Kagaku to Seibutsu 59(10): 484-487 (2021)
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ゲノム解析から見たツノゴケの二酸化炭素濃縮機構とシアノバクテリア,菌類との共生植物の陸上進出を可能にした生存戦略
Published: 2021-10-01
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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約5億年前にシャジクモ藻類から進化した陸上植物は,タイ類,セン類,ツノゴケ類を含むコケ植物と小葉類,シダ類,裸子植物,被子植物を含む維管束植物に多様化した.このうち,ツノゴケ類は葉状の植物体(配偶体)上にツノ状の胞子体をつける植物である(図1図1■ナガサキツノゴケ).ツノゴケ類は,陸上植物の進化の最も初期に他の系統と分かれたことが示唆されており,陸上植物の初期進化を考える上で重要な研究材料として注目されている(1)1) M. N. Puttick, J. L. Morris, T. A. Williams, C. J. Cox, D. Edwards, P. Kenrick, S. Pressel, C. H. Wellman, H. Schneider, H. Pisani et al.: Curr. Biol., 28, 733 (2018)..ツノゴケ類は,陸上植物で唯一,葉緑体にピレノイドをもち,細胞レベルでの二酸化炭素濃縮機構をもつこと,シアノバクテリアや菌類との共生によって成長に必要な物質を得ているなど,陸上植物の光合成生理や共生関係の進化を考える上でも興味深い.2020年にツノゴケ類の初めてのゲノムが,われわれを含む2つの研究グループから3種4系統公開され,ゲノム情報を基盤としたツノゴケ類の研究への道が開かれた(2, 3)2) F. W. Li, T. Nishiyama, M. Waller, E. Frangedakis, J. Keller, Z. Li, N. Fernandez-Pozo, M. S. Barker, T. Bennett, M. A. Blazquez et al.: Nat. Plants, 6, 259 (2020).3) J. Zhang, X. X. Fu, R. Q. Li, X. Zhao, Y. Liu, M. H. Li, A. Zwaenepoel, H. Ma, B. Goffinet, Y. L. Guan et al.: Nat. Plants, 6, 107 (2020)..以下,植物にとって重要な炭素,窒素,リンの獲得に注目してツノゴケ類の興味深い性質について,これまでの研究と今後の展望についてまとめた.
現在の地球環境において,多くの植物の光合成速度の律速となっているのは二酸化炭素濃度である.植物は大気中に微量(約400 ppm)しか含まれない二酸化炭素を獲得するためにさまざまな工夫を凝らしている.被子植物の葉の内部は,気孔を通じて外気とつながった細胞間隙が発達し,組織内に大気中の二酸化炭素が拡散しやすい構造となっている.また,二酸化炭素は水中では空気中に比べて著しく拡散速度が遅いため,葉緑体が細胞の内表面に沿うように配置することで,拡散速度の遅い液相での輸送距離を短くし,葉緑体と細胞外気とのガス交換の効率を上げている.さらに,二酸化炭素固定の経路を植物の組織内で時間的,空間的に分けることで炭素の獲得の効率を上げているCAM植物,C4植物などが進化した.水中に生活するクラミドモナスなどの藻類では,細胞内に一つずつ存在する葉緑体が二酸化炭素濃縮機構をもつことで,光合成の効率を高めている.葉緑体の二酸化炭素濃縮機構を担っているのは葉緑体内部のピレノイドと呼ばれる,デンプン粒で囲まれた構造で,その主成分は二酸化炭素固定を担う酵素であるルビスコ(リブロース-1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ)である.ルビスコは,二酸化炭素を固定するカルボキシラーゼ活性とともに,酸素とも反応するオキシゲナーゼ活性をもつが,ピレノイドは葉緑体中での酸素発生源となる光化学系IIとルビスコの局在を空間的に分離することで,カルボキシラーゼ反応の効率を高めているとされる(4)4) M. T. Meyer, C. Whittaker & H. Griffiths: J. Exp. Bot., 68, 3739 (2017)..陸上植物ではピレノイドをもっているのはツノゴケ類のみであり,細胞内に1~2個しかない葉緑体の中央部にルビスコが局在する(図2図2■ナガサキツノゴケ葉緑体の中心部のピレノイド(矢印), 3図3■ピレノイドへのルビスコの局在).標準的なC3植物であるゼニゴケの二酸化炭素補償点(光合成による二酸化炭素固定量と呼吸による二酸化炭素放出量が等しくなる二酸化炭素濃度)が64 ppmであるのに対し,ピレノイドをもつツノゴケ類の種が11~13 ppmの非常に低い二酸化炭素補償点をもつことはツノゴケのピレノイドが実際に二酸化炭素濃縮機構に寄与していることを支持する(5)5) D. T. Hanson, T. J. Andrews & M. R. Badger: Funct. Plant Biol., 29, 407 (2002)..ツノゴケゲノム中で二酸化炭素濃縮機構にかかわる遺伝子を探したところ,それらしい候補遺伝子としてLCIBが見つかった.藻類ではLCIBタンパク質は,ピレノイドの周りに分布して二酸化炭素の漏出を防ぐバリアとして働くと考えられている(6)6) T. Yamano, T. Tsujikawa, K. Hatano, S.-I. Ozawa, Y. Takahashi & H. Fukuzawa: Plant Cell Physiol., 51, 1453 (2010)..この遺伝子は他の陸上植物には存在しないようである.遺伝子の系統解析の結果から,LCIBは緑藻類と陸上植物の共通祖先では存在し,シャジクモ類,維管束植物,ツノゴケ類以外のコケ植物では失われたことが示唆されている(2)2) F. W. Li, T. Nishiyama, M. Waller, E. Frangedakis, J. Keller, Z. Li, N. Fernandez-Pozo, M. S. Barker, T. Bennett, M. A. Blazquez et al.: Nat. Plants, 6, 259 (2020)..