プロダクトイノベーション

サラシア属植物のヒト消化管に対する作用の解明と新規機能性食品開発糖の吸収制御が腸内細菌叢,免疫作用へ与える影響

Fumitaka Ueda

植田 文教

富士フイルム株式会社

Yuriko Oda

小田 由里子

富士フイルム株式会社

Published: 2021-09-01

インドやスリランカなど南アジア地域に自生するデチンムル科のサラシア属植物(Salacia reticulata, Salacia oblonga, Salacia chinensis等,以下サラシア)の根部や幹はアーユルヴェーダの有用植物として特に糖尿病に有効であると伝承されている.これらには,チオ糖類,マンジフェリンなど特徴のある成分が含まれ,特にサラシノール(Salacinol,図1図1■サラシノールの構造)などのチオ糖類は小腸上皮のα-グルコシダーゼを阻害し糖の吸収を抑制する働きがあるため,血糖値を抑える機能性食品の有効成分として利用されてきた(1)1) M. Yoshikawa, T. Morikawa, H. Matsuda, G. Tanabe & O. Muraoka: Bioorg. Med. Chem., 10, 1547 (2002).

図1■サラシノールの構造

富士フイルム株式会社では,2006年からサラシアの研究を行っているが,そもそものきっかけはサラシアのもつ糖吸収抑制機能がダイエットに効くのではないかと考えたことによる.日本人の摂取カロリーの半分は糖質であり,今では痩せるために糖質オフをすることは当たり前になってきているが,当時はダイエット素材といえば脂肪の燃焼促進効果のあるものやリパーゼ阻害による脂肪吸収抑制効果をうたったものが主流であった.糖の吸収を強く抑える素材としては桑葉に含まれる1-デオキシノジリマイシン(1-DNJ)が有名であるが,サラシアにも同様の効果がありしかも桑より持続性があり(2)2) T. Matsuura, Y. Yoshikawa, H. Masui & M. Sano: Yakugaku Zasshi, 124, 217 (2004).,実際に飲んでみると整腸作用等桑を上回る体感があったため中心素材として研究することにした.桑葉よりも持続性があることに関しては,1-DNJが腸管から吸収されるのに対しサラシアの有効成分であるサラシノールは吸収されず腸管内の濃度が維持されることに起因すると考えている.

サラシアにはα-グルコシダーゼ阻害による血糖値改善効果以外にもさまざまな効果を有する可能性があることがわかり,サラシアのα-グルコシダーゼ阻害以外の新規機能に関しても明らかにしたいと考えた.そこで,サラシア特有成分(チオ糖)の作用部位である消化管での作用を中心に研究を開始した.

サラシアをサプリメント等に加工する際はサラシア根部より抽出したエキス末を用いる.後述するサプリメント設計の際に,機能性を高めるために複合成分配合を行いたいと考えたが,エキス末中の機能性成分の濃度が低く利便性が悪かった.そこで,機能性成分を高濃度に含む濃縮型エキス末を開発したところ,吸湿しやすく黒色に変質する不具合が出て最初の商品化は失敗に終わってしまった.そこでその対策として,濃縮サラシアエキス末へ安定性を付与する技術開発も行ったので,以下にその概要を述べる.

サラシアの機能

1. サラシアの消化管への作用

消化管におけるサラシアの作用を理解するため,ラットにサラシアエキス末を投与し,小腸粘膜細胞の遺伝子発現変化の解析および糞便の腸内細菌叢解析(T-RFLP法)を行った.その結果,腸内細菌叢が顕著に変化し多数の免疫関連遺伝子の発現が増加することがわかった(3)3) Y. Oda, F. Ueda, A. Kamei, C. Kakinuma & K. Abe: Biofactors, 37, 31 (2011).

さらに,インフルエンザウィルス感染マウスモデルにサラシアエキス末を投与する試験を行ったところ,肺や脾臓のNK細胞活性値が上がりくしゃみや咳の回数が有意に減り,肺の炎症が軽減して組織損傷が顕著に抑えられる結果が得られた(4)4) G. A. Romero-Pérez, M. Egashira, Y. Harada, T. Tsuruta, Y. Oda, F. Ueda, T. Tsukahara, Y. Tsukamoto & R. Inoue: Immunol., 7, 115 (2016)..サラシアのマウスのインフルエンザウィルス感染後の炎症を抑える作用は,その糖吸収抑制作用により吸収されなかった糖が腸内細菌叢を変化させ,腸管免疫機構を通して,生体調節作用をもつ可能性が示唆された.

2. ヒトの腸内・免疫機能に対する作用

ラットやマウスへの効果検証で,サラシアは腸内細菌叢を変化させることがわかったが,これらの齧歯動物とヒトは摂取する食物や腸内細菌の分布がかなり異なるため,次にヒトでの効果検証を行うことにした.最初にサラシアの影響を相対的に知るため,ヒトにおいては腸内環境に影響する素材の代表であるヨーグルトとフラクトオリゴ糖との効果比較を行った.それぞれの素材を4週間毎日飲んでもらい1週間ごとに腸内細菌叢解析(T-RFLP法)を行ったところ,サラシアを飲んだ人はほかの素材を飲んだ人よりも顕著に腸内細菌叢が変化しており,特にBiffidobacteriumの比率が摂取前後の比較で上昇していることがわかった(5)5) Y. Oda & F. Ueda: Science and Technology in Japan, 104, 4 (2010).

上記の結果を受けわれわれは,ヒトに対するサラシアの作用をさらに詳細に確認するため,健常成人を対象とした二重盲検試験を実施し,サラシアのヒト免疫および腸内細菌叢に対する作用を評価した.生活習慣が類似した50~59歳の健常男性を対象としたスクリーニングを行い,廣川らが開発した『免疫力測定検査』(6~8)6) 廣川勝昱:基礎老化研究,40, 3(2016).7) K. Hirokawa, M. Utsuyama, Y. Hayashi, M. Kitagawa, T. Makinodan & T. Fulop: Immun. Ageing, 10, 19 (2013).8) K. Hirokawa, M. Utsuyama, Y. Kikuchi & M. Kitagawa: Handbook on Immunosenescence, 1548 (2009).において免疫スコアが低めの参加者30名を選出し,無作為に2群(サラシア群,プラセボ群)に振り分け,無作為化二重盲検プラセボ対照並行群間試験を実施した.

プラセボ摂取群との群間比較の結果,サラシア群において,血中のT細胞増殖係数の向上(図2図2■サラシア摂取が血液中のT細胞や腸内細菌に与える影響①),CD4 Naïve T細胞の増加傾向(図2図2■サラシア摂取が血液中のT細胞や腸内細菌に与える影響②),IL-6の低下傾向,および糞便中のBifidobacterium比率の有意な増加(図2図2■サラシア摂取が血液中のT細胞や腸内細菌に与える影響③)を確認した.

図2■サラシア摂取が血液中のT細胞や腸内細菌に与える影響

上記の試験と合わせて実施したヒト血液の遺伝子発現解析では,サラシア摂取により細胞性免疫,特にinterferonシグナリングにかかわる遺伝子の発現が多数増加しており,腸管免疫を通した免疫賦活作用が進んだことが示唆された(8)8) K. Hirokawa, M. Utsuyama, Y. Kikuchi & M. Kitagawa: Handbook on Immunosenescence, 1548 (2009)..また,炎症関連遺伝子の発現低下も観察された.さらにシーケンサーを用いた腸内細菌叢の詳細解析から,糖尿病にかかわる菌の変化も確認できた.以上の結果から,サラシアはヒトにおいても腸内細菌叢の変化を介して,免疫機能調整および糖尿病の予防に作用している可能性が示された(9)9) Y. Oda, F. Ueda, M. Utsuyama, A. Kamei, C. Kakinuma, K. Abe & K. Hirokawa: PLOS ONE, 10, e142909 (2015).

サラシアはこれまで糖の吸収を抑制することにより糖尿病を予防する素材と考えられてきたが,腸内細菌叢変化を通して免疫機能や消化管の炎症抑制,糖尿病の予防等に関与する可能性が示された.現在,廣川らの考案した免疫機能評価方法は,多くの食品機能性研究に活用されているが,食品の機能性評価に用いたのは本研究が最初であり,試験系の開発も含めて,免疫に対する食品の機能性評価の先鞭をつけたと考えている.

またサラシアの整腸作用は食べた糖質の一部未消化の部分が腸内環境に影響を与えるため,カテゴリとしてはプレバイオティクス類似のものだと思われるが,α-グルコシダーゼ阻害による大腸へ送られるオリゴ糖量の増大を伴うため,新しい概念を含んでいると思われる.腸内細菌叢への影響は大きいが,機序を考えると腸内細菌の栄養状態を変えることで分布に変化をもたらすものなので,細菌叢の多様性を損なうものではないと考えている.

以下にサラシアの作用のまとめ(図3図3■生体内におけるサラシアの作用)を示す.

図3■生体内におけるサラシアの作用

機能性食品の開発

サラシア(機能性関与成分:サラシノール)と緑茶抽出物(機能性関与成分:エピガロカテキンガレート),酵素処理ルチン(機能性関与成分:モノグルコシルルチン),食物繊維(機能性関与成分:難消化性デキストリン)を組み合わせた複合成分配合サプリメントA,これに海藻ポリフェノール(機能性関与成分:フロロタンニン)を組み合わせた複合成分配合サプリメントBについて,BMIが25以上30未満の健常な男女を対象に無作為化二重盲検プラセボ対照並行群間試験を行った.その結果,複合成分配合サプリメントAを摂取することにより体重,BMI, (腹部)内臓・全脂肪面積が有意に低減すること,サプリメントBを摂取することによりサプリメントAの効果に加え,皮下脂肪面積値,ウエスト周囲径が有意に低下することを確認した(10)10) S. Seki, Y. Oda, Y. Shirakura, H. Sakaguchi, F. Ikuo & F. Ueda: Jpn Pharmacol. Ther., 45, 957 (2017).

本研究のエビデンスを活用し,複数の機能性表示(糖吸収抑制,腸内環境改善,体重減少)を可能としたサプリメントを開発・上市した(図4図4■本研究成果を活用した機能性表示食品).

図4■本研究成果を活用した機能性表示食品

商品化に際しては,サラシア濃縮化および他成分共存下での安定性向上の技術(特許第5710663号)を新規開発し,少ない錠数で飲みやすく続けやすいサプリメント形態を実現している(図5図5■サラシアの安定化技術を活用した錠剤).

図5■サラシアの安定化技術を活用した錠剤

以上,サラシアは小腸における二糖類分解酵素を阻害することにより,大腸へのオリゴ糖の流入を増やし腸内細菌叢をビフィズス菌優位に変化させ,免疫機能を活性化することがわかった.

もともと日本人は欧米人と比べて乳糖分解酵素の発現が少ない遺伝子型の人が多く,小腸で分解・吸収されない乳糖の大腸への流入が多いためビフィズス菌が多いとの報告があるが(11)11) K. Kato, S. Ishida, M. Tanaka, E. Matsuyama, J. Xiao & T. Odamaki: PLOS ONE, 13, e0206189 (2018).,本研究でも二糖分解酵素を阻害する成分が腸内細菌叢を顕著に変化させたことから,小腸での吸収挙動のコントロールが大腸の腸内細菌叢の形成に影響を及ぼしていることが示唆された.

我が国は2008年をピークに人口が減少し,超高齢化社会に突入し,糖尿病などの生活習慣病は年々増加している.また最近では新型コロナによる感染の拡大等が社会問題化しており,平均寿命と健康寿命の乖離や年々増え続ける国民医療費による医療経済の悪化などが大きな問題となっているため,食品による予防は今後の重要なテーマであると考えられる.

本研究で取り上げたサラシアは糖の吸収を抑えることで血糖値上昇を抑制し,さらに腸内環境を変化させて免疫を活性化させる働きがあることがわかった.小腸での二糖類の吸収抑制が腸内細菌叢を変化させる要因の一つであることは,今後の食による予防を考えるうえで重要である.また,この効果は他の産業動物でも確認されており,たとえば腸の障害の多い競走馬の腸内環境改善(12)12) F. Ueda, A. Iida, H. Sait, A. Amao, T. Fujita & A. Kato: J. Equine Sci., 30, 105 (2019).や免疫が未熟で発熱しやすい仔馬の体調改善などの研究結果も報告されている(13)13) A. Iida, H. Saito, A. Amao, T. Fujita, A. Kato & F. Ueda: J. Equine Sci., 31, 11 (2020)..すでにGI優勝馬を含め競走馬の世界にも浸透してきたサラシアであるが,さらに家畜の肉質改良や生産性向上に寄与する可能性があり検討が進められている.

われわれもこれからも食による予防を通して一人でも多くの人々の健康の維持・増進,QOLの改善に役立つことを願い,今後も研究開発に邁進していきたいと考えている.

Reference

1) M. Yoshikawa, T. Morikawa, H. Matsuda, G. Tanabe & O. Muraoka: Bioorg. Med. Chem., 10, 1547 (2002).

2) T. Matsuura, Y. Yoshikawa, H. Masui & M. Sano: Yakugaku Zasshi, 124, 217 (2004).

3) Y. Oda, F. Ueda, A. Kamei, C. Kakinuma & K. Abe: Biofactors, 37, 31 (2011).

4) G. A. Romero-Pérez, M. Egashira, Y. Harada, T. Tsuruta, Y. Oda, F. Ueda, T. Tsukahara, Y. Tsukamoto & R. Inoue: Immunol., 7, 115 (2016).

5) Y. Oda & F. Ueda: Science and Technology in Japan, 104, 4 (2010).

6) 廣川勝昱:基礎老化研究,40, 3(2016).

7) K. Hirokawa, M. Utsuyama, Y. Hayashi, M. Kitagawa, T. Makinodan & T. Fulop: Immun. Ageing, 10, 19 (2013).

8) K. Hirokawa, M. Utsuyama, Y. Kikuchi & M. Kitagawa: Handbook on Immunosenescence, 1548 (2009).

9) Y. Oda, F. Ueda, M. Utsuyama, A. Kamei, C. Kakinuma, K. Abe & K. Hirokawa: PLOS ONE, 10, e142909 (2015).

10) S. Seki, Y. Oda, Y. Shirakura, H. Sakaguchi, F. Ikuo & F. Ueda: Jpn Pharmacol. Ther., 45, 957 (2017).

11) K. Kato, S. Ishida, M. Tanaka, E. Matsuyama, J. Xiao & T. Odamaki: PLOS ONE, 13, e0206189 (2018).

12) F. Ueda, A. Iida, H. Sait, A. Amao, T. Fujita & A. Kato: J. Equine Sci., 30, 105 (2019).

13) A. Iida, H. Saito, A. Amao, T. Fujita, A. Kato & F. Ueda: J. Equine Sci., 31, 11 (2020).