解説

バイオ超分子プラスチック新素材「ポリγグルタミン酸イオンコンプレックス」感染予防と環境問題の解決に資するアーキアポリマーの先端機能材料化

POLY-γ-GLUTAMATE ION COMPLEXES are Epoch-Making, Bio-Based Supramolecular Plastics: Advanced Functional Materialization of Archaeal Polymer, Beneficial in Both Infection Prophylaxes and Green (Plus Blue) Recovery Actions

Makoto Ashiuchi

芦内

高知大学教育研究部総合科学系生命環境医学部門(農林海洋科学部農芸化学科)

Published: 2021-11-01

抗菌・ウイルス不活能をはじめとする「薬理機能」とプラスチックのような「易加工性」を備えた「メディシナルプラスチック」(略「メディプラ」)は,ウィズコロナ時代の新基軸材料として期待される.パンデミック終息後の新世界(ポストコロナ社会)では,二酸化炭素(CO2)の排出削減・海洋プラスチック汚染等への対策強化が求められる.現代は「公衆衛生と環境問題」の板ばさみの渦中にあり,産業回復の見通しは不透明,世界経済は既に重大かつ不可逆的な退縮局面に入ったとの予測もある.本著は,抗菌性と生分解性の両立を可能にする稀有のバイオ超分子新素材「ポリγグルタミン酸イオンコンプレックス(PGAIC)」に焦点をあてる.

Key words: ポリγグルタミン酸; ポリγグルタミン酸イオンコンプレックス; 超分子; プラスチック; 多用途性

はじめに

「スペイン風邪」の大流行を経験したカロザースが,安価な石炭と水から,(微生物汚染の少ない)化成プラスチックや人造繊維の先駆けとなる「ナイロン」を開発したのは有名である.本著は,脱石油やCO2削減につながる切り札的存在のバイオポリマー「ポリγグルタミン酸(PGA)」に着目する.PGAは持続生産可能な天然物でありながら,石油からつくられる「ナイロンとポリアクリル酸」双方の優れた構造特性をも有する唯一無二のハイブリッド材料である(1)1) M. Ashiuchi & H. Misono: “Biopolymers” vol.7 ed. by S. R. Fahnestock & A. Steinbüchel, Wiley-VCH, 2002, p.123..納豆ネバの主成分であることを背景に食品用途化が進み,PGAに対する安全性や生体適合性の認知度も高い.筆者は,医薬品・農業・化学工業・衛生器材・汚水処理等,多岐にわたる業種・産業分野からの早期実用化への要請に応えるべく,独自の方法論(2, 3)2) M. Ashiuchi, K. Fukushima, H. Oya, T. Hiraoki, S. Shibatani, N. Oka, H. Nishimura, H. Hakuba, M. Nakamori & M. Kitagawa: ACS Appl. Mater. Interfaces, 5, 1619 (2013).3) 芦内 誠,福島賢三:特許第5279080号(2013).を確立するとともに,世界に先駆けて「PGAイオンコンプレックス(PGAIC)」を開発した.PGAICとは,抗菌性・ウイルス不活化能(使用時の安全性を保障する特性)と海洋分解加速(速やかな微生物分解と資源循環に係る特性)という明らかに相反する特性をスイッチング機能で両立可能にした稀有の「バイオ超分子プラスチック」新素材のことである(2~5)2) M. Ashiuchi, K. Fukushima, H. Oya, T. Hiraoki, S. Shibatani, N. Oka, H. Nishimura, H. Hakuba, M. Nakamori & M. Kitagawa: ACS Appl. Mater. Interfaces, 5, 1619 (2013).3) 芦内 誠,福島賢三:特許第5279080号(2013).4) M. Ashiuchi, Y. Hakumai, S. Nakayama, H. Higashiuchi & K. Shimada: Sci. Rep., 8, 4645 (2018).5) M. Ashiuchi, Y. Hakumai, S. Shibatani, H. Hakuba, N. Oka, H. Kobayashi & K. Yoneda: Int. J. Mol. Sci., 16, 24588 (2015).

微生物産生バイオポリマー:ポリ-γ-グルタミン酸(PGA)

1. PGAの発酵合成に関与する分子装置(PgsBCAE複合体)

既知のPGA合成装置(PgsBCAE複合体)は,①PGAカルボキシ基末端のリン酸化(活性化)ユニット[(微生物からヒトまで存在する)葉酸:PGA合成酵素に類縁のPgsB]; ②該末端リン酸基の脱離に伴うグルタミン酸の転移(伸長)因子[(該PGA合成装置特異的な)N-アシルグルタミン酸シンターゼに類縁の(疎水性)膜貫通型PgsC]; ③分泌・局在化にかかわる表層タンパク質[(微生物からヒトまで存在する)膜アンカー因子に類縁のPgsA]; ④複合体安定化因子[(該PGA合成装置特異的な)ユビキチンリガーゼ複合体の楔(くさび)因子に類縁のPgsE]を成熟型(分子量100万クラスの)PGAの発酵合成のための「ミニマムユニット」として含む(1, 6)1) M. Ashiuchi & H. Misono: “Biopolymers” vol.7 ed. by S. R. Fahnestock & A. Steinbüchel, Wiley-VCH, 2002, p.123.6) B. M. Nascimento & N. U. Nair: Metab. Eng. Commun., 11, e00144 (2020)..今現在,該分子装置を構成する各タンパク質成分の精製と再構成,高分子量PGAの酵素(無細胞系・非発酵性)合成への挑戦(7, 8)7) M. Ashiuchi, K. Shimanouchi, H. Nakamura, T. Kamei, K. Soda, C. Park, M.-H. Sung & H. Misono: Appl. Environ. Microbiol., 70, 4249 (2004).8) T. Kamei, D. Yamashiro, T. Horiuchi, Y. Minouchi & M. Ashiuchi: Chem. Biodivers., 6, 1563 (2010).が続いている.

2. PGAは「ステルス性」を備えたバイオポリマーである

炭疽菌は自家合成した莢膜PGAを宿主動物の免疫網から逃れるための「隠れ蓑」として利用する(9)9) J. Keppie, P. W. Harris-Smith & H. Smith: Br. J. Exp. Pathol., 44, 446 (1963)..PGAはタンパク質と同じくポリアミド系高分子でありながら,体内の異物反応に曝されない「特殊性」を備えていることを意味し,「ステルス性」と呼ばれる.その根本原理を考える上で,葉酸ビタミンの補酵素化機構(PGA付加)は重要である.実際,関連酵素遺伝子が微生物からヒトまで広く保存されていることがわかっている.細胞機能や生体の営みを支える基盤分子への(過剰な)異物認識や拒絶反応は(抑々論だが)生命維持の観点からプログラムされていない可能性が高い.タンパク質はアミノ酸が「α-アミド(ペプチド)結合」で連なっているのに対し,PGAの方は「γ-アミド結合」を採用しているため,むしろ化成ナイロンに近く,生物にとっては全くの別物である(PGAをタンパク質やポリペプチドと混同しないように注意する必要がある),PGAおよびPGAの付加された化合物(葉酸補酵素等)は事実上正常細胞の細胞膜を通過できないとされる.その一方,がん細胞ではPGAを蓄積することから,パクリタキセルの高機能化(選択性の強化や副作用軽減等)にPGAを利用した事例(10)10) C. Li, J. E. Price, L. Milas, N. R. Hunter, S. Ke, W. Tansey, C. Charnsagavej & S. Wallace: Clin. Cancer Res., 5, 891 (1999).を皮切りに,「高分子ドラッグデリバリーシステム(DDS)」の性能の高度化や構造の精密化が急速に進んでいる.

3. PGAの高分子材料としての長所と短所

PGAは1万分子を超えるグルタミン酸が長大に連なった繊維性高分子で,既知のポリマーの中でも最大級の分子長を誇る.今日,顕著な親水性(水分散性)・保水性を活かした増粘剤等の食品機能の強化剤や化粧品保湿剤等の開発が進んでいる.PGAに期待されてる産業応用とその詳細(用途展開戦略等)について表1表1■PGAに期待される産業応用とその詳細にまとめた.

表1■PGAに期待される産業応用とその詳細
分類応用詳細
食品・健康増粘剤清涼飲料の増粘;パンや麺類などの炭水化物の老化防止;食感の改良など
ミネラル結合剤カルシウムなどの生理活性ミネラルの吸収促進(骨粗鬆症の予防);家畜の生育促進;体脂肪の蓄積防止など
苦味成分除去剤苦味を呈するアミノ酸,ペプチド,キニン,カフェインやミネラルなどの除去
バイオケア保湿剤化粧品,特にスキンケアヘの利用
散布剤化粧品や洗剤のスプレー剤;被膜・印刷技術ヘの応用など
生化学凍結防止剤凍結に不安定な生体機能分子や栄養素の保護
機能膜重金属の分離;アミノ酸の光学分割など
固定化/保護剤生体機能性高分子の機能改良;酵素の極限環境適応並びにその条件下での利用など
医薬ドラッグデリバリーツール抗がん剤の物性改良;ナノ粒子薬の機能成分など
治療用ベクター遺伝子治療への応用
生体接着剤フィブリンの代替
環境修復凝集剤難分解性凝集剤(ポリアクリルアミドなど)の代用
金属吸着剤重金属や放射性元素の除去;レア金属類の回収など
環境保全プラスチック・繊維・フィルム難分解性高分子材料の代替品;生分解性プラスチックなど
ハイドロゲル難分解性ゲル剤(ポリアクリル酸系ポリマーなど)の代替;おむつの吸水体や砂漠の緑化ヘの応用など

PGAの実用材料化を妨げてきた最大の要因は,その最も特徴的な性質,類稀なる親水性(水分散性)にある.実際,PGAは「加熱溶融」よりも「加湿溶解」の方が遥かに進みやすい.結果,幾ら精密に成形してもその形状は簡単に失われてしまう(11)11) 芦内 誠:BIO INDUSTRY, 27, 49 (2010)..PGAの優れた潜在機能を材料開発に活かすには,まず,その過剰な親水性をいかに制御するかが重要である.さらに,PGAの耐水化を実現する新技術は簡易で効率的,かつ優れた安全性という今日的な社会要請にも応えられる形にする必要があった.

バイオ超分子プラスチック新素材:PGAイオンコンプレックス(PGAIC)

1. PGAの低コスト化の鍵は「ポリマー回収プロセス」にあり

発酵PGAの低コスト化が進まないことも新用途展開を妨げる要因の一つとされる.筆者は,低分子のファインケミカルや微小量の酵素タンパク質の増産で成功している遺伝子工学の技術が(納豆PGA等の)バイオポリマーにも展開可能とみる風潮には,疑問を抱いている.実際,産業応用に適した(分子量10万以上,100万クラスの)長鎖PGAの発酵合成は培地総重量の1%程度で限界を迎えることがわかっている.この現象は長鎖PGA自体の物理化学的特性(粘性等)に依存するものと考えられる.納豆菌野生株でも容易に到達できる濃度域であることを鑑みれば,PGAの発酵合成を司る分子装置(PgsBCAE複合体)の遺伝子発現量(転写翻訳等)を高めても実質的なPGA増産には繋がらないことが予想された.

PGAに代表される「水溶性バイオポリマー」の低コスト化・汎用化を考えると,ワンバッチ当たりの生産量を増大させる戦略があまり有効ではないとの結論に至った.

筆者らは,PGAの回収技術に改良の余地があることに目を付けた.より具体的には,通常のアルコール沈殿法の場合,エタノール等の大量投入とそれに伴う処理液容量の増大,さらに混入した大量の不純物を除去するための多段階精製工程等,コスト高につながる課題を抱えていた(図1図1■発酵PGAの廉価回収を可能にする新たな方法論・背景技術).検討の結果,多価金属イオンや第4級アンモニウムイオン(QA)とPGAの間で選択性の高い(協同的な)会合反応が発生することを利用し(4, 12)4) M. Ashiuchi, Y. Hakumai, S. Nakayama, H. Higashiuchi & K. Shimada: Sci. Rep., 8, 4645 (2018).12) Y. Hakumai, S. Oike, Y. Shibata & M. Ashiuchi: Biometals, 29, 527 (2016).,簡便・迅速,かつ特異的なPGAの回収方法を完成させた(13, 14)13) M. Ashiuchi, S. Oike, H. Hakuba, S. Shibatani, N. Oka & T. Wakamatsu: J. Pharm. Biomed. Anal., 116, 90 (2015).14) 芦内 誠,白米優一,大岩聖佳,石原 悠:特開2020-158677 (2020).図1図1■発酵PGAの廉価回収を可能にする新たな方法論・背景技術).併せて,PGAのプラスチック繊維化も現実的な戦略として視野に入ることになる.

図1■発酵PGAの廉価回収を可能にする新たな方法論・背景技術

2. 発想の転換から生まれた改質型新素材「PGAIC」

PGA回収に用いる沈殿剤はありふれた生活資材より選抜した.特にミョウバンや歯磨き粉等に含まれるQA薬効成分のヘキサデシルピリジニウムカチオン(HDP)を選抜したことが功を奏した(図1図1■発酵PGAの廉価回収を可能にする新たな方法論・背景技術).水に溶けやすいPGAが回収の容易な耐水性の固形物へと瞬時に変化する.この耐水性固形物はアルコール溶媒に易溶であった(13)13) M. Ashiuchi, S. Oike, H. Hakuba, S. Shibatani, N. Oka & T. Wakamatsu: J. Pharm. Biomed. Anal., 116, 90 (2015)..かかるアルコール溶解物に特殊な処理工程(14)14) 芦内 誠,白米優一,大岩聖佳,石原 悠:特開2020-158677 (2020).を加えることで,PGAとHDP間の非共有結合は解除される.アルコール不溶のPGAへの復帰プロセスは同時に極めて効率的な回収プロセスを提供することになる.一方,固形物そのものにプラスチック性が備わっていれば,PGAに戻す必要は無くなり,そのまま改質新素材として応用できるのではないかと考えた.本件固形物の13C-核磁気共鳴(NMR)分析が,この発想を強く後押しすることになる.生成固形物(PGA/HDP)と原材料(PGA+HDP)のNMRプロファイルを照合した結果,カルボキシル基炭素(C'O)に特徴的な変化が認められた(2)2) M. Ashiuchi, K. Fukushima, H. Oya, T. Hiraoki, S. Shibatani, N. Oka, H. Nishimura, H. Hakuba, M. Nakamori & M. Kitagawa: ACS Appl. Mater. Interfaces, 5, 1619 (2013)..通常,PGAのカルボキシル基炭素はδ炭素と重なり同一の化学シフトとして認められるが,PGA/HDPではこの部位にスプリットが生じ,カルボキシル基炭素の化学シフトが現れた.PGA/HDPがPGAとHDPの単純な混合物ではなく,強い結合・分子間相互作用を介して成立する新たな構造の複合分子であることを意味している.PGA由来のβメチレン炭素に加え,HDP由来の比較的長いアルカン側鎖にあたる化学シフトの変化も顕著であったことから,非極性部分の構造間で発生する疎水結合がPGA/HDPの形状維持に重要な役割を果たしている可能性が高いと結論付けた.このような結合様式を持ったバイオ超分子新素材のことを「PGAイオンコンプレックス(PGAIC)」と呼ぶことにした.

3. PGAICのプラスチック物性と多機能性

筆者は,上述の疎水的相互作用がPGAICの形状維持の主な原動力とするならば,既存の「熱可塑(プラスチック)材料」に類似の物性発現にも期待が持てると考え,PGAICの熱特性分析を計画した(2)2) M. Ashiuchi, K. Fukushima, H. Oya, T. Hiraoki, S. Shibatani, N. Oka, H. Nishimura, H. Hakuba, M. Nakamori & M. Kitagawa: ACS Appl. Mater. Interfaces, 5, 1619 (2013)..PGA/HDPの示差走査熱量測定(DSC)および熱重量分析(TG-DTA)の結果から,ガラス転移点(Tg)が66°C付近に,融点(Tm)は~125°Cと推定され,熱分解開始点(Td)が210°Cに認められた.以上のように,PGA/HDPが具備するプラスチック様の熱特性が明らかにされた.次いでPGA/HDPをカルフィッシャー分析に供し,総重量の~10%が「結合水」に相当することを明らかにした.PGA等のバイオポリマーに豊富な結合水の存在は,保湿性・生分解性・吸熱性等の機能面でも重要とされる.一方,PGAとは異なり,PGAIC(PGA/HDP等)の場合,自由水や大気中の水分を吸収せず,長期にわたり膨張や変形を起こさず,総じて「耐水性」であった.さらに,「(PGA由来の)接着性」(15)15) 芦内 誠,白米優一,大成冬真:特願2021-059214 (2021).と「(HDPをはじめとするQA由来の)抗菌性」(16)16) 川端成彬:日本ゴム協会誌,66, 38 (1993).をも有することがわかってきた.筆者は,これらの性能を最適化し,「PGAICのオンサイト合成」を成立させるとともに(4)4) M. Ashiuchi, Y. Hakumai, S. Nakayama, H. Higashiuchi & K. Shimada: Sci. Rep., 8, 4645 (2018).,「(持続力のある)抗菌・ウイルス不活化コーティング」(5)5) M. Ashiuchi, Y. Hakumai, S. Shibatani, H. Hakuba, N. Oka, H. Kobayashi & K. Yoneda: Int. J. Mol. Sci., 16, 24588 (2015).を多様な材質表面に施工するための(簡便かつ迅速な)新手法を提案するに至った.

4. PGAICの構造特性とマテリアルトランスフォーメーション

超分子プラスチックは,「鎖」にも例えられる(安定で強力な)共有結合で重合した従来のプラスチックとは異なり,「手」のように掴むこと(会合)も離すこと(解離)も制御できる非共有結合(イオン結合等)により構築されている.PGAICの場合,PGAのカルボキシ基側鎖が「手」の役割を担う.何を掴んだのか(言い換えれば,どのようなパートナー分子を選んだのか)により,PGAICの機械物性や機能性も劇的に変化することが期待された.たとえば,うがい薬成分のデカリニウム(DEQ2+)をパートナーとするPGAIC(PGA/DEQ)の場合,熱分解開始点が250°Cに観測される等(4)4) M. Ashiuchi, Y. Hakumai, S. Nakayama, H. Higashiuchi & K. Shimada: Sci. Rep., 8, 4645 (2018).,PGA/HDPよりも優れた耐熱性が認められている.さらに,金属イオン(MeX+)を用いる有機無機複合タイプのPGAIC(PGA/Me)(13)13) M. Ashiuchi, S. Oike, H. Hakuba, S. Shibatani, N. Oka & T. Wakamatsu: J. Pharm. Biomed. Anal., 116, 90 (2015).に至っては,熱分解開始点が300°Cを超えるものも少なくない.PGA/HDPを超吸水性物理ゲルに形質転換させる独創的な新技術も公開されている(17)17) 芦内 誠,大矢遥那:特許第5822273号(2018)..なお,このPGAICベースの「アクアゲル」は「自己修復性ゲル」でもあった(未公開データ).今後,PGAICの超分子としての特徴を「マテリアルトランスフォーメーション」(図2図2■PGAICの超分子材料としての構造特性とそれを利用する「マテリアルトランスフォーメーション」(材料の形質転換)の概念図)と名付けた新たなマテリアルリサイクルの形・画期的な材料価値再生技術にまで昇華させる試みを加速させる必要があると考えている.

図2■PGAICの超分子材料としての構造特性とそれを利用する「マテリアルトランスフォーメーション」(材料の形質転換)の概念図

PGAICの「環境配慮型メディシナルプラスチック部材」としての可能性

1. 第4級アンモニウム化合物(QA)の低分子抗菌剤としての特長と弱点

QAは,高密度(高濃度)状態で優れた抗菌性を示す一方,分散(低濃度)状態になると,逆に微生物に分解されるといった二律相反的な性質の低分子薬剤である(16, 18)16) 川端成彬:日本ゴム協会誌,66, 38 (1993).18) D. Ono, S. Yamamura, M. Nakamura & T. Takeda: J. Jpn. Oil Chem. Soc., 49, 785 (2000)..さらに,油水いずれの溶媒にも高い分散性を示す「両親媒性」のため,結局のところ,持続的な抗菌効果は望めなかった.持続性向上のため,シリル基を導入した「シリル系QA」が開発された(19)19) オールハウゼンハワードジー:特表2013-526619 (2013)..本質的にはシランカップリング剤の一種で(20)20) 二川浩樹,柚下香織,平松美菜子,坂口剛正:ケミカルエンジニアリング,55, 41 (2010).,基材のヒドロキシ基と化学的に共有結合させることでQAの高密度化を図る.一方,ヒドロキシ基を持たない化成繊維樹脂や金属材料等表面での持続性に課題が残る.シリル系QAの合成は石油への依存度が高く,該組成物としての塩化物イオンによる金属腐食等も懸念されている.また,既存のQA薬剤や金属イオンナノ粒子の場合,常時カチオン性を帯びさせることにより,安全性(細胞障害性等)とトレードオフの形で抗菌性を発現させている点にも注意を払う必要がある.

2. PGAICのメディシナル(ウイルス不活化)プラスチック部材としての可能性

PGAICの場合,抗菌力を司るQAのカチオン部位がPGAのカルボキシ基とのイオン結合を介して中和されることを代償に,プラスチック性を維持している(図1図1■発酵PGAの廉価回収を可能にする新たな方法論・背景技術).そのため,QA単独よりも効果的かつ持続的な抗菌性を発揮するという(開発当初の想定にはなかった)発見は(2~5),今日の産業材料化を推進する原動力にもなっている.PGAICはその上,非常に強力なウイルス不活化の性能まで具備していた.実際,A型B型のいずれのインフルエンザウイルスに対しても事実上の完全増殖抑止を示す観測結果(5)5) M. Ashiuchi, Y. Hakumai, S. Shibatani, H. Hakuba, N. Oka, H. Kobayashi & K. Yoneda: Int. J. Mol. Sci., 16, 24588 (2015).が報告された(図3図3■PGAICコーティングによるインフルエンザウイルスの不活化(増殖阻止)5)).今般の新型コロナウイルスをはじめ,ヒトに重篤な感染症を引き起こす(新興・再興の)ウイルスにエンベロープを持つタイプのものも少なくない(21)21) 忽那賢志:日本内科学会雑誌,107, 2276 (2018)..QA薬剤の作用点がエンベロープや細胞膜である点は大きなメリットだが,一方でヒト細胞にも少なからず障害を与えるデメリットもある.面白いことに,PGAICコーティングによれば細胞毒性を示さないことが明らかになってきた(5)5) M. Ashiuchi, Y. Hakumai, S. Shibatani, H. Hakuba, N. Oka, H. Kobayashi & K. Yoneda: Int. J. Mol. Sci., 16, 24588 (2015)..安全性強化がもたらす市場効果を鑑みれば,現下渇望される『ウイルス感染しない・させない』ための生活必需品(ウェアラブル関連)の開発にまでつながる可能性がある.

図3■PGAICコーティングによるインフルエンザウイルスの不活化(増殖阻止)5)

3. PGAICの環境配慮型(塩分応答性)プラスチック部材としての可能性

昨今,2015年9月の国連総会で採択された『われわれの世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ』,いわゆる「SDGs」への関心が高まっている.PGAICは,その『17』ある目標のなかでも12番目「つくる責任,つかう責任」との親和性が高い.一方,ポストSDGs・ポストコロナ世代が中心となる「人新世」のモノづくりの指向を鑑み,新たに「こわす責任」が加わることは想像に難くない.PGAICは「こわす責任」の点でも先進機能材料であることを示す一例(図4図4■PGAICコーティングの化学耐久度設計と環境配慮型抗菌材としての新展開)を紹介するので参考になれば幸いである.PGAICの分解は,海水の塩分に応答して,PGAとQAに解離(単体化)する反応から始まる.PGAとQAはともに「含窒素有機化合物」であり,環境微生物をおびき寄せる「微生物親和性」(16)16) 川端成彬:日本ゴム協会誌,66, 38 (1993).も顕著とされる.微生物親和性を戦術的に活用することで「抗菌機能の増強」と「海洋生分解の加速」の両立も視野に入る.PGAICの高機能部材化研究のさらなる進展に期待したい.

図4■PGAICコーティングの化学耐久度設計と環境配慮型抗菌材としての新展開

図2図2■PGAICの超分子材料としての構造特性とそれを利用する「マテリアルトランスフォーメーション」(材料の形質転換)の概念図の具体例として,パートナー分子がHDPの「PGA/HDP」とDEQ2+を採用した「PGA/DEQ」に焦点を当てる.すべての培養液には化繊不織布片が投入されている.a列は不織布片そのもので抗菌性はない.一方,bc列にはPGA/HDP被膜化不織布片を,de列にはPGA/DEQ被膜化不織布片を投入している.PGA/HDPは高濃度アルコールに容易く「溶解」し,海水のような高塩環境下で素早く「分解」するが,PGA/DEQの場合,異なる化学耐久度が設計されている.かかる耐久性を図る試験(条件)を「過酷試験(条件)」と呼ぶ.本件のbd列には過酷試験前の試料を,ce列には過酷試験後の試料を用いている.さらに,この過酷条件を自然環境中の特徴的な条件(海洋等)に同調させることで,環境中に流出しても速やかに「抗菌性」から「生分解性」にスイッチングさせることができる.以上,PGA/HDPは環境配慮型PGAICとしての用途化,一方でPGA/DEQは環境持久型PGAICとしての産業展開に期待が持てる.なお,使用したPGAICコーティングに相当するPGA・QA (HDP; DEQ2+)・両者の混合物(PGA+QAの形)を加えた場合,事実上a列と変わらない結果になったことから,PGAIC化は必須のプロセスと考えられる.PGAICの材質不問のコーティング性能に依れば,抗菌性能を最大限引き出すこともできる.以上より,「捕捉殺菌」4)4) M. Ashiuchi, Y. Hakumai, S. Nakayama, H. Higashiuchi & K. Shimada: Sci. Rep., 8, 4645 (2018). と名付けられた画期的な分子作用(殺菌)機作まで提案された.

おわりに

ウィズコロナの状況下では,「感染予防」に資する新戦略が強く求められる.一方,コロナ終息後の社会においては,より多面的な解決策が求められ,環境や持続可能性にも配慮した新成長戦略が必要である.微生物やウイルスの捉え方が(コロナ終息を境に)真逆になる可能性が高い.たとえば,共有結合で重合した(従来型の)プラスチック材料がPGAICと同程度の「抗菌・抗ウイルス効果」と半永久的な「環境因子(外部刺激)耐性」を持ち得た場合,その自然環境への流出により,分解者そのもの(微生物群)の活力を根本から奪う恐れがある.特に難培養微生物が大半を占める海洋においては,今日的かつ一元的な発想に頼って作り続けられる抗菌・抗ウイルス製品が別次元の海洋破壊の引き金になる可能性もある.ウィズ・ポストコロナ時代のモノづくりに携わる技術者/研究者には「ヒト・産業・環境」のいずれも犠牲にしない希求の戦略を打ち出し,速やかに実現していく義務がある.

コロナ禍を克服するための「未来材料」のカタチ(公衆衛生・環境調和・産業推進の同時成立を可能にするメタプラスチック等)に最も近いと考えられるバイオ超分子プラスチック新素材「PGAIC」の一刻も早い社会実装化が強く望まれる.

Reference

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14) 芦内 誠,白米優一,大岩聖佳,石原 悠:特開2020-158677 (2020).

15) 芦内 誠,白米優一,大成冬真:特願2021-059214 (2021).

16) 川端成彬:日本ゴム協会誌,66, 38 (1993).

17) 芦内 誠,大矢遥那:特許第5822273号(2018).

18) D. Ono, S. Yamamura, M. Nakamura & T. Takeda: J. Jpn. Oil Chem. Soc., 49, 785 (2000).

19) オールハウゼンハワードジー:特表2013-526619 (2013).

20) 二川浩樹,柚下香織,平松美菜子,坂口剛正:ケミカルエンジニアリング,55, 41 (2010).

21) 忽那賢志:日本内科学会雑誌,107, 2276 (2018).