation of L-Methionine

Takuya Teshima

手嶋

山口大学大学院創成科学研究科

Kenji Inagaki

稲垣 賢二

岡山大学大学院環境生命科学研究科

Kenji Mastui

松井 健二

山口大学大学院創成科学研究科

Published: 2021-09-01

ダイズは油糧作物に分類されるが,タンパク質含有量も高く,栄養価の高い作物である.ダイズのさまざまな品種の中で長野県在来品種の西山浸(にしやまひたし)98-5は加熱調理すると海苔風味を呈する世界的に見ても稀な品種である.私達は西山浸98-5における海苔風味生成機構を解明する過程でL-メチオニンγ-リアーゼ(MGL)がダイズ種子のL-メチオニン(L-Met)代謝に大きく関与していることを見いだした.MGLは古くから抗腫瘍活性が認められているビタミンB6酵素だが,その機能の全容はまだ明らかになっていない.本稿ではダイズ種子でのMGLの機能に関する私達の仮説を紹介し,MGL活性の操作によってダイズ種子のL-Met代謝経路を改変できる可能性についても議論したい.

Key words: ダイズ; S-メチルL-メチオニン; L-メチオニン代謝; L-メチオニンγ-リアーゼ; L-メチオニン高蓄積植物

ダイズにおけるL-Metの重要性

ダイズ(Glycine max L. Merr.)は東アジアで3000~5000年前から栽培されており,日本では豆腐,醤油,および味噌など伝統的な食品原料で和食の基本的な素材として古くから食されてきた.一方,東アジア以外でのダイズの栽培および消費はわずか1世紀ほどの歴史しかないが,現在では飼料や搾油原料としての用途拡大に伴ってダイズの年間総生産量は3億4620万トン(2017/2018年,FAOSTAT; http://www.fao.org/faostat/en/#home)に達し,その約80%がアメリカ,ブラジルおよびアルゼンチンといった新大陸である.ダイズは高タンパク質で含有アミノ酸のバランスが良く,ヒトにとっては過不足のないタンパク質源であるが,飼料用途ではL-システイン(L-Cys)およびL-Metが不足気味とされる.そのため,鶏(ブロイラー)や豚の飼料のアミノ酸源として大豆油かすを用いた配合飼料にL-Metをサプリメントとして添加することで家禽や豚の生育指標が高まることが知られている(1)1) R. N. Dilger & D. H. Baker: Poult. Sci., 86, 2367 (2007)..ただL-Met添加は余計なコストがかかるためL-Met添加を必要としない高L-Met含有ダイズの育種努力が古くからなされてきた.L-Metはタンパク質構成因子としてだけでなくS-アデノシルL-メチオニン(SAM)を通じてC1代謝にも必須で,また,グルタチオンなど細胞の酸化還元状態を調節する含硫化合物代謝にも関与するためその生合成は厳密に制御されている.そのため,単にL-Met生合成酵素活性を高めるだけでは植物のL-Met含量を高めるのは困難で,L-Met代謝経路の各段階の精細な制御機構を明らかにする必要があった.

植物L-Met代謝

被子植物のアミノ酸生合成経路において,L-MetはL-トレオニン(L-Thr),L-イソロイシン(L-Ile),L-リジン(L-Lys),L-アスパラギン(L-Asn)と共にL-アスパラギン酸(L-Asp)から合成されるL-Aspファミリーに属している(2, 3)2) G. Galili, R. Amir & A. R. Fernie: Annu. Rev. Plant Biol., 67, 153 (2016).3) R. Amir, H. Cohen & Y. Hacham: J. Exp. Bot., 70, 4105 (2019).図1図1■被子植物におけるメチオニン生合成経路).O-ホスホL-ホモセリンがL-MetとL-Thr生合成の分岐点に位置し,シスタチオニンγ-シンターゼ(CGS)がその分岐点からL-Met生合成へと導く調節段階を担っている.その調節にはL-Metの生成物であるSAMが大きく関与しており,SAMがCGS mRNAの5′側の領域[MTO1ドメイン:L-Metを高生産するシロイヌナズナ変異体(Methionine overproducing)の名前に由来する制御領域]を介してペプチド伸長反応を一時的に停止させCGS mRNAの分解を引き起こすことでCGSの遺伝子発現をフィードバック抑制することが知られている(2)2) G. Galili, R. Amir & A. R. Fernie: Annu. Rev. Plant Biol., 67, 153 (2016)..また,SAMは,L-トレオニンシンターゼ(TS)を活性化することで,O-ホスホL-ホモセリンをL-Thrへの変換に優先的に消費することでもまたL-Met生合成を抑制する.また,L-Met異化作用も植物組織のL-Met含有量の調節を担っている.S-アデノシルL-メチオニンシンターゼ(SAMS)はL-MetをSAMに変換するが,生成したSAMはCGS活性調節に寄与しているだけでなく,ほとんどの生物でメチル基供与体として働き,エチレン,ポリアミン,およびビオチンなどの前駆体として機能し,欠かすことができない含硫代謝物である(2)2) G. Galili, R. Amir & A. R. Fernie: Annu. Rev. Plant Biol., 67, 153 (2016)..MGLは,L-Metを分解してα-ケト酪酸,メタンチオール,およびアンモニアに代謝する(4)4) H. Tanaka, N. Esaki & K. Soda: Enzyme Microb. Technol., 7, 530 (1985).

図1■被子植物におけるメチオニン生合成経路

ダイズにおけるアスパラギン酸ファミリー経路を表している.AK: L-アスパラギン酸キナーゼ,CGS: シスタチオニンγ-シンターゼ,CBL: シスタチオニンβ-リアーゼ,HMT: L-ホモシステインメチルトランスフェラーゼ,MGL: L-メチオニンγ-リアーゼ,MMT: L-メチオニンS-メチルトランスフェラーゼ,MS: L-メチオニンシンターゼ,5MeTHF: 5-メチルテトラヒドロ葉酸.

種子の多くは種子貯蔵タンパク質を大量に蓄積するためL-Metへの要求性が高い.硫酸イオンとして根から吸収された硫黄源の多くは葉で還元的に同化され,L-CysとなりさらにプラスチドでL-Metへと変換される.種子にデンプン,脂質,タンパク質などが集積する種子登熟期にはこれら含硫アミノ酸,およびその代謝物が篩管(葉で作られた糖やアミノ酸を運ぶ通道組織)を通って種子に転流される(3)3) R. Amir, H. Cohen & Y. Hacham: J. Exp. Bot., 70, 4105 (2019)..シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の若いロゼット葉に蓄積したL-Metは,種子登熟のための生殖成長の開始に伴い減少し,それに伴って種子でのL-Metが増加する.この栄養組織から生殖組織への輸送には,S-メチルL-メチオニン(SMM)が寄与すると考えられている.SMMはL-MetとSAMからL-メチオニンS-メチルトランスフェラーゼ(MMT)によって合成される(図1図1■被子植物におけるメチオニン生合成経路).L-ホモシステインメチルトランスフェラーゼ(HMT)はSMMのメチル基をL-ホモシステイン(L-Hcy)に転移し,2分子のL-Metを生成する.この2つの酵素が同時に存在するとL-MetとSMMを往復するだけの小さな代謝回路(SMMサイクルと呼ばれる)が出来上がる.ただ,L-MetからSAM合成にATPが必要なことから1分子のL-Metを再生するのにATP 1分子を要するのでそのままだと無駄なサイクルに思われる.おそらくシロイヌナズナでは葉ではMMT活性が,登熟中の種子ではHMT活性が高いため,葉で作られたSMMが篩管を長距離輸送され種子でL-Metを再生する,独特の輸送システムが成立しているといえる.葉のL-Metのうち適切な量を適切な時期に種子に送るシステムで,ATP 1分子というコストを払って完成された精密な輸送システムだ.シロイヌナズナ種子でCGS発現を抑制してL-Met生合成を抑制すると葉でのSMM合成が活性化されより多くのSMMが篩管輸送される(5)5) H. Cohen, Y. Chacham, I. Panizel, I. Rogachev, A. Aharoni & R. Amir: Plant Physiol., 174, 1322 (2017)..このことは種子のL-Met要求の度合いが葉に伝達されたことを示唆し,SMMサイクルを介した長距離輸送が遠隔シグナルを通じて高度に制御されていることを示唆している.

L-メチオニン高蓄積植物の作出

L-Met生合成調節機構に関して蓄積してきた知見に基づいて作物中のL-Met含有量を改善するいくつかの試みがなされてきた.その戦略として,(1)L-Met生合成関連酵素活性の増強,(2)L-Met異化酵素の抑制,(3)L-Met取り込みに関与する貯蔵タンパク質の増強といった3種類のアプローチが試みられてきた(3)3) R. Amir, H. Cohen & Y. Hacham: J. Exp. Bot., 70, 4105 (2019).

(1) L-Aspファミリーのアミノ酸生合成はアスパラギン酸キナーゼ(AK)から始まる.植物由来のAK酵素活性はL-ThrとL-Lysによるフィードバック阻害を受けるが,大腸菌由来のAKはフィードバック阻害感受性が低い.そこでまず大腸菌由来のAKを過剰発現するとL-Thrは増加したがL-Metは増加しなかった.CGSも上述のようにL-Met代謝物のSAMによりmRNAの翻訳伸長停止によるフィードバック阻害を受ける.この翻訳アレストを受けるCGS遺伝子5′-側のMTO1領域を欠如したCGSはフィードバック阻害に非感受性となる.そこでタバコ(Nicotiana tabacum)葉で大腸菌由来のAKとMTO1領域を欠如させてフィードバック阻害非感受性としたCGSを同時に過剰発現させると,葉の遊離L-Met含量が177倍となった.このとき,SMMやSAM,さらにはジメチルスルフィド(DMS)のような含硫フレーバー成分も増えていた.ただ,フィードバック阻害非感受性CGSをダイズで種子特異的に発現させても種子中の遊離L-Metは2倍程度しか増加せず,タンパク質に取り込まれたL-Metを含む総アミノ酸レベルでのL-Met含量にいたってはほとんど増加が確認できなかった.一方,シロイヌナズナでTS(上述のようにCGSと同じくO-ホスホL-ホモセリン基質にするためCGSと競合する)に変異を導入して活性を抑制すると若い葉のL-Met含有量は野生株に比べ約20倍に高まったが,種子と莢を含む果実部分のL-Met含有量は2倍程度しか増加しなかった.おそらくL-Met代謝は器官ごと,生育段階ごとに異なる制御を受けていると考えられ,たとえば葉での知見がそのまま種子には適応できないことが示唆される.

一方,シロイヌナズナは3つのHMT遺伝子をもつがそのうち,HMT2遺伝子発現を抑制すると種子ではL-Met含有量が約42倍に高まったが,葉ではL-Met含有量の増加は見られなかった.HMTやMMTは器官依存的に発現して離れた器官間でSMMサイクルを形成することでSMMの輸送を担っている.HMT2遺伝子は葉特異的に発現していると考えられ,HMT2遺伝子発現を抑制すると葉内でL-Met再生されきれずに余ったSMMが篩管輸送に回され,種子でのL-Met含量が高まったと考えられる.

(2) バレイショ(Solanum tuberosum L.)では,MGL遺伝子の発現を抑制することで塊茎の遊離L-Metが野生株に比べ55%多く蓄積した.MGL遺伝子抑制バレイショにさらにシロイヌナズナCGS遺伝子を過剰発現させてL-Met同化能の増強と異化能の抑制を同時に進めると遊離L-Met含有量が1.5~2.5倍に増加した.バレイショ塊茎のL-Met含量はヒトに対する栄養特性としてはやや少なめであることと,メチオナールなどの含硫フレーバー成分がL-Metの加熱調理で生成するフライドポテトの鍵フレーバーであるためこうした遊離L-Met含量増強バレイショは高栄養価と好ましいフレーバー特性をもつ加工製品への使用が期待できる.

(3) 植物中の遊離L-Metの20~50%がタンパク質に取り込まれ,残りの50~80%がL-Met由来の代謝物に変換されることが知られている.そのため,L-Met含有量が多いタンパク質を過剰発現することが,L-Met含量の増加に寄与すると考えられた.ゴマ(Sesamum indicum L.)の種子貯蔵タンパク質である2Sアルブミンを発現させたイネ(Oryza sativa L., japonica cv.)では野生株に比べL-Met含有量が29~76%増加した.また,L-Met含有率の低い種子貯蔵タンパク質の発現を抑制すれば全体の貯蔵タンパク質量を補填するためにL-Met含有率の高いほかの貯蔵タンパク質合成が向上する可能性が考えられた.インゲンマメの主要種子貯蔵タンパク質のファセオリン(レクチンの1種)はL-Met含有率が低い.そこで育種手法によってファセオリンをほとんどもたないインゲンマメ野生種の遺伝子を栽培種に移入し,ファセオリンをほとんど発現しないインゲンマメが作出された.このインゲンマメではS-メチルL-システインなどの含硫アミノ酸代謝物量が減少した一方でレグミン(グロブリン性タンパク質)などのほかの貯蔵タンパク質発現量が増加し,全体ではL-Met含量が10%上昇した.このインゲンマメでは一般的な栽培品種に比べて硫黄代謝系の遺伝子発現様式が大きく変わっており,含硫アミノ酸のシンク量を改変することで硫黄代謝が撹乱されたと考えられる.ダイズでも種子貯蔵タンパク質組成は生育環境に応じて制御されており,硫黄欠乏条件では含硫率の低い種子貯蔵タンパク質の7S-コングリシニン(ダイズ種子総タンパク質の約20%を占めるグロブリン性タンパク質の1種)のβサブユニットが増え,含硫率の高い11S-グリシニン(ダイズ種子総タンパク質の約40%を占めるグロブリン性タンパク質の1種)が減少する.βサブユニット含量の低いダイズ品種ではL-Met合成系の遺伝子発現が高く,MGLなどL-Met分解系の遺伝子発現が低くなっており,その結果,種子中の含硫アミノ酸含量が31.5%高まっている(6)6) X. Zhang, R. Xu, W. Hu, W. Wang, F. Han Dm Zhang, Y. Gu, Y. Guo, J. Wang & L. Qiu: Crop J., 7, 504 (2019)..フィトヘマグルチニン(レクチンの1種)やアルセリン(レクチンの1種)などのほかの貯蔵タンパク質発現量が低下しているダイズの系統では,L-Metとシスチン含有量が最大40%多く蓄積した.こうした知見は,登熟中の種子のアミノ酸代謝,貯蔵タンパク質合成は多面的な制御を受けており,一つの遺伝子を改変するだけでは目的の形質を得ることが難しいことを示している.L-Met代謝だけに限らないが,一次代謝にも絡む代謝物の蓄積量を人工的に改変するためにはその代謝物を取り巻く代謝制御ネットワークを明らかにし,その制御様式を理解することが必須である.

このように,特に豆類やイモ類など含硫アミノ酸レベルが低い傾向にある作物でL-MetやL-Cys含量を高める努力が続けられ,ある程度の成果が得られたが,種子や塊茎中のL-Metレベルを画期的に高めることにはまだ成功していない.実際,わが国で利用が認められている飼料用の組換えダイズは脂肪酸組成を改善したものを含め18品種あるが(令和3年2月12日現在,FAMICホームページ:http://www.famic.go.jp/ffis/feed/sub3_gmo.html)アミノ酸含量やタンパク質含量を改変したものはなく,国の内外を見ても上市に至った高L-Met含有ダイズがまだない.その原因の一つは研究室レベルである程度の成績を収めた組換えダイズでもその農業形質が栽培品種として適切でないことが挙げられる.世界で初めて上市された組換え植物のFLAVRSAVR™(フレーバーセーバー)トマトはあくまでも世界初の組換え植物の商業利用を謳うために上市されたもので商業的な利益を得るに足る農業形質を伴っていなかったと言われている.フィードバック阻害非感受性CGS遺伝子と生成したL-Metを収納するL-Met含有率の高いタンパク質としてトウモロコシ種子貯蔵タンパク質のゼイン遺伝子を同時にバレイショで過剰発現するとL-Met量が2~6倍に増えたが,葉が生育不全となり,塊茎の収率が40~60%も減少した.CGS遺伝子を過剰発現させてL-Met量が5倍に増強されたタバコでは酸化ストレスへの感受性が高まっており,高L-Met蓄積が酸化ストレス応答を引き起こしている可能性が示唆された.ヒトをはじめ動物にとってL-Metは必須アミノ酸なので適切な量を摂取する必要があるが,高L-Met血症が肝機能障害を引き起こすこと(7)7) F. M. Stefanello, C. Matte, C. D. Pederzolli, J. Kolling, C. P. Mescka, M. L. Lamers & M. L. de Assis Am: Biochimie, 91, 961 (2009).L-Met制限食餌が動物の寿命を延ばしたり,メタボリック症候群やがんを抑制したりする効果が知られている(8, 9)8) B. C. Lee, A. Kaya, S. Ma, G. Kim, M. V. Gerashchenko, S. H. Yim, Z. Hu, L. G. Harshman & V. N. Gladyshev: Nat. Commun., 5, 3592 (2014) doi: 10.1038/ncomms4592.9) X. Gao, S. M. Sanderson, Z. Dai, M. A. Reid, D. E. Cooper, M. Lu, J. P. Richie Jr., A. Ciccarella, A. Calcagnotto, P. G. Milhael et al.: Nature, 572, 397 (2019)..動植物を問わず組織内での過剰なL-Met蓄積は生体に悪影響を及ぼす.そのため,高L-Met作物をデザインするにはL-Met蓄積によって引き起こされる悪影響の基盤的な機構を詳らかにし,その機構を回避する技術の開発が不可欠に思われる.

ダイズ種子でのSMM蓄積機構

かつて農林水産省のダイズ関連のプロジェクトに加わらせていただいたとき,長野県野菜花き試験場に共同研究者を訪ねる機会があった.その際,長野県在来のダイズ品種をいくつか見せていただいた.ダイズを種子の形で見るのは冬場なら節分でまく黄大豆とおせち料理に入れる黒大豆,夏場ならビールのお供の枝豆くらいしかないが,その際に見せていただいたダイズは種子のサイズや種皮の模様だけでも多種多様で,わが国でダイズ栽培が始まってまだ数千年なのにこれほどの多様性が出現したことに驚いた.その中で鞍掛ダイズは種皮に馬の背に鞍をかけたように黒い模様があるダイズで,その中のいくつかは加熱調理すると特徴的な海苔風味を生じる.海苔風味を呈する典型的なフレーバー化合物と言えばジメチルスルフィド(DMS)である.海苔などの海藻から生成されるDMSはジメチルスルフォニオプロピオン酸から酵素的開裂反応で生成される(10)10) R. Bentley & T. G. Chasteen: Chemosphere, 55, 291 (2004).が,加熱により非酵素的に生じるのは加熱したキャベツの臭気と同じでSMMが非酵素的に熱分解されて生成するDMSである.そこで,海苔臭が最も安定して強い西山浸98-5と名付けられた系統を分与いただき,LC-MS/MS分析すると,普通の黄大豆にはほとんど含まれないSMMが種子1 gあたり0.3 mgも含まれていることが明らかとなった(11)11) A. Morisaki, N. Yamada, S. Yamanaka & K. Matsui: J. Agric. Food Chem., 62, 8289 (2014)..当初,高SMM蓄積形質は鞍掛形質をもつ緑大豆に多く見いだされたので鞍掛形質と高SMM形質が遺伝的に連鎖していると予想したが黄大豆と交雑すると両形質は後代で分離した.海苔臭のするダイズ,しかもその原因物質として同定されたSMMがビタミンUとも呼ばれ,胃潰瘍治癒効果をもつ生理活性物質で市販の胃腸薬にも含まれる.私達は西山浸98-5のフレーバー特性がユニークなだけでなく食べるだけで胃粘膜の修復が期待できる機能性食品になりうると期待したので俄然興味をもち,原因遺伝子の同定を目指すこととした.

高SMM形質は特に種子で顕著で,登熟初期から高い含量を示した.遊離L-MetレベルもSMM量の1割以下ではあったが,一般的な黄大豆に比べ有意に高い値を示した(図2図2■ダイズ種子中のSMM(A)とL-Met(B)蓄積量).種子登熟中のダイズ植物で葉や茎などの栄養器官は親(種子親)の遺伝型で種子は花粉親との交雑後代である.シロイヌナズナやコムギでSMMが篩管を通じて輸送されることが知られているのでダイズでも同じようにSMMの輸送が盛んだと種子での高SMM形質は種子親の遺伝型に左右されると考えられる.そこで,西山浸98-5の篩管内のSMM/L-Metレベルを調べると普通ダイズとさほど違わないことがわかり,西山浸98-5を種子親,普通ダイズを花粉親として得た交雑種子のSMM量は普通ダイズと同じであったため登熟中の栄養器官からのSMM輸送の寄与度は僅かで,SMM高蓄積は劣勢の1遺伝子支配で登熟種子内の遺伝型によって決定されていることがわかった.

図2■ダイズ種子中のSMM(A)とL-Met(B)蓄積量

登熟過程は種子重量により区別した.普通ダイズ(フクユタカ):登熟初期(25~50 mg),登熟後期(500 mg以上)西山浸98-5: 登熟初期(30~100 mg),登熟後期(700 mg以上)の種子を使用した.西山浸98-5はフクユタカに比べ過剰なSMMおよびL-Metを含有していた. **: p<0.05, ***: p<0.001 (two-way ANOVA)

そこで長野県野菜花き研究所の山田直弘氏,農研機構の石本政男氏らにご協力いただいて交配とマッピングによりSMM高蓄積原因遺伝子の同定を進めた.西山浸98-5とダイズ標準品種であるWilliam82との交雑後代の量的形質遺伝子解析から,ダイズ第10染色体上にSMM蓄積に関する量的形質遺伝子座が寄与率71.4%で検出され,引き続くファインマッピングにより,この領域にL-メチオニンγ-リアーゼ(MGL)様遺伝子であるGlyma.10g172700GmMGL1)遺伝子が座乗していることが明らかとなった.この領域を配列決定し普通ダイズと比較すると,西山浸98-5ではGmMGL1遺伝子のイントロン領域に6 kbを超えるコピア型レトロトランスポゾンが挿入されていることが明らかとなった(12)12) T. Teshima, N. Yamada, Y. Yokota, T. Sayama, K. Inagaki, T. Koeduka, M. Uefune, M. Ishimoto & K. Matsui: Plant Physiol., 183, 943 (2020)..このトランスポゾン挿入はGmMGL1遺伝子の読み枠を乱さないが,西山浸98-5登熟種子中にGmMGL1遺伝子転写物はほとんど検出できず,転写が阻害されるか,あるいは転写物が速やかに分解されるようになったと考えられる.長野県在来の10品種で調べるとSMM高蓄積品種は例外なくトランスポゾン挿入が認められ,これらの品種の祖先種でトランスポゾン挿入が起こったと予想される(図3図3■SMM過剰蓄積とGmMGL1へのトランズポゾン挿入における相関).大腸菌発現で得た組換えGmMGL1はL-Metをα-ケト酪酸に変換したのでMGLをコードすることが確認されたがL-Metに対するKm値が7 mMと非常に高かった.この異常に高いKm値はダイズのMGLが過剰なL-Met蓄積を防ぐことに特化し,ある程度の濃度のL-Metを残すためとも考えられるがより詳細な解析が必要である.

図3■SMM過剰蓄積とGmMGL1へのトランズポゾン挿入における相関

(A)各ダイズ系統における乾燥種子に含まれるSMM量:SMM過剰蓄積形質とGmMGL1へのトランスポゾンの挿入に相関が見られる.Box-Cox変換後,一元配置分散分析(Tukey’s HSD検定)を行い,異なる英文字をデータバーの上に付記して有意差(p<0.05)を示した.(B)各ダイズ系統:1: 信濃鞍掛,2: 西山浸98-4, 3: 信濃町荒瀬原鞍掛,4: 戸隠諸沢がに豆,5: 臼田在来,6: 信濃緑,7: 西山浸94-1, 8: 東山浸106, 9: 小川在来5, 10: 茅野在来4, WI: Williams82, FY: フクユタカ,NH: 西山浸98-5.

西山浸98-5では種子で発現するはずのGmMGL1遺伝子の発現がトランスポゾン挿入によって抑制されたことがSMM高蓄積につながったと考えられる.MGL活性が抑制されればL-Met分解が阻害され,L-Metが組織内に蓄積する可能性がある.過剰なL-Met蓄積はその毒性のため不都合なので何らかの方法でL-Metを不活性型にする必要がある.その手段の一つがMMTによるSMM合成であったのではないだろうか? この仮説検証のために登熟中の種子にL-Metを添加して種子内でどのように変換されるのかを追跡した(図4図4■L-Met添加実験).普通ダイズ登熟種子に1 mMのL-Metを投与しても組織内L-Met濃度もSMM濃度もさほど上がらなかった.一方,西山浸98-5では登熟種子切片に取り込まれたL-Metの多くがそのままの状態で蓄積され,さらにL-Met投与24時間後にはSMMが極めて高い濃度で生成蓄積することがわかった(12)12) T. Teshima, N. Yamada, Y. Yokota, T. Sayama, K. Inagaki, T. Koeduka, M. Uefune, M. Ishimoto & K. Matsui: Plant Physiol., 183, 943 (2020).図4図4■L-Met添加実験).安定同位体の13Cで標識したL-Metを用いると蓄積したSMMはほぼすべて与えた標識L-Metから生成されていることが確認できた.この実験結果からMGL活性が十分にある場合は高濃度のL-Met負荷をかけても特定の限度内であればMGLによりα-ケト酪酸へと分解してL-Metの過剰蓄積による毒性を回避できるがMGL活性がない場合は分解経路が遮断されてL-Metが過剰蓄積してしまい,こうした状況下ではMMTが作動してSMMが蓄積する,という解釈が妥当に思われる.MGLがL-Met過剰障害を回避する第一段階目の防御システムで,これが破綻するとMMTによるSMM蓄積によりL-Metをより安全なSMMへと変換する第二段目の防御システムが作動する(図5図5■フクユタカおよび西山浸98-5種子中のMGL活性変化によるSMM蓄積機構のモデル図).これが西山浸98-5でSMMが高蓄積している機構と思われる.西山浸98-5は普通ダイズよりもかなり多くのSMMとL-Metを含むが,農業形質は普通ダイズと遜色がない.普通ダイズでもこの程度の高濃度のL-MetやSMMには耐えられるのか,あるいは西山浸98-5には普通ダイズには見られないSMM/L-Met高蓄積耐性機構が備わっているのか,と考えられる.西山浸98-5と普通ダイズの交雑後代での表現型解析が必要である.

図4■L-Met添加実験

(左)L-Met添加実験方法の模式図.(右)1 mM L-Met添加に伴う,普通ダイズおよび西山浸98-5のSMM/ L-Met蓄積量の変化.

図5■フクユタカおよび西山浸98-5種子中のMGL活性変化によるSMM蓄積機構のモデル図

(左)フクユタカのようにMGL発現が正常である場合,遊離L-Met含有量は適切に制御される.(右)西山浸98-5のようにトランスポゾンの挿入によってMGL発現が抑制されると,代謝されなかったL-MetがSMMに変換され,SMM過剰蓄積が引き起こされる.L-Hcy: L-ホモシステイン,2KB: α-ケト酪酸,SAM: S-アデノシルL-メチオニン,HMT: L-ホモシステインメチルトランスフェラーゼ,MMT: L-メチオニンS-メチルトランスフェラーゼ.

植物MGL機能

MGLはビタミンB6由来の補酵素であるピリドキサール5′-リン酸(PLP)依存性の酵素でL-Metからα-ケト酪酸,メタンチオール,およびアンモニアへの変換を行う.反応としてはL-Metのα, γ-脱離反応とγ-置換反応等を触媒する.微生物由来MGLはよく研究されており,生体内のL-Met異化作用において中心的な役割を果たす.反応生成物の一つであるメタンチオールは,微生物中の多くの含硫揮発性化合物の前駆体として利用される.一方,植物ではシロイヌナズナで初めてMGLの機能解析が行われ,微生物と同様にL-Met異化作用を有していることが報告された.シロイヌナズナMGLはすべての組織で発現が見られ,シロイヌナズナ細胞をL-Met処理することで発現が誘導される(13)13) F. Rebeille, S. Jabrin, R. Bligny, K. Loizeau, B. Gambonnet, V. V. Wilder, R. Douce & S. Ravanel: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 15687 (2006)..シロイヌナズナに乾燥ストレスと植食性線虫ストレスを同時に与えるとMGL発現が誘導される(14)14) N. J. Atkinson, C. J. Lilley & P. E. Urwin: Plant Physiol., 174, 1322 (2013)..シロイヌナズナ葉でMGLはこうした生物的・非生物的ストレスに対する応答を担っていると考えられ,実際MGL遺伝子過剰発現シロイヌナズナは線虫に対する高い抵抗性を獲得した.ただ,MGLが防衛反応にどのように寄与しているか,その詳細は明らかでない.

メロンやドリアンの果実ではMGLが含硫フレーバー化合物の生合成に寄与しており,それぞれの果実の香気特徴に影響を与えている.メロンではMGL生成物のメタンチオールがさらに代謝されてS-メチル-2-メチルブタンチオ酸などが生成され,ドリアンの主要香気成分であるエタンチオールはエチオニンのMGL反応で直接生成される(15, 16)15) I. Gonda, S. Lev, E. Bar, N. Sikron, V. Portnoy, R. Davidovich-Rikanati, J. Burger, A. A. Schaffer, Y. Tadmor, J. J. Giovannonni et al.: Plant J., 74, 458 (2013).16) N. S. Fischer & M. Steinhaus: J. Agric. Food Chem., 68, 10397 (2020).

おわりに

植物種子のL-Met代謝は代謝経路の転写物レベルでのフィードバック制御から分解経路の活性制御,タンパク質への取り込み効率,さらには栄養器官からの長距離輸送などにより思いのほか多様な因子で精密に制御されている.また,L-Metの高蓄積は細胞毒性を来し,作物の農業形質に悪影響を与える.高付加価値の飼料原料を開発するため,あるいはヒトの健康に資する食材を開発するためには作物中のL-Met量を的確にコントロールできる技術の開発が待たれる.これまでの研究成果の蓄積によって対応しなければならない課題はかなり明らかになってきたもののその対応方法が確立されたとは言えない.そうしたなか,私たちはMGLを介したL-Met代謝制御の一端を明らかにし,SMMなら細胞毒性を来たさずに組織内に比較的高蓄積できることを明らかにした.この結果だけで直ちにダイズを始めとする作物のL-Met代謝制御技術を確立することは難しいが今後の技術開発の際に考慮すべき新たな因子を明らかにできたと考えている.また,こうした発見が日本古来の伝統的なダイズ品種に見いだせたのは感慨深く,失われつつある伝統作物にはまだまだ再評価されるべき形質が潜んでいることが期待される.わが国在来の伝統作物をもう一度見直す必要があるように思われる.

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13) F. Rebeille, S. Jabrin, R. Bligny, K. Loizeau, B. Gambonnet, V. V. Wilder, R. Douce & S. Ravanel: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 15687 (2006).

14) N. J. Atkinson, C. J. Lilley & P. E. Urwin: Plant Physiol., 174, 1322 (2013).

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