Kagaku to Seibutsu 59(11): 543-548 (2021)
解説
セルロースを生産する温泉微生物好熱性化学合成独立栄養細菌によるセルロース合成
Bacterial Cellulose Production in Hot Springs: Cellulose Synthesis by Thermophilic Chemoautotrophic Bacteria
Published: 2021-11-01
細菌のつくるセルロースはバクテリアセルロースとも称され,植物由来のセルロースと異なる物性があり,工業材料や医療用材料として注目されている.セルロース合成能は大腸菌や根粒菌をはじめとしてさまざまな中温性細菌にみつかっており,なかでも食酢醸造に使われる酢酸菌について研究がよく進んでいる(1)1) 田島健次,今井友也,姚閔:化学と生物,58, 453 (2020)..2003年に,温泉流水中の微生物集塊にセルロースが含まれることが報告され(2)2) K. Ogawa & Y. Maki: Biosci. Biotechnol. Biochem., 67, 2652 (2003).,好熱菌のつくるセルロースとして興味がもたれた.本稿では,高温硫黄泉にみられる微生物集塊を形成する化学合成微生物群集とそのセルロース合成に関する最近の知見を紹介する.
Key words: セルロース; 好熱菌; 温泉; 硫化水素; 微生物群集
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
陸上温泉は身近な高温環境の一つで,未利用好熱菌の宝庫である.温泉流水中にはしばしば微生物が色とりどりの集塊をなして繁茂し,時に1 cm厚近くになる微生物被膜(バイオマット)を形成している(3)3) C. R. Everroad, H. Otaki, K. Matsuura & S. Haruta: Microbes Environ., 27, 374 (2012)..高温硫黄泉では,70~80°Cの温泉水中に白色~灰色のゲル状の微生物被膜・集塊が広く観察され(図1A-C図1■高温硫黄泉に観察される微生物集塊),流水の中で揺れる「硫黄芝(Sulfur-turf)」や「ストリーマー(Streamer)」,「糸状性微生物群集(filamentous microbial community)」などと称される.これらは光合成微生物を含まず,温泉水に含まれる硫化水素などを主なエネルギー源とし,Aquificae門細菌等の化学独立栄養細菌が優占化する化学合成微生物群集である(4)4) C. Takacs-Vesbach, W. P. Inskeep, Z. J. Jay, M. J. Herrgard, D. B. Rusch, S. G. Tringe, M. A. Kozubal, N. Hamamura, R. E. Macur, B. W. Fouke et al.: Front. Microbiol., 4, 84 (2013)..高温アルカリ硫黄泉のひとつ,長野県中房温泉での研究では,その炭酸固定速度は約5 mg of C h-1と見積もられ,光合成による炭酸固定をしのぐほどである(5)5) H. Kimura, K. Mori, H. Nashimoto, S. Hanada & K. Kato: Microbes Environ., 25, 140 (2010)..この微生物群集の主要構成微生物種として,特徴的な形態をもつ細胞が,古くから日本国内の温泉で観察されていた(6)6) Y. Maki: Bulletin of Japanese Society of Microbial Ecology, 6, 33 (1991)..それは,長く湾曲したソーセージ型(長さ約5~20 µm)をした形態(図1D図1■高温硫黄泉に観察される微生物集塊)からLarge Sausage-Shaped Bacteria(LSSB)と呼称されているが(6)6) Y. Maki: Bulletin of Japanese Society of Microbial Ecology, 6, 33 (1991).,いまだ分離培養されていない.しかし,環境DNAを対象にした非培養法による菌叢解析技術の発展により,その微生物種組成が調べられるようになり,優占化する細菌はAquificae門のSulfurihydrogenibium属細菌と推定されている(7, 8)7) T. Nakagawa & M. Fukui: Appl. Environ. Microbiol., 69, 7044 (2003).8) K. Kubo, K. Knittel, R. Amann, M. Fukui & K. Matsuura: Syst. Appl. Microbiol., 34, 293 (2011)..また構成微生物種として,同じくAquificae門の水素/硫黄酸化細菌Hydrogenobacter属,Thermocrinis属も検出されており,さらに,発酵細菌,硫酸還元細菌,好気従属栄養細菌,メタン生成アーキア等が共存し,微生物生態系を形成していることが知られるようになってきた(9)9) A. Nishihara, S. Haruta, S. McGlynn, V. Thiel & K. Matsuura: Microbes Environ., 33, 10 (2018)..
高温アルカリ硫黄泉から採取したゲル状微生物集塊をカルコフルオロホワイトで染色すると,全体的に繊維状の多糖質で細胞が包まれている様子が顕微鏡観察される(図2A, B図2■化学合成微生物群集の光学顕微鏡観察).Ogawa & Makiは秋田県蟹場温泉から採取した試料について菌体外画分を抽出し,構成糖の質量分析およびNMR解析から,1,4グルカン構造を同定し,セルロースの存在を報告した(2)2) K. Ogawa & Y. Maki: Biosci. Biotechnol. Biochem., 67, 2652 (2003)..長野県や和歌山県の温泉流水中から採取した微生物集塊について解析した結果では,そのセルロース含量は湿重量1 gあたり10 mg程度と見積もられている(Yamaguchi & Haruta,未発表).これらゲル状微生物集塊から微生物細胞を除去し不溶性画分を抽出して(図3A, B図3■化学合成微生物群集から抽出した繊維),電子顕微鏡で観察すると約2 µm幅の繊維が折り重なっているように見える(図3C, D図3■化学合成微生物群集から抽出した繊維).このような形状は,酢酸菌のつくるナノファイバー状のセルロース(1)1) 田島健次,今井友也,姚閔:化学と生物,58, 453 (2020).とは異なるようである.