解説

アミノ酸生合成とCO2固定経路の密接な関係グリーンバイオケミストリーから生命進化まで

Close Relationship between Amino Acid Biosynthesis and CO2 Fixation: From Green Biochemistry to Evolution of Life

Yoko Chiba

千葉 洋子

理化学研究所環境資源科学研究センター

Published: 2021-09-01

筆者はこれまで微生物の有する新規セリン生合成酵素を発見し,セリン生合成経路を特定してきた(1)1) 千葉洋子:農芸化学若手女性研究者賞 受賞者講演要旨 未知の中心的代謝酵素の探索と性状解析—生命の多様性および進化の理解を目指して,https://www.jsbba.or.jp/wp-content/uploads/file/45-46.pdf (2020).アミノ酸は生命の誕生と存続に不可欠である.なかでも,セリンおよびそれと密接な関係にあるグリシンの代謝経路は,C1化合物(CO2やメタンなど,炭素1個からなる化合物を意味する)の固定経路と直接つながっている点で興味深い.現存生物におけるセリン生合成経路およびC1代謝経路の多様性と生物間分布を知ることは,初期生命の代謝予測に必須である.加えて,C1代謝は持続可能な社会における物質生産のプラットホームとしても注目されている.本稿ではC1代謝の最新の知見を紹介しつつ,セリン生合成経路解明の重要性を解説したい.

Key words: アミノ酸生合成; 炭酸固定; 有用物質生産; グリーンケミストリー; 代謝進化

古典的なセリン生合成経路

多くの生物において,セリンは解糖系・糖新生系の中間産物である3-phosphoglycerateから3ステップの酵素反応を経て作られる(図1A図1■(A)セリン生合成経路と(B)非リン酸化経路を用いたC1化合物固定(セリン経路)).本経路は,リン酸化された基質が使われることから「リン酸化経路」,もしくは最初の反応が酸化反応であることから「酸化経路」と呼ばれている.

図1■(A)セリン生合成経路と(B)非リン酸化経路を用いたC1化合物固定(セリン経路)

破線は複数の酵素反応をまとめたことを意味する.PSP: phosphoserine phosphatase, P-Ser: phosphoserine, THF: tetrahydrofolate.

一方,グリシンと5,10-CH2-テトラヒドロ葉酸(以下CH2-THFと略す)からセリンを作る生物もおり,この経路は「非リン酸化経路」と呼ばれている(図1A図1■(A)セリン生合成経路と(B)非リン酸化経路を用いたC1化合物固定(セリン経路)).CH2-THFの供給反応の一つに,グリシンをCO2とアンモニア,そしてCH2-THFに分解するグリシン開裂系が挙げられる.本反応系を用いれば,グリシン2子からセリンを作ることができる.また,メタノール(CH3OH)など還元的C1化合物を炭素源とするメチロトローフの一部は,非リン酸化経路をC1固定経路として使っている.すなわち,細胞内に取り込んだメタノールやギ酸(HCOOH)の炭素をCH2-THFを介してセリンとして固定する(セリン経路,図1B図1■(A)セリン生合成経路と(B)非リン酸化経路を用いたC1化合物固定(セリン経路)).

還元的グリシン経路—第7のCO2固定経路の発見

グリシン開裂反応は熱力学的に平衡に近い反応であり,また酵素学的にも可逆であることから,CO2とNH3,そしてCH2-THFからグリシンを作ることが理論的に可能である.実際,グリシン開裂系の逆反応(=還元方向の反応)により細胞内でグリシンが作られる現象は1970年代から知られていた.ただし本現象は従属栄養生物のみにて認知されており,主要な炭酸固定経路としてはみなされていなかった(2)2) G. Fuchs: FEMS Microbiol. Rev., 2, 181 (1986)..しかし2020年,本経路が独立栄養性細菌(δプロテオバクテリアに属するDesulfovibrio desulfuricans)の炭酸固定経路として機能していることが証明された(3)3) I. Sánchez-Andrea, I. A. Guedes, B. Hornung, S. Boeren, C. E. Lawson, D. Z. Sousa, A. Bar-Even, N. J. Claassens & A. J. Stams: Nat. Commun., 11, 1 (2020).図2A図2■D. desulfuricans(A)と大腸菌(B)の還元的グリシン経路の比較).すなわち,2分子のCO2(そのうち1分子のCO2はギ酸を通じてCH2-THFに還元される)とNH3と結合させてグリシンを作る還元的グリシン経路が本菌の炭酸固定経路として機能していることが,多角的なオミックス解析によって示された.これは第7のCO2固定経路であり「還元的グリシン経路」と呼ばれている.

図2■D. desulfuricans(A)と大腸菌(B)の還元的グリシン経路の比較

D. desulfuricansが水素を還元力とするのに対し,大腸菌はギ酸・メタノールを還元力とする.両者の代謝で異なる部分をオレンジで記し,添加した炭素源を水色の枠で囲った.

有用物質生産のプラットホームとしての還元的グリシン経路

究極の循環型社会を作るためには,化石燃料に頼らずCO2と再生可能エネルギーを用いて有機物を合成する必要がある(4)4) A. Satanowski & A. Bar-Even: EMBO Rep., 21, e50273 (2020)..生物を用いた物質生産においては,CO2と水素や光などの再生可能エネルギーを生物に与えて直接CO2を固定させる方法と,CO2にエネルギーを加えて還元的C1化合物に変換した後,これを炭素源として生物に与える方法が考えられる.後者の場合,還元的C1化合物の中でもギ酸とメタノールが特に注目されている.なぜならこれらは水に溶けやすく,ガスであるCO2と比較して輸送が容易だからである.このような背景のもと,以下に詳述するように,易水溶性C1化合物を用いた物質生産のプラットホームとして,ギ酸もしくはメタノールを炭素源として増殖可能な大腸菌が作られた(5)5) S. Kim, S. N. Lindner, S. Aslan, O. Yishai, S. Wenk, K. Schann & A. Bar-Even: Nat. Chem. Biol., 16, 538 (2020).図2B図2■D. desulfuricans(A)と大腸菌(B)の還元的グリシン経路の比較).なお,ギ酸をピルビン酸に変換する複数の経路の中から,ATPの消費が少なく,かつ酵素の酸素耐性が高いという理由で還元的グリシン経路が選ばれた.

既存の経路でセリン・グリシンを生合成できないように遺伝子改変した大腸菌に対し,還元的グリシン経路の酵素遺伝子群の中で大腸菌が有さないもの,すなわちギ酸からCH2-THFを作る経路の酵素群を導入した(図2B図2■D. desulfuricans(A)と大腸菌(B)の還元的グリシン経路の比較①の反応群)*1*1 遺伝子源としては,すべてMethylobacterium extorquens(セリン経路を有するメチロトローフである)由来のものを用いた.なお大腸菌はグリシンをセリン経由でピルビン酸に変換する酵素遺伝子群を有しているが,これらも削除しM. extorquens由来の酵素遺伝子群を発現させている..加えて,ギ酸脱水素酵素(HCOOH+NAD→CO2+NADH)遺伝子も組み込んだ(図2B図2■D. desulfuricans(A)と大腸菌(B)の還元的グリシン経路の比較②).これによりギ酸は炭素源に加えてエネルギー源としても利用可能になった.そして実験室進化を経て,ギ酸100 mMおよび気層の10%のCO2存在下で倍加時間8時間以下,最終菌密度OD600 1以上で増殖する株が得られた.さらに,メタノールデヒロゲナーゼを導入することによりメタノールを資化可能な大腸菌も作られた(図2B図2■D. desulfuricans(A)と大腸菌(B)の還元的グリシン経路の比較③).なお,メタノールを用いて培養したときの倍加速度,最終菌密度はギ酸培養条件に劣る.

還元的グリシン経路の比較

D. desulfuricansにおける還元的グリシン経路の発見と還元的グリシン経路を導入した大腸菌の作製はほぼ同時に発表されており,かつ両方の論文に共通する筆者がいることから,本大腸菌の代謝デザインにD. desulfuricansの代謝経路が影響を与えた可能性は高い.しかし,両生物の代謝は還元的グリシン経路,すなわちCO2とギ酸由来のCH2-THFをグリシンとして固定する直線的な経路という基本骨格を共にする一方で,以下に示す違いがある(図2図2■D. desulfuricans(A)と大腸菌(B)の還元的グリシン経路の比較,オレンジでハイライトした部分).

まず,D. desulfuricansは水素由来のエネルギーを用いてCO2をギ酸に還元することが可能であり,CO2を唯一の炭素源として増殖できる.一方,上述の大腸菌はギ酸を炭素源だけでなくエネルギー源(還元力)としても用いるため,CO2からはギ酸を生成できない.また,C1化合物をグリシンに固定した後の流れにも差異がある.本人工大腸菌はグリシンからセリンを経て作られたピルビン酸,すなわちC3化合物をさまざまな生合成経路の主な出発物質として用いる.これに対し,D. desulfuricansはセリン生合成とは別の経路,すなわちグリシンをアセチルCoA(C2化合物)に変換し,このアセチルCoAおよびアセチルCoA由来のピルビン酸を主な出発物質としてバイオマスを作る.グリシンからピルビン酸に至る経路の違いが代謝全体にどのような影響を及ぼすのか,今後の研究がまたれる.なお,自然界に存在する還元的グリシン経路保有微生物の中にも,グリシン由来のアセチルCoAではなくセリン由来のピルビン酸を主要な生合成出発物質とするものがいるのではないかとゲノム情報から推定されている(3)3) I. Sánchez-Andrea, I. A. Guedes, B. Hornung, S. Boeren, C. E. Lawson, D. Z. Sousa, A. Bar-Even, N. J. Claassens & A. J. Stams: Nat. Commun., 11, 1 (2020).

最古のCO2固定経路はどれか? 還元的グリシン経路とほかの炭酸固定経路の比較

還元的グリシン経路の発見以前に知られていた6種類の炭酸固定経路(6)6) 石井正治:生物工学会誌:Seibutsu-Kogaku Kaishi, 90, 165 (2012).のうち,還元的TCA回路(rTCA回路)もしくはWood–Ljungdahl経路(WL経路;還元的アセチルCoA経路とも呼ばれる)が以下に記す理由で古くから存在するのではないかと考えられてきた(図3図3■3種類の炭素固定経路の比較).

図3■3種類の炭素固定経路の比較

rTCA回路は生成物であるアセチルCoAが次の反応の基質となる自己触媒経路であるのに対し,還元的グリシン経路とWL経路は非自己触媒的で直線的な経路である.破線は複数の反応をまとめたことを意味する.(0–2ATP)は用いる酵素によってATPを消費する数が異なることを意味する.下線は「生体分子の生合成における5つの根源的な出発物質」を示す.

WL経路が最古であるという主張の理由としては,ほかの経路がバクテリアもしくはアーキアのみから検出されているのに対し(rTCA回路と還元的グリシン経路はバクテリアのみから見つかっている),WL経路はバクテリアとアーキアの両方に存在することが挙げられる.これは,両ドメインの分岐前にWL経路がすでに存在した可能性を示唆する(ただし,WL経路に関与する酵素遺伝子の一部は,バクテリアとアーキアにおいて起源を異にする.これについては,現存の酵素が誕生する以前から鉱物等を利用したWL経路の反応システムが存在したことを意味すると説明されている(7)7) W. Martin, J. Baross, D. Kelley & M. J. Russell: Nat. Rev. Microbiol., 6, 805 (2008).).また,WL経路は系全体の反応(2CO2+4H2+CoA→アセチルCoA+3H2O)の自由エネルギー変化が最も小さく,熱力学的に有利な反応であるというのも理由として挙げられる(8)8) 北台紀夫,青野真士,大野克嗣:地球化学,50, 155 (2016)..3分子のCO2からpyruvateを作るのに使われるATPは0–1分子のみ*2*2 バクテリア型の経路はATPを1分子消費する.アーキア型経路はATPを消費しない.であり,これも最小である(9)9) I. A. Berg, D. Kockelkorn, W. H. Ramos-Vera, R. F. Say, J. Zarzycki, M. Hügler, B. E. Alber & G. Fuchs: Nat. Rev. Microbiol., 8, 447 (2010).

一方,pyruvateを作るのに必要なATP量は,rTCA回路が1–4分子*3*3 生物種によって使用する酵素が異なり,そのために使用するATP分子数が異なる13)13) 亀谷将史,新井博之,石井正治:極限環境生物学会誌,18, 30 (2020)..また,オキサロ酢酸に3分子のCO2を固定してピルビン酸とオキサロ酢酸を作る反応と捉えるか,ピルビン酸に4分子のCO2を固定してピルビン酸とオキサロ酢酸を作る回路反応と捉えるかでも必要なATP数が異なる.,還元的グリシン経路が1–2分子*4*4 ピルビン酸がアセチルCoA経由で作られる場合は1分子,セリン経由で作られる場合は2分子必要である.と,5–9分子必要なほかの4経路と比較すると省エネである.また,rTCA回路は生体分子の生合成における5つの根源的な出発物質,すなわちアセチルCoA,ピルビン酸,オキサロ酢酸,コハク酸,2-オキソグルタル酸のすべてを提供できるという点でも注目されている(8)8) 北台紀夫,青野真士,大野克嗣:地球化学,50, 155 (2016)..さらに,WL経路および還元的グリシン経路が直線的な反応であるに対し,rTCA回路は生成物が2周目の反応の基質となる自己触媒反応であるという点も興味深い(10)10) A. Blokhuis, D. Lacoste & P. Nghe: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 25230 (2020)..これはひとたび反応が始まれば生成物が指数関数的に増えていくことを意味し,有機物を蓄積するという観点で好都合な反応である.遺伝子にコードされた現在のような酵素タンパク質による代謝として最も古いかは別として,アミノ酸,核酸といった現在の代謝に不可欠な生体分子を非生物的に作り,蓄積していったであろうプレバイオティックな世界において,rTCA回路のような自己触媒系は大きな影響を与えたのではないかと考えられる.

なお,最古の炭酸固定経路は必ずしもWL経路,rTCA回路,還元的グリシン経路のいずれかであるとは限らない.既にお気づきの読者も多いと思うが,還元的グリシン経路は細菌型のWL経路の一部を共にしている(図3図3■3種類の炭素固定経路の比較右).Clostridium drakeiではWL経路と還元的グリシン経路が同時に炭酸固定経路として機能しており(11)11) Y. Song, J. S. Lee, J. Shin, G. M. Lee, S. Jin, S. Kang, J.-K. Lee, D. R. Kim, E. Y. Lee, S. C. Kim et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 7516 (2020).,両経路の進化的関係について今後の研究がまたれる.さらに,現存のAquificae門生物はrTCA回路を用いているが,その祖先はrTCA回路に加えてWL経路(もしくは還元的グリシン経路)も有していた可能性を示唆するゲノム解析が報告されている(12)12) D. Giovannelli, S. M. Sievert, M. Hügler, S. Markert, D. Becher, T. Schweder & C. Vetriani: eLife, 6, e18990 (2017)..最古の炭酸固定経路はこれら3つの代謝経路(の一部)を組み合わせたものだったのかもしれない.

現在,幅広い現存生物の系統関係とそれが有する代謝経路・酵素の比較解析により,われわれの共通祖先の代謝を推定する研究が盛んに行われている.これまで,祖先型CO2固定代謝を推定する際には,現存する独立栄養生物のCO2固定代謝を比較解析することが一般的であった.一方で,還元的グリシン経路の発見により,CO2固定代謝とグリシン・セリン生合成には密接な関係があることが再認識された.CO2固定経路だけでなくグリシン・セリン生合成経路も比較解析のパラメータとして用いれば,独立栄養生物だけでなく従属栄養生物も含む幅広い系統群の代謝情報を用いて祖先代謝を推定することができる.これにより推定の解像度および信頼度が向上し,より確からしい原始的な代謝マップを手に入れることができるのではないかと筆者は期待している.

新規セリン生合成酵素の発見—リン酸化経路はより多くの生物に存在する

以上の背景より,現存生物がどの経路・酵素でグリシン・セリンを生合成しているのか明らかにすることが,アミノ酸生合成経路だけでなくCO2固定代謝の進化を理解するうえでも最重要課題の一つだと筆者は考えている.そこで,どの生物がどの経路を用いてセリンを生合成しているか推定するために,比較ゲノム解析を行った(14)14) Y. Chiba, K. Oshima, H. Arai, M. Ishii & Y. Igarashi: J. Biol. Chem., 287, 11934 (2012)..その結果,3ステップのリン酸化経路(図1図1■(A)セリン生合成経路と(B)非リン酸化経路を用いたC1化合物固定(セリン経路))酵素遺伝子のうち最初の2遺伝子を有しているものの,最後の反応を触媒するホスホセリン脱リン酸化酵素(PSP)遺伝子を欠くバクテリア(これらの多くは生理条件からグリシン・セリン生合成能力を有すると考えられる)が多数存在することが判明した.これら生物は非リン酸化経路でセリンを作っているのだろうか? そうだとしたら,リン酸化経路の最初の2ステップで生じるホスホセリンは何のために作られているのだろうか?*5*5 一部の生物はホスホセリンからシステインを作ることが知られているが,既知のPSP遺伝子を欠く生物の多くはこれとは異なるシステイン生合成経路を有していると遺伝子情報から推定された.

この疑問に答えるため,筆者らは既知のPSP遺伝子を欠く生物の細胞破砕液を用いて,PSP活性の有無を確認してみた(14, 15)14) Y. Chiba, K. Oshima, H. Arai, M. Ishii & Y. Igarashi: J. Biol. Chem., 287, 11934 (2012).15) Y. Chiba, A. Yoshida, S. Shimamura, M. Kameya, T. Tomita, M. Nishiyama & K. Takai: FEBS J., 286, 726 (2019)..その結果,驚くことに好熱性独立栄養性細菌Hydrogenobacter thermophilusおよび好熱性従属栄養性細菌Thermus thermophilusからそれぞれPSP活性が検出された.そこでこれら細胞破砕液から活性を指標にタンパク質を精製し,PSPを同定した.これらは既知のPSP(type1)および互いに進化的に独立して生じたものであったことから,以降type 2およびtype 3 PSPと呼ぶ.これらPSP遺伝子の破壊株はセリン要求性を示すので,両生物のセリン生合成に必須である(15, 16)15) Y. Chiba, A. Yoshida, S. Shimamura, M. Kameya, T. Tomita, M. Nishiyama & K. Takai: FEBS J., 286, 726 (2019).16) K. Kim, Y. Chiba, A. Kobayashi, H. Arai & M. Ishii: J. Bacteriol., 199, e00409 (2017)..なお,type 2 PSPはH. thermophilusを含むAquificae門に加えてCyanobacteria門とChloroflexi門に,type 3 PSPはT. thermophilusに加えて枯草菌を含む一部のFirmicutes門生物にも存在することが明らかになった(15, 17)15) Y. Chiba, A. Yoshida, S. Shimamura, M. Kameya, T. Tomita, M. Nishiyama & K. Takai: FEBS J., 286, 726 (2019).17) Y. Chiba, S. Horita, J. Ohtsuka, H. Arai, K. Nagata, Y. Igarashi, M. Tanokura & M. Ishii: J. Biol. Chem., 288, 11448 (2013)..これら生物はtype 1 PSP遺伝子を有さないことから,2種の生物からのPSPの発見は幅広い生物門のセリン生合成経路理解に貢献した.

Type 2, 3 PSPの発見は,リン酸化経路を用いたセリン生合成がこれまで知られていた以上に幅広い生物で使われていることを明らかにした.一方で新たな疑問も提示した.Type 1 PSPは3ドメインすべての生物に存在することから,われわれの共通祖先に既に存在したことが示唆される.一方でType 2, 3 PSPはバクテリアの系統樹上でキメラ状に存在することから,これらの誕生は最大節約的には説明できず,Type 1 PSPを失ってType 2もしくはType 3 PSPを獲得するというイベントが進化の過程で独立して複数回起きたと考えられる(図4図4■バクテリアにおける3種類のPSPの分布).なぜこのような複雑な進化が起きたのだろうか? これについては今後の研究がまたれる.

図4■バクテリアにおける3種類のPSPの分布

おわりに

最初の生命がCO2を固定する独立栄養生物だったのか,有機物を食べる従属栄養生物だったのか,はたまた両方が可能な混合栄養生物であったのかは,今なお議論が続いている(18)18) 高井 研:“生命の起源はどこまでわかったか 深海と宇宙から迫る”,岩崎書店,2018..しかし,CO2を固定可能な生命の誕生が,総体としての生命の持続的な繁栄に必須であったことを疑う人はいないだろう.なぜなら,非生物的に生じる有機物量だけで維持できるバイオマスには限りがあるからだ.原始生命はどのようにCO2を固定していたのだろうか? また,どのような過程を経て現在のように複雑かつ洗練された代謝システムを獲得していったのだろうか? 私は現存生物のセリン生合成経路の多様性解明を通じて,これからもこの謎に向き合っていきたい.

Reference

1) 千葉洋子:農芸化学若手女性研究者賞 受賞者講演要旨 未知の中心的代謝酵素の探索と性状解析—生命の多様性および進化の理解を目指して,https://www.jsbba.or.jp/wp-content/uploads/file/45-46.pdf (2020)

2) G. Fuchs: FEMS Microbiol. Rev., 2, 181 (1986).

3) I. Sánchez-Andrea, I. A. Guedes, B. Hornung, S. Boeren, C. E. Lawson, D. Z. Sousa, A. Bar-Even, N. J. Claassens & A. J. Stams: Nat. Commun., 11, 1 (2020).

4) A. Satanowski & A. Bar-Even: EMBO Rep., 21, e50273 (2020).

5) S. Kim, S. N. Lindner, S. Aslan, O. Yishai, S. Wenk, K. Schann & A. Bar-Even: Nat. Chem. Biol., 16, 538 (2020).

6) 石井正治:生物工学会誌:Seibutsu-Kogaku Kaishi, 90, 165 (2012).

7) W. Martin, J. Baross, D. Kelley & M. J. Russell: Nat. Rev. Microbiol., 6, 805 (2008).

8) 北台紀夫,青野真士,大野克嗣:地球化学,50, 155 (2016).

9) I. A. Berg, D. Kockelkorn, W. H. Ramos-Vera, R. F. Say, J. Zarzycki, M. Hügler, B. E. Alber & G. Fuchs: Nat. Rev. Microbiol., 8, 447 (2010).

10) A. Blokhuis, D. Lacoste & P. Nghe: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 25230 (2020).

11) Y. Song, J. S. Lee, J. Shin, G. M. Lee, S. Jin, S. Kang, J.-K. Lee, D. R. Kim, E. Y. Lee, S. C. Kim et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 7516 (2020).

12) D. Giovannelli, S. M. Sievert, M. Hügler, S. Markert, D. Becher, T. Schweder & C. Vetriani: eLife, 6, e18990 (2017).

13) 亀谷将史,新井博之,石井正治:極限環境生物学会誌,18, 30 (2020).

14) Y. Chiba, K. Oshima, H. Arai, M. Ishii & Y. Igarashi: J. Biol. Chem., 287, 11934 (2012).

15) Y. Chiba, A. Yoshida, S. Shimamura, M. Kameya, T. Tomita, M. Nishiyama & K. Takai: FEBS J., 286, 726 (2019).

16) K. Kim, Y. Chiba, A. Kobayashi, H. Arai & M. Ishii: J. Bacteriol., 199, e00409 (2017).

17) Y. Chiba, S. Horita, J. Ohtsuka, H. Arai, K. Nagata, Y. Igarashi, M. Tanokura & M. Ishii: J. Biol. Chem., 288, 11448 (2013).

18) 高井 研:“生命の起源はどこまでわかったか 深海と宇宙から迫る”,岩崎書店,2018.

*1 *1 遺伝子源としては,すべてMethylobacterium extorquens(セリン経路を有するメチロトローフである)由来のものを用いた.なお大腸菌はグリシンをセリン経由でピルビン酸に変換する酵素遺伝子群を有しているが,これらも削除しM. extorquens由来の酵素遺伝子群を発現させている.

*2 *2 バクテリア型の経路はATPを1分子消費する.アーキア型経路はATPを消費しない.

*3 *3 生物種によって使用する酵素が異なり,そのために使用するATP分子数が異なる13)13) 亀谷将史,新井博之,石井正治:極限環境生物学会誌,18, 30 (2020)..また,オキサロ酢酸に3分子のCO2を固定してピルビン酸とオキサロ酢酸を作る反応と捉えるか,ピルビン酸に4分子のCO2を固定してピルビン酸とオキサロ酢酸を作る回路反応と捉えるかでも必要なATP数が異なる.

*4 *4 ピルビン酸がアセチルCoA経由で作られる場合は1分子,セリン経由で作られる場合は2分子必要である.

*5 *5 一部の生物はホスホセリンからシステインを作ることが知られているが,既知のPSP遺伝子を欠く生物の多くはこれとは異なるシステイン生合成経路を有していると遺伝子情報から推定された.