解説

旧式酵素探索法・非データ駆動型ウエット実験で発見したホスホリパーゼの試験管内分子進化と社会実装認知症,動脈硬化の早期発見

In Vitro Molecular Evolution and Application of Phospholipases Discovered by an Old-Fashioned and Non-Data-Driven Enzyme Screening Method: Early Detection of Senile Dementia and Arteriosclerosis Using Enzymes

Daisuke Sugimori

杉森 大助

福島大学共生システム理工学類物質科学コース

Published: 2021-10-01

生物はジアシル型グリセロリン脂質以外にも多様なリン脂質を利用している.その一つに,グリセリンの水酸基にエーテル結合を介して炭化水素鎖が結合したエーテル型リン脂質がある.近年,エーテル型リン脂質と未病,疾病との関係が注目されている.一方で,エーテル型リン脂質代謝酵素の研究はまだ途上にあり,その機能はほとんど未解明のまま残されている.筆者らはエーテル型リン脂質を加水分解する酵素ホスホリパーゼの機能解明を通じて,その基質分子識別メカニズム解明とともに,エーテル型リン脂質の酵素定量法への応用を目指した研究を進めている.

Key words: ホスホリパーゼ; エーテル型リン脂質; プラズマローゲン; 軽度認知障害; 冠動脈性心疾患

エーテル型リン脂質

地球上の生物とウィルスは,すべてグリセロリン脂質を生体膜の主成分として利用している.最も広く利用されているリン脂質はジアシル型グリセロリン脂質である.一方,エーテル型リン脂質も広く生物界に分布しており(1)1) N. Nagan & R. A. Zoeller: Prog. Lipid Res., 40, 199 (2001).,哺乳動物のすべての組織をはじめとして動物からホタテやホヤ(2)2) T. Fujino, S. Hossain & S. Mawatari: “Peroxisome Biology: Experimental Models, Peroxisomal Disorders and Neurological Diseases”, Springer International Publishing, 2020.,古細菌(3)3) 西原正照,古賀洋介:化学と生物,28,288(1990).や一部の嫌気性菌(4)4) H. Goldfine: Prog. Lipid Res., 49, 493 (2010).に至るさまざまな生物から見いだされている.エーテル型リン脂質にはアルキル型とアルケニル(ビニル)型が存在し,さらにsn-2位のアシル基が水酸基になったリゾ型が存在する(図1a図1■エーテル型リン脂質の構造(a),ジアシル型グリセロリン脂質の構造と各ホスホリパーゼの加水分解位置(b)).アルキルエーテル型リン脂質で最も良く知られているものは血小板活性化因子(platelet-activating factor, PAF)である.アルケニルエーテル型リン脂質はプラズマローゲン(Pls)とよばれ,哺乳動物では2種類の極性頭部(ヘッドグループ),コリン型(Cho)とエタノールアミン型(Etn)をもつPlsが知られている(図1a図1■エーテル型リン脂質の構造(a),ジアシル型グリセロリン脂質の構造と各ホスホリパーゼの加水分解位置(b)).Plsは1924年に初めてヒト組織切片の細胞質内でその存在が確認された(1)1) N. Nagan & R. A. Zoeller: Prog. Lipid Res., 40, 199 (2001)..現在,動物ではさまざまな組織,細胞に分布しており,特に脳や心臓,骨格筋など酸素消費量の多い組織・細胞のPls含量が高いことが知られている(5)5) P. Brites, H. R. Waterham & R. J. A. Wanders: Biochim. Biophys. Acta, 1636, 219 (2004)..たとえば,ヒトでは総リン脂質の最大20%をPlsが占め,特に脳神経細胞,心筋,リンパ球,マクロファージに多く含まれている(1)1) N. Nagan & R. A. Zoeller: Prog. Lipid Res., 40, 199 (2001)..また,ヒトの脳に含まれる脂質の約半分をリン脂質が占め,そのうちPlsが約18%を占めている.Etn型Pls(PlsEtn)とCho型Pls(PlsCho)は組織ごと,その含有量が異なっており,ヒトではPlsEtnは脳における含量が最も高く,脳の総リン脂質の30 mol%を構成し,心筋ではPlsChoの含有量が高いことが知られている(1)1) N. Nagan & R. A. Zoeller: Prog. Lipid Res., 40, 199 (2001)..Plsは,分子内の不飽和結合により生体内で活性酸素を除去する抗酸化物質として機能していると考えられている(5)5) P. Brites, H. R. Waterham & R. J. A. Wanders: Biochim. Biophys. Acta, 1636, 219 (2004)..そのほか,エーテル型リン脂質の生体内での役割,機能はいまだわかっていないことも多く,今後の解明が待たれるところである.

図1■エーテル型リン脂質の構造(a),ジアシル型グリセロリン脂質の構造と各ホスホリパーゼの加水分解位置(b)

PLA1:ホスホリパーゼA1, PLA2:ホスホリパーゼA2, PLB: ホスホリパーゼB, PLC: ホスホリパーゼC, PLD: ホスホリパーゼD.

ホスホリパーゼD

リン脂質分子内のエステル結合を加水分解する酵素“ホスホリパーゼ”には,触媒作用部位の違いにより5種類のタイプ(PLA1~PLD)が知られている(図1b図1■エーテル型リン脂質の構造(a),ジアシル型グリセロリン脂質の構造と各ホスホリパーゼの加水分解位置(b)).世界で初めて発見されたホスホリパーゼは,ホスホリパーゼD(PLD)[EC 3.1.4.4]であり,キャベツの葉で活性が確認され1948年にHanahanとChaikoffが論文発表した(6)6) D. J. Hanahan & I. L. Chaikoff: J. Biol. Chem., 172, 191 (1948)..この発見以来,2021年4月1日現在で酵素データベースBRENDAには66属の生物に由来するPLDが登録されている(https://www.brenda-enzymes.org/enzyme.php?ecno=3.1.4.4).このなかには,リゾ型リン脂質に作用するPLDも含まれ,肝臓などの臓器の線維化を引き起こすことで有名なオートタキシンもその一種である.PLD発見から70年以上が経過した現在もホスホリパーゼに関する研究は活発に進められ,数多くの知見が蓄積されている.また,これまでに微生物,昆虫,哺乳動物由来PLDの立体構造が解明され,その触媒機序も報告されている(7~9)7) J. Damnjanović & Y. Iwasaki: J. Biosci. Bioeng., 116, 271 (2013).8) Y. Uesugi & T. Hatanaka: Biochim. Biophys. Acta, 1791, 962 (2009).9) P. E. Selvy, R. R. Lavieri, C. W. Lindsley & H. A. Brown: Chem. Rev., 111, 6064 (2011)..その一方で,PLDの基質認識メカニズムは完全には理解されていない.さらに,依然としてユニークな特性をもつ新奇PLDが未発見のまま残されている.筆者の研究室では,ユニークな基質特異性をもつ新奇PLDに着目し,昔ながらの培養や精製を伴う旧式探索法で新奇PLDを見つけ出し,産業応用に結びつけることを志向した研究を進めている.本解説では,筆者らが発見した3種類の新奇PLD(図2図2■筆者らが発見した3種類の新奇PLDと基質特異性改変体)と,そのうち1種類の基質特異性改変,これらPLDを利用したエーテル型リン脂質の酵素定量法の開発経緯について紹介する.

図2■筆者らが発見した3種類の新奇PLDと基質特異性改変体

LyPls-PLD: リゾ型プラズマローゲン特異的ホスホリパーゼD, PlsCho-PLD: コリン型プラズマローゲン特異的ホスホリパーゼD, PlsEtn-PLD: エタノールアミン型プラズマローゲン特異的ホスホリパーゼD.

リゾ型プラズマローゲン特異的ホスホリパーゼD

まず,筆者らが取り組んだのは認知症の前段階と考えられ,近年注目されている軽度認知障害(いわゆる老化に伴うボケの初期段階)を検出するバイオマーカーであるエタノールアミン型プラズマローゲン(PlsEtn)の酵素定量法の開発であった.PlsEtn特異的PLD(PlsEtn-PLD)の探索を少し進めてみたところ,目的酵素取得の手応えは皆無に等しかったため,懐柔策としてPlsEtn分子内のいずれかのエステル結合を加水分解するホスホリパーゼを探索することにした.そこで,ダメ元で手始めに研究室で独自に取得していたPLA1,PLBを用いてPlsEtnへの作用を調べたところ,PLA1のみがPlsEtnのsn-2位脂肪酸エステル結合を加水分解することを見いだした(10)10) S.-i. Sakasegawa, R. Maeba, K. Murayama, H. Matsumoto & D. Sugimori: Biotechnol. Lett., 38, 109 (2016)..本来PLA1はジアシル型リン脂質のsn-2位脂肪酸エステル結合の加水分解活性は低いか,活性を示さないはずである.実際に実験したところ,市販PLA1はPlsEtnのsn-2位脂肪酸エステル結合を加水分解することはできなかった.そればかりか,市販PLA2,PLBも加水分解作用は極めて低かった.結局,ダメ元実験が思いがけず良い結果となり,セレンディピティを体験することができた.このようにして,PlsEtn分子をリゾ型PlsEtn(LyPlsEtn)に変換することが可能になった.次に,筆者らはLyPlsEtnに作用するPLD(LyPls-PLD)(11)11) Y. Matsumoto, N. Kashiwabara, T. Oyama, K. Murayama, H. Matsumoto, S.-i. Sakasegawa & D. Sugimori: FEBS Open Bio, 6, 1113 (2016).と,遊離したエタノールアミンを酸化して過酸化水素を生成するエタノールアミンオキシダーゼ生産菌(12)12) Y. Hirano, K. Chonan, K. Murayama, S.-i. Sakasegawa, H. Matsumoto & D. Sugimori: Appl. Microbiol. Biotechnol., 100, 3999 (2016).をいずれも旧式探索法により取得し,図3a図3■軽度認知障害検査キット(a)および冠動脈性心疾患リスク評価検査キット(b)に応用されている酵素とその反応に示すPlsEtnの酵素定量法を確立することに成功した(13)13) 前場良太,荒木 厚,藤原佳典,小川貴志子,原 博,西向めぐみ,酒瀬川信一,松本英之,松本優作,杉森大助:認知機能検査法,及びそのキット,特許第6185466号(2017.8.4)..ここで,LyPls-PLDの探索から遺伝子取得に至る過程を紹介する.通常,旧式探索法ではとにかく探索数が重要である.しかし,やみくもに数を稼いでも非効率である.そこで,LyPls-PLDのスクリーニングについては長年培ったノウハウと知見を帰納的に推論して5種類の微生物種をスクリーニング対象として絞り込み,培養上澄み液を酵素サンプルとしてTLCと比色分析により基質特異性を確認しながら最終候補となる菌株を選定した.結果,帰納的推論による仮説が功を奏し,目的酵素を菌体外に分泌生産する菌株を短期間で取得することができた.ところが,目的酵素の精製は難儀し,5種類のカラムクロマトグラフィーに供しても再現性良く精製酵素を得ることは極めて困難であった.当時の担当学生が粘り強くさまざまな条件検討を加えながら,何度も精製し,ようやく極微量の精製サンプルを調製できるようになった.N末端アミノ酸解析にかけるサンプル量が確保できなかったため,nanoLC-MS/MS解析による酵素の部分アミノ酸配列と次世代シーケンサーを用いて解析した酵素生産菌のゲノム情報を照合することで目的酵素遺伝子を推定した.推定遺伝子を大腸菌で異種組換え発現させ,基質特異性を確認してようやく目的酵素を取得できた.

図3■軽度認知障害検査キット(a)および冠動脈性心疾患リスク評価検査キット(b)に応用されている酵素とその反応

LyPls-PLD: Thermocrispum sp. RD004668由来リゾ型プラズマローゲン(LyPls)特異的PLD, LP-PLA2:血漿リポプロテインPLA2, EAO: Syncephalastrum racemosum由来エタノールアミンオキシダーゼ,POD: 西洋わさびペルオキシダーゼ;COD: コリンオキシダーゼ,4-AA: 4-アミノアンチピリン,TODB: N,N-Bis(4-sulfobutyl)-3-methylaniline.

LyPls-PLDの基質特異性はリゾ型PlsCho(LyPlsCho)(相対活性:100%)>リゾ型血小板活性化因子(LysoPAF)(53%)>>LyPlsEtn(0.16%)(14)14) S.-i. Sakasegawa, S. Taira, K. Yamamoto & D. Sugimori: Eur. J. Lipid Sci. Technol., 122, 1900227 (2020).であり,LyPlsEtnよりもLyPlsChoに対して高い活性を示す酵素であったが,PLA1とエタノールアミンオキシダーゼを組み合わせることでPlsEtnの選択的定量は達成できた(図3a図3■軽度認知障害検査キット(a)および冠動脈性心疾患リスク評価検査キット(b)に応用されている酵素とその反応).エタノールアミンオキシダーゼの代わりにコリンオキシダーゼを用いれば,図3b図3■軽度認知障害検査キット(a)および冠動脈性心疾患リスク評価検査キット(b)に応用されている酵素とその反応のようにしてコリン型基質であるLyPlsChoとLysoPAFを定量することも可能である.LysoPAFは冠動脈性心疾患(Coronary Heart Disease:CHD)リスク評価のバイオマーカーであることから,LyPls-PLDはCHDリスク評価検査キットに応用可能である.現在,米国および中国を中心に利用されているCHDリスク評価検査キットは発色性合成基質を用いて血漿リポプロテインPLA2(Lp-PLA2)活性を測定する化学法であり,発色性合成基質の安定性が低く,また測定中に血漿中に存在するリパーゼ/エステラーゼによる非特異的な分解反応を受けるなど多くの課題を抱えている(15)15) 山浦沙樹,杉森大助,栢森裕三:臨床化学,47, 116 (2018)..一方,LyPls-PLDの生産菌は好熱性放線菌Thermocrispum sp. RD004668のため,LyPls-PLDの保存安定性が高く,既存法に比べて多くのメリットがあることが確認できた(16~18)16) S. Yamaura, S.-i. Sakasegawa, E. Koguma, S. Ueda, Y. Kayamori, D. Sugimori & K. Karasawa: Clin. Chim. Acta, 481, 184 (2018).17) 酒瀬川信一,山浦沙樹,杉森大助:Lp-PLA2活性の測定,特許6691212号(2020.4.13).18) 杉森大助,酒瀬川信一,山浦沙樹:バイオサイエンスとインダストリー,78, 392 (2020)..さらに,筆者らは学術的興味からもLyPlsChoへの活性を可能な限り低下させ,LysoPAFのみに作用するような基質特異性を示すPLDへの改変を試みた.LyPls-PLDの立体構造は不明であったため公共データーベースを活用し,立体構造を予測して基質認識に関与しそうなアミノ酸(aa)を順次置換することにした(図4図4■LyPls-PLDと基質類似化合物の酵素-基質複合体予測モデル(左),親型酵素(WT)とF211L変異体の基質特異性比較(右)).運良く211番目のフェニルアラニン(F211)がホットスポットであることがわかり,側鎖サイズが小さい疎水性aaに置換した場合,図4図4■LyPls-PLDと基質類似化合物の酵素-基質複合体予測モデル(左),親型酵素(WT)とF211L変異体の基質特異性比較(右)に示すようにF211L変異体が活性低下を招くことなくLysoPAFに極めて高い特異性を示すように変貌するという非常に興味深い結果を得ることができた(18, 19)18) 杉森大助,酒瀬川信一,山浦沙樹:バイオサイエンスとインダストリー,78, 392 (2020).19) T. Oyama, K. Murayama & D. Sugimori: FEBS Open Bio, 11, 1132 (2021)..速度論解析結果(表1表1■WTとF211L変異体の動力学定数18,19)18) 杉森大助,酒瀬川信一,山浦沙樹:バイオサイエンスとインダストリー,78, 392 (2020).19) T. Oyama, K. Murayama & D. Sugimori: FEBS Open Bio, 11, 1132 (2021).)からF211L変異により基質結合ポケットが広がったことによりLyPlsChoは,やや結合しやすくなるもののLyPlsChoのsn-1位アルケニルエーテル結合が固く回転が制限されるためアルケニルエーテル鎖が障害となり酵素活性中心に結合した基質の固定がずれ触媒作用に至り難くなるのではないかと考察している.それとは対照的にLysoPAFはsn-1位アルキルエーテル結合まわりの回転の自由度が高いため基質結合ポケットに結合しやすくなるとともに,アルキルエーテル鎖が障害とならず酵素活性中心に結合した基質はスムーズに触媒作用を受けることができるだろうと考えている(19)19) T. Oyama, K. Murayama & D. Sugimori: FEBS Open Bio, 11, 1132 (2021)..現在,某メーカーにおいてLyPls-PLDを利用した臨床検査キットの製造,販売を進めているようである.

図4■LyPls-PLDと基質類似化合物の酵素-基質複合体予測モデル(左),親型酵素(WT)とF211L変異体の基質特異性比較(右)

表1■WTとF211L変異体の動力学定数18,19)
Km (μM)kcat (s−1kcat/Km (mM−1 s−1
LyPlsChoWT88.9±8.8122±31,371±141
F211L76.7±12.621.0±0.9271±46
LysoPAFWT56.4±16.974.0±4.91,303±400
F211L26.8±8.6187±66,970±2,239

プラズマローゲン特異的PLD

直接Plsに作用するPlsEtn-PLDとPlsCho特異的PLD(PlsCho-PLD)は学術だけでなく産業応用においても重要である.その理由は,学術的には未解明のPLDによる基質分子の認識・識別メカニズムの理解につながり,産業応用面では定量キット内の使用酵素数の削減につながるからである.そこで筆者らは,先述の途中断念したPlsEtn-PLDとPlsCho-PLDの探索に再度チャレンジした.PlsEtn-PLDは101株,PlsCho-PLDは170株を対象として基質特異性を指標にした旧式探索法により,目的酵素を菌体外に分泌生産するStreptomyces属放線菌をそれぞれ異なる菌株から見いだした.両酵素ともLyPls-PLDと同様に精製は極めて困難であり数年がかりで部分aa配列を解読し,最近になってようやく異種組換え発現で両酵素遺伝子の特定に成功した.両酵素の分子量とaa配列は大きく異なっており,基質分子のヘッドグループ識別の観点で非常に興味深い研究材料を取得できたといえる.両酵素については,論文未発表および知財の関係上,可能な範囲で紹介する.PlsEtn-PLDはSec分泌シグナル(26 aa)と成熟配列(502 aa)からなり,2つのHxKxxxxD(HKD)モチーフ(既知PLDにおいて高度に保存され,触媒作用に関与する共通aa配列)が含まれる典型的なPLDの一種であった(20)20) 杉森大助,川村柚葉,野澤俊貴,藤野武彦,馬渡志郎,山下豊春,特願2020-036298(2020)..PlsEtn-PLDのaa配列は多くの既知PLDと高い相同性を示した.分子系統解析の結果,PlsEtn-PLDはStreptomyces lavendulae由来PLD(Slav)を祖先とし,Streptomyces racemochromogenes由来PLD(Srac),Streptomyces katrae由来PLD(Skat)と分岐,進化したと推定された(図5図5■放線菌PLDおよび類縁酵素と新奇EtPl-PLDのアミノ酸配列に基づく分子系統樹).これらPLDはいずれもゲノム解析によって推定されたPLDとして登録されているものである.また,SWISS-MODELを利用してこれらPLDの立体構造予測を行うと,すべて鋳型としてStreptomyces sp. strain PMF由来PLD(PMF; Protein Data Bank ID, 1v0s[微生物由来PLDとしては世界で初めて立体構造が解読された])の立体構造(21)21) I. Leiros, S. McSweeney & E. Hough: J. Mol. Biol., 339, 805 (2004).が最適であるという結果となった.つまり,データベース情報を利用した探索(インシリコスクリーニング)では既知PLDと大差なく注目に値しないPLDとして見逃されPlsEtn-PLDの候補として選抜するのは極めて困難であるということを意味すると言えよう.PlsEtn-PLDとPMF(21)21) I. Leiros, S. McSweeney & E. Hough: J. Mol. Biol., 339, 805 (2004).Streptomyces antibioticus由来PLD(Sant)(7)7) J. Damnjanović & Y. Iwasaki: J. Biosci. Bioeng., 116, 271 (2013).のaa配列は502 aaのうち,それぞれ122, 148 aaが異なっている.この30%程度のaaの違いが,既知PLDとPlsEtn-PLDの分子認識の違い,つまりPlsEtnのsn-1位アルケニルエーテル鎖の識別能を獲得していることになる.今後,X線結晶構造解析により既知PLDとの基質結合部位の構造上の違いを明らかにしたいと考えている.さらに,PlsEtn-,PlsCho-PLD両酵素はヘッドグループ認識の違いだけでなくsn-2位アシル基の脂肪酸の組成(炭素鎖長と二重結合数)に対する選択性も異なる点で,その分子認識にもたいへん興味をもたれるところである.この分子認識メカニズムについても今後解明を進め,将来的にはその認識を改変して生体内に存在するさまざまなアシル基をもつ各種Plsの分別定量法開発につなげていきたいと考えている.

図5■放線菌PLDおよび類縁酵素と新奇EtPl-PLDのアミノ酸配列に基づく分子系統樹

ClustalWおよびTreeViewにより作成.*は立体構造既知酵素,枝上の%はPlsEtn-PLDとのアミノ酸配列相同性を示している.Skat: Streptomyces katrae由来PLD, Srac: Streptomyces racemochromogenes由来PLD, TH2: Streptomyces septatus TH2株由来PLD8)8) Y. Uesugi & T. Hatanaka: Biochim. Biophys. Acta, 1791, 962 (2009)., PMF: Streptomyces sp. strain PMF由来PLD21)21) I. Leiros, S. McSweeney & E. Hough: J. Mol. Biol., 339, 805 (2004)., Sant: Streptomyces antibioticus由来PLD7)7) J. Damnjanović & Y. Iwasaki: J. Biosci. Bioeng., 116, 271 (2013)., Schr: Streptomyces chromofuscus由来PLD22)22) H. Yang & M. F. Roberts: Protein Sci., 11, 2958 (2002).,1xx1_SMD: Loxosceles laeta(チリのイトグモ)由来sphingomyelinase D23)23) M. T. Murakami, M. F. Fernandes-Pedrosa, S. A. de Andrade, A. Gabdoulkhakov, C. Betzel, D. V. Tambourgi & R. K. Arni: Biochem. Biophys. Res. Commun., 342, 323 (2006)., Slav Streptomyces lavendulae由来PLD.

今回紹介したPlsEtn-,PlsCho-PLD両酵素を発見したことにより,図2a図2■筆者らが発見した3種類の新奇PLDと基質特異性改変体の酵素法より1種類少ない酵素でPlsEtn, PlsChoを直接定量できるようになったことは,大きなコストダウンにつながるとともに,酵素生産における環境負荷(エネルギー消費,CO2排出など)低減に貢献できる.さらに,近年,脂質生化学,細胞生理学や各種疾病と各種リン脂質の関係,それら疾病の早期発見にかかわるリン脂質に関する研究が非常に注目されている.現在,リン脂質の分析はLC-MSを用いた解析が主流のため,研究の進展を妨げていると言っても過言ではない.装置解析は精度,感度が極めて高く,sn-1,2-鎖の異なるリン脂質異性体を網羅的に分析できる点で大きなアドバンテージがある.しかしながら,高額な大型装置が必要であり,溶剤抽出を伴う前処理が煩雑なうえ,分析に要する時間も長く,多検体同時分析が困難という点で汎用性が低く,分析対象物質の概要をつかむためのスクリーニング分析には不向きである.その点,酵素法は大きなメリットがある.将来,酵素法が装置解析のように網羅的分析までできるようにするため研究を積み重ねていきたい.

今後の展望

哺乳類細胞において利用されているホスファチジルコリンに関しては,炭素鎖長,二重結合数・位置が異なる2本のアシル鎖の組合せにより100種類以上の分子種が存在していると言われている.さらに,地球上の生物が利用しているリン脂質に至っては,数千種の分子種にも及ぶと推定されている(24)24) H. Tsugawa, K. Ikeda, M. Takahashi, A. Satoh, Y. Mori, H. Uchino, N. Okahashi, Y. Yamada, I. Tada, P. Bonini et al.: Nat. Biotechnol., 38, 1159 (2020)..これらリン脂質の多くは,たとえばシグナル伝達などのように各々異なる生理機能を担っている.現在,筆者らは古くから研究が進んでいる“普通(既知)の”ホスホリパーゼとは基質特異性が異なる“ヘンテコ(新奇)な”ホスホリパーゼを探し出し,それを研究題材として“ヘンテコな”理由(基質分子の識別機構)の解明を目指し研究を進めている.そして,社会実装するような酵素を一つでも多く見つけたいと思っている.それには,今後しばらくの間は旧式の酵素探索法(非データ駆動型wet実験)で酵素を見つけ,最新のデータ駆動型研究(dry実験)と進化分子工学的手法を活用して酵素をチューンアップして実用化を目指すのが得策かもしれない.

筆者が今後やってみたいこととしてはPLCとPLDの相互変換である.PLCとPLDは,リン脂質のリン酸ジエステル結合の加水分解位置が異なるだけである(図1b図1■エーテル型リン脂質の構造(a),ジアシル型グリセロリン脂質の構造と各ホスホリパーゼの加水分解位置(b)).リン酸基の酸素原子間は僅か約3Åしかない.そして,触媒残基はどちらの酵素も2つのヒスチジンであるものが多い.では,どのようにして加水分解位置を決定しているのか? このリサーチクエスチョンの答えを見つけたいと思っている.

1948年,世界で初めてホスホリパーゼDの存在が報告され,1960年台にはPLA~PLCすべてのホスホリパーゼが発見,報告されている.奇遇にも私が生まれた1964年頃は,ホスホリパーゼ研究がホットだったに違いない.筆者がホスホリパーゼを研究し始めたのは2001年頃であり,国内外では有名な先生方が素晴らしい研究成果を挙げていた.私は薬に例えれば“ジェネリック(後発)”研究者としてホスホリパーゼの研究に参入したわけである.しかも,手間暇がかかり,見つかるかどうかすらわからない博打打ちのような研究テーマを掲げ,今年でちょうど20年間突き進んできた.運良く新奇なホスホリパーゼに巡り会えて本当に良かったと思っている.そして,東京大学応用微生物研究所初代所長であった坂口謹一郎先生の有名な言葉「微生物に求めて裏切られたことはない」を実体験できたことも望外の喜びである.後発研究でも,粘り強く10年以上新しい何かを追い求めれば道は開かれるということだろう.最後に,読者に勇気を与えられれば幸いである.

Acknowledgments

本稿で紹介した研究成果の一部はJSPS科研費(基盤研究(C)JP15K05557, JP20K05822),公益財団法人日本応用酵素協会酵素研究助成による助成を受けたものです.

Reference

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13) 前場良太,荒木 厚,藤原佳典,小川貴志子,原 博,西向めぐみ,酒瀬川信一,松本英之,松本優作,杉森大助:認知機能検査法,及びそのキット,特許第6185466号(2017.8.4).

14) S.-i. Sakasegawa, S. Taira, K. Yamamoto & D. Sugimori: Eur. J. Lipid Sci. Technol., 122, 1900227 (2020).

15) 山浦沙樹,杉森大助,栢森裕三:臨床化学,47, 116 (2018).

16) S. Yamaura, S.-i. Sakasegawa, E. Koguma, S. Ueda, Y. Kayamori, D. Sugimori & K. Karasawa: Clin. Chim. Acta, 481, 184 (2018).

17) 酒瀬川信一,山浦沙樹,杉森大助:Lp-PLA2活性の測定,特許6691212号(2020.4.13).

18) 杉森大助,酒瀬川信一,山浦沙樹:バイオサイエンスとインダストリー,78, 392 (2020).

19) T. Oyama, K. Murayama & D. Sugimori: FEBS Open Bio, 11, 1132 (2021).

20) 杉森大助,川村柚葉,野澤俊貴,藤野武彦,馬渡志郎,山下豊春,特願2020-036298(2020).

21) I. Leiros, S. McSweeney & E. Hough: J. Mol. Biol., 339, 805 (2004).

22) H. Yang & M. F. Roberts: Protein Sci., 11, 2958 (2002).

23) M. T. Murakami, M. F. Fernandes-Pedrosa, S. A. de Andrade, A. Gabdoulkhakov, C. Betzel, D. V. Tambourgi & R. K. Arni: Biochem. Biophys. Res. Commun., 342, 323 (2006).

24) H. Tsugawa, K. Ikeda, M. Takahashi, A. Satoh, Y. Mori, H. Uchino, N. Okahashi, Y. Yamada, I. Tada, P. Bonini et al.: Nat. Biotechnol., 38, 1159 (2020).