Kagaku to Seibutsu 59(10): 512-519 (2021)
解説
トマトの成熟転写因子RINの再評価【問題】トマトの成熟について,転写因子RINの「変異の種類」と「果実の表現型」を正しく組み合わせよ
Re-evaluation of Tomato Ripening Regulator RIN by Analyses of Novel Allelic Mutations: Which RIN Locus Allele Produces Which Ripening Phenotype?
Published: 2021-10-01
果実の発達過程において,成熟の開始は果実生理の大きな転換期であり,多岐にわたる遺伝子群の同調的な,そして劇的な発現パターン変化により引き起こされる.トマトでは,ある転写因子の変異により成熟過程全般が全く進まなくなるため,その転写因子が成熟のマスターレギュレーターの役割をもつと信じられてきた.ところがこの転写因子遺伝子に,ゲノム編集により従来の自然変異とは異なる新規変異を与えると,この転写因子の役割が約半世紀にわたって誤解されていたことが明らかになり,さらに思いもよらぬ成熟パターンを示す果実が得られた.数々の不思議な表現型を示す新規の変異は,成熟制御の本質に迫る新たな知見を与えてくれるだろうか?
Key words: 転写因子; ゲノム編集; エチレン; 果実軟化; カロテノイド合成
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
最初に,由緒ある「化学と生物」誌の解説原稿に不似合いなタイトルを掲げることをお許し願いたい.とにかくまず図1A図1■RIN遺伝子座の3種の変異アレルとその表現型の変異トマトの多様な成熟パターンをご確認いただくとする.これらがただ一つの遺伝子の,異なる変異型の対立遺伝子(アレル)によってそれぞれ引き起こされている,と言ったら信じていただけるだろうか? 早速,図の説明に入る.
A: 3種の変異アレルがコードするタンパク質と変異による表現型の比較
RIN遺伝子座において,図1B図1■RIN遺伝子座の3種の変異アレルとその表現型に示す変異によって生じたアレルからできるタンパク質を左に示した.右は各系統の果実を,収穫直後と収穫後2カ月室温保存した時の様子.果実系統の並び順はランダムである.どの変異がどの表現型を示すだろうか.例として野生型RINと栽培系統をつないでいる.正解は本文「おわりに」にまとめてある.
B: 3種の変異アレルの変異様式
野生型のRIN遺伝子の隣にはMC遺伝子がある.両者ともMADSボックス転写因子をコードする.rin変異によりRINの最終エクソン全体を含む約3kbが欠失している.この欠失には,mRNAの転写が終結するターミネーター領域も含まれるため,本変異遺伝子が転写される時,RINの範囲で転写が終わらずMCのターミネーターまで一続きの転写が行われる.その後のスプライシングの過程で,RINの最終エクソンの手前のイントロン終結シグナル配列も欠失していることから,次のイントロンが終わるシグナル配列,つまりMCの第1イントロンの終わりまでが,1つのイントロンとして認識される.よって,RINの最終エクソンとMCの第1エクソンを除いた,RINとMCの融合mRNAが合成される.この時,コドン読み枠のずれは生じないので,融合タンパク質ができる.また,野生型RINの開始コドン直後,あるいは第7エクソン内をCRISPR/Cas9の標的としてゲノム編集変異を誘発,変異点直後に終止コドンが生成された変異を,それぞれKO変異(変異B),rinG2変異(変異C)とした(図1A図1■RIN遺伝子座の3種の変異アレルとその表現型参照).
図1A図1■RIN遺伝子座の3種の変異アレルとその表現型に示す4種のトマトは,いずれも成熟制御を司るRINという転写因子をコードする遺伝子について,図の左側に示した異なる3種の変異,そして野生型も含め4種の異なるアレルによって,それぞれ異なる成熟の表現型となった結果である.あえて順序をランダムに示したので,変異と表現型の組み合わせを予想していただきたい.
野生型トマトはきれいに赤くなるが,1カ月も経つと乾燥が目立ち始め,2カ月では全体にシワが入って干しトマトになりつつある.もちろん図1図1■RIN遺伝子座の3種の変異アレルとその表現型の④のトマトが野生型である.①のトマトは成熟が全く進まない表現型を示す.赤くならないし,数カ月以上も軟化せずに姿を維持する.②は,①ほどではないものの,2カ月程度ならしっかりした果実の形を保つが,①と違ってオレンジ色に着色する.③は成熟が開始すると赤色色素が若干蓄積するがトマトらしい赤にはならず,異常に軟化が進行する.中身が液化して水風船状にブヨブヨになり,まるで冬まで樹上にあって軟らかくなったカキのようになる.
図1A図1■RIN遺伝子座の3種の変異アレルとその表現型左に,RIN遺伝子座に生じた3種の変異アレル由来の翻訳産物を模式的に示した.野生型遺伝子がコードする転写因子RINに対し,変異AはC末端が一部欠落し,さらに別のタンパク質が融合している.変異Bはノックアウト(KO)変異で,翻訳産物が生じない.変異Cにより,コードタンパク質は全長242アミノ酸のうちC末端44アミノ酸が欠落する.
以上が図に対する説明であるが,もちろんこれでは正解に結び付く情報が十分ではない.トマトの成熟とRINの機能,それぞれの変異について,順を追って説明していきたい.
果実の成熟は,世代交代に向けた植物の生育における最終イベントと言える.開花・受粉により果実の発達が始まり,内包する種子が完成したタイミングで果実の成熟が始まる.赤や黄色等,鮮やかな果皮色に変化し,果肉の軟化,華やかな芳香成分の発生,さらに渋味や酸味が抑えられ甘味が引き立つ等,人間や動物にとって食物として適するようになる.動物に果実を食べさせ種子を運搬させて生息域を拡大する,そのために種子完成後に速やかに果実を魅力的な食物に変化させる,それが成熟の意義であろう.種子が未完成の時期に食べられては困るので,果実発達初期から徐々に成熟が進むのではなく,種子が完成した後に,多様な変化を同調して一気に進めることが重要である.
この成熟の同調的変化の制御メカニズムは,食品利用面での重要性だけでなく生物学として興味深い現象であり,古くから盛んに研究されてきた.特にトマトがモデル生物として扱われるのは,食品としての経済的な重要性に加え,研究材料として,成熟進行の変化が明確,多様な性質を示す変異体が数多くある,栽培が容易で世代が短期間で進む,組織培養も容易で組換え技術が確立,さらに二倍体でゲノムサイズも比較的小さく遺伝解析が容易,という有利な要因があるためだろう.果実類の中でもいち早くゲノム解析が進められ(1)1) Tomato Genome Consortium: Nature, 485, 635 (2012).,さらに研究が深化している.
成熟の進行に対するエチレンの効果はよく知られているが,トマトもその代表的な果実種である.成熟開始に伴ってエチレン合成が急激に増え多様な成熟過程が誘導されるが,エチレンの効果を阻害することにより成熟進行を抑制できる(2)2) A. Nakatsuka, S. Murachi, H. Okunishi, S. Shiomi, R. Nakano, Y. Kubo & A. Inaba: Plant Physiol., 118, 1295 (1998)..トマトには,果実の成熟前までの生育には影響はないが,成熟期になってもエチレン上昇が全く見られず,したがって成熟が全く進行しない突然変異体がいくつかあり,中でもripening inhibitor(rin),non-ripening(nor),Colorless non-ripening(Cnr)が有名である(3, 4)3) E. C. Tigchelaar, W. B. McGlasson & R. W. Buescher: HortScience, 13, 508 (1978).4) A. J. Thompson, M. Tor, C. S. Barry, J. Vrebalov, C. Orfila, M. C. Jarvis, J. J. Giovannoni, D. Grierson & G. B. Seymour: Plant Physiol., 120, 383 (1999)..いずれも,成熟の開始すべき時期になっても果皮の着色が始まらず,果実は硬いまま数カ月以上その姿が維持される.これらの変異体ではエチレンを外から与えても着色や軟化を含め成熟進行は回復しない.
また近年の研究の進展から,成熟開始の制御に,ゲノム領域におけるメチル化が重要であることが明らかになった(5, 6)5) S. Zhong, Z. Fei, Y. R. Chen, Y. Zheng, M. Huang, J. Vrebalov, R. McQuinn, N. Gapper, B. Liu, J. Xiang et al.: Nat. Biotechnol., 31, 154 (2013).6) R. Liu, A. How-Kit, L. Stammitti, E. Teyssier, D. Rolin, A. Mortain-Bertrand, S. Halle, M. Liu, J. Kong, C. Wu et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10804 (2015)..未熟期には成熟関連遺伝子の転写制御領域がメチル化されて発現が抑制されるが,成熟期には脱メチル化されて転写が可能になることで成熟が開始する.このメチル化による制御は多くの果実種で保存されていることが示された(7)7) P. Lu, S. Yu, N. Zhu, Y. R. Chen, B. Zhou, Y. Pan, D. Tzeng, J. P. Fabi, J. Argyris, J. Garcia-Mas et al.: Nat. Plants, 4, 784 (2018)..ここではこれ以上メチル化の議論には触れないが,成熟開始の制御メカニズムの理解において,近年の大きな進展と言える.
では今回の主題であるRIN遺伝子について話を進める.多様な生命現象を解明するにあたって突然変異体がその研究のきっかけとなることが多いが,成熟研究において最もポピュラーな研究対象は,上記のrin変異である.成熟が全く進まないこの変異体が最初に紹介されたのは1968年で(8)8) R. Robinson & M. Tomes: Rep Tomato Genet Coop, 18, 36 (1968).,それから半世紀以上,世界中で成熟関連の多様な研究に利用されてきた.2002年に遺伝子が特定され,MADSボックス型の転写因子RINをコードすることが示された(9)9) J. Vrebalov, D. Ruezinsky, V. Padmanabhan, R. White, D. Medrano, R. Drake, W. Schuch & J. Giovannoni: Science, 296, 343 (2002)..rin変異によりRINが機能を失う,そのために成熟が進行しない,このわかりやすいシナリオに,特に疑問をもつ方はそうはいないのではないだろうか.
ここでrin変異の少々複雑な事情を説明する.この変異はRIN遺伝子の最終エクソンと転写が終結するターミネーター領域を含む約3kbの欠失である(9)9) J. Vrebalov, D. Ruezinsky, V. Padmanabhan, R. White, D. Medrano, R. Drake, W. Schuch & J. Giovannoni: Science, 296, 343 (2002)..この欠失が曲者で,RINと隣の遺伝子Macrocalyx(MC)が,コドン読み枠がずれずに融合したmRNAが転写され,実際に果実で融合タンパク質が蓄積する(この過程の詳細は図1B図1■RIN遺伝子座の3種の変異アレルとその表現型を参照のこと)(10)10) Y. Ito, M. Kitagawa, N. Ihashi, K. Yabe, J. Kimbara, J. Yasuda, H. Ito, T. Inakuma, S. Hiroi & T. Kasumi: Plant J., 55, 212 (2008)..したがって最初の図1A図1■RIN遺伝子座の3種の変異アレルとその表現型のうち,①の成熟しない果実は変異Aの表現型である.このrin変異タンパク質の最大の特徴は,野生型RINが転写活性化機能をもっているのに対し,その活性化機能を失い,さらに転写を抑制する機能を獲得したことにある.転写活性化モチーフをコードする最終エクソンを欠失し,また融合したMCのC末端に転写抑制モチーフ[ERF-associated amphiphilic repression(EAR)モチーフ](11, 12)11) Y. Ito, Y. Sekiyama, H. Nakayama, A. Nishizawa-Yokoi, M. Endo, Y. Shima, N. Nakamura, E. Kotake-Nara, S. Kawasaki, S. Hirose et al.: Plant Physiol., 183, 80 (2020).12) K. Hiratsu, M. Ohta, K. Matsui & M. Ohme-Takagi: FEBS Lett., 514, 351 (2002).が存在するためである.気になるのはMCであるが,これもRINと同様MADSボックス転写因子であり,萼片の大きさや花柄の離層形成に関与する(9, 13)9) J. Vrebalov, D. Ruezinsky, V. Padmanabhan, R. White, D. Medrano, R. Drake, W. Schuch & J. Giovannoni: Science, 296, 343 (2002).13) T. Nakano, J. Kimbara, M. Fujisawa, M. Kitagawa, N. Ihashi, H. Maeda, T. Kasumi & Y. Ito: Plant Physiol., 158, 439 (2012)..なおRINのN末端に存在するDNA結合モチーフは,典型的なMADSボックス転写因子の標的配列であるCArGボックス配列(CC(A/T)6GGまたはCTA(A/T)4TAG)に結合し,rin変異タンパク質にもこの結合モチーフは存在する(10)10) Y. Ito, M. Kitagawa, N. Ihashi, K. Yabe, J. Kimbara, J. Yasuda, H. Ito, T. Inakuma, S. Hiroi & T. Kasumi: Plant J., 55, 212 (2008)..したがってrin変異タンパク質はDNA結合活性があり,転写「抑制」因子の機能をもつ.RINが転写を活性化して成熟を進める,いわばアクセルのような役割をもつのに対し,rin変異タンパク質は転写を抑制して成熟進行にブレーキをかける,と考えてよいだろう.
「転写活性化型」の転写因子が「転写抑制型」に転換する,というのは,すなわち「機能喪失化(loss-of-function)」とイコールだろうか? 従来考えられてきたように,rin変異アレルは全く機能がないと考えて良いのだろうか? 実はrin変異は半優性を示し,栽培系統とrin変異系統のF1果実(RIN/rin)は両親の中間型の表現型(高日もちかつ赤い果実)を示す(14)14) M. Kitagawa, H. Ito, T. Shiina, N. Nakamura, T. Inakuma, T. Kasumi, Y. Ishiguro, K. Yabe & Y. Ito: Physiol. Plant., 123, 331 (2005).ことから,筆者はこの変異アレルは野生型アレルと拮抗する機能を獲得したと考えた(詳細は拙著(15)15) 伊藤康博:New Food Industry, 60, 1 (2018).を参照いただきたい).そこで筆者らはCRISPR/Cas9法によりRINのノックアウト(KO)系統を作出したところ(16)16) Y. Ito, A. Nishizawa-Yokoi, M. Endo, M. Mikami & S. Toki: Biochem. Biophys. Res. Commun., 467, 76 (2015).,rin変異と異なり,成熟開始が認められた.完熟には全く至らないが,成熟開始のサインである赤色色素リコペンがうっすらと蓄積し,またエチレンも少量だが確実に生産上昇を示した.さらに遺伝子発現解析から,成熟進行に必須の細胞壁分解やカロテノイド合成,エチレン合成等,RIN依存的に発現すると考えられてきた遺伝子(成熟期に発現上昇するがrin変異体では抑制される遺伝子)の多くで発現上昇が認められた(図2A図2■RIN遺伝子座の3種の変異体における遺伝子発現の違い).トランスクリプトーム解析のある基準では,RIN依存的とされてきた759遺伝子のうち253遺伝子,つまり1/3程度がKO変異体で発現上昇していた(図2B図2■RIN遺伝子座の3種の変異体における遺伝子発現の違い).
A: 主な成熟関連遺伝子の変異体における発現パターン
RNA-Seq解析により主要成熟関連遺伝子のrin変異体,KO変異体およびrinG2変異体の発現パターンを栽培系統(WT)と比較したヒートマップイメージ.成熟期における発現比(変異体/野生型;図中vs WT),各系統の成熟期と成熟前の発現比(成熟中/成熟前)を示している.発現比は対数値.B: 変異体において成熟期に発現が上昇する遺伝子の比較RNA-Seq解析により,各系統の成熟前から成熟期に発現が上昇した遺伝子数を比較したベン図.3系統ずつの比較を行った.発現比4倍以上,FDR値≤0.05, 106リードあたりの平均カウント数≥5, の条件を満たす遺伝子を抽出した.円の大きさと重なり具合は目分量.
さらにrin変異体にもCRISPR/Cas9法を適用し,変異遺伝子の翻訳開始点付近に新たに変異を加え,rin変異タンパク質の機能を喪失化した.するとあれほど明確だった成熟抑制が解除され,野生型遺伝子のKOと全く同様に,部分的に成熟が進行した.rin変異アレルが成熟を抑制する機能をもっていたことを,明確に示す結果である.
以上から,①RINがなくても成熟が開始する(ただしRINには成熟を促進して完熟へ導く役割がある),②rin変異は機能喪失化ではなく,コードタンパク質に成熟を抑制する機能を与えるgain-of-function型の変異,と結論できる.なおKO変異体の部分的な成熟は,機能相補するRINホモログが存在するため,とも考えられるが,配列の近いホモログで成熟期に十分な発現のあるものは見当たらず(17)17) Y. Ito, A. Nishizawa-Yokoi, M. Endo, M. Mikami, Y. Shima, N. Nakamura, E. Kotake-Nara, S. Kawasaki & S. Toki: Nat. Plants, 3, 866 (2017).,今のところ可能性は高くないと考えている.約半世紀前にrin変異が発見されて以来,世界中のトマト研究者が長く信じてきたRINの役割を大きく見直すことになった.筆者らの論文発表直後に同様の結果が中国のグループにより報告され(18)18) S. Li, H. Xu, Z. Ju, D. Cao, H. Zhu, D. Fu, D. Grierson, G. Qin, Y. Luo & B. Zhu: Plant Physiol., 176, 891 (2018).,再現性が示されたことに安堵する一方,厳しい研究の競争だったことが窺える.
ここまでKO変異(変異B)について話を進めてきたが,残りの変異C,つまりrinG2と名付けた変異の詳細を説明する.図1図1■RIN遺伝子座の3種の変異アレルとその表現型中の系統②の高日もち性と,系統③の異常な軟化,相反する表現型はどちらの変異に由来するか,再考してもらいたい.rinG2変異はKO変異と同様にゲノム編集で作出した(16)16) Y. Ito, A. Nishizawa-Yokoi, M. Endo, M. Mikami & S. Toki: Biochem. Biophys. Res. Commun., 467, 76 (2015)..その標的部位はRINとMCが融合したrin変異遺伝子の接続点の少し手前で,一塩基挿入によるフレームシフトで直後に終止コドンが生じた.結果としてRINの最終エクソンにあった転写活性化モチーフを欠く.一方,残った領域にはDNA結合ドメインや他のMADSボックス転写因子と複合体を形成する機能を,野生型RINと同様に有する(11)11) Y. Ito, Y. Sekiyama, H. Nakayama, A. Nishizawa-Yokoi, M. Endo, Y. Shima, N. Nakamura, E. Kotake-Nara, S. Kawasaki, S. Hirose et al.: Plant Physiol., 183, 80 (2020)..つまり野生型RINと同様,複合体を形成して標的遺伝子の転写制御領域に結合するが,転写を活性化することも抑制することもなく,ニュートラルな状態が想定される.とすると,転写の活性化も抑制もすることはないKO型と同じ現象が起きても良さそうな気もする.ところが同時に作出したKO変異体とrinG2変異体は,一方は果実がグニュグニュに軟化していくし,片方はいつまでもしっかりした形を崩さない.
ここで答えを明かすと,KO変異が系統③,rinG2が系統②の表現型となる.予想は当たっただろうか?
ここで大きな疑問が生じる.RINは成熟の促進に機能することは間違いなく,ノックアウトしても部分的に成熟が進むのは致し方ない(?)としても,栽培系統よりも軟化が進むというのは矛盾がある,と考えるのが妥当である.実物のトマトを見ながらもなかなか理解に結び付かず,いまだその理屈が理解できず研究半ばである.もしかすると成熟がある程度進んだ時期に,軟化関連酵素の過剰な働きを抑える役割を,RINはもっているのかもしれない.
さてrinG2変異トマトに話を進める.この果実はオレンジ色に着色し,rin変異体ほどではないにせよ,軟化が抑制されて日もちがよい.高日もちトマト育種の母本とする期待が持てる系統である(11, 19)11) Y. Ito, Y. Sekiyama, H. Nakayama, A. Nishizawa-Yokoi, M. Endo, Y. Shima, N. Nakamura, E. Kotake-Nara, S. Kawasaki, S. Hirose et al.: Plant Physiol., 183, 80 (2020).19) Y. Ito, N. Nakamura & E. Kotake-Nara: PLoS One, 16, e0249575 (2021)..一般に成熟に伴う軟化と果色の変化は同調的に進行するとされる.しかしこの変異体を見る限り,それぞれの進行のスピードに強弱をつけることは可能なのかもしれない.なお勘違いしやすいが,オレンジ色になるのはカロテノイド合成が停滞したためではない.この変異体で多く蓄積するオレンジ色素β-カロテンはリコペンが代謝されてできる産物であり,実際には代謝が次の段階まで進んでいる.リコペンをβ-カロテンに変換するリコペンβ-シクラーゼ遺伝子の一つが,栽培系統では成熟期に発現低下し(図2A図2■RIN遺伝子座の3種の変異体における遺伝子発現の違いのCrtL1遺伝子),そのためβ-カロテンへの変換が抑制され,リコペンが蓄積して鮮やかな赤色を呈する.一方,rinG2変異体では,成熟期にCrtL1が栽培系統より強く発現してβ-カロテンへ代謝が進んでおり,カロテノイド合成経路自体は活性化している.一方で,栽培系統で成熟時に発現上昇する細胞壁成分の代謝酵素遺伝子のうち,Polygalacturonase2a(PG2a)やMANNASE4(MAN4),CELLULASE2(Cel2)は,rinG2変異体で発現抑制が見られ,軟化抑制への関与が示唆される(図2A図2■RIN遺伝子座の3種の変異体における遺伝子発現の違い).つまり,カロテノイド合成と軟化のそれぞれの関連遺伝子群は,RINの機能が変化することにより偏った発現変化を示す.これらの知見は,高カロテノイドで耐軟化性を示す果実の育成の可能性を示唆する.
各変異体の個々の遺伝子の発現特性は適宜述べてきたが,ここではトランスクリプトーム解析の概要を述べておく.既知の主要な成熟関連遺伝子を抽出し,成熟前から成熟中への発現変化,また成熟期の各変異体と栽培系統とを比較し,ヒートマップにまとめた(図2B図2■RIN遺伝子座の3種の変異体における遺伝子発現の違い).rin変異が多くの遺伝子に発現抑制的に働くのに対し,KOやrinG2変異の影響は比較的小さいのが見て取れる.しかしほとんどの遺伝子は,いずれの変異体でも栽培系統より発現低下しており,RINの強い転写活性化能を反映している.3種の変異の効果を俯瞰的に理解するために,成熟期に発現が上昇する遺伝子の共通性について図2B図2■RIN遺伝子座の3種の変異体における遺伝子発現の違いに示した.栽培系統も含め,3系統ずつで共通に発現上昇する遺伝子を比較すると,rin変異体が入らない時に最も3系統の重なる部分が大きく(右下),rin変異体の特異的な性質が明らかである.栽培系統と比較するとKO変異体のみで発現上昇する遺伝子が多く見られ,これらはRINによって発現が抑制されていると仮定すると,KO変異体の過剰な軟化が説明できるかもしれない.rinG2変異体で発現上昇する遺伝子の多くが栽培系統に含まれるのと対照的である.KO変異体やrinG2変異体のアンバランスな成熟特性に関与する遺伝子を特定できれば,果実品質改善のための遺伝子操作の対象を絞るのに役立つだろう.なお全遺伝子の発現データは,原著(11)11) Y. Ito, Y. Sekiyama, H. Nakayama, A. Nishizawa-Yokoi, M. Endo, Y. Shima, N. Nakamura, E. Kotake-Nara, S. Kawasaki, S. Hirose et al.: Plant Physiol., 183, 80 (2020).のSupplemental Data Set 1としてダウンロードできる.
ここでRINの転写因子としての特性をまとめておく.RINは前述の通りMADSボックス転写因子で,シロイヌナズナではSEPALLATA(SEP)と相同性が高い.SEPは花器官の分化制御にかかわっており,トマトにもRINとは別のホモログが花器官で機能している(20)20) C. Ampomah-Dwamena, B. A. Morris, P. Sutherland, B. Veit & J. L. Yao: Plant Physiol., 130, 605 (2002)..一方シロイヌナズナの果実成熟に関与するSEPホモログは報告がなく,トマトとシロイヌナズナのそれぞれ祖先種が系統分化した後に,RINの祖先遺伝子がSEPから派生し,成熟制御の機能を獲得したと考えられる.RINがクローニングされた当初,成熟にエチレンを必要とする果実種,必要でない種(クライマクテリック型/ノンクライマクテリック型)のいずれも,RINホモログが普遍的に成熟に関与しているのでは,と期待された(9)9) J. Vrebalov, D. Ruezinsky, V. Padmanabhan, R. White, D. Medrano, R. Drake, W. Schuch & J. Giovannoni: Science, 296, 343 (2002)..しかし近年の種々のオミックス研究等から,トマトのようにMADSボックス転写因子で成熟制御されている果実類(リンゴ,セイヨウナシ)もあれば,モモやパパイヤ,メロンではNAC型の転写因子が成熟を制御,バナナではMADSとNACの両者が関与,というモデルが示されている(7)7) P. Lu, S. Yu, N. Zhu, Y. R. Chen, B. Zhou, Y. Pan, D. Tzeng, J. P. Fabi, J. Argyris, J. Garcia-Mas et al.: Nat. Plants, 4, 784 (2018)..RINによる成熟制御は植物界では比較的新しく生まれたシステムで,同様のシステムが機能する植物種は限定的であると考えた方がよいかもしれない.
MADSボックス転写因子の特性として,花器官分化のABCモデルで知られるように,複数種のMADSボックス転写因子が四量体を形成して機能していると考えられている.トマトで成熟に関与するMADSボックス転写因子はいくつか報告されているが,特にTAGL1とFRUITFULLホモログ(FUL1およびFUL2)は成熟に明確な関与を示す(21~25)21) J. Vrebalov, I. L. Pan, A. J. Arroyo, R. McQuinn, M. Chung, M. Poole, J. Rose, G. Seymour, S. Grandillo, J. Giovannoni et al.: Plant Cell, 21, 3041 (2009).22) M. Itkin, H. Seybold, D. Breitel, I. Rogachev, S. Meir & A. Aharoni: Plant J., 60, 1081 (2009).23) M. Bemer, R. Karlova, A. R. Ballester, Y. M. Tikunov, A. G. Bovy, M. Wolters-Arts, P. B. Rossetto, G. C. Angenent & R. A. de Maagd: Plant Cell, 24, 4437 (2012).24) Y. Shima, M. Fujisawa, M. Kitagawa, T. Nakano, J. Kimbara, N. Nakamura, T. Shiina, J. Sugiyama, T. Nakamura, T. Kasumi et al.: Biosci. Biotechnol. Biochem., 78, 231 (2014).25) S. Wang, G. Lu, Z. Hou, Z. Luo, T. Wang, H. Li, J. Zhang & Z. Ye: J. Exp. Bot., 65, 3005 (2014)..RINとTAGL1,さらにFULホモログは高次複合体を形成し,RINの標的ゲノム領域に結合していると考えられる(7, 26, 27)7) P. Lu, S. Yu, N. Zhu, Y. R. Chen, B. Zhou, Y. Pan, D. Tzeng, J. P. Fabi, J. Argyris, J. Garcia-Mas et al.: Nat. Plants, 4, 784 (2018).26) M. Fujisawa, Y. Shima, H. Nakagawa, M. Kitagawa, J. Kimbara, T. Nakano, T. Kasumi & Y. Ito: Plant Cell, 26, 89 (2014).27) Y. Shima, M. Kitagawa, M. Fujisawa, T. Nakano, H. Kato, J. Kimbara, T. Kasumi & Y. Ito: Plant Mol. Biol., 82, 427 (2013)..
RINと各変異の特性と表現型を整理して,図3図3■RINアレルの転写制御モデルにまとめた.RINはTAGL1, FULホモログと四量体を構築していると考えられる.rin変異タンパク質は,前述の通り転写抑制機能を獲得しており,TAGL1やFULホモログとは複合体を形成せず,ホモ二量体として標的ゲノム領域に結合しているようである(17)17) Y. Ito, A. Nishizawa-Yokoi, M. Endo, M. Mikami, Y. Shima, N. Nakamura, E. Kotake-Nara, S. Kawasaki & S. Toki: Nat. Plants, 3, 866 (2017)..転写活性化モチーフを失ったrinG2のコードタンパク質は,四量体形成に支障はなく標的遺伝子への結合性も変わっていない.転写制御機能はないはずだが,前述の通り,KO変異とは転写への影響はかなり異なっている.転写活性化・抑制機能がなくても,標的領域に結合することでクロマチン構造変化し,転写に影響するのかもしれないし,あるいは近傍に結合する他の転写因子の活性に何らかの影響を与えるのかもしれない.またRINがノックアウトされると,FUL1やFUL2が標的配列に結合できなくなることが確認されている.
栽培系統(WT)ではRINがTAGL1やFULホモログと複合体を形成し,成熟関連遺伝子の転写を活性化する.同時に,エチレンシグナル系の転写因子も転写活性化に寄与すると考えられる(Type I)(7, 11)7) P. Lu, S. Yu, N. Zhu, Y. R. Chen, B. Zhou, Y. Pan, D. Tzeng, J. P. Fabi, J. Argyris, J. Garcia-Mas et al.: Nat. Plants, 4, 784 (2018).11) Y. Ito, Y. Sekiyama, H. Nakayama, A. Nishizawa-Yokoi, M. Endo, Y. Shima, N. Nakamura, E. Kotake-Nara, S. Kawasaki, S. Hirose et al.: Plant Physiol., 183, 80 (2020)..rin変異体では転写を抑制する機能を持つ変異タンパク質が二量体を形成して結合し,さらにエチレン生産が全く上昇せずエチレンシグナル系の転写因子も機能しないため,成熟関連遺伝子の転写は完全に抑制される.一方,KOやrinG2では,転写活性化機能をもつRIN複合体は存在しないが,エチレン生産の若干の上昇によるエチレンシグナル系の転写因子の効果で,転写活性化する遺伝子もある.rinG2では転写活性化能がない複合体が形成されるが,標的DNA配列に結合するだけで転写に何らかの影響を与えている可能性が考えられ,KO変異体とは異なる発現パターンの原因かもしれない.成熟関連遺伝子の中には,RIN複合体のみに転写制御を依存する遺伝子(Type II),あるいはエチレンシグナル系の転写因子のみに依存する遺伝子(Type III)もあることが想定される.*: rinG2変異体ではリコペンの蓄積は多くなく,代わりにβ-カロテンが多く蓄積する.
多くの成熟関連遺伝子のシス調節領域では,RINとともにエチレンシグナル系の転写因子が機能していると予想している(図3図3■RINアレルの転写制御モデル, Type I)(7)7) P. Lu, S. Yu, N. Zhu, Y. R. Chen, B. Zhou, Y. Pan, D. Tzeng, J. P. Fabi, J. Argyris, J. Garcia-Mas et al.: Nat. Plants, 4, 784 (2018)..KO変異体やrinG2変異体でも多くの成熟関連遺伝子が発現上昇するのは,エチレンによって活性化される転写制御のためかもしれない.KO変異体やrinG2変異体では,栽培系統に比べるとピーク時においても1/5以下程度のエチレンしか検出されないが,たとえばエチレンにより発現誘導されるACS2はこれらの変異体でもしっかり発現している.この程度のエチレンがあればPG2aの発現は誘導されるとの報告があり(28)28) Y. Sitrit & A. B. Bennett: Plant Physiol., 116, 1145 (1998).,エチレンシグナル伝達系は機能すると考えられる.一方で,ACS4やCel2等,栽培系統では成熟期に発現が激増する(数百倍以上)がKO変異体では発現上昇が低く抑えられる(10倍以下)遺伝子もあり,これらはエチレン依存性は低く,主としてRINの制御を受けていると考えられる(Type II).逆に成熟に必要な遺伝子でも,RINとは独立し,エチレンによる制御のみ受けている遺伝子もあるだろう(Type III).rin変異体では強い転写抑制効果でRINによる制御系も抑え込んで,さらにエチレンシグナル伝達系もブロックしていると考えられる.RIN遺伝子座の3種の変異の特性を考慮することにより,成熟時の転写制御がより正確に理解できるようになることが期待される.
最後に図1図1■RIN遺伝子座の3種の変異アレルとその表現型の答えをまとめると,野生型—④,変異A—①,変異B—③,変異C—②,となる.予想はどの程度当たっていただろうか? ここまでの説明は,変異と表現型を結び付ける材料を,いくらかでも提供できただろうか?
筆者らのRINの機能再評価の論文発表後,別の成熟変異nor変異とCnr変異についてもその機能を見直す論文が相次いだ.これらの遺伝子座についてCRISPR/Cas9でKO変異を育成したところ,既存の変異体と全く異なり,部分的な成熟抑制効果しか起こらなかった(29~31)29) R. Wang, E. Tavano, M. Lammers, A. P. Martinelli, G. C. Angenent & R. A. de Maagd: Sci. Rep., 9, 1696 (2019).30) Y. Gao, W. Wei, Z. Fan, X. Zhao, Y. Zhang, Y. Jing, B. Zhu, H. Zhu, W. Shan, J. Chen et al.: J. Exp. Bot., 71, 3560 (2020).31) Y. Gao, N. Zhu, X. Zhu, M. Wu, J. Cai-Zhong, D. Grierson, Y. Luo, W. Shen, S. Zhong, D. Q. Fu et al.: Hortic. Res., 6, 39 (2019)..これまで成熟開始の「Master regulators」とされてきたRIN, NAC-NORそしてCNRの転写因子の再評価は,これらの変異体を解析して構築されてきた成熟制御モデルを大きく見直すことになるかもしれない.ここで示した,不思議な表現型を示すRINの異なる変異体が,今後の成熟研究の発展に寄与できることを期待したい.
Reference
1) Tomato Genome Consortium: Nature, 485, 635 (2012).
3) E. C. Tigchelaar, W. B. McGlasson & R. W. Buescher: HortScience, 13, 508 (1978).
8) R. Robinson & M. Tomes: Rep Tomato Genet Coop, 18, 36 (1968).
12) K. Hiratsu, M. Ohta, K. Matsui & M. Ohme-Takagi: FEBS Lett., 514, 351 (2002).
15) 伊藤康博:New Food Industry, 60, 1 (2018).
19) Y. Ito, N. Nakamura & E. Kotake-Nara: PLoS One, 16, e0249575 (2021).
22) M. Itkin, H. Seybold, D. Breitel, I. Rogachev, S. Meir & A. Aharoni: Plant J., 60, 1081 (2009).
25) S. Wang, G. Lu, Z. Hou, Z. Luo, T. Wang, H. Li, J. Zhang & Z. Ye: J. Exp. Bot., 65, 3005 (2014).
28) Y. Sitrit & A. B. Bennett: Plant Physiol., 116, 1145 (1998).