プロダクトイノベーション

高圧処理を応用した日本酒醸造技術の開発発泡性にごり生酒「AWANAMA」で日本酒市場を拡大

Toru Shigematsu

重松

新潟薬科大学応用生命科学部応用生命科学科

Mitsutoshi Ito

伊藤 満敏

新潟薬科大学応用生命科学部生命産業創造学科

Published: 2021-11-01

はじめに

ここ数年「日本酒ブーム」という言葉をよく耳にする.日本酒は,中高年の男性の飲み物というイメージが以前はあったが,若者や外国人などにも受け入られ,幅広い年齢層の人々が楽しめる飲み物というイメージが形成されつつあると言えるだろう.

しかし,日本酒の生産量自体は減少傾向にあり,国内出荷量は1998年から22年で約37%にまで減少している(図1図1■日本酒の国内出荷量と輸出量の推移(1)1) 農林水産省政策統括官:日本酒をめぐる状況令和3年4月,https://www.maff.go.jp/j/seisaku_tokatu/kikaku/sake.html (2021)..「日本酒ブーム」の陰で,やはり酒類の多様化が進んでいることや,いわゆる若者の日本酒離れなども原因ではないかと考えられている(2, 3)2) 日本酒造組合中央会:調査リリース「日本人の飲酒動向調査」,http://www.sakagura-press.com/sake/japan-inshu2017/ (2017).3) 昭和女子大学現代ビジネス研究所:女子大生の日本酒アンケート調査,http://univ.swu.ac.jp/sys/wp-content/uploads/0ad6eb9edc23665bd5f2e3002f5e26ef.pdf (2016)..一方,日本酒の輸出量は年々増加している.2021年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な蔓延等の影響により,前年度よりも約13%減少する結果となったが,輸出金額では2019年の234億円から241億円に増加している.これらの日本酒輸出の増加傾向は,輸出海外での日本食,日本酒ブームと国内の酒造メーカーの努力の結果であると考えられる.しかし,輸出量は,いまだ全出荷量の5.0%に過ぎない状況である.筆者の住む新潟県は約90の日本酒製造会社を擁しており,「酒どころ」として日本酒製造業は主要な産業の一つとされている.ところが,全国の状況と同様,本県の日本酒製造業にとっても出荷量の減少が大きな課題となっている.

図1■日本酒の国内出荷量と輸出量の推移

このように減少傾向にある日本酒の生産量・出荷量を回復するためには,国内の新規需要開拓と輸出の拡大を目指すことが重要と考えられる.筆者らはこのために,高圧(高静水圧)技術を応用した日本酒の製造プロセスの研究開発に取り組んできた.本稿では,新潟薬科大学,新潟県醸造試験場,金升酒造株式会社,越後製菓株式会社,大日本印刷株式会社で組織した「圧力生酒コンソーシアム」(2016年発足)で取り組んできた高圧技術を非熱的殺菌に応用した発泡性にごり生酒「AWANAMA」の開発について紹介したい.

商品コンセプトの設計

本研究では,新潟薬科大学応用生命科学部応用生命科学科の食品・発酵工学研究室が醸造プロセスの開発を,同学部生命産業創造学科食品ビジネス分野がビジネスモデルの策定をそれぞれ担当しながら研究開発を進めてきた.まず,開発を目指す日本酒のコンセプトを検討した.日本酒の消費増に向けた市場開拓を考えた時,日本酒を飲む習慣の少ない女性や若者が嗜好する日本酒の酒質とはどのような酒質なのかを,文献(4)4) 宝酒造株式会社:日本酒に関する意識調査2013,https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M000170/201309194744/_prw_OA3fl_7WUGpCoP.pdf (2013).を参考に調査した.その結果,従来の日本酒に抱いているイメージである「重い感じ」,「甘ったるい」,「独特の匂い」,「強いアルコール感」などを払拭する飲み口の良い酒質が喜ばれる酒質であることが示唆された.「さわやか」,「フレッシュ感あふれる」,「スッキリとした」酒質の日本酒であれば女性や若者そして海外の外国人の嗜好にも合ったものと判断した.これらの検討の結果,米で作ったシャンパン風のキレが有り適度な酸味のある微発泡性の日本酒が,目指すべき候補として挙げられた.

清酒に代表される通常の日本酒は「火入れ」と呼ばれる65°C前後の高温処理工程を経て製造されている.火入れの目的は日本酒製品中に残存する微生物を加熱殺菌すると共に,麹菌が産生するアミラーゼやプロテアーゼなどの残存酵素を熱失活させることで,製品の保存性を高めることにある.この工程によって,常温流通・長期保存が可能となるが,風味が著しく変化してしまう.一方,生酒,あらばしり,活性にごり酒などの火入れをしない日本酒も製造されている.生酒は醪を圧搾し,にごり成分を除去した日本酒である.あらばしりは,圧搾時ににごり成分を若干含むもので,活性にごり酒はにごり成分をさらに含む日本酒である.これらの日本酒は,残存する微生物による過発酵や麹菌由来の残存酵素などの影響で,品質劣化が迅速であるため,基本的に冷蔵流通が必須であり,できるだけ早く消費しなければならず保存性が著しく低い.特に,あらばしり,活性にごり酒など,にごり酒タイプの生酒の場合,製品中ににごり成分,つまり生きた清酒酵母が残存しているため,輸送や保存中にも瓶内で発酵が継続する.そのため,風味の変化だけでなく,発酵により発生した二酸化炭素によって瓶が破裂する可能性があるので,蓋の部分に穴を穿つ工夫などがされている.このように,保存,流通が難しく手間もかかる火入れをしない日本酒であるが,発酵直後の醪(もろみ)や醪を圧搾した直後の酒のもつフレッシュな香りやフルーティーな風味が残っているため,開発を目指す「さわやか」,「フレッシュ感あふれる」,「スッキリとした」酒質に近いと考えた.また,にごり酒タイプの生酒の微発泡性もまた,開発を目指す日本酒に適うものと考えた.近年.限外濾過によって非熱的に微生物や酵素を取り除いた生酒も市販されている.しかし,濾過をしてしまうと醪中のにごり成分は取り除かれるため,にごり酒タイプの生酒の保存性の向上を目的とする場合応用が難しい.にごり酒タイプの生酒の保存性の向上を行うためには,濾過ではない別の方法で,熱を加えることなく微生物の殺菌を行う必要があると考えた.

高圧(高静水圧)技術

1895年,Rogerは約290 MPaの静水圧で大腸菌(Escherichia coli)と黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)が死滅(不活性化)することを発見した(5)5) C. E. Zobell: “High pressure effects on cellular processes”, ed by A. M. Zimmerman, Academic Press, 1970, p. 85..次いで1899年Hiteらは高静水圧による牛乳の保存性の向上を報告した.これが食品の殺菌に高圧技術を応用した嚆矢と考えられている.しかし,当時は高圧力を発生させる機械装置にも技術的な課題が多く,その後長期間にわたり研究上の顕著な進展は見られなかった.1968年にアメリカ海軍の有人潜水調査艇Alvinが事故を起こした際に,10カ月後に1,543 mの海底(約15.4 MPa)から引き上げられた船内に食品が腐敗することなくほとんど元の状態で発見された(6)6) 大和田紘一:月刊海洋,24, 595 (1992)..この発見を通じて,深海環境の高圧下での微生物の生理活性に対する注目が高まった.さらに1987年,林による「高圧処理の食品加工への応用」が提唱されて(7)7) 林 力丸:化学と生物,25, 703 (1987).以降,食品高圧加工技術が注目されてきた.本学会の日本農芸化学会誌74巻5号(2000年)にも,林,加藤(8)8) 林 力丸,加藤倫子:日本農芸化学会誌,74, 605 (2000).,岩橋(9)9) 岩橋 均:日本農芸化学会誌,74, 609 (2000).,池内(10)10) 池内義英:日本農芸化学会誌,74, 612 (2000).,木村(11)11) 木村邦男:日本農芸化学会誌,74, 616 (2000).,山﨑,笹川(12)12) 山﨑彬,笹川秋彦:日本農芸化学会誌,74, 619 (2000).によって,高圧バイオサイエンスと食品加工に関する総説が掲載されている.また,最近では2017年にYamamotoによりBioscience, Biotechnology and Biochemistry誌に食品高圧加工についての総説が掲載されている(13)13) K. Yamamoto: Biosci. Biotechnol. Biochem., 81, 672 (2017)..現在,高圧技術は,従来注目されてきた非熱的な殺菌に加えて,食品の物性変換,成分変換などにも応用できる新しい加工技術として注目され,研究開発が進められている(14, 15)14) 重松 亨,西海理之監修:“進化する食品高圧加工技術—基礎から最新の応用事例まで-”,エヌ・ティー・エス,2013, p. 65.15) 野田 衛:日本食品微生物学会雑誌,36, 145 (2019).

高圧処理装置は,圧力媒体(高静水圧処理の場合,水が使用される)で満たした高圧容器内に試料を入れて概ね100~600 MPaに加圧するものが食品加工に使用されている.加圧の方法には主に2種類のものがある.ピストンで高圧容器内の体積を減少させて静水圧を高くするピストン直圧式があり,主に研究用装置など比較的処理容量の小さな装置に用いられている.もう一つは,ポンプで処理容器内に圧力媒体を注入し,容器内の圧力媒体の量を増やすことで静水圧を高める外部昇圧式の方法もあり,主に産業用の大型の装置に用いられている.

高圧処理により非熱的に殺菌を行うことができれば,生酒特有の風味をもつ微発泡性の活性にごり生酒の保存性を高めることが可能と考えた.そこで,高圧殺菌工程を組み込んだ醸造プロセスの開発に着手した.図2図2■研究に使用した高圧処理装置(High-Pressure Support社製M2-400/20型)および高圧力発生のしくみには,筆者達が本研究で使用した高圧処理装置を示した.

図2■研究に使用した高圧処理装置(High-Pressure Support社製M2-400/20型)および高圧力発生のしくみ

ボトルの材質およびデザインの検討

従来の日本酒の包装容器は,ガラス製の一升瓶や四合瓶のイメージが強い.ガラスを用いたデザイン嗜好の強い変形瓶のもの,そして近年,アルミ製の缶容器に詰めたものも市場には見かけられる.しかし,本研究では,高圧処理を製造プロセスに用いることから,高圧処理への適合性が材質選びの基本的要求事項となった.

市販のどぶろくを用いて高圧殺菌条件についての予備検討を実施した.どぶろく試料に3.4×109 cfu/mL存在した酵母が200 MPa,室温,10分間の高圧処理を行うと2.0×104 cfu/mLに減少し,400 MPa,室温,10分間の高圧処理を行うと検出限界以下(<101 cfu/mL)となった.したがって,400 MPaの静水圧下での収縮(フレキシビリティー)に対応できる材質であれば,ボトルごと高圧殺菌を行うことができることがわかった.ガラス素材,アルミ製のスクリューキャップボトルを含め多種多様な液体容器のサンプルを検討した中で,大日本印刷株式会社の機能性フィルム複合型Polyethylene terephthalate(PET)ボトル「コンプレックスボトル」を検討した.サンプルのボトルに対して高圧試験を行い材質の適合性を評価した結果,本研究の試作日本酒への利用が可能と判断した.

PETボトルは日本酒の容器としては普及しておらず,これを採用することで安っぽさといった負のイメージがもたらされる可能性が考えられた.そこで,本研究では従来の日本酒のイメージを払拭する表現の包装仕様を追求した.包装仕様(パッケージ仕様)そのもののが,珍しく,新しいタイプの日本酒であることを強調できるパッケージを検討した.高級感がありかつ新規性の強いデザインそして海外の外国人にメッセージが届く「クールジャパン」が表現できるデザインを求めた.従来の日本酒のガラス瓶の見慣れた高級感を超えるデザインをPET材質で表現できるデザインを検討し,最終的に決定したものは,PETボトルの表面に「江戸切子」の麻の葉文様を刻み,黒色の外装フィルムでボトル全体を覆ってPETの材質感を見えなくするデザイン案を採用した.サイズは320 mLの飲みきりサイズとした.

商品名はフレッシュ感を引き出す「生」と微発泡を表す「泡:あわ」を造語として「あわなま」とし,海外向けのデザインを目指す観点からアルファベット表記の「AWANAMA」とした.ボトルキャップの天面とボトル中央部下部には,「なま」をデザイン化したCorporate Identity(CI)マークを印刷し外国人にも一目で理解できる差別化マークとした.図3図3■試作品「AWANAMA」と用PETボトル(大日本印刷社製コンプレックスボトル)には本研究開発で製造した「AWANAMA」のボトルを示した.