Kagaku to Seibutsu 59(10): 512-519 (2021)
解説
トマトの成熟転写因子RINの再評価【問題】トマトの成熟について,転写因子RINの「変異の種類」と「果実の表現型」を正しく組み合わせよ
Re-evaluation of Tomato Ripening Regulator RIN by Analyses of Novel Allelic Mutations: Which RIN Locus Allele Produces Which Ripening Phenotype?
Published: 2021-10-01
果実の発達過程において,成熟の開始は果実生理の大きな転換期であり,多岐にわたる遺伝子群の同調的な,そして劇的な発現パターン変化により引き起こされる.トマトでは,ある転写因子の変異により成熟過程全般が全く進まなくなるため,その転写因子が成熟のマスターレギュレーターの役割をもつと信じられてきた.ところがこの転写因子遺伝子に,ゲノム編集により従来の自然変異とは異なる新規変異を与えると,この転写因子の役割が約半世紀にわたって誤解されていたことが明らかになり,さらに思いもよらぬ成熟パターンを示す果実が得られた.数々の不思議な表現型を示す新規の変異は,成熟制御の本質に迫る新たな知見を与えてくれるだろうか?
Key words: 転写因子; ゲノム編集; エチレン; 果実軟化; カロテノイド合成
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
最初に,由緒ある「化学と生物」誌の解説原稿に不似合いなタイトルを掲げることをお許し願いたい.とにかくまず図1A図1■RIN遺伝子座の3種の変異アレルとその表現型の変異トマトの多様な成熟パターンをご確認いただくとする.これらがただ一つの遺伝子の,異なる変異型の対立遺伝子(アレル)によってそれぞれ引き起こされている,と言ったら信じていただけるだろうか? 早速,図の説明に入る.
A: 3種の変異アレルがコードするタンパク質と変異による表現型の比較
RIN遺伝子座において,図1B図1■RIN遺伝子座の3種の変異アレルとその表現型に示す変異によって生じたアレルからできるタンパク質を左に示した.右は各系統の果実を,収穫直後と収穫後2カ月室温保存した時の様子.果実系統の並び順はランダムである.どの変異がどの表現型を示すだろうか.例として野生型RINと栽培系統をつないでいる.正解は本文「おわりに」にまとめてある.
B: 3種の変異アレルの変異様式
野生型のRIN遺伝子の隣にはMC遺伝子がある.両者ともMADSボックス転写因子をコードする.rin変異によりRINの最終エクソン全体を含む約3kbが欠失している.この欠失には,mRNAの転写が終結するターミネーター領域も含まれるため,本変異遺伝子が転写される時,RINの範囲で転写が終わらずMCのターミネーターまで一続きの転写が行われる.その後のスプライシングの過程で,RINの最終エクソンの手前のイントロン終結シグナル配列も欠失していることから,次のイントロンが終わるシグナル配列,つまりMCの第1イントロンの終わりまでが,1つのイントロンとして認識される.よって,RINの最終エクソンとMCの第1エクソンを除いた,RINとMCの融合mRNAが合成される.この時,コドン読み枠のずれは生じないので,融合タンパク質ができる.また,野生型RINの開始コドン直後,あるいは第7エクソン内をCRISPR/Cas9の標的としてゲノム編集変異を誘発,変異点直後に終止コドンが生成された変異を,それぞれKO変異(変異B),rinG2変異(変異C)とした(図1A図1■RIN遺伝子座の3種の変異アレルとその表現型参照).
図1A図1■RIN遺伝子座の3種の変異アレルとその表現型に示す4種のトマトは,いずれも成熟制御を司るRINという転写因子をコードする遺伝子について,図の左側に示した異なる3種の変異,そして野生型も含め4種の異なるアレルによって,それぞれ異なる成熟の表現型となった結果である.あえて順序をランダムに示したので,変異と表現型の組み合わせを予想していただきたい.
野生型トマトはきれいに赤くなるが,1カ月も経つと乾燥が目立ち始め,2カ月では全体にシワが入って干しトマトになりつつある.もちろん図1図1■RIN遺伝子座の3種の変異アレルとその表現型の④のトマトが野生型である.①のトマトは成熟が全く進まない表現型を示す.赤くならないし,数カ月以上も軟化せずに姿を維持する.②は,①ほどではないものの,2カ月程度ならしっかりした果実の形を保つが,①と違ってオレンジ色に着色する.③は成熟が開始すると赤色色素が若干蓄積するがトマトらしい赤にはならず,異常に軟化が進行する.中身が液化して水風船状にブヨブヨになり,まるで冬まで樹上にあって軟らかくなったカキのようになる.
図1A図1■RIN遺伝子座の3種の変異アレルとその表現型左に,RIN遺伝子座に生じた3種の変異アレル由来の翻訳産物を模式的に示した.野生型遺伝子がコードする転写因子RINに対し,変異AはC末端が一部欠落し,さらに別のタンパク質が融合している.変異Bはノックアウト(KO)変異で,翻訳産物が生じない.変異Cにより,コードタンパク質は全長242アミノ酸のうちC末端44アミノ酸が欠落する.
以上が図に対する説明であるが,もちろんこれでは正解に結び付く情報が十分ではない.トマトの成熟とRINの機能,それぞれの変異について,順を追って説明していきたい.
果実の成熟は,世代交代に向けた植物の生育における最終イベントと言える.開花・受粉により果実の発達が始まり,内包する種子が完成したタイミングで果実の成熟が始まる.赤や黄色等,鮮やかな果皮色に変化し,果肉の軟化,華やかな芳香成分の発生,さらに渋味や酸味が抑えられ甘味が引き立つ等,人間や動物にとって食物として適するようになる.動物に果実を食べさせ種子を運搬させて生息域を拡大する,そのために種子完成後に速やかに果実を魅力的な食物に変化させる,それが成熟の意義であろう.種子が未完成の時期に食べられては困るので,果実発達初期から徐々に成熟が進むのではなく,種子が完成した後に,多様な変化を同調して一気に進めることが重要である.
この成熟の同調的変化の制御メカニズムは,食品利用面での重要性だけでなく生物学として興味深い現象であり,古くから盛んに研究されてきた.特にトマトがモデル生物として扱われるのは,食品としての経済的な重要性に加え,研究材料として,成熟進行の変化が明確,多様な性質を示す変異体が数多くある,栽培が容易で世代が短期間で進む,組織培養も容易で組換え技術が確立,さらに二倍体でゲノムサイズも比較的小さく遺伝解析が容易,という有利な要因があるためだろう.果実類の中でもいち早くゲノム解析が進められ(1)1) Tomato Genome Consortium: Nature, 485, 635 (2012).,さらに研究が深化している.
成熟の進行に対するエチレンの効果はよく知られているが,トマトもその代表的な果実種である.成熟開始に伴ってエチレン合成が急激に増え多様な成熟過程が誘導されるが,エチレンの効果を阻害することにより成熟進行を抑制できる(2)2) A. Nakatsuka, S. Murachi, H. Okunishi, S. Shiomi, R. Nakano, Y. Kubo & A. Inaba: Plant Physiol., 118, 1295 (1998)..トマトには,果実の成熟前までの生育には影響はないが,成熟期になってもエチレン上昇が全く見られず,したがって成熟が全く進行しない突然変異体がいくつかあり,中でもripening inhibitor(rin),non-ripening(nor),Colorless non-ripening(Cnr)が有名である(3, 4)3) E. C. Tigchelaar, W. B. McGlasson & R. W. Buescher: HortScience, 13, 508 (1978).4) A. J. Thompson, M. Tor, C. S. Barry, J. Vrebalov, C. Orfila, M. C. Jarvis, J. J. Giovannoni, D. Grierson & G. B. Seymour: Plant Physiol., 120, 383 (1999)..いずれも,成熟の開始すべき時期になっても果皮の着色が始まらず,果実は硬いまま数カ月以上その姿が維持される.これらの変異体ではエチレンを外から与えても着色や軟化を含め成熟進行は回復しない.
また近年の研究の進展から,成熟開始の制御に,ゲノム領域におけるメチル化が重要であることが明らかになった(5, 6)5) S. Zhong, Z. Fei, Y. R. Chen, Y. Zheng, M. Huang, J. Vrebalov, R. McQuinn, N. Gapper, B. Liu, J. Xiang et al.: Nat. Biotechnol., 31, 154 (2013).6) R. Liu, A. How-Kit, L. Stammitti, E. Teyssier, D. Rolin, A. Mortain-Bertrand, S. Halle, M. Liu, J. Kong, C. Wu et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10804 (2015)..未熟期には成熟関連遺伝子の転写制御領域がメチル化されて発現が抑制されるが,成熟期には脱メチル化されて転写が可能になることで成熟が開始する.このメチル化による制御は多くの果実種で保存されていることが示された(7)7) P. Lu, S. Yu, N. Zhu, Y. R. Chen, B. Zhou, Y. Pan, D. Tzeng, J. P. Fabi, J. Argyris, J. Garcia-Mas et al.: Nat. Plants, 4, 784 (2018)..ここではこれ以上メチル化の議論には触れないが,成熟開始の制御メカニズムの理解において,近年の大きな進展と言える.
では今回の主題であるRIN遺伝子について話を進める.多様な生命現象を解明するにあたって突然変異体がその研究のきっかけとなることが多いが,成熟研究において最もポピュラーな研究対象は,上記のrin変異である.成熟が全く進まないこの変異体が最初に紹介されたのは1968年で(8)8) R. Robinson & M. Tomes: Rep Tomato Genet Coop, 18, 36 (1968).,それから半世紀以上,世界中で成熟関連の多様な研究に利用されてきた.2002年に遺伝子が特定され,MADSボックス型の転写因子RINをコードすることが示された(9)9) J. Vrebalov, D. Ruezinsky, V. Padmanabhan, R. White, D. Medrano, R. Drake, W. Schuch & J. Giovannoni: Science, 296, 343 (2002)..rin変異によりRINが機能を失う,そのために成熟が進行しない,このわかりやすいシナリオに,特に疑問をもつ方はそうはいないのではないだろうか.
ここでrin変異の少々複雑な事情を説明する.この変異はRIN遺伝子の最終エクソンと転写が終結するターミネーター領域を含む約3kbの欠失である(9)9) J. Vrebalov, D. Ruezinsky, V. Padmanabhan, R. White, D. Medrano, R. Drake, W. Schuch & J. Giovannoni: Science, 296, 343 (2002)..この欠失が曲者で,RINと隣の遺伝子Macrocalyx(MC)が,コドン読み枠がずれずに融合したmRNAが転写され,実際に果実で融合タンパク質が蓄積する(この過程の詳細は図1B図1■RIN遺伝子座の3種の変異アレルとその表現型を参照のこと)(10)10) Y. Ito, M. Kitagawa, N. Ihashi, K. Yabe, J. Kimbara, J. Yasuda, H. Ito, T. Inakuma, S. Hiroi & T. Kasumi: Plant J., 55, 212 (2008)..したがって最初の図1A図1■RIN遺伝子座の3種の変異アレルとその表現型のうち,①の成熟しない果実は変異Aの表現型である.このrin変異タンパク質の最大の特徴は,野生型RINが転写活性化機能をもっているのに対し,その活性化機能を失い,さらに転写を抑制する機能を獲得したことにある.転写活性化モチーフをコードする最終エクソンを欠失し,また融合したMCのC末端に転写抑制モチーフ[ERF-associated amphiphilic repression(EAR)モチーフ](11, 12)11) Y. Ito, Y. Sekiyama, H. Nakayama, A. Nishizawa-Yokoi, M. Endo, Y. Shima, N. Nakamura, E. Kotake-Nara, S. Kawasaki, S. Hirose et al.: Plant Physiol., 183, 80 (2020).12) K. Hiratsu, M. Ohta, K. Matsui & M. Ohme-Takagi: FEBS Lett., 514, 351 (2002).が存在するためである.気になるのはMCであるが,これもRINと同様MADSボックス転写因子であり,萼片の大きさや花柄の離層形成に関与する(9, 13)9) J. Vrebalov, D. Ruezinsky, V. Padmanabhan, R. White, D. Medrano, R. Drake, W. Schuch & J. Giovannoni: Science, 296, 343 (2002).13) T. Nakano, J. Kimbara, M. Fujisawa, M. Kitagawa, N. Ihashi, H. Maeda, T. Kasumi & Y. Ito: Plant Physiol., 158, 439 (2012)..なおRINのN末端に存在するDNA結合モチーフは,典型的なMADSボックス転写因子の標的配列であるCArGボックス配列(CC(A/T)6GGまたはCTA(A/T)4TAG)に結合し,rin変異タンパク質にもこの結合モチーフは存在する(10)10) Y. Ito, M. Kitagawa, N. Ihashi, K. Yabe, J. Kimbara, J. Yasuda, H. Ito, T. Inakuma, S. Hiroi & T. Kasumi: Plant J., 55, 212 (2008)..したがってrin変異タンパク質はDNA結合活性があり,転写「抑制」因子の機能をもつ.RINが転写を活性化して成熟を進める,いわばアクセルのような役割をもつのに対し,rin変異タンパク質は転写を抑制して成熟進行にブレーキをかける,と考えてよいだろう.
「転写活性化型」の転写因子が「転写抑制型」に転換する,というのは,すなわち「機能喪失化(loss-of-function)」とイコールだろうか? 従来考えられてきたように,rin変異アレルは全く機能がないと考えて良いのだろうか? 実はrin変異は半優性を示し,栽培系統とrin変異系統のF1果実(RIN/rin)は両親の中間型の表現型(高日もちかつ赤い果実)を示す(14)14) M. Kitagawa, H. Ito, T. Shiina, N. Nakamura, T. Inakuma, T. Kasumi, Y. Ishiguro, K. Yabe & Y. Ito: Physiol. Plant., 123, 331 (2005).ことから,筆者はこの変異アレルは野生型アレルと拮抗する機能を獲得したと考えた(詳細は拙著(15)15) 伊藤康博:New Food Industry, 60, 1 (2018).を参照いただきたい).そこで筆者らはCRISPR/Cas9法によりRINのノックアウト(KO)系統を作出したところ(16)16) Y. Ito, A. Nishizawa-Yokoi, M. Endo, M. Mikami & S. Toki: Biochem. Biophys. Res. Commun., 467, 76 (2015).,rin変異と異なり,成熟開始が認められた.完熟には全く至らないが,成熟開始のサインである赤色色素リコペンがうっすらと蓄積し,またエチレンも少量だが確実に生産上昇を示した.さらに遺伝子発現解析から,成熟進行に必須の細胞壁分解やカロテノイド合成,エチレン合成等,RIN依存的に発現すると考えられてきた遺伝子(成熟期に発現上昇するがrin変異体では抑制される遺伝子)の多くで発現上昇が認められた(図2A図2■RIN遺伝子座の3種の変異体における遺伝子発現の違い).トランスクリプトーム解析のある基準では,RIN依存的とされてきた759遺伝子のうち253遺伝子,つまり1/3程度がKO変異体で発現上昇していた(図2B図2■RIN遺伝子座の3種の変異体における遺伝子発現の違い).