巻頭言

心に残る授業をめざして

Misao Miwa

三輪

日本農芸化学会フェロー,人間総合科学大学,日本薬科大学

Published: 2021-10-01

学生にとって満足できる授業とはどんなものだろう.私は,教師からの一方通行ではなく学生参加型にすること,身近な例を使うこと,教師も一緒に楽しむことを基本として,毎年いろいろな工夫をしている.1年生の科目を担当することが多いので,まずはその科目を嫌いにさせないよう気を配る.食品化学の授業で食品成分の話をするのだが,最初に「なす,バナナ,牛乳,ご飯(白飯)を,水分含量(g/可食部100 g)が多い順に並べると?」という質問をする.学生の正解者は10人に1人くらい.正解を明かした時の,学生の「えーっ?」という顔で少しは興味をもって授業に入ってくれそうという反応が見える.

大学院を卒業して研究者としての道を進んでいたが,次第に「教育」に興味をもつようになった.きっかけは,勤務先の農水省研究所に見学に来る方に,私の専門である食品添加物の説明がちっとも伝わらないことだった.専門家でない人にその人の関心や立場に合わせてわかりやすく説明することの難しさと必要性を痛感し,自分がその役割を担いたいと思うようになった.その後,栄養士・管理栄養士を養成する大学の教員となってから20年,3,000人を超える学生に,食の正しい情報をわかりやすく教えたつもりである.卒業後それぞれの活躍の場でわかりやすい情報伝達を実践してくれていればうれしい.

大学生の時の授業で特に印象に残っているものが2つある.1つは教養科目の数学.教員は,君たちにはわからないだろうという態度で黒板に難解な数式を無言で書き続けた.数学が得意な友人の答えを丸写ししたレポートで単位は取れたが,数学が嫌いになった.当時は,大学の授業はこうなのかと思っていたが,いま振り返ると教員は学生に数学のおもしろさを伝えたいとは考えなかったのだろうかと思う.もう1つは専門科目の微生物学の授業.内容はほとんど忘れたが,「火落菌」という言葉は,その話をしていた教授の生き生きとした表情とともに今でもはっきり覚えている.情熱はしっかり伝わった.

現在多くの大学で,学生による授業評価が行われている.内容は,総合的に授業に満足できたか,シラバスの通りの授業が行われたか,説明は理解しやすかったか,教員の授業に対する熱意を感じたか,などを5段階で評価し,自由記述では「よかった点」「改善すべき点」を書くといったものである.高い評価であれば転職する際,「教育能力」をアピールする材料として使う事もできる.学生に,「ここが良くない」などと書かれると落ち込むこともあるが,反省材料になる.役に立った,おもしろかったと言われれば素直にうれしい.

実習の授業では,たとえば油脂の酸化の程度を測定する実験で,1つの試料を教員が用意して配ると結果は皆同じになりおもしろくないので,各班で誰かの家にある油を用意させる.Aさんちの油は〇〇,Bさんちの油は△△と結果を発表し合い,「三輪先生の家の油が一番酸化してる!」などと盛り上がると,なぜ値が高いのか,どこに保存していた油かなど,学生が自分の頭で科学的に考えるのに役に立っているような気がする.

大学なのだからそんなに手をかけなくても良いのでは,という声もよく聞く.また大学の教員は会議,研究費獲得のための書類作成,論文執筆,卒論指導等々やることが多く,なかなか授業の準備に時間をさけないかもしれない.しかし,入学してくる学生の実力や興味はさまざまである.学生の好奇心をちょっとくすぐってやれば,おもしろさに気づき,急に伸びるかもしれない.そうなれば,あとは放っておいても大丈夫.今年はどんな授業をやろうかと毎年頭をひねっている.

ところで,最初の問題「なす,牛乳,バナナ,ご飯の順に水分含量が多い」が正解です.できましたか?