Kagaku to Seibutsu 59(10): 520-526 (2021)
プロダクトイノベーション
アミノ酸測定に適した酵素の発見と測定キットの開発誰でもできるアミノ酸の測定
Published: 2021-10-01
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
アミノ酸の測定は,もっぱら研究者や技術者らの専門家領域となっている.食品科学科の高校生が,実習で製造した味噌に含まれている遊離のL-グルタミン酸量を測定することは容易ではない.大学においても,食品化学の学生実験としての遊離アミノ酸測定は,ショ糖や果糖などの測定と同様に,試薬と計測器の準備が簡単ではない.また,農業生産者にとって,トマトのγ-アミノ酪酸(GABA)の含有量を現場で安価に測定することは,ほとんど不可能なことであると思われている.
「分析」と「測定」の言葉の定義から理解すれば,アミノ酸分析とは,多種類のアミノ酸を一斉に分離・定量することであり,アミノ酸測定とは,個別のアミノ酸にターゲットを絞って定量することであると言える.しかし,測定対象が一種類のアミノ酸であっても,多種類のアミノ酸の定量を目的とする高速液体クロマトグラフィーによるアミノ酸分析機によって測定されている場合が多い.アミノ酸分析機の使用により,アミノ酸分析とアミノ酸測定は,ほとんどイコールの意味合いをもつようになっている.そして,ますます高感度化,自動化されたアミノ酸分析機は,大学や分析センターなどの技術者が操作する非常に高価な機器となっている.サンプル数が多く,L-グルタミン酸やGABAなどの特定の遊離アミノ酸を測定することが多い食品試料の場合は,アミノ酸分析機の使用は必ずしも適切とは言えない.
私たちは,食品中のある一種類の遊離アミノ酸を測定する方法の,簡便化,大衆化そして低コスト化を目標としている.アミノ酸測定に適したL-リジンα-オキシダーゼとL-グルタミン酸オキシダーゼの応用によって,誰でも簡単にできる5種類の新しいアミノ酸比色測定キットを開発した.また,L-グルタミン酸オキシダーゼと各種アミノ酸トランスアミナーゼとの酵素サイクリング法により,さらに多種類のアミノ酸測定キットの製品化が可能であることを示した.そして,各測定キットに共通して使える簡易LED比色計を開発した.
本稿では,まず特定の遊離アミノ酸の測定ニーズに関して述べる.次に,糸状菌の固体培養で生産された正体不明の高分子活性物質を酵素であると推定し,それを証明することによってL-リジンα-オキシダーゼを発見した経緯について説明する.そして,この発見が,多種類のアミノ酸測定に好適なL-グルタミン酸オキシダーゼの発見に繋がったことについて解説する.さらに,両酵素を応用した5種類の新しいアミノ酸測定キットとL-グルタミン酸またはGABAの測定キットにLED比色計等を付属したセット商品について説明する.また,トマトとブロッコリーの遊離アミノ酸の測定例についても紹介する.
アミノ酸はアミノ基とカルボキシ基をもつ有機化合物であり,蛋白質を構成する20種類のアミノ酸がよく知られている.栄養学的な観点からは,ヒトの体内では合成できず,食事によって摂取しなければならい, L-リジンなどの必須アミノ酸9種類が重要視されている.その他にも,蛋白質合成後に修飾を受けて作られるアミノ酸や,蛋白質を構成しない遊離アミノ酸も数多く存在している.それらの中で,L-グルタミン酸は天然界に普遍的かつ多量に存在するアミノ酸であるが,昆布のうま味成分でもあり,100年以上前から調味料として市販されている.ほかにも多種類のアミノ酸の名前が,日常生活において人々の目にふれる機会が多くなっている.トマト・バナナ・発芽玄米・チョコレートなどのGABA,栄養ドリンクのアスパラギン酸,しじみのオルニチン,睡眠改善のグリシン,運動機能改善のロイシン・バリン・グルタミンなどが,健康を気遣う多くの人たちに,あるいはスポーツ選手に認知されるようになっている.検索すれば,キリがないほど多数の“アミノ酸”を売りにしている商品がある.それらアミノ酸の中でも,最近特に,ストレスの緩和・血圧の低下などの生理的効果が証明されているGABAの認知度が上がっている.
一般に,ある食品添加物を工業的に大量製造し,その化合物で多面的な応用開発を行って,多数の商品を製造販売すれば,その化合物の生産管理から応用商品の品質管理まで,あるいはその化合物を含む商品の顧客側の評価においても,簡単で効率的な測定法が必要となる.当然,アミノ酸生産量が世界で第1位と第2位のL-グルタミン酸とL-リジンの場合,あるいは機能性アミノ酸として食品業界で注目度の高いGABAの場合も,それら個別のアミノ酸の簡単で効率的な定量方法が求められる.また,データとエビデンスが求められている昨今では,専門的な知識と実験機器をもっていない農業生産者や中小零細の業者の中には,農産物や製品に含まれている特定の遊離アミノ酸量を測定して,自社商品の差別化に利用したいという潜在的な願望をもつ人が多くなっている.
特定のアミノ酸を測定する手段として,アミノ酸分析機とともに酵素センサーが使われているが,酵素センサーも非常に高価な専門的機器となっている.酵素を利用した比較的安価な方法としては,吸光光度法による測定キットが販売されているが,分光光度計が必須となり,実験室内で専門的技術をもった人が操作して測定する方法となっている.これまで,ある一種類のアミノ酸を簡単に測定できる,計測器付きの安価な測定キットは全く市場に提供されていなかった.
1970年代,筆者はヤマサ醤油㈱国中明博士の下で,土壌から分離したカビまたは放線菌の固体培養によってのみ生産され,液体培養では見つからない,新規抗がん活性物質の探索研究を行っていた.カビや放線菌の固体培養こそが,これら微生物の自然に近い姿であり,菌本来の分化と生理的機能を発揮することで,新規物質が生産される可能性があるのではないかという発想であった.微生物の固体培養水抽出液をサンプルとして,in vitroではL5178Yマウス白血病細胞に対して,in vivoではL1210マウス白血病に対して抗がん活性を示す,低分子の新規物質を狙っていた.
低分子活性物質を生産する微生物をスクリーニングする過程で,土壌から分離したTrichoderma viride Y244-2のフスマ培養水抽出液中に,目的とは異なる高分子の抗がん活性物質を見いだした.そして,この非透析性で75°C–30分の熱処理によって失活する蛋白質様の正体不明物質を,L5178Y細胞の培養に必須な,ある特定の培地成分を分解する酵素であると推定した.この仮説を証明するために,具体的な実験方法を考案して実行した.すなわち,あらかじめ RPMI1640培地に正体不明活性物質を37°Cで一夜作用させ,次いでこの培地を熱処理してL5178Y細胞の培養に用いた.細胞増殖は90%以上抑制されたが,培地成分表に記載されている各種アミノ酸やビタミン類を一種類ずつ添加したところ,L-リジンの添加によってのみ細胞増殖が回復した(1)1) H. Kusakabe, K. Kodama, H. Machida, Y. Midorikawa, A. Kuninaka, H. Misono & K. Soda: Agric. Biol. Chem., 43, 337 (1979)..したがって,活性物質の本体はL-リジンの分解酵素であることがわかった.L-リジン分解反応様式を詳細に検討した結果,高分子抗がん活性物質を新酵素L-リジンα-オキシダーゼ(EC1.4.3.14)と同定した(2)2) H. Kusakabe, K. Kodama, A. Kuninaka, H. Yoshino, H. Misono & K. Soda: J. Biol. Chem., 255, 976 (1980)..当時,L-アミノ酸オキシダーゼ(EC1.4.3.2)は,起源を問わず,幅広い基質特異性を示す酵素として知られていた.L-リジンα-オキシダーゼが,高い基質特異性を示すL-アミノ酸オキシダーゼとしては,最初の発見例であった.
なお,発見当初から,L-リジンα-オキシダーゼは一種の生体防御酵素ではないかと考えていたが,20年後にアメフラシが噴射する紫色インクからL-リジンα-オキシダーゼが単離された.驚くべきことに,アメフラシは酵素と共に高濃度のL-リジンも噴射して,海中にもかかわらず,L-リジンの酸化反応によって生成する過酸化水素で外敵を攻撃することが明らかになっている(3)3) 神尾道也:比較生理生化学,29, 11 (2012)..この作用機序は,筆者が1980年に報告した,L-リジンα-オキシダーゼのマウス白血病細胞に対する殺細胞活性のメカニズム(4)4) H. Kusakabe, K. Kodama, A. Kuninaka, H. Yohino & K. Soda: Agric. Biol. Chem., 44, 387 (1980).とよく似ている.
性質項目 | L-リジンα-オキシダーゼ | L-グルタミン酸オキシダーゼ |
---|---|---|
分子量 | 112,000 | 140,000 |
サブユニット | ホモ2量体 | ヘテロ6量体(α2β2γ2) |
補酵素 | FAD(酵素1モル当たり2モル) | FAD(酵素1モル当たり2モル) |
熱安定性 | 60°C–30分 | 65°C–30分 |
pH安定性 | pH6~pH10 | pH5~pH10 |
Km | 0.04 mM | 0.2 mM |
基質特異性 | L-Lys (100%) L-Phe (8%) | L-Glu (100%) |
L-Arg (6%) L-His (4%) | 他のL-アミノ酸(0%) |
1982年当時,L-グルタミン酸オキシダーゼという酵素名での特許と文献が複数あったが,いずれも実態が無いかまたはL-グルタミンあるいはL-ヒスチジン等の他のアミノ酸にも作用するというもので,L-グルタミン酸だけに厳格な基質特異性を示すL-グルタミン酸オキシダーゼは発見されていなかった.筆者らは,糸状菌のフスマ培養によって,新酵素L-リジンα-オキシダーゼを発見した.この酸化酵素は,固体培養では菌体外に多量生産されるが,液体培養では全く生産されなかったことから,他の新規オキシダーゼ,たとえばL-グルタミン酸オキシダーゼも固体培養で見つかるのではないかと考えた.そこで,小型酸素電極装置を使用し,L-アミノ酸を基質としたオキシダーゼ反応を容易に検出できるシステムを考案した.酸素電極法は,カタラーゼの添加による酸素吸収曲線の変化で,過酸化水素の生成を確実に検出できることから,オキシダーゼの確認法としては便利な方法である.また,20種類のアミノ酸混液を基質にした場合,一度に10サンプル程度の活性測定(20種アミノ酸×10試料=200測定)が1, 2分でできることから,今日でも,酸素電極法は新規オキシダーゼの探索に使える非常に効率的な手段であると考えている.この電極法を使って,土壌から分離したStreptomyces sp. X119-6のフスマ培養水抽出液中に,L-グルタミン酸だけに作用して,酸素を吸収し,α-ケトグルタル酸・過酸化水素・アンモニアを生成するL-グルタミン酸オキシダーゼ(EC1.4.3.11)を発見した(5, 6)5) H. Kusakabe, Y. Midorikawa, A. Kuninaka & H. Yoshino: Agric. Biol. Chem., 47, 179 (1983).6) H. Kusakabe, Y. Midorikawa, T. Fujishima, A. Kuninaka & H. Yoshino: Agric. Biol. Chem., 47, 1323 (1983)..
㈱エンザイム・センサは,L-グルタミン酸オキシダーゼの生産に関する独占的な実施権をヤマサ醤油㈱から許諾され,遺伝子組み換え大腸菌によるL-グルタミン酸オキシダーゼの大量製造方法を確立した.このリコンビナント型L-グルタミン酸オキシダーゼを使用して,A液とB液の二つの試薬溶液と標準液で構成する,新しいL-グルタミン酸測定キットを製品化した.アスコルビン酸を含む試料であっても,A液による室温10分間の反応でこの還元性物質を除去し,B液添加10分間のL-グルタミン酸オキシダーゼ反応によって,L-グルタミン酸から生成する過酸化水素を,パーオキシダーゼ・4-アミノアンチピリン・トリンダー試薬の発色系へ導くことで,目で確認しながらL-グルタミン酸を簡単に定量することができるキットとなっている.特異性の検討では,蛋白質を構成する20種類の各アミノ酸溶液(1 mM)を試料にした場合,L-グルタミン酸の発色度(100%)に対して,他の19種アミノ酸の発色度は0.6%以下であった.また,L-グルタミン酸測定キットと従来法との比較では,味噌,醤油,日本酒およびトマトを測定したところ,L-グルタミン酸脱水素酵素を用いた市販測定キット(F-キット)によるL-グルタミン酸測定値と,いずれの試料でも相関係数0.99の高い相関性を示した.そして,L-グルタミン酸測定キットに,専用LED比色計,採取器具,セルおよび色見本等を付属したセットを,「うまミエール®」という商品名で発売した.子供から大人まで,誰でも簡単に,うま味(L-グルタミン酸)を色の濃さで測ることができるセット商品となっている.
L-グルタミンは,人血中に最も多く存在するアミノ酸であり,体内に存在する遊離アミノ酸の大半を占めている.また,L-グルタミンは,筋肉の分解抑制,消化管機能のサポート,免疫力の向上,傷の修復などの効果があると言われている.スポーツ選手がサプリメントとして利用している.
L-グルタミンは,主に酵素センサーまたはアミノ酸分析機で測定されている.安価な酵素法キットとしては,L-グルタミンにグルタミナーゼを作用させて,生成したL-グルタミン酸に対してL-グルタミン酸脱水素酵素を作用させ,補酵素NAD(P)Hの生成に伴うホルマザン色素の吸光度を測定するキットが販売されている.しかし,この方法では試料中に共存するL-グルタミン酸の影響を除去することができないために,別途L-グルタミン酸を測定して差し引く必要がある.㈱エンザイム・センサが開発したL-グルタミン測定キットでは,試料にA液を加えて室温で10分放置する間に,試料に共存するL-グルタミン酸を除去することができる.その後で,グルタミナーゼを含むB液を添加して,L-グルタミンから生成するL-グルタミン酸を発色反応に導いて測定するキットとなっている.特異性の検討では,20種類の各アミノ酸溶液(1 mM)を試料とした場合,L-グルタミンの発色度(100%)に対して,L-グルタミン酸など19種類のアミノ酸の発色度は1%以下であった.また,カボチャやパセリなど12種類の野菜の測定値は,LC/MSによるL-グルタミン測定値との相関係数が0.96以上であった.なお,L-グルタミンの測定キットを構築する場合は,標準液としてのL-グルタミン溶液の安定性が問題となる.L-グルタミンの水溶液を4°Cで1カ月間保存すると30%が分解し,細胞培養の培地中では室温3日間で20%が分解するとされている.製品化したL-グルタミン測定キットでは,標準液だけ発色手順を変えることにより,不安定なL-グルタミン溶液の替わりに,安定なL-グルタミン酸溶液を標準液として用いている.
GABA(γ-アミノ酪酸)は抑制性の神経伝達物質であり,興奮性神経伝達物質の過剰な分泌を抑制して神経の興奮を鎮め,ストレスの緩和,血圧の低下,あるいは免疫力の低下抑制などの,種々の生理的効果が知られている.消費者庁の発表では,2020年末までに受理した機能性表示食品の累計は3,722品目で,その内,機能性関与成分のランキング1位はGABAとなっており,445品目のGABA機能性表示食品が届出されている.新しい商品の差別化あるいはブランド化に,GABAというアミノ酸名が重宝されている.
これまで,GABAの測定は主にアミノ酸分析機によって行われてきた.酵素法としては,GABAトランスアミナーゼを応用する方法が知られていた.GABAから生成するコハク酸セミアルデヒドに脱水素酵素を作用させて,補酵素NADPを還元型とし,それをホルマザン色素に導いて測定する方法となっているが,GABA測定キットとしては製品化されていない.誰でもできる,安価な酵素法GABA測定キットは市場に提供されていなかった.私たちは,L-グルタミン酸測定キットおよびL-グルタミン測定キットと同様の手順による,簡単な溶液タイプの比色法GABA測定キットを開発した.まず,A液添加・室温10分間で,試料中に共存するL-グルタミン酸とアスコルビン酸を除去した.続くB液添加・室温10分間の反応で,カタラーゼ阻害剤存在下,GABAトランスアミナーゼとL-グルタミン酸オキシダーゼの酵素サイクルを回し,さらにパーオキシダーゼ反応ともカップリングして色素形成を同時に行わせることによって,GABAのエンドポイント測定法を確立してキット化した(7)7) T. Nishiyama, T. Woro, K. Ueda & H. Kusakabe: Biosci. Biotechnol. Biochem., 84, 118 (2020)..GABAと蛋白質を構成する20種類の各L-アミノ酸溶液(1 mM)を試料とした場合,GABAの発色度(100%)に対する他の20種類アミノ酸の発色度は1%以下であった.従来法との比較では,蓮根や枝豆などの野菜14種を測定したところ,GABA測定キットとLC/MSによる測定値の相関係数は0.99であった.そして,GABA測定キットにLED比色計などを付属したセット商品を「GABAミエール®」として発売した.
L-アスパラギン酸は,体内で窒素やエネルギーの代謝に関係することが報告されている.また,アンモニアと結合してL-アスパラギンとなることから,アンモニアの解毒作用も知られている.エネルギー源として最も利用されやすいアミノ酸の一つで,栄養剤などの成分としても利用されている.
L-アスパラギン酸測定キットは,GABA測定キットのGABAトランスアミナーゼをL-アスパラギン酸トランスアミナーゼに置き換えて開発した(農芸化学会2021,西山辰也(日大生物資源)).特異性を検討したところ,20種類の各アミノ酸溶液(1mM)を試料にした場合,L-アスパラギン酸の発色度(100%)に対する19種類のアミノ酸の発色度は1%以下であった.また,L-アスパラギン酸とGABAの測定原理(図3図3■GABAとL-アスパラギン酸の測定原理)は,特異性の高い各種のアミノ酸トランスアミナーゼとL-グルタミン酸オキシダーゼを組み合わせた酵素サイクリング法によって,さらに多種類の個別アミノ酸の測定キットが製品化できる可能性を示唆している.
L-リジンは,飼料や輸液などに添加されている必須アミノ酸であり,生産量は年間50万トン程度に達している.L-リジンの測定方法としては,アミノ酸分析機の他には,私たちが発見したL-リジンα-オキシダーゼを固定化したL-リジンセンサー(8)8) J. L. Romette, J. S. Yang, H. Kusakabe & D. Thomas: Biotechnol. Bioeng., 25, 2557 (1983).が1980年代から実用化されているが,用手法の簡単なL-リジン測定キットは市販されていない.そこで,糸状菌の固体培養で生産したL-リジンα-オキシダーゼを応用して,簡単な比色法測定キットを開発した.このキットの特異性を検討したところ,各アミノ酸溶液(1 mM)を試料にした場合,L-リジンに対する発色度を100%とすると,L-チロシンに対して2.8%,酵素自体の活性では8%作用するL-フェニルアラニンに対して1.5%,L-バリンに対して1.2%,L-トリプトファンに対して1.1%の弱い発色を示した.他の15種類のアミノ酸の発色度は1%以下であった.試薬溶液のpHなどを工夫したことにより,酵素自体の基質特異性よりも高い特異性を示す測定キットとなっている.なお,さらなる特異性の向上を目指して,現行製品の改良を検討している.
野菜の中で,L-グルタミン酸が多いと言われているトマトについて,品種・時期・店舗・価格などを気にすることなく150商品を購入し,「うまミエール®」(L-グルタミン酸測定キット・LED比色計等),L-グルタミン測定キットおよびGABA測定キットを使って,遊離のL-グルタミン酸・L-グルタミン・GABAを測定した.その結果,各アミノ酸ともに,多いトマトと少ないトマトでは数十倍もの差があった.この三つのアミノ酸は,代謝経路上,それぞれが酵素反応の基質と生成物の関係にある.これも一つの要因となり,トマトの品種,栽培法,収穫時期および熟成期間などによって,それぞれのアミノ酸の含有量に大きな差が出たものと推測された.
次に,ブロッコリー10商品の購入時に新たにトマト10商品を購入し,遊離のL-グルタミン酸・L-グルタミン・GABAの含有量を比較してみた.トマトではL-グルタミン酸が多く,ブロッコリーではL-グルタミンがL-グルタミン酸の4倍~10倍含まれていた.この結果は,トマト以外のほとんどの野菜において,遊離L-グルタミンが遊離L-グルタミン酸よりも多いという報告(9)9) H. Ito & H. Ueno: J. Chem. Chem. Eng., 8, 501 (2014).と一致していた.また,ブロッコリーでは,遊離L-グルタミン含有量が乾燥物換算で9%近いものがあった.今後,ブロッコリーなどの野菜に含まれている遊離のL-グルタミンについて,生産現場で簡単に測定することが可能になれば,その含有量と生理的活性を結び付けて,野菜のブランド化に利用することも考えられる.
野菜には,遊離L-グルタミン以上に,遊離L-アスパラギンが多く含まれているものがある(10)10) H. Ito, H. Ueno & H. Kikuzaki: Integr Food Nutr. Metab. (Lond.), 4, 1 (2017)..㈱エンザイム・センサでは,L-グルタミン酸,L-グルタミン,L-アスパラギン酸およびL-アスパラギンを,同じ手順で簡単に測り分けすべく,それぞれを特異的に測定することができる4種類の測定キットの製品化を目指している.すでに,L-グルタミン酸測定キットとL-グルタミン測定キットを発売した.現在,L-アスパラギン酸測定キットとL-アスパラギン測定キット(未発表)の発売を準備している.
「うまミエール®」は,うま味の代表であるL-グルタミン酸を簡単に測定したいという人たちの,潜在的ニーズに応える商品となっている.一方,果物や野菜の甘味の測定は,光の屈折または赤外線を利用した糖度計によって行われているが,グルコース・果糖・ショ糖の量比で甘味の質が変化することから,これらの糖成分の簡単な化学的定量法が求められている.そこで,L-グルタミン酸測定キットと基本的に同じ手順,同じLED比色計で測定可能な,グルコース,果糖,ショ糖および乳糖の簡単な測定キットを製品化した.LED比色計付きのセット商品を「あまミエール®」として販売している.
生命の根本は,何千,何万という酵素反応から成り立っている.しかし,酵素の種類と反応様式を,やさしく体感して学ぶ手段は少ない.「うまミエール®」と「あまミエール®」の使用により,中学校から大学まで,生徒や学生が,酵素反応の進行と基質特異性を目で確認しながら,代表的な食品成分の測定ができるようになる.また,科学イベントにおいては,小学生が,カップ麺スープのうま味成分(L-グルタミン酸)やサイダーの甘味成分(グルコース)の濃度を,色見本と比較することによって,大まかに測定することができる.今後,㈱エンザイム・センサの活動に協賛して頂けるスポンサー企業が見つかれば,中学校,高校,科学イベント主催者あるいはジュニア農芸化学会の会員に,L-グルタミン酸測定キット,グルコース測定キットおよびLED比色計などを無償で提供し,自由研究や実習などに使って頂きたいと思っている.
Reference
3) 神尾道也:比較生理生化学,29, 11 (2012).
4) H. Kusakabe, K. Kodama, A. Kuninaka, H. Yohino & K. Soda: Agric. Biol. Chem., 44, 387 (1980).
5) H. Kusakabe, Y. Midorikawa, A. Kuninaka & H. Yoshino: Agric. Biol. Chem., 47, 179 (1983).
7) T. Nishiyama, T. Woro, K. Ueda & H. Kusakabe: Biosci. Biotechnol. Biochem., 84, 118 (2020).
8) J. L. Romette, J. S. Yang, H. Kusakabe & D. Thomas: Biotechnol. Bioeng., 25, 2557 (1983).
9) H. Ito & H. Ueno: J. Chem. Chem. Eng., 8, 501 (2014).
10) H. Ito, H. Ueno & H. Kikuzaki: Integr Food Nutr. Metab. (Lond.), 4, 1 (2017).